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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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発進させたマルコは、ゆっくりと車を表通りに向かわせた。
大粒の雨がフロントガラスにぶち当たり、ばちばちと音をさせて跳ね返る。
川の表面のようにガラスの上を水が流れる。
マルコはワイパーを動かして、それを鬱陶しげに拭った。
そして、気付いたようにアンにおい、と声をかけた。
 
 
「シートベルトしろよい」
 
 
そう言えば忘れていた、とアンは慌ててベルトを掴むが、いやそうじゃないだろうと動きを止めた。
しかしとりあえずシートベルトはしなくては、とすぐにそれを引っ張る。
ざばざば、とタイヤが深く水のたまった部分を通った。
 
車はすでにアンの家の軒先が遠くに見える程進んでいた。
歩いて15分ほどだったので、車だときっと5分程度で着いてしまう。
はやく着いて、という思いと、まだ着かないで、という思いが混じりあってひらめきのようにアンの脳裏をかすめた。
 
時間はまだ18時にならないくらいだが、雨雲の立ちこめる空は重たくて暗い。
マルコはちょうど店の前、助手席と入口のドアが最短距離になる場所に車を停めた。
 
 
「家まで走れよい」
 
 
こくりと頷く。
マルコはハンドルに手をかけたまま、雨で霞むフロントガラスの向こうを見つめていた。
ドアノブに手をかけて、膝を外側に寄せた。
ガチャと金属音が鳴る。
思いついて、アンは振り返った。
腕に貼りついた湿ったシャツを鬱陶しげにつまんでいるマルコも、アンを見た。
あっと、とアンは言葉を探す。
 
 
「…服、なら、サボのがあると思うし…風邪ひくとアレだから…」
 
 
マルコはほんの一瞬きょとんとした顔を見せたが、すぐに目を細めて薄く笑った。
 
 
「一旦帰るから大丈夫だよい」
 
 
そう、と頷いて、アンは今度こそ重たいドアを押し開けて車から足を下ろした。
途端に激しい雨が頭から濡らしていく。
ドアを閉めて窓越しに運転席を見る。
マルコはこちらを見て笑っていた。
はやくいけ、と口が動く。
アンは水音を立てながら店の軒先に逃げ込んだ。
雨から逃れてふりむいたときには、もう車は走り去っていた。
 
 

 
日中作り置きしておいた売り物を、少し夕食に回した。
サボが安かったから買っておいたと言っていたパンが食卓の真ん中にたくさん置いてあるが、アンの夕食作りの負担を減らすための配慮に違いない。
ルフィは気持ちよさそうにびっしょり濡れて、帰ってきた。
 
 
「うあー、すげぇ雨だった!」
 
 
ぶるぶると犬のように頭を振って水をそこらじゅうに飛ばすので、こらとたしなめてからおかえりという。
パッと顔を上げたルフィは、おォアン起きたのか!と嬉しそうに笑った。
 
温かい夕食をテーブルに並べていると、着替えてきたルフィがタオルをかぶりながら鼻を細かくひくひく動かして椅子に座る。
 
 
「そういや今日、アンタの友だちの、サンジに会ったよ」
「サンジ? アン会ったことあったっけ?」
 
 
サッチに連れて行ってもらった店の話をすると、ルフィは目を輝かせて「オレもいきてぇ」と叫んだ。
 
 
「また行こう」
 
 
そう言いながら、ルフィが行くには似合わない場所だな、と少し笑った。
 
 

 
唇に触れた冷たさは、何でもないとき不意に訪れた。
料理をしているとき、テレビを見ているとき、風呂に入っているとき、今まさに寝ようというとき。
波のように胸いっぱいに押し寄せて、アンはそれをぎゅっと耐えてやり過ごす。
誰かと会話しているときにも容赦なくやってくるので、訝しがられることもたまにあった。
フラッシュバックするのは、あの日の雨とその温度。
土砂降りに打たれて冷えた身体と、それに貼りつく衣服。
アンの髪を梳く指の動き。
車内の様子にはまるで無関心で降り続ける大雨の音。
 
マルコが何を思ってアンにキスしたのか、まったくわからない。
しかも本人はそのあとまるでなかったことのように振舞ったので、アンから言いだすこともできなかった。
言いだすことができたのかはまた別だ。
なにも言わないままで、逆に良かったのかもしれない。
マルコに何か追及されて自分が上手く答えられるのかと聞かれれば自信はないし、マルコを問い詰めて答えが得られるとも思えなかった。
 
狭い浴槽に体を沈めているときにふとそのことを思い出して、指先で唇に触れてみた。
体が温まっているので、アンの唇も人肌程度に温まっている。
あのときの冷たさはもうない。
誰も触れたことのなかったそこを、端から端まで指で辿る。
ここだけ、自分のものではなくなったみたいだ。
取られてしまった。
あたしのものではなく、サボのものでもルフィのものでもない。
じゃあ誰のもの、と問われれば、間違いなくそこはマルコのものだった。
 
アンは勢いよく浴槽に頭を沈めた。
ごぼごぼ、と自分の鼻から漏れる呼気の音と、鼓膜が水圧に震える低い音を聞きながら、アンは雨の音を思い出す。
アンの内側ではずっと、あの日の大雨が続いている。
 
 
 

 
翌日やってきたラフィットは、お元気そうで何よりですと相変わらず感情の見えない笑みを浮かべた。
アンを車に乗せて、いつもの事務所へと淡々と進んでいく。
 
 
「こちらも心配していたのですよ、デボンが、あなたが目を覚まさないというので」
 
 
デボンというのはあなたを匿っていた女性のことですが、とラフィットが付け加えて、アンは暗がりにいた大きな体の女のことを思い出した。
ラフィットの車はいつものように、無駄に何度も角を折れて事務所へ辿りついた。
冷たい階段を上って事務室のドアを開けると、冷房の効きすぎた部屋の冷気が外へ一気に漏れ出して、アンを出迎えた。
 
 
「よぉアン、ずいぶん長いこと眠ってたみてぇだな」
 
 
ティーチはソファにふんぞり返るように座って、アンに向かって鷹揚に手を上げる。
この事務所に来ると鉄の仮面をかぶったように表情のなくなるアンを、ティーチはいつでも楽しげに迎え入れた。
 
 
「髪飾りは残念だったなァ」
 
 
だが次はもう二択だ、とまるで舌なめずりをするように目をぎらつかせる。
アンは黒ひげと目を合わさず、向かいのソファに座ったままテーブルの上、出されたコーヒーの水面を眺めた。
黒々としたそれは、じっと息をひそめるように波立たない。
 
 
「どうだ、アン、嫌になったか」
 
 
アンが訝しげな顔を上げると、ティーチはソファに背をつけたまま軽く笑い声を上げた。
 
 
「ゼハハ、いや、この間の仕事はキツかっただろう。こっちの下準備とお前ェの身体能力が上回ったから逃げ切れたがな、警察のほうもバカじゃねぇ。警備はどんどん固くなるしそのぶんオレたちは動きにくくなる。それにオメェ、なんかおかしな名前を名乗ったらしいじゃねぇか」
 
 
ティーチは脇に置いてあった三つ折りの新聞紙を手に取り、アンの目の前に広げて見せた。
それは今日の朝刊だったが、未だ『怪盗』の話題が表紙一面を飾っている。
もともと大きな事件の少ない街だった。
これほど世間を騒がす話題があれば、ここぞとばかりにメディアは取りざたす。
ティーチも同じことを思ったのか、すげぇ賑わいになってやがると低く笑った。
 
