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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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犯罪に手を貸すことに対する罪の意識は不思議となかった。
サボもルフィもそのことに対してなにも言わなかった。
しかしティーチは、肯定の返事をしに再び事務所に赴いたアンに何度もそのことを問うた。
 
 
「途中で腰が引けて、やっぱりやめにするなんてのぁなしだぜ、アン」
「わかってるよ…そんなことしない」
「あァ信じてるぜアン。そりゃあ立派な裏切りだ」
 
 
ニヤニヤと品のない笑みで念押しを繰り返すティーチから顔を背けて、アンはもう一度わかってると呟いた。
『裏切り』という言葉が飛び出してきたことで、悟った。
これは契約なのだ。
ティーチたち一味の手引きで髪飾りを取り返すアンと、アンの仕事によってニューゲートの地位を貶め恨みを晴らすティーチ。
ティーチはニューゲートに対する具体的な恨み言を口にしなかったので、かの地位からニューゲートを引きずり落とすことでティーチにどんな益があるのかアンには想像がつかない。
ただの憂さ晴らしのようにも見えた。
大人の喧嘩に巻き込まれたような馬鹿馬鹿しさを感じないでもなかったが、アンにも大事な対価が用意されているので、それについて特にアンは触れていない。
結局なぜティーチがニューゲートを嫌っているのかはわからないままだ。
 
 
「オレたちのことは黒ひげと呼べ。総称だ」
 
 
そう言われたので、サボたちとの話に出すときはその名を使っている。
おそらく個人名を出すと社会的にいろいろまずいのだろう。
ティーチにとってまずいことは、今のアンにとってもまずいことなので、基本的に筋が通っていることなら言われたことには従うしかない。
 
 
「オレたちと、アン、お前はいわば運命共同体だ。上手くやろうぜ」
 
 
──冗談じゃない。
 
 
 
一回目の仕事は、その次の日からアンと黒ひげの間で相談が交わされ始めた。
ほぼ一日おきの頻度でラフィットがアンを迎えに来る。
次の会合の予定は帰りに伝えられた。
基本的にアンの予定を黒ひげの側がうかがうことはなく、一方的だ。
それで困ることがないのが少し悔しい。
 
黒ひげの事務所では、アンとティーチは初めて互いをまみえたときと同じように向かい合って話を進めた。
 
 
「4つの髪飾りを順に盗っていくしか手立てはねぇわけだが、アン、お前はどれが本物だと思う?」
 
 
そう言われても、と心のうちで呟きながら、アンは手元の資料に目を通した。
ひとつはこの街の年老いた金持ちが運営する私立美術館。
ひとつは財閥創始者の妻が髪飾りを預けた銀行。
もうひとつは成金息子のコレクションルーム。
そして最後の一つは宝石商の店だ。
 
 
「…こいつらの中で『アタリ』の奴は、自分の持ってるのが本物だって知ってんの?」
「ゼハハハ!奴ぁ全員自分の持ってるのが本物だと思ってるさ!そもそも偽物の存在さえ意識してないバカどもだ」
「それじゃあどこから狙っても同じじゃんか」
 
 
アンは資料を見比べた。
ティーチはその姿を面白そうに見ている。
 
 
「いいさ。どこから行くかはテメェで決めな」
 
 
美術館、銀行、成金の家、宝石商の店。
一番目が利きそうなのはやはり宝石商か。
いやしかし、本物は偽物より高く売られたはずだからそれを商売にする宝石商が手を出すかと言われたら考えてしまう。
この宝石商は、髪飾りを売り物にせずずっと店の中に非売品として飾っているのだと言う。
おおかた店の核を上げる道具のようなつもりなのだろう。
じゃあと残りの3つを見比べてから、アンは言った。
 
 
「ここ、銀行にする」
「ほう」
 
 
ティーチはニヤリと笑った。
 
 
「またどうしてだ?」
「一番警備が固そうだから、本物が預けられてんのなら銀行じゃないかと思って」
 
 
ティーチはアンの推理を聞くと、大きな笑い声を上げて喜んだ。
 
 
「いいぜ、アン、オレァお前のそういう肝っ玉の座ったとこが好きだ。よし、じゃあ銀行から行くとしよう」
 
 
その日はそれだけ決めると、ラフィットが車を出してアンを送った。
 
 
「銀行内の仕組みや具体的な『やり方』はこっちに任せてもらうぜ。何、ヘマ踏ますようなこたぁさせやしねぇから安心しな」
 
 
ティーチは帰り際にそう言ってアンを見送った。
黒ひげの手引きがどれだけ煩雑であろうとヘマなんか踏むもんか。
あたしは捕まるわけにはいかない。
母の形見が流されたその源泉なんかに、サボとルフィを残して捕まるわけにはいかないのだ。
 
