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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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どでかい空間の真ん中に立つと、どこからともなく風が吹いてえりあしの髪を揺らした。
平日のパンテオンは数人の観光客がちらちらと歩いているだけで、とても静かだ。
一番広い空間のつきあたりには、白い彫像が立っている。
右側には、馬上の騎士とその取り巻き、彼を鼓舞するように太鼓をたたく鼓笛隊。
左側には手を差し伸べてその先を見上げる群衆。
そして中央に、刀を持った女性像。
似ても似つかないくせに、そのたおやかな顔はナミさんを思い出させた。






恋の振り子は僕に傾く





休みをもらった。
「明日は休みだ、サンジ」そう言われて、えっ、と思わず声が跳ねる。
しかしチーフは、相変わらずの強面にほんの少しの憐憫をにじませて、首を横に振った。


「明日だけだ。悪いが、明後日には出てもらわないと」
「あぁ……そうっすよね、了解」


去り際に肩を叩かれ、照れくさくなった。
同時に、やはり期待してしまったぶん残念で、少し肩が落ちた。
1日で日本へ帰ることはできない。
仕事終わりの午前2時、コック帽を脱いで階上の自室へととぼとぼ昇った。





翌日目が覚めて、時間を確認してからすぐさま電話を手に取った。
短いコール音の後、ぷつんと接続音が小さく響く。


『もしもし?』
「んナミさんっ!おはよう!誕生日おめでとう!!ごめんな、昨日仕事終わったらもう夜中でさ、本当は電話したかったんだけどもう寝てるだろうと思って。メール見た?」
『おはよ、見た見た。ありがとね』


数千キロの距離をつなぐ頼りない電波は、少し呆れた彼女の声を伝えてくれた。
彼女の返事にほっとすると同時に、たまらなく愛しさがこみ上げる。


「ごめんな…帰りたかったんだけど」
『いいわよ、前々から帰れないって言ってたんだし。今は仕事前?』
「いや、今日は休みなんだ。今日1日だけ休みもらえた」
『ふうん、なにするの?』


……なにをしよう。
おれが黙り込むと、ナミさんがふふっと笑う息遣いが聞こえた。


『仕事人間だから、休みもらってもなにしたらいいかわからないんでしょ』
「そうかも」
『観光でもしたら?』
「観光か…そういやこっち来てからしたことねェな」
『えっ、一度も?』
「うん、フランスパンは死ぬほど食ったけど」


もったいない!とナミさんは叫ぶ。


『せっかくだからいろいろ見て回ってきなさいよ』
「えぇ…一人で?」
『意外と息抜きになるかも』


ナミさんがそういうなら。
そう言うと、彼女は「いってらっしゃい」と笑った。
そのときのナミさんは、きっとびっくりするくらいやさしい顔をしていたはずだ。





部屋着以外の私服に久しぶりに袖を通した。
自室を出ると、向かいの部屋からちょうどアランが顔を出したところだった。
これから仕事へ向かうアランは、私服のおれに目を留めて、「珍しい、休みか?」と片眉を上げた。


「あぁ、急にな」
「へぇ、出かけるのか。デート?」
「黙れクソ野郎」


ナミさんの存在を知っているくせに軽口を叩く男を睨むと、アランは涼しい顔で肩をすくめて、おれの前を通り過ぎて行く。
出ばなをくじかれたような気分で、部屋を後にした。


煙草をくわえて歩きなれた道を行く。
呆れるくらいそこらじゅうにあるパン屋とカフェの中から適当に一つを選び、コーヒーとパニーニを買った。
歩きながらパニーニをくわえ、むしゃむしゃと食べる。
ドレッシングが少し濃い。
しかしレモンの酸味が効いている。
口の中に、ゴロンと大きなオリーブの実が転がった。
噛みつぶすと、じゅわりと瑞々しく美味かったが、オリーブが苦手なナミさんは食べられないだろう。
ナミさんは、おれがサラダに和えたものしかオリーブを食べない。
カフェのサンドウィッチやサラダに入っているオリーブを、眉をしかめていつもおれの方へ寄せていた。
「オリーブはお肌にいいんだぜ」と促すと、彼女は「じゃあサンジ君が料理してよ」となぜか怒った顔で言っていたことを思い出す。

食べ終わった後のパニーニの包み紙をくしゃくしゃと潰し、おれはメトロに乗るために階段を降りた。



パリの街中を入り乱れて錯綜するメトロをいくつか乗り換えて、かの有名な塔を目指した。
メトロの駅から地上に顔を出すと、もうすぐそこに塔の上半分くらいが見えている。
その足元を目指してぶらぶらと歩いた。
塔に登るつもりはなかった。
ひとりで街を上から見ていたって、高ェな、とか、あの辺が店だな、とか、至って無機質な感情しか芽生えないことがわかりきっていたからだ。
塔の正面には、だだっぴろい芝生の広場が広がっている。
平日の午前、人は多い。
学生、子供連れ、若い夫婦。
芝生の上になにも敷かずに座り込み、飲み物や食べ物を広げてわいわいとやっていた。
誰もたいして塔を見上げてやしない。
飲み干したコーヒーの紙コップをその辺のゴミ箱に捨て、煙草に火をつけた。
これがナミさんの言う、観光なのか?と改めて考えると、何か違う気がした。
せめてここに彼女がいればな、と恨めしく塔を見上げた。
離れた距離と思いの大きさは比例も反比例もしない。
わかっているが、会えない時間は無情にも刻まれていく。
ナミさんが耐えると決めたのだ、おれも耐えねばならん。

結局塔の下周辺をうろうろとして、煙草を3本ほど灰にした。
足が疲れたが、この際だから行ってしまえとメトロに乗ることなく歩き続けた。

この街には、一本大きな川が蛇行している。
街を半分に割るその川沿いを、相変わらずぼんやりと歩いた。
平日の真昼間でも、カフェのテラスにはビールやワインを飲む連中がちらほら見られる。
時折知った顔に出会い、飯をどうだと誘われたが丁重に断った。

ナミさんの誕生日に、たとえ野郎とであれ、他の誰かと一緒に過ごすことに不義理を感じたのかもしれないし、ちがうかもしれない。
ただ今日はひとりでいたかった。
傍にいるのは彼女がよかった。