 
「オメェのオヤジたちが死んじまったときぶりだな、こんなに騒ぎ立てる事件は」
 
 
ティーチはアンの反応を見るように笑ったままアンを覗き見る。
アンの表情が変わらないのを見て、話題を変えるように「エースか」と言った。
 
 
「珍妙な忌み名が付いてるじゃねぇか。これにはお前が名乗ったと書いてあるが、そうなのか、アン」
 
 
答えずにいると、肯定と受け取ったのかティーチは声を高くして笑った。
 
 
「どういうつもりか知らねぇが、おもしれぇじゃねぇか。しかもなんだ、どれもこれもお前が男であることをまるで疑いもしてねぇ!」
 
 
アンはちらりと新聞に目を落として、その見出しにでかでかと書かれた文字を流し見た。
確かに、アンが昨日今日で目にしたテレビや紙面は、『怪盗エース』は男であるということを疑いもせずに好き放題に言ったり書いたりしていた。
アンにとってそれは狙っていたことでもあるし、好都合に変わりはない。
ティーチは「次の仕事はまたしばらく置いてからになるだろう」と告げた。
 
 
「また長い休養期間だぜ、バカンスでも言って息抜きするのもいいかもな、エース」
 
 
エース、とアンも口の中で呟いた。
 
 

 
 
サッチはその言葉通り、翌週の火曜日に、そして金曜日に、そしてまた次の週の火曜日にもアンの店へやってきた。
ずっとずっとひとりで、マルコはいない。
ひとりで、いつものカウンター席に座って、食後のコーヒーをすすっている。
時刻は遅い朝、昼に近い10時過ぎだったが、今日は珍しくこんな時間までサッチのほかに客が残っていた。
しかし客が多いとはいえ、どの客にもモーニングは出し終えている。
誰もが食後のコーヒーを楽しんでいるだけの、穏やかな、朝だというのに眠気を誘うほど落ち着いた空気が満ちていた。
 
アンは早くもランチの下準備のためにせわしなく手を動かしており、給仕に暇ができたサボが隣で野菜を洗ってくれている。
サボが洗った野菜をアンが刻み、下味をつけていく。
 
 
「パプリカ洗ったら次、ニンジンの皮剥いてくれる?」
「了解、あ、アン、オレ切るよ」
 
 
アンは包丁の刃をかぼちゃのふくらみとふくらみの間に狙いを定めたまま、いいよ大丈夫、と言った。
 
 
「かぼちゃくらい切れる」
「店のオッサンが今季のかぼちゃは少し堅いって言ってたから、ほらどいて」
 
 
店のオッサンとは、アンの店から通りに沿って少し行った先にある古びた八百屋の店主のことだ。
アンは半ば強引にサボに包丁を奪い取られて、むっと眉根を寄せた。
 
 
「できるっつったのに」
 
 
アンの言葉を聞き流して、サボの背中はかぼちゃに食い込んだ包丁に体重を乗せるためにくっと丸くなる。
めきっ、と水分を含む繊維が裂ける音がして、パカンと気持ちよくかぼちゃはふたつに割れた。
アンはサボの手先を広い背中の後ろから覗き込むが、サボは意に介さずさらにかぼちゃを二等分する。
 
 
「はい」
 
 
いつもの平和な微笑みでサボが包丁をまな板の上に置き、アンに場所を譲った。
納得がいかない、と思いつつもアンはありがとうをぼそっと呟いた。
 
 
「仲良しなのな」
 
 
少し顔を上げると、サッチが笑いをかみ殺したような顔つきでアンを見上げていた。
アンはわざと鼻に皺を寄せるようにして、顔をしかめた。
 
 
「ただの過保護のおせっかい」
「なんだと」
 
 
サボの肘がアンの頭を小突いた。
サッチはよく浮かべる苦笑いで、なぜかサボに向かって頷いた。
 
 
「いやあわかるわかる、大事な妹に怪我させられねぇもんな」
 
 
そしてアンに向かって、無茶をしてはいけませんと笑い顔でたしなめた。
すねた表情のアンがサボの顔を覗き見ると、サボもサッチに良く似た表情で苦笑いを浮かべている。
勝手に共同戦線張りやがって、と呟くと、サッチはそりゃいいやと声を出して笑った。
 
 

 
 
ランチの客がぽつぽつとやってきだした頃、そろそろ行くかとサッチは腰を上げた。
ごちそうさん、と席を立つサッチに手を振る。
また来てねと言うとサッチは顔いっぱいに笑ったが、一瞬どこか寂しげに見えた気がして、どこか引っかかった。
 
 
「アン今日はどうすんの」
 
 
サボが大量の人参の皮むきを終えて、アンが言い渡したこれまた大量のさやえんどうの筋を取りながら声をかける。
アンは作りかけのスープを味見しつつ、んーと思案する声を出した。
どうすんの、とはつまるところ今日の夕飯の話である。
昨夜、ルフィが夜中に冷蔵庫を漁っているのをとっ捕まえた。
冷蔵庫の中は、バターまですっからかんである。
すっかり季節は夏になり、外はうだるような暑さなのだから、少しはルフィの食欲も萎えてくれればいいのにと思うがそうはいかない。
暑いとエネルギーを使うぶん、腹が減るらしい。
アンとサボに散々絞られて、ルフィの今日の弁当の中は雪原のように真っ白なライスが広がっている。
 
 
「店閉めてから買い物行くよ。どうせルフィが弁当の文句言いながら帰ってくるだろうし、おかずいっぱい作っとかないと」
「ん、じゃあその間に洗濯だけ取り込んで…」
 
 
リリリ、とブザー音に近い甲高い音がサボの声を遮った。
店の奥、住居へとつながる階段の手前に置いてある古い電話の親機が呼んでいた。
火を使っているアンの代わりに、サボがエプロンで手の水気を拭いてから電話を取った。
携帯を持たないアンたち3人の電話は、すべてこのひとつで賄われている。
この店と業者のやり取りも当然この電話で、3人の個人的な知り合いからかかってくるのを受け取るのもこの電話だ。
電話を取ったサボは、相手の名前を聞いたのか、すぐに余所行きの声から慣れた話し方へと切り替えた。
どうやらサボの友人かららしい。
サボが目線でアンに詫びるので、アンはいいよいいよと笑って返す。
5分ほどでサボは電話を切った。
「またかけ直す」と言っているのが聞こえた。
 
 
「急がなくてもよかったのに」
「そうはいかないだろ」
 
 
たしかに、ランチにやって来た客はそこそこの数になってきた。
サボは後ろ手で素早くサロンを結び直すと、入って来た客に愛想のよい笑顔を見せた。
しかしアンを振り向いた顔は申し訳なさそうにゆがんでいて、アンに一言、「夜出るかもしれない」と言った。
あ、そうなの、と言った矢先また次の客が入ってくるので、サボが「またあとで」と目線で言う。
アンもうなずきを返した。
ぞろぞろとOLの集団がやってきて、店は満席になった。
 
 

 
サボは「ごめんな」と何度も口にした。
高校の頃の友人と食事に行くらしい。
頻繁にあることではないが別段珍しいことではない。
しかしサボはいつもそのたび、必要以上に申し訳なさそうな顔をする。
ルフィは平気で2日くらい友達の家に遊びに行って帰ってこなかったりするというのに。
そういうときは、だいたい2日分ルフィにまとめて家の仕事をさせるが、ルフィはそれを平気でやってのけてしまう。
恐ろしいほど体力の化け物だ。
 
 
「いっつも断ってばっかだったから、うるさいんだ、あいつら」
「いいよいいよ、いつも行ってないんだからなおさら」
 
 
気にしなくていい、と言っても、サボはまた「ごめんな」と言うだけだった。
以前サッチに連れられてイゾウの店に行き、その間家を空けたことを思えば、アンとしては平等さを保つためにもサボには好きにしてもらった方が気がひけなくていい。
ランチの客を捌き終わると、サボは着替えに住居のほうへと上がっていった。
サボがいないのなら、今日の夕飯のメニューを考え直そうか。
そうだとしてもルフィのおかげで買い物に行かなければ冷蔵庫になにもないことには変わりがない。
メニューはスーパーで決めるか、とアンもようやく朝からぶら下げていたエプロンを外した。
 
