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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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店に着いたのは電話があってから30分以上経った頃だったけど、その人はきっとその時間そこから一歩も動いていないのだろうと思わせるほど店の背景に同化して見えた。
私を目に留めて、ホッとした顔に胸が締め付けられる。
隣に座り、彼が飲むのと同じお酒を頼んで、しばらく黙っていた。彼は私に駆けつけさせたことを詫び、それから喜んだ。
なんら変わったことを話し始める様子はなく、私もそれをわかっていたのでいつものように聞いてときどき頷いた。本当は何か話があることを期待していたのだろうけど、そんなことは話を聞いているうちに忘れてしまった。
聞きながら、ぼんやりと、どうして私はサンジ君にあんな顔をさせてまでここにきてしまったのかとそればかりをぐるぐる考えて、考えても考えても答えは出なかった。来たかったから来たのだと、それ以外に言いようはなかった。

穏やかに話し、黙り込み、お酒を飲む男の横顔を眺めながら、ずいぶんと長く深く間違えてしまったんだなぁと思った。でも正解なんてどこにも用意されてなかったんだもんなぁとも思い、ちろりとお酒を舐めた。
ぼんやりする私に目を止めて、彼が「どうした」と私の腰を抱く。「何かパーティーだったのか」と訊かれ、そうだと答える。
「いいね、服」と腰を抱く指に表面を撫でられて、いつもなら粟立つはずの肌がしんと静かにしているのを感じて、サンジ君の言葉を思い出した。
私はああすればこうなるとか、これを言ったらおしまいだとか、そういうことが上手だから。
終わりは自分で決めなければならない。

「ねぇ」

切り出すと、彼はいつものようにグラスから指を離して少しこちらに顔を向けた。

「私のせい?」

彼は口元を引き結び、一度顔を背け、ごまかすみたいな緩く笑みを浮かべた表情で私を見たが、やがて観念したように「いや」と言った。「君のことはまだ」と。
そう、と答え、手持無沙汰でもう一度欲しくもないお酒を舐めた。

要するに、私なんて登場人物ですらないのだ。
男がいて、その男を取り巻く家庭があり、そこに亀裂を入れた女がいたけどそれは私ではなく、蚊帳の外にいる私のところに男が逃げて来るだけだ。
彼はゆっくりと首をふり、「ごめん」と言った。
今日何度口にしたかわからない言葉をまた別の人から聞く。全然違う意味を持って聞こえた。
口にするのは簡単なのだ、ごめんなんて、聞かされる方がずっとつらい。

ねえ、楽しいだけじゃなんにもならなかったわね。
男の横顔を見て、そっと呟いた。
楽しかった時間の分だけ二人ともたまらなく淋しくて、足元を絡め取られて、動けなくなって、そんなときがなるべくこないようにもっともっとたくさん会いたいと思ってしまった。会えば会うだけ淋しくなることはわかっていたのに。
この人の家で待つ誰かも、私ではない別の誰かも、そして私も、この人も、みんな何かの埋め合わせを別のところに求めて、しっぽを噛んだ蛇みたいにぐるぐる回り続けている。
私、と言った。

「もっと早く、終わらせようって言いたかったのに言えなくて」

好きだと思っていた。初めてだ、こんな気持ち、こんなにたまらなく誰かのことを好きになったりできるんだと。気持ちいいくらい晴れやかにこの人のことを好きだと思っていたときのことを思い返す。
同じ気持ちを返してもらえなくたってかまわなかった。好きでいてもらえるかなんてどうでもよかった。
学生時代の恋とは違う、これが本物なのだと、思い込んでいた。

からん、と高く小さく氷がグラスにぶつかる音が、バーカウンターの向こう側から聞こえる。足元を流れるみたいに音量の小さな音楽が聞こえてくる。男は黙ったままグラスについた水滴をなぞる。

本物なんてどこにもないんだ。同じように偽物の恋だって、またない。
一つずつ自分で向き合っていくことができるかどうかだ。

口を開く時、もしかして声に出すことができないんじゃないかと一瞬強く怯えた。だけど、私の喉はきちんとふるえたし私の目は他の誰でもなく隣の人をしっかりと見ていた。
ただ、手だけはすがるように冷たいグラスを握りしめていた。