何度か橋を横目に通り過ぎた。
橋の両側の柵は、金銀の南京錠で埋め尽くされている。
上手いこと言ったもんだ。
恋人と一緒に、南京錠を橋の柵に取り付け、鍵をかける。
そしてその鍵を川に捨ててしまうのだ。
そうすればその恋人たちは永遠に一緒と、そんな噂ともまじないともつかないジンクスがある。
橋の中央には南京錠を売る露天商の姿が見えており、観光客がいい金づるになっていることはあからさまであるにもかかわらず、南京錠はどんどん増えていく。
川の中に沈んだ鍵も、どんどん増えていく。
いつか錠の重さで橋が落ちてしまうかもしれない。
その場合、鍵をかけた恋人たちはどうなるのか。


気付けばずいぶん歩いていたようで、目の前に有名な大聖堂がそびえたっていた。
さすがに疲れたのでどこかへ入ろうと辺りを見回した。
学生街が近い。
相変わらずパン屋もカフェもアホほど多いが、学生街には安くてウマい店が多い。
そういや欲しい本があるんだったと思い出し、最後の煙草に火をつけて学生街へと足を踏み入れた。




なじみの本屋へ顔を出すと、愛想のいい老婦人が声をかけてくれた。
毎月出版される料理雑誌を買い、婦人と立ち話をする。
観光しているのだと言うと、あんた何年ここに住んでるのと笑われた。


「パンテオンには行った?」
「いや、行くつもりは」
「もうすぐそこなんだから、見てきたらどう?」


パンテオンか、と店の外に目をやった。
偉人が眠る巨大な廟のようなそれ自体に興味はない。
しかし時間はある。


「近いんだっけ」
「ほんの5分程度歩けばつくよ」
「んじゃ、行こうかね。ありがとうマダム」


店を出ると、大学の校舎やアパルトマンの隙間から、どでかい石造りの屋根が覗いていた。
なるほどすぐそこだ。
ちらりとのぞくそれを目印に、横断歩道を2つほどわたり、パンテオンを目指した。
近くまで来ると、なるほどさっきの塔ほどの高さはないが、立派なもんだ。
建物前の真っ白な階段が、照り返しでひどく眩しい。
受付で金を払い、中に入った。
入り口付近は薄暗かったが、中はわりと明るい。頭上から光が入っている。
数枚の絵画が、壁に飾られていた。
ぼんやりとそれを見上げながら、通路を進む。
だだっぴろい空間が広がっていた。
床には円形の文様が彩られており、正面には絵画と彫像が立っている。
たしかここに、有名な実験に使われた振り子がそのまま残されているはずなのだが、見当たらない。
見当たらないような大きさのモンじゃねぇはず、と受付で受け取った冊子をぱらぱらとめくっていると、背後からおれを追い抜いて行った観光客が「振り子は修理中だ」と話しているのが聞こえた。
なるほど、まぁそんなもんだ。

なめらかに続く床の中心に断ち、真上を見上げると目が回りそうだった。
遠くから細々と人の話し声が聞こえる。
世界の偉人達がこの地下に眠っている。
足の裏がひんやりと冷えた。
とても心もとない。
ナミさんに会いたいな、と思った。


「お兄さん、ひとり?」


不意に背中に声がかかった。
振り向いて、ふらりと足元がよろめく。
上を見上げていたから立ちくらんだのだ。
頭上から降り注ぐ日の光の下、ナミさんは少し得意げな顔で立っていた。


「え?」


ナミさんはにまにまとおれを笑っている。


「お兄さん、おひとり?」


彼女は確かに、フランス語でそう言った。


「……ナミさん?」
「来ちゃった。びっくりした?」


そう言って歩み寄る彼女はとても身軽で、Tシャツにショートパンツ、肩から小さなショルダーバッグを一つ提げているだけだ。
いつまでもぼうっとしているおれに、ナミさんが「ちょっと」と口を尖らせる。


「せっかく来たのに何よその反応は。嬉しくないの?」
「えっ、いや……え?本当にナミさん?」
「じゃなかったらなんなのよ」
「いやいや……いやいや待って」


ごくりと生唾を飲み込み、乾いた咥内が余計にかさつく。


「な、なんで?」


おそるおそる問いかけると、ナミさんはにまーっと可愛らしく口角を上げた。


「サンジ君にお休みくださいってお店に電話したの」
「えっ、うちの?」
「そう。そしたらいいよって」
「いいよ……」


突然舞い込んだ休日の真相があまりにあまりだったので、思わず言葉を失う。
ナミさんはするりとおれの腕を取った。


「さっ、どこ行く?私もう明日帰るの。サンジ君も明日は仕事でしょ」


おれと腕を組むナミさんを呆然と見下ろすと、彼女はまた顔をしかめた。


「いい加減シャキッとしなさいよ!半日しかないって言ってんでしょ!」
「ハイッ!」


思わず背筋を伸ばしたおれに、ナミさんは満足げな顔でヨシと言う。

どうしてナミさんがここまで来てくれたのかとか、なんでこの場所で出会ったのかとか、そもそもおれの休みはそんな簡単に取れるもんだったのかとか、いろいろ不可解なことは多かったが、腕に当たるナミさんの柔らかさにそんなものはすべて吹き飛んだ。

「そうだ」と呟いて、ナミさんはごそごそとカバンから雑誌を取り出した。


「私ね、これ見たいの。別に観光地じゃないんだけど。橋にいっぱい鍵がついてるんでしょう?」


別に私たちもしたいとかじゃなくて、と小声で言い添えた顔はほんのり赤い。


「こりゃ、橋が落ちるどころの騒ぎじゃねェな」
「なに?」
「いやいや」


行こうか、と彼女の身体を引き寄せた。

拍手[38回]

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(更新お待ちくださってどうもありがとうございます)




世のサンナミストならば誰もが知る

BLUE FORESTの管理人konohaさま

ご縁があって、konohaさまといくつかコラボした作品を書かせていただきました・・・
生きているといいこともあるもんです。

それらを以下でまとめようとおもいます。
ネット上で読めるものはすべてkonohaさまのサイトに掲載していただいておりますので、
上記リンクからkonohaさま宅へ遊びに行ってくださいませ~。

