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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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深い茶色の、木製の扉を引き開けると中は薄暗く、乾いた空気の中に酒のにおいが混じっていた。
サンジは、入って来た客の姿を目に停めても、ピクリとも笑わない。
女が来るはずはないと分かっているのに、いつまでたっても期待ばかりしているので男の客に愛想はすこぶる悪いのだ。
店内に他の客の姿はない。
平日の夜だろうとお構いなく飲み屋に足を向ける男は多いが、さすがにこの時間になると明日も仕事の男たちは帰り路に着き始めた。
もともと就労時間の定まらないサッチなどの職業だと、こういう夜半にひとりでゆっくり飲むことができる。
サッチはいつものカウンター席について、顔なじみの姿を探した。
 
 
「アイツは?」
 
 
サンジが顎で遠くを示す。
サッチが振り返ると、店の一番隅のソファ席で、シートの上にやたらと長い足を伸ばしてふんぞり返る細身の姿が見えた。
なにやってんだアイツ、と呟くも、サンジはさぁと無関心そうに手元に視線を落とす。
しかしその顔は少し困惑しているように見えた。
 
 
「お前もう日付変わってるけど。帰んなくていいのか少年よ」
「うるせぇ、ガキ扱いすんじゃねぇ」
 
 
だいたいオーナーがあんなだからおれも帰れねぇんだろうが、とサンジは胸元から小さな箱を取り出した。
慣れたしぐさで煙草をくわえるので、サッチは特に何も思わずその様子を眺めていたが、アッと気付いて顔を険しくした。
 
 
「お前いくつだよ、えらっそうなもの持ち歩きやがって」
「説教したいならこんな夜中にだらしない格好で酒飲みに来るんじゃねぇよ」
 
 
なるほどたしかに、今日は仕事終わりでよれたスーツ姿のまま締まらない格好だ。
トレードマークのリーゼントはところどころほつれ、本来ならさっさと家に帰って下ろしてしまいたいところ。
仕方がねぇ、目ェつぶってやる、と言うと、サンジは当然だともいうように深く紫煙を吐き出した。
まったく可愛げのないガキだと零しながら、この店の主の方を振り返る。
イゾウはどこからもちだしたのか、みたこともない酒の瓶を直接口に付けていた。
 
 
「おうイゾウ、お前なに客のふりして飲んでんだよ」
「うるせぇ話しかけんな」
「えらくご機嫌ナナメじゃねぇか」
「だまれ」
 
 
ぴしゃりとサッチの声を跳ねのける。
深い青のライトにイゾウの冷たい声が吸い込まれた。
どうなってんの、とサンジを見るも、サンジは肩をすくめてサッチの前にビールグラスを置いただけだった。
本来なら大きなジョッキで一息に飲み干したいビールだが、この店の細いグラスで飲むビールも悪くはない。
しかしイゾウがこの状態では、サッチはビールしか飲めない。
サンジがビールしか酒を扱うことができないからである。
とりあえず、サッチは一気にグラスのビールを半分喉に流し込んだ。
 
 
「ちゃんとイゾウに店閉めさせっから、お前はもう帰んな」
 
 
軽く唇を尖らせて、だらしない姿のオーナーを眺めているサンジにそう言う。
サンジは迷子のような目でサッチを見たが、黙って黒いエプロンを紐解いた。
反抗的な不良の成り損ないみたいなガキだが、頭は悪くないので従順だ。
サンジはサッチの前で小さなメモ用紙にすらすらと何かを書きこんで、それをサッチの眼前に突き出した。
 
 
「これに作り置いたモンと足りねぇモン、あと今日の客のツケのぶんいくらか付けといたから。あの人に見せといてくれ」
「おーおー、じゃぁよく見えるところに置いといてやってくれ」
 
 
メモをカウンターの真ん中において、サンジはデシャップから繋がる裏に引っ込んでいった。
しばらく、そのままビールを飲んだ。
背中から、イゾウが喉を鳴らして酒を流し込む音が聞こえる。
数分後、サンジが顔を出して「あとはよろしく」と言い置いていった。
ひらりと手を振ってこたえる。
さて、と椅子を回してくるりと方向転換した。
イゾウは来たときと変わらない格好で、ぐびぐびと酒を飲み続けている。
黒い目は正面の壁に据えられていて、サッチのほうを見ようともしない。
それでもじっとイゾウを見ていると、黒い目がギロリと動いてサッチを睨んだ。
触れたら切れて血が出そうな視線だ。
 