「もう連絡してこないで」

ごめんなさい、ありがとう、さよなら、一瞬これらの言葉がさっと頭に浮かんだけど、どれも口にせず足の長いスツールから飛び降りるみたいに席を立ち、そのまま店を出た。
半地下にある店の扉から外に出ると、蒸し暑い空気がわっと身体を取り囲んでワンピースの裾が脚にひたひたと張り付いた。
そのまま高いヒールの音をコンクリートに打ち付けるように大きな歩幅で道を歩き、大通りまで一気にたどり着く。脚を止めると、店を出た時の男の顔や残されたその姿を想像してしまいそうで、一度ゆるめた歩幅をまた大きくして歩き続けた。
仕事かばんに無造作に放り込んであった携帯電話を歩きながら引っ掴み、指が勝手に通話履歴から彼の名前を探し出す。なにひとつ迷うことなく押して、長く続くコール音に耳を澄ませた。それは、どこか違う国にいる人を捕まえようとしているみたいに果てしない時間だった。

「はい」

低く落ち着いた声の振動が伝わる。
ゆっくりと息を吸って、「サンジ君」と呼びかけた。

「もう帰った?」
「いや、まだ帰り道」
「そう」

沈黙が落ち、お互い言うべき言葉を探しているみたいな空白が現れる。
あのね、と言いかけて、「ナミさんは?」と言う声に遮られた。

「え?」
「ナミさんは、もう帰ったのか」
「ううん、これから……あの、サンジ君」

うん、と彼が耳を傾ける気配が伝わる。言わなければ、と思うのに一度立ち止まってしまった言葉がなかなか出てこない。
私は歩道の端で脚を止めて、ちょうど赤になった信号を見つめながらしばらく息をひそめていた。
やっとのことで、静かに息を吸う。

「会いたい、今から」

そっと吐き出すみたいにそう言うと、サンジ君も電話口の向こうで少し息を吐くのがわかった。
うん、と短く返事が聞こえる。

「勝手でごめんなさい。だけど」

うん、とまたサンジ君が応える。

「今会いたいの。そっち行ってもいい?」

いいよ、と低くまっすぐな声が聞こえた。
最寄駅を確認して、彼の家までタクシーで行くと告げる。わかりやすいところまで迎えに行くから、地下街に続く階段のそばで待っていると彼は言った。
黄色い光のタクシーが大通りに連なっているのを見つけ、そちらに向かって歩きながら「じゃあ」と言って電話を切った。
タクシーに乗り、白いレースのカバーで覆われた座席に腰を下ろすとふうと心地よい吐息が漏れた。不思議と落ち着いた気持ちで、街の明かりが少しずつ少なくなっていくのを眺めていた。

地下街を示す明かりが見える。「ここで」と言ってタクシーを降りた。街路樹の間を通って歩道に降り立ち、明かりの方へと向かう。
サンジ君の姿が見えた。車道に背を向けて、こちらに横顔を見せている。別れた時と同じスーツ姿のままで、明るい夜の街から彼の形を型抜きしたみたいにそこだけすこんと黒い。
煙草を吸っているのだろう、口元に手をやる仕草が見えた。足が早まる。
私の足音に気付いたサンジ君がこちらを見た。ついに私は駆け出して、肩に掛けた鞄の紐を反対の手でぎゅっと握った。
サンジ君は走り寄る私を少しだけ驚いた顔で見て、それから口に咥えていた煙草を迷うことなくぽいと道に捨てた。煙草が地面に落ちるのと、私がサンジ君に掬い上げられるみたいに抱き着いたのと、ほとんど同じだった。深く煙草のかおりがした。
ぎゅっと首に腕を回すと、同じ力の分だけ私の腰に回された腕に力がこもる。
どれだけひどいことをしたのだろうと思い、でも許してくれるとわかってるからひどいことでもしてしまえるんだと、サンジ君の優しさを少しだけ疎ましく思った。

「すっげぇ劇的」

サンジ君がぽつりと言った。耳のすぐそばから声が聞こえる。

「……なにそれ」
「靴音が聞こえたと思ったら、美女が高いヒールの靴でこっち走ってきてそのまま飛びついてくんだもん。映画みてェ」
「ばかにしてる?」
「してない。喜んでる」

でもそんな靴で走っちゃあぶねぇよ、と言ってサンジ君は私を離した。

「おかえり」

ぐっと胸が詰まる。またごめんなさいの言葉が口から飛び出しかけて飲みこみ、小さな声で「来てくれてありがと」と言った。
サンジ君は私の手を取って少し笑うと、「おれの家でいい?」と私の目を見て尋ねた。

