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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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連絡があったのは、その日の22時過ぎだった。
私用の携帯電話にかかってきた部下の張りつめた声に、すぐ向かうという返事と少しの指示を与えて電話を切る。
マルコはそのとき、ニューゲートの部屋から階下へとつながるエレベーターから降りた直後だった。
庁舎の玄関へとまっすぐ進むと、そこでエース対策本部の数名の慌てた顔に出くわした。
 
 
「警察長、先ほど連絡が入り」
「聞いた。オレも今から行く」
「なぜ、バレたんだ……」
 
 
まだ若い部下は、悔しそうに顔を歪めて率直な言葉をこぼした。
マルコはさっさと彼らを抜き去り自身の車へ急ぐ。
後ろから慌てて部下たちが追いかけてきて、公用車を出すと言った。
 
 
「いや、お前らは20分後に来いよい。そのときもサイレンは鳴らすな。一課が車出すだろうが、そいつらもしばらくの間押さえておけ」
「じゃあ、警察長おひとりで」
「……20分経ったら絶対来いよい。遅れるな」
 
 
まだ何か言いたげな部下の声を遮るように、運転席の扉を閉めた。
うすら寒い地下駐車場から出ると、外は月明かりで煌々と明るいいい夜だった。
庁舎から出てすぐに引っかかった信号待ちの途中、携帯を取り出して耳に当てた。
4回ほどのコール音のあと、ぷっと接続音が小さく鳴った。
 
 
「なに?」
 
 
電話に出た声は幼い。
ふつう、掛かってきた電話を取った第一声が「なに?」であるのもおかしな話だ。
しかし今は突っかかっている時間はない。
 
 
「お前らの班を例の屋敷まで出してくれ。指示はオレの部下に伝えとくから聞けよい」
「えぇ、僕もう家帰っちゃった」
「ふざけたこと言ってねぇで早く出て来い。エースの件だ」
「エースって言えばだれでも動かせると思わないでよね」
 
 
電話の向こうでハルタはぷりぷりと怒っている。
頼んだよいとだけ言って、一方的に電話を切った。
そしてすぐ直属の部下に電話を繋げて、ハルタに依頼する用件を指示した。
 
信号が青に変わる。
はやる心を押さえてアクセルを踏んだつもりだったが、いつもより重いエンジン音が響いた。
 
 
 
エースが宝石商の屋敷に出た。
宝石商の屋敷には監視カメラをしかけていない。
そこが宝石商自身の生活圏内であり、プライバシー云々の問題が持ち上がるからだ。
ただ、髪飾りがその家に保管されているというのに迂闊なセキュリティーではいられない。
そのため、髪飾りが保管されているという宝石商の寝室にだけ個体識別センサーを取り付けてあった。
それは、部屋に入り込んだ個体が特定の人物であることを認識するというシステムで、まだ世には出ていない。
警察の科学班が独自に開発した、いうなれば新兵器だ。
エースが現れ、宝石商が所有する髪飾りの保護が問題に上がった際、宝石商自身が髪飾りが自らの手を離れて保管されることを拒んだ。
髪飾りだけはどうしても、家においておきたいのだという。
そうしてエースにとられては本末転倒だという説得に、男は耳を貸さなかった。
そのためまだ開発途中であったセキュリティーシステムを急ぎ仕事で仕上げ、まだ仮の段階ではあるが何とか形になったそれを、男の屋敷に取り付ける運びとなった。
男の立会いのもと、それが男の寝室に設置される場面にマルコも立ち会った。
こんな日常的な空間に髪飾りが保管されているのかと、他の警官たちは目を剥いたり男をいぶかしんだりと反応は様々だった。
ただマルコは、静かな寝室の中ぽっかりと浮かび上がって見える白いドレッサーの存在に目を留め、この部屋が新セキュリティーシステムに守られなければならない理由に少しだけ触れた気がした。
 
