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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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夕食後、ロビンがお風呂に行っている間、女部屋の扉が来客を告げた。
ロビンは少し前に出たばかりだから、誰だろう。
部屋の隅に置かれた宝箱の前に座り込んで、振り向くこともなくはあいと声を上げた。
 
そこにいるのがサンジ君であると、あたしはどこかで分かっていたのだろうか、ナミさん、と低い声を聞いても特に不思議に思わなかった。
 
 
「これ、今日もらってきた。あそこでの収入」
 
 
サンジ君は扉を開けたものの入り口に立ち尽くしたまま、そう言ってかさかさと紙の音をさせた。
 
 
「入っていいわよ」
 
 
少しの間が開いて、静かに扉が閉まる。
あたしも、大事に宝箱のふたを閉めた。
南京錠をカチリと締めて振り向くと、サンジ君は片手に茶色い封筒を持ってぼんやり立っていた。
 
立ち上がって、彼から封筒を受け取った。
中身を取り出し、一枚二枚とあらためる。
あたしが渡した食費を、軽く三万は超えていた。
あたしは黙って何度も数え直すが何度やっても変わりはない。
 
 
「え、え!? ど、どうしてこんなに」
「あー、なんか俺がレシピ教えてたあれ、マダム一人あたりにつきで計算してくれてたらしくってさ。あとやっぱりあそこの病院自体規模が半端じゃねェわ。あそこの医者が全くいくらもらってんのかってとこだな」
 
 
サンジ君は苦笑と共に胸ポケットに手を伸ばしたが、さりげない仕草でその手を下ろした。
両手で持ってそこそこの厚みがあると分かる封筒を、サンジ君に返す。
 
 
「……どーも、ご苦労様」
「あ、余った分は」
「あんたが稼いだお金でしょ、あんたのおこづかいよ」
「そう? んじゃ、これは明後日に」
 
 
サンジ君は丁寧な仕草で封筒を押し頂くと、それをおしりのポケットに突っ込んだ。
にやりと笑った顔が忌々しい。
 
 
「それで、ナミさんは覚悟決めた?」
「……みっともなくあれこれ言ったりしないわよ」
「あぁよかった。それじゃあ明後日、待ち合わせ決めていい?」
「どこか行くの?」
「まぁそれはお楽しみ。とりあえずオレは朝のうちにまた病院行って、最後のおやつ作ってくっからさ。そのあとで待ち合わせよう」
 
 
彼は中心街の入り口すぐのお店を指定した。
 
 
「ウソップが言ってた、なんかでけぇ派手な看板があるんだろ? そこの下で」
「わかったわ」
 
 
サンジ君は朗らかな笑みを見せたが、明らかにほっと安堵の息を吐いた。
途端にあたしの心が逃げるようにズズッと後ろに後ずさる。
ギュッと掴み直して、あたしは気丈に顔を引き締めた。
 
 
「お昼前でいいの」
「そうだな、じゃあ11時に。待ってるよ」
 
 
事務的な約束を取り付けるようなあたしの口調を意にも介さず、サンジ君は甘い声で締めた。
 
 
「んじゃそゆことで。おやすみナミさん」
「おやすみ……」
 
 
ぱたんと静かに戸が閉まる。
木の床を叩く彼の靴音が遠ざかる。
しばらくその音に耳を澄ましてから、わあっと叫んでベッドに倒れ込んだ。
 
 
「こんなはずじゃなかったのよ……!」
 
 
力なく一人愚痴をこぼす。
まさか本当に、サンジ君が勝ちに来るなんて思わなかった、本当に思わなかったんだもん。
枕に顔を押し当てて、うぐぐと声を漏らした。
 
勝てない賭けを彼が言いだすはずがない。
やれると踏んだら必ずやってのけてしまう。
知らないわけじゃなかった。
 
 
いったい何をさせられることだろう。
思いつく限りを考えるとぞっとして、背中がじんと痺れた。
 
 
 

 
翌日は再びあたしの見張り番が回ってきた。
だいたいあたしたち一行以外人も通りかからないうらぶれた入り江に見張りが必要かどうかは甚だ疑問だが、いまメリーには空島の黄金が積まれている。
いつもの貧乏海賊のままであれば、メリーそれじゃあちょっくら見張りよろしく、とでも軽口を叩いてみんなで街に外食しに行ったりするのだが、三億相当と踏んでいるお宝たちを残して船を離れるわけにはいかない。
あたしには、メリーの顔が宝船のふくよかさをたたえているように見えて仕方ない。
 
 
サンジ君は慌ただしく朝食を給仕すると、チョッパーの尻を叩いて朝市へと向かった。
 
 
「悪ィな、あとは好きにしてくれ、厨房ん中は放っといてくれていいから」
「いっぱい肉買ってこーい!!」
「朝市は野菜と鮮魚メインだクソゴム」
 
 
サンジ君はさー行くぞとチョッパー引き連れて、気の早いチョッパーは荷馬車になる気満々のトナカイ型で、二人仲良く街へと消えた。
 
残されたあたしたちは自分たちで食後のコーヒーを淹れ、それぞれが怠惰な朝の時間を楽しんだ。
あたしとロビンで洗い物を済ませ、天気がいいので洗濯をしてしまおうと男共をせきたてる。
こんなクソ寒いのにテメェらは追剥ぎか、とぎゃあぎゃあ反論を口にする奴にはすかさずロビンの制裁が加わり(ウソップは長い鼻をハナの手でひねり上げられた)、船の上は一斉に鉄なべをひっくり返したような騒々しさであふれた。
 
 
「サンジ君とチョッパーの洗い物も勝手に引っ張り出してきてちょうだい!」
「おーおー」
 
 
ウソップがばたばたと男部屋に降りていく。
すぐにいくつか服を掴んで戻ってきた。
 
 
「さー、さっさと洗うのよあんたたち!」
「お前も手伝えよっ!」
「もちろん、女物は自分たちで洗うわよ……って、あれ」
 
 
ウソップが抱えた衣服の山から、ひらりと紙切れが舞い落ちた。
あたしの足元に滑り込んできたそれを拾い上げる。
ウソップは気づかずに行ってしまった。
色紙を半分に折っただけの小さなものだ。
なんともなしに開いてみた。
 
つたないラブレターだった。
 
よろよろと頼りのない線が懸命さを伝える字で、めいっぱい想いを伝えるラブレター。
これはサンジ君のものだ。
病院の子供にもらったのだろう。
ポケットにでもすべり込ませておいたものが今落ちてしまったのだ。
 
手にしたそれをどうしようか悩んだ。
男部屋に持っていこうにも、あそこに彼のプライベートエリアはない。
誰かがゴミ屑と間違えて捨ててしまうのが関の山だ。
キッチンにしよう。
あそこは彼の領域だ。
騒がしい甲板を後にして、キッチンへと向かった。
 
 
サンジ君とチョッパーが山ほどの収穫を抱えて帰ってきた頃、甲板は色とりどりの衣服がはためいて開けた視界もままならなくなっていた。
 
 
「おーおー精が出るこった」
「おかえりぃ」
「肉買ってきたか!?」
「だから肉はまだだっつってんだろが……あ、オレのも洗ってくれたのか。サンキュ」
 
 
そう言ったあと、彼は思いだしたように「あ」と呟いた。
ウソップがん? と聞き返す。
いや、と首を振って、サンジ君はチョッパーにキッチンへ入るよう指示した。
 
 
「おかえりなさい」
「たっだいまぁナミさん、変わったフルーツ売ってたから買ってきたよ」
「カウンターに置いておいたから」
「え?」
「チョッパーもおかえり」
 
 
ただいまナミ! と元気に答えたチョッパーは、さっさと人型になると両脇に野菜の詰まった箱を抱えた。
服とシーツがはためく下で、男共がだらしなく大の字になっている。
なんとも気持ちよさそうで、あたしは本を取りに部屋へと戻った。
パラソルの下で読もう。
コートを着ればそう寒くないだろう。
甲板へと戻ってくると、ロビンが「考えることは同じね」と本を持って待っていた。
 
なぜだかその日、サンジ君以外誰も船を降りなかった。
まるで航海中と同じように、みんなでサンジ君が作り置いたお昼ご飯を食べ、カードゲームをしてあそび、おなかがすいてくるとサンジ君の帰りを待ちわびた。
空が赤く滲み始める前に彼が帰ってくると、いつもルフィがサンジ君にまとわりつきたくなる気持ちがわかる気がした。
他のみんなもそんな顔をしていた。
 
入院患者の保護者達がくれたのだと言って、サンジ君は野菜や肉類を荷台に乗せて持ち帰ってきた。
大きな肉の塊にルフィが歓声を上げて目を輝かせる。
牧場主が一頭捌いてくれたのだと、サンジ君はうれしそうに言った。
その日の夜は彼が持ち帰った報酬で作られたごちそうが並び、なだれこむように宴となった。
寒さなんてなんのその、甲板は熱気で燃え盛るようだ。
 
宴の余韻に火照る頬のまま、そういえばあの子にもう一度虹を見せてあげると約束して、それを果たしていないことを眠りに落ちる直前、思い出した。
 
 
 

 
「はいそんじゃ船長」
「ヨッシ野郎共!! 今日は最終日だ! ……そんで?」
「ほんっと締まらねェなテメェは」
 
 
はいナミ引き継いで、とウソップの手があたしに翻った。
 
 
「はい、それじゃ船長の言うとおり今日は最終日。各自お仕事ご苦労様。特に問題もなくいい寄港でした。不測の事態がない限り出航は明日の午前中、のんびり始めましょう。今日は見張りのゾロ以外全員自由です。ちなみに夜は冷えそうだから心得て。みんなおこづかいは残ってる?」
「残ってなかったらくれんのかよ」
「まさか。まぁ残ってる人はぱぁっと使うでも貯金するでもご自由に。はいじゃあ解散」
 
 
ヨーシ最後の食い倒れだー! とルフィは意気込んで立ち上がった。
ウソップ行くぞ! と声をかけて、お前オレのこづかいをアテにしてるだろ! と言い当てられて詰まっている。
しかし次第に、クルーたちは三々五々と好き好きに散っていった。
いつの間にかサンジ君もいなくなっていた。
 
 
あたしは必要以上にゆっくりと食後のコーヒーを飲み下した。
部屋に戻ると、ロビンがデスクの灯りの下で読み物をしていた。
あたしに気付くと顔を上げ、そろそろ準備しなくては? と促す。
 
 
「ロビンは今日一日どうするの」
「実は初日に街へ降りたとき、小さな遺跡を見つけていたの。大したものではなかったんだけど少し気になるから、今日は一日ここで調べものでもしているわ」
「そう」
「あなたは楽しんでいらっしゃいな」
 
 
返事をせずに、ぶすりとした顔で衣装棚の引き出しを開けた。
毛糸のセーターにパンツを合わせ、インナーには何枚も着込んだ。
クローゼットからコートを取り出してもくもくと羽織る。
 
 
「……いってきます」
「いってらっしゃい。土産話楽しみにしてるわ」
 
 
ロビンがにこやかであればあるほどどういう顔をしていいのかわからず、自然と仏頂面になって部屋を出た。
乾いた音を響かせてタラップを降りる。
空は晴れていた。
しかし気圧は低い。肌がそう感じていた。
夕方近くには少し降るだろう。
 
腕の時計を見下ろして、サンジ君との約束の時間にはまだずっと早いことを確認する。
街へと続く道、病院施設へと続く道、そしてあたしが歩いてきた入り江に続く道のみっつに分かれた三叉路で、迷うことなく一方へと折れた。
 
約束を果たさなければいけない。
細い小指の絡まった記憶を、きゅっと握りしめた。
 
 
たった数回行き来しただけで見慣れてしまった景色を辿り、病院へとたどり着いた。
ただし正面には回らず、小児科の部屋群がある面へとまっすぐ向かう。
たしかあの子供部屋には大きな窓があったし、いろんな形に切り取られた色紙が窓を彩っていた。
外から見てもわかるはずだ。
 
コートの襟を詰め、白い息を吐きながら二階の窓に目を走らせた。
あった、あそこだ。
建物の真ん中より少し右寄りの大きな窓に、いくつか色紙が貼りついている。
さいわいカーテンは開いていた。
あれだけ子供がいるんだ、誰か気付いてくれるだろう。
そう信じて、準備を始めた。
 
くるくると一本の棒を何度も回転させ、冷気の玉を量産する。
こんなにも寒いのにばかじゃないのかあたしは、と思いながらもどこか楽しくなってくるから不思議だ。
たくさん着てきてよかった。
もともと氷点下より少し高い程度の気温が、ぐんぐん下がっていく。
気温の数値がどれくらいかは、肌を指す冷気が教えてくれた。
後もう少し、もう少し低くなくてはいけない。
本来はマイナス10度から20度の気温が必要だが、そんなところまで下げていられないし、短い間に狭い範囲でなら氷点下少し下くらいでいけるだろう。
 
ヨシ、と手の動きを止めた頃には、周囲の気温とは裏腹にあたしの手首はじんと熱を持っていた。
すかさず熱気泡をいくつか発生させ、それで頭上に橋を作るよう大きくタクトを振る。
熱気は上へと昇り、思った通りの高さで薄い雲となった。
空の青さが透けて見えるほど薄い。
自然発生したものであれば、こんな雲から雨は降らない。
しかし雨を降らせることが目的ではないあたしには十分だ。
 
