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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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おとぎ話が嫌いな子供だった。
可哀そうな女の子がやさしい仲間たちに助けられながら結局王子様と結婚したり、貧乏な子供が神様にやさしい心を買われて大金持ちになったり、そういう話が嫌いだった。
ありもしないやさしいお話を夢見るより、あたしは確実に存在するこの世界を地図に描き出すことの方が、何倍も楽しいし価値があると思っていた。
地図はあたしを満たしてくれる。
ときにはお金にだってなる。
でも甘いおとぎ話はだれも救わない。
だから、『あなたのプリンスです』だなんていうアイツが大嫌いだった。




ルフィのシャツを縫っている。
ルフィはいつも同じ色同じ形のシャツを着ていて、あたしがたった五人ぽっちの海賊船のお金の管理を始めてからたまにお小遣いを上げて「服を新調してきなさい」って言っても全部食べ物に替えてくるもんだからなかなか新しい服が手に入らない。
そのくせ動きが激しいので服の消耗は早く、すぐに擦り切れたり破れたりしてそのたびにルフィはあたしに泣きついてきた。

別にお裁縫は得意じゃないけど、小さいころはいつもベルメールさんが服のリメイクや縫合をしてくれていたので、実家には一通りの道具があった。
それを見て育ち、彼女がいなくなった後見よう見まねで嫌でも自分でしなければならなかったから、気付いたらいつの間にかある程度はできるようになっていた。
たとえあたしが下手くそだったとしても、この船であたしのほかに裁縫ができるような人間がいないのだから仕方ない。

ぷちん、と尖った歯の先で糸を切って目の前に赤いシャツを広げてみた。


「ま、完成かな」


そう呟いたところで、自室のドアが開いた。


「ナミ! できたか?」
「アンタノックくらいしなさいよ」


わりぃわりぃと全く心のこもらない謝罪とともに、半裸のルフィはデスクに座るあたしを後ろから覗き込む。
穴の塞がったシャツを見て、ルフィは歓声を上げた。


「すっげぇ、元通りだ!」
「完全に元通りなわけじゃないんだから、あんまり引っ張ったりしちゃだめよ。あんたすぐに裾引っ張るから」
「だってよォ、」
「だってじゃない。ほらもう服着て」
「ん」


頭から麦わらぼうしを取ってシャツを手渡してやると、ルフィはもぞもぞとシャツをかぶってスポンと顔を出した。


「そうだ、そのぼうしもさ、ホラ端のところほつれてきてんだ、ついでに直してくれよ」
「アンタこうして着実に借金かさんでいってんの、忘れんじゃないわよ」


帽子のほつれを手探りながらじとりとルフィを睨んだが、ルフィはあたしの忠告など意に介するふうもなく、「宝払いだからヘーキだ」とお得意の言葉を口にした。

まったく、と呆れて呟いたそのとき、穏やかなノックの音が響いた。
こんなふうに部屋の扉を叩くことを知っているのは、少なくともこの船にはひとりしかいない。
ドーゾ、と息を吐くついでのように返事をする。


「んナミさァん、温かいレモンティーをお持ちしました……ってクソゴム、テメェ何ぬけぬけとナミさんの部屋に!」


指の腹の上に乗せるようにしてトレンチを支える男は、胸に手を当てて現れたときの顔から、一気に嫌悪の表情を表した。


「おォサンジ、今ナミに服とぼうし直してもらってんだ」


彼はのんきなルフィの言葉を丸無視して、顔に影を作ってつかつかと歩み寄ってきた。


「ち、け、え、んだよテメッ、いつだれがナミさんを後ろから抱きしめるように覗き込むことを許可したァ!!」
「サンジ君うるさい」
「ハイごめんなさい」


従順な犬のようにぴたりと動きを止めて、サンジ君はトレンチをすっとあたしの前に差し出した。


「今日は少し冷えるからホットにしてみました」
「ありがと」
「サンジッずりぃぞ! オレの分は!?」
「テメェのはねェよ、白湯でも飲んでろ」


ギャーギャーと騒がしい二人を尻目に、私は受け取った紅茶をデスクに置くとそのまますぐ針と糸を手に取った。
ほつれているのはリボンのふちだったので、シャツを縫うのに使っていた赤い糸をそのまま使うことにした。


