OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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道案内を頼む、とその男は大層不愉快そうに申し出た。
「私に?」
「そうだ」
「道案内を、と?」
「テメェはいちいち確認しなくちゃ済まねェのか」
ゾロの右手は、何度も居心地悪そうに腰のあたりをふらふらしている。
「刀を取りに行かねェと」
あぁ、と私は頷いた。
「わかったわ。鍛冶屋さんね」
チョッパーにもらったしおりを丁寧にページの間に挟み、読みかけの本を閉じる。
ゾロは静かにその様子を眺め、待っていた。
パラソルの下から出ると、透き通った日光が肌に沁み込む感覚がした。
「ナミ、少し出かけてくるわ」
みかん畑に向かって声を上げる。
すぐさま、はあいと明るい声が降ってきた。
軍手をはめた手を、こちらを見もせずにひらひら振っているに違いない。
ナミの代わりにみかん畑からひょっこり顔を覗かせたのは、眩しい金髪のコックさんだ。
「ロビンちゃんおでかけかい? お供の従者か荷物持ちは必要ねェかい?」
「えぇ大丈夫、ゾロが一緒よ」
私がちらりとゾロに目を移すと、ゾロはフンと顔を背けてさっさと歩きだしてしまった。
上からはサンジの非難たっぷりの声が聞こえる。
「なにがどうなってマリモなんぞがロビンちゃんとお出かけできることになってんだ! ロビンちゃんやめよう、オレが一緒に行くから、ちょっと待ってくれ!」
「バカ、あんたはあたしの手伝い!」
いてっと小さく聞こえたかと思うと、サンジが奥へと引っ込んだ。
それと入れ替わりに、ナミの小さな顔が現れる。
「迷子の監督、頼んだわよ!」
聡明な大きな目を猫のように一度細めてから、男であればコロリといってしまいそうなウインクを飛ばしてナミは大きく手を振った。
「行ってきます」
私は彼女に手を振り返し、ゾロの後を追った。
タラップを降りたゾロは、既にあらぬ方向へ進んでいる。
「ゾロ、こっちよ」
声をかけると、ゾロは至極不本意と言った顔で方向転換をした。
鍛冶屋は街の東の果てにある。
西の海岸に泊めた私たちの船からは、少し歩く。
不揃いの石畳の上を、不揃いの足音が響いた。
肩を並べて歩き始めてすぐ、ゾロはぽつりと「悪ィな」と言った。
「どうして?」
「手間ァかけさせる」
ゾロがそのことに対して謝ったことはわかっていた。
私が聞きたかったのは、どうして謝る必要があるのかということだ。
だがそれを聞き直してもきっとゾロは面倒くさそうな顔をするに決まっているので、私は言葉を飲み込んだ。
代わりに笑って、言う。
「私を選んでくれてうれしいわ」
「それァ」
ゾロは何かを言いかけて、言葉を探すように一度口を閉ざした。
チョッパーがいなかった、ウソップが忙しそうだった、何でもいい。理由はいくらでもある。
まるで言い訳のように、私を誘ったわけを探してくれたことがうれしい。
ゾロは結局、続く言葉を言わなかった。
私たちは人の行きかう街並みの一部になる。
喧騒に呑み込まれて音になる。
平べったく重たい足音に、私の細い靴音が重なる。
ざわめきの中からその音を探す作業は心地いい。
「おい」
不意にゾロが足を止めた。
その顔は、立ち並ぶ店の一つに向かっている。
「なに?」
「食うか」
ゾロの視線を辿った。
行きかう人の間を縫うようにその先を見遣る。
カラフルな色合いが周りから浮いたその店は、ジェラートを売っていた。
私が何かを言う前に、ゾロは店に向かって歩き出していた。
ガラスケースを覗き込む彼の背中を追って、同じように中を覗いた。
「どれがいい」
「買ってくれるの?」
「あぁ」
ゾロはじっと目を凝らして、ケースの中のジェラートを見ていた。
まるで敵を見るかのようにこらした目がおかしくて、私はくすぐったい笑い声を洩らしてしまった。
ゾロが不機嫌そうに私を見る。
「何笑ってやがる、さっさと選べ」
じゃあ、と私が笑いの余韻を残したまま一種類を指差すと、店の若い男性が太い腕を伸ばしてたっぷりとジェラートを掬ってくれた。
「あなたは?」
「おれはいい」
「せっかくだから食べればいいのに」
私がせっつくと、彼は眉を眇めて再びケースに視線を戻した。
彼のこの顔はもう見慣れてしまった。
けして不機嫌なわけでも不愉快なわけでもない。
何かを考えたり複雑なことを思ったりしているときのくせなのだ。
この場合は、ジェラートの種類を考えている。
ゾロは明るい黄色を指差して、「これを」とぼそりと言った。
手渡されたジェラートを受け取ると、ゾロは不思議そうにそれを見下ろして、一言「丸くねェのか」と言った。
「ジェラートだもの、こういう形よ」
「そうか」
彼は子供のように私の言葉をのみこんだ。
スプーンでジェラートを口に運ぶと、ミルクの濃厚な甘みが舌の上で溶ける。
私たちは店のわきに立ったまま、並んでジェラートを食べた。
街並みをぼんやりと眺めながら、立ち尽くしてジェラートを食べるいい歳の男女はさぞ滑稽に映っているにちがいない。
そう思うと、もうここを離れたくなくなった。
ゾロと一緒に、この景色の一部になりたいと真剣に思った。
「ありがとう、ゾロ」
言い忘れていたお礼を口にすると、ゾロはめんどくさそうに一度だけ私を見て、すぐにそっぽを向いた。
そして大きな口を開けて上からジェラートに齧り付く。
全てを飲みこむ怪獣のような食べ方だ。
その姿を見て、私はハッと息を呑んだ。
自分たちのことを「いい歳の男女」だと思ったが、いい歳をしているのは自分だけだ。
ゾロはこうやって大口を開けて物を食べ、鼻の頭にジェラートをつけていてもおかしくない若さなのだ。
今気付いたわけではない。
それは常日頃小さなつぶてとしてコツコツと私にぶつかってくる。
たまたま今、思い出してしまっただけだ。
「おい、溶けてんぞ」
ゾロが私の手元を指差した。
あ、と慌てたその一瞬で、私の手の甲にポタリの白いしみが落ちた。
「ちんたら食ってるからだ」
「あなたが速すぎるのよ、3口くらいで食べてしまったでしょう」
言葉を返しながら、手の甲に落ちたものを舐める。
ゾロが紙くずをくしゃりと丸めたので、私は急いでジェラートをつつき始めた。
涼しくなった、とゾロが呟く。