戦闘や実験以外で、こんなふうに天候棒を使ったことはなかったのですこし心配だったが、どうやらうまくいきそうだ。
ほっと息を吐いて薄い雲を見上げたとき、病院の窓に映る小さな影に目が留まった。
 
一人の子供が、おそらく背伸びをしてあたしを見下ろしていた。
見覚えのあるその顔は、ロビンのハナの手を追いかけまわしていたやんちゃもののひとりだ。
あたしがおおいと手を振ると、子供は小さく手を振り返した。
そしてすぐハッとしたような身振りをして後ろを振り返る。
ともだちを呼び集めているようだ。
 
しめた、これなら確実に気付いてもらえるだろう。
わらわらと小さな頭がたくさん窓辺に集まってきた。
その中の一つに、約束を交わした少女の姿があった。
顔色があまり良くない。調子が悪いのだろうか。
しかし少女はあたしを見下ろして、パッと顔を華やがせた。
 
おぼえててくれたんだね、と嬉しそうにするか細い声が聞こえる気がした。
 
団子のように横に連なる子供たちの顔の上に、小児科医の女性が現れた。
あたしを見下ろして、驚いたように目を丸くしている。
一人の子が窓を開けてとせがんだのだろうか、女性は困ったように首を横に振っていた。
そうだ、寒いから窓なんてあけなくてもいい。
もうすぐだ。
 
薄い雲の真下にいるあたしには、はじめ見えなかった。
ただ、部屋の中の子供たちが一斉にキャアっと声を上げたのが、外にいるあたしにも聞こえた。
 
空から、キラキラと細かい粒が落ちてくる。
雪でもない、雨でもない。
太陽の光を四方に反射して輝くそれは小さな氷の結晶だ。
 
魚が跳ねる水面の光にも似ている。
ちらちらとたまに虹色に光るのは太陽のいたずらだ。
ダイヤモンドダストは、あたしが作り出した小さなスペースに目一杯降り注いだ。
 
 
窓に顔を向ける。
小さな顔のどれもが、降り注ぐ細かい光に目を奪われて口を開けていた。
医師の女性までもが同じ顔をしている。
少女が思いだしたように視線を下げた。
ありがとう、と色の悪い唇が動いてゆっくり口角を上げた。
ダイヤモンドはまだまだ振り続けている。
 
あたしはそっとその場を後にした。
 
 
 

 
すっかり体が冷えたので、町に入るとすぐ暖かなコーヒースタンドに駆け込んだ。
なみなみとコーヒーの注がれた紙コップを両手で支えて、その湯気で頬を温める。
手袋をしていてもかじかんでいた手のひらが、コーヒーの温度でほぐされてじんじんと痺れてくる。
さらに、約束を果たせたことへの満足感が胸をほっこりと温めていた。
 
手のひらにぬくもりを感じながらぼうっと街並みを眺めていて、ふと時計に目を落とす。
長針が、短針より右側に回っている。
いけない。思い切って一気にコーヒーを飲み干して、あたしは足早に店を出た。
 
 
サンジ君は約束の大きな看板の下で、寒そうに細い身をさらに細くして所在なく立っていた。
紺色のコートの背中に近づいて、声をかける。
彼は勢いよく振り向いた。
その勢いのよさに、思わず身を引くほどだ。
 
 
「あぁ……ナミさん、よかった」
「来ないかと思った?」
「うん、実はどっちかと言うとそっちの色のが強ェんじゃないかと」
「……反故にしたりしないわよ」
 
 
そうだよな、とサンジ君は力なく笑った。
 
 
「それで、あたしになにさせる気なの」
 
 
ふんっと気丈に顔を上げてそう言ったら、サンジ君はぷっと吹き出した。
いやいやナミさん、とその顔は苦笑だ。
 
 
「そんな気ィ張らなくても、めちゃくちゃなこと言ったりしねェよ」
「あんただもん、信用ならないわ」
「ヒデェ言われよう……」
 
 
とほほ、とサンジ君は肩を落としたが、思い直すように顔を引き締めると「ナミさん」と静かに言った。
 
 
「なによ」
「今日一日オレとデートしてください」
 
 
一拍間をあけて、は? と聞き返した。
 
 
「デート? なにそれ」
「だから、オレと一日街で過ごして。恋人同士みたいにさ」
「それだけ?」
「そう。何か他考えてた?」
「べっつに……」
「それじゃ、了承いただけたっつーことでいい? つっても賭けの勝ちは譲らねェけど」
 
 
サンジ君ははいとあたしに手を差し出した。
節の目立つ薄い手だ。
あたしはその手と彼の顔を交互に見た。
 
 
「なによ?」
「手、繋ごう」
 
 
黙って彼の顔を見上げる。
そんな顔しないでよ、と渦巻き眉がかすかに下がって笑う。
 
 
「今日一日ナミさんはオレのもの。はい、手」
 
 
さんざん迷って、結局彼の手の上に自分のそれを置いた。
よし、と嬉しそうに握ったサンジ君の笑顔が寒空の下眩しかった。
ぎゅっと握られて、その薄さと硬さをダイレクトに味わう。
 
行こうか、とサンジ君は歩き出した。
 
 
「おなかすいてない? ご飯の前に行きたいところがあるんだけど」
「へいき。どこ?」
「んー、つっても決めてるわけじゃなくて……お、ここどうよ」
 
 
そう言って足を止めたのは、女物のブティックの前だった。
サンジ君はあたしの返事も聞かず、手を引いて中に入っていく。
いらっしゃいませ、と折り目正しく腰を折った店員の丁寧さは、その店の格式と比例していた。
ちょっと、と彼の袖口を軽く引く。
 
 
「ここ、女物よ。それに高そう」
「わぁってるって。いいんだ、金ならある」
 
 
そう言って彼は開いている方の手でコートのポケットを叩いた。
そこには一週間の収入を含む彼のおこづかいが入っているのだろう。
サンジ君はあたしとつないだ手をするりと離し、代わりに肩を支えてあたしを店員の前に押し出すようにした。
 
 
「彼女を仕立ててほしいんだ、コートは今着ているやつのままで、それに合うものを」
「かしこまりました」
 
 
縦長のラインが美しい店員の女性は、すっとその場を離れた。
サンジ君、と彼を見上げると至極機嫌のいい顔つきがそこにある。
 
 
「一度、オレがナミさんを仕立ててみたかったんだ。服、オレが選んでいい?」
 
 
あたしが呆気にとられているうちに、店員がいくつか服を手にして戻ってきた。
広げられたそれらを、彼は真剣に吟味した。
 
 
「ナミさんこれ着てみねぇ?」
 
 
その一言で、あたしは否応なく試着室へと連行される。
習い性で服を着替えて出てきたあたしを、サンジ君は緩んだ顔で出迎えた。
 
 
「すっげぇかわいい、似合ってるよ。あ、でもこっちも着てみねェ? 色的にこっちのがナミさんぽいかも」
 
 
店員がサンジ君の選んだ服をハンガーから外して、にこやかに渡してくる。
あれよあれよという間に、あたしは3,4回試着を繰り返した。
 
そうして彼が「これがいちばんかわいい、似合う」と太鼓判を押したのは、落ち着いた茶色の生地に薄いオレンジと黄色がマーブル模様に彩られたワンピースだった。
ぴったりと身体に寄り添うラインに対して、生地がなめらかで柔らかいのでやらしくない。
膝上で揺れるスカートにあしらわれた刺繍がかわいい。
丁度今履いているショートブーツにもよく合った。
 
 
「これください。彼女が着てた服、袋に入れてあげて」
 
 
お金を取り出しながらたのしそうに揺れる彼の襟足を、ただ呆然と見上げていた。
 
 
ありがとうございました、と深々頭を下げられて店を出た。
セーターとパンツが入った紙袋はサンジ君が肩から下げている。
今度は確かめられることなく自然と手を取られた。
 
 
「じゃ、メシ行こうか。何食いたい?」
「サ、サンジ君。服いいの?」
 
 
サンジ君はじっとあたしを見下ろした。
まっすぐすぎる視線に、あたしがたじろぐ。
 
 
「うん、やっぱりその服が一番いいな。今日が終わってもたまに着てくれる?」
「それは……うん、着るけど」
「いいんだよ、オレ今クソ楽しいから」
 
 
行こう、と手を引かれて歩き出す。
寒さに寄り添う人々が行きかう街の一部に、あたしたちも加わった。
 
 
 

 
適当なお店でランチをとった。
サンジ君はよくしゃべったが、ときたま黙ってカップに口をつける顔は知らない人のように見えた。
 
街を歩き、人と人の狭い間を通り抜けるとき彼は守るようにあたしを引き寄せた。
そのたびに肩と肩が重なるようにぶつかった。
繋がったままの手の甲は乾いていてかさかさ音を立てそうだったが、サンジ君の手のひらはかすかに湿っていた。
緊張しているようには見えないけど、見えないだけだろうか。
 
さらにいくつかお店を回る。
まるでロビンと買い物をするときのようにあてどなかったが、彼の完璧なエスコートはついこの間ロビンが喜んだあたしのそれとは比べ物にならなかった。
 
少し足が疲れた頃合いに一度休憩を挟む。
そのタイミングも絶妙だった。
サンジ君が心なしか向かいの席でそわそわしているので、「吸ってもいいわよ」と言うと申し訳なさそうに笑って煙草に火をつけた。
目を細くして煙を吐き出すサンジ君を見ていると、この人は船でいつも見ている人と同じだということを思い出すことができた。
 
 
「そうだナミさん、さっき実は病院の外にいただろ」
「見てたの?」
「いや、あとからガキ共に聞いた。もう興奮してすげぇ騒ぎよ。何したの?」
 
 
あたしは簡単に少女との約束と、細氷──いわゆるダイヤモンドダストを発生させた経緯を話した。
ナミさんらしいやと笑ったサンジ君は、同時に思い出したようにポケットにおもむろに手を突っ込んだ。
 
 
「これ、ナミさんが拾ってくれたんだ」
 
 
彼の手にチョンと乗るのは小さな色紙。
半分に折れたそれはつたない文字で綴られるラブレター。
落ちてたの、と答えた。
 
 
「洗濯するときにたまたまあたしが拾って」
「そうか、よかった。気付かずこれごと洗われるところだった」
 
 
レディの気持ちは大切に、とサンジ君は笑みに含みを持たせて、手紙を胸ポケットにしまい込んだ。
 
 
「何かわかんなかったから、中見ちゃったわよ」
「あぁ、そりゃいいよ……ってか仕方ねェさ」
「ね、なんて返事したの」
 
 
その子に、と胸ポケットを指差した。
サンジ君は灰皿に置いてあった煙草をひょいとつまんで口まで持っていく。
そのままなにも言わずに煙草を吸うので、このまま答えないつもりかと思った。
 
 
「好きな子がいるんだ」
 
 
そう彼が口を開いたのは、一服の後だった。
咥えた煙草を再び灰皿に戻し、とんと灰を落とす。
ぱらっと白黒の粉が散った。
 
 
「オレはもう、その子しか好きになれない。レディの気持ちはありがたいけど──ってとこかな」
 
 
色男はつらいぜ、と冗談を交えた語り口にほっとした。
だからあたしも、「その子の見る目が養われますように」と軽口をたたくことができた。
 
 
 

 
 
再び街へ出て、サンジ君はネクタイを一本新調した。
勘定をしながら、そういや自分の買い物すんのなんて久しぶりだな、と彼はぽつりとつぶやいた。
 
 
「そう? アラバスタとか、いろいろ売ってたじゃない」
「あそこのもんはまた異質だったろ。そういうのもいいとは思うが」
 
 
たしかに一風変わった香が焚かれた生地でできたキャラバンの衣装は、サンジ君の普段着には程遠い。
彼のフォーマルな服は、こういうなんでもない服屋さんで調達するしかないだろう。
そういえば以前、もうずいぶんと前な気がするが、私のために彼はネクタイを引き裂いてくれたのだった。
 
 
「なにふけってんの、ナミさん」
 
 
ふけってなんかないわよ、と言い返すあたしを笑っていなしながら店を出た。
 
日が暮れるにつれて、空にかかる雲が次第に分厚くなってきた。
頬に触れる空気も切れそうなほど冷たい。
予想の通り、天気はこれから崩れてくるだろう。
厚い雲の向こう側からかろうじて滲むオレンジの光に向かってゆっくり歩きながら、ねぇと声をかけた。
 
 
「そろそろ戻った方がいいんじゃない? 夕飯の準備があるでしょ」
 
 
足を止めてゆっくり振り返ったサンジ君は、微妙に困った顔でうつむいて頭をかいた。
 
 
「実は、さ。その、ロビンちゃんが」
 
 
──航海士さんとおでかけするんでしょう? 夜までゆっくりしていらっしゃいな。夕食は私たち適当に済ますから。平気よ、私のおごりで外に食べに行きましょうとでも言うわ。
 