「ナミ、オレおやつ食ってくるからまた取りに来るな!」
「ハイハイ」
「レディに仕事させて自分はのんきにおやつったぁ結構なご身分だなクソ野郎」


あっけらかんとしたルフィに対してぐちぐちと文句を垂れるサンジ君は、あたしの方をちらりと見て少し寂しげに眉を寄せた。
あたしは気づかないふりをして手を動かし続ける。


「あのナミさんカップは取りに来るから、持ってこなくてもいいからね」
「うん」
「メシのときに持ってきてくれるのでも、どっちでも、いいから」


うん、と短く返事をした私に、サンジ君はゆるい笑顔を俯かせた。
そのまま、部屋をさっさと出ていくルフィのあとに続いてサンジ君も部屋を後にした。

デスクの端でゆらゆらと立ち上る白い湯気は次第に薄く細くなっていき、いつの間にか消えていた。
冷えたそれにあたしが口をつけることはなかった。




特にひどいことをしているというつもりはなかったけれど、大概やさしくはないな、とは思っていた。
邪険にしたりはしない。
サンジ君だって仲間だ。
こうして一緒に旅をして、一緒に闘って、彼はあたしを守ってくれるし、あたしも彼が夢を果たせる場所まで船を動かしたい。
それに何より、サンジ君は助けてくれた。
終わらない悪夢をルフィたちと一緒に断ち切ってくれた。
ルフィ一人のおかげだとは思わない。
私のために怒って、私の目の前でクロオビを蹴り飛ばしてくれたのはサンジ君だ。

でもそれと彼の人柄とは全く別の話だ。
それはもう目一杯感謝しているけれど、だからといってあたしが彼のことを好きになれるかどうかというのは話が違う。

ああいう女を傘に着ればどうとでも扱えるようなタイプは、一線引いた内側に入れると途端に厄介になる。
ルフィやゾロ、ウソップが彼とは全く対照的にあたしが女であることを意識しないから一緒に生活していけるのに、彼のせいであたしは嫌でも女を意識しなきゃならなくなる。
もちろん男たちと同じスタイルの生活なんてやっていけないからその辺の調整は自分でしているし、ときにはゾロたちにあたしが女であることを振りかざして見たりもする。
それでも、サンジ君が必要以上にあたしを女扱いするとイライラした。
その扱い方にというよりも、彼のそのスタンス自体にイライラした。
どうせあんたなんて、女にヘラヘラしてあわよくばちょっとエッチなこと出来ればラッキーくらいに思ってんでしょう、なんてふうには思っていた。
そういう目で見てくる男たちの間をすり抜けて生きてきた私にとって、それは紛うことなく嫌悪の対象だったのだ。

サンジ君は仲間だ。
そして、あたしが一番嫌いなタイプの男だった。





「ルフィー、ぼうしできたわよー!」


何がそんなに楽しいのか、甲板でウソップと笑い転げていたルフィを上から呼ぶと、ルフィはむくりと体を起こして、「おう忘れてた!」とぬけぬけと言い放った。
あたしはフリスビーのように帽子をルフィの頭へと放ってやる。


「大事なんでしょ、忘れてんじゃないわよ」
「うおォ、直ってる! ありがとナミー!」
「ちゃんと借金払いなさいよ」
「まかせろ!」


値引かないんだからね、と我ながら手厳しい言葉を放ちながらも、ルフィのあけっぴろげな笑顔を見ているといつのまにかあたしも自然と笑みが漏れていた。


「よっしゃ完成!」


ぼうしのすわりを確かめているルフィの隣で何やらうつむいて作業をしていたウソップが、おもむろに立ち上がった。


「おォ、できたのか!?」
「あぁ、おれ様の設計に間違いはねェな!」
「何作ってたの?」


柵に肘を置いて二人を見下ろしながら尋ねると、ウソップは嬉々とした顔であたしを手招いた。
暇つぶしがてら呼ばれるがままに降りていく。
ウソップの手には、空気の入っていないぺちゃんこのミニプールが握られていた。
いつだったか泳げないルフィが水遊びをするという名目で、街で安いものを買ってきたのだ。


「なにが完成よ」
「これはおれの天才的改良によってゴムの伸縮性と強度を数倍強化してある。いままでのだと水を張ってそれを甲板に置いて遊んでただろ? この強度なら、ロープで船に繋げば海に浮かべても強い波にさらわれることもねぇし、伸縮性を上げてあるからだいぶとデカいプールになる」
「なんでわざわざ海に浮かべる必要があるのよ」
「おれが海で泳ぎたいんだ!」