「いいの?」
「ナミさんがいいなら」
「私は……」
「あでも散らかってる」

そんなの別に、と言うとサンジ君は私の手を取ったまま「行こう」と歩き出した。
タクシーを降りた大きな通りから一本道に入ると、途端に住宅街になって夜は静かだ。

「パーティーは?」
「つつがなく終わりました。ナミさん紹介しろって野郎共がうるさくてうるさくて、さっさと帰ってきてやった」
「でも今帰り道だったんでしょ」

サンジ君は少しためらってから、「帰りたくなくて飲んでた」と言った。
その顔を見上げるけど、サンジ君はまっすぐ前を向いている。

「そのわりには酔ってないわね」

いつも赤くなっちゃうのに、と言うと、サンジ君も「なー、なんでだろうな」とたいして不思議そうでもなく言った。

「たぶん、わかってたんだ。ナミさん迎えに行かなきゃなんねぇこと」
「……すごい」

だろ、とサンジ君は朗らかに笑った。

「私が呼ばなかったらどうしてたの」
「それでもたぶん迎えに行ってたよ。今日じゃなくても、絶対」

私が答えられないでいるうちにサンジ君は「ここ」と言って脚を止めた。思った以上に近くて、半身を彼にぶつけてしまう。2階建てのかわいらしいアパートだった。私たちが玄関前に立つと、パッとサーチライトが自動でつく。

「かわいいアパートね」
「駅から近くていいんだ。上手い店も近くに多い」

サンジ君は私の手を離すことなくアパートのドアを開けると、そのまま階段を上っていった。
一段登るごとに、少しずつ頭が冷えて、それと反比例して胸が熱くなる。緊張している、と思った。
サンジ君は階段すぐの部屋の扉を開けて、「どうぞ」と私を促した。

「わ、え、広い!」

ありきたりな小さなドアの向こうは、びっくりするくらいずんと広い玄関が用意されていた。その向こうに続く廊下も幅広で両側にドアが二つある。玄関口は、外よりずっと涼しい。
ぱちんとサンジ君が電気をつけると、暖色の光でタイルの玄関が照らされた。

「なんか思ってた感じと違う」
「広いだろ。ここ、一つの階に二部屋しかねーんだ。間取り広くて気に入ってる」

外見からはただの古アパートっぽいところも好きなんだ、と言ってサンジ君は靴を脱ぎ、私も脱ぐように促した。
ひろい玄関にはほかに、サンジ君のスニーカーが一足揃えて置いてあるだけだった。
失礼、と言ってサンジ君は私の前に出ると、突き当りの扉まで歩いていく。またぱちんと電気をつけて、「どうぞ」と私を振り返った。

深い紺色のカーテンが引かれている。真ん中にテーブル。二人掛けのソファ。ベッドはない、と言うことはもう一部屋あるのだ。部屋の隅に大きな本棚があり、たくさんの本が置かれていた。
そのワンルームの隅に、広いキッチンカウンターがある。

「いい部屋ね」
「そ? あ、でもごめんやっぱ散らかってた」

とにかく座って、と言ってサンジ君は私をソファに座らせると、その背に掛けていた服だとかテーブルの上に置きっぱなしのマグカップだとか雑誌だとかを手当たり次第に引っ掴んでどこかに持っていった。

「なんか飲むー? つって、すぐに出せるのボトルコーヒーくらいしかねぇや。それか温かいの淹れるか」
「じゃあコーヒーおねがい」

うん、と答えてサンジ君はマグカップをシンクに置き、こちらに背を向けて冷蔵庫を開けた。その背中を見ていたら、サンジ君は急に降り返って「ナミさん」と言った。

「なに?」
「おれと付き合って」

え、と言葉に詰まると、サンジ君はなんでもなかったかのようにグラスを二つ手に取ってコーヒーを注ぎ入れた。ぽかんとする私にそのコーヒーを差し出して、ソファの隣に座るともう一度「おれと付き合って」と言った。