あたしはぽかんと口を半開きにして、言いにくそうに話すサンジ君を見上げた。
だからさ、と彼は続ける。
 
 
「晩飯もオレと一緒に……だめ?」
 
 
返事を待つ彼の目はさながら捨てられた犬だ。
だめもなにも、と声を絞り出した。
 
 
「今日はあんたの言うとおりに、なんでしょ」
 
 
サンジ君はさっと安堵の表情を横切らせてから、そうだったなと笑った。
彼が掴み直すように、ギュッと握った手に力を込めた。
思わず身じろぐように手を動かすと、自然と指先が絡んだ。
あたしたちの手は第一関節だけを交互に組み合わせた不自然な形のまま、それでも繋がっていた。
 
少し早いけど、と言いながらレストランに入った。
格式ばったものではなくほのかな温かみのある雰囲気に、冷えて固まっていたからだがほぐれる。
コートを脱いで席に着くと、サンジ君はまた「やっぱりかわいい」と褒めてくれた。
 
料理は店の温かな雰囲気にそぐう家庭料理のフルコースだった。
前菜も、スープもメインもやさしい味で箸が進む。
サンジ君は初め気を付けていたようだったが、食べていくうちにコックの性か、口の中で食べ物を検分しているような顔を何度か見せた。
 
おいしいわね、とこぼしたあたしに、サンジ君はゆっくりと笑った。
青い瞳が泣く直前のように揺れて見える、そんな笑い方だった。
 
 
食事を終えて外に出ると、びゅっと冷気が首筋をなぶった。
すっかり暗闇の落ちた街並みに、ちらほらと白い粉が舞っている。
寒いと思った、とサンジ君は呟く。
 
 
「ナミさん脚寒ィだろ」
「うん、すっごくね。……あぁでも、おなかいっぱい。ごちそうさま」
「いいえ、オレも腹いっぱい。あー……」
 
 
サンジ君の声はなにかを噛みしめるようにも、そっと吐き出すようにも聞こえた。
外を歩く人の数は昼に比べるとずっと少ないが、それでも何人かが互いに暖を取るように寄り添って足早に過ぎていく。
あたしたちはこれからどこへ行くのだろう。
 
店を出て立ち止まるわけにもいかず、何となく歩き出した。
きっと二人ともどこへ向かうつもりもないのだろうが、自然とその行き先は船になっていた。
そっとサンジ君の手があたしの手を捉えて、再びつながった。
 
店を出た途端、サンジ君はぴたりと話すのをやめた。
だからあたしも何を言っていいのかわからず、ずっと口をつぐんでいる。
さらさらと注ぐ細かい雪が頬を滑り落ちていった。
沈黙は氷点下の寒さで凍ったようにふたりの間に滞っていたが、その中身はまだ液体でたぷたぷと揺れている、そんな感じがした。
沈黙にひびが入れば、中の液体はとろとろと漏れ出るだろうと思った。
漏れ出たらどうなるのだろう。
怖さと興味があたしをつつく。
 
ナミさん、と半分掠れた声が呼んだ。
足が止まった。
 
 
「ナミさん、どうしようオレ、帰りたくない」
「……サン……、どうしようって」
「帰りたくねェんだよ」
 
 
ナミさん、とすがるようにあたしを見つめる。
道の真ん中で立ち止まるあたしたちを、通行人が邪魔そうによけて歩いて行った。
そんな、とあたしは声を絞り出す。
 
 
「子供じゃ、ないんだから」
「そうだ、子供じゃない。大人の男として、オレは今ナミさんを帰したくない」
 
 
何かを言おうと口を開けると、冷たい空気が吹き込んで喉の奥を凍らせた。
なにも言うことができない。
鼓動ばかりが動いて、胸の奥がずくずくする。
どうして、いつものようにあしらうことができない。
 
突然、思わぬ近さから見知った声が飛んできた。
あたしとサンジ君は同時に声のする方へ顔を向ける。
まばらな人ごみの向こうで、ひときわ明るい笑い声を響かせる数人の歩く姿が見えた。
ロビンが外食に連れ出したその帰りだろうか。
案外楽しそうに盛り上がっていて、再びわっと笑い声が弾けた。
 
 
「ナミさん」
 
 
サンジ君が手を引く。
あたしを建物の影と影の間に連れて行く。
細い路地で隠れるように身を寄せて、仲間の一行をやり過ごした。
彼らのにぎやかな声が次第に遠くなっていく。
いつの間にか詰めていたらしい息をほっと吐いた。
するとサンジ君が思わぬ近さにいることに気付き、ふたたび息を呑む。
温かそうなコートの襟元がすぐそこにあった。
ナミさん、と聞きなれたその声は寒さのせいか心なしか震えている。
 
 
「オレの無理やりな勝ち負けに一緒にこだわってくれたり、一緒になってうまそうにメシ食ってくれたり、こうやって今みたいにあいつらから一緒に逃げてくれたり、正直そう言うのすげぇ期待する」
「きっ……」
 
 
そんなつもりはなかった、という言葉がどれだけむなしいものか、容易に想像がついた。
もてあそぶくらいなら初めから近付かせない方がましだ。
そうわかっているつもりだったのに、あたしの言動は彼を期待させたのだろうか。
彼のまっすぐな心を、もてあそんだのだろうか。
 
ごめんな、と彼はいい慣れているだろう言葉をぽつりと零した。
 
 
「ナミさん困るだろ。困らせるつもりじゃねェんだ、これはほんとに。ズルいよな、わざわざガキの遊びみたいな賭け事持ち出して、一日オレの言うこと訊いてなんざ、安っぽいよな……」
 
 
ハハ、と乾いた笑い声をあげて、彼は小さく鼻をすすった。
冷たい風が足元から吹き上げた。
 
 
「でもそれくらいどうしようもねェんだ。あんたの前ではどれだけでもかっこ悪くなれる。こんなに近くにいるのに、毎日オレの作ったメシ食って笑ってくれるのに、見てるだけなんて、拷問だ。死んだ方がましだ。いっそ楽にしてほしい」
 
 
暗い風穴が見えた。
冷たい風が吹き出す黒い穴だ。
明るく、朗らかで、凪いだ海のように穏やかに笑う、口が悪くて手の早いあたしたちのコックさん。
彼の胸に開いた針の穴ほどの黒い点が、今はあたしの目に見えるほど大きくなっている。
えぐって穴を広げたのはあたしだ。
 
彼が握る手の力を強くした。
その力を感じて、まだ手が繋がっていることに気付いた。
 
 
男の人とこうやって手を繋いだのは初めてだった。
協力し合うという意味で「手を組む」と言うのでも、物理的な力が必要で引っ張ってもらうのともちがう。
あたしの手よりも大きな手がふわっと全体を包んで、離れるときさえ撫でるようにやさしい。
その手が、するりとあたしの手から抜け落ちるように離れた。
 
とん、と肩に重みが乗る。
冷くて柔らかい髪が、頬と鼻先をくすぐった。
 
 
「ごめん、他どこも触らねェから、肩だけ貸して」
「サン……」
「好きだ。ずっと、これからも、あんただけは特別だ。だからもう終わる」
 
 
サンジ君はすっと顔を上げてあたしを見つめた。
青い瞳は澄んでいる。どこまでも曇りがない。
 
終わるんだ、と彼は繰り返した。
 
 
「オレは自分で自分の恋に幕を引く。あんたはそれを見ていっつもみたいにばかねって笑っててくれりゃいい」
 
 
サンジ君は透明度の高い海のような目を一瞬閉じて、また開いて、微笑んだ。
薄く開いた唇があたしの鼻先で言葉を紡ぐ。
 
あぁ、おれはほんとうに、あんたのことがすきだった。
 
 

「……帰ろうか」
 
 
かがめていた腰を伸ばして、サンジ君は静かにそう言った。
路地から出ると、ささめ雪は大きなぼたん雪に変わっていた。
明日の朝には積もるかもしれない。
ルフィがきっと喜ぶだろう。
 
雪で白くなってはすぐに元の暗い色に戻る地面を見つめながら、あたしたちは船へと歩いた。
 
 
──あんたのことがすきだった。
 
 
とろとろと漏れ出た液体は生暖かく、血のようにふたりの間から流れていった。
あたしもサンジ君も、それを拭おうとはしなかった。
 
 

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サンナミで、えーっとなんだっけ、間奏曲、更新しました。アントラクト~♪
なんだかもうサンナミたのしくていま仕方ないです。
みんなサンナミ好きだよね!?と確認して回りたい。
 
もちろんマルアン忘れてませんよ!
同時進行で書いてます。
ただやっぱ内容が重くつらいので、逃げがちだというだけです(だめじゃん)
 
 
アンちゃんもナミさんもつよくてやさしくてかわいいのに、つらいこといっぱいあったんだなあと思うと好きでたまらなくなる。
マルコやサンジほっぽって好きになる。
 
 
ええととりあえず、まだサンナミ続いておりますん。
シリーズ化ですねえ。ヤター!
結構筆が速く進むシリーズらしいので、たんたかたんと更新すると思います。
リバリバは隙を見て滑り込ませる感じで。
 
 
今三次元もいろいろと忙しいのに書きたいものがいっぱいあってしあわせに忙しいです。
 
とりまリバリバを完結まで持っていき、
サンナミシリーズを終わらせ、
中途半端に停まってるマルアン第0部をすすめ、
別ネタでサンナミもまだ考えてるし、
ノンカプの麦わら一味のネタもアリーの、
こっそりゾロビンもあったりなかったり。
 
 
そろそろクリスマスやら正月やら誕生日やらもめじろおしになってくるのでネタには困らんだろうと思いつつ、そういうイベントごとに間に合ったことがない私はもう手を出さないと思います。
クリスマスにも。
やるとしたら誕生日のみにします。
きりがないんだもん。
 
ゾロ誕にかぶったポッキーの日は、スーパーでポッキーが安売りしていようと会えて目を背ける程度にはひねくれているので手を出しませんでした。
しかし去年はどういうわけか何かのサークルか団体が無料でポッキーを配っていたのでいそいそもらいにいきました。
その程度です。
 
 



 
 
うう、あと全く話は変わりますが、白ひげ海賊団の船と人数事情について。
突拍子なくてゴメンナサイ。
 
ずーっと謎だった、「モビーに1600人が乗って暮らすことは可能なのか」というやつです。
ちょっと現実的な話になるので、アレでしたらスルーでお願いします。
 
 
私としては、いやちょっとさすがに無理かなと思って4つの船に分かれて乗ってる設定で書いたりもしてたんですが、でも隊長たちには常に一緒にいてもらいたいし、宴のときとか船がばらばらだと面倒だし、それにオヤジが乗る船が常に取り合いになるだろうし…
といろいろ問題があったのですけど。
 
ええと私のリアルお仲間が近代の、本物の!「大海賊時代」について調べた研究の発表を聞いて、なんかそれがすごく勉強になって、
 
これは1600人いけるかもしれない、と思いました。
 
しかしこれを通すにはいろいろ他に無理、と言うか不都合が生じてくるわけでして。
 
ええと、海賊船内の環境が極悪であったという事実。
船が大きければ大きいほど手の届かない場所もあり、人が増えれば増えるほど衛生状態も悪くなり、人一人に与えられるスペースが限りなく狭かったというのが現実。
そう考えると、
 
隊 長 一 人 一 室 は あ り え な い
 
んですよ。
最低オヤジの部屋だけね。
 
みんなが積み重なるようにハンモックで寝て、少なくとも甲板で宴なんぞしなければ(そもそも全員が甲板には乗れない)1600人いけるぞと。
 
 
そんなん楽しい海賊なんてやってられっか! ってなりますよね。
わんぴの世界に持ち込んでいい話じゃないです(ぬけぬけと)
 
 
つまるところ、隊長たちが隊員と同じように狭い部屋で眠り、押し合いへし合いしながら暮らし、甲板に全員がでられないような空間でもいいというのなら
現実、1600人は可能なのですね。
 
 
ということを、そのお仲間の発表を聞いて真面目くさった感想を書きながら私は延々と考えていました。
 
いやいや、海賊の歴史ってホント面白いんですよ。
公的に認められた海賊がいたり、アジアの海賊や西洋の海賊やカリブの海賊や倭寇やといろいろ種類もあり。
言いすぎだ! と突っ込みたくなるような「エリザベス女王は海賊だった」的なサブタイトルついた本もあったり。
わんぴキャラの名前も出てくる出てくる。
 
ロマンだなー。
 
 


 
 
 
だいぶどうでもよいことでした。
 
あ、拍手コメントのお返事は明日にしまする。
ありがとうござますありがとうござます……
うれしいですほんとう。
 
 

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気分のいい日が続いていた。
重たくて薄い灰色の雲が空一面に立ち込めていても。
首筋を撫でる風がどんなに冷たくても。
あたしたちは新しい仲間の乗船に浮かれて、一直線にアラバスタに向かっていた。
 
 
チョッパーは、乗船当時は非常食非常食と騒いでは面白がるルフィやサンジ君に追いかけられて、泣きながら逃げ惑っていた。
あたしもついつい必死なチョッパーが面白くて傍観していたりするんだけど、そういうとき決まって制止の声を上げるのはビビだった。
 
