忍者ブログ
OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。



※原作、または【ハロー隣の~】の現パロとも全く異なる世界観です。苦手な人は注意!


















暗闇の中、だだっ広い床の上にぼんやりとした灯りが丸を描いていた。
その明かりに照らされた床は夕日のような鮮やかな朱色のじゅうたんが敷かれている。その上を走ったところで足音ひとつしなさそうだ。
その、唯一明るい丸の中心には人の腰辺りまでの高さの黒い台座、そしてその上には透明のケースが置かれている。
黒い台座も相当値の張るものだろう、うすくらい灯りの中でもすこし角度を変えてみればきらりと光る。大理石のようだ。
透明のケースは一見何の変哲もないガラスケースのように見えるが、ただのガラスのわけがない。
普通のピストルでは傷もつかないような特殊加工を施された防弾ガラスのはずだ。
ケースの中では血のように真っ赤な花が咲いていた。
 
天井の排気管の狭さに息が詰まりそうになりながら、手元の紙を音のしないようにそうっと開いた。
5センチほどの小さなライトを咥えて灯りを紙にあてる。
紙面には真下にあたる部屋の見取り図と、警備員の配置、そして赤外線レーダーの配置図が記されていた。
ざっと目を通して、頭に叩き込んだそれらを今一度確認した。
そして頭の中で今後の算段を予習し、チリひとつないこの場所のように完璧なそれによしとひとり頷く。
排気管の出口、排気口の金網の目からもう一度真下を覗くがさっきと何一つ変わりはない。
音も立てずふたを持ち上げた。
フックのついたワイヤーをすとんとまっすぐに落とす。
ワイヤーが赤外線レーダーに触れない位置であることも確認済みである。
フックを排気口のふたがついていたネジの部分に固定して、その硬度を確かめる。問題なし。
光を吸収する素材でできたワイヤーは、灯りの真っただ中に落としても人の目には見えない。
その証拠に、照らされた台座に向かって立っている二人の警備員はワイヤーが目の前に垂らされても身動き一つしなかった。
胸糞悪い奴らから与えられた用具たちが役に立ちすぎて、内心は実際のところ穏やかではない。
しかし背に腹は代えられないというやつで、まあよく言えば利用価値のあるものは何でも使わなきゃ損ということもありこうして利用している。そして役立っている。
 
次に、薄いコートのポケットに手を突っ込み堅い感触を確かめ、それを取り出す。
物騒なそれは暗闇の中でも一層黒い。
しかし中に詰められているのは銀色の弾丸ではなく、麻酔薬のぬられた針、つまりはただの麻酔銃だ。
その銃口をしっかりと、ひとりの警備員の首根に定めた。
その距離5メートルほど。外す距離ではない。
引き金を引いた。
 
 
「!? おい!?」
 
 
あやまたず青い制服の男の首根に突き刺さった麻酔は一瞬にして彼の身体を駆け巡り、ガタイの良い大きな男はどうとその場に倒れた。
目の前で突然倒れた仲間に、もう一人の警備員は驚いて駆け寄る。
その瞬間を見逃さなかった。
 
蜘蛛のように、もしかすると蜘蛛よりも早くワイヤーを掴み排気口から滑り出る。
そのまますっとガラスケースの前まで降り立った。
すぐ目の前には、倒れた警備員と彼の容体を確かめるもう一人の男の背中が見えている。
彼らがこちらに目を向けないのは、きっとせいぜい30秒ほどだ。
急がなければ。男は無線で管理会社に倒れた男のことを伝えている。
 
咥えていた小さなライトの先を、ケースの表面に押し当てた。
そして灯りをつけるのとは逆側に突起を倒す。
するとじわじわとケースが丸く溶けだした。
弾丸をはじく特殊樹脂は、ある一定の高さの熱に弱いのだ。
これもアイツラの情報と特殊道具のたまものだが憎らしいので考えないことにする。
ケースに開いた穴は人の拳ほどの大きさになっていた。
降り立ってから現在まで、約20秒。
怖いくらい予定通りだった。
 
開いた穴に、そうっと黒い手袋をはめた手を差し入れる。
人並より小さめなそれは容易くケースの中に侵入した。
ケースの中心に鎮座する赤い花に触れると、つるりひやりとした感触が皮手袋越しに伝わってぞくりとしたが、昂揚感で胸は痛いほど熱かった。
花は片手のひらにのるほどの大きさで、手に乗せたままケースから取り出す。
自動収縮性のワイヤーを、花を持つのとは反対の手にもう一周巻きつけて強く握り直した。
 