そのシステムのもとでは、個人が寝室の空間内に存在するのを熱反応で感じ取り個体を識別する。
それが宝石商以外のものであれば、警察の監視システムに連絡が届く。
寝室その場でサイレンが鳴ったり警告音が響いたりすることはない。
寝室に入り込んだ何者かは、静かにねらいを定められ取り囲まれることになる。
しかしこのシステムの欠点は、限られた空間内でしか作動しないということ、すなわち寝室内のみしか個体識別反応が届かないということである。
何者かが寝室以外の場所をあやしく動いていたとしても、このシステムは感知できないのである。
それでも髪飾りがあるのは寝室であり、そこまでエースが到達できる可能性は低いとも高いとも言えないが、ともかくエースが現れれば警察に連絡は着く。
そして先程、その連絡がついたのだ。
連絡を受けた警察側はすぐさま宝石商に連絡を取ったが、反応はない。
当然何かが起こったのだと、警察は慌ただしく動き始めたわけである。
 
もう一つこのシステムの欠点を上げるとすると、それは通報がどうしても遅くなることである。
エースが寝室に入ってから警察への連絡があり、それから現場へ直行したとしても間に合わない可能性は十分にある。
それまでに宝石商自身に危害がないとも言い切れない。
警察側はむしろその点を強く強調し、髪飾りの保護をこちらに預けるよう男を説得したが、それでも男は首を縦に振らなかった。
 
宝石商の屋敷は街の南部、住宅街の中にひっそりと建っている。
マルコがそこに到着したのは、車を出してからおよそ15分後だった。
たったの15分など、エースは髪飾りを見つけさっさと逃げ出してしまうのに十分な時間だ。
無防備な保管の仕方を頑としても譲らなかった宝石商に、「すきにしろ」とさじを投げたのはこちら側だからもはや言い募ることはできない。
それでもあんなところに髪飾りを転がしておくのは、どうもエースにむざむざと盗ませてやるようなもんだと思ってしまう。
マルコは静かに、屋敷の前に車を停めた。
見たところ何の変哲もない。
夜更けとはいいがたい時間帯だが、あたりはしんと静まっている。
そもそも、こんな早い時間にエースが現れたことは今までなかった。
そのような違和感のせいだろうか、普通ならばエースが逃げていてもおかしくないというタイムラグがあるにもかかわらず、マルコの胸はこれからエースに対面するような予感にひしひしと疼いていた。
宝石商の屋敷に入る前にもう一度部下に連絡を取り、準備が滞りなく進んでいることを確認する。
電話を切ってすぐにトランシーバーの方に、ハルタから連絡が入った。
 
 
「マルコ、僕はもうそっち行っていいの?」
「あぁ、静かにな」
「誰に言ってんのさ、馬鹿にすんなよ」
「……殺すなよ」
「わかってるよ、それこそ誰に言ってんのさ。それより僕直々に撃たせるなんて、マルコよっぽどエースのこと殺したくないんだね」
「オヤジの意思だ」
 
 
それなら僕も気合が入っていいや、とハルタは朗らかな声でしっかりと呟き、通話を終わらせた。
これからきっと5分もしないうちに、ハルタが自身の射撃班を引き連れここにやってくる。
ハルタの部下たちが屋敷の周りに散らばり、四方からエースの姿を狙う。
しかし本命は、髪飾りの眠る寝室の窓の、正面に向かって立つ背の低いアパートからエースを狙撃するハルタ自身だ。
エースを傷つけず、かつ確実にエースの腰にいつも備え付けられているポシェットのベルトを打ち抜き、奴から引きはがす。
動きの定まらない敵をなかなかの距離から、確実に狙った部分だけを撃ちぬくという離れ業をできるのは、警察内にはハルタしかいない。
マルコは預かっていた宝石商の家のスペアキーを取り出し、音を立てず錠前を外した。
 
玄関入ってすぐのフロアは明かりがついていた。
すぐ右側の扉がリビングだ。
宝石商自身の安全確認が先決だと、マルコはリビングの扉に手をかけた。
 
 
部屋の中を視界に入れた瞬間は、そこに誰もいないのかと思った。
しかしすぐ、短く息を呑んだ。
ソファにぐたりと男が一人倒れている。
宝石商自身だ。
マルコは素早く歩み寄り、息を確認した。
 