*
鍛冶屋の中は、歴史を感じる埃臭さと鉄の凶暴なにおいがした。
少なくとも前者は私にとっても身近で、落ち着きを感じる。
「できてるか」
ゾロは堂々と店の真ん中を歩き、つっけんどんに店主にそう言う。
無愛想な店主はひとつ頷いて、三本の刀をゾロに突き出した。
彼が御代を支払っている間、私はならべられた骨董品のような刀を見て回る。
精緻な彫り込みのある鞘は、老人のようにどっしりと落ち着いたものもあれば、触れたら切れそうな若さをにじませる、精悍な男を思わせるものもあった。
「つまんねぇだろ、こんなもん見てたって」
いつの間にかゾロがそばに立っている。
腰にはいつものように、三本の刀が行儀よく揃っていた。
「いいえ、面白いわ。よく見ればひとつひとつ美しいのね」
あなたのそれも、と私は彼の腰に下がった一本を指差した。
不気味ともいえる危険さをにじませる怪しい刀と、背筋を伸ばした男のように凛とした黒い刀。
そのどちらとも雰囲気の異なる白い鞘の刀を私は指差した。
2本に比べてこれだけ少し短い。
あぁ、とゾロは撫でるように刀の柄に手をやった。
「持ってみるか」
え、と彼を見上げた。
「いいの?」
「別に、問題はねぇ」
「あんたらうちの用が済んだなら外でやってくれよ」
店主の迷惑そうな声に押し出され、私たちは慌てて外に出た。
埃臭さから解放された新鮮な空気の下で、ゾロは刀を一本腰から外した。
凛とした男のようだと思った黒い刀だ。
私がはっきりと指を指したのは白い刀だったのだが、どうやらそれは持たせてもらえないらしい。
いつかその理由も教えてもらえるだろうか。
そんなことを思いながら、差し出された刀を受け取った。
「あ」
ずっしりと重量のあるそれは私の予想よりずいぶんと重く、支えきれなかった腕ががくんと下がった。
おい、とゾロが下から支えてくれる。
「しっかり持て」
「驚いた、こんなに重いものだなんて」
「慣れれば大したこたぁねェ」
「これをあんなふうに振り回せるものなのね……」
両手で支えた刀の柄を、片手で握りしめる。
もう片方の手をそっと放して、彼がするように右手だけで刀を支えた。
二の腕が攣りそうだ。
ふはっと空気を吐き出す音がした。
「震えてんぞ、おい」
「っ……」
「おら、無理すんな」
私がぷるぷると震えながら持っていたそれを、彼はひょいと取り上げた。
刀のほうも私に持たれてさぞ落ち着かなかったことだろう。
彼の腰に戻って、はあと安堵の息を吐いている気がする。
あんな重さの刀を3本も腰にぶら下げて、この男の身体はいったいどうなっているのだろう。
「おい何考え込んでやがる。帰んぞ」
じっと彼の腰を見つめて首をひねる私に呆れて、ゾロは歩き出した。
私はその広い背中に思わずついていきそうになり、慌てて足を止めた。
「ゾロ、そっちじゃないわ」
帰り道はこっち、と道を指差すと、相変わらず不本意そうな渋顔が振り返った。
*
帰り道はとても短い。
すぐにあのジェラート屋の前を通り過ぎ、港が見える位置までさっさと着いてしまった。
あんなに楽しく響いたゾロと私の足音も、今はただただ不揃いなだけだ。
「おい」
ゾロが足を止めた。
もう波止場が目と鼻の先にある。
「帰るか」
「今もう帰ろうとしてるじゃない」
「んなこたわかってる」
私がじっとゾロを見つめると、彼はぎゅっと眉根に皺を寄せた。
「帰らないの?」
「それはおれが先に訊いたんだ」
「どういうことなの、ゾロ」
本当にわからなくて、私はただうろたえて彼を見つめた。
うろたえているように見えないところがたまにキズであると、自分でわかっている。
ゾロは、ギュッとしかめていた顔を少し緩めて、私を見返した。
「帰りてェか」
潮のにおいを含む風が、さっと私たちの間を走り抜けた。
流れた横髪に視界を邪魔されて、私は目を細める。
薄く唇を開くと、海の味が口内に、微かに広がった。
「まだ帰りたくないわ」
「よし」
ゾロは変わらない真剣な顔のまま、私の手を取った。
くるりと向きを変え、街の方へと私を連れて行く。
「どこに行くの」
「どこに行きたい」
「わからないわ」
「テメェでもわからないことなんてあるのか」
「あるわ。たくさんあるのよ、実は」
「そうか」
そう言ったゾロの手は汗ばんでいた。
滑る手で、しっかりと私の手を掴んでいる。
硬い手の握る力は強かった。
その強さが痛い。痛いことがうれしい。
不揃いの足音が、再び喧騒に溶けていく。
私はその音を、まるでオルゴールのように心地よく聴いていた。
まだ見ぬ場所に連れて行ってくれる、迷子癖のある、武骨な手に引かれながら。
「私に?」
「そうだ」
「道案内を、と?」
「テメェはいちいち確認しなくちゃ済まねェのか」
ゾロの右手は、何度も居心地悪そうに腰のあたりをふらふらしている。
「刀を取りに行かねェと」
あぁ、と私は頷いた。
「わかったわ。鍛冶屋さんね」
チョッパーにもらったしおりを丁寧にページの間に挟み、読みかけの本を閉じる。
ゾロは静かにその様子を眺め、待っていた。
パラソルの下から出ると、透き通った日光が肌に沁み込む感覚がした。
「ナミ、少し出かけてくるわ」
みかん畑に向かって声を上げる。
すぐさま、はあいと明るい声が降ってきた。
軍手をはめた手を、こちらを見もせずにひらひら振っているに違いない。
ナミの代わりにみかん畑からひょっこり顔を覗かせたのは、眩しい金髪のコックさんだ。
「ロビンちゃんおでかけかい? お供の従者か荷物持ちは必要ねェかい?」
「えぇ大丈夫、ゾロが一緒よ」
私がちらりとゾロに目を移すと、ゾロはフンと顔を背けてさっさと歩きだしてしまった。
上からはサンジの非難たっぷりの声が聞こえる。
「なにがどうなってマリモなんぞがロビンちゃんとお出かけできることになってんだ! ロビンちゃんやめよう、オレが一緒に行くから、ちょっと待ってくれ!」
「バカ、あんたはあたしの手伝い!」
いてっと小さく聞こえたかと思うと、サンジが奥へと引っ込んだ。
それと入れ替わりに、ナミの小さな顔が現れる。
「迷子の監督、頼んだわよ!」
聡明な大きな目を猫のように一度細めてから、男であればコロリといってしまいそうなウインクを飛ばしてナミは大きく手を振った。
「行ってきます」
私は彼女に手を振り返し、ゾロの後を追った。