 
「敵ながらあっぱれだよい」
 
 
背中側から聞こえた声にハッと振り返る。
同じように振り返った警備員は、予想外の姿二つに声も出ないのか振り返ったまま固まった。
思わずついた舌打ちはおそらく誰にも聞こえない程度だったが、舌打ってしまったことが悔しくて今度はぎりりと歯噛みする。
しかしそれを悟られないよう、口元はゆっくりと弧を描いた。
 
 
「賞賛より、欲しいのはこっち」
 
 
手の中の赤を持ち上げて見せると、対峙する黒い姿は闇にまぎれて揺れた。
笑ったように見えないでもない。
 
 
「なんでここにいんの? お偉いマルコ警部」
「お前ェに会いたかったんだよい。エース」
「そりゃ光栄だ」
 
 
けらけら笑うと、カチャリと冷たい金属の音が響いた。
 
 
「お前が持ってるそれとは違う、勿論本物だよい」
「そうだろうな」
「銀行の金庫に始まり財閥御曹司のコレクションルーム、次は美術館とはお前も趣味がいいよい」
「あのクソ財閥のバカ息子の趣味も結構なもんだったろ? 見たか、あのコレクションルーム。気色悪ぃ」
「ああ、バカ息子らしい部屋だった」
 
 
ノリのいい反応に気をよくして笑うと、もういちど冷たい金属が鳴る。
銃口はまっすぐに額に向いていた。
きっと、背後の警備員も震える手で銃を握っているはずだ。
 
 
「3度目の正直ってな。もう終わりだよい、エース」
「悪いけど、まだ終わるわけにはいかないんだ」
「この状況でお前に終わり以外の未来があるかい?」
「──未来なんてクソくらえだ」
 
 
視界が白く染まるその一瞬見えた顔は驚きと悔しさと、そして自分と同じような昂揚感に満ちている気がした。
背後に警備員のいる自分をマルコがむやみに撃つことはないとわかっていた。
手の中の赤い花を軽く握って存在を確かめる。
心臓のように脈打った気がした。
 
 
 
 
 

 
町の中心に走る一番大きな通り、モルマンテ大通りは朝の活気に満ちていた。
大きな二車線道路を走る車の数はそう多くないが、車線の両脇に沿って伸びる歩道を歩く人と人はすれ違うたびに肩がぶつかりそうになる。
しかしそれは必ずしも人が多すぎるわけではなく、単に歩道が狭いのだ。
そこに住まう町の人々はそれをよく理解し、相互に通行人とぶつからないよう歩くすべを身に着けている。
 
そんなモルマンテの通りで、この朝の時間一番人に溢れ、なおかつもっとも明るく生気に満ちた場所がある。
その店に扉はなく、通りに向かって大きく口を開けている。
店の入り口には申し訳程度に掲げられた木製の看板があった。
そこには深緑のペンキで“Deli”とだけシンプルに記されている。
歩道と店内を隔てる低い段差の手前には本日の一押しメニューが小さな黒板に記されて、描きかけの絵画のようにスタンドに置かれている。
人々はそれを見て足を止め、満足げに店の中に吸い込まれていくのだ。
そうでなくても、この店の前はつねに誘惑に満ちた香りが漂っている。
あでやかで華やかで、煽られるような匂いではない。
強いて言うならば煽られるのは食欲のみだ。
香ばしいパンの香り、オリーブオイルが熱される音、瑞々しい野菜の声が店内には余すことなく満ちていた。
 
明るい通りに比べて若干暗い店内だが、暗いのは照明の問題だけで活気の話ではない。
現に店の中は全席既に満席で、客が勝手に引っ張り出した椅子が通りに少しはみ出しているほどだ。
そして、店の中を走り回る店員はふたり。加えてカウンターの向こう側でくるくると立ち回り次々と料理を作る姿がひとつ。
モルマンテ通りでもっとも繁盛するデリは、たったの3人、それもまだ年端もいかない3人によって切り盛りされていた。
 
 
「にーちゃん!おれ朝のいつもの!」
「おれはBLCテイクアウト」
「はいよー!」
「アン!Aが4つとCが2つ!」
「了解、っとサボ!Bできたからコショウ振って持ってって!」
「わかった、っておいルフィ!お客さんのメシ食ってんじゃねぇ!」
「だってくれるっていうから」
「もらうな!」
 