 
「テメェ帰れよ。オレァ今日は酒作らねぇぞ」
「期待してねぇよ」
 
 
イゾウはフンと鼻を鳴らして顔を背けた。
シンプルな壁時計が音を響かせながら秒を刻む。
サッチは一つ欠伸をした。
そろそろ日が回って1時間経とうとしている。
 
 
「オレァ、ガキは好きじゃない」
 
 
イゾウは、ぽつんと落とすようにつぶやいた。それも壁に向かって。
やっと話す気になったか、とサッチは椅子に深く座り直してしかとイゾウを見据えた。
イゾウは、サッチに向けた鋭い視線とは打って変わってぼんやりと壁を見つめている。
 
 
「でも女は嫌いじゃねぇ」
 
 
それはまた、とサッチは黙ったまま頭をかく。
それで? と促したつもりだった。
 
 
「賢い女はもっといい。静かだとさらにいい」
 
 
うん、と頷いた。
一概に賛同はしかねるが、ここで反論しても仕方がない。
思うままに話している、というふうにとりとめのないイゾウの言葉をサッチは丁寧に拾った。
イゾウは壁に目を向けたまま、ぽんと問いを投げかけた。
 
 
「アンはどっちだ?」
「アンちゃん?」
 
 
あの子にまた会ったのか、と訊いたがイゾウは答えなかった。
しかし会ったのだろう、イゾウの目は記憶をたどっている。
 
 
「どっちって?」
「賢いのか世間知らずのガキなのか静かなのか騒がしいのか」
「世間知らずでも頭のまわるガキもいるし、騒がしくてバカでも立派な大人もいるだろ」
 
 
反論するかと思ったが、イゾウはじっと壁を見据えて言葉を発しなかった。
力なく、たらんと左腕を体の横に落とす。
アンについてあれこれ考えているらしいこの男に、何を考えているんだ、どうして考えているんだと聞くほど馬鹿らしいことはない。
イゾウは考えていると怒るのだ。
というより、邪魔されたくないので人を遠ざけるように機嫌が悪くなる。
本人に自覚があるのかないのかはさっぱりだが、この習性をとっくに知っているサッチは、待てばイゾウが話し始めることも知っていた。
 
 
「……おかしな女だよなァ」
「アンちゃん?」
「まだ法が守ってくれるかどうかっつーくらいの歳だろ、アイツは。それなのに妙に達観してる。少なくともそう見える。ところがどっこい、表で人と話すときはへどもどしてやがるのに、やたらきっぱり話すこともある。いろいろ諦めたみたいな顔を見せんのに、物欲しそうに見ることも知ってる」
 
 
わけがわからん、とイゾウは不機嫌にそう締めくくった。
 
 
「やけにアンちゃんにこだわってんじゃねぇか」
「お前思わねぇか、アイツ、めちゃくちゃかわいいぞ」
 
 
イゾウはサッチが店にやってきてから初めて、サッチの目を正面から捉えた。
はぁ、とサッチは頷きともため息ともつかない声を出すしかない。
 
 
「かわいんだよなァ、なんか、生まれたてみてぇな感じがする」
 
 
それはまた、なんとも独創的な考えで、とサッチは苦笑と共にイゾウを見た。
イゾウはサッチの視線を意にも介さずに、でも、とつなげた。
 
 
「腹も立つんだよ。わけがわからなすぎて腹が立つ」
 
 
随分勝手な言い分だが、なんとなくサッチにもわかる気がした。
楽しそうな顔、嬉しそうな顔も簡単に見せてくれる。
それでもその裏に何かあることを匂わせる。
それが知りたくて一歩近づくと「ココマデ」と線を引かれる。
強引に割っていくことはできない。
それならいい、そもそも小娘ひとりの事情などどうでもよいのだと割り切ることもできない。
一度ひきつけたら掴んで離さない魅力を、アンは発していた。
可愛くて若い娘なら少し探せば見つかる。
イゾウの言う「かわいい」はこれではない。
アンが内側で大事にしているものが見え隠れする、それがとても大事なものだと分かるから、一緒にアンごと大切にしたくなるのだ。
 