 
「あんまり遅くはならないから」
「気にしなくていいよ」
「ごめんな」
「いってらっしゃい」
 
 
いってきます、と丁寧に挨拶を返して、サボは扉をくぐって出ていった。
仕事終わりで疲れているだろうな、とアンは消えた後姿を見送った。
男性がズボンの後ろポケットに財布を突っ込むのと同じように、アンもジーンズのズボンの後ろポケットに薄っぺらな財布を突っ込む。
店を閉めてそのまま自宅には上がらずに家を出た。
 
 
店から一歩出ると、煌々と光る太陽が熱気をはらんだ光でアンを包んだ。
うわっと思わず俯いて、帽子がいるかな、と黒い頭に手を置いた。
まぁ戻るのも面倒だからいいか、と歩き出した途端こめかみから汗が吹き出した。
とんでもなく暑い日だ。
アンの店は入り口があってないようなもので、シャッターで戸締りする部分全てが客の出入り口だ。
だから外の暑い空気はひっきりなしに店の中へと入ってくるが、アンがいる厨房の中は外の熱気とは種類の違う炎そのものの熱気が常に染み込んでいるので、今日がこれほど暑い日だとは気付かなかった。
夜は何か冷たいものを作ろう、とアンは熱された歩道の上を急いだ。
 
 
スーパーの籠にいるものを放り込んで、慣れた道順を辿っていると、店の中で一番色鮮やかな果物コーナーで見覚えのある横顔を見つけた。
長い指が、ベースボールの硬球を握りしめるように、小さなリンゴを握ってじっとそれを凝視している。
イゾウだ。サッチが連れて行ってくれたあの店のオーナー。
先日は束ねられていた髪が、今日は全てそのまま背中の上を流れている。
癖のない横髪が白い頬を半分隠していたが、かろうじて覗く高い鼻と、稀有な長身と細身で彼だと分かった。
声をかけようか迷って、アンは一瞬立ち止まった。
しかしアンが何を考えるよりも早く、イゾウが視線を感じたのか、アンの方を振り返った。
アンは慌てて軽く頭を下げた。こんにちは、と小さく呟く。
イゾウはアンの顔を忘れたのだろうか、リンゴに注いでいたのと同じ視線をアンにもじっと据えた。
そして、「偶然だな、アン」とほんの少し口角を上げた。
覚えてたのか、とアンは理由もわからないが少しうれしいような気になる。
アンは中のつまった重たいスーパーの籠を片手に、イゾウに歩み寄った。
 
 
「買い物か。店やってるっつってたな」
「うん、でもこれは家用。イゾウ…」
 
 
さん、と続けようとしたら、イゾウが嫌そうに顔の前で手を揺らしたので、そのまま言葉を続けた。
 
 
「…は、お店の?」
「あぁ、ったく間違えた、こんな暑い日に外に出るもんじゃねぇ」
 
 
たしかに、この雪のように白い肌に炎天下の日差しは似合わない気がした。
 
 
「買い物はイゾウがするの? サンジは?」
「あいつはメシ専門。 …いや、逆か、オレが酒しか作れねぇから、酒の材料だけはオレが買ってる」
「へぇ」
 
 
イゾウが作ってくれた夕暮れ時の海のようなカクテルを思い出した。
もはや職人技のようなその美しさに目を奪われたのはつい先日のことだ。
アンは「この間はどうも」というようなことを口にして、ありがとうとぺこりとする。
イゾウは「律儀だな」と大きく口を開けて笑った。
 
 
「にしても、いっぱい買うな」
「うん、多少買いだめするし、あと弟がすごい食べるから」
 
 
それに比べてイゾウの手荷物は少ない、というかゼロに等しい。
手にしているのはリンゴひとつだ。
買い物かごさえ持っていない。
 
 
「…それしか買わないの?」
「いや、選びながらどんなん作るか考えてっから…考えながら店入ったら籠も忘れた」
 
 
イゾウがコミカルな仕草で肩をすくめるので、アンは思わず噴き出した。
 
 
「あたしも、あたしも考えながら選ぶ!」
「だよな、美味そうなんが売ってたらそれで作りたくなる」
 
 
そうそう、と同意して頷いた。
アンの場合、お買い得品でいかにバラエティー豊富なメニューを作れるかと言う意味で、店の品を見ながら料理を考えている。
たったひとつでディナーを楽しめそうなほどの値段がするマンゴーにも手を伸ばしているイゾウには、そんな考え方は皆無のようだった。
それでも、同じ考えでいたことがなんとなく嬉しい。
イゾウは何度も首をひねって、微妙だなと呟いた。
その目がいくらか真剣みを帯びているので、邪魔しない方がいいかな、とアンは籠の取っ手を持ち直した。
じゃあこれで、と立ち去るべきなのだろうが、悩む横顔に、気付けばアンは声をかけていた。
 
 
「…く、果物なら」
「ん?」
「果物なら、スーパーより八百屋さんに行った方がたくさんあるかもしれない」
「…ヤオヤ?」
 
 
まるでそのことばを初めて聞いた、とでもいうようにイゾウは目をしばたかせた。
八百屋さん、とアンは繰り返す。
 
 
「スーパーよりは少し高いかもしんないけど…それでもいいなら、多分朝の八百屋さんが一番早く品物置いてるから…新鮮でおいしいよ」
「へぇ。卸問屋みてぇなもんか」
「スーパーは安くて便利だけど、やっぱり効率とか、いっぱい買う人向けだったりするから、目当てのものが絞れるなら八百屋さんとか専門の店のが、いいと、おもう」
 
 
ほう、とイゾウは素直に感心しているようにみえた。
そんなものがあったのか、とまで呟いている。
 
「この街にあんのか?」
「街の南側のはずれで…あたしの家の近くに。あ、でも今はもう閉まってる、かも」
 
 
ごめん、と謝ると、なんでお前さんが謝る、とイゾウはカラカラ笑った。
 
 
「そりゃ面白れぇこと聞いた、今度アンが行くとき連れてってくれよ」
「あ、でもうちがその店使うのは、お店に出す奴だけだから、まとめてサボが注文しちゃってて」
 
 
サボ、とイゾウが呟くので、サボってのはあたしの兄弟で、とあたふたと説明する。
 
 
「だからあたしはあんまりお店自体にはいかないんだ。いい物は八百屋のオッサンが選んで届けてくれるから、注文するだけで」
「フーン」
 
 
じゃあまぁ今日はこんだけでいいか、とイゾウはひょいひょいとリンゴをいくつかと、眩しい色のオレンジを数個腕に乗せるようにして手に取った。
イゾウに買われるそれらはいったいどんなお酒になるんだろう。
いや、きっと果物は装飾用で、グラスのふちを彩ったり水面に浮かんだりするんだろうけど。
ふいに、ぐいとアンの腕が引かれて、手からずっしりとした重みが消えた。
驚いてイゾウの顔を見上げると、イゾウは持ち上げたアンの籠に自分の手にした果物をどさどさと入れて、よしと小さく口を動かした。
 
 
「お前さん買い物は。もう終わりか?」
「う、えっと、あと、牛乳とバター…」
 
 
イゾウは軽く頷いて、さっさと歩きだしてしまった。
アンは一拍遅れて、慌ててあとを追う。
 
 
「イゾウ…!重いからいいよっ」
「おれのも一緒にいれさせてくれ」
 
 
牛乳牛乳、と口ずさみながらずんずん長い足が長身を運んでいく。
アンがその背中に追いつくころには、ふたりは乳製品コーナーについていて、イゾウは「低脂肪がいいとか、あんの?」と大真面目な顔でアンに尋ねた。
 