 
若い3人の掛け合いは、常に客の笑いを誘う。
味の良さと立地の便利さだけではない。
店の人気はこの3人の絶妙な掛け合いで保っている方が大きいのだ。
 
 
「この店は…カフェか?モーニングがあるのか」
「いらっしゃい、お客さんはじめて?」
「ああ、いいかな」
「もちろん、でもごめん、今満席かもしんない。ちょっと待ってもらうか、テイクアウトなら早くできるけど」
「そうか、それなら…その、ショーケースの中のそれをひとつテイクアウトしよう。あとコーヒーも」
「チキンサンドな、了解!」
「…君たちは兄弟かい?」
「ああ、そうだよ」
「そうか、よく似ている」
 
 
老紳士風の男性は、穏やかな笑みを浮かべて帽子を脱いだ。
「似ている」ということばに一瞬きょとんと固まったサボは、すぐににやりと悪ガキっぽく口角を上げた。
 
 
「おれはあのふたりと違って、髪の色が違うけど」
「ああ、しかし兄弟だろう?」
「なんでそう思ったの、お客さん」
「似ているよ、笑い方がとても」
 
 
へへ、お客さん目がいいねと笑ったサボの横から黒髪の少年が紙袋を手渡した。
 
 
「あ、お客さんのできたみたい。はい」
「…私はドーナツは頼んでないよ」
「店主に聞こえてたみたいだ、もらってくれよ」
 
 
男性がカウンターの向こうに目をやると、フライパンを握った黒髪の娘がにぃと笑っていた。
 
 
「お客さん、また来てね!」
 
 
一言そう声を上げ、娘は額の汗を拭いて再びフライパンと向かい合う。
男性は静かに袋を受け取った。
 
 
「ありがとう、また来るよ」
「待ってるよ、ありがとう!」
 
 
 
 

 
 
朝の7時から9時は店が一番栄え、それゆえ一番忙しい時間帯だ。
仕事に向かうおおむねサラリーマンたちが朝食をとりに来てくれる。
この街の人たちは外で朝食をとるのが好きだ。
そのためにわざわざ早く起き、仕事の前のモーニングを楽しむために早く家を出ると言う変わった傾向がある。まあ、新婚ならば別だろうが。
 
サボが考案した朝食セットはA,B,Cと三種類ありどれも栄養バランスは最高で、どれも等しく人気だった。
厨房をたった一人で取り任されたアンがこの大盛況の中なんとかやっていけてるのは、モーニングがこの3種類しかなくあとはドリンクとデザートのみだからだ。
仕上げはウェイターであるサボとルフィに任せてあるので、アンは大まかを作り皿に盛ればいいだけで、その流れが一番いいのではないかとこれもサボの提案だった。
 
しかし今は一番忙しい時間帯を過ぎ、ぽつぽつと客たちは仕事に向かい始め、仕事始めが遅い人や今日は休みと言う人たちがのんびりと朝食をとりながら新聞を読んでいる姿が目立ち始めた。
余裕のできたアンは、ふうと厨房の中にひとつだけある背の高い椅子に腰を下ろした。
 
 
「お疲れ、アン」
「サボもお疲れ。ルフィは学校行った?」
「ああ」
「宿題してあったかな、見てやんなかったけど」
「オレ見といたよ。ちゃんとしてあった。メッチャクチャだったけどな」
 
 
アハハと顔を見合わせて笑う。
アンが頭に巻いたバンダナをしゅるりと解く。
長い黒髪がパサンと音を立てて肩に落ちた。
つと、サボの手がアンの顎の下あたりに伸びた。
少しごつごつした指が顎の輪郭を少しなぞる。
 
 
「アンここ、怪我してる」
「ああ…一昨日のがまだ残ってんだ。大丈夫、痕だけだから」
「だからだろ。どうすんだ、痕なんか残ったら」
 
 
妙に真面目な顔をするサボに、アンは思わず噴き出した。
 
 
「なに変な顔してんのサボ、痕くらいどってことないって」
「ダメだ。…無茶すんなよ」
「…ごめん、でも擦っただけだからすぐ治るよ」
「ああ、薬ぬっとけよ」
 
 
サボは腰から足首まであるサロンを紐解いてそれを軽く手でたたみ、小脇に挟んだ。
 
 
「じゃあおれは裏で搬入のチェックしてくるから、表任せてもいいか?」
「うん、もうそんなに混まないと思うから」
 
 
よろしく、とサボは振り向きざまにひらりと手を振った。
アンはその背中を見送って、先ほどサボが触れていた傷を同じように指でなぞる。
かすり傷はもうかさぶたになっていて、早ければ明後日には綺麗に取れているだろう。
 
