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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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前半はこちら






サンジ君と二人で最初の収穫物であるバナナを砂浜まで運び、岩の陰に置いておく。
そしてまた森の中へと戻った。


「ナミさんそこ、木の根が這ってるから気を付けて」


彼が指さした足元を注視しながら、青い背中を追っていく。
最初に見つけたバナナの木はそこらじゅうに立っているのに、何を探しているんだろう。
なにも言わずにどんどん足を進めていくサンジ君に少しイラついて、あたしは尖った声を出した。


「ねぇ、食料はとりあえずこのバナナだけじゃだめなの?」
「いや、うん、食いモンはそれでいいんだけどね。水が欲しいだろ。川か池か何かないかなと思って」


みず、とあたしは声に出した。
全然思いつきもしなかった。
サンジ君は確かに遠くを見るようなしぐさをしたり、足元を確かめたりして水源を探しているようだ。

サンジ君の頭の中には、既に今やらなければいけないことが順序立てて組み立てられているのだろうか。
そうでもなければ、こんなふうに次々と行動には移せない。
この男の頭の中は女と料理のことでいっぱいで、それ以外は入る余地もないと思っていた。


「いて」


せり出した木の枝に頬を引っ掻かれて小さく声を上げた彼の背中が、すこし見慣れないもののような気がした。


「ねぇ、こんなに奥まで行って大丈夫?」
「ああ、帰り道はわかるから大丈夫だよ」
「水って、要るかもしれないけどそのうちルフィたちがここを見つけてくれるでしょ、そんなに必死に探さなくてもいいんじゃ」


サンジ君は静かに振り返った。
その目を見て、あたしは続けるはずの言葉を飲み込む。
彼の深い青の目は、思わず身を引くほど強い真剣みを帯びていた。

なによ、なんでそんな目をしてるのよ。


「……ごめん、オレがちょっと喉乾いたから、水ないかなって」
「……そう」
「ごめんね、疲れた?」
「へいき。行こう」


そう言うと、サンジ君はまた前を向いて歩きだした。
あたしはもう意を唱えることなく黙って彼の後ろに付き従い、見よう見まねで淡水を探した。



30分ほど歩いたが、川も池も見つからない。
こんなに歩いているのに森を抜けたり対岸に出たりしないということは、そこそこ大きな島なのだろうか。
サンジ君は困ったように足取りを緩めて、何度かあたしを気遣う声をかけた。
そのたびにあたしは「へいき」と「大丈夫」を繰り返す。
しかしついにサンジ君は足を止めた。


「戻ろっか。あんまり遠くまで行くと帰りに日が落ちるかもしれねェ」
「……そうね」
「ま、そのうちアイツらもここを見つけるだろうからそんなに心配するこたねェんだけどさ」


思わず落ち込んだような低い声が出たあたしを、サンジ君はとりなすように身振り手振りをつけて慌てて慰めた。
ただでさえ気遣われているのに、これ以上気を使われるのはあたしのプライドが許さない。
そうね、と軽く答えた。

サンジ君は踵を返して、元来た道を引き返していく。
あたしもそのあとに続こうとして、しかしすぐ足を止めた。
きらりと、少し離れた地面が光った気がしたのだ。
まるで水面に光が反射したように。
足を止めたあたしを、サンジ君が振り返った。


「ナミさん?」
「待って、あそこ」


あたしは足元に気を配りながら光の方向に歩いていき、大きな葉っぱを捲っておおわれていた地面を覗き込んだ。
ちろちろと、細く水が流れている。


「サンジ君! これ、見て!」


後ろ手に手招いて呼ぶと、サンジ君はすぐにやって来た。


「……水だ」


そう言った彼の声には喜びと安堵が滲んでいる。
サンジ君は指先をその水流に付けて、濡れた指をぺろりと舐めた。


「淡水だ。どこかにこの水がたまった場所があるかもしれない」


すげぇよナミさん、とサンジ君は子どもを褒めるときのように、あたしと目線を合わせてそう言った。
子どもじゃないのに、あたしは少し誇らしい。


サンジ君は水の流れを追うように、草木で覆われたわき道へ分け入っていった。
彼が作った道なき道をあたしも歩いていく。
そう歩かないうちに、サンジ君は立ち止まった。
池と呼ぶにはいくぶん小さい、もはや大きな水たまりと言う方が近いような水面が目の前にあった。


