OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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久しく磨かれていない窓ガラスから、気持ちのいい空が見える。風が吹くのか、わずかに電線が揺れている。向かいの家の屋根に遮られた雲の切れ端がちらりと見えた。
いい天気だね、と呟いたけども返事がない。ラグにぺたんと座り込んで、テーブル上のマグカップにそっと手を添えたナミさんもおれと同じように窓の外を見ていた。
キッチンカウンターをぐるりと回っておれもナミさんの隣に腰を下ろすと、ナミさんが初めておれの存在に気付いたみたいに少しこちらを見て、「いい天気ね」と言った。
「秋晴れだな」
「行楽日和ね」
「どこか行きたい?」
うーん、とナミさんは考えるそぶりを見せたが、声でその気がないのがわかる。案の定、「べつに」とそっけない返事だった。
深い青のマグから、少し温度の落ち着いたコーヒーをすする。
「こういうお出かけ日和に家にいて、何をするでもなくいい天気だなぁって外を見てるのも贅沢ですきよ」
「おれも」
ナミさんはちらりとおれを見て、なぜだか苦笑した。きっと、おれがいつでもナミさんの言うことに「おれもおれも」と諸手を上げて賛同するので呆れているのだ。
「お昼、なに食いたい?」
「なんでもいいの?」
「もちろん。足りない食材は買いに行きゃあいいし」
「そうだけど、そうじゃなくって。なんでも作れるの?」
「だいたいは」
へえ、すごい、とナミさんが臆面もなく褒めてくれるので、おれはぐんぐんと嬉しい気持ちになって少しナミさんにすり寄り、腰に手を回した。
柔らかい毛足のセーターの、肩のところに顎をつけて喋るとナミさんはくすぐったそうに身をよじった。
「本当に何でもいいよ。ナミさんが来てくれるっていったときからすげぇ張り切ってる」
ふっと息で笑って、ナミさんはまた窓の外に顔を向けた。その顔が見たくなり、覗き込むが首の角度に限界があって彼女の表情までよく見えない。
一体どんな顔をして、どんな目で、そんなに窓の外ばかり見ているのか、見えないからこそ無性に知りたくなった。
不意に怖くなる。
おれの知らないナミさんを知るたびに、喜びと同時にちらりとよぎる不安。
いま、誰のこと考えてる?
絶対におれは聞かないし、聞けないし、きっとナミさんも言わない。
ナミさんもきっとおれのこういう臆病さに気付いている。
「ナミさん」
腰に回したのと反対の手を彼女の頬に伸ばす。少し触れると、すぐにナミさんはこちらを向いて、「サンジくん、手、つめたい」と笑った。
鼻先が触れて、ナミさんが目を伏せる。顔を傾けて、少し唇を開いて、あったかくてやわらかいそこを重ねる。
触れたところからなにかいいものがおれの中に流れてくる。少し離して、角度を変えて、もう一度触れるとナミさんは温めるみたいにおれの片手を両手で包んでくれた。
大丈夫よ、と言われた気がして、彼女をきつく抱きしめたくなったのに、ナミさんはおれの手を、と言うより指の方を、両手でぎゅっと握っているのでそれができない。
おれのことだけ考えて、と思う。
きっと今この瞬間、ナミさんの中はおれでいっぱいなはずだ。わかっている。でも足りなかった。
おれのことだけ考えて、おれにだけその顔を見せて。
窓の外には誰もいないよ。
*
秋晴れだな、とナミさんに言った次の日は、世界中の赤ん坊が泣き狂っているみたいに激しい雨だった。
秋雨ってもっとこう、大人しくしとしとと降るんじゃなかったっけ。そう言ったらナミさんは「台風の影響でしょ」と至極真っ当なことを言って、さっさとおれの家から出勤していった。できることなら、というより当然のように一緒に家を出て途中まで同じ道を辿って出勤するものだと思っていたおれは、ためらいもなく「私今日早いから」と言って先に出てしまったナミさんの背中をさみしく見送って、誰もいないいつもの家に鍵を閉める。心なしか置いてけぼりを食ったさみしさが音に滲んだ。
紺色の大きな傘を広げて、足元に跳ねる強い水しぶきに舌を打って、うつむきがちに会社への道を辿る。
頭はもう、家に帰ってからのことを考えている。
今日もナミさんはおれの家に帰ってくる。明日も、明後日も、彼女の仕事が詰まらない日はいつだって、彼女はおれの家に帰ってくる。
「そんなの悪い」と言って顔をしかめた彼女をなだめすかし、おれのためを思ってと半分すがって平日の夜は一緒に飯を食う約束を取り付けた。
この前振る舞ったおれの手料理が功を奏したのか、ナミさんは少し言いにくそうに「夜はサンジ君のごはん?」と尋ねた、あの可愛らしさよ。もちろん! とおれは叫び、でもたまには外に飲みに行こうな、と彼女の手を取ってにっこり笑った。
ナミさんは何が好きなんだろう。主食はコメの方が好きなのか、パンに合うものがいいのか、それとも酒に合うつまみをたくさん用意した方がいいんだろうか。食後にデザートは欲しくなる子なのか、どれくらいカロリーなんかを気にするのか。
思えばおれは、まだまだまだ、彼女のことを何もと言っていいくらい知らなかった。
恋人という大義名分を得たおれは、まるで一国の城の王になったような無的な気分で有頂天になっていたが実のところ無能もいいところで、ナミさんがおれのそばにいてもいいと思ってくれるからこそなれる王であり、そうでなければ、そう、考えたくもないが、そうでなければ、おれはまだなにひとつ持っていないのだった。
おれはナミさんの全部を知りたいし、全部が欲しい。そしてナミさんにもそう思ってもらいたい。
それは気持ちであったり、行動の一つ一つであったり、身体そのものでもあった。
柔らかくて内に潜れば潜るほど熱い彼女の中を思い出し、身体の芯がぶるっと震えた。いけねぇここは地下鉄、と思うものの、しっかり刻み込まれた記憶が未だ生新しい温度を保って目の前にスライドインしてくる。ぎゅっと目を瞑り、つり革を強く握って中心に集まろうとする熱を必死で分散させる。仕事のことを思い出して紛らわせようと、今日の予定を頭の中で立てたが圧倒的なナミさんの力には抗うのも馬鹿らしいと言ったふうに、気付けば書類の白はナミさんの肌の白さにとって替わっていたりした。
だめだ、ナミさん。
混みあう地下鉄の中、もぞもぞと右腕を動かし胸ポケットから携帯を取り出す。
「おれも家を出ました。朝早かったけど眠くなってねぇ? 今日も一日がんばって」
文面を読み返し、中学生みたいだ、と恥ずかしくなる。が、そのまま送った。
いいのだ。どうせおれはナミさんの前では中学生男子みたいなもんだ。
返事はわりとすぐ、おれが地下鉄を下りるより前に返ってきた。
「朝から企画書がたまっててげんなりしたわ。今は眠くないけど、お昼食べたら眠くなりそう」
文面の最後に付いていた「zzz」というかわいらしいマークに、携帯を握る手がほわっと温まる。
だらしなく緩んだ顔のまま「夜は何食べたい? 希望があれば、買い物して帰るよ」と送ったが、その返事はその日おれが家に帰るまで帰ってこなかった。
メールの返事はなかったが、19時頃会社を出て買い物をして帰路につく。大粒だった雨はすんと落ち着いて、朝の激しさなど素知らぬふうに空には薄い雲が伸びている。少し風が強かった。
ナミさんは薄着だったが寒くねェかななどと考えながら、スーパーの買い物袋を片手に揺らすのはわかりやすく幸せだった。
部屋に着いたら、朝飲んだコーヒーのマグカップを二人分洗って、あったかいブイヤベースを仕込もう。彼女が以前「ここ美味しいのよ」と言った駅から少し遠いパン屋にもわざわざ寄って、ブイヤベースに合うブールも買ってきた。