 
(帰り、急いだからな)
 
 
狭苦しいあの場所を思い出して辟易とした。
ドブネズミのように暗闇を這いずり回る自分の姿には慣れたが、仕事のあとに何があっても向わなければならないあの場所は思い出したくもない。
今夜もいかなければならないのだが。
 
 
「ごちそうさん」
 
 
思わず眉間に皺を寄せて鬱々としていたアンの前を通り過ぎながら男が挨拶を寄越した。
ハッと意識を店にひっぱりもどし、いつもの笑顔を顔に乗っける。
 
 
「ありがと、また来てね!」
 
 
自営業の彼はこれから店を開けるのだろう、アンの笑顔を振り向いて確かめると意気揚々と去っていった。
この笑顔がいくぶんか人をしあわせにする効果があることは、店を始めてわりとすぐに気付いた。
それも、アン・サボ・ルフィと揃えば最高だと客は口を揃えて言う。
アンはそれが、どうしようもなくうれしかった。
こどもが3人、つたない頭をひねり弱い力を振り絞ってやっとのことで開いたこの店。
サボとルフィの次に続く宝物だ。
ここを守るためならなんだってする。なんだって。
 
 
ちらりと正面の柱にかかった時計を見上げた。
10時少し前、そろそろだ。
今日は少しブレンドしてみようかな。
コーヒー豆をミルに入れ、ハンドルを回し始めたそのとき、ちょうど予想通りの姿が2人アンの前に現れた。
 
 
「はよー、アンちゃん」
「いらっしゃい、いま豆挽いたところだから。何にする?」
「まだ10時前だよな?んじゃあオレBで」
「そっちは?」
「…C」
 
 
無愛想にも聞こえるその声を意にも介さず、はいはーいと元気に返事を返したアンは早速ベーコンと卵を焼きにかかった。
10時少し前、決まった曜日に現れる2人の男はすでに顔なじみだ。
この店の客のほとんどが顔なじみではあるものの、彼らは特別アンをかまうのでアンの方も覚えてしまった。
アンをかまうのは2人組のうち一方だけで、無口らしいもう一方はペラペラ喋る相方を鬱陶しげに横目で見るか、はたまた存在を無視するだけだ。
そのなんとも不思議なオッサンコンビがアンは何となく好きになった。
──あまりいいことではないと、わかってはいたけど。
 
 
「今日もいい天気だねー、アンちゃんどう、仕事終わりにおじさんとデートでもしない?」
「何言ってんの、今から仕事行くんでしょ」
「おじさんは君と天国に行きたいなっ」
「はいはい、どうぞ」
 
 
ドンドン、とカウンターテーブルにそれぞれのモーニングセットを置く。
カウンターに腰かけた二人の男が狭そうにしながらもいつも隣に並んで食べる姿も、どことなくおもしろい。
食事を始めた彼らに背を向けて、アンは彼らのためのコーヒーを淹れにかかった。
粉になった豆の粗さを確かめて、今度はコーヒーメーカーにセットする。
豆を挽き始めたころから漂っていた香りが一層濃くなった。
二人の男が座るカウンターに背を向けて作業するアンの耳には、男たちのぽつぽつとした会話が飛び込んできた。
 
 
「始末書、今日だろ」
「あんなもん昨日のうちに叩きつけて来たよい」
「うっへぇ、おこらりた?」
「ガキじゃねぇんだ、始末くらい自分でつけるよい」
「怒られたんだ…」
 
 
ぐじゃ、っと片方の男のきっちり決まった髪型が無残につぶれる音を聞いてから、二人の前に入れたてのコーヒーを差し出した。
 
 
「お、さんきゅ」
「こないだサッチがウマイって言ってたやつブレンドしてみたんだけど、どう?」
「うまい」
 
 
答えたのは潰れたリーゼントを整える方ではなく、その隣。
アンが意外に思ってその男に視線を合わせると、男の視線はコーヒーに落ちたままだったがもう一度口を開いた。
 
 
「うまいよい」
 
 
よかった、とアンが呟くと男はもう何も言わず黙ってコーヒーをすすった。
 
 
 