タラップを降りたゾロは、既にあらぬ方向へ進んでいる。
「ゾロ、こっちよ」
声をかけると、ゾロは至極不本意と言った顔で方向転換をした。
鍛冶屋は街の東の果てにある。
西の海岸に泊めた私たちの船からは、少し歩く。
不揃いの石畳の上を、不揃いの足音が響いた。
肩を並べて歩き始めてすぐ、ゾロはぽつりと「悪ィな」と言った。
「どうして?」
「手間ァかけさせる」
ゾロがそのことに対して謝ったことはわかっていた。
私が聞きたかったのは、どうして謝る必要があるのかということだ。
だがそれを聞き直してもきっとゾロは面倒くさそうな顔をするに決まっているので、私は言葉を飲み込んだ。
代わりに笑って、言う。
「私を選んでくれてうれしいわ」
「それァ」
ゾロは何かを言いかけて、言葉を探すように一度口を閉ざした。
チョッパーがいなかった、ウソップが忙しそうだった、何でもいい。理由はいくらでもある。
まるで言い訳のように、私を誘ったわけを探してくれたことがうれしい。
ゾロは結局、続く言葉を言わなかった。
私たちは人の行きかう街並みの一部になる。
喧騒に呑み込まれて音になる。
平べったく重たい足音に、私の細い靴音が重なる。
ざわめきの中からその音を探す作業は心地いい。
「おい」
不意にゾロが足を止めた。
その顔は、立ち並ぶ店の一つに向かっている。
「なに?」
「食うか」
ゾロの視線を辿った。
行きかう人の間を縫うようにその先を見遣る。
カラフルな色合いが周りから浮いたその店は、ジェラートを売っていた。
私が何かを言う前に、ゾロは店に向かって歩き出していた。
ガラスケースを覗き込む彼の背中を追って、同じように中を覗いた。
「どれがいい」
「買ってくれるの?」
「あぁ」
ゾロはじっと目を凝らして、ケースの中のジェラートを見ていた。
まるで敵を見るかのようにこらした目がおかしくて、私はくすぐったい笑い声を洩らしてしまった。
ゾロが不機嫌そうに私を見る。
「何笑ってやがる、さっさと選べ」
じゃあ、と私が笑いの余韻を残したまま一種類を指差すと、店の若い男性が太い腕を伸ばしてたっぷりとジェラートを掬ってくれた。
「あなたは?」
「おれはいい」
「せっかくだから食べればいいのに」
私がせっつくと、彼は眉を眇めて再びケースに視線を戻した。
彼のこの顔はもう見慣れてしまった。
けして不機嫌なわけでも不愉快なわけでもない。
何かを考えたり複雑なことを思ったりしているときのくせなのだ。
この場合は、ジェラートの種類を考えている。
ゾロは明るい黄色を指差して、「これを」とぼそりと言った。
手渡されたジェラートを受け取ると、ゾロは不思議そうにそれを見下ろして、一言「丸くねェのか」と言った。
「ジェラートだもの、こういう形よ」
「そうか」
彼は子供のように私の言葉をのみこんだ。
スプーンでジェラートを口に運ぶと、ミルクの濃厚な甘みが舌の上で溶ける。
私たちは店のわきに立ったまま、並んでジェラートを食べた。
街並みをぼんやりと眺めながら、立ち尽くしてジェラートを食べるいい歳の男女はさぞ滑稽に映っているにちがいない。
そう思うと、もうここを離れたくなくなった。
ゾロと一緒に、この景色の一部になりたいと真剣に思った。
「ありがとう、ゾロ」
言い忘れていたお礼を口にすると、ゾロはめんどくさそうに一度だけ私を見て、すぐにそっぽを向いた。
そして大きな口を開けて上からジェラートに齧り付く。
全てを飲みこむ怪獣のような食べ方だ。
その姿を見て、私はハッと息を呑んだ。
自分たちのことを「いい歳の男女」だと思ったが、いい歳をしているのは自分だけだ。
ゾロはこうやって大口を開けて物を食べ、鼻の頭にジェラートをつけていてもおかしくない若さなのだ。
今気付いたわけではない。
それは常日頃小さなつぶてとしてコツコツと私にぶつかってくる。
たまたま今、思い出してしまっただけだ。
「おい、溶けてんぞ」
ゾロが私の手元を指差した。
あ、と慌てたその一瞬で、私の手の甲にポタリの白いしみが落ちた。
「ちんたら食ってるからだ」
「あなたが速すぎるのよ、3口くらいで食べてしまったでしょう」
言葉を返しながら、手の甲に落ちたものを舐める。
ゾロが紙くずをくしゃりと丸めたので、私は急いでジェラートをつつき始めた。
涼しくなった、とゾロが呟く。
*
鍛冶屋の中は、歴史を感じる埃臭さと鉄の凶暴なにおいがした。
少なくとも前者は私にとっても身近で、落ち着きを感じる。
「できてるか」
ゾロは堂々と店の真ん中を歩き、つっけんどんに店主にそう言う。
無愛想な店主はひとつ頷いて、三本の刀をゾロに突き出した。
彼が御代を支払っている間、私はならべられた骨董品のような刀を見て回る。
精緻な彫り込みのある鞘は、老人のようにどっしりと落ち着いたものもあれば、触れたら切れそうな若さをにじませる、精悍な男を思わせるものもあった。
「つまんねぇだろ、こんなもん見てたって」
いつの間にかゾロがそばに立っている。
腰にはいつものように、三本の刀が行儀よく揃っていた。
「いいえ、面白いわ。よく見ればひとつひとつ美しいのね」
あなたのそれも、と私は彼の腰に下がった一本を指差した。
不気味ともいえる危険さをにじませる怪しい刀と、背筋を伸ばした男のように凛とした黒い刀。
そのどちらとも雰囲気の異なる白い鞘の刀を私は指差した。
2本に比べてこれだけ少し短い。
あぁ、とゾロは撫でるように刀の柄に手をやった。
「持ってみるか」
え、と彼を見上げた。
「いいの?」
「別に、問題はねぇ」
「あんたらうちの用が済んだなら外でやってくれよ」
店主の迷惑そうな声に押し出され、私たちは慌てて外に出た。
埃臭さから解放された新鮮な空気の下で、ゾロは刀を一本腰から外した。
凛とした男のようだと思った黒い刀だ。
私がはっきりと指を指したのは白い刀だったのだが、どうやらそれは持たせてもらえないらしい。
いつかその理由も教えてもらえるだろうか。
そんなことを思いながら、差し出された刀を受け取った。
「あ」
ずっしりと重量のあるそれは私の予想よりずいぶんと重く、支えきれなかった腕ががくんと下がった。
おい、とゾロが下から支えてくれる。
「しっかり持て」
「驚いた、こんなに重いものだなんて」
「慣れれば大したこたぁねェ」
「これをあんなふうに振り回せるものなのね……」