おれがこねてもいいのだが、時間がかかるしそんな楽しいことはナミさんも一緒のときに二人で作ってみるのもいいだろう。
海老の背ワタを取り、タラの切り身に塩をまぶす。二枚貝を砂抜きして、セロリを薄く刻む。鍋に火をかけたところで一服とタバコにも火をつけた。ケツに突っ込んだ携帯がぶるっと震えて、はらっと花が咲いたみたいなときめきを覚えて慌てて画面を覗き込んだ。
「急に飲みに誘われちゃった。遅くなりそうだから、今日は自分の家に帰るわね」
ふつ、と鍋の中が音を立てた。
ふつふつふつ、とスープのふちが気泡を立てて、海鮮たちがその身を揺らしながら赤や白に色を変えていく。
おれは携帯を、シンクとは反対側のコーヒーメーカーなんかが置いてあるカウンターに置いて、とりあえずめいっぱい煙草の煙を吸い込んだ。
そうだよ。こんなことだって十分あり得る。知っていた。
だって彼女の家はここではないし、今朝ここを出て行ったからと言ってまたここに帰ってくるわけではない。
彼女には彼女の仕事が、友達が、付き合いがあり、もちろんおれも同じで、たとえどれだけほしくてもおれが彼女のすべてを手に入れることなんてまったく不可能なのだ。
こんなのは世の中よくあることで、勝手にこちらがそわそわと浮足立って準備したことが相手の予想外の行動でまったく意味をなさなかったり、期待外れだったり、そういうがっかりする事態は正直面白くないほどありふれている。
だからそう、おれは訊いてはいけないのだ。
「飲みって、そこに男もいる?」
だとか、
「仕事の人?」
だとか、ましてや、
「あいつに会うわけじゃねぇよな?」
なんて、訊いてはいけない。
おれは鍋の中を覗き込み、あくを取って静かにトマトペーストを垂らした。
再び蓋をして、携帯を手に取る。
「了解、ナミさんに会いたかったけどしゃーねぇな。帰り遅くなるならあぶねぇし、駅から家まで送るよ」
送信し、じっと何もない画面を見つめていたらすぐに返事が来た。
「ごめん、もしかして夕飯準備してくれてた? 明日食べに行くわ。帰りはタクシーで送ってもらえると思うから大丈夫」
おれは何か返事をしたが、あんまり覚えていない。
とりあえず作りかけたブイヤベースを仕上げ、ブールを切って残りは冷凍した。
テレビをつけ、21時のドラマとバラエティが軒を連ねるラインナップにうんざりしてすぐに消した。
サラダとスープにパンじゃ足りず、結局くず野菜と肉を刻んでチャーハンを作ってかきこむように食べた。
ナミさんと食べる食事は、たとえ小鳥のエサみたいな少しのつまみであっても、彼女が美味しそうにそれらを口に運ぶ顔を眺めていれば、永遠に満たされていられた。
タクシーで彼女を家まで送るのはいったい誰なのか。
何かを食い、美味しいと笑い、アルコールで薄らと頬を赤らめるその顔を見るのはいったい誰なのか。
どうして彼女は、おれにもっと何かを求めてくれないのか。
おれは知っていた。
ナミさんが、「どうしようもないじゃない」と声を荒げて、涙にひりつく瞼で誰かを思って走って行けることを知っていた。
春の嵐みたいなその勢いのすさまじさに圧倒されて、だからこそ、そんなふうにおれも求めてもらいたかった。
じりじりと削るみたいに夜が深くなっていく。
だめだだめだ、と腰を上げ、ガチャガチャと皿を洗ってさっさと風呂に入った。何も考えられないくらい湯を熱くして、皿を洗うのと同じ要領で自分を洗ってさっさとベッドに滑り込んだ。
きつく目を閉じて案の定寝つけずにいたら、日が変わった頃に携帯がちかりと光り、
「今家に着きました。心配すると思って」
とナミさんからのメールが届き、それを読んでおれはやっと眠ることができた。
結局次の日から週末までナミさんが残業の日が続き、会えたのは土曜の夕暮れ前だった。
すっかり秋めいた晴れの空の下、ナミさんは薄手のコートを羽織ってひらりと優雅におれの部屋に現れた。
「ひさしぶり」
4日ぶりのナミさんはそう言ってかかとの高いグリーンのパンプスを脱いだ。
疲れているのか、リビングに続く短い廊下を歩く間にナミさんはあくびをした。
「仕事、忙しかったんだな」
「あ、ごめん。ちょっとね、でももうひと段落ついたから」
ナミさんはコートを脱ぎながら話す。
「昨日そのひと段落ついた案件の打ち上げが夜中の2時近くまであってさ、クライアントも一緒だったし全然酔えないのになかなか終わらなくて、仕事の中身って言うより最後のそれですっごい疲れちゃった。家に着いたのが3時くらいだったのかなぁ、起きたらお昼だったし、あ、ごめんね返事遅くなって」
「いんや」
「そうだあんたのところの新店、この前ポーラが行ったんだって。あ、ポーラって私の同僚ね。美味しかったし雰囲気よかったって言ってたわよー、デートだったのかなんだったのか訊かなかったけど。私もあれっきり行ってないし、ちゃんとご飯食べに行ってみたいな」
「そうだな」
ナミさんはおれにコートを手渡し、ふとリスのような丸い目でおれをじっと覗き込んだ。
「サンジ君、なんか変」
「え」
ナミさんはおれににじり寄って、ぐいと顔を近づけた。
「あんたこそ疲れてるみたい。ぼーっとしちゃって」
「や、違うんだこれは」
「なに?」
ナミさんから顔を背け、一歩後ずさる。おれのその仕草に、ナミさんはぎゅっと顔をしかめた。
「なんなのよ一体。怒ってるの?」
「まさか!」
「じゃあなんで避けるのよ」
避けたわけではなかった。ただ、たった四日ぶりの彼女があまりに変わりなく、矢継ぎ早に話す様子がまるで、そうまるで、「おれに会いたかった」と言ってくれているようで、ただくらりとしたそれだけだ。
おれは数秒口元をまごつかせてから、「ナミさんが可愛くて」と言った。
「はぁ」
気の抜けた顔で肩の力を抜いたナミさんは、「よくわかんないけど」と言ってぺたんとラグに座った。
しずしずとおれも隣に腰を下ろしたが、「あ、コーヒー淹れるな」とすぐに立ち上がる。そんなおれの慌ただしい様子にナミさんは呆れたみたいに少し笑ってくれた。
コーヒーマグを両手にリビングへ戻ると、ナミさんが腰を下ろしたテーブルの上にちょこんと小瓶が乗っていた。
おまたせ、と言って彼女の前にコーヒーを置くと、ナミさんは「ありがとう」と呟いてからその小瓶に両手で触れた。
「お土産」
「お土産? どっか行ってたの?」
「うん。木曜にプチ出張で。近場だけどね」
彼女のクライアントがアパレルショップで、最近の服屋というのは服だけでは飽き足らずにハンドクリームやアロマなんかの化粧品類、さらにはこうした食品なんかも売り出しているのだと言う。
これはそのクライアントが売出し中の、はちみつ漬けのナッツだった。
「へえ、うまそ」
「なんか流行ってんだって。食べたことある?」
「ない。チーズに合いそうだな」
「じゃあワインにも」
ナミさんが嬉しそうにくふふと笑う。思わず腕を伸ばして彼女の肩を抱き寄せた。ぐら、と彼女の身体が傾いて、ナミさんは「うわ」と驚いた声をあげた。
「ありがと、ナミさん」
「え、なに、そんなに嬉しかった?」
「そうじゃなくて」
ぐっとさらに力を込めて彼女を引き寄せる。膝がぶつかり、太腿に太腿が触れ、脇の下から差し込んだ手で彼女の細い肩を手のひらに収める。
ナミさんはおれの肩に顎を置いて、「どうしたの」と呟いた。
「やっぱりサンジ君、変よ」
「変じゃないよ、大丈夫」
こんなにも細いのにしっかりと暖かい彼女の身体を腕の中に感じて、おれはとてつもなくさみしかった。
ナミさん、ナミさんおれは、どうしても考えてしまう。
おれのいない日々を過ごす君は、一体どれくらいおれのことを思い出してくれたのだろう。
少なくともこの土産を買うときに、おれを思い出して、ああそれはとてもうれしい。でもそのとき隣にいたのは誰だった?