 
 

 
溶けそうだ、とさらりとした口調でイゾウが呟いた。
スーパーから出た瞬間、むっとした熱気が二人を包む。
袋詰めの製品やかさばるだけの軽いものが詰まった袋はアンの左手が握っている、軽すぎて収まりが悪い。
野菜や牛乳が詰まった袋と、イゾウの買った果物が入っている小さな袋はイゾウが片手でまとめて持っている。
あのまま勢いで、イゾウはアンのものもまとめて会計を済ましてしまった。
慌てて財布を引っ張り出すアンが焦りすぎて小銭を床にばらまいても、イゾウは笑いながら、じゃあ茶ァ奢って、とその小銭でスーパーの表にある自販機で缶コーヒーを買った。
アンは返す言葉がなく、仕方がないので自分も微糖を買う。
 
 
「夕方だってのに、たまんねぇなこの暑さ」
「でももう残暑だよ」
 
 
そんなものオレは信じねぇ、とイゾウが吐き捨てたので、思わず笑った。
スーパーを出てアンは車道を横切り左に曲がらなければならない。
イゾウの店は右に曲がってから横道に入る。
しかしイゾウは、アンの荷物を持ったままアンと同じく左に曲がった。
曲がってから、イゾウが反対方向であることに気付いた。
こんな暑い中、重い荷物を家まで届けてもらうなど言語道断、申し訳なさすぎる、とアンは慌てて断りを口にしかけたが、いやもしかしたらこっちの方向に用事があるのかもしれないと言葉を押しとどめた。
イゾウは思い悩むアンを意に介さず、ああ暑い暑いと涼しげな声で呟きながらも歩いていく。
 
 
「イ、イゾウ、お店は?」
「ん? オレの?」
「うん、もう夕方だから、開けなきゃダメなんじゃ」
「あーあー、イんだ今日は、休み」
「そうなの?」
 
 
今日は、火曜日だ。
火曜日が定休日とは珍しい。
この街の店はたいてい平日は開いていて、日曜日が必ず休みというのが多い。
 
 
「サンジもこれねぇっつーし、オレ一人じゃ客が来ても困るからな」
 
 
どうやら臨時休業らしい。
気まぐれすぎるこの人に、サンジが翻弄されている様子が目に見えるようだった。
アンはちらりと再びイゾウを仰ぎ見た。
端正な顔が視線に気付いて、ふと顔を下げる。
 
 
「イ、イゾウ…荷物…」
「荷物? 重いか?」
「ちっがう!」
 
 
歯を剥きだして否定するアンを、イゾウはまた声を出して笑った。
アンの言いたいことに気付いているくせに、あえて飄々とかわしているのがわかるから、手の出しようがない。
もういいや、知らん、とアンが諦めて前に向き直ったとき、イゾウは至極何でもないような口ぶりで口を開いた。
 
 
「オレがどうこう言う話じゃねぇけどよ」
 
 
ぽた、とアンの頬を滑った汗が鎖骨の辺りに落ちた。
 
 
「アン、外は嫌いか」
 
 
え? と思わず聞き返した。
イゾウはアンと一瞬視線を合わして、すぐに前に向き直る。
そして言葉を探すようにそぶりをしてから、口を開いた。
 
 
「家の外にも、おめぇさんの楽しいこととか見つけるといい」
「…外?」
「オレァ言葉であれこれ説明すんのは苦手だ」
 
 
イゾウは顔をしかめてそう言ったが、それでもいまだ言葉を探している。
アンはイゾウの言わんとしていることが理解できなくて、じっとその顔を見上げた。
 
 
「いつでも帰りたがってるように見える」
「かえ…」
「人と話すとき、煮え切らねぇ口調なのも、余所向きだけに聞こえる」
「…」
「脚力ありそうな脚してるからよ、インドアなネクラには見えねぇし」
 
 
冗談交じりの口調でイゾウはそう言ったが、アンは俯くだけで答えることができなかった。
アンの心を読んだように、イゾウが続ける。
 
 
「たった2回会っただけのほぼ初対面野郎がこんなこと言って悪ィな。オレァ観察眼が鋭い」
 
 
と思っている。とイゾウは自分で言って自分の言葉に笑った。
 
 
「気に障ったなら忘れればいい。観察眼だとか偉そうなこと言ったが、おれが勝手に思っただけだ。それもこないだと今会っただけで、だ。気にしなくていい」
 
 
長い足が歩みを止めた。
それに合わせてアンも足を止める。
イゾウは、アンの買ったものが詰まった方の袋をアンの腹のあたりに差し出した。
 
 
「お前さんの『家』には頼れるもんが、すげぇ頼りがいのあるもんがあるんだろう。そりゃいいことさ。だけど頼みの綱が一本じゃ、それが切れたときにすぐ死んじまうぞ。外にも何本が予備の綱を張っとくといい。頼りなく思える綱でもいいから、ないに越したことはないし思いのほか強いかもしれねぇ」
 
 
なんつって、とイゾウは笑って、ホラよと差し出した袋を揺らした。
アンはその手を見つめて、袋を受け取る。
ずっしりと重くて肩が下がった。
 
 
「お前さんが来たときはサンジがいようがいまいが店は開ける。いつでも来い」
 
 
むさくるしいオッサン共もいるかもしれねぇがな、と切れ長の目を細くして、イゾウは踵を返した。
西側から照らす夕日が眩しい。
長い手の先でぶらぶらと果物が入った小さな袋が揺れていて、それがどんどん遠ざかっていくのをアンは見ていたが、背後から来た自転車を避けるために一度目を離したら、同じ姿を見つけることはできなかった。
 

拍手[12回]

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実家に帰省しています。
大雨だったり大雷だったり天気は大荒れですが、必要以上にまったりしています。

便利なことに地元が温泉街なので、いっちにち温泉にいたり。
土用の丑で食べ損ねたうなぎ食べたり。
地元の友人たちと毎年恒例BBQで朝から晩まで煙で燻されたり。
ちうがくせいに勉強教えてみたり。

あー夏だなあっておもうことがたくさんあって、ほくほくした毎日ですがみなさんいかがお過ごしでしょうか。


たっだし、私が最も苦手とする二つ







に脅かされる日々だけが恐ろしゅうございます。

キャー、みたいなかわいいこと言ってられんので、
蝉爆弾や夕立にンギャアアア!!と逃げ惑います、私。


きっとアンちゃんは蝉爆弾も夕立の雷もだいすきです。

@現パロ
蝉の脱け殻を玄関先に整列させて、マルコが出掛けるのをうっきうきして待つ。
「んじゃあ行ってくるよい」
「いってらっしゃい!いってらっしゃい!」
「…なんでお前が張り切ってんだよい」
「別に!」
「…」

すぐばれちゃった。
帰ってくるまでに片付けとけよいって言われて、ぶーってなる。
そんでマルコが帰ってくると、ドアホンやドアノブに一匹ずつ脱け殻が装着してあって、アンちゃん懲りてない。
中でマルコが帰ってくるのをうひうひ言いながら待ってる。

イゾウさんがうなぎ食いにいこうぜ、ってふらっと奢りにきてくれる。
はじめてのひつまぶしにテンションダダあがりのアンちゃん。
一回目はふつーに食べて、二回目はネギ入れて卵入れて、三回目はお茶漬けーイエーイ。
マルコ!超おいしい!!といちいち報告。
ハイハイのマルコ。

雷が鳴り出したら、おぉっとか言って窓から外眺めて、稲妻が走るのを待つアンちゃん。
光がうぜぇからカーテン閉めとけ電気つける、のマルコガン無視で外眺める。
ドンガラガッシャーン!にわざと重ねて叫んでみたりして、マルコに怒られる。
ほんとにマルコが忙しかったらそんなことしないよ。
ちゃんと窓閉めて、音シャットアウト。
雷にシッとかする。

がーわーいーいー(ゴロゴロ

そんな楽しい夏の一幕。


ちなみに、

「んナミっさぁん、天気もいいし浴衣来て祭見に行かねぇ?夜の花火も行こうぜー」
「今日は昼過ぎに気温が今年最高温度に達する猛暑日になって、熱中症で倒れる人が続出、夕方からは南西の風が強くなって夜に向かって激しい雨が降るから花火は中止になるわ。だから行かない」
「んナミしゃあん…」


というカップルもいますよ。
たのしい、たのしいね!