 
「ふたりともやめて、大切な船医さんじゃない」
 
 
ビビはチョッパーを守るように抱きかかえてふたりから守る。
おふざけのつもりでやっていたふたりは、それ以上手を出すことができない。
ルフィはあははっと笑って遊びを終わりにするし、サンジ君は苦笑いでごまかした。
チョッパーはというと、走り逃げていたことから息を切らしながらも、ビビの腕の中で困った顔をしていた。
 
彼女の優しさはとてもくすぐったいのだ。
そして、少しサンジ君と似ていた。
いつでも自分のことは後回し。
誰かのため、自分じゃない誰かのため、といつでも自然に救いの手を伸ばそうとする。
それはもう、あの人たちの本質なのだ。
わかってはいても、あたしはすこし、ほんのすこしだけ、受け入れられない、と思っていた。
 
ひねている、と言われたら「そうよ悪い」と反射で口にするようなあたしだ。
直す気は毛頭なく、優しい彼女を羨ましいとも思わない。
あたしはビビの優しさに触れるたびに身をよじってくすぐったさに耐えた。
 
 
 

 
チョッパーっていくつなの? と訊いてみると、悪魔の実を食べてから年齢の進み方が人間と同じになってしまったため今は15歳だと言った。
思ったより子供じゃなかった。
 
しかしチョッパーはまるで一ケタの人間の子供のように、ひとりを嫌がった。
この船に乗った以上誰かと一緒にいなければもったいないと思っているかのように、常に誰かの傍にいた。
それはルフィであったり、ウソップであったり、あたしであったり。
 
ルフィとウソップは彼らの馬鹿馬鹿しいお遊びにチョッパーを誘い入れるので、チョッパーが年少組に加わったのは言うまでもない。
だが、チョッパーはなぜだか進んで自分から構うわけではないゾロによく懐いている。
懐く、という言い方はよくないかもしれない。
しかしやっぱり小動物に見えてしまう彼はよくゾロに懐いていた。
 
ゾロの隣で昼寝をする。
ゾロと一緒に風呂に入る。
ゾロに夜食を持っていく。
 
まるで甲斐甲斐しい。
 
ゾロはというと、そばにいるチョッパーに何をするでもなくただ傍にいることを許していた。
チョッパーはいちいちゾロの傍にいてもいいかと確認を取るのだが、そのたびにぶっきらぼうな声が「好きにしろ」という。
その声音に多少竦んでもいいものだが、チョッパーは怯むことなくむしろ顔を綻ばせて、いつでもゾロの隣に腰かけた。
 
ほほえましいような、筋肉バカが移るんじゃないかと心配なような、どっちつかずな気持ちがする。
 
 
「さて」
 
 
あたしは書きかけの海図を洗濯ばさみで挟んで、机の上に張った紐につるした。
少し喉が渇いた。
ドラムを出てからまだ数日、冬島の海域は抜けていないので肌に触れる空気は冷たい。
温かい飲み物でも貰おうか、とあたしは立ち上がった。
しかしそれと同時に、柔らかいノックの音が聞こえた。
 
 
「んナミさん、何か温かい飲み物はいかがかな」
 
 
あたしは眉間に皺を寄せるより早く、ぶっと吹き出してしまった。
サンジ君はそんなあたしを見てキョトンとしている。
 
 
「もらうわ」
「何にしようか」
「うん、あたしもキッチンに行くからそこで選ぶ」
「ここまで持ってくるよ?」
「いいのよ。もう終わったから」
 
 
そう? とサンジ君はあたしの背後に視線を遣って、恭しく扉を広く開けた。
あたしは彼の必要以上に荘厳なエスコートで、半分散らかったままの女部屋を後にした。
 
 
キッチンには先客がいた。
ほう、今日はサンジ君なのね、とあたしは小さな茶色い毛玉を見て思う。
チョッパーはダイニングに腰かけて何か分厚い本を読んでいた。
あたしを見てニッと笑うそのすがたは愛らしい。
あたしは彼の隣に腰かけた。
 
 
「ナミはいっつも部屋で何をしてるんだ?」
「うぅん? いろいろよ。今は海図を描いてたの」
「へぇー!」
 
 
チョッパーは丸い黒目を大きくしてあたしを見た。
ひづめのついた手がパタンと分厚い本を閉じた。
 
 
「医学書?」
「ううん、これはサンジに借りたんだ。薬膳レシピ集。おれが調合した薬草をサンジに調理してもらったら、食事でみんなの病気を治せるんだ」
「へぇ、すごいわね」
 
 
お世辞ではなく、素直な感嘆だった。
やっぱり医者がいるというのは心強い。
やっとケスチアの菌が身体から出ていったばかりのあたしとしては、チョッパーの存在はとてもありがたかった。
ナミさん、とキッチンからサンジ君が呼んだ。
 
 
「それで、飲み物は何にしようか」
「あぁ、そうね、温まるものなら何でもいいわ」
 
 
選ぶと言っておきながら丸投げをしても、サンジ君は苦笑さえせず了解、と答えた。
チョッパーの前にはすでにカップが置いてある。
 
 
「何飲んでたの?」
「ホットココアだ! うまかったぞ」
 
 
そう、と微笑んだ。
歳の離れた弟がいるというのはこんな感じだろうか、とあたしはこっそり夢想する。
ルフィやウソップじゃ駄目だ。
そもそも歳が一つしか離れていないし、百歩譲ってあいつらが弟だとしてもおバカな弟はもうたくさん。
その点チョッパーは見ていると思わず頭を撫でたくなるような。
そんなことしたら本人は怒るだろうから、やらないけど。
 
 
「お待たせしました、オレンジジンジャーティーです」
「んん、ありがと。いいにおい」
 
 
お茶はティーカップではなくたっぷりとマグカップに入っていた。
冷えた手であたしはカップを包み込む。
じぃんと熱さが手に沁みた。
 
 
「ナミさん、次の島まであとどれくらい?」
「ん、そうね、まだ二週間はかかるかしら。6日ほどで冬島の海域は抜けるけど。なに、食料足りない?」
「いやいやそういうわけじゃねェんだ。ドラムでたっぷり積んできたから食料は」
 
 
じゃあどういうわけなんだろう、とあたしは考えながらお茶をすする。
生姜のツンとした香りがオレンジの爽やかさに混じって舌を痺れさせた。
彼は何か言いにくそうに、もごもごとしていた。
 
 
「ああー……じゃあさ、次の島は飛び越えるとか、そういうのって、できんの?」
「え? 寄らないってこと?」
 
 
うん、と彼はなぜか申し訳なさそうに頷いた。
チョッパーはあたしたちの会話を不思議そうに聞いている。
 
 
「まぁアラバスタの永久指針は持ってるから、ログ的に問題はないけど……次の次の島はもうアラバスタよ。そこまでだと平和に行ってもまだ二か月はかかるわ」
「二か月か……」
 
 
サンジ君は頭の中で勘定をするように視線を上に彷徨わせた。
食料の持ち具合を計算しているのだろうか。
あたしはぴんと来て、すぐさま口走っていた。
 
 
「ビビのため?」
「いやあ、うん、できることなら早く……さ」
「そうね」
 
 
もしもあたしが倒れたりしなければ、もう少し早くアラバスタには着いていただろう。
あたしだって気が急いている。
あたしのせいで寄り道をしてしまったのだと思うと余計に。
 
 
「もし二か月食料や必需品が持つって言うなら、別に寄らなくたって構わないわよ。他の奴らだって特に反対しないだろうし」
「うん、そうか、二か月……」
 
 
サンジ君はぶつぶつと呟きながらキッチンへと戻っていった。
チョッパーが空のマグカップを手にちょこんと椅子から飛び降りて、サンジ君の後を追いかける。
 
 
「サンジ」
「なんだ、おかわりか」
「ちがう、おいしかったんだ。ありがと」
「あァ……カップそこ置いとけ」
「おれ洗うよ」
「いいいい、他にも洗うもんあるから」
「じゃあそれ手伝うよ」
「あー、じゃあ代わりにビビちゃん呼んできてくれ。多分まだ見張り台にいる」
「おう!」
 
 
チョッパーはたったかと歩いて、キッチンを出ていった。
本当に人間の子供のようだ。
 
 
「扱い上手いのね」
「え、今の?」
「そう。上手いのは女の扱いだけだと思ってた」
 
 
サンジくんはくっと喉を鳴らして笑った。
 
 
「女の扱いは、上手いと思ってくれてるわけだ」
「たっ…タラシって意味でね!」
「そりゃどうも」
 
 
サンジ君は胸ポケットから煙草を取り出して、マッチを擦った。
丸めた指と指の隙間から、ポッと灯った赤色が見える。
すうっと立ち上った煙を目で追った。
珍しい、とあたしは彼の口元に視線を転じた。
さっきまでは吸っていなかったのね。
 
 
「なに?」
「ううん、サンジ君の真っ黒でかわいそうな肺のこと考えてたの」
 
 
彼は神妙な顔で胸に手を置いた。
 
 
「ナミさんまでそんな事言ってくれるなよ」
「あたしまで?」
「さっきチョッパーに言われたとこだ。『煙草は体に害しかもたらさねぇんだぞ!』ってな」
「そうよ、それにコックとして煙草ってどうなのよ」
「それも苦くも懐かしいセリフだな──」
 
 
サンジ君は思いを馳せるように、遠くを見る目でふーっと長く煙を吐いた。
 
 
「女ったらしとして真髄を極めたいなら、煙草なんてやめるべきだわ。女の子は煙が嫌いよ」
「ナミさんオレァ別に女たらしの真髄を極めたいわけじゃあ……あぁ、まぁでも女の子に不評ってのはよくわかる」
「あら」
「ナミさんも嫌いだろ?」
「まぁね」
 
 
煙たいものと応えると、サンジ君はにやっと笑った。
 
 
「ナミさんとのキスがまずくなるのも困りもんだ」
「ご心配なく。あんたとキスする予定はありませんから」
 
 
サンジ君はヘラヘラと、声を出さずに笑った。
これは彼にとって単なる冗談のストライクゾーン。許容範囲だ。
 
 
「恋した彼は煙草の香り──ってね」
「何よそれ」
「知らない?」
「知らない。歌?」
「うん、今オレが作った」
「呆れた」
 
 
ため息をついても、サンジ君はへへっと笑って平気でいる。
 
 
「だがありそうな話だろ? 女の子は大人の男が好きで、大人の男は煙草が似合う。そうすっと好きな男の香りは苦手な煙草の香りってわけだ」
「なんなの、急に」
「うん、ナミさんがそうだったらいいなって話」
 
 
は? とあたしはカップから口を離した。
 
 
「自分で煙草の似合う大人の男とか言っちゃって、世話ないわ」
「んもー、つれねェな……。ナミさん恋したことねェの?」
 
 
ハァ? とあたしは今度こそ怪訝な顔をさらした。
 
 
「なんで急にそうなるのよ。バカにしないでよね」
「そういうつもりじゃねェけどさ」
「じゃあどういうつもりよ」
 
 
鼻息荒くあたしが尋ねたところで、ガチャリとキッチンの扉が開いた。
 
 
「サンジ、ビビ連れて来たぞ!」
「サンジさん何か用事?」
 
 
サンジ君はぱっとビビの方に顔を向けて、にっこりと笑った。
 
 
「いやあ、見張りご苦労さん。何か温かい飲み物でもご用意しようかと思ったんだけど。寒い外で飲むよりここで少し温まった方がいいかと」
「あらありがとう。じゃあ紅茶を」
「御意」
 
 
サンジ君は恭しく一礼して、準備に取り掛かった。
座んなさいよ、とあたしはビビに目線で椅子を勧める。
ビビはあたしの向かいに、チョッパーがその隣に座った。
 
 
「ナミさんはなに飲んでるの?」
「オレンジジンジャーだって。おいしいわよ。飲む?」
 
 
ビビの前にカップを滑らすと、彼女は嬉しそうにそれを手で包んで受け取った。
しかしあたしはそんなビビを尻目に考え続ける。
 
 
──ナミさん恋したことねェの?
 