「なに、急に」
「急じゃないよ。知ってるだろ」

そうだ、なんにも急じゃないんだった。
納得させられかけて、慌てて「そうじゃなくて」と言う。

「まだ、コーヒーも飲んでないのに」
「そうだった。どうぞ」

特に飲みたかったわけでもないそれをごくりと飲む。ほのかに甘い。
聞いていい? とサンジ君が訊いた。家だからか、リラックスしたようにソファに片足を上げている。

「会えたんだろ?」
「うん」
「なんで戻ってきた?」

手の中に囲った黒い液に視線を落とす。天井の丸い灯りがふわふわと写って揺れている。
話が終わったから、と答えてもう一度コーヒーを飲んだ。

「話?」
「もう連絡してこないでって」
「ナミさんが言ったの?」

うん、と頷く。まだ数時間も経っていないそのときの様子が、ずっと前のことのように思えた。

「やっと終わったわ」

長い冬がずっと繰り返されるみたいな果てしない日々だった。楽しくて仕方のない時間も辛くて一人身体の中がからっぽになる時間も、すべて同じ重さで私の中に積もっていった。

「だからサンジ君に会いに来たの」
「おれに会ってどうするの? おれ、一度ナミさんに選ばれなかったんだぜ」

どきりとした。サンジ君のほうを見ると、真剣な顔をしているかと思いきや拗ねたみたいな表情を浮かべている。

「いつも選ぶのはナミさんの方だ。おれァ選ばれるの待ってるしかなくて、わりかしつらいんだぜ」
「ご、ごめ」
「おれを選ぶ? まだやめとく?」

上げた片足の膝に頬をつけて、サンジ君がじっとこちらを見る。
じりじりと焼けつくような目は私も知っている。これは恋だ。

「あんたが」

やっとのことで口を開く、私の口元の動きをサンジ君がじっと見ていた。

「私の特別になりたいって言うから」

うん、とサンジ君が答える。

「私の特別ってなんだろうって思って、そしたら、たぶん、今こういう時に会いたい人のことだと思って」
「おれのこと?」
「そう、でも、まだ選べない」

え、とサンジ君が私に伸ばしかけていた腕を引っ込める。その手を見て苦笑した。

「いっぱい待ったついでにもうちょっと待ってよ。あんたのこと、ちゃんと好きになりたい」

サンジ君は膝に押し付けて潰れた頬のままぽかんと私を見て、表情を変えることなく「えぇー」と言った。

「まじで。おれもう十分待ったよ。今日なんて一回手放して、悲しみにくれて一人酒だぜ。それなのにここまできてまだ待たせんの」
「いやになる?」

ぎゅっと口元を引き結ぶと、サンジ君は「いいや」と眉間にしわを寄せて言った。

「待つよ。大丈夫。その代わりおれがナミさんのこと好きなのとと同じくらいおれのこと好きになってくれよ」
「それって難しい?」
「心配いらねー」

突然がばりと頭を起こすと、長い腕をひゅっと伸ばして私を抱き寄せた。突然近づいてきた顔に、慄いて身を引くとそれを許さない腕にがっちりと腰を引き寄せられる。

「ちょ」
「ただしこの部屋を出るまでだ。それまでしか待たない」
「それって、もしだめだったら」
「おれのことを好きになるまでここからは出られない」

なにそれ、と笑うと鼻先に唇が落ちた。
そうやって、とサンジ君が呟く。

「笑う顔が見たかったんだ。そしたらもうおれのこと好きになってくれるかなんて本当は、どうでもいい」

ぎゅっと喉が詰まる。ひりつくような彼の痛みが私にも滲みた。
サンジ君の両腕が私の背後に回る。なめらかなワンピースの生地に皺を作り、その皺と皺の間を指が這う。
キスをする直前に「好きだ」なんて作り話みたいなこと、本当にあるんだと思いながら目を閉じた。そしてそれがこんなにも気持ちいいことを初めて知った。
緑の優しい生地のソファが重みでぎゅっと控えめな音を立てる。やわらかい感触が頭に触れ、腕置きの部分を枕のようにして押し倒されたのがわかった。
触れるだけだったキスの湿度がぬるりと高まり、ぎゅっと彼のジャケットを掴む。そこで、彼がまだ上着も脱いでいないことに思い当った。