ルフィが顔中キラキラさせて、ウソップに早く膨らまそうとせがんだ。


「へぇ、面白そうね」
「だろ! おれ様が作って、おれ様がお前たちのために」
「あたしも入ろうかな、着替えてこよっ」


幸い天気は良好だ。
あたしはぺらぺらと動き続けるウソップの口に背を向けて、水着に着替えに自室へと戻った。


手持ちのビキニを着て、日焼け防止のために薄手のロングシャツを羽織った。
甲板に戻ってみると、ルフィがゴムゴムの風船で早速膨らましたミニプールがロープで船べりにくくりつけられているところだった。
たしかこの近海は秋島だが、季節は夏だ。
少し動けば汗がにじむ程度には気温が高く、プール日和といっても過言ではない。
まさかこんなふうに旅をしながら遊んだりできるなんて思わなかった、とあたしは裸足にサンダルを引っかけて階段を下りた。


「はぅあっ!」


珍妙な叫びが聞こえて、思わず口から「げ」と洩れた。
ぼたたっ、と粘度の濃そうな水滴が落ちる音がいくつかした。
振り向けば鼻から下を手で覆ったサンジ君が、洗濯かごを小脇に抱えて立ち往生している。


「んナミさん、君はなんて刺激的な格好を……」
「やだ、なんで鼻血なんて出してるのよ」
「え、なんで? なんで急に水着なんて」
「ウソップが海に浮かべられるプールを作ってくれたから入るの」
「え、ナミさんが?」
「そうよ、悪い?」
「いやいやいやいや滅相もない……」


サンジ君は赤い顔のままちらりと甲板の方に目をやって、問題のプールを見つけたのか「あれか」と呟いたが、すぐにあたしの視線を戻してデレッと目元を緩める。
締まりのない顔。
あたしはさっさとサンジ君の前を通り過ぎて、船べりへと向かった。

船の外側を覗き込むと、既に浮き輪を抱えたルフィが浸かっている。
なるほど、こうして海に青いプールを浮かべると海に浸かっているように見えなくもない。
ルフィはこれをしたかったのか。

自分の改良に大変満足そうなウソップがあたしの隣に並んでルフィを覗き込む。


「ルフィ、あんまり淵に行くなよー! 落ちると危ねェからな!」
「おー! あ、ナミも入んのか!? すげぇぞ、本物の海だ!」
「そりゃ本物でしょうよ……ってここからプールまでどうやって降りるの?」
「跳ぶんだ!」
「当たり前だろ」


げっ、と思わず鼻に皺を寄せてしまった。
だって、船からプールまでの落差は2メートルほどある。
ここから降りなきゃ死ぬとか言われたらそりゃ飛び降りるけど、そういうわけでもないのならあんまり跳びたくない落差だ。
しかも下は安定のないゴムプール。


「ちょっと、もっと安全に降りる方法ないの」
「つってもなァ……あ、ルフィが一回船に上がって、それから降ろしてもらえばいいんじゃね?」
「あぁ、それがいいわね。ルフィー!ちょっと一回戻ってきて、あたしをプールに下ろして!」