「……湧水?」
「うん、でもここから湧いてるわけじゃねェな。多分別の場所から湧いて、ここには溜まっただけみてぇだ」
「飲めるの?」
「うーん」


サンジ君はその水たまりの前に膝をついて、手で水を掬った。
あたしもその手の中を後ろから覗き込んだが、細かい土や葉っぱが紛れていてあまり飲むのに適しているようには見えない。


「ちょっと……アレかな。濾したら飲めないでもないだろうけど」
「そう……」


せっかく見つけたのに、と肩が落ちた。飲めないのでは意味がない。
しかしサンジ君は落ち込んだあたしとは対照的に、「でもよかった」と明るく言いながら立ち上がった。


「飲めるほどきれいじゃねェけどさ、顔とか身体、海水で気持ち悪いだろ? 洗えるね」


あたしは意表を突かれて、きょとんとサンジ君を見つめ返した。


「でも……飲めないし」
「うん、まぁ、でもさっきさ、歩いてる途中でヤシみたいな木見つけたから。ヤシなら実の中にジュースが入ってるから。それ飲めるよ」


そんなもの、まるで気が付かなかった。
あたしは、サンジ君が水を探してるっていうから──
言葉を発しないあたしをサンジ君は笑い顔のまま不思議そうに見つめて、アッと声を上げた。


「大丈夫、この辺にいるし、絶対ェ覗かねぇし! 服まで脱がねェかもしれないけど、その、とにかく大丈夫だから」


だから安心してドウゾ、と頭まで下げられたのでついにあたしは何も言い返すことができなくて、促されるままとりあえず潮気の浮かんだ顔を洗うことにした。
サンジ君はそそくさとその場を離れていく。
喉が渇いてるなんてやっぱり嘘じゃない、ウソツキ、ウソツキ、とばしゃばしゃ水を跳ねさせながら心の中で繰り返した。


顔を洗って、腕や髪の海水をすすぐとずいぶんさっぱりしたけれどまた濡れてしまった。
もうすぐ日が落ちるからあんまり気温は上がらない。
濡らさない方がよかっただろうかと少し心配しながら、姿の見えないサンジ君を探した。


「サンジ君、どこ?」
「ここここ、ナミさん」


草木の間からサンジ君はひょっこり現れた。
片手に3つほどヤシの実を抱えていて、もう片方の手には藁のようなものを掴んでいた。
ひとりでそれらを収穫していたらしい。


「そっちの藁はなに?」
「ヤシの実についてる繊維の藁なんだけど、結構水吸うから。あんまり肌触りよくないからこすらない方がいいと思うけど、使わねェ?」


それらの藁が集まったスポンジのようなかたまりを、あたしは差し出されるがまま受け取った。
これもあたしのために取っておいてくれたのか。
サンジ君の想像力が及ぶ範囲の広さに眩暈がしそうだ。

ヤシの藁は彼の言うとおりざらざらしてチクチクしてまったく肌触りはよくなかったが、確かに水をよく吸ったので濡れた肌はまた乾いた。
サンジ君は至極ごきげんで満足そうで、「じゃあ帰ろうか」と言ってヤシの実を抱えなおした。


「サンジ君も身体洗わなくていいの?」


この流れから行けば当然そうするのだろうと思っていたのでそう口にしたのだが、サンジ君は思ってもみなかったのか単に忘れていたのか、一瞬キョトンとしてから「あ、そだね」と言った。