 
彼らがアンたちの店に通い始めたのは4か月ほど前から。
アンが夜にもう一つの仕事(と言うよりも使命に近い)を持ってからちょうど2か月後のことだった。
その日も変わらず忙しい朝の時間を3人でこなしていたが、休日だった。
ゆえにルフィは学校へ行かなくてもいいので、最後まで店を手伝うことができ、多少は楽ができる。
サボはいつものように忙しい時間帯を超えると裏方に回り搬入のチェックをする。
ルフィは店の一番端の席に座って、疲れた身体をだらりと伸ばして休息を取っている。
そしてアンはぽつぽつ訪れる遅い客を捌けていた。
 
 
「へえ、変わった店がある」
 
 
ふとよく通る声がアンの耳に届いて顔を上げた。
店の入り口で、背の高い男が二人並んで、一人が腰をかがめながらメニューボードを覗いていた。
そしてメニューを見ていた男がアンの方を向き、愛想のよい顔で「これまだやってる?」と首をかしげた。
見たところ30後半、もしかすると40に片足を突っ込みかけているかもしれないオッサンがする動作ではないと思ったが、特に嫌悪感はなく、アンは笑顔で頷いた。
 
 
「10時までだから。席空いてるよ」
「だってさマルコ。ここで食ってから行こうぜ、女の子超かわいいし」
 
 
始終愛想のいいその男はもう一人の男にそう言ながら、すでに店の中に足を踏み入れていた。
マルコと呼ばれた男も黙って後に続いてくる。
二人の男がアンの目の前に位置するカウンター席に腰を下ろして壁にかかるメニューを眺め始めたが、一方アンはすぐさま彼らに背を向けた。
 
『マルコ』
その名前を聞いてすうと全身が寒くなった。
心臓が喉から出てきそうなほど跳ね回る。
冷や汗が背中を伝い、鳥肌が立った。
 
大丈夫。あたしのこと、わかるはずがない。
わかっているのに、むしろばれるはずがないのに、どうしても顔を向けられなかった。
だめだ、今はただのお客なんだから、背中向けてたら、だめだ。
そう思うのに、身体が動かない。
 
 
「お嬢ちゃん?」
 
 
背中から声をかけられて、思わず手がびくっと変に動いた。
愛想のいい方、リーゼント頭の男は訝しげな顔をアンに向けたが、振り向いたアンを見てすぐに破顔する。
 
 
「やっぱり、超かわいーなあ。せっかくなんだからこっち向いてくれよ」
「わ、悪いけどうちそういう店じゃないし。今、朝だし」
 
 
一瞬で乾いてしまった唇をやっとのことで開いて何とかそう言うと、リーゼント頭は一瞬ぽかんとしたがすぐにニカニカと笑った。
 
 
「ごめんごめん、あぶね、オレが若い子にちょっかいだして御用になったら笑い話じゃすまねぇわな」
「まったくだよい」
 
 
アンは苦しい愛想笑いを返して、ぎこちない手つきで野菜の下準備を続ける。
やっぱり、リーゼント頭が言ったことからして、ふたりとも警察だ。
それも、制服じゃない方、アンが今一番会いたくない種類の。
リーゼント頭のほうに見覚えはなかったが、マルコと呼ばれたもう一人は一か月前に最悪な形でであった等本人だ。
 
どうしよう。
そればっかりが頭の中を回っていた。
店をルフィとサボに任して引っ込んでしまおうか。
いやしかし料理はアンにしか作れない。
今のところ全くばれている気配はないけれど、いつどこでぼろが出るかわからない。
声も聞かれているのだ。
 
不安に満ちた考えが頭を埋め尽くし、冷や汗は止まらない。
ふと視線を感じて顔を上げると、遠くの席からルフィがアンを見つめていた。
その顔には「どうした?」と書いてある。
相変わらず変なところで敏感だ。まるで野生動物。
だめだ、このままじゃ変に心配をかけてしまう。
アンはなんでもない、と少し笑って微かに首を振った。
 
 
「お嬢ちゃん、このAセット、ってのお願い」
「あ、はーい。…そっちの人、は?」
 
 
おそるおそる、目の前の男に視線をやる。
重たそうな瞼の向こうにある青と、がっちり視線がぶつかった。
おもわずたじろぎそうになるがなんとかふんばる。
しかし視線はすぐ、男のほうから外された。
 