いいぞー、と快く了解したルフィが、腕を伸ばして一瞬で船に戻ってきた。
ルフィは犬のようにぶるぶる頭を振って水気を飛ばして、あたしの背後に目を留めた。


「お、サンジも入るか?」
「いや、お前ナミさん降ろすなら丁重に扱えよ。落としでもしたら3枚にオロして今夜の晩飯にしてやっぞ」
「平気よ。ルフィお願い」


あたしはサンジ君を振り向くこともなくルフィの腕を取った。


「しっかり掴まれよー。お前が勝手に落ちても怒られんのおれなんだからな」


ルフィはあたしがしがみつく腕を船の外に垂らして、ゴムの反動で少しずつあたしを下に下ろしていく。


「あ、足着いた!」


するんとルフィの腕から離れると、水しぶきとともに体がプールの中に落ちる。
プールに尻もちをつく形で座り込むと、水はへその辺りまで溜まっていて案外冷えている。


「うわぁ、結構冷たいのね!」
「おれももう一回……あ、ウソップ! たしか水鉄砲あったよな! 持ってくる!」
「おぉ」


だかだかとルフィが騒々しく船べりを離れていく足音が、船底からじかに響くように伝わった。
あたしはプールに大の字で寝そべって空を仰いでみた。


「きもちいー」


ほうっと心地の良いため息が漏れた。


「ナミー、平気かー」
「ぜんぜん平気ー、ウソップこれはいいわ」
「だっろー?」


へへん、と子供のように鼻をすするウソップの得意げな声が聞こえて、あたしは声を出さずに笑った。
続いて甲板からは微かにウソップとサンジ君の話し声が聞こえるが、サンジ君の声が少し焦っているようでウソップの声が呆れている程度しかわからない。
あたしは二人の声をシャットアウトして、もう一度空を見上げた。

あおくてきれい。
微かな風も気持ちいい。

ほんとう、あおいし、雲も白くて……速くて……速くて……?


ジャバッと水を叩いて体を起こした。
雲の動きが速すぎる。
もしかして、とあたしは甲板を振り返った。


「ウソップー!ウソップ!!」
「おぉ、なんだよ」
「そっち! 西の空を見て! 船が邪魔であたしからは見えないの! 空おかしくない!?」
「空……って別にいい天気だけど……おれにはそれ以外にわかんねぇよ」
「おかしいのよ、あぁ、ルフィを呼んで! あたしを上にあげて!!」
「わ、わかった。おいルフィー……うおぉっ!!」


ぶわっと、あたしの目の前にメリー号の横っ腹が迫ってきた。
プールは波とメリー号の狭間で潰されるように、どんとぶつかった。
西の空から風、と思う暇もなくあたしはプールの外に投げ出された。


「ナミさん!!」


船べりにしがみつくウソップと、その隣のサンジ君があたしを覗き込んで叫ぶ。
しかしあたしの耳が水の中に浸かってしまい、その声は途中で途切れた。
幸いプールのふちから落ちるように投げ出されただけだったので、あたしはすぐに水の中から顔を出してプールに掴まった。


「なに!? どうなってるの!?」
「ナミさん!!」
「ああナミ、無事か! いやでも、空はいい天気で」
「明らかにおかしいのよ! 絶対なに……キャア!」


ゴォ、と唸り声のような波の音ともにまたメリー号がプールにぶつかってきた。
あたしの手は掴んでいたビニールから滑り落ち、身体がプールを離れる。
どん、どん、と荒い波がメリー号の腹を叩いていた。

海が荒れる、とあたしの脳に危険信号が電気のように走った。
しかしその瞬間、目の前にモリモリと高い波が現れた。
まずい。


「ナミさん!!」
「や、」


あたしの叫び声は波に飲み込まれた。
ゴォゴォと頭の中で響くように海鳴りが鼓膜を震わせ続ける。
海の中は暗かった。

水を飲む前に上に上がらなくちゃ、上に、うえ、うえ? 

うえはどっち?


あたしの身体は上に下にと回転していた。
不規則な波の動きのせいでおかしな潮流ができている。
あたしはそれに巻き込まれている。
頭はそう理解しているのに、だからといって解決方法がわからない。
息が苦しい。

もうだめ、船はどこ、


息苦しさに口元を押さえたそのとき、あたしの右足首をぐっと何か強い力が掴んだ。


「!?」


驚いて思わず口を押さえた手が離れる。
その途端、塩辛い水が鼻から口から喉に流れ込んだ。
痛い。
目の前が霞んでいく。

死ぬかもしれない。

そう思う反面、あたしは頭のどこかで、本当は大丈夫なのかもしれないとも思っていた。
あたしの足首を掴む手が、けして離れなかったから。




ぱちっと目が開いた。
途端に気管がぐっと狭まるような気持ち悪さが胸を襲って、あたしは仰向けのまま口から水を吐いた。
焼けるように喉と舌が痛い。


「ゲホッ…、うぇ」
「ああ、ナミさんよかった、平気? 息して、ゆっくり」


温かい手が背中をさする。
その動きが導くまま、あたしは深く呼吸を繰り返した。
また何度か塩水が喉をせりあがってきて、あたしはそのたびに吐く。
いつのまにか身体は横向きになっていて、とんとんと軽く背中を叩かれると幾分楽になった。


「い、生きて……」
「そう、生きてるよ、大丈夫。あぁもう、よかった……」


大丈夫だと言われると、大丈夫なのだという実感がわいてきて、あたしははぁと息を吐いた。
砂地の地面に俯せて呼吸を整える。
砂地?