 
そう来たか、とあたしは彼の背中をこっそり睨んだ。
まるで理解できない人種みたいな言い方してくれちゃって。
あたしは年中ハートを飛ばし続けるあんたの方が理解できないわよ。
 
 
「──ミさん、ナミさん?」
「えっ?」
「どうしたのナミさん、考え事?」
 
 
ビビは水色の横髪を揺らして、首をかしげた。
ちょっとね、とあたしは肘をつく。
ビビは少し笑いながら、おもむろにあたしの眉間に指を突きつけた。
 
 
「ここ、皺になってるもの」
「うわあ……」
「なんだか怖い顔していたわ」
 
 
やだ、と呟きながらあたしは指で眉間をもみほぐす。
チョッパーが心配げな声を出してあたしの顔を覗き込む。
 
 
「具合悪いのか? 診ようか? そもそもナミはまだ病み上がりなんだから大人しくしてなきゃならねぇんだ。もし体調がよくねェならすぐに」
「大丈夫よ、やあね」
 
 
本当に? とチョッパーはしつこい。
 
 
「へいきだって」
 
 
あたしは笑って見せたがまだ疑るような顔をしていた。
 
 
「はいビビちゃん」
「ありがとう」
 
 
カップを受け取って、あぁ温かいとビビは鼻先に湯気を当ててほうっと吐息を吐き出した。
 
 
「ところでビビちゃん、他の野郎どもは何してた?」
「ええと、ルフィさんとウソップさんは船に残った雪で遊んでたかしら。ミスターブシドーは……見ていないわ」
「そうか、ありがとよ」
「そう言えばルフィさんたちが、トナカイさん、あなたを探してた気がしたけど。遊びに誘うつもりじゃなかったのかしら」
「え、そうなのか?」
「行かなくていいの?」
「うーん」
 
 
チョッパーは少し考えるように俯いたが、わりとすぐに「いいんだ」と首を振った。
 
 
「あんたまさか外は寒いからとか言うんじゃないでしょうね」
 
 
トナカイの癖に、とあたしがからかうと、チョッパーはそうじゃねェよとムキになる。
嘘よ、とあたしは笑った。
 
 
「サンジ君のレシピ、読んでたいんでしょ」
 
 
チョッパーはうん、と膝に置いた分厚い本の表紙を撫でた。
 
 
「どらチョッパー、オレァ今から倉庫行ってくるが、本はテメェで持ってて構わねぇ。返すときゃ男部屋の本棚な」
「おう、ありがとうサンジ」
 
 
サンジ君はおうよと手を上げて応え、あたしたちに向けてにっこりと笑みを放った。
 
 
「レディたちはごゆっくり」
 
 
ビビは首を回して、「ありがとうご苦労様」といたわりの言葉をかけた。
 
 
「サンジはかっこいいなあ」
 
 
チョッパーはまるで夢見るようにほうっと息を吐いて、彼の姿が消えた扉を眺めた。
そうね、とビビがお愛想で頷く。
「ところでナミさん」と彼女はあたしに視線を寄越した。
 
 
「お邪魔だったかしら」
「え? 何がよ」
「今さっき。何かお話してたでしょう、サンジさんと」
 
 
あぁ、とあたしは鼻で笑いながら手を振った。
 
 
「いいのよ、いつものナンパだから。それにあいつがビビを呼んだんじゃない」
「そうだけど」
 
 
ビビは煮え切らない表情で紅茶をすする。
線の細い上品なティーカップは、彼女に良く似合った。
小物だったり、なんてことない仕草だったりに香り立つような気品がビビからはにじみ出る。
椅子の上に片足を折り曲げて乗せ、テーブルに肘をつきながら大ぶりのマグカップを呷るあたしとは大違いだ。
 
 
「ねぇトナカイさん、私にもその本見せて」
「おういいぞ」
 
 
チョッパーが表紙を開いた。
ビビがそれを覗き込む。
蹄が指さすその先を、ふたりはきゃあきゃあと楽しそうに読んでいた。
ほほえましいわね、まったく──
 
 
「……結局恋って何なのよ」
 
 
声に出したつもりはなかった。
当然、誰かからの返事も期待していない。
それでも向かいの二人はきょとんとつぶらな瞳を一度にあたしへと向けた。
まず、とあたしはきゅっと唇を引き結ぶがもう遅い。
 
 
「やっぱりナミさん、考え事」
「い、今のは別に」
「恋だって、ねぇ、トナカイさん」
 
 
なぜだかビビは心なしかはしゃぎ声で、チョッパーに話を振った。
チョッパーはきょとん顔のまま、「ナミは『恋』を知らないのか?」と言い放つ。
愛らしい顔してコイツも、とあたしは歯噛みした。
 
 
「何よ、説明してくれるの?」
「おういいぞ。人間心理もちょっとだけ勉強したんだ」
 
 
冗談というか、ちょっと意地悪のつもりだったのに、チョッパーはえへんおほんと声の調子を整えて、はつらつとした声で話し始めた。
 
 
「いいか、まず動物の根幹にあるのが本能だ。これは三つの大きな欲求が動かしてる。食欲・睡眠欲・性欲。これを三つ合わせて簡単に言ってしまえば、生きたいっていう欲求だ。だから当然大切なんだ、すごく。で、ナミのいう恋ってやつは人間が作った言葉だから当然人間だけのもので──」
「ちょ、ごめ、チョッパーもういいわ、わかったから」
 
 
あたしは慌ててチョッパーの声を遮った。
しかしビビが逆にあたしを押さえるように遮る。
 
 
「いいじゃない、聞きましょうよ」
 
 
何でよ、とあたしはビビを軽く睨むがすました顔で無視される。
ビビは楽しげに続きを促した。
 
 
「それで?」
「うん、もちろん動物も人間の『恋』に似たことはするけど、それはフェロモンに対する単純な反応で、人間ほど複雑な過程はない。でも逆に言えば、人間もフェロモンに対する反応が恋の始まりに変わりないわけで、そこに人間特有の『感情』が加わることで独特になるんだ」
「つまり?」
「動物はフェロモンに反応してそれがすぐに生殖活動に結び付く。でも人間は、好きだの感情から始まって、恋慕から嫉妬、憎しみ、哀しみや寂しさとかいろいろな感情を発生させながら、生殖活動に至るまでの関係を育む──らしい」
 
 
らしい、で終わるのはまあ彼がトナカイたるからであって。
それでもこうも堂々とトナカイの子供に恋愛を語られると、どうしてか真に迫るものがある。
 
 
「それで?」と今度はあたしに顔を向けてビビは尋ねる。
 
 
「ナミさんが恋を? それともサンジさんが?」
「ばっ……!」
「あら、そういう話じゃなかったの?」
「全ッ然!!」
 
 
あたしは歯を剥きだし、鼻の頭に皺を寄せて叫んだ。
同時に荒々しく椅子を引いて立ち上がる。
 
 
「海の様子見てくる!」
「はいいってらっしゃい」
 
 
ビビはにこやかにあたしを見送る。
「ナミ怒ったのか?」とチョッパーがビビに顔を寄せて尋ねる声が聞こえた。
「逃げちゃったのよ」と笑うビビの声が今はにくらしい。
 
 
 

 
海は静かだった。
あぁも大きく宣言してでてきたので、「問題なしだったわ」なんて言ってのうのうと戻れるわけがなく、あたしは船べりに腕を乗せて、さらにそれを枕のように頭を乗せた。
90度回転した世界が波の動きでゆらめいている。
 
ああ寒い、とあたしは薄手のセーター越しに自分の肩に触れた。
遠くでルフィの嬌声が聞こえた。雄叫びというには甲高い。
まだ雪は船の上に残っているのだろうか。
白く、一度瞬けば霞んで消えてしまいそうなドラムの景色を思い出した。
着いたときからずっと寝ていて、移動も常に運ばれる荷物と化していたのでドラムの地を踏みしめた感覚は薄い。
薄いまま出国してしまったのが何となく心残りだったが、今はもう心はアラバスタへと向かっている。
凍える冬の国とは打って変わって、乾いて暑い砂の王国。
 
彼女の優しさは国を救うだろう。
そう信じたかった。
あたしにはすこしくすぐったさに過ぎる優しさでも、きっと彼女を信じる民にとっては何よりも心強い希望になる。
 
彼女が敵と言うものはあたしたちの敵だ。
ビビの言う『クロコダイル』をルフィがやっつけて──
彼女の国が救われて──
そしたら大きな王宮でのんびりと羽を伸ばしたい。
約束のお金だってちゃんと請求して、美味しいご飯を食べて、綺麗なお風呂に入って──
そしたらまた新しい旅に、あたしたちは出るのだろう。
今この船の一番高くで風に翻る麦わら帽子のジョリーロジャーを携えて。
そのとき、ビビはここにいるのだろうか。
 
ふわりと、柔らかい布地が肩口をかすめた。
背中がほんわりと温かくなる。
振り向くと、サンジ君がいた。
細い煙草を口の端に加えて、少し顔をしかめている。
 
 
「せっかく温まったのに、そんな恰好で」
「倉庫は?」
「もう終わった。それよりナミさん、早く部屋に入った方がいい。ああもう、鼻の頭が赤くなってら」
 
 
サンジ君は指先であたしの鼻をつまんで、子供をたしなめるように「なっ?」と言った。
いいの、とあたしは彼の手を払ってそっぽを向いた。
 
 
「ちょっとここにいたいの。海も見たいし。ほっといて」
「それじゃあコート着ておいで。その恰好は寒い」
「毛布があるから平気よ」
 
 
サンジ君が掛けてくれたそれを、あたしはさも元から持っていたかのように握りしめる。
「頑固な姫だ」とサンジ君は呆れたようにつぶやいた。
その場を去ろうとはしない。
あたしは姫なんかじゃないわ。
 
 
「え?」
 
 
サンジ君は聞き返すようにあたしに耳を寄せた。
また口に出ていたのだろうか。
なんにも、とあたしは海に落とすようにつぶやく。
 
あーナミさん、と彼が心なしかまともな声を出した。
 
 
「さっきの話だけど、次の島寄る寄らねェっていう。やっぱりちょっと二か月は厳しいかな……」
「ああ、そう……」
「平穏に行って二か月だろう? あ、もちろんナミさんの読みに文句つけるつもりは毛頭ねェけどよ、やっぱり何があるかわかんねェから」
「そうね、残念ね」
「悪ィ」
「ばか、なんであんたが」
 
 
サンジ君は照れ笑いのように小さく笑ってごまかした。
なんでこの男はすぐに謝るのだろう。
 
 
「ナミさん怒ってんの?」
 
 
サンジ君はあたしの隣に肘をついて、あたしの顔を覗き込もうとする。
あたしは顔を背けた。
別に、とそっけなくする。
 
 
「怒ってんじゃねェか……」
「怒ってないわよ、何、心当たりでもあんの」
「心当たり……心当たりねェ……」
 
 
サンジ君は真剣に考え出して、あたしの隣で黙りこくった。
別に怒っているつもりはなかったのだけど、彼が勝手に考え始めたのであたしも口を挟まないでおく。
 
 
──ナミさん恋したことねェの?
 
 
びゅっと強い風が頬を殴った。
ひゃっと肩をすくめてあたしは目を瞑り、手すりにつかまった。
左の肩がどんとサンジ君にぶつかる。
右側を、強い力が支えた。
 
 
「ほら寒いだろ、やっぱりコート」
「いらないってば。ちょっと、何ちゃっかり触ってんの」
 
 
サンジ君はあたしの右肩を抱いて、ん? とあたしを見下ろした。
 
 
「役得役得」
「なにがっ……ちょっと、いい加減にしなさいよ」
 
 
身をよじって彼から離れようとしたが、サンジ君は思いのほか強い力であたしの肩を抱き少しも離れられない。
すぐ近くに、シャツの襟から覗く寒そうな鎖骨が見えた。
 
 
「怒るわよ」
「もう怒ってんじゃん……いいだろ、あんたがここにいる間だけ。あーあったけぇ」
「じゃあもう戻る!」
 
 
あたしはくるりと身体を右側に回転させ、彼の腕の中から抜け出した。
途端にきんと冷えた空気がセーター越しの肌をなぶり、存外自分がサンジ君に暖められていたことを知った。
あたしはすぐさま踵を返して船室へと向かう。
しかし、たった一歩を踏み出しただけであたしの足は止まった。
 
抱きすくめられていた。
胴の一番細い所と、肩に回された腕が檻になってあたしを囲っている。
 
 
「ちょっ……あんたねぇ、ふざけんのもいい加減」
 
 
ぎゅう、と力が強くなった。
言葉に詰まった。
身をよじるが、解放される気配はない。
 
 
「……あのねぇ、あんたどうなるかわかってんの」
 
 
無言。
冬の風が帆の間を通り過ぎる音、船が波をかき分ける音だけが響く。
ちょっと、ねぇ、サンジ君、大概にしなさいよ、と低い声を出すが返事はない。
 
 
「……なんとか言いなさいよ……」
 
 
不意に、セーターの襟から覗く生身の肩にざらりとした感触を感じた。
不覚にもぴくっと肩が跳ねる。
彼の顎髭が肌をかすめていた。
きっと頬と頬は少し動けばふれあってしまう程の近くにある。
いや、もう触れているのだろうか。
冷えて強張ったせいで感覚がない。
 
ナミさん、とようやく彼が口を開いた。
 
 
「オレにこうされんの、いや?」
「あっ……当たり前でしょこのタラシッ……!」
「あんたオレが誰にでもこんなことすると思ってんのか」
 
 
ぴしっと、硬い鉱石にひびが入る。
彼の声は反論を許さないような鋭いものだった。
そしてとてもまっすぐだ。
それでもあたしはあたしの中に残る意地をかき集めて声を上げた。
 
 
「そう思わせてきたのはあんたでしょう……!」
「じゃあオレが他の女の子に見向きしねぇで、ビビちゃんがキッチンに来てもそっけなく水の入ったコップ渡すような男になったら、あんたはオレを見てくれるのか」
「それは」
 
 
ちがう、と思った。
そんなのサンジ君じゃない。
だけど、ちがうと言ったら女にだらしのないコイツを肯定してしまう。
 
なぁ、とサンジ君は白い息とともに吐き出した。
 
 
「好きだ。お願いだから、オレのこと好きになって」
 
 
彼の吐いた白い空気があたしの吐いた白い空気と重なって霧散した。
濃密なバターのような濃くて甘い香りがした。
くらりと目の前が歪む。
しかしあたしはしっかりと自分の二本の足で立っている。
流されてはいけない、と理性が叫んだ。
 