昨日の打ち上げは疲れたと言っていた、でも夜中の二時まで帰らなかった、そのときずっと一緒にいたのは。
とっくに終電も行ってしまった真夜中に、彼女をタクシーに乗せたのは。
一度も、本当に一度も、彼女が泣いてまで欲しいと叫んだ別の男を思い出した時間はなかったのか。
サンジ君、と彼女がおれを呼んだ。
「コーヒー冷めちゃう」
ナミさんは宥めるようにオレの背中をポンポンと叩き、おれがいやいや腕の力を緩めると、そこからすぽんと抜け出すみたいに顔を上げて、「心配してるの?」と言った。
「いや」
「うそ。いろいろ考えてた」
「いや……うん、まぁ」
「私のせいね」
ナミさんは大人びた顔で、諦めたみたいに少し笑った。
たまらず、おれは大きな声で「ちがう」と言って彼女の手を掴んだ。
「ごめ、おれ本当、ナミさんが思ってる以上にナミさんのことが好きなんだよ。できることなら毎日会いたいし、ずっと触ってたいし、おれ以外のやつは誰一人ナミさんのこと見てほしくねぇと思ってる。んなこと無理なのもわかってんだけど、わかってんだけど」
ナミさんは目を丸めておれを見上げ、気圧されたみたいにひとつ「うん」と頷いた。
おれは情けなく口元を下げて、「できれば、ナミさんもそうだったらいいのにって」とごにょごにょと言った。十分情けないことを言い散らかしているのにおれのなけなしのプライドが口を回らなくさせた。
「そんなの私だってそうよ」
ナミさんは丸い目のまま、ぽかんとおれを見つめて言った。
おれもぽかんと見つめ返して、「え?」と聞き返す。
「当たり前じゃない、会えない時間はこっちだって一緒なんだから」
「でも」
「そりゃ私はあんたほど、あんたのことばっかり考えてるわけじゃないけど」
そう言ってナミさんはひとりでくくっと笑った。
「サンジ君は顔に書いてある。『ナミさん』って」
おれがぺたりと自分の頬に触れると、ナミさんは笑いながらその上に自分の手のひらを重ねた。
ね、サンジ君、とナミさんは囁き声で言った。
「私だって、あんたが思っている以上にあんたのこと、好きよ」
鼻先に唇が触れ、それはまだ外の空気をまとって冷たかった。
ナミさんは浮かせていた腰を下ろして、また下からおれを覗き込む。
「でも、サンジ君にそんなにもいろいろ考えさせてるのは私のせいでしょ。私が別の男と会ってんじゃないかって考えてんでしょ」
ナミさんの薄い手を掴み、その細い指をぎゅっと握りしめ、「うん」と頷く。もはやごまかしようがないくらい、おれはどろりと濃くて重たい嫉妬をぐらぐらと煮たたせていた。
「そんなことはなにもないって、口で言うのは簡単だけど」
そうだ。おれのいない世界を平気で生きてしまえる彼女に寄りつく男たちに太刀打ちする術を、おれは十分に持ち合わせていない。
たぶんずっと、おれの前に、おれと彼女の間に、その「誰か」の影はちらつき続ける。そのたびにおれは胸の内に黒いものをぐらぐらと煮たたせて、こんなふうに彼女を困らせる。
「あんたが何考えてるのかわからないのは私も嫌だから、思ったことは全部言って。してほしいことも、全部」
「んなのかっこ悪ィよ」
「いいじゃない、そういうのも見たいの、全部」
ナミさんはおれの頬にまたぺたりと手のひらをつけた。ひやりと冷たいその手から、彼女の鼓動が伝わる。
紫色を帯びた空の光が窓から彼女の背中を照らし、その影に遮られた光がおれにもぶつかる。眩しくて、目を細めたらナミさんの親指がおれの頬を撫でるように少し動いた。
彼女の反対の腕を引き、おれの胸に彼女を落としこむみたいに引き寄せる。傾いた彼女の身体を抱きしめて、口を開いた。
「もっと」
「うん」
「もっと、おれといたいと思って」
「思ってるわよ」
「おれと同じくらいじゃなくてもいいから、もっとおれのこと好きになって」
「好きよ。同じくらい」
「全然だよ」
全然足りていない。おれの絶望的なほどに深い彼女への恋心など、絶対に彼女には追い付かない。
「もっとわがまま言って。会いたいなら来いって呼んで。おれに無理させて」
「いやよそんな」
「頼むから」
もっと欲しがってくれ。
ナミさんは膝でこちらににじり寄ると、あぐらをかいたおれの脚の間にすぽんと横座りに座り込んでおれの首に腕を回した。
「じゃあちょうだい。もっとちょうだい」
顔が引き寄せられる。ずくずくと腹の奥が疼く。鼻先が頬に触れ、唇が、おれのかさついた唇が彼女のやわらかなそこに、今まさに触れようとしている。
リスみたいだった丸い目が、昼間の猫みたいに細くなり、でも大きな瞳は夜みたいに真っ黒に光っている。
「何からあげたらいい」
「キスして」
この世の何よりおれが一番近い唇に食いついた。
見た目通りにやわらかく、信じられないくらい甘いそこからどんどんあたたかなものが滴る。一滴もこぼすまいと吸い尽くすみたいに舌で舐めとると、首に回された彼女の手の先がおれの襟足を撫でた。
唇を離し、「次は?」と囁く。
「もういっかい」
は、と彼女が息を繋ぐ隙さえ与えてあげられず、再び吸い付いてその唇の外側も内側も、舌の形も全部めちゃくちゃに舌で触れる。
襟足から肩甲骨に向けて彼女の手が滑り込んでくるのと同時に、彼女の薄いセーターの裾から平たい腹を撫でたらその身体が小刻みに震えるのがわかった。
部屋はすっかり薄暗く、ナミさんの後ろに見える四角い景色は紫色を通り越してゆったりと濃い青に落ちていこうとしている。
下唇を吸って離すとそこがぷるんと揺れた。
「次は?」
「次は……」
ナミさんの顔は逆光で、その表情はよく見えない。まだ一口も飲んでいないコーヒーの冷めゆく香りが部屋に満ちている。そのにおいを、自分たちが放つ濃い別の匂いでかき消そうとしている。
「好きにしていい?」
背中にじかに触れ、浮かび上がった背骨を撫でる。ナミさんは頷いて、疲れた唇でけだるげにおれの喉仏に触れた。
指先が痺れるほど、早く彼女の奥に触れたくてたまらず事を性急に進めようと気持ちがはやるのだが、おれと同じくらい熱くなったナミさんの呼吸を感じるたびにどきりとして、思うように手が進まずいい塩梅になった。