両手で支えた刀の柄を、片手で握りしめる。
もう片方の手をそっと放して、彼がするように右手だけで刀を支えた。
二の腕が攣りそうだ。
ふはっと空気を吐き出す音がした。
「震えてんぞ、おい」
「っ……」
「おら、無理すんな」
私がぷるぷると震えながら持っていたそれを、彼はひょいと取り上げた。
刀のほうも私に持たれてさぞ落ち着かなかったことだろう。
彼の腰に戻って、はあと安堵の息を吐いている気がする。
あんな重さの刀を3本も腰にぶら下げて、この男の身体はいったいどうなっているのだろう。
「おい何考え込んでやがる。帰んぞ」
じっと彼の腰を見つめて首をひねる私に呆れて、ゾロは歩き出した。
私はその広い背中に思わずついていきそうになり、慌てて足を止めた。
「ゾロ、そっちじゃないわ」
帰り道はこっち、と道を指差すと、相変わらず不本意そうな渋顔が振り返った。
*
帰り道はとても短い。
すぐにあのジェラート屋の前を通り過ぎ、港が見える位置までさっさと着いてしまった。
あんなに楽しく響いたゾロと私の足音も、今はただただ不揃いなだけだ。
「おい」
ゾロが足を止めた。
もう波止場が目と鼻の先にある。
「帰るか」
「今もう帰ろうとしてるじゃない」
「んなこたわかってる」
私がじっとゾロを見つめると、彼はぎゅっと眉根に皺を寄せた。
「帰らないの?」
「それはおれが先に訊いたんだ」
「どういうことなの、ゾロ」
本当にわからなくて、私はただうろたえて彼を見つめた。
うろたえているように見えないところがたまにキズであると、自分でわかっている。
ゾロは、ギュッとしかめていた顔を少し緩めて、私を見返した。
「帰りてェか」
潮のにおいを含む風が、さっと私たちの間を走り抜けた。
流れた横髪に視界を邪魔されて、私は目を細める。
薄く唇を開くと、海の味が口内に、微かに広がった。
「まだ帰りたくないわ」
「よし」
ゾロは変わらない真剣な顔のまま、私の手を取った。
くるりと向きを変え、街の方へと私を連れて行く。
「どこに行くの」
「どこに行きたい」
「わからないわ」
「テメェでもわからないことなんてあるのか」
「あるわ。たくさんあるのよ、実は」
「そうか」
そう言ったゾロの手は汗ばんでいた。
滑る手で、しっかりと私の手を掴んでいる。
硬い手の握る力は強かった。
その強さが痛い。痛いことがうれしい。
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私はその音を、まるでオルゴールのように心地よく聴いていた。
まだ見ぬ場所に連れて行ってくれる、迷子癖のある、武骨な手に引かれながら。
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高校時代の友人2人が、我が家に遊びに来ました。
彼女らは高校の部活の仲間で、たった3人しかいなかった私の学年の唯一の仲間です。
「京都駅に10時半に着くバスで行くよー!」
前日にそう聞いていたので、じゃあそのくらいに迎えに行くよと返信。
当日、当然そのつもりで準備をしていました。
すると突然メールが届きます。
「11時半に京都駅集合ね!」
は?
あんたら10時半にバス着くって昨日言うたやん。
その旨を送り返すと、しばらく返事がなく、数十分後、
「こまつなは何時に京都駅着くの?」
「10時半に着くつもりやけど」
「高速渋滞してるみたい!一時間くらい遅れそう!」
そうか、帰省ラッシュだもんな。
「わかった。でも初売り見たいからもう家でるわ。京都で買い物してるよ」
そう返信して私は家を出ました。
彼女たちは長年私の家に来たい来たいと言いつつも、彼女たち自身忙しく、なかなか時間が取れずにこの日まで結局来ることはありませんでした。
年末私が帰省した時にあっていたものの、非常に楽しみです。
あれ食べたいこれも食べたいあれっておいしいの? と食に偏った情報ばかりに飢えている彼女たちを連れて、京都グルメを楽しむ腹でした。
さて、京都駅まであと15分という電車の中、彼女らからメールが届きます。
「あたしたち今駅に着いたよ!どこにいればいいかなあ」
なんと。
あんたら1時間遅れる言うたやん。
そう思いつつ、まあ渋滞はわかんないもんだからな、と納得して場所を指定しました。
そして合流。
数日前にあっていたので、大した感動もなくさっさと昼ごはんへ行きました。
その日はおばんざいを食べ、祇園へ買い物へ行き、そのまま私の家へ。
3人いるから鍋にしようと材料をスーパーへ買いに行きました。
「こまつなは切る係でー、Sは野菜洗う係でー、Aはお皿並べる係ね!」
と料理の出来ないAが仕切り始めます。
しかし突然、Aが悲壮な顔で「あ!」と叫びました。
「牛乳買うの忘れた!」
「ああ」「ほんとだ」
鍋に牛乳はいりません。
Aに牛乳がいるのです。
彼女は、主食がごはんだろうとパンだろうとうどんだろうと、いつでも飲むのは牛乳なのです。
「ちょっと牛乳買ってくるね!さっきのスーパーに!」
「あ、じゃあ卵買ってきて。〆の雑炊用の卵忘れてた」
「わ、わかった」
なぜか若干不安げに頷いて、自らはじめてのおつかいのテーマを歌いながらAは卵と牛乳を買いに出かけました。
そのあいだにわたしとSは鍋づくりを続けます。
しかし鍋なんぞすぐにできるので、しばらくすると材料全てがぐつぐつ煮えはじめました。
「A遅いなー。Sちょっと電話してみてよ」
「わかった」
SがAに電話してくれました。なにやら話しています。
「え? うん、うん、オッケーオッケー(小声)」
Sが怪しい小声を出しているので、なんだそれはと笑って突っ込みました。
電話を終えた彼女に、なんて?と聞くと、どうやらAは卵の場所がわからずスーパーを長く彷徨い、
さらに先程友達から電話がかかってきていたので今から外でかけなおすのであと10分ほどで帰るとのことでした。
彼女の言うとおりAは10分後、牛乳と卵を両手で抱えて帰ってきました。
「なんで手で持ってんの?(笑)袋もらわんかったん?」
「かばんに入る気がしたけど入らなかった」
そういう彼女のカバンは、お泊りセット等が入った大きなカバン。着替えが詰まっているらしく、パンパン。
買い出しに何故それを持って行った。