 
「…コーヒー、ホット」
「そんだけか?」
 
 
いつのまに厨房側に回ったのか、ルフィがアンの隣からひょっこり顔を出して不躾に尋ねた。
男は細い目をさらに細めて無言でルフィを見る。
アンは慌ててルフィの頭を押しやった。
 
 
「ごめん、失礼なこと、」
「オッサンたち朝飯食いに来たんだろ?んでそっちのオッサンはA食うんだろ?朝飯はちゃんと食わねぇとだめなんだぞ!じゃないと昼飯まで力入んねぇぞ!」
「ルフィ!」
「うちはカフェじゃねぇ、アンの飯屋なんだ。朝飯はちゃんと食わなきゃだめだ!」
 
 
ゴッと鈍い音が店内に響いた。
カウンターに座る二人の男は、ぱちくりと瞬きする。
 
 
「いっ…てぇぇぇ!」
「バカ!アホ!偉そうになに説教してんの!ご、ごめん、こいつバカだから」
 
 
拳をルフィの頭の上でぐりぐりひねりながらそう言えば、青い顔のアンと涙目のルフィを交互に見ていたリーゼント頭が吹き出した。
 
 
「ハハッ、お嬢ちゃんたち姉弟?そっくりだな」
 
 
今度はアンとルフィが固まる方で、二人は顔を見合わせた。
しかしすぐにルフィがニヤリと笑う。
 
 
「似てるか?おれたち」
「ああ、そっくりじゃねぇか、なあマルコ」
 
 
同意を求められたマルコは、物憂げな仕草でアンを見上げ、それからルフィを見て、肩をすくめた。
マルコの仕草をどう受け取ったのかわからないが、そうかそうかと満足げにうなずいたルフィは立ち上がり、ぐいとアンの肩を抱き寄せて自分の頬とアンの頬をくっつけた。
 
 
「家族だからな!似てるんだ!」
 
 
な!と至近距離でアンの方を向き直り同意を求める。
はいはい、とアンがおざなりな返事をすると、それでも嬉しそうにニシシと笑った。
 
 
「おれ上行ってるぞ!」
「わかった、部屋掃除しといて」
 
 
まかせろー!とこの上なく信用できない返事を聞いて、アンははあと詰めていた息を吐き出した。
ルフィが思わぬところで真剣な顔をするから、先ほどまで抱えていた不安が一気に吹き飛んでしまったみたいだ。
 
 
「ごめん、お客さん本当。すぐ作るから」
「いーよいーよ、面白いもん見せてもらったし」
「そっちの人も、ゴメンナサイ」
「いや…」
 
 
何か考えるそぶりで、青い目の男、マルコはアンの背後を見つめた。
その視線の先を頭の中で描いて、どうやらメニューを見ているようだと気付く。
 
 
「じゃあ、コイツと同じのくれよい」
「えっ、やっ、ごめん、本当、無理しなくても…さっきのはアイツが勝手に」
「いや、違ぇ、あのボウズがあんだけ押してたメシが食ってみたくなっただけだい」
 
 
んじゃ、A2つね!と隣のリーゼントが高らかに言った。
本当にいいのか、と確かめるような視線を送ってもマルコは覆すそぶりもない。
それならまあ、とアンは準備に取り掛かった。
 
 
 
「なあ、お嬢ちゃん。や、アンちゃんだっけ」
「アンでいいよ」
「さっきあの弟くん、『うちはカフェじゃない』って言ってたけど」
「ああ…別にあたしはどうだっていいんだけどね、言い方の問題で」
 
 
すとん、とパプリカをまっぷたつに分けるといい音がした。
背後でパンが焼ける音がする。
 
 
「ほら、カフェってもちろんここみたいにサンドイッチとコーヒーとか出して、お昼にはケーキとかあって、夜はバーになるところ多いじゃん?うち、昼飯で店じまいなんだ。アフタヌーンティーとか酒とかないの。たまに勘違いした客が来るけど…基本的に、ただのごはん屋さん」
「なるほど、だからCaféじゃなくてDeliなわけね」
「そゆこと。はいどうぞ」
 
 
喋りながら作り上げていった料理たちを二人の前に差し出す。
さくさくのトーストで作ったサンドイッチとスクランブルエッグがほわほわと湯気を立てて二人の男とアンの間を隔てた。
 