 
「ま、待って、よく考えて」
 
 
なに、と彼が続きを促す気配がした。
彼を拒む理由が次々と浮かんだが、どれも陳腐なものだった。
しかしそれがすべてだ。
 
 
「あたしたち、一味よ」
「そうだ」
「仲間よ」
「わかってる」
「家族なのよ……!」
 
 
そう、あたしたちは一味で、仲間で、家族だった。
 
サンジ君が朝のベルを鳴らす。
香ばしい朝食の匂いに鼻をひくつかせながら、夢うつつとみんなが目を覚ます。
寝間着姿で、寝癖をつけたまま、時にはよだれの跡さえつけて、押し合いへし合いしながら洗面所を取り合う。
朝の挨拶と共にキッチンでエプロン姿のサンジ君に出迎えられ、騒がしい朝食が始まる。
それぞれが好きな場所で午前を過ごす。惰眠をむさぼるものもいる。
お昼にはまた『いただきます』を唱和する。
今日のおやつにそわそわしながらみんなで車座になり札遊びをする、釣りをする、バカ笑いをする。
爆発音のような乾杯で宴が始まる。
だらしなく足を折り重ねて、甲板に転がって酔っぱらう。
 
闘えば背中を預け合った。
それぞれの強みを、そして弱みを知っていた。
誰もが守り守られていた。
下手くそな絆が、あたしたちにはあった。
 
それを壊したくなかった。
たとえどんな形であれ。
 
 
「わぁってるよ」
 
 
サンジ君はもどかしそうに早口だった。
 
 
「だがんなこと理由にゃならねェ。理由にしてたまるか。そりゃあんたが逃げたいがための言い訳だ」
 
 
腕の力が強くなった。
どうしようと困惑すると同時に、ああもう、とあたしのほうこそもどかしくなる。
 
 
「あんた、覚えてないの!? あたし、あんたのこういうところが嫌いだって言った!」
「覚えてるよ。キツかった」
 
 
ずきん、とあたしのどこかが痛んだ。
彼の傷ついた心があたしの心と共鳴したような。
 
 
「でも、だからって身を引いてちゃそれっきりだ。悪いけど、オレはそんな殊勝な野郎じゃねェ」
 
 
うそをつけ、とあたしは足を踏み鳴らしたくなった。
いつだって、ナミさんナミさんとへらへらしながらあたしを追いかけて、甲斐甲斐しく世話を焼いて、邪険にされてしょぼくれたって次の瞬間にはけなげに後をついてくる。
それのどこが殊勝じゃないっていうのよ。
そもそも、いつもの彼はどこに行ったの。
 
熱い息が首筋にかかった。
顎鬚のざらつきが滑った場所に、柔らかい何かが押しあたる。
あたしは右手を素早く腰に伸ばした。
 
 
「……っうわっ、だっ!!」
 
 
ガツンと彼の腰に一撃を食らわせ、次いで二発目で仕込み棒を振りかぶって彼を殴り飛ばす。
不意を突かれたサンジ君は、臆面もなくぶっとんだ。
もんどりうって転がった身体を追いかけて、あたしは彼の頭にもう一発お見舞いする。
 
 
「ぃだっ!ナ、ナミさん待っ」
「うるさい!」
 
 
ガツンとさらに仕込み棒を振りかざしたところで、騒ぎを聞きつけたクルーがどうしたどうしたと集まってきた。
 
 
「どうなるかわかってんのって、あたし言ったわよね。覚悟なさい」
 
 
サンジ君は引き攣った頬をぴくりと動かした。
 
 
「んだー、またサンジのヤツナミを怒らせたのか」
「お前が言える立場かルフィ」
「おいおいおいおいまた船壊してくれんなよー」
「ナミ! お前まだ安静にしてなきゃだめだろ!」
「トナカイさん、ここはまずサンジさんを心配するべきじゃ」
 
 
好き勝手言う仲間たちを尻目に、あたしは仕込み棒を固く握って彼をことばの通りボコボコにした。
またサンジ君がいらぬちょっかいを掛けたのだろうということで結論を出したクルーはさっさと解散していく。
 
ちょ、ナミさんもう勘弁、いて、クソッ、
 
あたしは氷のような冷徹さで彼を叩きのめした。
あたしの気が済んだ頃には、サンジ君は鼻血をしたたらせてのびていた。
息を切らせて、あたしはチョッパーを呼びに行った。
 
あたしに殴られている最中、彼は一度もごめんと謝らなかった。
 
 

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サンナミ【協奏曲──コンチェルト──】更新しました。
前のアレのちょいあとですね。
 
前回ずうううううっと寝ていたらしいゾロが起きたようです。
年中組三人もだいすきトリオです。
ゾロナミサンジのね。
 
今もがしゅがしゅサンナミ書いてます。
次のお話は仲間も増えてます。
完全にサンナミ脳です。
リバリバ、ちょ、っと待って……
 
いまはさんなみかきたい
 
 
 



 
 
 
はいそんで更新報告は以上で、いま、いま、ほんとタイムリーで、家でDVD見てました。
 
だいぶと前、多分一年くらい前、ハナノリさんがご自身のブログで『アジョシ』って韓国アクション映画が激アツらしいとのたまっていて、
それ以来ずうーっと気になっていたその映画を、今見ました。
 
ざっとしたあらすじは以下↓
 

町の片隅で質屋を営む青年テシク。
お客以外に訪ねてくるのは、隣の部屋に住む少女ソミだけだ。
ダンサーの母親と二人暮らしのソミには“アジョシ(おじさん)”と呼ぶテシクだけが唯一の友だちだった。
ある日、ソミが家に帰ると見知らぬ男たちが待っていた。
ソミの母親が組織から盗んだ麻薬を取り返しに来たのだ。
組織の男たちはソミをさらい、テシクを警察へのおとりにする計画を立てる。
しかし、彼らが知らない事があった…。

 

しょ、少女とおじさん!? とここで萌えセンサービンビン発動です。
 
そんで、いざ映画を見たらもう頭パーンしました。
ついでにその後の妄想もむっくむくしました。
よって以下は、感想と映画後の少女とおじさん妄想です。
映画見たことないし今後見たい、という方は閲覧注意でっす。
ほんとしょうもない妄想だから、ね……
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
だいじょうぶですか?
 
そんでは。
ええと、まずおじさんと呼ばれるテシクがおじさんではない件。
あらすじ解説も「青年」って言ってるし…
そんでも少女がおじさん認定してるところがまず萌えた。
 
そしてテシクの髪型が二年後サンジの黒髪版である…ぎゃうん
髭の形までほぼまんまなんだよね…
唯一見える左目の動きにいちいち翻弄される。
ぎょろっとしてるわけでもなく、切れ目なわけでもなく、
でもビンビンに光ってる男の目って感じでスーパーイケメン。
 
少女に無愛想かつぶっきらぼうなのもとてもいい。
最初のお互い噛み合わない感じ。
でも少女だけ天真爛漫で自由奔放な感じ。
でも少女もおじさんと同じくらい結構ミステリアス。というかどっか深くにいろいろ持ってそうな顔してました。
 
二時間のストーリーの中で、最初のおじさんと少女のやりとりが猛烈に少なかったですが、それはアクションやスピード感に重点を置いていたからですね。
それなのにおじさんがしっかり少女のことで頭いっぱいになってく感じははっきり分かって、のめり込みましたええ。
 
で、アクションはもうえぐい。
韓国アクションは血とか暴力シーンがえげつないというのは聞いていましたが、
もともと映画慣れもしていない私はひとりひぃひぃ言ってました。
血とかナイフとか銃とか、普段頭の中で想像して文章書いているのとは比にならない生々しさ。
まだ温かそうな血がああああ──としばらく再生停止して休憩したり。
そんでも、俳優ウォンビンの殺陣はすごかった…
 
あとおじさんが元軍人だったこととか、奥さんとお腹の中の子供を陰謀の絡んだ事故で無くしてることとか、おじさんの闇の部分もちらちら見える。
 
予告編で見た、長いサンジヘアを自分で散髪するシーンはどっきどきしました。萌え的に。
短髪もかっけぇ。
 
 
そんで、待ちに待ったセリフ、
 
「テメェ何者だ?」
『隣の家のおじさん』
 
にハァアアアアアン……
 
おじさんが自分で自分のことおじさんって言うこの破壊力。
生きて動くおじさんが言う破壊力。
 
 
ここからラストまではほとんどアクションシーンなので割愛するとして、最後。
 
少女が生きてること知って、近づいてくる少女に「汚れるから」って後ずさるおじさんの顔が本気で怯えてるみたいでぐっときた。
そんでも構わず走り寄り抱き着く少女がたとえ王道でも私は万々歳です。
 
ぽろぽろ泣くおじさん。
頭に手を置こうとして迷ったり、肩を抱こうとしてやめたり、ためらいまくるおじさん。
血みどろなのを気にして少女に触れられないおじさん。
どれも最高潮に感極まりましたー。
 
 
最後の最後、警察に連行される前、おじさんの『一度だけ抱きしめてもいいか』は予想外で度胆抜きました。
 
ああ、予告編のあのシーンはここかと冷静に傍観。
抱きしめ方が大人の男で最高。
包むみたいな大きい手のひら最高。
少女の小ささ最高。
 
「おじさん泣いてるの?」
 
少女を抱きしめながら泣いてるおじさんのアップで、エンドロールでした。
 
 
 
韓国の法律がどうなってるのか知りませんが、何事にもアツい国ですから、法も厳しいんじゃないかと思うといくらマフィアとはいえ数十人もめった切りのめった刺し、首掻き切ったり手首掻き切ったり、ナイフで肩えぐったりしまくったおじさんが生きて刑務所を出ることはできるのかと思うと、かなり難しい気はしますが。
 
このラストで、少女が成長しおじさんが刑務所を出たときの再会を想像するなと言うのもあんたそりゃ無理な話よ、と。
 
 
おじさんが「一人で生きろ」と言い切った少女が成人するにはそれはもう過酷すぎる人生だったろうと、それだけで胸がいっぱいになります。
今は本当無垢な少女だけども、事件で受けた衝撃とか母親が亡くなったこととかも引きずって、たぶん少し悪い道に走ってしまったり、悪い人間に騙されたり、いろいろあるんでしょう。
 
おじさんはまぁどういうわけか仮釈放でも保護観察でも何でもいいからとりあえず出所して、とはいえ少女に会いに行くことはせずまたほそぼそと生活を始めればいい。
きっとこのときはもう本当のおじさんだ。
 
当時が20代後半くらいだったろうから、40手前か40前半くらいかな…
 
おじさんはまったく別の場所でまた質屋さんでもして生きてて、少女は母親と暮らした家でひとり住み続けてて、お互いがまだひとりで。
 
でもひょんなことでおじさんの気が向いて、前の家に行ってみたらまだ人が住んでる形跡があって、こっそりそれが昔の少女であることを確認して驚くおじさん。
でもそのときは会えなくて、遠くから見てすぐに帰ったり。
少女は風のうわさで見知らぬおじさんが近くをうろついていたことを知り、その風貌を聞いてまさかと思って街に探しに出ればいい。
質屋をしてるんじゃないかと、街の質屋をあてどなく探せばいい。
 
そんでおじさんを見つけて、お客のふりして質屋に行って、映画に出てきたあの音楽プレイヤーを受付越しに差し出しておじさんをはっとさせるんだ。
 
もう一個物語ができるよねこりゃあ。
 
再会して喜び合うんだけど、おじさんはすっかりみすぼらしいおじさんになった自分に引けを感じて、少女の方も無垢な自分じゃなくなったことに引けを感じて、お互い微妙な気まずさがあったりしてもいい。
 
でも結局一緒に住むことになって、昔の家で二人仲良く細々と幸せに暮らしてください…
 
 
以上が救いのない妄想でしたー。
 
 
 
映画の批評を見たところ、「これは性愛のないラブストーリーである」という文句を見つけて、うれしくなっちゃったこまつなです。
 
 

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その日はとてもきれいな夜で、雲の流れは遅く、海は波も寝静まったかのように静かで、うら若き女の子であれば憧れのあの人のことでも思って詩の一つや二つ詠んでしまいそうな、そんな夜だというのに。
 
あたしは一升瓶を片手に、だらしなく裸足を甲板に投げ出していた。
隣には憧れのあの人でも何でもないただのゾロが、あたしと同じく酒瓶を手にして座っている。
さっきまで互いに何かを話していたと思うのだけど、気付いたら話が途切れてふたりとも黙りこくったまま自分の手にあるお酒を飲み下し続けていた。
 
すっと、紺色の空に光の筋が走った。
あたしと同じ仕草で空を仰いでいるゾロもきっと目にしたはずだ。
とはいえそんなことに心動かせるメルヘンな感情などきっとこの筋肉のかたまりにはかけらもないのだろう。
流れ星になど目もくれず、またお酒を呷っている。
 