お出かけ用のポシェットで良かったではないか。
突っ込むのも面倒くさく、まあいいやと鍋を運びました。
「いただきまーす」
「いただきまーす」
3人で鍋をつつき、テレビを見て、楽しい時間が流れます。
「そろそろお風呂入れようか。どっちが先はいる?」
じゃんけんで、Aが先に入ることになりました。
Aがいそいそと風呂の準備を始めたとき、今度はSが「あ!」と叫びます。
「は、歯ブラシ忘れた!」
「えぇー、さっき持ってるって言わんかった?」
私は家に着いてすぐごろ、彼女らに歯ブラシの確認をしたのでした。
ふたりとも持ってると返事したはず。
「入れたつもりが入ってなかった!ちょっとコンビニで買ってくる」
そう言って、今度はSが慌ただしく家を出て行きました。
Aは呑気にお風呂へ入ります。
コンビニもスーパーも歩いて5分しない近くにあります。
Sはすぐに帰ってきました。
「歯ブラシあった?」
「あったあった。よかった」
歯ブラシゲットで一安心の様子の彼女。そのうちAが出てきます。
入れ替わりでSがお風呂へ行きました。
そして最後に私がお風呂へ行きます。
さっさと風呂から上がり、服を着て、脱衣所から出ました。
脱衣所を出てリビングの扉に何気なく手を掛けた瞬間、あれ、これ向こうの部屋の電気消えてないか?と気づきます。
気付いたと同時にドアを開けていました。
真っ暗なリビング。
机の上に載っていたものをとりあえず端に寄せて開けたスペースに乗る、小さなホールケーキ。
ぼやっと灯るろうそくの明かり。
それに怪しく照らされてニヤニヤする二人の女。
「……は?(笑)」
「こまつなハッピーバースデー!!」
私の誕生日ケーキでした。
机の上には絵の上手なAが書いてくれた似顔絵とバースデーカード。
彼女たちの今日一日の不審な行動の謎が解けました。
本当は10時半にバスはきちんとついており、ファミレスでカードの作成をしていたそうな。
しかし私が言われた通りの11時半ではなく早く来ると言ったので、慌てて指定の場所まで急いだとか。
さらに牛乳を買いに行ったAは、スーパーの店員に近所のケーキ屋を聞き、そこでホールケーキを作ってもらっていたらしい。
20分かかると言われ、ケーキ屋の中で大人しく小さなホールケーキが出来上がるのを待っていたんだと。
そしてSが歯ブラシを買いに行ったのは、Aが買い忘れたろうそくの火用のライターを買いに行くためだったとか。
私が爆笑したのは言うまでもありません。
彼女たちは、実は毎年私の誕生日にはお手製のプレゼントをいつも用意してくれるのです。
特に思い出深いシリーズ第一弾:似顔絵と毛糸のパンツ(高1)
第二弾:「こまつなHAPPYBIRTHDAY」を一文字ずつ書いたパネルを持った先輩後輩彼女たちと顧問の先生の写真を切り貼りして作ったバースデーボードA3サイズ(高2)
第三弾:子供服とバリの民族衣装のようなドレスワンピース(高3)
第四弾:ONEPIECEの盆ちゃんがルフィたちに釣り上げられる出会いの回を、すべて模写してルフィをAの写真に、盆ちゃんをSの写真に張り替えたお手製漫画(最後のページに「友情は…距離とは関係ナッシング…!」の文字)(去年)
いとしい大切なともだちです。
そんな彼女らをともだちに持つ私は、来週の木曜日、大人の階段を昇ります。
あけましておめでとうございます。
昨年は大変お世話になりましたが、今年も拙宅とこまつなを何卒よろしくお願いいたしまする。
皆様におかれましては、2013年がどうかしあわせな年になりますように。
…とりあえずこれだけ言っていいですか。
アンちゃん、エース誕生日おめでとおおおおおおおおおおおおお!!!!
君たちのおかげで私の生活がどれだけしあわせと英気に満ち溢れたことか。
原作がどうなろうと、アンちゃんにいたっては完全妄想の産物であろうと、わたしは君たちを誠心誠意全力で、死力を尽くして愛し抜く覚悟であります。
マルコに負けない勢いで愛を注ぐよ。
でも同じ勢いであのおっさんにも君たちを大事にしてもらおうね。
まあもう誕生日過ぎてますけどね。(ぬけぬけと)
さて。
しばらくご無沙汰していて申し訳ありません。
こまつな、恥ずかしながら生きております…!
前回の更新からちょっと三次元でばたばたしていて、クリスマス→長期休暇→年末年始とサイトやTwitterに顔を出す余裕がありませんでした。
ゆえによそ様のお宅やTLすら覗いておらず、ネタの宝庫なはずの年中行事を涙をのんで諦めました。
というかヲタク活動することすらちょっと忘れてましたよね。実は。
二次元に浮上してなかった間なにしてたかっつわれると、まあいろいろしとったのですが。
とりあえず今は実家に帰って着実に、日々豚化。
いや、今年は去年みたいにバカバカしい食べ方していない。
とはいえですよね。
というかお正月料理にいたっては、我が実家は母姉妹(私)という女三人いるので、大晦日はおせち造りでわっきゃして、それを大晦日の夜に食い散らかすんですね。
大晦日の夜に。
もちろん元日のぶんは御重にきちんと確保して、それとは別に大晦日の夜からおせち食うんです。
ゆえに31日は家族パーリナイ。
しかし呑気に食っちゃねしてると恐ろしいことになんのは目に見えてるので、今年ようやく自重することをしりました。
おそい。
みなさまはしあわせなクリスマスと年末年始を過ごされましたでしょうかー。
さてサイト内の話に戻りますと、前回のマルアンにたくさん拍手ありがとうございます。
久しぶりのマルアンに、私同様テンション上がっちゃったクラスタさんの様子が薄ぼんやりと見えた。見えたよ…!
リバリバ一直線とかいいながら寄り道してスマソ!
今度こそ、今度こそなんだよ…!
時間はかかるかもしれんけど、次の20にいたってはもう半分くらいたらたら書いてあるから、ほんとはすぐにでも更新したい。
をたくしたい。
なんか今回しばらく(と言っても数週間)をたく離れてて、もしかするとこうやって少しずつ卒業しちゃうんかな…とぼやっと思ってゾッとしましたこまつなです。
ともあれ、今年もよろしくというやつです。
うちのアンちゃんエースとおっさんズとサンジナミさん麦わら一味を、どうぞよしなに…!
コメ、コメントもありがとうございます!
返せてないぶんも、近いうちに!
あざす!
あざす!!