しかしそれをアンはゆるさない。
 
 
「あの子、弟がいんだよ。2人。あ、ひとりは兄ちゃんかもしれねぇ」
「フーン」
「すっげ仲いいの。親とかまったく影もちらつかねぇからよ、多分ずっと3人なんだろうけど。だからかね」
 
 
何がだよ、とイゾウは鼻を鳴らして先を促した。
ふんぞりかえってまったく偉そうにしている。
 
 
「怖ェくらい結託してんの。結託っつーか、団結っつーか、結束っつーか……」
「お前国語弱ぇな」
「うるせっ、ともかく、3人一緒! って意識がすげぇ強ェんだよ。はたから見たら引くくらいに」
 
 
イゾウは酒瓶に手を伸ばしかけて、手の先を方向転換して自分のシャツの胸ポケットに引き寄せた。
ぱた、と胸に蓋をするように手を当てて、煙草が入っているかを確かめている。
サッチが自分の煙草を取り出してやると、黙って受け取った。
シュッと空気が一瞬爆ぜる音がして、赤が灯った。
 
 
「あれも見てて不安になんだよなぁ、オレも。いつまで続くかわかんねぇだろ、兄弟との生活なんてのは。3人もいるんだ、誰か一人が他に行き先を見つけたら簡単に終わるだろ。多分それ、わかってねぇんだアンちゃんは。でもにーちゃんの方はわかってるように見える。いつ終わるかって、びくびくしてんだよあのボウズ」
 
 
思いだして、サッチは少し口角を上げた。
本当はアンを奥深くにしまっておきたいのに、自由もあげたい。
大切にするには、守るにはアンを箱入りにするべきだと思っているけど、それがアンにとって一番いいのかと言われればそうではないとわかる。
そんな交錯する思いを目の奥に潜ませて、サボはアンとサッチを、またはアンとマルコを見るのだ。
 
 
「随分知ったふうに言うじゃねぇか」
「そりゃだってオレ、常連だもんアンちゃんちの」
 
 
そうかよ、とイゾウはサッチの煙草を深く吸った。
咥えた煙草を子供のように口先でひょこひょこ動かした。
サッチ愛用の銘柄のタールでは物足りないらしい。
 
 
「……もっと、他のモンにも目ェむけたらずっといい女になると思わねぇか」
 
 
返事はしなかったが、肯定の意を込めてサッチも火のついてない煙草を口に咥えてひょこりとひとつ動かした。
あぁめんどくせぇ、お前もう帰れよとイゾウは不意に立ち上がった。
そうするよ、とサッチも腰を上げる。
「ったく」とだれに向かってか悪態をつくイゾウの背中にひらりと手を振って、サッチは店の戸を引いた。
ビール代は店主の守をした手間賃としてもらっておくことにしようと勝手に決めた。
「じゃあな」と一言口にする前に、イゾウの方が裏へと引っ込んでいった。
 
まるでお前も青二才みてぇじゃねぇか、と苦い笑いを浮かべながらサッチは階段を下りた。
庇護欲に駆られて手を出しかけた相手が実は得体の知れない化け物だった、そんなふうに見える。
あながち間違ってはいないだろう。
 
先程イゾウが不機嫌にサッチを睨んだ時、その視線が切れそうなほど鋭かったことを思い出した。
しかしイゾウと話をして、切られて血を流しているのはイゾウのほうだと思った。
もしかするとサッチもいつのまにか切られているのかもしれない。
どくどくと流れる血の始末に困って、イゾウは腹を立てているのだ。
そして大の大人二人を切ってしまった鋭い凶器は今、何を思っているのだろう。
 
 
 

 
 
モルマンテ大通りを北上した最果て、警視庁本部。
茶けた石造りの塀がぐるりと取り囲むその中心には、実に現代的なコンクリート造りの高い建物がまっすぐ上へと伸びていた。
塀と建物本体の作りのちぐはぐさは、本部が段階を踏んで建て増しを繰り返し、次々と現代技術を取り込んだ設計へと形を変えていったことを物語っていた。
 