さてさて、私は明日の夜から日曜の朝までTOKYO。
更新はもう少しお待ちくだされー。

拍手[1回]


リバリバ、筆が止まっててごめんなさー。
時間じゃなくて私の余力の問題でした。
あとテンション。
波がくるまで少しお待ちください。

閑話休題みたいなカタチで、Web拍手のお礼におはなしをひとつあげましたん。
マルアンでなんかうだうだしてます。
Web拍手は、パソコンの方は左側のちっさいボタンから。
携帯スマフオの方はいっちゃん最初の目次ページ…にあったっけ?
なかったらまたくっつけときますね。


いやはや。




いろんな方のusjレポを見て私の胸はもうはちきれんばかりよ。

拍手[10回]

オリンピック始まりましたね!
ロンドン!
イギリス!
ブリティッッッシュ!!

食事が不評という噂のかの国ですが、一度行ってみたい。
本場のイングリッシュブレックファーストやアフタヌーンティーも楽しみたいし、
なにより大英博物館にいきたいです。
博物館すきです。

と、そんな国で今年オリンピック開催。
北京からもう4年もたったんだー…と感慨深いですね。
圧倒的時の流れの速さ。
夏休みの昼間にアイスを咥えて立ったままぼーっと北京オリンピック開会式の生放送か再放送かを見ていた覚えがあります。


今年の開会式はまだ録画放送を見てないのですが、ニュースの本文を読んだところにやるとイギリス史をなぞっての進行とイギリス出身有名人によるパフォーマンス。
イギリス史っていつからなぞったんだろ…産業革命?それともアメリカ進出辺り?
産業革命のパフォーマンスとか豪奢そう。
こまつなの専攻のせいか、国をあげて歴史回顧パフォーマンスとか燃えます。


はい、ということで今日のニュースで早速既に銀・銅メダルゲットとの知らせにびっくりこきました。
は・・・はや!
個人競技は早いですね。
スポーツ観戦はあんまりしない上に私が好きなスポーツはマイナーすぎてめったに放送しないので、大人しく結果のニュースだけを見てほくほくするオリンピックになりそうです。


日本人選手の方々がベストを尽くしますように!


とパトリオティズムをちらつかせたところで更新のお知らせ。


10日以上前にこっそりゾロビン…と、2日前にリバリバ9更新しますた。

ゾロビンは、ちょっと、あの…なんだろう、勢いというやつです。
後悔も反省もない勢いというやつです。どうしょーもない。
ノマカプ好きの乱心というやつ。

麦ちゃんずはほんとに、誰と誰がコンビだろうがカップリングだろうが非常に美味なので、
節操なくなります。鬼娘に襲来された類希なる凶相の持ち主の彼より節操なし。

ロビンちゃんといえば、多いのはゾロビンとフラロビがどっこいどっこいくらいでしょうか。
どっちかというとフラロビのが多いのかな…?

フラロビもだいすきです。
だって夫婦じゃん。
オダッチ公認の夫婦じゃん。
彼らの肩幅の差がだいすきです。

とはいえゾロビンもおいしくって、いやはや。
歳の差とか身長差とかロビンちゃんのが上手なことが多くて、いろいろやりにくいゾロたん。
ゾロビンは、はじめゾロが思いっきりロビンを敵視してたかーらーの、エニエスロビー→仲間入りの過程があってからこそ。
敵視してるのを隠しもしないゾロと、それに気付いててどうしようもないロビンがお互い触れそうで触れない一線を保ってるのが華。


好きだとか恋だとかではなくって、キスをしたのは本当に勢いと流れだけですね。
あの二人だから許される。
ていうかゾロとロビンは似てるから、上手くいくときはぴったり噛み合うし、上手くいかないときはとことん上手くいかない。

黙ってれば静かで、きっと穏やかで冷静で、客観視が得意なタイプ。
だけど燃えたら半端ないわよ。


【夜と~】は前振りの話が存在するのか、その後が存在するのか微妙な読み切りでありますが。
機会があれば書きたいです。
機会というのはあるものではなく、ボールに材料を入れて混ぜてこねて作るものだとおもいます。





はい、んでもってリバリバ9も更新デッシュ。


…オッサンうわああああああああああ


ちょ、ちょっとアンタ何やってんの、久しぶりに出てきたと思ったら、なにやってんの。

ほらアンちゃんびっくりしてる!!!



と言いつつも、実はここまでやっと来たか感が満ちております。
これで…やっと半分くらい?

書いては上げ、書いては上げという連載なので先は見えないのですが、
話の中身においては話の中盤にやっと差し掛かったか、辺りです。

イゾウさん、海賊版ではあんまり長身なイメージはないのだけど、
洋服を着せると細いから背が高く見えるのね。
ガタイはサッチやマルコのほうがずっといいから並ぶとまさか同年代には見えない。
というか同年代かいほんとうに。

マルコ・サッチとイゾウが7,8歳くらい離れてて、さらに一回り離れてアンちゃんくらいでもおいしいけれど
マルサチイゾウが同年代というグランドラインもびっくりな歳設定もわたしは好きです。

あとサンジ、サンジね。
ナミさんがいないと彼はどうにもやる気を出さないようです。
ナミさんもいますよ、きっとどこかに。

リバリバにはルフィがいて、つまりは麦わらの一味がいるということを私は忘れていませんよ。
全員参加のしっちゃかめっちゃか運動会みたいなお話を目指しています。



あと、リバリバのアンちゃんの性格が海賊でもなく現パロでもなく、独自の路線を突っ走っていくのが怖くもあり楽しいです。楽しいです。

海賊版の、元気で明るく好戦的、好きなものは好き!嫌いなものはぶっ潰せ!でも一線はあるのよ入ってこないでね、のアンちゃんは、エースと同じくあの生い立ちがあるからこそのアンちゃん。
んでオヤジがいて、マルコやみんながいてこそのアンちゃん。

現パロは、海賊版ほどドシリアスな生い立ちはないから、ただの普通な女の子でいてほしい。
元気で明るくって物怖じしない世間知らずな女の子。オッサンキラー。

んでリバリバのアンちゃんが引いた一線の内側にはサボとルフィしか入れません。
これはなにがあっても、絶対絶対他の人ははいれないし、いれない。
この二人以外に興味はなく、ずっと3人一緒が続かないのなら何もいらない、逆に言えば3人一緒にいるためなら何でもするアンちゃん。
妄信的で自己本位(自己にはサボルフィも含まれる)で、大人になって死ぬまで一緒にいられるわけがない現実もみるのがいやで見えないふりするくらいのずるさもある。
そういうかたくなな心を、外側から切り崩していく大人たちのものがたり(ちがう)。



次の更新は来週の土日を過ぎてからになると思われマッシュ。

明日、私は正念場を迎えマッシュ。

そんな自分を励ますためのリバリバ9更新でした。

ちょうどあと一か月後にはusjプレミアショーが待っています。

その二週間前に、なんと急遽東京のネズミの国へも行くことになっちまいました。

暑さでしねと言われている気しかしない。

usjマイ庭化宣言をしたものの、シビアな理由により挫折する雰囲気が漂っております!!