「じゃあごめん、ちょっと待ってて」


ここにいてね、とサンジ君はヤシの実をあたしの足元に下ろすとおもむろにシャツを脱いだ。
それをヤシの実の上に置いて、水のたまった場所へと歩いて行った。

彼が脱いでいったシャツに触れてみる。それはまだ冷たく湿っていた。
海水で濡れたのと、さらにこれは汗かもしれない。

サンジ君はすぐに戻ってきた。3分も経っていない。


「おまたせ」


身体もさっさと拭いたのだろうか、あまり濡れていなかった。
右側の髪を後ろに掻き上げて、サンジ君はシャツを拾い上げようと腰をかがめた。


「……あれ? どしたのナミさん」


オレのシャツ……とサンジ君は微妙な笑顔であたしを見た。
シャツはあたしが持っている。


「こんな濡れたシャツ着てたら風邪ひくわよ。ちょっと乾かした方がいいんじゃない」
「そう? そんなに濡れてた? 結構乾いたと……」


そう言ってあたしの手からシャツを手に取ったサンジ君は、一瞬ぎょっとしてすぐにあたしの手からそれをもぎ取るように奪った。


「なによ」
「……いや、思ったより濡れて……ってかあんまり、そのきれいじゃないから、ね」


この男はこんなことまで気にするのか。
あたしは呆気にとられて、ただ「そう」と呟いた。
サンジ君は自分の手に巻き付けるように、ぐるぐるとシャツを手元で丸めて未だにごにょごにょと言葉尻をごまかしている。
そんなふうに丸めたら皺がつくに違いない。
サンジ君は急に「ちょっと待ってて」と言ったかと思うと、シャツを持って水場へと戻っていった。
なにをするのかと思いきや、しゃがみ込んでバシャバシャとシャツを洗っている。
あたしはぽかんとその後ろ姿を見ていた。


「ごめんおまたせ、帰ろうか」


サンジ君はぎゅっとシャツを絞りながら戻ってきた。


「……そんなふうに洗っちゃったら、しばらく着られないじゃない」
「干して乾くまでだから」


サンジ君は気まずさをごまかすようにいつものしまりのない顔で笑って、元来た道を歩き出した。
あたしは白い裸の背中を目で追って、そのあとに続いた。




砂浜についたころ、海はオレンジに染まっていた。
西側の空が血のように赤い。
ふつうこんなに赤い夕陽が出ると次の日は晴れのはずだが、入ったばかりとはいえここはグランドラインなのでそういう常識は通じないだろう。
サンジ君があたしを呼んだ。


「ヤシの実のジュース飲んでおいたほうがいいよ。ナミさん少し海水飲んでたから」
「うん、どうやって飲むの?」
「おれが割るよ」


サンジ君はいつのまに拾って来たのか、手ごろなサイズの石を握っていた。
それでこの堅い表面が割れるものだろうか、と訝しがるあたしをよそにサンジ君はヤシの実を胡坐をかいた足の上でくるくると回す。
そして、ヘタの部分を上にしてそこに石をぶつけ始めた。
堅い表皮はびくともしないが、そのかわり石をぶつけたへたの部分がぐにゃりと深くへこみ始める。
あたしは彼の手元をじっと覗き込んだ。
どんどんへこみは大きくなっていき、ついにピシリと裂け目が入った。


「はい」


サンジ君はその身を丸ごとあたしに差し出す。


「それ傾けたらジュースが出てくるよ。ストローとかなくてごめんね」
「いいわよそんなの」


この状態でストローがなくちゃ飲めない、なんていう程甘えた奴ではない。
あたしは重たいヤシの実を受け取って、それを顔の上で傾けた。
どぷんと実の中で液体が揺れる手ごたえを感じる。
ぼたぼたっと顔の上にジュースが落ちてきて、慌ててそれを口で受け止めた。
甘い。
つめたくておいしい。


「だいじょうぶ? 飲める?」
「うん」


サンジ君はもう一つの実を同じように割って、自分もジュースを飲み始めた。
気付かなかったけど、あたしは案外喉が渇いていたらしい。
滴り落ちてくるその果汁はどれだけでも喉を通った。


「……日が沈んできたな」


ヤシの実から顔を上げた彼は、あたしの背後の海を眩しそうに眺めていた。
あたしもつられてその視線の先を振り返る。
波は静かだった。
迎えの船は影さえ見えない。

ルフィたちは大丈夫だろうか。
間違いなくピンチなのはあたしたちの方だけど、航海術をもたないあいつらだって海の真ん中に放り出されて安全なわけがない。
奴らの底知れないポテンシャルを信じるしかなかった。


「大丈夫だよアイツらは。ルフィとクソマリモはともかく、ウソップの奴が多少航海の常識くれぇは知ってるだろうから」


たとえ船が大破したっておちおち死ぬようなタマじゃねェよ、とサンジ君は冗談めかして笑った。
あたしは何も口に出していないのに。
心をあけすけに読まれたような気がしたが、サンジ君だってメリーに残されたアイツらの安否を案じているのだから、あたしが不愉快になるのはお門違いだろう。

辺りはどんどん暗くなり、明るくからっとしていたジャングルからは時折奇怪な鳴き声が飛び出してきた。
あたしはぎゅっと自分自身を抱きしめるように腕を回して、両足も引き寄せる。
そうしないと、じわじわ忍び込んでくる恐怖心に埋め尽くされて叫びだしてしまいそうだった。