石造りの塀の前に位置づく門番をやり過ごし、本体の入り口でセキュリティーチェックを受け、さらにロビーから各部署へと入る改札のような機械の間を通り抜けたその先に、ようやく警察関係者の仕事場がある。
一般の目に触れやすい低層部は、ざわめきはあるものの比較的穏やかな部署が集まっている。
会計課、交通課、地域課など名前からしても平和な雰囲気がある。
 
それが上層部へと進むにつれて、刑事課というあらゆる『犯罪』を扱う課へと徐々に日常離れした危険の香りのする部署へと様を変えていく。
そして本部の一番頂上階に位置するのが、警視庁総監、エドワード・ニューゲートの部屋だった。
 
本部のエレベーターは、乗り込んだ人間が指図するまま忠実に、3階、4階、5階、と停まっていくが、それとはべつにこの警視庁総監室へと直通のエレベーターが存在する。
マルコは足取りに迷いなく直通エレベーターに乗り込むと、苛立たしげに「とじる」のボタンを強く押した。
太いコードに串刺しにされたようなコンクリートの箱は、マルコを乗せて20秒も経たないうちに17階へと到達する。
エレベーターを降りると、そこには透明の大きな自動扉がぴっちりと閉ざされており、門番が2人、マルコに向かい合う形で立っていた。
門番はマルコの顔を確認して、道を開けるように脇へと退く。
しかしそれで自動扉が開くわけではなく、マルコは自身の警察手帳を取り出して、二枚の扉が合わさる部分にくっついたテンキーのような機器にそれをかざした。
音も立てずに扉が横へと開いた。
 
ガラス扉の向こうで、ニューゲートは珍しく大きなデスクに向かっていた。
マルコの来訪に顔を上げ、目だけでニヤリと笑った。
常人の2.5倍はありそうな背丈と、同じくらいの倍率で巨大な横幅をもつその男の手には小さな紙切れが、反対の手には封筒が握られていた。
どうやら手紙を読んでいるらしい。
マルコは促されることも勧められることもなく、どかりと赤茶色い革の張ったソファに腰を下ろした。
不遜なその態度にニューゲートは嫌な顔をすることはなく、むしろ面白そうに口角を上げただけだった。
 
婦人警官ではなく、ニューゲートの世話をするためだけにこの部屋にいる女性がマルコに茶を運んできた。
目の前に置かれたコーヒーに投げやりな視線を寄越して、マルコは苛立ちをそこに落とすように口を開いた。
 
 
「行政府は話にならねぇ」
 
 
ニューゲートは、指先で扱うようにして手紙を封筒へと戻しながら言った。
 
 
「愚痴を言いてぇだけなら帰んなハナッタレ」
 
 
からかうような声音で言われたその言葉に、マルコは返す言葉を持たずに押し黙った。
もうここ数日この建物から出ていない。
連日入り込む信憑性のない情報を一から調べ上げて、「嘘」と「嘘じゃないかもしれない」の箱に選り分けていく作業には、ほとほと疲れ果てていた。
シャツの襟元はよれているし、ズボンのすそも皺がとれていない。
数日まともに横になった覚えのない身体は、マルコの身体が少しでも弛緩するとすぐさま眠りへとマルコの意識を引っ張り込もうとした。
適度な弾力でマルコを迎え入れたこの部屋のソファも例外ではない。
軋む背骨は、柔らかなソファの皮に寄り添うようにしなって力が抜けた。
 
 
「……手紙?」
 
 
膝に両肘をつけて、顔を覆って泣く女のように手のひらに顔をうずめて、くぐもった声で訊いた。
ニューゲートは、「あぁん?」と返事ともつかない呻きを上げただけで答えなかった。
手にしていた手紙は、いつの間にかどこへやら収納されている。
どうでもいいか、とマルコは深くため息をついた。
 
 
「随分疲れてるみてぇじゃねぇか」
「……オレがこんなに引っ張り出されるような事案は久しぶりだからねい」
 
 
そもそも引っ張り出されて引きずり回されることになる役回りへとマルコを位置付けたのはアンタなんだ、と言外に軽い皮肉を込めたつもりだったが、それも豪快な笑いに吹き飛ばされた。
 