「サンジく、上着」

うん、と唇を重ねたまま答え、舌を入れたまま器用に彼は上着を脱いだ。慣れた仕草でネクタイを引き抜き、ソファの下に放りだす。

「狭いな」

私の上でサンジ君がぽつりと呟く。うん、と私も答える。
困ったように彼は笑い「あっち、行ってもいい?」と玄関とは別の扉を指差した。

「まかせる」

サンジ君は緩む口元を引き締めるみたいに一瞬難しい顔をして、「ナミさんそれは」と弱弱しい声をだした。

「おれとならしてもいいってこと? もしかしておれじゃなくても」
「待って、ちがう」

私は目一杯力を込めて、彼を見据えた。そんな生半可な気持ちでここまで来たわけじゃない。

「言ったでしょ、あんたのこと好きになりたいの、ちゃんと。好きにならせてほしいから、」
「わかった、ごめん」

突然、サンジ君が私の膝の裏に手を差し込んで体を持ち上げた。うわっと可愛げのない声が飛び出し、慌てて彼の肩につかまる。サンジ君はそのままずんずんと扉の方へ進んで、脚で器用に扉を開けた。中は真っ暗だ。
サンジ君は私を腕に乗せるみたいにして片腕で抱き、入ってすぐの壁にそっと触れて明かりをつけた。
慌ててその手の上から私も手を伸ばし、つけられた明かりを消す。サンジ君が「あ」と言ったので何か言われるより早く私から口を塞いだ。
灯りのスイッチの上で重なっていた手がゆっくり私の指を絡め取って、そのまま体ごと引きずり込むみたいに柔らかい場所に倒された。
そのあまりの柔らかさに、二度とここから出なくてもいい、と溶けていく頭で考えていた。



夜中の3時頃目を覚まし、寝ていたことに気付く。隣にうつぶせで倒れ込む男の半身が暗がりの中ぼんやりと浮かんでいて、その男をつついてシャワー貸して、と言った。
あっち、と指を差された方に向かってベッドを抜け出そうとしたら、寝ぼけた腕が私の腰を引っ掴んでシーツの中に引きずり込んだ。

「ちょっと!」
「おれのこと好きになった?」
「ね、寝てたんじゃないの」
「今起きた」

頭までシーツをかぶって、秘密基地の中にいる子どもみたいに私たちはひそひそと話す。

「なぁ、ナミさん」
「なったなった。だからお願い、シャワー行かせて」
「適当すぎる」
「なによ不満?」

うーん、と彼は目を閉じたまま唸り、「いや」と首を振った。

「大丈夫。まだこれからだ」

そう言ってサンジ君は私を抱きしめたまま身体を起こし、「おれと付き合って」と何度目かになる台詞を口にした。

「今更そんなこと訊く?」
「だってもう急じゃないし、コーヒーも飲んだし」
「じゃあシャワー浴びてからね」

呆れたように笑うサンジ君からシーツをはぎ取って自分の体に巻きつける。向かい合った顔に向かって少し背を伸ばし、唇をつけた。

「サンジ君、私と付き合って」

え、とサンジ君が鯉のように口を開く。戸惑うその顔に、またもやごめんと言ってしまいそうになる。
でも私の口から言いたかった。たぶん、誰にも言ったことがないそれを、心待ちにしてくれている彼に言ってみたかった。

「好きよ」

あとタオル貸して、と言うと、サンジ君はそれに対して我に返ったみたいに「あ、うん」と応え、立ち上がってクローゼットの引き出しからバスタオルを引っ張りだしてきた。

「ありがとう」

受け取ると、サンジ君はまた呆然とした顔で「あの」と言った。
何を言われるのかと思いきや、彼は「服、おれのでいいなら出しとくけど」というので拍子抜けする。じゃあお願い、と答えて寝室を出た。
バスルームらしき小部屋の戸を開けてバスタオルを置いたところで、だだだとこちらに向かう騒がしい音が聞こえたのでぎょっとして体に巻きつけたシーツを握った。
ばんと扉が開いた。

「ま、まじで!?」
「ちょ、開けないでよ!」
「まじで、ナミさんまじで」
「何がよ、出てってよ」
「おれも、おれも好きだ」

ナミさんが好きだ、とバスルームの入り口に張り付いて、下着姿で、サンジ君は必死の形相でそう言った。気圧されて、私は黙って頷く。

「やった、やったー!」

ばっと腕を広げて、サンジ君はシーツごと私を持ち上げるみたいに抱きしめた。
その顔があまりに嬉しそうで、私の言葉一つでこんなにも誰かをしあわせにしてしまえるその威力に、思わず吹き出して笑ってしまった。
なにか見たことのない眩しい光が、このバスルームからどこか先へとすっと続いていくような気がした。




fin.

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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管理人:こまつな
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