「やっぱり火が欲しいな」


不意にサンジ君が立ち上がり、ジャケットとシャツを干していた岩へと歩いていく。
その岩の上にいつの間にか湿ったマッチの箱を干していたらしい、彼はそれを手に取った。


「使えるの?」
「乾いてりゃ使えるよ。……うん、ダメなのもあるけどいくつかは」


サンジ君が一本マッチを選んでそれを擦る。
ポッと小さな種のような火が灯った。
彼はそれをヤシの藁に燃え移す。
小さな火種が彼の手の上に出来上がった。

あつあつ、と言いながらサンジ君はそれを枯れ枝の間に挟みこみ、顔を近づけて息を吹き込んだ。
黒い煙がぶすぶすと上がり始め、それが次第に太く濃くなっていく。
そして、サンジ君が煙にむせて顔を背けたとき、ぼっと大きな火が枯れ木全体に燃え移った。
ぱちぱちとヤシの藁が爆ぜる。
橙色の炎は、暗く沈んだ気持ちを少しだけ温かく溶かしてくれた気がした。
あたしは焚き木に手をかざして、思わず「あったかい」と呟いた。


「オレもう少し枯れ枝取ってくるから、ナミさんはここにいて」


サンジ君はあたしの返事も聞かずにさっさと森へと入っていく。
あたしは燃え上がる炎に照らされて映える自分の脚をじっと眺めていた。
行動が速くてまともなサンジ君なんて、もうすっかりあたしの知らない人だ。


「ねぇ」


戻ってきた彼に声をかけると、サンジ君は「ん?」と軽く答えながら枯れ枝とヤシの藁を自らの傍に積んでいる。


「妙にサバイバルに詳しいのね」
「あぁ、まぁ、経験者だからね」
「え?」


どういうことよと目を瞠ったあたしを、焚き木をはさんで向かいに座るサンジ君は「アレ」と呟きながら見返した。


「ナミさんは知らねェんだっけ。ガキの頃、オレ一度遭難したんだよ」
「遭難!? うそ」
「ホントホント。まぁただの岩場みてぇな島ともいえねェ狭い所だったから、こことは勝手が全然違うけど」


なによそれ、そんなの、今の状況よりずっとずっと過酷じゃないのよ。


「ど、どうして」


話の続きを知りたくて、なんでだろう、あたしは今大嫌いな男のことが知りたくてたまらない。

火の粉が爆ぜる向こう側で、サンジ君の顔もオレンジに照らされていた。
少し伏せた顔からは表情がよく見えない。
こんなにもじれったく、待ち遠しく、サンジ君の言葉を待ったのは初めてだ。


「面白い話じゃねェよ」


そう断って、サンジ君はぽつぽつと話し出した。
客船でコック見習いをしていたこと、あのおじいさんが海賊だったこと、そして絶海の孤島で85日間の遭難。

あたしは一言も言葉を発することを忘れて、ぜんまい仕掛けのように頷きだけで先を促してサンジ君の話に聞き入った。
ストーリーが面白かったわけじゃない。
彼の話すそれがあまりに現実からかけ離れているにもかかわらず、そのすべてが今のサンジ君につながっている、今の彼と過去を繋ぐその糸があたしの目の前にはっきりと見えたのだ。

サンジ君は食べ物を粗末にしない。
その意思は、考えてみれば並大抵のものではなかった。
レストランで働いていたのならば厨房の内実もよく知っているだろう。
客が出す食べ残しは、客ひとりが考えているよりずっと膨大な量だ。
その実情に慣れているたいていの料理人は、客には見えないレストランの裏口からそれらの大量の食べ残しを捨てている。
そしてそれに慣れているはずだ、そうでなければやっていけない。
にもかかわらずサンジ君は食べ残しを断じて許さなかった。
もちろん食べる側のあたしたちが彼の料理を食べ残すことなどほとんどないのだが、たまにあたしが生理痛で食欲がなかったり、ゾロが寝過ごして料理が余ったときなどは、たとえ余った料理が誰かの食べ差しであろうとも彼がそれを捨てることはなかった。
ルフィに与えるか、彼自身が食べる。