 
 

 
 
後ろ暗い計画が遂行していくその一方で、アンたちの店は誰の目に見ても明らかなほど、街に新しくできた飯屋として軌道に乗ろうとしていた。
店のメインとして位置付けたモーニングは大人気で、朝の時間店を開けてすぐが一番忙しい。
とくにたった一人で料理を仕上げなければならないアンはおおわらわである。
しかし同じくして慌ただしく働いた後、休むまもなく学校へ行かなければならないルフィも相当の気力・体力が必要だし、サボさえもホールと経理の2足のわらじだ。
つまりはアンがアンであり、サボがサボであり、そしてルフィがルフィたるがために店はなんとかまわっている。
この胆力に気付いた街の人々は口々にアンたちの店の噂を語り、評判は布に水が染み込んでいくようにじわじわと、しかし確実に広まっていた。
喜ばしいことである。
売り上げは伸び、店の明度は増し、アンたちも近所に溶け込みやすくなった。
しかし皮肉なことに、そのぶん危惧は増した。
アンが犯そうとしている罪は、アンの顔が割れてしまえばすぐに露見してしまうだろう。
 
それを黒ひげに伝えると、心配いらねぇさと大き目の紙袋を手渡された。
 
 
「家帰ってから中身あらためてみやがれ。問題ねぇとわかるだろう」
 
 
その言葉の通り、アンはその日の夜、サボとルフィと紙袋を囲みながらその中身を床にぶちまけた。
出てきたのはシルクのような生地の薄いコート、皮の手袋、ペロンとしたよくわからないゴムのような薄いシートと、短髪のかつらだった。
 
 
「すげぇ、変装セットだ!」
 
 
とルフィは妙に興奮したが、アンは思わず「なんだ」と声を出していた。
黒ひげが自信満々に大丈夫だと言うので何かと思えば、まるで安い映画のような変装をして臨めと言うのか。
 
 
「…こんなんでばれないかなあ」
 
 
不安をそのまま口にすると、いや、とサボがかつらに視線を落としたまま呟いた。
 
 
「ちょっとアン、うしろ向け」
 
 
言うや否やサボはアンの肩を掴んでぐりんと後ろを向かせた。
なんだ?と問う間もなくサボはアンの長い髪を手で束ねると、リビングのテーブルの上に放ってあった髪ゴムに手を伸ばし、それでアンの髪をくくった。
そしてアンの頭の上にすっぽりとかつらをかぶせる。
 
 
「おぉー!すげぇ!」
 
 
アンの正面でルフィが歓声を上げた。
 
 
「なに?なに?」
「うん、案外わかんねぇかもよ。ルフィ、鏡」
 
 
手鏡がさっとアンの顔の前にかざされた。
鏡の中に映るのは間違いなくアンだが、まるで同じ髪色の少年のようだ。
大きいがアーモンド形で少しつり気味のアンの目と高い鼻は男顔の要素も備えているのである。
顔が小さいぶん青年と言うより少年ではある。
 
 
「そんなに変わってる?」
「まあ今のアンを見ても知ってるやつはアンだってわかるけど、コレすれば完璧だろう」
 
 
そう言ってサボはアンには使い道の分からなかったゴム生地のような薄い膜を手に取った。
それなに?と振り向きながら問おうとしたアンの顔にそのシートがぺたりと貼り付けられた。
ひやりとした感触にアンは思わずうひゃっと声を上げた。
 
 
「なに!?」
「マスクだろ。アン、目のとこ穴開いてるから目開けても平気だぞ」
「すげぇぞアン!本物の怪盗みてぇだ!」
 
 
アンはおそるおそる目を開いた。
目の前の鏡の中、耳の下あたりまでと言う短い髪の自分の顔に、黒いマスクが口から上をぺたりと覆っていた。
 
 
「なんだこれ!」
 
 
真っ黒に染まった顔はまさしく映画で見る怪盗のような姿で、どこか真の抜けるその様相に思わず噴き出した。
 
 
「え、あたしこのカッコで行かなきゃなんないの?」
「カッコいいぞーアン!」
「うん、これでこのコート羽織ってればまず女には見えないな」
 
 
そう言って笑いながらサボが薄手のコートを差し出すので、アンも調子を合わせてそれを受け取り、羽織った。
軽くて動きやすい。
とっとっと、と後ずさってルフィが手に持つ小さな手鏡に映る全身を確かめた。
 