(indexにつながりますので、注意書きをお読みになってからバナークリックで入場)


以下が作品たちですが、時系列になっております。+ネットでは読めない紙媒体も含まれます。




いただいた年賀状(konohaさま)+それにまつわる小話(こまつな)

 →BLUE FOREST→バナークリックで入場→
 →「サンナミ」リンクから「サンナミ絵」クリック
 →「S 2014年賀状」

 で、konohaさまのお年賀絵をたのしめるスンポー。
 で、下部の追記から、私の小話へ繋がります。




So Deep」にゲスト寄稿させていただきました。
 「So Deep」はkonohaさまが2014/5/4のスパコミで出されたサンナミ漫画(R-18)で、
 現在はサイトで自家通販されております。(B5/P40/400円)
 私が寄稿させていただいたお話は全年齢向け。
 詳細はオフラインページをご覧ください。

 →BLUE FOREST→バナークリックで入場→
 →「オフライン」で詳しい通販の説明ページへ続きます。
 ※大人向けですので、注意書きをよくお読みください。




拍手絵「壁ドンキス」
 これは私が滾って滾って滾ってしゃーないkonohaさまの拍手絵に、
 勝手に小話を送りつけたらなんと一緒に拍手に飾って下さったという
 私の失礼とkonohaさまの愛を物語るコラボです。
 
 →BLUE FOREST→バナークリックで入場→
 →かわいらしいサンジがわーわー叫んでいるウェブ拍手ボタン からおねがいします。
 



さんなみ時計
 Twitterにてサンナミストが有志で参加し、
 各時刻をイラストや文章で報告するという素敵アカウント(主催:相澤萌さま)
 そこでも、konohaさまとイラストと文章で時刻をお知らせさせていただいてます。
 こちらは我が家での掲載許可をいただきましたので、リンクはこのサイトのページに繋がっています。
 あ、上記のコラボもkonohaさまはうちに載せていいよーとおっしゃってくださんですよ。
 わざわざリンクをつなげたのは私のわがままですのであしからず。

 →さんなみ時計


ぜんぶほしい GLC7無配小説
 私がイベントで配った無配小説に、konohaさんがイラストをつけてくださいました。



我が家に遊びに来て下さっているミストさまと、数年来の猛者だぜ!という古くからのkonohaファンが繋がったなら無上の喜びです。

どうぞkonohaさんと私のしあわせなご縁が、他のミスト様へも伝染しますように!!


(リンクの掲載はすべてkonohaさんの許可をいただいておりますゆえ)

拍手[7回]

夢を見ている。
 
白いあぶくが浮かぶ水色の世界、視界の上から差し込む白い光の筋に照らされて、キラキラと光る水の中。
いろとりどりの鱗が太陽の光を吸い込んで、眩しくひらめいては素早く水の中を移動する。
その海の中には世界が溢れていた。
東も西も、北も南も、グランドラインの前半も後半も、まだ誰も見知らぬ海も、そのそれぞれに住まうすべての魚が生きている。
生命力にあふれて、水しぶきが音を立てて弾ける。
 
私の衣装箱にきらびやかな洋服が詰まっているように、その海には世界中の料理人の夢が詰まっている。
私の宝箱が蓋を閉じていてもキラキラと輝くように、彼らのまぶたの裏に描かれたその夢は褪せることなく輝いている。
 
彼は夢を見ている。
世界中の青色をぶちまけた奇跡の海を夢見ている。
 
 
 

 
 
身動きを許さない締め付けに身じろいで、目を覚ました。
薄目を開けて、突然入り込む光の刺激に備える。
しかし飛び込んできたのはまだほの暗い景色だった。
きめの細かい肌が目の前にある。
しっとりと湿った汗のにおいと、人のにおいがする。
サンジ君のにおいがする。
 
目の前に現れたのは、彼の鎖骨だった。
なめらかな肌は少し汗ばんでいるようだ。
私も汗をかいている。
暑いというのに、彼は私を抱き込んだまま眠っている。
なにも着ていない肌と肌が触れあって、熱が行き場をなくしてぼんやりとそこにある。
 
のどがかわいて、私は彼の腕を持ち上げようともがいた。
 
 
「んんっ、よいしょっ」
「……ナミさん……?」
 
 
ぎしっと木のベッドが軋んで、いやらしい音を立てた。
サンジ君の顎髭が、ざらざらと私の額をかすめる。
 
 
「どこ行く……」
「のどかわいた。お水飲んでくる」
「待って……」
 
 
サンジ君は離れた私の身体を探すように手を動かして、私の腕を捉えた。
 
 
「ナミさん……キス……」
「ンもう、寝ぼけてないで離して。すぐ戻ってくるわよ」
「いやだ……」
 
 
サンジ君は私の腕を強く引き、やっとのことで腕の下から逃れた私をまた彼のもとへと引きずり戻した。
汗のにおいが強くなる。
雄のにおいがする。
 
 
「ナミさん……」
 
 
サンジ君は目を閉じたままだった。
目を閉じたままにもかかわらず、私の上に乗ってくる。
顔を近づけて、私の唇を探している。
ついでに彼のいけない手が、私の肌に吸いついてくる。
ゆっくりと肌を押されるように触れられて、背中が粟立った。
唇がくっついて、離れて、頬に移動してまたくっついて離れる。
彼の手が両胸の真ん中を割るように動き、へその辺りを撫でた。
もう片方の手が太腿の裏に触れた。
 
 
「あ、ばかやめろ」
「ナミさ……」
 
 
サンジ君はさっきからそればかりだ。
相変わらず目を閉じたまま。
長い右側の前髪が頬に触れてくすぐったい。
懐かしい右目がちらりと見えたが、そちらも瞑ったままだった。
 