郵便受けを覗き込んで、細かいチラシ類を取り出す。
金属の取っ手は指がくっつきそうなほど冷えていて、ひゃっと一人で声を出した。
するとオートロックのドアの向こう側、アパートの駐車場に一台の車が入って来たのに気付いた。
ジャングルにいる大型動物の眼のように、暗闇の中車のライトが怪しく、煌々と光っている。
駐車場の街灯が照らしたその影を見て、マルコの車だとわかった。
階段を上がって部屋に戻れば、温めた夕食が湯気を立てて待っている。
先に部屋に戻って、マルコが帰ったらすぐに食べられるようにしておこうか。
そう思って、すぐ足元の段差を一段登ったが、やっぱりと思って踵を返した。
オートロックの鍵を開け、外に出る。
一瞬目を瞑ってしまうほど、外の空気は冷たい。
冷えた手の先をこすり合わせて、ドアの外側、街灯のすぐ下でマルコを待った。
運転席の中からアンの姿に気付いただろうか。
目を凝らすが、暗闇が邪魔してマルコの顔がよく見えない。
何気なく息を吐くと、吐き出したものの白さに驚いた。
重たいドアの音が辺り一体に響く。
マルコが降りてきた。
街灯が照らすその顔に、驚きの表情はない。
どうやら車の中からすでに気付いていたようだ。
別にどっちでもいいんだけど、と思いながら寒風になぶられる足を擦り合わせた。
マルコの表情がこころなしか硬く見えるのも、きっと寒さのせいだ。
「おかえりぃ」
口を開くと冷たい空気が入り込んできて、すぐさま口を閉じたくなる。
聞こえたはずなのに、マルコは返事をしない。
硬い顔のまま、黙々とあと数メートルの距離を埋めてくる。
あれ、と思ったときには腕の中だった。
車内の暖房の名残か、微かに温まったコートの生地が頬に触れる。
は? と疑問符が踊った。
「マルコ? どしたの……」
顔を上げた瞬間、否、上げようと頭を動かした瞬間、それより早く顎を掴まれて顔が持ち上がった。
ぎょっとする暇もなく唇が重なる。
いきなり深かった。
表面は乾いていてかさかさと音を立てそうなのに、口の中がどんどん湿り始める。
ちょっと、と声を出すこともできないほど強く頭を固定され、マルコの舌は何かを探すようにアンの口の中を奥へ奥へと進んだ。
いつもそうだ。
キスをすると、麻薬や、アルコールのように、アンをぼんやりとさせる成分がどこからか溢れ出す。
それと同時に飴を溶かしたような甘い液体も、一緒に分泌されている気がする。
このときもまた、それらが一斉に溢れだし、アンはわけもわからないままマルコのコートの裾を握った。
しかし、マルコの背中側、アパートの前をひゅんと光の筋を残して車が通り過ぎる音を聞いた瞬間、はっと我に返った。
少なくとも呑気に唇を重ねていい場所ではない。
「っちょ……マルコ!」
渾身の力を込めないと、マルコの身体が離れなかった。
そのことにもまた驚きながら、アンは肩を押した手を引っ込めてマルコを見上げる。
アパートの出入り口で、有り得ないほど寒いのに、ふたりとも息が上がっている。
濡れた唇がとても冷たい。
どうしたの、なんなの、と訊こうとしたとき、マルコはアンの横から手を伸ばし、オートロックを操作して開けた。
めったに見ることのない切羽詰まったような仕草に、どこかおかしな感じがする。
マルコはドアを開けると、アンの手を引いて中に入った。
そのまま当然部屋まで上がるのかと思いきや、マルコはあろうことかアパートのロビーでアンを抱きすくめた。
そして再び唇が降ってくる。
今度は抱きしめられた瞬間、ぎゃあと叫ぶ余裕があったので、アンは身をよじって逃げた。
一緒に暮らす男に抱きしめられて逃げるのもどうかと思ったが、アンは必死でマルコの顔を手で押し返し、ここはだめだって! と叫ぶ。
恥ずかしくなるほど、アンの声は狭いロビーに反響した。
「マッ……監視カメラ!!」
アンは天井の隅を指差して高く叫ぶ。
黒い円筒型が、上から狙い撃つようにこちらを向いているのだ。
マルコはまるで怒っているときのような細い目でそれを見上げ、心底鬱陶しそうに舌を打った。
そして渋々と言った様子で、それでも強くアンの手を引いて階段を上り始める。
とりあえずアンは盛大に安堵の息を吐いて、引かれるがまま一緒に階段を上った。
いつもは不用心に鍵を開けたまま階下に下りたりすると怒るのに、このときは開いたままのドアを前にしてもマルコは何も言わなかった。
そしてさも当然のごとく、部屋に入った瞬間唇が重なった。
靴も脱いでいない。
ただもう何かを反論するのも無駄な気がして、アンはされるがまま身を任せることにする。
深く眉間に皺を寄せて、苦しげに歪んだ顔のままマルコはアンを求めてくる。
いつも、アンを追い詰めようとするマルコの舌が、このときはどこかからアンの中へ逃げてくるかのように動いている気がした。
アンの足が疲れて膝が折れると、マルコは向きを反転してアンをドアに押さえつけて支えた。
無機質の冷たさが背中をゾッと駆け上る。
しかし舌の動きのせいで、それはすぐに快感に変わった。
マルコの手が、アンを自分の胸に押さえつけるように背中を支えている。
なにかいやなことがあったのかな、と思った。
大人で、それもいい歳の男で、きっといやなことなんてたくさんあるだろうけど、耐えるより諦めることの方が上手なんだろうな、と想像できた。
それでも、どうしても耐え難かったり、そのときは頑張って耐えたとしても、簡単に割り切れることじゃなかったり、そういうこともあるだろう。
いやなことが積もり積もって、それで家に帰ってきたとき、アンの顔を見て箍が外れたのかもしれない。
もしそうだとしたら、うれしい、と思った。
あたしはマルコが帰ってくる場所になっている。
そう思わせてくれたことがとてもうれしい。
マルコは一度唇を離すと、深く息を吐いて強くアンを抱きしめた。
アンの髪を鼻先でかき分けて、顔をうずめている。
抱きしめる腕の力が強すぎて、アンの背骨はみしみし言っているがまぁいいかと思った。
マルコの胸から聞こえていた鼓動が、初めは走っていた後のように早かったのに、ゆっくりとした歩みのスピードに落ち着いていくのを感じる。
腕が離れたと思ったら、両手で顔を持ち上げられてキスの雨が始まった。
今度は深くはなく、表面をサラッと撫でるようなものがいくつも続く。
腕を上げて、厚いコートの上から肩甲骨のくぼみを探すようにそろそろとマルコの背中を撫でた。
唇が離れると、マルコは気まずそうにアンを見下ろした。
拗ねた後のようなその顔に、思わず笑いをこぼしてしまう。
「おかえり」
「……あぁ」
「ごはん食べる?」