 
「全身真っ黒だ」
「らしくていいんじゃないか」
「アンッ、次オレも着てぇ!」
「ルフィにはちょっと小さいよ」
「ちぇっ、あーオレも怪盗やりてぇ!」
 
 
じゃあ3人でやるか、とサボが言ってルフィが笑うのでアンも笑った。
この一連の会話が嘘くさく思えるのはきっと限りなく嘘に近いからだ。
重たい事実から逃げるために笑うしかないのは、あたしたちが子供だからだと思い知る。
 
 
 
 
 

 
決行は実に簡単だった。
アンは「その日」の2週間前に銀行の地図を手渡され、計画の一連の流れを黒ひげによって説明された。
その説明を施したのはティーチでもラフィットでもない、オーガーと言う名の陰険な顔つきの男だった。
「黒ひげ」の頭脳要員らしい。
彼は初めてアンの前に現れたにもかかわらずろくな挨拶も交わさず、事務的な説明をいきなり始めた。
馴れ合うつもりのないアンにとってもそれはただの好都合である。
アンは2週間かけて、銀行内部の地図と計画を頭に叩き込んだ。
 
 
 
黒衣をまとったアンは午前1時の銀行の警備員を麻酔銃で2人倒し、頭に刷り込んだ地図を頼りに一つずつ黒のスプレーで防犯カメラの画面を塗りつぶしていく。
それが終われば、もうあとは問題の金庫の前へ行くのみである。
金庫の暗証番号と指紋サンプルはなんと既に黒ひげによって用意されていた。
アンはそれらを持って、金庫の扉を開き、中のものを取ってくるだけでいい。
つまるところアンはただの駒にすぎない。
黒ひげが整えたすべての手順に沿って、少し危険な仕事をこなしていくだけの被雇用者。
アンは淡々と作業を進めながら、この行為の目的に自分の思惟も含まれることを忘れそうになった。
暗証番号を正確に入力し、指紋サンプルを張り付けた皮手袋の指で液晶を押せば赤色のランプが緑色に変わる。
闇をも吸い込みそうな静寂の中、ガッチャンと大仰な音と共に金庫の扉が開く。
 
ここからが正念場だ、というオーガーの声を思い出した。
 
金庫の扉が開くと、自動的に警察の管理局に情報が行く。
管理局で睡魔と闘っている夜勤の警備員がそれに気付いたら、明らかに不審者の侵入が確認されてしまう。
そこから警察が動き、銀行へと向かうまでの間にアンは目的のものを盗って逃げなければならない。
 
 
『だが心配はいらない。逃げ道はここに示してある通りのルートを辿ればすぐに外へと出られる。外に出れば黒ひげがお前を拾い逃げる。警察が腰を浮かすまでの時間で全てが終わる』
 
 
5畳ほどの広さがある部屋のような金庫に足を踏み入れたアンは、その広さの中たったひとつ、ショーケースのようなものが部屋の真ん中に置かれているのを見つけた。
すばやく近づいて、小型の懐中電灯でそれを照らす。
ショーケースの中には真っ赤な花が咲いていた。
 
 
(ああ、)
 
 
これだ。いや、これかはまだわからない。
でもあたしはこれと同じ形のものをやっぱり知っている。
 
 
アンはショーケースを持ち上げ中のものを手に取ると、それを慎重に腰のウエストポーチの中にしまった。
ウエストポーチはこの髪飾りを入れるためだけのものなので、中はふかふかとクッションのようなわたでいっぱいだ。
アンは確かにウエストポーチを閉めたことを確認すると、一目散に金庫から飛び出した。
金庫が開いたことはすでに知られているので、丁寧に扉を閉める必要はない。
真っ暗闇の中で働いているのは頭の中に描いた地図だけで、それを頼りに出口を目指す。
今にもパッと灯りが付き、黄色い光がアンを指さすのではないかと思うと吐きそうなほど緊張し、それでいて胸が痛いほど昂揚した。
 