健やかな寝息を立てている。
一瞬張りつめていた息を吐いたが、すぐにその空間の違和に気付いた。
男が倒れるソファの前にあるローテーブル、そこには冷めたコーヒーの入ったカップが二つ並んでいた。
ひとつは男の側に、そしてもう一つは向かいのソファ側に。
 
誰か客があったのか。
マルコの視線が宝石商の男からふたつのカップへ、そして向かいのソファへと動いて、止まった。
向かいのソファにコートが一枚投げ出されている。
女物だ。
マルコはテーブルを回って反対のソファに近づく。
そちら側のカップには、薄い口紅の痕が付いていた。
 
宝石商のもとに来ていた客は女で、かつこのコートの持ち主であると見て間違いないだろう。
ではその女はどこにいる?
 
マルコはリビングから廊下へと戻り、一階のフロアと二階へ続く階段を見比べた。
謎の女の正体はとりあえずいい、先に髪飾りを、そしてエースを目下の標的に据えた。
マルコは静かに階段を上り始めた。
厚い底の革靴は足音を立たせない。
しかし、年季の入った木の床は遠慮なく軋んだ。
静謐な家の中に、やけにその音が響く。
エースがこの家の中にまだいるとすれば、この音が聞こえたかもしれない。
それでもマルコの胸は焦らなかった。
そろそろハルタの班が屋敷に到着したはずだ。
マルコ自身の部下たちも。
 
二階が見える位置まで昇ってくると、突き当りの寝室の扉がほんの数センチ開いているのが見えた。
唯一鍵がかかっていなければならない部屋が開いている。
隙間からは中が見えない。
それでも何か、誰かがいるという確信は既にあった。
 
 
 
寝室の扉を開けると、中から冷たい風がマルコの顔をなぶった。
右側の出窓が開いていて、そこから外の空気が流れ込んだのだ。
月明かりを背に、エースがいた。
 
マルコに背を向けて、顔だけをこちらに回している。
ひどく無防備に見えた。
無表情だったが、その目は助けを求めているようにしか見えなかった。
窮地、という言葉が浮かんだ。
マルコ自身のことではなく、敵であるはずのエースの気持ちがはかられた。
その無防備さは、黒ひげの手の回し方とは少し異なる気がした。
だからこそ、黒ひげの手とは別のところでエースが動いたのではないかという意味を込めて「ひとりか」と尋ねたが、エースのその意は伝わらなかったようだ。
 
エースはマスクの下に隠された頬を一ミリも動かさず、相変わらず真摯な目でマルコを見る。
大きな黒い瞳が光っているのだろうが、あいにくマルコからは月明かりが逆光になっておりよく見えない。
 
エースが口を開いたので、少しだけ会話をした。
時間をわざと延ばそうとしているような印象を受けた。
焦っているようにも、諦めているようにも見えた。
早くこちら側に落としてしまわなければとより一層思わせる話し方で、今まで聞いたものより声が高く感じた。
 
エースが銃に手をかける。いつもの麻酔銃だろう。
手袋に包まれた黒い手は、銃を持つには小さすぎるように見えた。
まさか、とマルコは視界全体に映るエースの全身を眺める。
 
宝石商の客、コートの持ち主、謎の女はエースだったのではないか。
全ての疑問が一本の線でつながった。
小柄な体は、一度思い当ってしまえばもう女のものとしか思えなかった。
 
それならばますます、ずっとマルコの中で重たくしこりとなっていた疑問が大きく持ち上がってくる。
エースが女だとすれば、この女とオヤジ──エドワード・ニューゲートはどういう関係だ?
オヤジは確実に、エースの正体を知って、それでマルコに捕まえさせようとしている。保護させようとしている。
 