「あぁ……よい」
「それかベッド行く?」
細い目が最大限に丸くなり、アンを見下ろした。
ふふふ、と含み笑いでマルコを見上げて、コートの襟に手を掛ける。
意外となでている肩から、コートを落とした。
そういうときもあっていいよね、と思う。
いつも弱さを見せない人を支えていると実感するのはしあわせだ。
「どっちでもいいよ」
とりあえず靴を脱ごうか、と笑いながら自分も引っかけていた靴を脱ぐ。
つられるようにしてマルコも靴を脱ぎ始めたのが、なんとなくおかしかった。
フローリングに降り立つと、マルコは脱いだコートを脇に抱えて、リビングの灯りと薄暗い寝室を比べるように目をやっている。
そして、ひとつ呆れたような息を吐いた。
自分に呆れているように見える。
「悪ィ」
「なんで?」
「いや……」
そういうマルコの目は、もうまっすぐと暗い方の部屋へ向かっているので、アンは笑いながらマルコの手を引いて、歩き出した。
「ごはん、後であっため直すからへいき」
ね、と笑って寝室の扉を開けた。
まだ若干気まずそうにしているマルコを思い切ってベッドに突き飛ばす。
すぐさまその上に自分も飛び込んだ。
ふかふかの布団の波に沈みながら、呆気にとられているマルコの口を自分から塞ぐ。
マルコが感じたいやなことを、せめて半分でも取り除いて、あたしのうれしい感情が繋がった身体から注ぎ込まれればいい。
湿った名残のある唇を挟んだそのとき、上下の景色が逆転した。
見下ろしてくる顔に滲んだ気まずさや、しょうがないな、と思っているような顔も珍しくていいと思った。
多少のかっこ悪いところもなきゃ、おもしろくない。
少なくともあたしはどんなマルコもだいすきだ。
「……腹ァ減ったよい」
「あたしも」
そう言い合いながら、お互いの服を脱がしにかかる。
アンのシャツを引き抜きながらマルコが吹き出したので、アンも笑って目一杯その身体に抱きついた。
金属の取っ手は指がくっつきそうなほど冷えていて、ひゃっと一人で声を出した。
するとオートロックのドアの向こう側、アパートの駐車場に一台の車が入って来たのに気付いた。
ジャングルにいる大型動物の眼のように、暗闇の中車のライトが怪しく、煌々と光っている。
駐車場の街灯が照らしたその影を見て、マルコの車だとわかった。
階段を上がって部屋に戻れば、温めた夕食が湯気を立てて待っている。
先に部屋に戻って、マルコが帰ったらすぐに食べられるようにしておこうか。
そう思って、すぐ足元の段差を一段登ったが、やっぱりと思って踵を返した。
オートロックの鍵を開け、外に出る。
一瞬目を瞑ってしまうほど、外の空気は冷たい。
冷えた手の先をこすり合わせて、ドアの外側、街灯のすぐ下でマルコを待った。
運転席の中からアンの姿に気付いただろうか。
目を凝らすが、暗闇が邪魔してマルコの顔がよく見えない。
何気なく息を吐くと、吐き出したものの白さに驚いた。
重たいドアの音が辺り一体に響く。
マルコが降りてきた。
街灯が照らすその顔に、驚きの表情はない。
どうやら車の中からすでに気付いていたようだ。
別にどっちでもいいんだけど、と思いながら寒風になぶられる足を擦り合わせた。
マルコの表情がこころなしか硬く見えるのも、きっと寒さのせいだ。
「おかえりぃ」
口を開くと冷たい空気が入り込んできて、すぐさま口を閉じたくなる。
聞こえたはずなのに、マルコは返事をしない。
硬い顔のまま、黙々とあと数メートルの距離を埋めてくる。
あれ、と思ったときには腕の中だった。
車内の暖房の名残か、微かに温まったコートの生地が頬に触れる。
は? と疑問符が踊った。
「マルコ? どしたの……」
顔を上げた瞬間、否、上げようと頭を動かした瞬間、それより早く顎を掴まれて顔が持ち上がった。
ぎょっとする暇もなく唇が重なる。
いきなり深かった。
表面は乾いていてかさかさと音を立てそうなのに、口の中がどんどん湿り始める。
ちょっと、と声を出すこともできないほど強く頭を固定され、マルコの舌は何かを探すようにアンの口の中を奥へ奥へと進んだ。
いつもそうだ。
キスをすると、麻薬や、アルコールのように、アンをぼんやりとさせる成分がどこからか溢れ出す。
それと同時に飴を溶かしたような甘い液体も、一緒に分泌されている気がする。
このときもまた、それらが一斉に溢れだし、アンはわけもわからないままマルコのコートの裾を握った。
しかし、マルコの背中側、アパートの前をひゅんと光の筋を残して車が通り過ぎる音を聞いた瞬間、はっと我に返った。
少なくとも呑気に唇を重ねていい場所ではない。
「っちょ……マルコ!」
渾身の力を込めないと、マルコの身体が離れなかった。
そのことにもまた驚きながら、アンは肩を押した手を引っ込めてマルコを見上げる。
アパートの出入り口で、有り得ないほど寒いのに、ふたりとも息が上がっている。
濡れた唇がとても冷たい。
どうしたの、なんなの、と訊こうとしたとき、マルコはアンの横から手を伸ばし、オートロックを操作して開けた。
めったに見ることのない切羽詰まったような仕草に、どこかおかしな感じがする。
マルコはドアを開けると、アンの手を引いて中に入った。
そのまま当然部屋まで上がるのかと思いきや、マルコはあろうことかアパートのロビーでアンを抱きすくめた。
そして再び唇が降ってくる。
今度は抱きしめられた瞬間、ぎゃあと叫ぶ余裕があったので、アンは身をよじって逃げた。
一緒に暮らす男に抱きしめられて逃げるのもどうかと思ったが、アンは必死でマルコの顔を手で押し返し、ここはだめだって! と叫ぶ。
恥ずかしくなるほど、アンの声は狭いロビーに反響した。
「マッ……監視カメラ!!」
アンは天井の隅を指差して高く叫ぶ。
黒い円筒型が、上から狙い撃つようにこちらを向いているのだ。
マルコはまるで怒っているときのような細い目でそれを見上げ、心底鬱陶しそうに舌を打った。
そして渋々と言った様子で、それでも強くアンの手を引いて階段を上り始める。
とりあえずアンは盛大に安堵の息を吐いて、引かれるがまま一緒に階段を上った。
いつもは不用心に鍵を開けたまま階下に下りたりすると怒るのに、このときは開いたままのドアを前にしてもマルコは何も言わなかった。
そしてさも当然のごとく、部屋に入った瞬間唇が重なった。
靴も脱いでいない。
ただもう何かを反論するのも無駄な気がして、アンはされるがまま身を任せることにする。
深く眉間に皺を寄せて、苦しげに歪んだ顔のままマルコはアンを求めてくる。