アンは銀行の社員給湯室の窓を開け、そこから身を滑りだす。
排水くさい裏手を走り抜けて道路に出ると、黒い車が一台停まっており中の人物がアンを手招く。
アンが飛び込むように車に乗ると、車はまるで待ち合わせた人物を乗せただけのような冷静さでスムーズに動き出し、素早くその場を去っていった。
 
 
 
 

 
 
翌日は店を臨時休業とした。
シャッターの外からは何度も何度も、客の不満げな声が聞こえたがごめんなさいと耳を塞ぐしかない。
アンは寝室の3つのベッドを占領して大の字で寝こけている。
ルフィはそわそわと何度も寝室を振り返りながらも仕方なく学校へ行った。
そしてサボは、アンが起きた時のために朝食の準備をしている。
 
アンが帰ってきたのは朝の4時ごろだった。
計画の粗方を知っていたサボは、きっとアンの帰りは明け方になるだろうと踏んですでに店の外に「臨時休業」の張り紙を張っておいたものの、アンが帰ってくるまで寝ていることなどできなかった。
つまりサボの方が一睡もしていない。
ルフィはサボと一緒にアンを待ちながらソファでうとうとしていた。
アンが初めて黒ひげの事務所へ出向いたときのことを思い出す。
いつでも自分は待ってばかりだと思うと歯噛みした。
そして今も、アンの朝食に大量のサンドイッチを作りながらもちりちりと胸を焼く悔しさに息が詰まっている。
サンドイッチが増産され続けていくのは、サボがその行為で考えを紛らわそうとしているからだ。
 
逆さになった新聞をぼうっと眺めていたサボは、外に止まった車の気配にハッと顔を上げた。
サボの膝の上に足を投げ出して寝ていたルフィも寝ぼけ眼のままむくりと頭を上げた。
 
 
『帰ってきたか?』
『ああ』
 
 
ルフィが落ちるようにソファの下に転がってから体を起こす。
寝ぼけているのかもたつくルフィを残してサボはすぐさま階下へと続く階段へ向かった。
店につながる階段を下りると、店の入り口あたりにアンがいた。
出ていったときと同じ格好、普段着で、手には大きめのビジネスケースのようなものを持っていた。
どっと重たい安堵が体にのしかかって、思わず膝が折れそうになった。
 
 
『…ただいま』
 
 
アンがふにゃっとした顔で笑った。
怪我はない、見たところ不調はなさそうに見える。
しかしその笑顔を見て、悟れるものは多かった。
サボは大股でアンに歩み寄って、覆いかぶさるように抱き込んだ。
サボの安堵とアンの悲しみが混じり合いながら互いの心の中に流れ込んでくる。
 
 
『良かった、アン…おかえり』
『サ、ボ。あたし…』
『ごめんな』
 
 
気付いたら謝っていた。
顎の下あたりで、アンが小さく首を振る。
 
 
『母さんのじゃなかった』
 
 
ごめん、と吐息に吹き飛ばされそうな声でアンは呟いた。
ゴト、と音を立ててアンが手にしていたビジネスケースを床に落とした。
はずみで開いたケースの中から弾けるように詰まっていた紙幣が溢れ出て床に散らばる。
後ろから近付いてきたルフィが、サボの背中にゴツンと額をぶつけて寄りかかった。
 
 
 
 
シャワーを浴びたアンは、昇ってきた朝日から目を逸らすように寝室へ直行して今も死んだように眠っている。
今日一日分の店の食材が余ってしまったが、新鮮を売りにしている以上パンはともかく野菜を明日へ回すことはできないので全てアンの朝食に使い切ってやった。
サンドイッチ作りは気づいたらレタスがなくなっていたので終わりだ。
シャッターを閉めた店の中は暗く、外の光は小さな窓からしか入ってこない。
暗いのは光のせいだけじゃない、と思いながらサンドイッチを冷蔵庫へ一度しまう。
大きな業務用冷蔵庫の上の段はすべてサンドイッチで埋まってしまった。
これは今日の夕飯もサンドイッチかもしれないな、とひとり苦笑した。
サンドイッチ作りが終了してしまったので他の仕事を探し、とりあえず手あたりしだい店を掃除することにした。
気が紛れていいし、いつも掃除はルフィに任せていたのでたまには自分がやるのもいい。
すべての客席の椅子をテーブルの上にあげていく。
アンが起きてきたら何から聞こうか、とぼんやり考えた。
 