セーターを脱がし、以前の痩せ細っていた鎖骨がほんのりと丸みを帯びているのを触れて確認する。嬉しくなる。
その隆起を唇で辿り、骨のくぼみを舌で押すとナミさんは気持ちよさそうに短く高い声をあげた。
下着を外すと苦しそうだった胸元がこぼれて、すかさず下から掬う。
秋の乾いた空気をものともせずに、ナミさんの肌はしっとりと指に馴染み、まるでおれを待っていたみたいだった。そうであればいいのにと思いながらスカートの裾に手を滑り込ませると指がすぐ下着に触れたので、どんだけ短いスカートなんだと今更ながら心もとなくなる。
「ナミさん」
「なに……」
「もちっと、スカートは長めにしてくれると」
酔ったように焦点の外れていた目がゆっくりとおれに重なり、「は?」と妙に明瞭な声でナミさんは言った。
「他の男が見るだろ、ナミさんの脚を」
「綺麗だからいいでしょ」
思わず笑ってしまった。ナミさんも自分で言っておいて、悪戯がばれたみたいに笑っている。
思ったことは全部言ってと言ったくせに、ナミさんがそれを全部ハイハイと聞き入れるはずがない。ナミさんはでも、心なしか嬉しそうな声で、「そういうのもいちいち言って」とおれの肩に手を置いて囁いた。
「もっと心配させたいの。私も、サンジ君に私で一杯になってほしい」
「なってるよ、もう」
下着に触れた手をそのまま滑らせて、張りのある肌をなぞり、その丸みを手のひらに収めて、湿ったところまで指を運ぶ。
生地の上からなぞるだけでナミさんは苦しげに声をあげた。おれの服の裾を強く握ることが、気持ちいいと言っているのと同じだとわかっていたから、構わず指の先を布ごと沈めて、その音を聞いた。
反対の手を後ろ側から下着の内側に滑り込ませて、なめらかな肌を撫でてぐっとおしりをもちあげて、おれに押し付ける。ああ、と声をあげておれの肩を掴んだナミさんの手が、力みすぎてずるりとそこから外れた。
傾いだ彼女の身体を支えたついでに床に押し倒して、勢いのまま下を全部脱がせた。
片足を持ち上げて太腿の裏を舐めると汗の味がした。熱くて、濃い彼女の味がする。ナミさんは首を振っておれの髪を掴んだが、その手に引き寄せられるみたいに中心に顔を寄せた。
薄い毛を撫でて、ひくつくそこに舌をあてるととたんに水量が増して、溺れそうになる。
逃げるようにずり上がるナミさんの腰を引き戻して、こっくりと粘度のあるそれを丁寧に舐めとると、小刻みにナミさんの脚が震えて時折けいれんを起こすみたいに大きく揺れた。
顔を上げて口元を拭うと、ナミさんは細長い手足をぱたりと横に伸ばして大きく息を吸ったり吐いたりしていた。
おれが「ナミさん」と呼ぶと、虚ろな目がおれをとらえて、それしか知らないみたいにこちらに手を伸ばしてくる。
ああ、とおれも大きく息をついて彼女を抱きしめた。そのしなやかな上体を持ち上げて、おれの胸にぴたりと沿わせて抱きしめる。
片手でベルトを緩めて自身を取り出して、もはやそこも彼女の奥に触れることだけを思ってきつく腫れている。
入り口に触れると、ナミさんが過剰にびくりと身をすくませた。
「あ、ごめ、大丈夫?」
「だい、じょぶ」
ナミさんはおれの首に腕を回して引き寄せると、自らも首を持ち上げて唇を重ねてきた。
キスのしすぎでおたがいにだらしなく緩んだ口もとを惰性で重ねたまま彼女の中に押し入った。
入り口だけが狭く、入れてしまえば一気に奥まで入ってしまう。
う、と短く呻いたナミさんは、ぶるっと一度震えてから大きく息をついて、閉じていた目をゆっくり開いた。
「サンジく、ん」
「うん」
「あったかい……」
「気持ちいい?」
「うん」
すごく、とナミさんはおれの背を撫でて、もっと深くと言うようにおれの腰を下へと押した。
促されるまま腰を落として、引き上げて、そのたびに静かに響く水の音と、互いの汗が肌を吸いつかせては離れる音と、ナミさんの息遣いに耳を澄ませた。
身体を繋げる行為そのものも、おれがナミさんを心底求めていることも、またナミさんもやっぱりおれを求めていることも、その全部が喜びになって胸を浸し、ちかりと光ったのが果てる直前のきざしだったのかナミさんの目の強い光だったのかわからないまま、半ば意識を失うように何も考えられなくなった。
「痛い、背中」
おれのパーカーを苦しそうに胸元まで上げたナミさんは、うらめしげにおれを見てそう言った。
「だよな、ごめん」
「うそよ」
痛いのは本当だけど、と言ってナミさんはおれの胸に背中を預けてもたれかかった。
「おなかすいちゃった」
「おれも。なに食おう」
「なんでもいい。サンジ君が作って」
「そうだな、何にすっかなー」
すっかりと夕闇に落ちた部屋の中で、おれたちは電気もつけずにまどろんだままぼそぼそと話した。
ナミさんは「気持ち悪いからまだ履かない」と言って、下着をつけずにおれのシャツを腰のあたりに巻いていた。濡れて小さくなった彼女の下着は、床の上でくしゃりと丸まって、なんというか卑猥だ。
ついそれをじっと見てしまったが、ふと彼女を見たらナミさんは窓の方をじっと見ていた。
ああ、とまたあの苦しさがやってくる。
つい数分前まであんなにも満たされていた胸の内が、ひきつけを起こすみたいに痙攣し始める。
意を決し、おれは口を開いた。
「何見てんの、ナミさん」
「サンジ君」
「え?」
「サンジ君を見てる。ほら」
彼女が指を差す方を見ると、真っ黒い窓にはぽかんと口をあけたおれと、おれに身体を預けて力を抜き、緩やかに伸びた樹のようにおれにもたれかかるナミさんの姿が映っていた。
「かっこいいね、サンジ君」
知ってた? とナミさんは首を反らせて、天を仰ぐみたいにおれを見上げた。
「ずっと見てたいくらい」
顎の裏というか、ちょうど顎の先と喉仏の中心くらいにナミさんがキスをする。
彼女がふすふすと鼻を鳴らして笑うと、それに合わせておれの身体も揺れた。
ナミさんは窓に映るおれを見たまま、しばらくそうして笑い続けた。
fin.