要するに夏が楽しみだねっていうこと!



みなさんも熱中症と妄想自家発電によるショートに気を付けて。
夏休暇があるおしごとのひとも、夏休みがある学生のひとも、夏休み?ハッ、というひとも、まんきつしませうね!

拍手[3回]

「あぁルフィのお姉様がこんな麗しきレディだったなんて!!」
 
 
金髪碧眼のその男は、胸に手を当てて仰々しい仕草で天井を仰いだ。
目があった瞬間絶叫されるし手の甲にはキスされるし、それはルフィがよく話に出す友達そのままの仕草で、すぐに気付いた。
 
 
「あたしもルフィに聞いてたよ、まだ高校生なのにコックの友達」
「いやあオレはまだ見習いさ、だからここでバイト生活」
「バイトなの?」
「こいつんちはこことは比較にならねぇくらいドデカイレストランだよ。ここに来てんのはただの酔狂だ」
 
 
そうなの?とアンが目で問うと、サンジは顔をしかめてデシャップの隅でタバコの煙を吹き上げている男、イゾウをちらと睨んだ。
 
 
「オーナー、違うっつってんだろ、俺は好きでここに来てんだ」
「お前んとこのジジイが連れ戻しにくるまでな」
「連れ戻しになんてこねぇよ!!」
「にーちゃんでけぇ声出してねぇでさっさとオレの飯作ってくれよ」
 
 
興奮したサンジの声を、サッチがのうのうと遮った。
勢いを削がれたサンジはぶすくれた顔で、「男の飯なんて作る気しねぇ」とぼやいた。
イゾウがハンと鼻を鳴らす。
 
 
「客を選ぶんじゃねぇよ。そもそもここに女なんてめったにこねぇだろうが」
「アンちゃんはなに食べたい?時間的にスイーツかな?それとも何かアラカルトのほうがいい?」
「おいだからオレのメシ作れって」
「はいはいアンタのは適当に作りますよ、で、アンちゃんは?」
 
 
アンは「ん」と口に含んでいたフォークを取り出す。
シーツのようになめらかなチーズケーキはもう半分以上ない。
 
 
「これもらったから…」
「んじゃ、なんかツマミにするね」
「や、夜は家で食べるから」
 
 
ありがとうと遮ると、サンジはしょぼんとわかりやすく萎んだ。
 
 
「んじゃ早いうちに帰っちまうのか」
「うん、ルフィたちのご飯作らなきゃ」
 
 
あぁ、と納得したようにサンジは頷いた。ものわかりがいい。
サンジは鮮やかな手つきで野菜を刻んで、熱したフライパンの上に散らすように入れる。
本物の料理人のようなその仕草に思わず見入った。
目もアンを捉えるときのようなデレッとしたしまりのない形ではなく、しっかりと自分の手の動きと食材を見つめるまっすぐな視線。
たしかルフィより二つ上、つまりアンの一つ下のはずなのに、その目はすっと芯の通った大人びた目だった。
町はずれのデリで少し家庭料理の作れる程度の自分はサンジにとって、サーカス劇団が三輪車に乗れる子供を見るようなものなのだろう。
比べたって仕方ないけど、と内心でぼやきつつも憧憬半分悔しさ半分と言ったところ。
サンジはあっという間にピラフを作り上げてしまった。
差し出された皿にサッチは嬉しそうに手を伸ばす。
 
 
「あいかわらず可愛げのかけらもねぇほどうめぇな」
「褒めるんならもっとまっすぐ褒めろよオッサン。オーナー、暇ならアンちゃんになんか作ってやってくれよ」
 
 
サンジは忌々しげな口調でイゾウを睨む。しかしその顔は口ほど苛立ってはいない。
悪ぶった話し方が癖らしい。
イゾウはアンにちらりと視線を走らせた。
 
 
「ケーキうまかったか」
「う、うん、ごちそうさま」
 
 
アンは皿の上を平らげて、名残惜しげに手にしていたフォークをやっと手放した。
イゾウは満足げにうなずいて立ち上がった。相変わらずまっすぐな樫の木のように背が高い。
あれ、これサンジが作ってくれたやつなんだよな、と思いサンジをちらと見上げると、アンと視線を合わせた碧眼は途端にデレッとゆるんだ。
サンジの手がアンの前から皿を取り上げる。
 
 
「お粗末さん」
 
 
ごちそうさま、ともう一度呟くとサンジははたとアンを見つめた。
不思議そうなその顔に、アンも訳が分からず見つめ返す。
サンジは、あーっと、と失礼を詫びるように眉を下げた。
 
 
「ごめん、アンちゃんってほんとにルフィのお姉様のアンちゃんだよな?」
「そうだけど」
「だよなぁ…」
 
 
サンジは首をかしげつつあごの薄いひげを撫でる。
なんで、と聞き返そうか迷っているうちにサンジが口を開いた。
隣でサッチがもぐもぐと咀嚼しながら二人の会話を興味深げに眺めているのが視線で感じる。
 
 
「や、なんかルフィが言ってる感じとだいぶ違ったから」
「へ、そう?」
「うん、なんつーか、もっと、こう…」
 
 
ガッツ溢れる?とサンジはずいぶん言葉を選んでから答えた。
その口調で、ルフィがいつもアンをどのように人に話しているのか、なんとなく想像がついた。
きっと「人使い荒いし片づけねぇとすぐ怒るしすぐ殴るし寝相は悪いし脚癖はもっと悪ぃ!」とかだ。
そしてそれはあながち間違いではない。
それをそのまま伝えないあたり、サンジのフェミニスト精神がうかがえた。
 
 
「アンちゃんが猫かぶってるようには見えねぇけどなぁ」
 
 
サッチが隣から口をはさむ。
ピラフは粗方片付いたようだった。イゾウにビールを要求している。
サンジはひょいと肩をすくめるように苦笑して、サッチの前から皿を掬い上げた。その仕草も高校生らしくない。
アンは何と言っていいかわからず、おろおろとサッチとサンジに視線を走らせた。
おろおろしているうちにイゾウがアンの前までやってくる。
 
 
「ん」
 
 
細いグラスに、黄色とオレンジ、そして赤が綺麗にグラデーションになった液体が上品に注がれたドリンクが差し出された。
グラスのふちがキラキラ光っている。
アンはその光に目を奪われつつ、差し出されたままに受け取った。
 
 
「すご…これ、酒?」
 
 
到底飲み物には見えない。
磨き上げられた宝石がさらりと溶けて液体になったような美しさだ。
 
 
「いや、ノンアルコールカクテル。酒は入ってねぇよ」
「珍しく立ち働いてると思ったら凝ったもん作りやがって」
 
 
サッチが恨めしげにイゾウを睨む。
オレの酒もそれくらい気合い入れて作れと言っているらしい。
イゾウはそんなサッチの視線を意に介さず、なみなみ注いだだけのビールをどんとカウンターに置いた。
アンは受け取ったグラスを顔の前まで持ち上げた。
ほう、と息が漏れる。
 
 
「この人酒作るのだけは上手いんだ、ほんとに」
 
 
まぁそれはノンアルコールだけどよ、とサンジが自分の手柄を自慢する子供のように嬉しそうにする。
サンジの大人びた顔から一気に無邪気さが現れたが、今のアンはそれに気付く余裕もない。
目の前のドリンクに目を奪われていた。
 
 
「…すごい、海みたい」
 
 
感嘆と共にそう呟くと、隣のサッチも斜め前のサンジも、向かいのイゾウまできょとんとアンを見つめた。
アンは3つの視線に気付くことなくくるりとグラスを回してみた。
下の透明の部分がたぷんと揺れて水泡がきらきら上っていくのを眺めて、うわぁと思わず声を漏らす。
 