 
「ねえ、しないわよ、もう疲れたもん」
「いやだ……」
「いやだじゃないっ」
 
 
ゴンと彼の脳天に軽く拳を落とすと、彼の頭がカクンと私の胸の上に落ちて、「う」とひとつ呻いた。
しばらくの間、動きも音も停止した。
 
のろのろと彼の頭が動き出す。
頭をもたげた彼の目が相変わらず閉じたままだったので、私は思わず噴き出した。
 
 
「やだ、まだ目覚めないの?」
「クソ眠ィ……あぁ……」
 
 
威嚇する動物のような低いうなり声をあげて、彼はまた私の唇を求めた。
 
 
「ナミさん……ごめ……」
 
 
謝りながら彼の手は私の太腿の内側へと侵入してくる。
乾いたはずの場所が、また泉のように湧くのが自分でもわかった。
サンジ君にもわかったはずだ。
彼が嬉しそうに熱い息を洩らした。
私も同じくらい熱い息を吐いて、彼から顔を背けた。
私たちを取り巻く空気がぬめりを帯びる。
 
 
「のどかわいたって、言ってる……」
「あとで……」
 
 
サンジ君はそのまま、夢とうつつの間をさまよいながら私に埋もれた。
私は呆れ顔をさらしたにもかかわらず、既にカラカラの喉で、また、恥ずかしいくらい大きな声で啼いた。
 
 
 
 

 
 
「ごめんなさい……」
 
 
サンジ君はベッドの上にきちんと正座して、ぺしょんと項垂れた。
私は体を起こすのもだるく、枕に頭を預けたまま「もう」と口を尖らせる。
 
 
「信じらんない。半分寝たままなんて」
「や、起きてたよ、ほんとに……」
 
 
頼りない声でそう言いながら頭を掻く。
乗せられてしまった手前それ以上言い募ることもできなくて、「もういいけど」と私はそっぽを向いた。
伸びた髪が、汗で湿って肩に張り付いている。
首筋がべたべたして、髪が絡まっているのも増して気持ちが悪い。
寝ころんだまま、猫のようにつま先まで伸ばしてううんと伸びをした。
 
 
「つらいけど……シャワーしてこようかな」
「手伝う?」
「あんたの鼻血で汚れるから、いらない」
 
 
サンジ君は恥ずかしそうに片手で鼻のあたりを押さえて、えへへと笑った。
 
 
「ナミさんかわし方が大人になったね」
「そ?」
「昔だったら、『いらないわよバカっ』とか言われてた」
「そうかしら」
 
 
そうだよ、とサンジ君は垂れた目を細くした。
まだ見慣れない左目も右目と同じくらい、緩く下がっている。
こうしてまだうつうつと眠そうな空気に浸っているサンジ君は、大人しい大きな犬のようだ。
細い金髪が伸びたせいか、くるんとところどころ跳ねているのが愛らしい、本当に犬のようだ。
私はシャワーに行くと言ったくせに、やっぱり体を起こすのがだるくて、寝ころんだまましばらくサンジ君の顔の辺りをぼんやり見上げていた。
サンジ君が気付いて、目に気遣わしげな光を宿す。
 
 
「ナミさんだいじょうぶ? やっぱりオレ、無理させちまった?」
「ううん、そうじゃないの……」
 
 
そうじゃないのよ。ただ……
 
 
「ただ?」
 
 
サンジ君は優しい目で、私の隣に肘をついて顔を寄せた。
鼻の先と先が触れあう。
 
 
「サンジ君も変わったわ」
 
 
彼は一瞬キョトンと目を丸め、すぐにはにかんだような顔を見せた。
 
 
「変わるように、努力したからね」
「そうなの?」
「そうなの……」
 
 
サンジ君は思いを馳せるように仰向けになり、天井を見上げた。
そしてすぐ、ぶるるっと身を震わせる。
 
 
「もう戻りたくはねぇけど」
 
 
そうしてまたこちらを向いた。
 
 
「ナミさんは、ますます魅力的になってるし」
 
 
私がゆっくり微笑むと、サンジ君は一瞬さらに目を細めて私を見た。
 
 
「野郎共は揃ったし」
「そうね」
「もう怖いモンなしさ」
「そうね……」
 
 
そう言いながら、私は目を閉じた。
2年前だって、私たちは怖いモンなしだと思っていた。
自分たちがこの海で一番輝いていて、一番運が良くて、一番楽しいやつらだと信じていた。
ちっとも疑わなかった。
だって、2年前のあの日まで本当にそうだったから。
 
ルフィに手を伸ばした瞬間を覚えている。
涙を散らし、「たすけて」とみっともなく手を伸ばした。
ルフィはすごい形相で、歯を食いしばり、大きな黒目を見開いて私の名を呼んだ。
ルフィの指先が私の指先をかすめた瞬間、猛烈な風圧に意識が飛んだ。
 
サンジ君は「戻れ」と叫ぶ船長命令を無視して、駆け出した。
弾き飛ばされても向かって行った。
消えたブルックに手が届かなかったことに頭を掻きむしり、目と鼻の先で消えたウソップにきっと驚きも悔しさも感じる間もなく、彼も飛ばされた。
 
私たちは誰も助けられず、自分さえ守ることができず、一番だと信じてきた全てが呆気なく崩される様を突きつけられた。
 
きっとこれからも、似たようなことに何度もぶつかる。
そのときもまたぼろぼろと、私たちは崩れていくかもしれない。
 
 
「サンジ君」
 
 
彼の頬に手を伸ばした。
サンジ君は目を閉じて、好きなようにさせてくれる。
 
 
「サンジ君」
「なに」
 
 
頬から首に手を滑らせて、そのまま後ろまで伸ばし、彼の頭を引き寄せた。
両手で彼の頭を抱えて、まるで犬や子供にするように頬をすり寄せる。
薄いひげが痛かった。
私の髪が邪魔だった。
それでも構わず私は彼の頬に自分のそれをくっつけ、生暖かい体温を感じずにはいられなかった。
 
少し伸びた背。
厚くなった胸板。
私を抱きしめる力も強くなった。
 
 
「サンジ君……」
 
 
この人を連れて行かなければいけない、と思った。
どこにあるのかもわからない、世界の果てへ、夢の先へ。
実在するかもわからない、奇跡の海へ。
 
 
サンジ君は気持ちよさそうに目を閉じて、私に頭を預けてくれる。
よしよしと頭を撫でてみると、彼の口もとがむずがるように動いた。
シャワーはまたあとね、と耳元に言葉を落とし、彼の頭を抱きかかえたまま私も力を抜いて、ベッドに沈んだ。
 