 
出窓の向こうで、ちかっと一瞬だけ光が瞬いた。
ハルタの合図だ。
おそらく出窓の壁には、一課の特殊部隊が貼りついて、部屋に突撃する機会をうかがっている。
さらにこの寝室のドアにもマルコの部下たちが数名、既に張っているはずだ。
 
エースの手に手錠がかかってしまえば、マルコが人目を避けてエースと言葉を交わす機会はなかなかやってこないだろう。
今既に何人かがマルコとエースの会話を聞いているとはいえ、マルコは今訊いておきたいことがあった。
答えが得られないとしても、疑問だけはぶつけておきたかった。
だから訊いた。
 
 
 
銃声が鋭く響いた。
ポシェットが足元まで滑ってきて、エースは出窓から突撃した特殊部隊の警官に取り押さえられ倒れた。
怒涛のように扉から部下たちが飛び込んできて、エース確保の様子におぉっと歓声のどよめきを上げる。
すぐそばまでやって来た一人の部下が、興奮を隠すことなく「やりましたね警視長!」と高い声を上げた。
マルコの胸ポケットで、トランシーバーがけたたましく受信音を鳴らす。
部下たちが一斉にそれぞれ本部と連絡を取り始めた。
鑑識や行政府、裁判所など手続きはいくらでもある。
さらにマルコ自身、ニューゲートに連絡を取らねばならなかった。
 
エースの顎が鈍く床にぶつかった音が、つま先から伝わった。
やっと終わったという感慨は、マルコの胸にこれっぽっちもなかった。
半年以上かかずらわっていた事件に収束の兆しが見えたにもかかわらず、取り押さえられ唇を噛むエースの姿を見下ろしても全く爽やかな気分にはならない。
 
マルコの隣で興奮し通しであった部下が、滑り落ちたポシェットを手袋の手で拾い上げた。
誰もがエース確保に浮足立っており、髪飾りの確認が後回しになっていたのだ。
 
 
「髪飾り、確認します」
 
 
部下は興奮から我に返ったのか、律義にマルコにそう言った。
マルコは黙って目で肯定を示す。
 
 
「触るな!!」
 
 
鋭い棘のような叫びが、下方から飛び出した。
エースだ。
各所との連絡に懸命になっていた周囲の警官たちが、ハッと動きを止めてエースを見下ろした。
ポシェットを手にした部下も、エースを取り押さえる特殊部隊も、マルコ自身も目を瞠って声の主を見る。
気付いてしまったマルコには、その声がもう女のものにしか聞こえなかった。
そして、ちくりとその声がどこかに引っかかった。
エースから目を離すことができない。
すぐそばで、部下がポシェットのジッパーを開ける音がじりじりと聞こえた。
エースは頭を押さえつけられ、またきつく唇を噛み締めている。
それは、と声が漏れている。
エースを取り押さえる警官が、おもむろにエースの髪を掴みあげた。
ウィッグらしきものがエースの頭から乱暴に取り払われる。
そして、本来の髪束がばさりと床に落ちた。
長く、黒く、月明かりの下で白い筋を浮かび上がらせている。
 
 
「それは、あたしの母さんのだ!触るな!!」
 
 
そう叫んだ声が、マルコの琴線に触れた。
知った声だった。
聞きたいとさえ思った声だった。
 
ちがう、ちがう、と言い聞かせる声がする。
それが頭の中で響く自分の声だと認識するのに時間が要った。
 
 
「女だ」
 
 
一人の警官が、わかりきったことを呟いた。
周囲が息を呑んでいる。
気付けば、マルコは倒れ伏したその女に歩み寄って、目の前に膝をついていた。
小さな顔に手を伸ばす。
張り付いたマスクに指をかけた。
 
黒い膜が剥がれ落ち、露わになった白い肌も、通った鼻筋も、大きな瞳も、マルコは知っていた。
ア、と口を突きかけたが、声にはならなかった。
40年近く生きてきて、これ以上の絶句という体験をしたことがない。
マルコの頭は、必死でこの状況に対する言い訳を、この状況が嘘であるための理由を探していた。
だって、なぜこんなことが起こり得る。
エースの正体がアンである理由がどこにある。
 