怪我はなさそうだったし体調も特におかしくはなさそうだったが、黙っているだけかもしれないからまずはその確認。
それから、アンが持ち帰ってきた大金の出所。
アンは言いたくないかもしれないし、聞かなくても想像はつく。
黒ひげに握らされた金をアンがどんな思いで持ち帰って来たか。
考えるだけで頭がぼっと燃えるように熱くなる。
めったにサボが感じることのない感情。
これは怒りだ。
 
床を掃きテーブルを拭き電球を替え、まるでぜんまい仕掛けのロボットのように無駄のない動きで店中を磨き上げていく。
頭の芯を燃やすような感情はエネルギーへと変換した。
堅く絞った雑巾で店の壁中を拭きまくっていたサボは、手を動かしながら自分は怒るとこういう方向にエネルギーが出力されるのか、と妙に冷静な気分で分析していた。
時計の針が昼の12時を回り、店の外から臨時休業を嘆く声がまた聞こえ始めたころ。
階段を一段ずつ降りてくるおぼつかない足音が聞こえた。
 
 
「…サボ?」
 
 
ルフィのTシャツのお古をパジャマ代わりにしているアンは、よれたシャツに逆に着られているように見える。
サボがおはようと言うと、アンはまだ半分夢の中、と言った表情でおはようと返した。
 
 
「…掃除してたの」
「うん、暇で。アン、ちゃんとズボンは履きなさい」
「いま、なんじ?」
「ちょっと昼回ったとこ。腹減ったろ」
「ああ…」
 
 
アンはお腹に手を当てる仕草をし、自分の腹に問いかけるように首を傾げたあと、はらへった、とぽつりと呟いた。
 
 
「冷蔵庫にサンドイッチ、入ってる」
「おお~」
 
 
ただの返事なのか歓声なのかよくわからない応答をして、アンはぺたぺたと平べったいスリッパを鳴らしながら冷蔵庫へ近づき、その扉を開けてギャッと声を上げた。
振り向いた顔にはすっかり目が覚めたと書いてある。
 
 
「なんでこんなサンドイッチあんの!?」
「野菜余ったから…作りすぎた?」
「うはぁ…こりゃあ今日の夕飯もサンドイッチだねえ」
 
 
サボと全く同じことを口にしながら、アンはガタゴトとサンドイッチのトレーを取り出してカウンターに置いた。
 
 
「サボは?昼飯食った?」
「そういえばまだだ」
 
 
掃除に夢中になっていて、すっかり忘れていた。
とりあえず中断しよう、と雑巾をバケツに放り投げてから、やっぱり掃除はもう十分かと思い直してバケツごと裏手に運んだ。
 
サボが手を洗って戻ってくると、アンは相変わらずのパジャマ姿のまま、しかしてきぱきと動いて2人分のコーヒーを淹れていた。
 
 
「お客さん用の、使っちゃった」
 
 
たまにはいいじゃん、と言うとそだねとアンはたっぷりコーヒーを注いでくれた。
ふたりカウンターに並んで、もくもくとサンドイッチを口に運んでいく。
さすがに作りすぎたようで、食べても食べてもトレーの上のサンドイッチは減らない。
このトレーはまだあと2枚冷蔵庫に入っているはずだ。
さらにいうと、すべて同じ具材で作った上にアンのように料理に対する技術がないので全て同じ味である。
アンがサボと同量食べて折り返し地点に到達したあたりからサボはもう早々と飽きてしまい、コーヒーばかり飲んでいた。
 
 
「終わんないねぇ…」
 
 
サンドイッチを口に含んでもそもそとした口調のまま、アンがぽつんと呟いた。
それはサンドイッチの話なのか、はたまた別のことなのか判断しかねてサボは返事をしなかった。
 
 
「金、どうした?」
「二階の…タンスの中突っ込んである。うち、金庫とかないし」
「そう、だよな…びっくりした?」
 
 
うんと素直にうなずくと、アンは顔をくしゃっとして笑いながらごめんと言った。
 
 
「黒ひげの奴らが、とりあえず前金だって」
「前金?なんの…」
「偽物だったけど、髪飾りの。アレを裏で売った金の…どんだけって言ってたっけ…3分の1?それをあたしにくれるって言って…その3分の1のうちのそのまた半分がアレ」
 