いい天気だね、と呟いたけども返事がない。ラグにぺたんと座り込んで、テーブル上のマグカップにそっと手を添えたナミさんもおれと同じように窓の外を見ていた。
キッチンカウンターをぐるりと回っておれもナミさんの隣に腰を下ろすと、ナミさんが初めておれの存在に気付いたみたいに少しこちらを見て、「いい天気ね」と言った。
「秋晴れだな」
「行楽日和ね」
「どこか行きたい?」
うーん、とナミさんは考えるそぶりを見せたが、声でその気がないのがわかる。案の定、「べつに」とそっけない返事だった。
深い青のマグから、少し温度の落ち着いたコーヒーをすする。
「こういうお出かけ日和に家にいて、何をするでもなくいい天気だなぁって外を見てるのも贅沢ですきよ」
「おれも」
ナミさんはちらりとおれを見て、なぜだか苦笑した。きっと、おれがいつでもナミさんの言うことに「おれもおれも」と諸手を上げて賛同するので呆れているのだ。
「お昼、なに食いたい?」
「なんでもいいの?」
「もちろん。足りない食材は買いに行きゃあいいし」
「そうだけど、そうじゃなくって。なんでも作れるの?」
「だいたいは」
へえ、すごい、とナミさんが臆面もなく褒めてくれるので、おれはぐんぐんと嬉しい気持ちになって少しナミさんにすり寄り、腰に手を回した。
柔らかい毛足のセーターの、肩のところに顎をつけて喋るとナミさんはくすぐったそうに身をよじった。
「本当に何でもいいよ。ナミさんが来てくれるっていったときからすげぇ張り切ってる」
ふっと息で笑って、ナミさんはまた窓の外に顔を向けた。その顔が見たくなり、覗き込むが首の角度に限界があって彼女の表情までよく見えない。
一体どんな顔をして、どんな目で、そんなに窓の外ばかり見ているのか、見えないからこそ無性に知りたくなった。
不意に怖くなる。
おれの知らないナミさんを知るたびに、喜びと同時にちらりとよぎる不安。
いま、誰のこと考えてる?
絶対におれは聞かないし、聞けないし、きっとナミさんも言わない。
ナミさんもきっとおれのこういう臆病さに気付いている。
「ナミさん」
腰に回したのと反対の手を彼女の頬に伸ばす。少し触れると、すぐにナミさんはこちらを向いて、「サンジくん、手、つめたい」と笑った。
鼻先が触れて、ナミさんが目を伏せる。顔を傾けて、少し唇を開いて、あったかくてやわらかいそこを重ねる。
触れたところからなにかいいものがおれの中に流れてくる。少し離して、角度を変えて、もう一度触れるとナミさんは温めるみたいにおれの片手を両手で包んでくれた。
大丈夫よ、と言われた気がして、彼女をきつく抱きしめたくなったのに、ナミさんはおれの手を、と言うより指の方を、両手でぎゅっと握っているのでそれができない。
おれのことだけ考えて、と思う。
きっと今この瞬間、ナミさんの中はおれでいっぱいなはずだ。わかっている。でも足りなかった。
おれのことだけ考えて、おれにだけその顔を見せて。
窓の外には誰もいないよ。
*
秋晴れだな、とナミさんに言った次の日は、世界中の赤ん坊が泣き狂っているみたいに激しい雨だった。
秋雨ってもっとこう、大人しくしとしとと降るんじゃなかったっけ。そう言ったらナミさんは「台風の影響でしょ」と至極真っ当なことを言って、さっさとおれの家から出勤していった。できることなら、というより当然のように一緒に家を出て途中まで同じ道を辿って出勤するものだと思っていたおれは、ためらいもなく「私今日早いから」と言って先に出てしまったナミさんの背中をさみしく見送って、誰もいないいつもの家に鍵を閉める。心なしか置いてけぼりを食ったさみしさが音に滲んだ。
紺色の大きな傘を広げて、足元に跳ねる強い水しぶきに舌を打って、うつむきがちに会社への道を辿る。
頭はもう、家に帰ってからのことを考えている。
今日もナミさんはおれの家に帰ってくる。明日も、明後日も、彼女の仕事が詰まらない日はいつだって、彼女はおれの家に帰ってくる。
「そんなの悪い」と言って顔をしかめた彼女をなだめすかし、おれのためを思ってと半分すがって平日の夜は一緒に飯を食う約束を取り付けた。
この前振る舞ったおれの手料理が功を奏したのか、ナミさんは少し言いにくそうに「夜はサンジ君のごはん?」と尋ねた、あの可愛らしさよ。もちろん! とおれは叫び、でもたまには外に飲みに行こうな、と彼女の手を取ってにっこり笑った。
ナミさんは何が好きなんだろう。主食はコメの方が好きなのか、パンに合うものがいいのか、それとも酒に合うつまみをたくさん用意した方がいいんだろうか。食後にデザートは欲しくなる子なのか、どれくらいカロリーなんかを気にするのか。
思えばおれは、まだまだまだ、彼女のことを何もと言っていいくらい知らなかった。
恋人という大義名分を得たおれは、まるで一国の城の王になったような無的な気分で有頂天になっていたが実のところ無能もいいところで、ナミさんがおれのそばにいてもいいと思ってくれるからこそなれる王であり、そうでなければ、そう、考えたくもないが、そうでなければ、おれはまだなにひとつ持っていないのだった。
おれはナミさんの全部を知りたいし、全部が欲しい。そしてナミさんにもそう思ってもらいたい。
それは気持ちであったり、行動の一つ一つであったり、身体そのものでもあった。
柔らかくて内に潜れば潜るほど熱い彼女の中を思い出し、身体の芯がぶるっと震えた。いけねぇここは地下鉄、と思うものの、しっかり刻み込まれた記憶が未だ生新しい温度を保って目の前にスライドインしてくる。ぎゅっと目を瞑り、つり革を強く握って中心に集まろうとする熱を必死で分散させる。仕事のことを思い出して紛らわせようと、今日の予定を頭の中で立てたが圧倒的なナミさんの力には抗うのも馬鹿らしいと言ったふうに、気付けば書類の白はナミさんの肌の白さにとって替わっていたりした。
だめだ、ナミさん。
混みあう地下鉄の中、もぞもぞと右腕を動かし胸ポケットから携帯を取り出す。
「おれも家を出ました。朝早かったけど眠くなってねぇ? 今日も一日がんばって」
文面を読み返し、中学生みたいだ、と恥ずかしくなる。が、そのまま送った。
いいのだ。どうせおれはナミさんの前では中学生男子みたいなもんだ。
返事はわりとすぐ、おれが地下鉄を下りるより前に返ってきた。
「朝から企画書がたまっててげんなりしたわ。今は眠くないけど、お昼食べたら眠くなりそう」
文面の最後に付いていた「zzz」というかわいらしいマークに、携帯を握る手がほわっと温まる。
だらしなく緩んだ顔のまま「夜は何食べたい? 希望があれば、買い物して帰るよ」と送ったが、その返事はその日おれが家に帰るまで帰ってこなかった。
メールの返事はなかったが、19時頃会社を出て買い物をして帰路につく。大粒だった雨はすんと落ち着いて、朝の激しさなど素知らぬふうに空には薄い雲が伸びている。少し風が強かった。
ナミさんは薄着だったが寒くねェかななどと考えながら、スーパーの買い物袋を片手に揺らすのはわかりやすく幸せだった。
部屋に着いたら、朝飲んだコーヒーのマグカップを二人分洗って、あったかいブイヤベースを仕込もう。彼女が以前「ここ美味しいのよ」と言った駅から少し遠いパン屋にもわざわざ寄って、ブイヤベースに合うブールも買ってきた。
おれがこねてもいいのだが、時間がかかるしそんな楽しいことはナミさんも一緒のときに二人で作ってみるのもいいだろう。