エース──アンは、一度だけマルコとまっすぐに視線を交わらせた。
水分を多く含んだ漆黒の瞳がマルコを捉え、そして興味を失ったように光をなくしてマルコから目を逸らした。
 
 
「……マルコ警視長?」
 
 
部下が、動きを止めたままのマルコに恐る恐るとかけた声を聞いて、我に返った。
立ち上がり、無理やりアンを視界から外す。
 
 
「引き上げるよい」
 
 
ハッ、と全員が整った敬礼を返し、部屋の出口へ向かうマルコの後に続く。
背後で聞こえた手錠の金属音に、これほど胸をかき乱されたことはない。
 
 
 

 
どこか遠くでブザーが鳴っている。
耳に障る音だ。
サボはその不愉快な雑音によって、深い眠りから引きずり戻された。
来訪者を告げるベルの音だ。
こんな時間に誰だ、と思いながら時計を確認し、時刻がやはり非常識な時間帯であることを確かめる。
 
隣のベッドでは、枕に足を乗せてルフィが寝ていた。
とんでもない寝相は見慣れたもので、まったくと思いつつサボは自然とさらにその向こうのベッドまで目をやった。
アンがいない。
トイレだろうかと思ったところでまたブザーが鳴った。
しつこいな、と苛立ち、そして頭が覚醒した。
アンがいない?
 
 
「ルフィ、起きろ」
 
 
枕に乗せた足を掴んで、サボ自身が立ち上がるのと一緒にベッドから落とした。
それでもルフィは唸ったまま起きようとしないので、軽く頬を叩く。
 
 
「起きろ、誰か来た。アンがいない」
 
 
ぱちっと、ルフィの目が開いた。
サボは床に転がるルフィを跨いで寝室を出た。
家の中は深々と冷えている。
その冷え込みは、身体の中にまで入り込んでくる。
寝起きでボケた思考は一瞬で吹き飛び、サボの頭は懸命に活動を始める。
そういえば、自らの意思でベッドに入った覚えがない。
ソファで寝こけたルフィを運んで、それきりだ。
 
暗い廊下の灯りをつけ、店へとつながる階段を下りる。
後ろからルフィがぺたぺたと付いてきた。
 
 
「サボ、なんだよ、アンはどこだ」
「わからない。でも誰か来た」
 
 
さっきから自分はそればかりだ。しかしそれ以外に言うことがない。
サボにだってなにがなんだかわからない。
ただなにか不穏な気配ばかりがある。
 
店の電気をつけ、冷たいコンクリートの床を横切って小さな扉を開いた。
途端に視界を塞ぐ大きな影に、ふたりは声を失った。
サボの背をやすやすを超える大きな男と、またサボの背を超える細身の女が二人立っている。
サボとルフィはその巨大な体躯に呆気にとられ、ぽかんと二人を見上げるばかりである。
男の方はスーツの上に豪奢な黒いコートを羽織り、髪を後ろになでつけていかにも堅気の人間には見えない。
なにしろ高い位置にあるその顔を、線路のような縫い痕が横切っているのだ。
男が口を開いた。
 
 
「夜遅くにすまねぇなんて挨拶は抜きでいいか、ニコ・ロビン」
「えぇ、早く本題に入りましょう」
 
 
ニコ・ロビンと呼ばれた女は、切りそろえた前髪の下で切れ長の大きな目をサボと、そしてルフィに向けた。
 
 
「サボと、モンキー・D・ルフィね。ゴール・D・アンの家はここで間違いないかしら」
「そ、そうだけど。アンに何か用か」
 
 
アンの名前が出て、思わずサボはくっと背筋を伸ばして男と女を睨みあげた。
サボとルフィ、そしてアンのフルネームを知っているということはこいつらも黒ひげの手のものか。
そうとなれば今アンがここにいない理由を何か知っているに違いない。
サボは気丈に視線を外すまいとした。
 