 
まさか金もらえると思わなかったから、びびったよ。
そう言ってごくんと口の中のものを飲み込むと、はーっと深く息をついた。
その金にまつわるアンと黒ひげのやり取りは、見なくとも目に浮かんだ。
本物の髪飾りだけを欲して黒ひげの言いなりになり犯罪を犯し、結局盗ったものは偽物で、落胆するアンに「報酬だ」と大金を手渡す黒ひげ。
アンにとって本物の髪飾り以外価値なんてないのに、黒ひげはアンが盗ってきた者が偽物であろうと本物であろうとそれが成功する限り利益しかない。
「そんなのいらない」と拒むアンに下卑た笑みと共に金のつまったケースを押し付けて、おおかたアンを満足させた気になっているのだろう。
 
 
「…車の中にそのまま置いてきてやろうかとか…道でぶちまけてやろうかとか…思った、けど」
 
 
これじゃ本物の泥棒だ。
アンはカウンターに肘をついて、小さく肩をすぼめて縮こまった。
 
浅しい金、汚い金。
でもこれがあれば、「もしも」のとき、アンになにかがあったとき、サボとルフィを生かしてくれるかもしれない。
罪悪感と現実的な本心が渦巻いてアンの胸を押しつぶすのが目に見えるようだった。
 
 
(アンは優しすぎる)
 
 
「アン」
 
 
サボは震えるアンの腕を握った。
細く、サボの指が作る輪の中にアンの腕はすっぽりと入ってしまう。
ぎゅっと強めに握るとアンはようやくその力に気付いたように顔を上げた。
 
 
「迷うならもうやめろ」
 
 
アンは殴られたような目でサボを見た。
その目から目を逸らさないよう、サボもぐっと心を押さえつける。
迷ったらいけないのはおれも同じだ。
 
 
「続けるなら覚悟を決めろ。汚いことにはとことん汚いものがつきまとう。金だってそうだ。それが嫌なら…もうやめたほうがいい」
「やめ…やめらんない、よ。もう」
「逃げればいい。3人で逃げるんだ」
 
 
そんな、とアンは絶句して、ほろほろと眼から水滴を転がした。
逃げるとは、この店も、この街も全部捨てて出ていくということ。
簡単じゃないのはわかっていた。
アンは泣き続けながらサボを見つめて、もう一度首を振った。
 
 
「逃げない」
 
 
サボは思わずアンの腕を握る力をぐっと強めてしまった。
アンはそれに顔をしかめて、サボの顔が険しくなったのには気付かない。
 
 
(泣きながら何言ってんだ)
 
 
アンはサボが握るのと反対の腕でごしごしと顔をこすると、ギュッと唇を固く結んで、揺れないまっすぐな瞳でサボをもう一度見た。
 
 
「ごめん、あたしやるから。…金も、上手に使おう」
「…わかった」
 
 
サボがアンの腕を緩く離すと、そこはうっすらと赤く色づいていた。
アンは無意識にそこをさすりながら、まだ泣き跡の残る顔で笑って見せる。
 
 
「弱弱しいこと言ってごめん。もう大丈夫!」
 
 
アンは椅子をくるんと回して、体操選手よろしくぱっと椅子から飛び降りた。
サンドイッチの残りにサランラップをかけ直してそれを冷蔵庫にしまう。
 
 
「洗濯機回してくれた?」
「あ…まだだ」
「じゃ、ルフィが帰ってくるまでにやっちゃおう」
 
 
先程までの弱弱しさはどこへやら、アンはきびきびと動いてさっさと階段を上っていってしまった。
残されたサボは、ぽかんとその背中を見送るしかできない。
 
 
(アンは強い)
 
 
強すぎて、たまに折れ所を間違える。
「逃げる」と言ってくれていたらどんなに楽か。
いや実際楽なのはサボの気持ち的な面だけで、現実は厳しさを増すだろう。
それでもアンが逃げると言ってくれたら。
サボはアンとルフィの手を引いてどこまででも逃げる自信があった。
 
 
本物の髪飾りを手に入れるまで、アンはこの苦しさを繰り返さなければならないのかと思うとどうにもやりきれなくて、ちがう逃げたいのはおれのほうだと気付いた。
 
 
 

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。

足りん
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