波が西日をたっぷりと吸い込んで赤く染まった10年以上前のあの日の海が、今アンの目の前で揺れているようだった。
 
 
「…こりゃああの野郎が聞いたら喜びそうなセリフだ」
 
 
イゾウが可笑しげに喉を鳴らしてデシャップの中の椅子に腰かける。
そこでようやく、アンは顔を上げてイゾウを捉えた。
 
 
「の、のんでも…?」
「もちろん、観賞用じゃあねぇよ」
 
 
そうだった、とアンは手の中のグラスのふちに口をつけた。
ひんやりと冷えたグラスを傾けると、グラデーションの液体がアンの唇に触れる。
氷が入っていないのに、驚くほど冷えていた。
 
 
「…おいしい」
 
 
とろりと甘い柑橘系のシロップと炭酸が口の中で混ざり合う。
さわやかなマンゴーとミントの香りが鼻から抜けた。
アンはもう一度イゾウを見て、おいしいと呟く。
イゾウはぶはっと吹き出した。
 
 
「真顔で女に『おいしい』なんて言われたのぁ初めてだ」
「え、だ、だって」
 
 
おいしい意外になんといったら、とアンは少ない語彙の引き出しを開け閉めして言葉を探したが見つからない。
見つからなかったので、もう一度「おいしい」と言ったらイゾウは端正な顔を歪めて爆笑した。
サンジがおいおいとたしなめる。
 
 
「レディの言葉にそんなあけっぴろげに爆笑すんじゃねぇよ。つーかアンタ顔に似合わねぇんだからそのバカ笑いする癖治せよ」
「しょうがねぇよサンジ、こいつは昔っから笑いのツボが歪んで付いてんだ」
 
 
なぜかわかり合っているような雰囲気の3人の会話についていけず、アンはもう一度グラスの中身をちびちびと飲んだ。
やっぱりおいしい。
 
混ざり合ったカクテルは、やっぱり波立って揺れた海面のようだった。
 
 
不意にアンの右後ろで、キイッと扉の蝶番が音を立てた。
イゾウが顔を上げて、おお噂をすればと目じりの涙をぬぐう。
サンジが「らっしゃーい」と気のない挨拶をする。
サッチは肩越しに振り向いて、驚いたように声を上げた。
 
 
「お前仕事終わったのか!?」
 
 
常連の人かな、とかすかな好奇心が胸をくすぐって、アンは舐めるように飲んでいたグラスとともに後ろを振り向いて、危うくそれを落としかけた。
「終わってねぇよい」としかめ面で吐き捨てるマルコが立っていた。
 
声が出せず、アンはぽかんと口を開けてマルコを見上げる。
目を逸らして背中を向けてしまえばいいのに、それはそれで怪しい気がして、いやそれよりももっと他に違う理由があるような気がしたが、とにかく動くことができなかった。
マルコはサッチからすいとアンに視線を移して、少し目を細めた。
言葉をなくすほどのアンに対してマルコは驚いたそぶりも見せない。
そして断りもなくアンの隣の椅子を引いた。
げっ、とせりあがった声を慌てて飲み込む。
仕方がない、カウンターテーブルには5つしか席がなく、一番右端にサッチ、その隣にアンが座っているのだからマルコが座るのはアンより左しかない。
マルコが腰かけると、深い煙草の香りに混じってどこか湿ったにおいがした。
アンは思わずまともにマルコを見た。
 
 
「外、雨降ってるの?」
 
 
マルコは虚をつかれたのか一瞬目を丸めて、あぁと答えた。
 
 
「さっき降り出したよい」
「すげぇなアンちゃん、なんでわかんの?」
 
 
サッチが空になったジョッキをイゾウにつき返しながら尋ねた。
確かにここは窓もなく、雨の音もしない。
 
 
「なんとなく…におい?」
「におい?」
 
 
そりゃすげぇ、とサッチは新しいビールを受け取った。
自分から話しかけて置いてなんだが、アンはすぐさまマルコから顔を背けた。
まさかあれから2日も立たないうちに顔を突き合わせる羽目になるとは思わなかった。
ああ雨なんてどうでもいいのに、とアンはますます俯く。
 
そうだあたし、何してるんだろうこんなところで。
バレない保証なんてないのに、サボもルフィもいないのに。
 
帰る、と舌先に乗った言葉が転がり出かけたそのとき、右隣から黒いスーツの腕がアンの目の前を横切った。
思わず身を引く。
その腕は、アンの左隣で今まさにマルコがイゾウから受け取って口に運ぼうとしていた浅いグラスに伸びていて、まるでグラスに蓋をするようにサッチの厚い手のひらがその上に被さっていた。
アン越しに、マルコの目が鋭くサッチを睨んだ。
 
 
「…なんだよい」
「お前車だろ?」
「…車は置いて帰るよい」
「ちげぇって、飲む前にアンちゃん家まで送ってってやってくれよ。雨降ってんだろ?」
 
 
アンはぱちくりと瞬いてサッチを振り返った。
サッチは人の好い笑みでアンに笑いかける。
陽光がどんどん溢れているような笑顔だ。
 
 
「な、アンちゃんそうしな。オレ飲んじまったから」
 
 
まさか雨降るとはなあ、傘持ってねぇや、とサッチは大したことではなさそうにへらへら笑って、乗り出していた身体を戻した。
マルコはサッチが蓋をしていたグラスをちらと見降ろして、ため息とともにそれをテーブルに戻す。
座ったばかりだというのに、マルコは立ち上がろうと椅子を後ろに引いていた。
 
 
「ちょ、いい、いいよ!あたし歩いて帰るから」
「お前も傘持ってねぇんだろい」
「でも…」
 
 
仕事も終わってないのに(きっとあたしのせいだ)息抜きに飲みに来て、酒にありついた瞬間邪魔されるなんて気分いいはずがない。
それに、いまマルコと二人になるのは心配がつきない。
マルコの様子を見たところ全く疑っている雰囲気は見えないけど、そのフェイクの顔の下で隙あらばアンを捕まえようとタイミングを見計らっているんじゃないかと、どこまでもネガティブになっていける妄想は止まることがない。
「いい」といった自分の本心がマルコのためなのか自分のためなのか、全く見当もつかなかった。
しかしマルコは、アンの制止にお構いなく席を立つ。
 
 
「すぐ戻るからいいよい。行くぞ」
「えっ、あっ、ちょっと待って」
 
 
アンは掴むように華奢なグラスを手にとって、ああもったいないと思いながら残った半分をぐいっと飲み干した。
さらさらと冷たい液体が喉を通って落ちていくのを早送りで味わった。
 
 
「ごちそうさま!イゾウ、おいしかった、ほんとに!サンジも、ケーキ、ありがとう!お金…」
 
 
一息にお礼を言って、斜め掛けしたハンドバックに手を伸ばすと、それをアンの手の上に触れるか触れないかくらいの位置でサッチの手が押しとどめた。
まるで子供のいたずらをたしなめるようなしぐさだ。
 
 
「奢りっつったろ?付き合ってくれてありがとな」
 
 
にっと歯を見せてサッチは笑う。
アンは言葉に詰まって、困った顔でサッチを見つめ返すしかできない。
本当はアンの方こそサッチにお礼を言うつもりだったのに、先に言われてしまって言葉が出なかった。
サンジが「アンちゃんまた来てね、絶対ェ!!」と言葉尻のわりに穏やかな目で笑った。
イゾウがひらりと手を振る。
マルコはドアの前で、静かにアンを待っていた。
 
 
やさしい、とてもやさしい人たちだ。
3人の世界しかいらないと思っているあたしに、こんなにもやさしい──
 
 
アンは消え入る煙のように頼りない声で、ありがとうと呟いた。
サッチは「また来週飯食いに行くよ」と笑ってくれた。
 
 
 