あたしはがばっと勢いよく身体を起こした。
突然動いたあたしに驚くサンジ君が、目の前で目を丸くしていた。


「さ、サンジ君? ここどこ!?」


サンジ君はおろおろと少しの間視線をさまよわせて、それが、と言いにくそうに口を開く。


「わかんないんだ」
「わか、わかんないって」
「おれたち、メリー号とはぐれちまった」
「……うそ」


ざぁっと、頭の血が下へと落ちていく。
サンジ君はまだおろおろしたまま、言い訳をするように言葉を繋ぐ。


「ナミさんが沈んじまったからオレが飛び込んで、ナミさんを見つけたはいいものの波が高くてなかなかメリーに戻れなくて、ルフィのヤツが伸ばした手に掴まる寸前にナミさんごとオレも波に飲まれて……やっと海から顔出せたと思ったら空がすげぇ嵐になってて、雨で煙ってメリー号も見えねぇし、ナミさんは気ぃ失ってるしでオレたちドンドン流されて……そしたら遠くにここが見えたから、メリーを探すより安全だと思ってここまで泳いできたんだ」


サンジ君は困った顔で、申し訳なさそうに頬を掻いた。


「ここって……」
「多分、無人島」
「むじっ……」


絶句して、言葉が続かなかった。

あたりを見渡す。
薄茶色の砂浜。
ところどころ転がる大きな岩。
背後は鬱蒼とした森だった。
目の前には薄暗い色の海が広がっている。


「場所は、どこか……」


サンジ君は黙ったまま困った顔を続けている。
わかるわけがない。

ハッとして、あたしは手首を見下ろした。
ログポースがついている。
軽く振ってみたが、よかった、壊れていない。
指針は次に向かう予定の島を指しているはずだ。
その方向を見て、この無人島が次の島に向かう航路からほんの少しずれただけの場所にあることが分かった。
しかしだからといって、いまメリー号がいる場所はわからない。
メリー号に残るルフィ・ゾロ・ウソップがはたして3人でこの島を見つけてくれるかと考えると、限りなく怪しい。

あぁ、と思わず頭を抱えた。

きっと分裂した積乱雲があったのだ。
積乱雲は小さくちぎれて飛んでいるとまるで天気のいい日の空のようだが、あれは嵐を呼ぶ雲だ。
西の空から飛んできたのだ。
突風に乗って飛んでくるちぎれた積乱雲は、直前まで姿を見せない。
それなのにその雲がちょうどやって来たとき、唯一それに気付けるあたしはメリー号の陰に隠れていた。

今更考えてもどうしようもないことが頭を巡った。
どうしよう、どうすればいい、と頭は迷路のようにこんがらがる。
パサン、と膝の上から何かが落ちた。
黒いジャケットだった。


「これ……」
「あぁ、ごめんそれもまだ濡れてるんだけど、絞って……身体冷えるといけないから。そうだ、まずなんとかして火ィ起こさねェと。ちょっと待ってて、枯れ枝探してくる」


サンジ君は立ち上がって背後の森の入り口辺りに分け入っていった。
水を吸って重くなったジャケットが、あたしの足元で砂にまみれていた。
青いシャツの背中が木の下にしゃがみ込んで何かを検分している。

あたしは立ち上がって、恐ろしいほど果てのない水平線を眺めた。
そうだ、メリー号の迎えが来るまで、アイツらがこの島を見つけてくれるまで、あたしはここで生き延びなければいけないのだ。

あの男とふたりで。





この無人島も秋島のひとつで、気候が安定しているせいか乾いた枝はいくつか見つかったらしい。
サンジ君は枯枝をいくつか抱えて戻ってきた。
しかしそれだけで火は熾せない。


「火種はどうするの?」
「オレのマッチは……くそ、やっぱ使えねェか」


濡れたジャケットのポケットから出したそれは、たっぷり水を吸っていてサンジ君が持つだけでふにゃりと折れた。


「……だめね」
「ごめん」
「火はいいわ。今はあんまり寒くないから」


そう言いながら、このまま夜になったらきついだろうなと考えていた。
身体は晴れた陽気のおかげで乾いてきたが、濡れたせいでいくらか体温は奪われたはずだ。
そのうえあたしの格好はビキニの水着に薄いシャツを羽織っただけ。
サンダルは波にもぎ取られたのだろう、裸足だ。