いつも、アンを追い詰めようとするマルコの舌が、このときはどこかからアンの中へ逃げてくるかのように動いている気がした。
アンの足が疲れて膝が折れると、マルコは向きを反転してアンをドアに押さえつけて支えた。
無機質の冷たさが背中をゾッと駆け上る。
しかし舌の動きのせいで、それはすぐに快感に変わった。
マルコの手が、アンを自分の胸に押さえつけるように背中を支えている。
なにかいやなことがあったのかな、と思った。
大人で、それもいい歳の男で、きっといやなことなんてたくさんあるだろうけど、耐えるより諦めることの方が上手なんだろうな、と想像できた。
それでも、どうしても耐え難かったり、そのときは頑張って耐えたとしても、簡単に割り切れることじゃなかったり、そういうこともあるだろう。
いやなことが積もり積もって、それで家に帰ってきたとき、アンの顔を見て箍が外れたのかもしれない。
もしそうだとしたら、うれしい、と思った。
あたしはマルコが帰ってくる場所になっている。
そう思わせてくれたことがとてもうれしい。
マルコは一度唇を離すと、深く息を吐いて強くアンを抱きしめた。
アンの髪を鼻先でかき分けて、顔をうずめている。
抱きしめる腕の力が強すぎて、アンの背骨はみしみし言っているがまぁいいかと思った。
マルコの胸から聞こえていた鼓動が、初めは走っていた後のように早かったのに、ゆっくりとした歩みのスピードに落ち着いていくのを感じる。
腕が離れたと思ったら、両手で顔を持ち上げられてキスの雨が始まった。
今度は深くはなく、表面をサラッと撫でるようなものがいくつも続く。
腕を上げて、厚いコートの上から肩甲骨のくぼみを探すようにそろそろとマルコの背中を撫でた。
唇が離れると、マルコは気まずそうにアンを見下ろした。
拗ねた後のようなその顔に、思わず笑いをこぼしてしまう。
「おかえり」
「……あぁ」
「ごはん食べる?」
「あぁ……よい」
「それかベッド行く?」
細い目が最大限に丸くなり、アンを見下ろした。
ふふふ、と含み笑いでマルコを見上げて、コートの襟に手を掛ける。
意外となでている肩から、コートを落とした。
そういうときもあっていいよね、と思う。
いつも弱さを見せない人を支えていると実感するのはしあわせだ。
「どっちでもいいよ」
とりあえず靴を脱ごうか、と笑いながら自分も引っかけていた靴を脱ぐ。
つられるようにしてマルコも靴を脱ぎ始めたのが、なんとなくおかしかった。
フローリングに降り立つと、マルコは脱いだコートを脇に抱えて、リビングの灯りと薄暗い寝室を比べるように目をやっている。
そして、ひとつ呆れたような息を吐いた。
自分に呆れているように見える。
「悪ィ」
「なんで?」
「いや……」
そういうマルコの目は、もうまっすぐと暗い方の部屋へ向かっているので、アンは笑いながらマルコの手を引いて、歩き出した。
「ごはん、後であっため直すからへいき」
ね、と笑って寝室の扉を開けた。
まだ若干気まずそうにしているマルコを思い切ってベッドに突き飛ばす。
すぐさまその上に自分も飛び込んだ。
ふかふかの布団の波に沈みながら、呆気にとられているマルコの口を自分から塞ぐ。
マルコが感じたいやなことを、せめて半分でも取り除いて、あたしのうれしい感情が繋がった身体から注ぎ込まれればいい。
湿った名残のある唇を挟んだそのとき、上下の景色が逆転した。
見下ろしてくる顔に滲んだ気まずさや、しょうがないな、と思っているような顔も珍しくていいと思った。
多少のかっこ悪いところもなきゃ、おもしろくない。
少なくともあたしはどんなマルコもだいすきだ。
「……腹ァ減ったよい」
「あたしも」
そう言い合いながら、お互いの服を脱がしにかかる。
アンのシャツを引き抜きながらマルコが吹き出したので、アンも笑って目一杯その身体に抱きついた。
え…こっち今週末雪マークついてるんですが…
嘘ですか?
日曜におそがけの紅葉に行こうとしてるんですが…
嘘ですよね?
いやっはっは。
え?
さむすぎませんか。
11月の終わりから12月の初め、ちょうど月の変わりを跨ぐ感じで海外にいっていたので、帰ってきたら恐ろしい寒さになっていて度肝を抜きました。
抜かれるなら…度肝がいいよね(ダーリンは〜より)
とりあえずしばらくお留守にしておりました。
ただいまです。
お返事が遅くなって大層申し訳ありませんでしたぺこり。
勢いでコメントしたはいいもののその後管理人さまからお返事がくるかくるかと待ち遠しくなる私としては、なるべく早くコメントはお返事したいのであります。
特に実行できていないのが痛いところです。
ええととりま姫と王子の〜シリーズ完結しました。
このシリーズ始まってからサンナミストのおともだちの盛り上がりが大層楽しゅうございました。
ひとまず鎮火であります。
青のバラードなるサンジくんのおはなしもちょこっとくっつけてみました。
彼がいとしくなる昨今。
さてこっからはもうリバリバ一直線です。
ちょい、ちょいとだけサンナミ挟むねと言いこのシリーズ化。
とんだ暴挙でありました。
リバリバは、うーん、ちょっとどうしようなーと悩む部分が出てきてまだ悩んでるので、もう少しお待ちくださいな。
アンちゃん脳に切り替えんとなー。
我が脳の場合スイッチひとつで簡単操作ではありますが。
うーんと、あともうすぐですねopz!
公開当日に見てぇもんですが、いかんせん用事があって実家に帰るので、後日になりそうです。
もちろん映画が楽しみでしかたないのに加え、上映後のファンの盛り上がりも非常にたのしみ…
年末に向けていろいろ追い込むことが増えて来て、一緒になって楽しみなこともよいしょよいしょと増えて来て、慌しいことこの上ないですが、とりあえず私はもう風邪だけは引きたくない。
ノロなんて絶対やだ。
みなさんもじうぶんお気をつけて。
元気に過ごしたら2Yチョッパーがそりでプレゼント引いてきてくれるって信じてる…
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麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
@kmtn_05 からのツイート
我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。
足りん
URL;http;//legend.en-grey.com/
管理人:こまつな
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