一度ウソップが嫌いなキノコを残した時、彼はたった一度だけウソップに雷を落とした。
サンジ君は「フザケンナ」と怒鳴ったかと思うと、ウソップが残したキノコの皿をさっと取り上げてキッチンへと戻っていった。
きっと捨てるのだろうとあたしは軽く考えていたのだが、サンジ君は10分もしないうちにまた皿を手に戻ってきた。
その皿には、別の料理が盛られていた。
ウソップは一度落ちた大きな雷にまだビクビクして、サンジ君をおそるおそる見上げていた。
『こっち食え』
『な、なん……え、別の?』
『いいから。これなら食えるだろう』
『お、おう……』
テリーヌのようなそれを、ウソップはぺろりと平らげた。
ルフィが『ずるいずるい』とうるさかった。
『食えたか』
『おう、美味かったけど……なんでわざわざ』
『今の、キノコ入ってたぞ』
ウソップは無言でガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
『……ウソだろ』
『ウソを吐くのはテメェだろ』
『キノコの味なんてまったくしなかった!』
『そう作ったんだから当たり前だ、ったく、せっかくの香りを台無しにさせやがって……つーか食えねェモンがあるなら先に言っとけクソッパナが』

そのときあたしは、へぇ料理人ってすごい、と単純に感嘆していた。
今まで特に意識していなかったそれらのことの根幹は全てひとつだったのだ。

そして、水を探しているときジャングルの中で見たサンジ君の目。
あたしが「すぐにルフィたちが見つけてくれるでしょう」と呑気なことを口にしたときの真剣な顔。

サンジ君は本当に起こりうる最悪の事態をその身に染みて知っているのだ。
美味しくてキレイな料理を作ってくれるだけの料理人ではない。

食べることは生きること。
生きるためには食べること。

サンジ君はあたしたちを生かすために料理をしている。


「とまぁそんな流れでバラティエ創ることになって、オレはあそこにいたと。……つまんねェだろ?」


急に照れくさくなったのか、サンジ君はあたふたとバナナを房からもぎ取って木の枝に突き刺し始めた。


「さすがにおなかすかねェ? バナナ焼いてみよっか」
「……うん」


なにかすごく大切な話を聞いた気がするのに、あたしはうまい言葉一つ言うことができず、ただ頷き返して目の前の炎を見つめた。


「バナナ焼くと美味いってレシピ見たことあって、一度やってみたかったんだよな。ほらバナナって日持ちしねぇだろ? 積み荷に入れるには不安だし、焼くっつってもケーキにするくらいしか調理したことなかったからさ。シンプルな焼きバナナってのも面白そうだ」


サンジ君はさっきまでの話の流れをごまかすように急に饒舌になった。
焼いたバナナはまだまだ青かったくせにとても甘くて、そして思った以上に熱くてあたしは舌を火傷した。
熱いから気を付けて、と言うサンジ君に「もう遅いわよ」と理不尽な怒りをぶつけると、サンジ君は鬱陶しいほどあたしを心配した。

ごめんね、大丈夫? 大丈夫?

大丈夫だってば、もう、放っておいて、必要以上にやさしくするのはやめて、
あたしはアンタが嫌いなんだから!


サンジ君に背を向けて、あたしは海のある方に体を反転させた。
火照っていた身体の前半分の熱が引いていく代わりに、じりじりと背中が熱くなってきた。

焚き木の向こうでサンジ君はどんな顔をしているんだろう。
いつもは気にならないことがそのときはなぜか頭の隅に引っ掛かって、あたしは何度も振り向きたくなるのを堪えた。
真っ黒の海と空が目の前に広がっている。





ビクッと身体が揺れて、ハッと目を開いた。
あたし、寝ていたの? とぼんやりする頭と身体を起こす。
いつのまにか横になっていたのだ。
辺りは変わらず真っ暗だが、背後からぼんやりと炎の灯りが届いていた。
左側の顔や肩からポロポロと砂が剥がれ落ちた。
それと同時に、右肩に掛かっていた重みがバサリと落ちる。
サンジ君のジャケットだった。
厚手のそれのおかげで右肩は冷えていない。
砂に直接触れていた左肩の方が冷たいくらいだ。
ふと、脚にも何かが触れているのに気付いて目線を下げた。
横に投げ出したあたしの脚の上にはサンジ君の青いシャツが掛けられていた。
乾いている。
夕方のあの日差しだけで乾くはずがないから、あたしが寝ている間に焚き木で炙って乾かしたのだろうか。
そうだ、サンジ君は?