一方サンジ君は相変わらずのスーツ姿だが、動いたせいで暑いのか黒いネクタイをほどいて、シャツの袖を捲り上げていた。
砂にまみれたジャケットは相変わらず、無残な姿で砂浜に放置されている。


「ナミさん、ちょっと」
「なによ」
「座って」
「なん……」
「いいから」


珍しく有無を言わさぬ口調に、あたしは憮然となりながらも言われた通り砂浜に腰を下ろした。
サンジ君はあたしの前にしゃがみ込むと、おもむろに自身のネクタイを縦半分に手と歯を使って引き裂いた。


「ど、どうするの?」
「森に入らなきゃならねェかもしれねぇし、そうじゃなくても裸足だと足元から冷えるし切れると危ないから」


そう言いながら、サンジ君は引き裂いた黒いネクタイを包帯のようにあたしの足に巻き付け始めた。
案外と長いネクタイはぴっちりとあたしの足を包んで、足首の辺りで固く結ばれた。


「はい完成。ちょっと動かしづらいだろうけど、切れるよりはいいと思う」
「……ありがとう」


黒くなった両足を眺めて、ぽつりと礼を言った。
あたしだって何もお礼も言えないほどヒネてるわけじゃない。
サンジ君はにっこりと笑った。


「今は寒くねェんだよな? おなかはすいてない? さっきちょっと森の入り口辺りだけ見たけど、バナナの木みたェなのはあったから食料はなんとかなるかもしれない」
「……うん、大丈夫」


そう言いながら、あたしはシャツの前を閉じるように片手で握りしめた。
気遣わしげにあたしの姿を見たサンジ君の目はいつものやらしさは微塵もなかったけど、それでもつい気になって、あたしは開いていたシャツのボタンを上から下まできっちり閉めた。
幸い裾の長いタイプだったので、おしりまで隠れてちょうどいい。
色が白なので少し透けるのが難点だ。
オレンジに緑のポイントが入ったあたしの水着は、白いシャツの下ではひたすら透けて見えるだろう。

ボタン閉めちゃうのォ? とか言うかな、とちらりとサンジ君を見上げたが、既にサンジ君はあたしに背中を向けていた。
なんだ、と拍子抜けしないでもない。


「寒くなったらジャケット着てもいいからね。ちょっと干しておこうか」


そう言ってサンジ君は砂まみれのジャケットを拾い上げ、軽く表面を払うと近くにあった大きな岩の肌を覆うように広げた。


「ナミさん、今何時ぐらいかわかる?」


あたしはログポースと太陽を見比べた。


「……15時過ぎくらいかしら」
「そっか。オレちょっと森入って食いモン探してくるけど、ナミさんどうする? もうすこし休んでる?」
「……あたしも行くわ」


あたしが立ち上がると、サンジ君は急に戸惑ったような顔をした。
なによ、あたしが付いて行ったらいけないの。
あんたが訊いたんじゃない。
サンジ君は戸惑った顔を隠すようにあたしに背を向けて、「じゃあ行こうか」と先を歩きだした。
なによ、どういう意味なのよその顔は、とあたしは不機嫌になる。


森は陰湿な雰囲気ではなく、どちらかと言うとからっとしたジャングルのようだった。
サンジ君の言った通り、森に分け入ってすぐのところにバナナらしき果物がぶら下がった背の高い木がある。


「取ってみようか」
「取れる?」
「うん、下がって」


登るのだろうか。
言われるがまま数歩後ずさると、あろうことかサンジ君はその木をおもむろに蹴り飛ばした。
バシンともドカンともつかない音が響いて、森の中にいるらしい生き物たちの気配が一瞬騒然となった。
彼の足が食い込んだ部分から、みしみしと太い幹が折れていく。
重たく地面が揺れて、木が倒れた。
サンジ君は顔色一つ変えずに倒れた木の先端までひょいひょいと近づいて、果実を手に取った。


「ナミさん食べられそうだよ、よかったね」


自分の胴より太い木の幹を脚力だけで折るなんて荒業をしておいてその笑顔はないだろう、とあたしは呆れて言葉を返せなかった。

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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一声いただければ喜んで遊びに行きます。

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