 
「で、参っちまってここに逃げてくるなんざ可愛いところもあるもんじゃねぇか、なぁ、マルコ!」
「……勘弁してくれよい、オヤジ」
 
 
芯の通らないような声を出したマルコを、ニューゲートは物珍しげに見下ろした。
しかしすぐに、気分良さげに大きく息をついた。
マルコのほうも、つい口をついて出た慣れた呼び方に、幾分落ち着きを感じた。
 
 
「それで? あっちはなんて言ってやがる」
「……組織犯罪対策本部は無駄だとほざきやがる。『単独犯』だってのを一本調子に主張して、事案を捜査一課に受け渡せだとよい」
 
 
ハン、とニューゲートは鼻で笑うような息をついた。
マルコはなめらかな手触りのソファに背中を預けて続ける。
 
 
「あいつらは対策本部の分の予算を削りてぇだけだ。一課に渡しちまえば予算は追加分だけで済む。……ああもまともにしてやられておいて、「エース」を単独犯だと言い張るとは、さすがにここまでバカだとは思わなかったよい」
「そう言ってやるなマルコ、人殺しもめったに起こらねぇこの街で、やつらは確かに平和ボケしてやがる。一人も怪我人の出てねぇ現状じゃ、楽観視しちまうのも仕方がねぇ。行政の仕事はほそぼそとカネと政治をやりくりすること、疑うのはこっちの仕事だ」
 
 
ニューゲートはおもむろに立ち上がると、大きな巨体を揺らしてマルコの向かいのソファに腰かけた。
ニューゲートの身体が楽々とおさめられるような、巨大なソファである。
近くにやって来た金色の瞳が、おもしろげに揺れているのをマルコは捉えた。
 
 
「いいかげんに教えてくれねぇのかい」
「何をだ?」
「なんでオレを、たかだか宝石泥棒の連続窃盗ごときで対策本部に放り込んだんだよい。いつもは人事にまかせっきりのことに、オヤジが口を挟んだのは初めてだ」
 
 
じっとまっすぐに金色の光を見上げて、マルコはその時のことを思い出していた。
最初の盗みが起こって、あの銀行が破られたことへの動揺が走る中、すぐさま対策本部を立てろと迷いなく言い放ったニューゲートは、間違いなくこの盗みがまた起こることを見抜いていた。
そしてその対策本部に、マルコお前が行けと言われたときには心底驚いた。
常にニューゲートの右腕、優秀な参謀としての位置づけを揺るがせなかったマルコにとって、たかだか泥棒事件の対策本部に配属されたことは異例の人事だった。
しかしそこでマルコが抵抗を示すことはありえない。
反論を唱えるどころか理由を聞くこともなく、マルコは従順すぎる程従順に従った。
 
警視長が異例の人事を受けて階下へと降りてきたときの警察内部の動揺は推して図るべきというところだが、マルコの指揮力はそれさえもあっというまに収めてしまった。
そうしてマルコが言い放つ通りに対策本部は銀行が破られたその足跡をたどり、次の犯行への対策を立てて予防線もきっちり張っていたところで、また盗みがなされた。
しかも今度は、マルコが伸ばした指の先をあと一歩のところで擦り抜けて。
 
これにはニューゲートも、一本取られたと呟いたが、その声は呻き声ではなく笑い声だった。
ニューゲートはおおらかと言ってもいいほどこの2件をのんびりと迎えていたが、マルコの耳にはひっそりと、ニューゲートへの『不信』や『不備』を訴える声が聞こえ始めていた。
それは言葉を持って音の形で耳へ届くものだけではなく、マルコが肌で感じるものの方が圧倒的に多い。
誰も言葉にして声に出すほど強く思っているわけではなく、またそうする度胸もない。
だがその思いは不安定な形をまとって、空気中を通り抜ける振動のようにマルコにぶつかった。
ニューゲートへのそういった不信をちらりとでも考える人間は警察の外、多少政治状況に興味のある一般人の考えであったり、はたまた行政府の人間であったり、警察内の下部に潜む人間の思いであったりした。
それらの人間はニューゲートがいる場所とは程遠い場所にいるので、ニューゲートが直接その思いを感じ取っているかはわからない。
それでもきっと気付いてはいるのだろう、とマルコは密やかにではあるが思っていた。
それを声高々に糾弾するほど野暮ではないが、気にする素振りも見せないニューゲートに多少のもどかしさを感じるのも、また事実であった。
 