振り返ると、子供の頭くらいの大きさの炎がちろちろと揺れていて、その向こうで膝を抱えて頭を垂れるサンジ君がいた。
眠っている。
知らないうちに、あたしはほっと息を吐いていた。

とりあえず火が消えないようにと、焚き木の中にヤシの藁を放り込んでみる。
燃え上がったときにすかさず枯れ木を追加すると、炎は少し大きくなった。
しばらくは大丈夫だろう。

あたしは膝立ちになって、サンジ君ににじり寄った。
立てた膝に額をつけて眠っているところを見ると、眠ろうと思って眠ったわけではないのだろう。
ぼんやりとした灯りが彼の金色の前髪を照らしていた。


「……サ、」


名前を呼ぼうとして、途中でやめてしまった。
起こさない方がいい気がした。
こうやってこの男の寝ている姿を見るのは初めてだった。
あたしの知らないサンジ君がここにもいる。

そっと、むき出しの肩に手を触れた。
冷えている。
いくら焚き木に当たっているとはいえ、上半身裸で寒くないはずがない。
それにサンジ君は濡れたままのスーツのズボンをずっと身に着けていた。
普通なら足元から体が冷えて、動くのも辛くなるだろう。
いや、きっと辛かったはずだ。

裸の背中に、あたしは黒いジャケットを掛けた。
背中に乗せるだけでは滑り落ちてしまうので、ほとんど頭から被せるようにした。
そしてシャツをどうするか悩んだが、使い道がなかったのでこれはあたしが借りておくことにした。
サンジ君の隣に腰を下ろして、自分の脚に青いシャツを掛ける。
そしてサンジ君の片側を温めるように、寄り添った。
砂よりも冷たい。


本当は知っていた。
サンジ君が他のバカな男たちと同類ではないと、気付いていた。
船の上で見せるようなデレデレヘラヘラしたサンジ君もサンジ君だけど、今日あたしに見せてくれたサンジ君もまた本物だ。
やっと今日気付いたわけではない。
本当はずっと知っていたのだ。
だけど「嫌い」「大嫌い」と突っぱね続けることであたしはサンジ君をそれ以上知ろうとしなかった。
一度貼りつけたレッテルをはがすのが億劫なだけだった。
あたしの怠惰で彼を傷つけた。

サンジ君はこの島に流れ着いてから、あたしの顔以外を必要以上に見ようとしなかった。
視界に入れることさえためらっていたように見えた。
あたしが嫌がるのを知っていたからだ。
サンジ君は一言たりとも、あたしに甘い言葉さえ言わなかった。

そういうやたらめったら心配りができるところも気に食わないのよ。

でも本当は、そんなに嫌いじゃない。
気配り上手なところも、言う程嫌いじゃない。
サンジ君はきっとあたしが知る男の誰よりもやさしいから。


ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら揺れる炎を見ていると、頭がぼうっとしてきた。
あたしはサンジ君の肩に頭を預けて目を閉じた。
このまま朝が来ても、ひとりで眠るより寒くないだろう。
そう思うと、すうっと引き潮のように意識は落ちて行った。





今度の目覚めは酷く強引だった。
あたしの頭を支えていたはずのサンジ君がなんの拍子にかよろめいたせいで頭が外れて、あたしはそのまま横倒しになるようにサンジ君の上に倒れた。


「うおっ」
「ひゃっ」


ふたりして声を上げて横に倒れた。
どさっとあたしはサンジ君のお腹の上に乗り上げて、なんだなんだとすぐに身体を起こす。
朝だ。
晴れた空の上で輝く光がまぶしい。


「やだ、びっくりした」
「え、なに、ナミさん、なん、」


サンジ君は意味もなくきょろきょろと辺りを見渡して上体を起こし、妙に目をおどおどさせた。


「あれ、オレいつ寝て……つーかナミさんもあそこで寝てなかったっけ」
「一回起きたの! ハイこれシャツ返す。ありがとう掛けてくれて。ジャケットも」
「あぁ……あ、てかナミさんもオレに掛けてくれたの。ありがと」
「別に! 裸で寒そうだったから返しただけよ。それよりサンジ君おなかすいた」
「ん、じゃあメシ……ってまたバナナしかねェけど」
「それでいいわ」


サンジ君は一つ伸びをしてから、青いバナナをもいであたしに手渡した。
あたしはサンジ君の隣にきちんと座り直して、受け取ったバナナの皮を剥く。
サンジ君は起き抜けで頭がはっきりしないのか、バナナの房を手にしたままぼうっと消えた焚き火の残骸を見ていた。
そして突然ハッと身じろいだかと思うと、すすす、とあたしから離れるように座る位置をずらした。