海老の背ワタを取り、タラの切り身に塩をまぶす。二枚貝を砂抜きして、セロリを薄く刻む。鍋に火をかけたところで一服とタバコにも火をつけた。ケツに突っ込んだ携帯がぶるっと震えて、はらっと花が咲いたみたいなときめきを覚えて慌てて画面を覗き込んだ。
「急に飲みに誘われちゃった。遅くなりそうだから、今日は自分の家に帰るわね」
ふつ、と鍋の中が音を立てた。
ふつふつふつ、とスープのふちが気泡を立てて、海鮮たちがその身を揺らしながら赤や白に色を変えていく。
おれは携帯を、シンクとは反対側のコーヒーメーカーなんかが置いてあるカウンターに置いて、とりあえずめいっぱい煙草の煙を吸い込んだ。
そうだよ。こんなことだって十分あり得る。知っていた。
だって彼女の家はここではないし、今朝ここを出て行ったからと言ってまたここに帰ってくるわけではない。
彼女には彼女の仕事が、友達が、付き合いがあり、もちろんおれも同じで、たとえどれだけほしくてもおれが彼女のすべてを手に入れることなんてまったく不可能なのだ。
こんなのは世の中よくあることで、勝手にこちらがそわそわと浮足立って準備したことが相手の予想外の行動でまったく意味をなさなかったり、期待外れだったり、そういうがっかりする事態は正直面白くないほどありふれている。
だからそう、おれは訊いてはいけないのだ。
「飲みって、そこに男もいる?」
だとか、
「仕事の人?」
だとか、ましてや、
「あいつに会うわけじゃねぇよな?」
なんて、訊いてはいけない。
おれは鍋の中を覗き込み、あくを取って静かにトマトペーストを垂らした。
再び蓋をして、携帯を手に取る。
「了解、ナミさんに会いたかったけどしゃーねぇな。帰り遅くなるならあぶねぇし、駅から家まで送るよ」
送信し、じっと何もない画面を見つめていたらすぐに返事が来た。
「ごめん、もしかして夕飯準備してくれてた? 明日食べに行くわ。帰りはタクシーで送ってもらえると思うから大丈夫」
おれは何か返事をしたが、あんまり覚えていない。
とりあえず作りかけたブイヤベースを仕上げ、ブールを切って残りは冷凍した。
テレビをつけ、21時のドラマとバラエティが軒を連ねるラインナップにうんざりしてすぐに消した。
サラダとスープにパンじゃ足りず、結局くず野菜と肉を刻んでチャーハンを作ってかきこむように食べた。
ナミさんと食べる食事は、たとえ小鳥のエサみたいな少しのつまみであっても、彼女が美味しそうにそれらを口に運ぶ顔を眺めていれば、永遠に満たされていられた。
タクシーで彼女を家まで送るのはいったい誰なのか。
何かを食い、美味しいと笑い、アルコールで薄らと頬を赤らめるその顔を見るのはいったい誰なのか。
どうして彼女は、おれにもっと何かを求めてくれないのか。
おれは知っていた。
ナミさんが、「どうしようもないじゃない」と声を荒げて、涙にひりつく瞼で誰かを思って走って行けることを知っていた。
春の嵐みたいなその勢いのすさまじさに圧倒されて、だからこそ、そんなふうにおれも求めてもらいたかった。
じりじりと削るみたいに夜が深くなっていく。
だめだだめだ、と腰を上げ、ガチャガチャと皿を洗ってさっさと風呂に入った。何も考えられないくらい湯を熱くして、皿を洗うのと同じ要領で自分を洗ってさっさとベッドに滑り込んだ。
きつく目を閉じて案の定寝つけずにいたら、日が変わった頃に携帯がちかりと光り、
「今家に着きました。心配すると思って」
とナミさんからのメールが届き、それを読んでおれはやっと眠ることができた。
結局次の日から週末までナミさんが残業の日が続き、会えたのは土曜の夕暮れ前だった。
すっかり秋めいた晴れの空の下、ナミさんは薄手のコートを羽織ってひらりと優雅におれの部屋に現れた。
「ひさしぶり」
4日ぶりのナミさんはそう言ってかかとの高いグリーンのパンプスを脱いだ。
疲れているのか、リビングに続く短い廊下を歩く間にナミさんはあくびをした。
「仕事、忙しかったんだな」
「あ、ごめん。ちょっとね、でももうひと段落ついたから」
ナミさんはコートを脱ぎながら話す。
「昨日そのひと段落ついた案件の打ち上げが夜中の2時近くまであってさ、クライアントも一緒だったし全然酔えないのになかなか終わらなくて、仕事の中身って言うより最後のそれですっごい疲れちゃった。家に着いたのが3時くらいだったのかなぁ、起きたらお昼だったし、あ、ごめんね返事遅くなって」
「いんや」
「そうだあんたのところの新店、この前ポーラが行ったんだって。あ、ポーラって私の同僚ね。美味しかったし雰囲気よかったって言ってたわよー、デートだったのかなんだったのか訊かなかったけど。私もあれっきり行ってないし、ちゃんとご飯食べに行ってみたいな」
「そうだな」
ナミさんはおれにコートを手渡し、ふとリスのような丸い目でおれをじっと覗き込んだ。
「サンジ君、なんか変」
「え」
ナミさんはおれににじり寄って、ぐいと顔を近づけた。
「あんたこそ疲れてるみたい。ぼーっとしちゃって」
「や、違うんだこれは」
「なに?」
ナミさんから顔を背け、一歩後ずさる。おれのその仕草に、ナミさんはぎゅっと顔をしかめた。
「なんなのよ一体。怒ってるの?」
「まさか!」
「じゃあなんで避けるのよ」
避けたわけではなかった。ただ、たった四日ぶりの彼女があまりに変わりなく、矢継ぎ早に話す様子がまるで、そうまるで、「おれに会いたかった」と言ってくれているようで、ただくらりとしたそれだけだ。
おれは数秒口元をまごつかせてから、「ナミさんが可愛くて」と言った。
「はぁ」
気の抜けた顔で肩の力を抜いたナミさんは、「よくわかんないけど」と言ってぺたんとラグに座った。
しずしずとおれも隣に腰を下ろしたが、「あ、コーヒー淹れるな」とすぐに立ち上がる。そんなおれの慌ただしい様子にナミさんは呆れたみたいに少し笑ってくれた。
コーヒーマグを両手にリビングへ戻ると、ナミさんが腰を下ろしたテーブルの上にちょこんと小瓶が乗っていた。
おまたせ、と言って彼女の前にコーヒーを置くと、ナミさんは「ありがとう」と呟いてからその小瓶に両手で触れた。
「お土産」
「お土産? どっか行ってたの?」
「うん。木曜にプチ出張で。近場だけどね」
彼女のクライアントがアパレルショップで、最近の服屋というのは服だけでは飽き足らずにハンドクリームやアロマなんかの化粧品類、さらにはこうした食品なんかも売り出しているのだと言う。
これはそのクライアントが売出し中の、はちみつ漬けのナッツだった。
「へえ、うまそ」
「なんか流行ってんだって。食べたことある?」
「ない。チーズに合いそうだな」
「じゃあワインにも」
ナミさんが嬉しそうにくふふと笑う。思わず腕を伸ばして彼女の肩を抱き寄せた。ぐら、と彼女の身体が傾いて、ナミさんは「うわ」と驚いた声をあげた。
「ありがと、ナミさん」
「え、なに、そんなに嬉しかった?」
「そうじゃなくて」
ぐっとさらに力を込めて彼女を引き寄せる。膝がぶつかり、太腿に太腿が触れ、脇の下から差し込んだ手で彼女の細い肩を手のひらに収める。
ナミさんはおれの肩に顎を置いて、「どうしたの」と呟いた。
「やっぱりサンジ君、変よ」
「変じゃないよ、大丈夫」
こんなにも細いのにしっかりと暖かい彼女の身体を腕の中に感じて、おれはとてつもなくさみしかった。
ナミさん、ナミさんおれは、どうしても考えてしまう。
おれのいない日々を過ごす君は、一体どれくらいおれのことを思い出してくれたのだろう。
少なくともこの土産を買うときに、おれを思い出して、ああそれはとてもうれしい。でもそのとき隣にいたのは誰だった?