 
 
車は、大通りから店のある細い通りへ入ってすぐの小さな駐車場に停めてあるとマルコは言った。
店の扉から一歩外に出ると、階下で雨が染み込んだコンクリートの匂いが一層強くなった。
大粒の水滴が地面を叩くばたばたという音が聞こえる。
 
 
「わりぃけど、そこまで走ってもらうよい」
「うん、全然、いい」
 
 
なるほどだから、店に入って来たマルコから雨の匂いがしたわけか。
行きもこうやって濡れて来たに違いない。
駐車場までたった100メートル足らずだ。
距離は問題ないけど、この雨脚だとたったそれだけでぐっしょり濡れてしまうだろうなあと想像した。
しかしここから家まで濡れそぼったまま歩いて帰るより幾分ましかと気を取り直す。
階段を下りて、イゾウの店の下にあるスタジオの入り口で立ち止まった。
なるほど、すごい雨だ。
車で走れば雨で煙って前が見えにくいだろう。
よし走るか、と合意を確かめるようにマルコを見上げたアンの視界は、ばさっと豪快な衣擦れの音がした瞬間暗く閉ざされた。
 
 
「わっ」
 
 
頭からかぶせられた布から、じわりと漂う煙そのもののような煙草の香りがしみだしてきて、それがマルコのスーツの上着だと気付く。
 
 
「行くぞ」
 
 
ちょっと待って、と声を上げようとした瞬間にマルコが立つのと反対側の肩を上着越しに掴まれて、そのままぐっと腕で背中を押された勢いのまま、アンは雨の中に踏み出していた。
 
 
「マルっ…上着…!」
 
 
アンの視界はすっぽり上着に覆われていて前は見えず、濡れた地面を踏みしめる自分のスニーカーしか見えない。
アンの声は雨音と自分たちの足音にかき消されてマルコには届いていないようで、返事がない。
アンに自分の上着をかぶせたマルコの意図がわからないほど馬鹿ではないが、それを黙って受け入れるほど可愛げもない。
アンはマルコに肩を支えられて小走りしながら、雨を吸って重たい上着の下でもがくようにして出口を探した。
見かけ以上にマルコに背中は広いようで、なかなか上着のふちに手がかからない。
すでに半分ほどの距離を進んだだろう頃になって、やっと上着の襟の部分を掴んだ。
えいやあと一気に顔を出す。
隣でぐっしょりと濡れた髪を額に貼りつかせたマルコが、足を止めずにアンを見下ろした。
 
 
「アホか、なんで出てくんだよい!」
「だって上着…!」
「黙って被ってろい!」
 
 
マルコは走るのをやめて、もう一度アンの頭に上着をかぶせようと手を伸ばす。
しかしその前に、アンは肩に引っ掛かっていた上着を外すと素早く丸めるように折りたたんで、ギュッと胸の前で抱きしめるように抱え込んだ。
 
 
「よし行こう!」
「おまっ…」
 
 
すぐさま走り出そうと足を踏み出したアンの隣で、マルコが呆れたように頭を反らせた。
 
 
「被っとけっつったろい」
「だって濡れる…」
「どうせクリーニングに出すんだから一緒なんだよい、ったく」
 
 
つーかもうびっしょびしょじゃねぇか、とマルコはため息とともに額から流れる雨を手の甲で拭った。
上着のことでわたわたしているうちに、アンも頭からバケツで水をかぶったようにぐっしょり濡れていた。
あ、とアンは間の抜けた声を出した。
 
 
「…もう走っても意味ないね」
「風邪はひかねぇほうがいいだろい」
 
 
ほら走れ、とマルコが顎で道を指し示す。
先に走り出したシャツの背中を追うように、アンも重たくなった上着をぎゅっと抱きしめて走り出した。
 
 
飛び込むようにして二人同時に車の中へ逃げ込む。
息が上がったわけでもないのに、しばらくの間車内は二人の微かに荒くなった呼吸音しかしない。
ぴちょん、と可愛らしい音がして、アンの髪から垂れている水滴が座席を濡らしていることに気付いて慌てて腰を上げた。
そして天井でしたたかに頭をぶつける。
 
 
「ぃだっ」
「おい落ち着けよい」
 
 
マルコの呆れ顔はアンが上着から顔を出した時からそのままだ。
思い出して、抱きしめていた上着を広げてみたが、マルコが怒り呆れるのももっともなほど、もうすでにたっぷり湿っていた。
おもむろにマルコが身体をひねり、運転席と助手席の間に手を伸ばす。
マルコの左手がアンが背中を預けるシートの背にかかって、ぎっと軋んだ。
冷たい腕がアンの肩に触れる。
身体を戻したマルコの手には、ビニールで包装されたままの白いタオルが握られていた。
マルコは包装を荒っぽく取り去り、アンにずいと差し出した。
 
 
「拭けよい」
「あ、りがと」
 
 
白いタオルはどこかでもらった備品のようで畳んであったもともとの皺以外はぴんと伸びていて真新しいにおいがした。
おずおずと、アンはとりあえず両腕の水を拭きとっていく。
それから鎖骨の上を流れる水をタオルで押さえて、首を拭く。
不意に、マルコの手がアンの首に伸びた。
えっ、と声を上げる間もなくタオルが奪われる。
 
 
「んなとこよりまず頭拭けよい、水垂れてんだろうが」
 
 
上着のときのようにばさりと頭にタオルがかぶせられて、がしゅがしゅとまるで大型犬を撫でる手つきで髪を拭かれる。
 
 
「あ、そだよな…ごめん」
 
 
そういえば水は髪から垂れていたんだった、としゅんと答えれば、マルコの手の動きが微かに緩んだ気がした。
 
かしゅかしゅかしゅ、とタオルと髪がこすれ合う音と軽く揺らされる頭がどうしてか心地よくて、正面を向いたままアンは思わず目を閉じた。
「自分でできる」とタオルを手に取れば、マルコは訝しむことなくアンにタオルを手渡すだろう。
わかっているのに、そうしないのはなんでだろう。
風呂上りに髪を乾かしてもらう時のように、さわやかで気持ちいい。
全然さわやかな場面じゃないのに。
しかしマルコのほうを向いて拭いてもらうのはそれこそ本当に子どものようで、せめてもの意地というわけではないけど、アンはじっとフロントガラスに対面したまま横向きで大人しく拭かれた。
マルコの手が、アンの右側の首筋に後ろから回り込むように触れて、濡れて貼りついた髪筋を左側にまとめて束ねていく。
長い指が濡れた髪を絡め取るように一度梳いて、タオル越しにギュッと絞った。
タオルに吸い取られなかった水滴がまた、シートに落ちた。
ぺとりと一筋髪が零れ落ちる。
マルコの手がまた丁寧にその髪を掬った。
その拍子にマルコの指が後ろ首に触れて、その冷たさにアンは反射で首をすくめた。
 
そうだ、マルコはまだ濡れたまま──
 
慌ててそれを口に出そうとマルコを振り向いたとき、目の前に濡れた鼻先が迫っていた。
 
 
「──え?」
 
 
声が出たのは鼻と鼻が触れてそして離れた後だった。
触れあったのは冷えた鼻先だけではない。
氷のように冷たくて驚くほど柔らかいものも、同時に唇に触れていた。
 
アンの後頭部を支えていたらしい手のひらが、タオルと共に離れていく。
マルコはまるで何事もなく、アンを拭いてキスをしてその延長線上に自分の身体を拭くのが当然だとでもいうように自身の腕や首の水滴をぬぐい始めた。
 
 
「……え?」
 
 
もう一度声を発するとマルコがアンを振り向いた。
その静かな青い目に射抜かれて、唇が触れたのと同時に視線もぶつかっていたことを思い出した。

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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