「なによ」
「……いや?」
「あたしが隣に座っちゃいけないの。失礼ね」
「いやいやそういうわけじゃ……っていうか、うん」


もごもごとはっきりしない言葉を漏らしながら、サンジ君は思い出したようにシャツを着た。
それからおずおずと、あたしにジャケットを差し出す。


「これ着てください……」
「え? 別に寒くないわよ」
「いや、そうじゃなくて……オレが困るから」
「どういうことよ」


サンジ君はジャケットをあたしに差し出したまま少し逡巡して、「目のやり場に」と呟いた。


「ハァ? バッカじゃないの」


心底呆れた声を出すと、サンジ君は強引にあたしにジャケットを押し付けて「言っとくけど!」と久しぶりにハリのある声を上げた。


「ナミさん自分で思ってる以上にその恰好悩殺的だから! それ見るなってもう拷問だから! だいたいナミさんだって多少は自分で自衛意識持ってくれないと」
「アンタが困るっていうの」
「そう!」


キッパリと断言して、サンジ君は吹っ切れたように自分ももしゃもしゃとバナナを食べ始めた。
クソ、調理してェと場違いなセリフを呟いている。

この男はなんてバカなんだろう。
なんてバカで、まったく、可笑しい。

思わずふふっと声を上げて笑った。
サンジ君が驚いて顔を上げる。


「ナミさん今笑った?」
「だってアンタがあんまりバカだから」
「……オレのこと嫌いじゃないの?」
「嫌いよ」


途端にサンジ君はひっぱたかれたかのような顔をした。
傷付いてひきつったこの顔を、あたしは随分と見慣れてしまった。


「アンタみたいな甘ったれた女たらしは嫌い」


サンジ君はしゅんと項垂れて、何か諦めたような顔をする。


「でも」
「でも」


続けたあたしの言葉は、不意にサンジ君が上げた声と重なった。


「なに?」
「いや、ごめん」
「なによ、いいから」


早く言って、と促すとサンジ君は困った顔で少し口ごもってから、頼りなく下がった眉のまま「でも」と繰り返した。


「それでもオレはナミさんを嫌いになれない」
「あたしも」
「え?」
「あたしも、アンタのこと大嫌いにはなれない」


サンジ君は不意を突かれた顔で、きょとんとあたしを見つめた。
これ以上追及されたらたまらない、とあたしは話を畳むようにバナナの皮をくるくるっと丸めて焚き火の跡にぽいと投げ込む。
さてと、と立ち上がってあたしも伸びをした。
颯爽と晴れたいい天気で、海も凪いでいる。
振り返ってサンジ君を見下ろすと、彼は「え? え?」とまだぶつぶつ言っていた。


「早くメリーに戻ってごはん作ってね、サンジ君!」


意識しなくても、あたしの顔は自然と笑っていた。
サンジ君は呆気にとられたようにあたしを見上げていたが、突然立ち上がったのであたしは思わず仰げ反る。
すっと彼が息を吸った。


「ナミさん好きだーー!!」
「うるっさい」


反射で言い返したあたしの言葉のすぐ後に、ずっと小さな別の声が続いた。

──サーンジー!!
──ナミー! 


空より濃い青の海のずっとずっと向こう、水平線の糸の上にぽつんと乗るようにちいさな粒が現れていた。
あたしとサンジ君は思わず顔を見合わせた。


「サンジ君!」
「ナミさん好きだ!」
「なんでよ! メリーが来たでしょう!」


よかった、帰れる、メリーに帰れる、とまんざら嘘でもない涙を浮かべるあたしの横で、サンジ君は「ナミさん!」と妙に意気込んだ声を上げた。


「なによ、メリー号がもう見えるのよ!」
「ナミさんオレ、ナミさんがオレのこと嫌いでもオレはあんたが好きだ! あんたがオレのこと大嫌いになっても、オレはずっと好きだ!」


な、とあたしはすぐに言葉を返せなかった。
なんで今それをここで言う必要があるのよ。
それもそんな一生懸命な顔をして。


「か、勝手にすれば!」
「勝手にします!」


至近距離で叫びあうあたしたちを笑うように、ウミネコがみゃーと鳴いた。

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