昨日の打ち上げは疲れたと言っていた、でも夜中の二時まで帰らなかった、そのときずっと一緒にいたのは。
とっくに終電も行ってしまった真夜中に、彼女をタクシーに乗せたのは。
一度も、本当に一度も、彼女が泣いてまで欲しいと叫んだ別の男を思い出した時間はなかったのか。
サンジ君、と彼女がおれを呼んだ。
「コーヒー冷めちゃう」
ナミさんは宥めるようにオレの背中をポンポンと叩き、おれがいやいや腕の力を緩めると、そこからすぽんと抜け出すみたいに顔を上げて、「心配してるの?」と言った。
「いや」
「うそ。いろいろ考えてた」
「いや……うん、まぁ」
「私のせいね」
ナミさんは大人びた顔で、諦めたみたいに少し笑った。
たまらず、おれは大きな声で「ちがう」と言って彼女の手を掴んだ。
「ごめ、おれ本当、ナミさんが思ってる以上にナミさんのことが好きなんだよ。できることなら毎日会いたいし、ずっと触ってたいし、おれ以外のやつは誰一人ナミさんのこと見てほしくねぇと思ってる。んなこと無理なのもわかってんだけど、わかってんだけど」
ナミさんは目を丸めておれを見上げ、気圧されたみたいにひとつ「うん」と頷いた。
おれは情けなく口元を下げて、「できれば、ナミさんもそうだったらいいのにって」とごにょごにょと言った。十分情けないことを言い散らかしているのにおれのなけなしのプライドが口を回らなくさせた。
「そんなの私だってそうよ」
ナミさんは丸い目のまま、ぽかんとおれを見つめて言った。
おれもぽかんと見つめ返して、「え?」と聞き返す。
「当たり前じゃない、会えない時間はこっちだって一緒なんだから」
「でも」
「そりゃ私はあんたほど、あんたのことばっかり考えてるわけじゃないけど」
そう言ってナミさんはひとりでくくっと笑った。
「サンジ君は顔に書いてある。『ナミさん』って」
おれがぺたりと自分の頬に触れると、ナミさんは笑いながらその上に自分の手のひらを重ねた。
ね、サンジ君、とナミさんは囁き声で言った。
「私だって、あんたが思っている以上にあんたのこと、好きよ」
鼻先に唇が触れ、それはまだ外の空気をまとって冷たかった。
ナミさんは浮かせていた腰を下ろして、また下からおれを覗き込む。
「でも、サンジ君にそんなにもいろいろ考えさせてるのは私のせいでしょ。私が別の男と会ってんじゃないかって考えてんでしょ」
ナミさんの薄い手を掴み、その細い指をぎゅっと握りしめ、「うん」と頷く。もはやごまかしようがないくらい、おれはどろりと濃くて重たい嫉妬をぐらぐらと煮たたせていた。
「そんなことはなにもないって、口で言うのは簡単だけど」
そうだ。おれのいない世界を平気で生きてしまえる彼女に寄りつく男たちに太刀打ちする術を、おれは十分に持ち合わせていない。
たぶんずっと、おれの前に、おれと彼女の間に、その「誰か」の影はちらつき続ける。そのたびにおれは胸の内に黒いものをぐらぐらと煮たたせて、こんなふうに彼女を困らせる。
「あんたが何考えてるのかわからないのは私も嫌だから、思ったことは全部言って。してほしいことも、全部」
「んなのかっこ悪ィよ」
「いいじゃない、そういうのも見たいの、全部」
ナミさんはおれの頬にまたぺたりと手のひらをつけた。ひやりと冷たいその手から、彼女の鼓動が伝わる。
紫色を帯びた空の光が窓から彼女の背中を照らし、その影に遮られた光がおれにもぶつかる。眩しくて、目を細めたらナミさんの親指がおれの頬を撫でるように少し動いた。
彼女の反対の腕を引き、おれの胸に彼女を落としこむみたいに引き寄せる。傾いた彼女の身体を抱きしめて、口を開いた。
「もっと」
「うん」
「もっと、おれといたいと思って」
「思ってるわよ」
「おれと同じくらいじゃなくてもいいから、もっとおれのこと好きになって」
「好きよ。同じくらい」
「全然だよ」
全然足りていない。おれの絶望的なほどに深い彼女への恋心など、絶対に彼女には追い付かない。
「もっとわがまま言って。会いたいなら来いって呼んで。おれに無理させて」
「いやよそんな」
「頼むから」
もっと欲しがってくれ。
ナミさんは膝でこちらににじり寄ると、あぐらをかいたおれの脚の間にすぽんと横座りに座り込んでおれの首に腕を回した。
「じゃあちょうだい。もっとちょうだい」
顔が引き寄せられる。ずくずくと腹の奥が疼く。鼻先が頬に触れ、唇が、おれのかさついた唇が彼女のやわらかなそこに、今まさに触れようとしている。
リスみたいだった丸い目が、昼間の猫みたいに細くなり、でも大きな瞳は夜みたいに真っ黒に光っている。
「何からあげたらいい」
「キスして」
この世の何よりおれが一番近い唇に食いついた。
見た目通りにやわらかく、信じられないくらい甘いそこからどんどんあたたかなものが滴る。一滴もこぼすまいと吸い尽くすみたいに舌で舐めとると、首に回された彼女の手の先がおれの襟足を撫でた。
唇を離し、「次は?」と囁く。
「もういっかい」
は、と彼女が息を繋ぐ隙さえ与えてあげられず、再び吸い付いてその唇の外側も内側も、舌の形も全部めちゃくちゃに舌で触れる。
襟足から肩甲骨に向けて彼女の手が滑り込んでくるのと同時に、彼女の薄いセーターの裾から平たい腹を撫でたらその身体が小刻みに震えるのがわかった。
部屋はすっかり薄暗く、ナミさんの後ろに見える四角い景色は紫色を通り越してゆったりと濃い青に落ちていこうとしている。
下唇を吸って離すとそこがぷるんと揺れた。
「次は?」
「次は……」
ナミさんの顔は逆光で、その表情はよく見えない。まだ一口も飲んでいないコーヒーの冷めゆく香りが部屋に満ちている。そのにおいを、自分たちが放つ濃い別の匂いでかき消そうとしている。
「好きにしていい?」
背中にじかに触れ、浮かび上がった背骨を撫でる。ナミさんは頷いて、疲れた唇でけだるげにおれの喉仏に触れた。
指先が痺れるほど、早く彼女の奥に触れたくてたまらず事を性急に進めようと気持ちがはやるのだが、おれと同じくらい熱くなったナミさんの呼吸を感じるたびにどきりとして、思うように手が進まずいい塩梅になった。
セーターを脱がし、以前の痩せ細っていた鎖骨がほんのりと丸みを帯びているのを触れて確認する。嬉しくなる。
その隆起を唇で辿り、骨のくぼみを舌で押すとナミさんは気持ちよさそうに短く高い声をあげた。