 
「表に書いてあった今日の一押し、って」
「うん、サンドイッチの具のこと。その日届いた野菜で作るから」
「へえ、そりゃまた」
 
 
んではご賞味。と呟いたリーゼント頭は豪快にがぶりとサンドイッチにくらいついた。
隣の男も同じようにサンドイッチを口にする。
 
 
「…やべぇ、うめぇよ」
「…よい」
「良い?」
「や、それこいつの相槌。まあ今の場合意味的に間違っちゃいねぇけど」
 
 
それにしてもウマいよ、と。
目を輝かせる男に照れ笑いを返すと、なぜか男はこぶしを握って俯いた。
心なしか震えている。
 
 
「くっ…この街にこんな可愛い子がいたなんて…ぬかったぜ、オレ!」
「知ってたからってお前にゃどうすることもできねぇよい」
「うるせぇ!オレのささやかな夢を壊すんじゃねぇよ!」
「それは夢じゃなくてただの願望だよい」
 
 
ケッ、と吐き捨てたリーゼントは、「でも」とニヤニヤした顔を隣の男に向けた。
 
 
「可愛い子ちゃんであることはお前ぇも否定しねぇのな」
 
 
ウヒヒヒ、といささか品のない笑い声を上げるリーゼントを、青い目の男は本っ当に嫌なものを見るような目でちらりと見て、それからはもう見るまいと心に決めたのか、リーゼントのちょっかいに1ミリたりとも動じることなく食事をつづけていた。
 
 
 
言ってることはよくわかんないけど、このオッサンたち、超おもしろい。
思わずそんな感想が頭をよぎって、ハッとしてぶるぶる頭を振った。
リーゼントが不思議そうにアンを見たがごまかすようにカウンターの向こうにしゃがみ、冷蔵庫を物色するふりをした。
そうしていればおかしな顔を見られることもない。
アンの顔が見えなくなっても、男たちは相変わらずの調子でテンポの良い応酬を繰り返していた。
これ幸いとアンはカウンターを抜け出して、フロアの片づけに取り掛かった。
 
 
フロアに残った客は随分と減り、空いている席が目立つ。
残った客は、いつもこの時間に新聞を読みにやってくるおじいさんと、工具店のオヤジとその娘婿。
新聞を読むじいさんはただ静かにそこにいるだけで、10時半になればきっかり店を出ていく。
工具店のオヤジと娘婿は話好きで、いつも話のネタが尽きるか当人たちが話疲れるまで店にいることが多い。
彼らは声が大きいので噂話には向かないが、男であるだけあってそうネクラな話題を繰り広げるわけでもないので、店に活気が出ていい、とアンたちは思っている。
彼らの話題はネタというより情報で、新聞を読まないアンの耳にいつも新しいニュースを届けてくれていた。
そして今日も彼らは話に高じているわけだが、その内容がふとアンの耳に触れたとき、つい一瞬テーブルを拭く動きを止めてしまった。
 
 
「一昨日、あっただろう、美術館に強盗が入ったって」
「あれだろう、なんとかって宝石が盗まれた」
「宝石でできたなんとかって飾りらしいがな、犯人、やっぱりアイツらしいぞ」
「オレもアイツだと思ってたっすよ。今回で3回目でしょ」
「警察は何やってんだか」
「なんでしたっけ、呼び名」
「アレだろう、『エース』」
「ああ、最初に盗みに入った銀行の金庫が“A”だったからっていうソレか」
「単純だな」
 
 
ハッハッハーと声を合わせて笑う二人は、血の繋がりがない割に随分似たような話し方をするもんだ、とアンはどこか遠くで思った。
話題の中心にいるはずの自分が、とても非現実的に思える。
そして心配すべきは自分の身であるはずなのに、なぜかそのときは彼らが言った「警察は何やってんだか」の言葉が引っ掛かり、思わずカウンターに座る二人の背中に視線を走らせてしまったその事実が、アンをやりきれない気分にさせた。
 
 
なんとかって宝石でできたなんとかって飾りは、このデリの上階で今も輝いているはずだ。
 
 

拍手[11回]

PR
Comment
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
material by Sky Ruins  /  ACROSS+
忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2024/04 05
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
フリーエリア

 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
URL;http;//legend.en-grey.com/
管理人:こまつな
Twitter


災害マニュアル

プロフィール
HN:
こまつな
性別:
女性
バーコード
ブログ内検索
カウンター