 
宴が始まった理由はなんだったっけ。
今日も特になんてことのない一日だった。
たった五人の海賊団だ。
誰かがよし宴をしようと言いだせば、すぐさま始められる。
言いだしたのはきっとルフィかウソップかその辺りだろう。
今日も何やら楽しそうにふたりで釣りをして、大物が連れたとかなんとか言ってぎゃんぎゃん騒いでいた。
そうだ、今夜の宴の発端はここだった。
 
ふたりが釣り上げて甲板に放り出された大魚はギラギラと銀と黄色に光る見るからに怪しげな魚で、大喜びするルフィたちをあたしは遠巻きに眺めていた。
気持ち悪ィ色! とげらげら笑うルフィはすぐさまキッチンへと飛んでいき、サンジ君を呼びに行った。
連れてこられたサンジ君は甲板に上がった大魚に目を丸めたが、すぐさまてきぱきと魚を検分した。
結果、この海域にしか生息しない比較的珍しい魚で、食べられるとのこと。
その言葉に大喜びしたルフィが、「今夜は宴だ!」と高らかに宣言したのだった。
 
宴だ宴だと簡単に言うけれど、ただで出来るわけじゃない。
船の上だからお金は減らないけれど、食料とお酒は普段の食事に比べてぐっと減る。
そのぶん次の寄港で買い込む分が増えるから、あたしとしてはあまりいい顔はできないのだけど。
かといって、宴で食料が減った分あたしたちが食糧難に陥るということはなかった。
お金の管理はそれこそ誰にも負けないくらいうまくやりくりしているが、食料に関しては全てサンジ君が担っている。
その彼がとても上手にやってくれているのだろうということはわかっていた。
 
ナミー、今夜は宴だぞ! とルフィが嬉しそうにあたしに手を振るので、あたしはハイハイと軽く流した。
サンジ君は何も言わないし、今日はこの臨時収穫もあるので食料の残りに心配はないのだろう。
あたしがわざわざ反対する理由はない。
 
そうして今夜の宴は始まった。
まずは準備から。
キッチンのテーブルを甲板にだして、即席でウソップが固定して。
ごろごろとラムの酒樽を転がしてきて、グラスを人数分用意する。
サンジ君の指示が飛んで、ルフィとウソップは従順に前菜を運んだ。
あたしは何をすればいい? と尋ねると、サンジ君は「甲板でオレを待ってて」といらぬ口をきいた。
 
日が落ちて、ゾロが長い昼寝から目を覚ましたところで元気よく乾杯。
次々と運ばれてくる魚料理。
さかなじゃだめだ肉はどこだとルフィが騒いで、お前が釣ったんだろうがとサンジ君にかかとを落とされる。
それを尻目にあたしもお酒の栓を開けた。
 
見たこともない魚は淡泊な味で、そのぶんサンジ君の料理の腕が生きていてどの料理もおいしかった。
涙が目の端に浮かぶほど馬鹿話に笑って、あたしがおなかいっぱいになったころルフィが、そしてウソップがつぶれた。
お酒の良し悪しもわからないこの二人は、安いラムばかりがぶがぶと飲んでは食ったり笑ったりはしゃいだりとよく動くので、いつだって身体に酔いが回るのが速い。
 
潰れた二人はそのまま甲板の隅に転がしておいて、あたしはさて少しいいお酒でも開けてみようかな、と立ち上がったところで、キッチンから戻って来たばかりらしいゾロに出くわした。
その手には新しい酒瓶を持っている。
いいもん持ってんじゃない、とにやりと笑うと、ゾロは険しい目をさらに険しくして嫌な顔を作ったが、何を言うでもなくお酒の栓を開けて自分のグラスに酒を注ぎ、あたしにグラスを差し出すよう顎をしゃくった。
 
そうして始まった酒飲みふたりの二次会は、とてもゆっくりと時間が進んだ。
甲板の地べたに直接、ゾロのようにあぐらをかいて座り込む。
少しだけ、東の海の話をした。
ゾロの故郷の村は、昔本で読んだグランドライン後半の海にある遠い遠いワノ国と言う島国に雰囲気が似ていた。
 
東の海のお酒は安かったね、
あんまり上等じゃあなかったがな、
こっちのお酒はラムでもそこそこするんだから、やんなっちゃう。
ラムは甘いから好きじゃねェ、
あたし一度西の海のお酒、飲んでみたい。
あぁ……たしかにあっちの酒は旨ェとか聞くな。でも売ってんだろ酒屋に。
そりゃあいいところに行けば買えるけど、船に乗せるには少しもったいないのよ。
じゃあどっかの島で飲んでこればいい、オレも行く。
西の海の酒を、なんて言ったら郷愁ぶってるみたい。故郷でもないのに、
違いねェ──
 
 
そうだ、さっきまでこんな話をしていたんだった。
なんとなく訪れた沈黙はたいした気まずさも居心地の悪さももたらさず、静かでゆっくりとした時間の流れとともにあたしたちの間に漂っていた。
あたしは少しだけ頬が温かくなる程度には酔いが回っているのだけど、横に座るゾロには全くそう言った気配もない。
あたし以上のザルなんてそうそういないんだから、こいつも化け物だ。
ルフィやウソップなんてゾロに張り合おうともなれば一瞬で潰されちゃうだろう。
サンジ君は──そう、サンジ君は?
 
 
あたしは酒瓶を床に置き、座ったまま後ろを振り返った。
船室の扉から丸く切り取られた灯りが漏れている。
キッチンで、サンジ君はずっと宴の片づけをしているのだ。
いつものことだというのに、気付いてしまうと急に申し訳ない気がしてしまった。
そういえばサンジ君が宴の最中ゆっくりと腰を落ち着けているところなど見ていない。
彼はずっとずっと立ち働きづめなのだ。
それなのにあたしたちばっかり飲んだくれて、悪いことしちゃった。
とはいえ彼に「お手伝いさせて」なんて言ってもお得意の口八丁で丸めこまれて手を出させてもらえないので、そんな事言うつもりはさらさらない。
ただ少し、しばらく様子の見ない彼のことが気になった。
 
あたしが立ち上がると、ゾロはあたしの方を見ることもなく「何かツマミ持って来い」と偉そうに命じた。
あたしを遣おうなんて全くいい度胸だわ、とあたしは返事もせずにどすどすとゾロから歩き去ってキッチンへと向かった。
 
 
灯りの洩れる扉を開けると、皿を洗うサンジ君が振り返った。
 
 
「ナミさん!」
 
 
ぱっと明るくなった顔は、少し照れたようにはにかんで頬がでれんとだらしなく緩む。
水を止めて手を拭いて、サンジ君はさっと咥えていた煙草を手に取るとあたしに歩み寄ってきた。
 
 
「どうかした? お腹すいた? 何か作ろうか? 酒は足りてる? マリモばっか飲んで足りてねェんじゃ、あ、特別にカクテルでも作……」
「いい、いいから。別になんでもないの」
 
 
にこにこと、しかし圧力をかけるようにあたしに問い詰めたサンジ君は、あたしの返事にキョトンと間の抜けた顔をさらした。
じゃあ何をしに来たんだ、と顔に書いてある。
それを答えようとして、まさか「アンタの様子が気になって」なんて言おうものならそれはもう鬱陶しく喜ぶのが脳裏に浮かんだので、咄嗟に口を閉ざした。
もごもごと、「ちょっと喉が渇いて、お水を」と言うようなことを口にする。
ああ、とサンジ君は納得顔でさらに相好を崩した。
 
 
「酒ばっかりじゃな、あんまり良くねェからな。ちょっと待ってて」
 
 
サンジ君はさっさとキッチンの、「彼の領域」の中に戻るとあたしのために水を汲んで持ってきてくれた。
あたしはたいして欲しくもないそれを受け取って、「ありがと」と小さく呟く。
 
テーブルは甲板に出ているので、五つの椅子だけが各々向かい合うと言うおかしな景色の中、あたしは何となく残っている椅子に腰かけた。
するとサンジ君は笑顔を浮かべたまま、たじろぐような戸惑うような表情で目を泳がせた。
なによ、とあたしは剣呑な声を出す。
 
 
「いやあー……いやいや」
「なんなのよ。はっきり言いなさいよ」
「んー……」
 
 
サンジ君は困ったようにもぞもぞと指先で火のついた煙草をもてあそんで言葉を濁す。
いい加減気持ち悪くなったので、「あたしのことはほっといて、さっさと仕事の続きしたら」と言い放ってぷいとそっぽを向いた。
「あ、そ、そう?」とサンジ君はまだもぞもぞしていたが、結局あたしに背を向けて、いそいそと片づけの続きを始めた。
 
──まったく、何してんだろうあたし。
サンジ君は積み重なる汚れ皿たちをてきぱきとスポンジで荒い水ですすぎ、反対側に積み重ねていく。
薄い緑のシャツには、肩甲骨の盛り上がりが浮いていた。
サンジ君の手が動くたびに、その隆起が現れたり沈んだりするのを、水のグラスに口をつけたまま眺めていた。
働く人の背中を、あたしはよく知っていた。
そう言う人の背中は決まって、こっちが恐ろしくなるほど薄いのだ。
 
 
「ナ……ナミさん」
 
 
サンジ君はあたしに背を向けたまま声を上げた。
ざばざばと水の音だけが雑に響いている。
 
 
「あんまり見られると、その、照れるんだけど」
 
 
そう言って振り返った顔は、笑いながらも困ったように眉が下がっていた。
みっ、と言葉の切れ端が驚きとともにあたしの口から飛び出た。
 
 
「……見てないわよアンタなんて!」
「あの、なんかオレに用事あるわけじゃ」
「ないわよ!」
 
 
だからもう行くの! と捨て台詞のように吐き捨ててあたしが立ち上がると、サンジ君は慌てて濡れた手を突き出して、あたしを押しとどめる仕草をした。
 
 
「待って、行かないで、ごめん」
「……なによ」
「ここにいてください」
 
 
サンジ君はさぁさぁとあたしを椅子に招くようにやんわりと押し戻して座らせると、満足げな顔でひとつ頷き、また皿洗いに戻っていった。
不遜な態度で椅子に座るあたしは、なんなのよ、と手の中のグラスを握った。
 
なんであたしはこんな、まるでコイツの姿を探しになんて来てしまったんだろう。
ほんの少し興味を表してしまうと、サンジ君はこうして鬱陶しく喜んではまとわりついてくる。
相変わらず彼のそう言う性質があたしは嫌いだった。
好きになれそうな気配もない。
一度そうはっきりと告げたつもりだったのだけど、サンジ君はそれをどう捉え違えたのか以前に増してニヨニヨと笑いながらあたしを見るようになった。
あのプチ遭難騒ぎでちょっとは見直したかな、とサンジ君に対するイメージを少し修正しようかと思ったのに、それを進んで打ち消してくれるんだからこっちも捉え方に困る。
 
 
「ねぇ」
「ハイなんでしょう」
「あたしにも何かさせて」
 
 
振り返ったサンジ君は、きゅっと水を止めると同時にぱちぱち瞬いた。
 
 
「えーと、何かって?」
「皿洗いとか、片づけとか」
「えっ、いやー、ありがとう、でもそれならちょうどいま終わったところで」
「でも今からどうせ明日の下準備とかするんでしょ。それの手伝い何かさせて」
「やー……どうしたのナミさん」
 
 
サンジ君は困り顔で後頭部に手を持っていく。
別に、とあたしはそっけなく答えた。
 
 
「ナミさんまだ飲んでたんだろ。気ィ遣ってくれなくていいからさ」
 
 
って呼びとめたのオレだけど、とサンジ君は誤魔化すように笑う。
いいから、とあたしは強引に彼の言葉を跳ね返した。
 
 
「何かあるでしょ。暇なの」
「……そう? じゃあ」
 
 
サンジ君は台所の隅にしゃがみ込んで何やらごそごそと漁ると、大きなざるに緑色の房をたくさん積んであたしの方に持って来た、
さやえんどう。
あたしの膝の上にそのざるを置き、隣の椅子にからのざるを置いた。
 
 
「これの筋、取ってくんねェ? ほら、ここぷちってして、つーって引っ張るの」
 
 
彼はあたしの目の前で、さやえんどうの房の入り口にあるすじをつーっと取って見せた。
 
 
「取ったすじはここのゴミ箱に入れて、すじ取ったえんどうはこっちのざるに入れて」
「うん」
「いやになったらやめていいからね」
「うん」
 
 
サンジ君の見本と同じように、ぷちっと先をちぎりすじを取る。
小気味よいそれらの音が気持ちいい。
 
 
「たのしい」
「ぅえっ? そ、そう?」
 
 
ナミさんたまにおかしなこと言うね、とサンジ君は苦笑しながらキッチンに戻っていった。
ぷちん、つー、ぷちん、つー、とあたしは一心不乱にさやえんどうのすじを取る。
しかしサンジ君はすぐに戻ってきて、あたしの向かいの椅子に腰かけた。
彼の隣には、ジャガイモやニンジンなど根菜が積み重なった段ボールが置かれている。
なんでそこに座るのよ、とあたしがじと目で見ると、サンジ君はでろんと笑って「オレも皮剥きする」となぜだか嬉しそうに言った。
 