 
次に起きたら一緒にシャワーを浴びて、少し慌てて朝の準備をして、みんなにおはようを言わなければいけない。
私が風を読むから、サンジ君は温かいごはんを作って。
 
奇跡の海までもう少し。
 
 

拍手[49回]




カッ、カッ、カッ、と細いヒールがわざとコンクリートの床を痛めつけようとするかのように高い音を鳴らす。
かかとの高いパンプスの少し暗めの茶色は、彼女のオレンジの髪を余計明るく際立たせた。
 
 
「んなぁ~、ナミさーん」
 
 
カッ、カッ、カッ、と淀みない足取りでナミは歩き後ろを振り返りもしない。
薄い灰色の、かぎ編みのマフラーからはみ出た彼女の短い髪の毛が歩調に合わせてぴょこぴょこ跳ねる。
その動きが、まるで怒っているみたいだ。
いや、怒っていることは確かなんだけど。
彼女は足取りを緩めることも、サンジの声に振り向くこともせず歩き続ける。
ああ、とポケットに手を突っ込んだまま寒空を見上げた。
そろそろ夕暮れ時だ。
今日はあまり天気が良くなかったが、夕日だけはかろうじて見えた。
西の空がほんのり赤く染まっている。
 
喧嘩なんて些細なことをきっかけに、たやすく沸騰する。
理由はわからない。
ナミに言わせると、わからないことが既にダメ、らしい。
 
女の子の気持ちには敏感なつもりだった。
喜ばせようと計らったことはたいてい思い通りに事が運び、見たいと思った笑顔をちゃんと手に入れられる。
 
それがどうだ。
 
ナミのことになると途端に手に負えない。
あっちこっちする彼女の心についていくので精いっぱいで、強い人だと思って感心していればちょっとしたことでぽきりと折れてしまうこともある。
守ろうと体を張れば彼女はしたたかに立ち上がる。
そして振り向いて笑うのだ。
 
──バカね、サンジくん。
 
 
そんな顔をされてしまえば何も言えない。
そうやって振り回されることが少し楽しいんじゃねぇの、と言われたら否定できない。
 
それはともかくとして。
いま彼女は怒っている。
きっと、いや、絶対、オレに。
 
サンジは左手にぶら下げた紙袋をちらりと見下ろして、またため息をついた。
するとナミがぴたりと立ち止まった。
俯いていたサンジはそれに気付かず、ナミにぶつかる寸でのところで立ち止まった。
目の前でふわんと揺れた髪の毛から微かな甘い香りが鼻腔をくすぐった。
 
もしかして許してくれんの、と顔がほころびかけたそのとき、ナミが勢いよく振り向いた。
だめだ、怒ってる。
 
 
「なんでアンタがため息つくのよっ!バカ!」
 
 
ナミは見上げざまに言葉をぶつけるように放つと、またくるりと踵を返して歩き出した。
虚を突かれて、しばらくその場に立ち尽くした。
ナミの背中はどんどん離れていく。
 
ああ、とまた空を仰いでしまった。
だって、わからないものはわからないんだ。
彼女の気持ちなんて。
わかりたくても教えてくれないんだから。
左手にかかる微かな重さがむなしい。
 
 
 
今日はバレンタインだ。
街の中は腕を組むカップルか、小さな紙袋を片手に提げ頬を染めて歩くレディたちであふれている。
例にもれずサンジとナミも今日はデートと銘打ってふたりで街に出かけた。
 
サンジは今年も、バラティエの厨房ではなく自宅のキッチンを使ってチョコレートを作った。
毎年ルフィが、サンジが持ってきた大半をあっという間に平らげてしまうが、ナミのだけはきちんと別に用意してある。
オレンジピールを混ぜ込んだプラリネショコラ。
チョコはビターとミルクをブレンドした。
素材は店でも使う一級品。
 
毎年と言っても、やはり今年は去年とは違う。
今年は彼女が隣にいる。
断りなく手をつなぐことができる。
なんならキスだってできるはずだ。
それなのに。
 
 
『んナミさぁん!はいっ、オレから愛のカタマリをプレゼント!』
『…バレンタインだから?手作り?』
『そだよ、今年も頑張っちまった』
 
 
デートの途中、お茶をしに入ったカフェでチョコレートを渡した。
ナミは渡された箱をテーブルに置き、じっと見つめている。
開けて開けてと促すと、ナミはしゅるりとリボンを紐解いた。
我ながらよくできたと思っていた。
いつもなら、キャアと可愛い悲鳴を上げて笑顔を見せてくれる彼女がそのときは黙ったままだった。
一瞬、アレ、とよぎった不安も、もしかして感動でうち震えちゃってんの?と調子のいい憶測を思いついて再び口を開く。
 
 
『これな、プラリネショコラなんだけど中にオレンジピールとナッツを混ぜ込んであってナミさん用にしてあんの。ちょっぴしリキュールも入っててな、コアントローっつってみかんの皮の…ぶっ』
 
 
冷たい紙袋がサンジの顔面に張り付くようにぶつかった。
紙袋が顔から膝にずり落ちるまで、何が起こったのかわからなかった。
視界が開けると、歪んだナミの横顔が見えた。
え、なんで。
 
 
『バカ!知らない!』
『え、ちょ、ナミさん?』
『帰る!!』
 
 
ナミは渡されたチョコレートの箱をテーブルの上に置いたまま、自分のカバンをひっつかみ本当にカフェを出ていく。
サンジはその後ろ姿をぽかんと見送り、自分がいかにまぬけ面をさらしていたかに気付いて慌ててナミを追いかけた。
渡したチョコレートを再び紙袋に収めるのを忘れない。
バレンタインなのに…という周囲の視線が痛かった。
もどかしさに歯を噛みしめがら急いで会計を済まし、慌てて店を飛び出した。
 
 
 
 
 
立ち止まって上を向いていた顔をナミへと戻すと、どんどん遠ざかっていく小さな背中が20メートルほど先の橋の上でぴたりと止まった。
それに気付いて、サンジは外国の映画で見るようなしぐさで額に手を当てた。
「オゥ…」と声が出てしまった。
小さな背中はますます小さくなり、オレンジの頭は俯いている。
きっと形のいい唇をかみしめて、自分のつま先を睨んでいるに違いない。
背中に「なんで追いかけてこないのよ」と書いてある。
こういうことをするからオレはいつまでたっても離してもらえないのだ。
離れる気なんてさらさらないが。
 