下着を外すと苦しそうだった胸元がこぼれて、すかさず下から掬う。
秋の乾いた空気をものともせずに、ナミさんの肌はしっとりと指に馴染み、まるでおれを待っていたみたいだった。そうであればいいのにと思いながらスカートの裾に手を滑り込ませると指がすぐ下着に触れたので、どんだけ短いスカートなんだと今更ながら心もとなくなる。
「ナミさん」
「なに……」
「もちっと、スカートは長めにしてくれると」
酔ったように焦点の外れていた目がゆっくりとおれに重なり、「は?」と妙に明瞭な声でナミさんは言った。
「他の男が見るだろ、ナミさんの脚を」
「綺麗だからいいでしょ」
思わず笑ってしまった。ナミさんも自分で言っておいて、悪戯がばれたみたいに笑っている。
思ったことは全部言ってと言ったくせに、ナミさんがそれを全部ハイハイと聞き入れるはずがない。ナミさんはでも、心なしか嬉しそうな声で、「そういうのもいちいち言って」とおれの肩に手を置いて囁いた。
「もっと心配させたいの。私も、サンジ君に私で一杯になってほしい」
「なってるよ、もう」
下着に触れた手をそのまま滑らせて、張りのある肌をなぞり、その丸みを手のひらに収めて、湿ったところまで指を運ぶ。
生地の上からなぞるだけでナミさんは苦しげに声をあげた。おれの服の裾を強く握ることが、気持ちいいと言っているのと同じだとわかっていたから、構わず指の先を布ごと沈めて、その音を聞いた。
反対の手を後ろ側から下着の内側に滑り込ませて、なめらかな肌を撫でてぐっとおしりをもちあげて、おれに押し付ける。ああ、と声をあげておれの肩を掴んだナミさんの手が、力みすぎてずるりとそこから外れた。
傾いだ彼女の身体を支えたついでに床に押し倒して、勢いのまま下を全部脱がせた。
片足を持ち上げて太腿の裏を舐めると汗の味がした。熱くて、濃い彼女の味がする。ナミさんは首を振っておれの髪を掴んだが、その手に引き寄せられるみたいに中心に顔を寄せた。
薄い毛を撫でて、ひくつくそこに舌をあてるととたんに水量が増して、溺れそうになる。
逃げるようにずり上がるナミさんの腰を引き戻して、こっくりと粘度のあるそれを丁寧に舐めとると、小刻みにナミさんの脚が震えて時折けいれんを起こすみたいに大きく揺れた。
顔を上げて口元を拭うと、ナミさんは細長い手足をぱたりと横に伸ばして大きく息を吸ったり吐いたりしていた。
おれが「ナミさん」と呼ぶと、虚ろな目がおれをとらえて、それしか知らないみたいにこちらに手を伸ばしてくる。
ああ、とおれも大きく息をついて彼女を抱きしめた。そのしなやかな上体を持ち上げて、おれの胸にぴたりと沿わせて抱きしめる。
片手でベルトを緩めて自身を取り出して、もはやそこも彼女の奥に触れることだけを思ってきつく腫れている。
入り口に触れると、ナミさんが過剰にびくりと身をすくませた。
「あ、ごめ、大丈夫?」
「だい、じょぶ」
ナミさんはおれの首に腕を回して引き寄せると、自らも首を持ち上げて唇を重ねてきた。
キスのしすぎでおたがいにだらしなく緩んだ口もとを惰性で重ねたまま彼女の中に押し入った。
入り口だけが狭く、入れてしまえば一気に奥まで入ってしまう。
う、と短く呻いたナミさんは、ぶるっと一度震えてから大きく息をついて、閉じていた目をゆっくり開いた。
「サンジく、ん」
「うん」
「あったかい……」
「気持ちいい?」
「うん」
すごく、とナミさんはおれの背を撫でて、もっと深くと言うようにおれの腰を下へと押した。
促されるまま腰を落として、引き上げて、そのたびに静かに響く水の音と、互いの汗が肌を吸いつかせては離れる音と、ナミさんの息遣いに耳を澄ませた。
身体を繋げる行為そのものも、おれがナミさんを心底求めていることも、またナミさんもやっぱりおれを求めていることも、その全部が喜びになって胸を浸し、ちかりと光ったのが果てる直前のきざしだったのかナミさんの目の強い光だったのかわからないまま、半ば意識を失うように何も考えられなくなった。
「痛い、背中」
おれのパーカーを苦しそうに胸元まで上げたナミさんは、うらめしげにおれを見てそう言った。
「だよな、ごめん」
「うそよ」
痛いのは本当だけど、と言ってナミさんはおれの胸に背中を預けてもたれかかった。
「おなかすいちゃった」
「おれも。なに食おう」
「なんでもいい。サンジ君が作って」
「そうだな、何にすっかなー」
すっかりと夕闇に落ちた部屋の中で、おれたちは電気もつけずにまどろんだままぼそぼそと話した。
ナミさんは「気持ち悪いからまだ履かない」と言って、下着をつけずにおれのシャツを腰のあたりに巻いていた。濡れて小さくなった彼女の下着は、床の上でくしゃりと丸まって、なんというか卑猥だ。
ついそれをじっと見てしまったが、ふと彼女を見たらナミさんは窓の方をじっと見ていた。
ああ、とまたあの苦しさがやってくる。
つい数分前まであんなにも満たされていた胸の内が、ひきつけを起こすみたいに痙攣し始める。
意を決し、おれは口を開いた。
「何見てんの、ナミさん」
「サンジ君」
「え?」
「サンジ君を見てる。ほら」
彼女が指を差す方を見ると、真っ黒い窓にはぽかんと口をあけたおれと、おれに身体を預けて力を抜き、緩やかに伸びた樹のようにおれにもたれかかるナミさんの姿が映っていた。
「かっこいいね、サンジ君」
知ってた? とナミさんは首を反らせて、天を仰ぐみたいにおれを見上げた。
「ずっと見てたいくらい」
顎の裏というか、ちょうど顎の先と喉仏の中心くらいにナミさんがキスをする。
彼女がふすふすと鼻を鳴らして笑うと、それに合わせておれの身体も揺れた。
ナミさんは窓に映るおれを見たまま、しばらくそうして笑い続けた。
fin.
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白ひげ一家を愛して12416中心に。
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@kmtn_05 からのツイート
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足りん
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