サンジ君は腰に白いエプロンを巻いていて、彼が腰かけて開いた足の間にその布がかかっている。
彼がつるつるとじゃがいもの皮を剥き始めると、皮は上手に足の間の布の上に落ちていった。
ごつごつしたでこぼこのじゃがいもがまるでリンゴの皮剥きのようにつるつると白くなっていく様に、気付けば見とれていた。
 
 
「ナミさん今日はオレのことよく見るね」
「見てないわよ」
「今見てるじゃん」
「アンタの手を見てるのよ」
 
 
ソウデスカ、と苦笑したサンジ君はそれでもどこか嬉しそうに俯いて皮を剥いていた。
調子に乗らないでよ、と心の中で尖ったことを口にしながら、あたしも手元のさやえんどうに視線を戻した。
 
料理や、こういった細かい作業をしているときのサンジ君は静かだ。
確かに視線を落としながら、口元はなぜだか少し笑ったまま、そのうち鼻唄でも歌いだしそうな顔で、いつも料理をしていた。
 
 
「……本当にすきなのね」
「ん? ナミさんのこと?」
「バカちがう、料理よ」
 
 
あぁ、とサンジ君は何か言おうと口を開いたが、少し考えてから結局なにも言わずに俯いて笑った。
 
 
「突然だね、ナミさん」
「だって」
 
 
だって、と言ったもののその後に続く言葉はでなかった。
だって、なんだというつもりだったのだろう。
 
──だって、こんなにもしあわせそうにじゃがいもの皮を剥く人をあたしは他に知らない。
 
そのときおもむろにキッチンの扉が開いて、あたしとサンジ君は同時に顔を上げた。
 
 
「おいナミテメェ、つまみ持って来いって」
 
 
空の瓶を片手にしたゾロは、何もない空間をはさんで向かい合うあたしとサンジ君を捉えて、すぐさま怪訝な顔をした。
 
 
「なんでテメェまでコックみてェなことしてんだ」
「あ、忘れてた」
 
 
サンジくんがげぇ、と一瞬にして顔をしかめた。
ゾロはふいとあたしたちから顔を背けると、勝手にキッチンの奥の棚から酒瓶を物色し始めた。
 
 
「おいテメェまだ飲むつもりかよ」
「小姑みてぇなこと言ってねぇでさっさとツマミ作りやがれ」
「アァン?」
 
 
サンジ君は物騒な顔をゾロの方にひねったが、脚の上に散らばった皮があるからか立ち上がろうとはしない。
こんな夜遅くに喧嘩しないでよ、とあたしは投げやりに言葉をかけた。
 
 
「あんたひとりで飲み干さないでよね、もったいない」
「テメェが途中でいなくなったんだろうが」
「飽きちゃったんだもん。ね、あんたそれ飲むならここで開けなさいよ。サンジ君も飲めば」
 
 
ゾロは物色して選び出した酒を片手に、「オレァどこで飲もうが構わねェ」と言ってあたしたちから少し離れた椅子に腰を下ろした。
あたしは料理や片付けに追われて宴と言ってもろくに楽しめないサンジ君のことを少し考えてそう言ったのだけど、サンジ君は途端にうろたえるように目を泳がせ始めた。
 
 
「いや、ナミさん、せっかくだから外で飲んでこればいいよ。オレはまだやることもあるし」
「サンジ君が少しサボったからって怒れるような立場の奴はここにはいないわよ。たまにはいいじゃない」
 
 
あたしはさやえんどうのざるを隣の椅子に置いて立ち上がり、食器棚にグラスをふたつ取りに行った。
サンジ君はそれでもまだもごもごと言い訳めいたことを言っている。
ゾロがハッと鼻で笑った。
 
 
「下戸が無理すんな」
 
 
そう言って、ゾロはすでに酒瓶に直接口をつけている。
下から掬うようにゾロを睨んだサンジ君から、カチンと彼の癇に障った音が聞こえた気がした。
 
 
「酒の味もわからねェただのザルが偉そうな口きくんじゃねェよ」
「ちょっと、いちいち喧嘩しないでよめんどうくさい」
 
 
サンジ君にグラスを手渡すと、サンジ君は心底困った顔であたしとグラスを何度も交互に見た。
煮え切らない態度が面倒になって、あたしはサンジ君の手から包丁をもぎとった。
 
 
「ハイ、今日はもう仕事終わり。ほら早くグラス持って」
「ちょ、ナミさん危ないって」
「バカにしないでよ、包丁くらいもてるわよ」
「ナミさんもしかして酔ってんの?」
「酔ってないわよほらいいから早くグラス」
「わ、わかったから包丁こっちに渡して」
 
 
サンジ君はあたしの手から慎重に、グラスと包丁の両方を受け取った。
そして諦め顔で立ち上がると、膝の上のじゃがいもの皮をゴミ箱に捨てて包丁をキッチンに戻しに行く。
なんでそんなに飲みたくないのか理解できない、とあたしは小さく首をひねった。
 
ゾロがずいと酒瓶を寄越してきたので、あたしはそれを受け取り手酌する。
戻ってきたサンジ君にも同じように瓶ごと手渡すと、サンジ君はなにも言わず自分のグラスに酒を注いだ。
あんなに嫌がっていたからどうせちょっとしか飲まないんじゃないかと思っていたのだが、思いのほか彼はグラスにたっぷり酒を注いだ。
 
じゃあまあとりあえず、とあたしたちは乾杯する。
ふたつのグラスの縁と、ゾロの元に戻ってきた酒瓶の底がカツンとぶつかった。
 
 
「あ、これちょっとおいしいわね」
「ローグタウンで買っておいたヤツだな」
 
 
少し辛めだが、後味の爽やかなあたし好みの味だった。
サンジ君は舌の上で酒を転がしているのか、もごもごしている。
ワインじゃないんだから、とあたしは彼の口元を眺めた。
 
 
「おいコック、ツマミ」
「あーあー、うるせぇマリモだな、ちょっと待ってろ」
「ちょっとゾロ、サンジ君も飲んでるんだからいいじゃない」
「いいよナミさん、あるもの出すから」
 
 
そう言ってサンジ君が持ってきたのはピスタチオだった。
あら珍しいもの、と喜んだあたしに反して、ゾロは嫌そうに顔をしかめた。
どうせ殻を向くのが面倒なんだろう。
もしかしてこれはサンジ君のゾロに対する地味な嫌がらせなのだろうか、と思わないでもない。
 
あたしたちはぱきぱきと膝の上でピスタチオの殻を向きながらちんたらとお酒を飲んだ。
あたしが何か言えばサンジ君がそれに反応して、ゾロが喧嘩を売るのでまた二人の間で収拾のつかない小さな応酬が始まる。
そんなことを繰り返すのは、けして嫌な時間ではなかった。
 
ただ、異変に気付いたのは飲み始めて30分も経たない、二杯目を空にしようとしているころだった。
 
 
「……サンジ君、お酒本当に弱いの?」
「……いや、ナミさんやクソマリモに比べりゃアレだが、それほど」
「でも顔真っ赤よ」
 
 
サンジ君はぼうっと赤くなった目をあたしに向けて、いやいやだいじょうぶ、と口にした。
それと同時に軽く手を振ったのだが、その仕草がどう見ても酔っぱらいのそれだ。
 
 
「だから飲むの嫌がったのね」
 
 
そういえばゾロはすでに知っているように、サンジ君のことを下戸だとかなんとか言っていたっけ。
ゾロは相変わらず豪快に喉を鳴らして瓶を傾け、最後の一滴まで飲み干した。
顔色一つ変わらない。
 
あーあもったいない、とあたしがこぼすとゾロはフンと鼻を鳴らした。
 
 
「テメェも飲んだだろうが」
「あんたがひとりで半分以上飲んじゃったでしょ」
「どうせそいつももう飲めねェだろ。オレァもう寝る」
「ちょっと、サンジ君連れてってよ」
「いやナミさんオレは」
「知るか、コックに飲ませたのはテメェだろ」
 
 
ゾロは無愛想に立ち上がると、大きな欠伸をしながら食堂を出ていってしまった。
 
 
「ちょっとぉ……」
 
 
こんな酔っ払い残していかないでよ、と言うあたしの心の声は聞こえたはずなのに、アイツ。
あたしは姿の消えたゾロに舌を打った。
 
 
「ナミさん、マジでオレ別に大丈夫だよ」
「ホントに? そんな顔で言われても全然説得力ない」
「え、そんなひどい顔してる?」
 
 
サンジ君は自分の頬に片手を当てて小首をかしげた。
その仕草が既に酔ってるんだっての、とあたしはため息と共に立ち上がった。
 
 
「もうあんたも寝なさいよ。片づけは終わったんでしょ? 明日の朝は手抜きでいいじゃない」
「いやあー……うん、じゃあとりあえずやりかけた分だけ──」
 
 
 
そう言って立ち上がったサンジ君の身体がぐらりと傾いた。
 
 
「ちょっ」
 
 
よろけたサンジ君は椅子の背に手をついた。
思わず支えようと伸びたあたしの手は宙に浮いたまま止まる。
ほっと息を吐いたそのとき、サンジ君が手をついた椅子の前足が浮かび上がった。
 
 
「わっ」
「サッ……!」
 
 
重心がずれ、椅子はスコンとサンジ君の手から離れる。
支えのなくなった彼は、そのまま不恰好にドタンと前のめりに倒れた。
 
 
「うわ、ちょっと、だいじょうぶ?」
「あぁー……だっせェ……」
「いいからほら立ちなさいよ」
 
 
まったくもう、とあたしはサンジ君の腕を取った。
彼はよろよろと上体を起こし、床に正座する。
真っ赤な顔のままサンジ君は「最悪だ」と呟いた。
 
 
「……こんな、カッコ悪ィ──」
「ごめん、ごめんなさい、本当にこんなに弱いなんて思わなかったのよ」
 
 
サンジ君は本気で落ち込んでいるようだった。
あたしはさすがに申し訳なくなって、彼の隣にしゃがみ込む。
赤くなった酔っぱらいの顔は頼りないこと極まりないのに、なぜかそのときサンジ君からは少し凶暴な気配がした。
 
 
「ねぇ、部屋まで帰れる? やっぱりゾロ呼んでこようか」
「いいよ、大丈夫」
「でも」
「いいから」
 
 
サンジ君は少しぶっきらぼうな言い方で、あたしの言葉を遮った。
しかし「大丈夫」と言いながらもまだ立つのは辛いらしく、正座から足を崩して床に座り込んだままなかなか立とうとはしなかった。
 
えぇ、ちょっとどうしろっていうのよ。
 
サンジ君は焦点の合わない目をして、ぼうっと前を見つめていた。
あたしは途端に気まずくなって立ち上がる。
 
 
「あ、あたしグラス片付けるから。立てるようなら立っ──」
 
 
パンッと肌を叩く音ともに、手首が捉えられた。
サンジ君が勢いよくあたしの手を掴んだのだ。
あたしは中腰のまま、驚いて後ろを振り返る。
 
 
「行くな」
 
 
サンジ君はあたしの顔を見上げもせず、まるであたしの手に話しかけるようにそう言った。
聞いたことのない低い声に、彼らしからぬ命令口調。
ざわっと不可解な感触が背中を上から下まで撫でさするように走った。
 
サンジ君の手を振り解こうと手を引くも、強い力が離さない。
ちょっと、と信じられないくらい細い声が出た。
 
 
「なに、はなして──」
「行かないで」
 
 
行かないで、ナミさん、行かないで。
何度もそう懇願したかと思うと、サンジ君が掴んでいたあたしの手を引いた。
あたしは崩れるように、またサンジ君の隣に膝をつく。
彼は両手であたしの手を掴んでいた。
 
なんだか急に怖くなった。
長い前髪が項垂れる彼の顔を隠して、余計に恐怖が煽られる。
 
 
「ねぇ、サンジ君しっかりしてよ……」
 
 
彼の手は熱かった。
熱のある子供くらい熱かった。
その熱い手はあたしよりも大きく、しかも両手で、逃がすまいとするかのようにあたしの片手にすがりついている。
 
 
「ナミさん──」
 
 
ふらりとサンジ君の頭が揺れた。
あっと思う間もなくするりと手が離れて、彼はドタンと横に倒れた。
 
 
「えっ、サン……!」
 
 
すう、とそれは健やかな寝息が聞こえてあたしの動きは止まる。
サンジ君はぱたりと倒れたまま眠っていた。
 
 
「……コイツ」
 
 
なぜだか急に恥ずかしくなった。
あたしを本気で困らせるだけ困らせておいて、寝落ちるとはどういうこと。
 
 
「ッ風邪引いても知らないわよ!」
 
 
あたしは捨て台詞を吐き捨てて立ち上がると、どんどんと足音高くキッチンを後にした。
サンジ君はきっと朝まであの場で寝転がっていることだろう。
あたしの知ったことか、とあたしは激しい音でキッチンの戸を閉めた。
バタンと大きく響いたが、酔っ払いばかりの船の上、これしきの音で起きる奴はいない。
 
バカにしないで、ふざけないでよ、女タラシのくせに、とあたしは心の中で盛大にサンジ君への悪口を繰り返し続けた。
 
まだ、手首に彼の温度がまとわりついていた。
 
 
 

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