サンジは足早にナミの背中に近づいた。
 
 
「ナミさん、ごめんって」
「…理由もわかんないくせに、簡単に謝るんじゃないわよ…」
「そうだけど」
 
 
それ以外にどう言えって言うんだ。
 
 
「な、ごめん。こればっかりは本当オレわかんないよ。オレ何がダメだった?」
 
 
チョコは嫌いじゃないはずだ。
プラリネショコラが嫌だったんだろうか。
いや、彼女はそんな小さなことでいちいち腹を立てたりしない。
…いや、小さなことでよく怒りはするがすぐに収まる。
こんなに長引かせたりしたことはなかった。
 
俯いたナミの肩からマフラーの先が流れ落ちた。
それと同時にナミの顔を覗き込み、ぎょっとした。
 
 
「な、泣くほど!?ぅえ、ちょ、待ってナミさ、」
 
 
ナミは唇をかみしめて、口げんかに負けた小さい女の子のように震えながらぽろぽろ涙をこぼしていた。
 
 
「…ま、待って!ここじゃなくて……オレんち!オレんち行こう、ナミさんちより近い」
 
 
なっ?と問いかけてもナミは顔を上げず立ち尽くしている。
日はもう半分は沈み、あたりは薄暗く人の顔が見にくくなってくる時間帯だ。
もういいやと強引に腕を掴みサンジが歩くと、ナミもおぼつかない足取りで付いてきた。
ああもう今日は、なんなんだ。
 
 
 

 
 
「落ち着いた?」
 
 
顔を覗き込むように尋ねると、未だ目を潤ませたままこくんと頷いた。
赤い目に赤い鼻のままだがとりあえず泣き止んでくれた。
しかし泣き止んだら泣き止んだで、まだ怒りは収まっていないらしい。
ナミの目はサンジを見ようとしない。
 
ナミをベッドに腰掛けさせて、自分は小さな丸椅子に腰かけた。
ぽりぽり頬を掻いて、ああと声には出さず呻いた。
 
今日のナミさんはまるで子供だ。
意地を張ってしまったのか口を開こうとしない。
少し頬が膨れているのが、「あたし怒ってるんだから」と強調しているようだ。
 
少し考えてから、そっとナミの手を取った。
振り払われるかな、と少し思ったが、ナミはどうすることもしない。
 
 
「な、ナミさん。オレマジでわかんない。教えて?なんで怒ってんの?」
 
 
なるべく下から、下から、と意識して、懐柔するよう柔らかい声を出したつもりだった。
ナミはつながった二人の手から反らしていた視線を、そっと戻した。
 
 
「チョコを…」
「うんうん」
「なんであんたが作るのよ」
「え?」
 
 
きょとんと、思わずではあるが目を丸めると、ナミはまた浮かんできた涙をそのままにサンジを睨むように見据えた。
 
 
「なんでバレンタインなのにあんたが作っちゃうのよ」
「え…だってオレ、毎年作ってるよ?」
「…あんたが作ったやつになんか、勝てるわけないじゃない…」
 
 
ぽろっと珠になった涙がナミの肌に染み込むことなく転がるようにひとつ落ちた。
それを目で追ってから、やっと気づいた。
 
オレが先に手作り渡しちまったから、いけなかったのか。
 
 
「さ、サンジくんの、お店で売ってるやつみたいなんだもん…あんなの見たら、あたしが渡せなくなるじゃない…」
 
 
もうひとつ涙が転がり落ちる前に親指で拭ってから、ナミの顔を覗き込んだ。
期待で頬が緩みそうになるのを慌てて引き締める。
 
 
「じゃあナミさん、オレにチョコ作ってくれたの?」
 
 
ナミは頷くことも、うんと言うこともしなかったがたぶん当たっている。
もう駄目だ。
ベッドに腰掛けるナミの腕を引いて腕の中に閉じ込めた。
 
 
「オレナミさんのチョコ超欲しい」
「…いやよ、もう渡さない」
「えぇー…あ、ナミさん、カニってなんで高いかわかる?」
 
 
唐突な質問に、ナミがは?と問い返す。
 
 
「じゃあキャビアは?なんで高いかわかる?」
「…値段の話?」
「そう」
「…あんまり採れないからじゃないの」
「そう、希少価値ってやつだな。で、それを基に考えてみるわけよ。その気になれば売れそうなモンをいくらでも作れるオレのチョコ。かたやいつもバレンタインは箱のチョコを買ってばらして済ますナミさんがオレのために作ってくれた初めてのチョコ。どっちが値段は高くつくでしょうかっ」
「……」
「あんたのに決まってんだろーっ!まぁこの価値はオレにしかわかんねぇっつーか、オレにしかわかんなくていいけどもだな。オレだけがナミさんのチョコにとんでもない価値を見いだせるの」
 
 
オワカリ?と耳元で問うと、くぅ、と返事ではないが何か声が漏れた。
背中のシャツがナミの手に握りこまれる。
サンジがナミの手を引いて抱きしめていたので、ナミの腰はベッドから浮いている。
これじゃ辛いだろうと気付いて、ナミを再びベッドに深く座らせて自分は床に膝をついた。
 
 
「バレンタイン、してくれる?」
 
 
ナミはサンジを見下ろして、少し逡巡する顔をしてからおずおずとかばんを漁りだした。
取り出した小さな箱を、サンジに差し出す。
 
 
「…見た目も味も、サンジくんのには」
「だからんなの関係ねぇっつってんだろ、いい加減にしなさい」
 
 
怒られたナミはう、と口をつぐんだ。
嬉々として箱の包みを開いていくサンジの手の上を、嫌そうに目を眇めて眺めている。
 
 
「…ガトーショコラだ」
 
 
長方形に切り取られたケーキは、片隅に生クリームとみかん一粒をのせていた。
 
 
「…焦げた端っこ切ってったら小さくなっちゃった」
「言わなきゃわかんねぇのに」
 
 
くくっと笑うと、上の方にあるナミの顔も少し笑った気がした。
 
 
「あとでフォーク持ってくるよ。一緒に食おう」
 
 
箱のふたをきちんと元に戻すと、ナミは意外そうな顔をした。
 
 
「なんであとでなの?」
 
 
それには返事はせず、元通りにしたケーキの箱をそばにある小さなテーブルに置く。
ナミはそれをきょとんと見下ろしていた。
膝をついたままナミの手を取った。
少し長い爪の先に唇を寄せる。
ぱくっと口に含んだ。
 