ニューゲートはマルコの問いに耳を澄ますようにじっと息をひそめてから、小さく、ごく小さく声を上げて笑った。
 
 
「心配しねぇでもマルコ、最後のトリはお前にくれてやるよ。オレが直接手を出すことはしねぇ」
「そういう話じゃぁ、」
「オレはな、マルコ」
 
 
不意にニューゲートの声が真剣みを帯びたので、マルコは言葉を飲み込んだ。
 
 
「この件にゃあ黒ひげが噛んでるとみている」
「くろ……、ティーチか……!?」
 
 
じゃあエースの後ろ盾ってのは、と言葉を継ぐと、ニューゲートは静かに頷いた。
 
 
「後ろ盾も何も、エースに道を作って下準備も済ませてやってんのも全部アイツらだろう」
「じゃあオヤジはハナッからエースが単独犯じゃねぇって、気付いてたってことかい」
「ああ」
 
 
マルコは音が聞こえる程、ギリリと歯噛みした。
 
 
「なんで、いつから」
「オレァ、あいつはいつか動くと思ってたんだ」
 
 
マルコはニューゲートの次の言葉を待ったが、当の本人はこれ以上言葉を継ぐつもりはないらしく、ガラス張りの壁から見える17階の展望に、興味もなさそうに目をやっていた。
マルコの口からは続いて問いたいことが飛び出しかけたが、その声音がニューゲートに対する詰問になりそうで、それを押しとどめるためにぐっと固く口を引き結んだ。
ニューゲートはそれを目の端でとらえたのか、事案に対してではなくマルコに対して、笑いをこぼす。
 
 
「今これをおおっぴらにしたところで、対策本部は混乱する、エースへの道は絶たれたまま、黒ひげを追い詰める物的証拠は何一つない。最悪の状態で手のつけようがなくなる」
 
 
違うか? と目で問われて、マルコは黙って視線を伏せるしかない。
ニューゲートの言うとおり、これが明らかにされているなら対策本部はこんがらがりながらも、視点を黒ひげに絞って動き始める。
しかし、黒ひげがそうして追いつめられたところでぼろを出すような組織ではないことをマルコも知っていた。
奴らは今、『ただの市民』として法に守られているのだ。
 
マルコは絞り出すようにして声を発した。
 
 
「……どうするつもりだい、オヤジ」
「これぁオレとお前だけの胸の内にしまっとけ」
 
 
ニューゲートは静かな口調で、しかし判を押すようにしっかりと断言した。
マルコはじっとその目を見上げる。
 
 
「黒ひげにとって、どうせエースはただの『駒』だ。オレたちにその駒を追わせて、その全貌を上から見下ろして笑うような奴だ。だからこっちも今は大人しく駒を追うことに全力をあげる。泳がせられるフリして、オレたちもあいつらを泳がしておく」
 
 
今は、と最後にニューゲートは強く念を押した。
最後に勝つのはこちらだと、ゆるぎない自信を持っている男の前で、マルコは肯定を示して黙って頷いた。
ニューゲートが先ほどまで視線をやっていたガラス窓の外に目をやった。
街を上から一望できる唯一の展望室。
立ち並ぶ色鮮やかな家々は美しかったが、空は一面に分厚い雲が覆っていた。
 
 
「髪飾りは……あと二つだろい」
「あぁ」
「次で捕まえる」
 
 
ニューゲートは答えずに、世話係が持って来た小さなカップのコーヒーを垂らすように口に入れて一気に飲み干した。
なにも言わない目の前の男は、マルコの視線を追うようにガラス窓に目を向ける。
静かな部屋の中、微かに空調の音が低く響いていた。
 
 
「天気が悪ぃな」
 
 
雨が降りそうだ、とニューゲートは口にした。
分厚い雲は黒々としていて、いかにも雨雲という体をなしていた。
こうも暗い雲では、激しい天気になるだろう。
 
 
「雨か」
 
 
マルコが呟いた。
 

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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