 
「ちょっ!」
「──可愛いオレのナミさん。本当可愛い。どうにかなっちまいそうだ。つーかどうにかしちまいてぇ」
 
 
頭から食っちまいてぇよ、と呟くと、小さくばか、と聞こえた。
指の先を少し舐めて、ちゅっと音を立てて指を離す。
 
 
「可愛い。本当、もうオレだめだ」
 
 
今日振り回されて、ああもう、となんどため息をついたかわからない。
それでも募るのはいとしさばかりだ。
オレはもう相当のところまで来ている。
末期も末期。
病院に行けばご自宅で最期の時をご家族と過ごしてくださいと言われるだろう。
 
 
まるで懇願するように、ナミの膝に額をつけた。
ひんやりしている。
 
 
「すきだよ。ナミさん、すきだ、すげぇすきだ」
 
 
すきだすきだ。
いつもは自分でも驚くくらい流暢に甘い言葉があふれ出るのに、今日はダメだ。
ナミもそれに気付いたのか、くすくす笑い出した。
さっきまでぼろぼろ泣いてたくせに、もう笑ってる。
 
 
「いっつもペラペラ口説き文句言うのに、今日はそれしかないの?」
「…十分甘いだろ?」
 
 
俯いて額をナミの膝に付けているのでその顔は見えないが、ナミがふわりと微笑んだ気配がした。
 
 
「いつも甘すぎるのよ」
「…甘いのは嫌いかいレディ」
 
 
少し額を浮かせてちらりとナミを仰ぎ見ると、そうねとナミは考え込むふりをした。
 
 
「甘すぎるのは好きじゃないけど、嫌いじゃないわ」
 
 
それはよかったと呟くと、ナミはサンジの顎に手をかけて顔を持ち上げる。
そのまま腰をかがめてキスをした。
 
 
「でもたまにはベッタベタに甘いのも欲しくなるわ」
「オーケー、オレはエキスパートだ」
 
 
 
どうぞお望みのままに。




 
 
 
中毒にならない程度でよろしく


拍手[59回]




【マルアン】




街はきらびやかな装飾が施され、もともと浮ついた気分の人にはさらなる幸せをもたらすし、つまらない思いを抱く人には鬱陶しいとしか思えない。
一方では、それに見向きもしない人もいる。
 
はて自分は今までその中のどこにいたのだろうと、マルコは片手に薄っぺらい手のひらを握りながら考えた。
 
 
「はあああ、でっかい、木!」
「…木ってお前」
 
 
ツリーだろいとたしなめても無意味なのはわかっている。
マルコは懸命にツリーのてっぺんから根元までを見渡すアンを端目に捉えながら、自分も目の前の大きなツリーを見上げた。
 
 
ふたりのアパートから駅五つ分ほど、白ひげ社よりもさらに下ったところにある中心街。
そこの広場には12月に入った頃からこの大きな大きなツリーが飾られていた。
 
本物のモミノキに電飾を絡めて星やら天使やらをぶらさげたクリスマスツリーの光は夜の闇に浮かび上がり、誰もが足を止める。
しかしマルコは夜の姿より昼間の、あの物寂しいようなツリーのほうが好きだった。
飾りは細い枝には少し重そうで垂れ下がっているのがよく見える。
そして誰も目を留めない。
緑というより暗い黒に近い円錐のモニュメントには、なんとなく親近感のようなものが沸くのかもしれない。
 
ともあれ今は夜。
マルコとアンはふたり、着飾ったツリーを見上げて息を呑んでいる。
 
 
「…電球、何個くらいあるとおもう?」
「…千個くらいじゃねぇかよい」
「一個くらい、うちのトイレの電気に欲しいね。切れそうだから」
「うちのトイレを豆電球で照らすのは勘弁だよい」
 
 
そういうとアンはその様子を想像したのかけらけら笑いだした。
そして笑い顔をそのままに、ツリーに視線を戻す。
 
 
「クリスマス、ってこんなに実感したのあたし初めて、かも」
 
 
アンはツリーを見上げたまま、つぶやくようにそう言った。
弟とふたり年越しに精一杯だった日々がその言葉に十分すぎるほどにじんでいた。
 
 
「…じゃあ今年は、ひとつ達成だよい」
「クリスマスを?」
「そう。ツリーを見た」
「来年は?」
「ケーキを食べる」
「そん次は?」
「サンタからプレゼントをせしめる」
「それから?」
「サッチやら呼んでパーティーでもするかい」
 
 
アンは嬉しそうに笑って、楽しみだと呟いた。
マフラーの隙間から漏れ出す息は白く、鼻先は赤い。
 
 
「マルコがじいさんになったらあたしが車椅子押してツリーまで連れてったげるよ」
「…そりゃどうも」
 
 
 
 
 







 
【サンナミ】
 
 
 
その日の宴は、日が変わる頃になっても盛り下がりはしなかった。
主役であるはずのチョッパーはルフィの麦わら帽子をかぶったまま欄干にもたれてうつらうつらしていたが、他の誰も酒に伸ばす手を止めようとはしない。
 
 
ようやくウソップとルフィがつぶれて、ブルックがバイオリンを抱えたまま眠って、フランキーとロビンはワインをいそいそと注ぎはじめ、そしてゾロとナミが酒の種類を変えて飲み直し始めたときにはもう時刻は二時に近かったと思う。
たまたま冬島近くを航海中だが残念ながらホワイトクリスマスにはなりそうもないいい天気で、無数の星が上空に散っている。
波は穏やかで、ときおり船を揺するように動かすくらいだ。
 
 
「ちょっとゾロ、あんたその飲み方やめてってば。瓶に直接口付けないで」
「うるっせぇな、悔しかったらてめぇもやってみやがれ」
「そういうことじゃないでしょ…って、ねぇ、サンジくんは?」
「知るかよ、その辺で潰れてんじゃねぇか」
「いないわ」
 
 
どうでもいい、とゾロはナミの忠告も忘れてまた瓶を傾けて直接酒を呷った。
ナミは呆れたのか諦めたのか、怒ったように少し眉根を寄せただけでもう何も言わない。
 
 
「あたしにもちょうだい」
 
 
ナミが差し出したジョッキにゾロは黙って酒を注いだ。
 
 
「…いい日だったわね」
 
 
上向き気味に、真っ黒に混じり合った空と海の境を見つめてナミが呟いた。
ゾロは答えず、もう一度酒を呷る。
しかし珍しくホロ酔い程度に体があったまっていることが、気分上々のしるしだ。
 
 
「サンタが札束詰まった袋抱えて降りてこないかな…」
「てめぇは相変わらず雰囲気もへったくれもねぇな」
「やだ、あんたあたしにそんなこと求めてたの?」
「…いや、俺が悪かった」
 
 
そういう役割はコックがする、とゾロは瓶を口につけたままぼそりと付け足す。
ナミはそれを聞き流して、ゾロと同じようにジョッキを傾けた。
 
 
「…サンジくんキッチンかしら。何か作ってもらう?」
「握り飯が食いてえ」
「肴になんないでしょうがそんなの」
「うるせぇ、さっさとせびってこい」
 
 
ゾロはしっしと追い払う仕草をしてナミを立たせた。
 
 
「ったく、仕方ないヤツね」
「…そりゃあこっちのセリフだ」
 
 
なんのこと、と聞き返そうとしたナミに、ゾロはもう一度追い払う仕草をした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
キッチンの扉を開けると、カウンターの向こう側にサンジの横顔が見えた。
サンジのほうもすぐにナミに気づき、にへりと相好を崩す。
 
 
「どうしたのナミさん、おなかすいた?」
「んーん、っていうかおつまみでも作ってもらおうかなーって思ったんだけど、もうこんな時間だし。ゾロはおにぎりたべたいって」
 
 
ナミが椅子を引きながらそういうと、サンジはゾロの名を聞いた途端わざとらしく顔をしかめた。
 
 
「おにぎりってあいつ、まさかそれで酒飲むつもりか」
「そうみたい」
 
 
ふざけてやがる、とブツブツ悪態つきながらもサンジが米炊き用の釜を覗き込むのを、ナミはカウンターに頬杖ついてなんともなしに目で追った。
結局サンジは、要望のままにおにぎりを作る準備を始めた。
 
乾燥棚には宴に使った皿やグラスがキラキラ光る水滴をつけて行儀良く並んでいる。
コンロには大きな鍋がかかっていた。
明日の朝食用だろうか。
ナミを含む他のクルーたちがまだまだ騒いでいるときから、サンジは一人ここに戻って片付けと仕込みをしていたのかもしれない。
かもしれないじゃない、きっとそう。
 
 
「…サンジくんは、クリスマスも働き者ね」
「惚れた?」
「すぐにそういうこと言うから惜しいのよ」
 
 
イタイとこ突くなあ、とサンジは苦笑した。
 
 
「でもありがと」
「コックですから、当然。ていうかナミさん、それだけ?」
 
 
ナミはぱちりと瞬いた。
 
 
「それだけってなによ」
「や、だからさ、ありがとうだけじゃなくって、惚れたとかそういう」
「ぜんぜん」
 
 
ガクッと肩を落としたサンジは、なあなあとカウンターに乗り出してナミに顔を近付けた。
 
 
「え、ナミさんまさかオレが前言ったの冗談だとか思ってねぇよな?」
「好きだってやつ?」
「そう、好きだってやつ」
「いつも言ってることと変わんないじゃない」
「ちが、ちがうって言ったじゃん!なあ、オレ本当本気で…」
 
 
サンジの言葉は、ナミの眇めた目を見てう、と詰まった。
 
 
「そんな目で見るし…」
「日頃の行いのせいよ。自業自得!」
 
 
ばさりと切り捨てられたサンジは、かくりと頭を垂れてすごすごと厨房側に体を戻した。
 
 
「…本当に好きなのに…」
「そういう言葉は信用を伴ってから陸に足の付く女の子に言いなさい」
「そんなこと…」
 
 
はああ、と深く長いため息をつきながらサンジの手はきゅっきゅとご飯を丸める。
 
 
「オレのとこにもサンタさん来てくんねぇかなあ…来ねえよな…トナカイもう寝てるもんな…」
「袋に女の子詰めて持って来てくださいって?」
「ちがっ、ちょ、ナミさんほんと」
 
 
サンジは手の中のおにぎりをくるりとひとつ回すと皿にぽんと乗せ、慌てて手を洗った。
何をするのかとナミが黙って見ていると、慌てた勢いのままサンジは手を拭き冷たい手を伸ばしてナミの手首を掴んだ。
ナミはぎょっとして、頬杖から顎を外した。
 
 
「オレはあんたの本当の気持ちが欲しい。ごまかしたりじゃなくって」
「ちょ、サンジくん」
「冗談にしてぇのは、ナミさんのほうだろ?」
 
 
ぐ、と言葉に詰まったナミにサンジの目がにやりと笑った。
 
 
「な、もういいじゃん。追いかけっこはやめにしようぜ」
「別にあたしは」
「いいやしっかり逃げてる」
 
 
ナミは掴まれた手からゆっくり力を抜いた。
「仕方ないヤツ」という自分のセリフを思い出したからだ。
本当、悔しいけれど、ゾロの声を思い出す。
そのまま斜め下に目を逸らした。
 
 
「…あんたのそういうところが…」
「嫌い?」
「好きじゃない!」
「オレはナミさんのそゆとこ大好き」
 
 
ふん、とそっぽを向くナミの様子を特に気にしたふうもなく、ああとサンジは感嘆の息を漏らす。
 
 
「サンタさんありがとー…っつーかナミさんがオレのサンタか。ん?プレゼント?」
「知らないわよ」
「プレゼントでもサンタでもいいなー。ミニスカサンタだとなおよし」
「最ッ低」

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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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