 
「あんたらは誰だ」
「オレたちの詳しい自己紹介はおいおいしてやるとして、簡単に言えばオレァゴール・D・アンに雇われた弁護士で、ニコ・ロビンはオレの秘書ってとこだ」
「弁護士? ア、アンに雇われたって……」
「サー、私が話してもいいかしら」
 
 
口を挟んだ女に、サーと呼ばれた大男は一瞬眉を眇めたが、すぐに「好きにしろ」と葉巻を取り出した。
女──ニコ・ロビンは、サボとルフィを見下ろし、大きな声を出さないで頂戴と断ってから、言った。
 
 
「ゴール・D・アンは警察に身柄を確保されたわ。エースが捕まった」
 
 
サボもルフィも、女を見上げたまま硬直した。
言葉も、息を呑むことさえもできなかった。
 
アンが捕まった?
 
ロビンは二人を見下ろして続ける。
 
 
「身柄の確保は約3時間前……昨日の午後11時すぎ、最後の髪飾りの持ち主の邸宅で、「エース」自身に怪我はなく拘束されたと聞いているわ。私たちがそれを知って、車を走らせたのが1時間前……今この事実を知っているのは警察、行政府、そして私たちと言ったところね。そろそろ黒ひげのところにも情報が行くとは思うけど。あなたたちの方にまだ接触はないでしょう」
 
 
ロビンの問いに、サボは口を開くことができなかった。
アンが捕まった、アンが捕まった、そればかりがぐるぐると頭の中を回る。
だって、なんで、そんなことがある?
アンはついさっき、おれたちと一緒に鍋を囲んでいたじゃないか。
黒ひげのもとへ出向くことも、最近はなかった。
もとよりアンは一言もそんなことをおれたちに洩らさなかった。
おれたちに黙って、アンは行ってしまったのか?
 
凍ったままのサボに構わず、ロビンは話を続けた。
大男は面倒くさそうに葉巻を吸いながら、それでもロビンに口を挟むことなく黙っている。
 
 
「私たちがあなたのもとに出向いた用向きは、先ほどサーの言った通りゴール・D・アンと私たちの間である契約があったから。それをあなたたちに伝えに来たの。黒ひげよりも早く、あなたたちにそれを伝える必要があった。もともとそう言う契約だったし、私たちにしかそれはできない」
 
 
ロビンはおもむろに、クリアファイルから紙切れを一枚取り出した。
小脇に挟んでいたらしいそれはピンと伸びたまま、サボとルフィの前に差し出される。
読みなさい、と静かに促され、サボの手がゆっくりと伸びた。
ルフィが横から覗き込む。
サボは書類に目を落としたが、視線は紙の上をつるつると上滑りするばかりで書いてある文字を読み取れない。
サボの頭は、まだ事実の整理がついていない。
 
 
「サボ、ことばが難しい。読んでくれ」
 
 
まだルフィの方がしっかりしている。
きちんと文面を呼んだものの、ルフィには意味が分からないらしい。
ルフィに促され、サボの目はのろのろと書面を捉えた。
 
 
その書面が意味する内容に、サボは初め何の意味も捉えることができなかった。
ルフィがサボの意訳を待って、犬のように黒目を寄せている。
「読んだ?」とロビンが尋ねる。
 
 
「彼女とサーの契約は成立している。そのための費用は黒ひげから出ているわ。だから私たちは仕事を全うするためにここまで来た。その書類の一番下に、サインをくれるかしら?」
 
 
事務的な最後のセリフは、ルフィに向けられたものだった。
自分に掛けられた言葉だと気付いて、ルフィは少なからずうろたえた顔でサボの服の裾を引いた。
 
 
「サボ、なんだよ、どういう意味だ」
 
 
書類には前書きの部分が小難しい言葉でいくつか書かれていたが、記された言葉を簡潔にまとめるとこうだった。
 
『ゴール・D・アンが相続し、所有する一切の財産をモンキー・D・ルフィに贈与する』
 
 
その書類にはしっかりとアン自身のサインと、そして血判が押してあった。
サボがその意をぽつぽつと口にすると、ルフィは素直に首をかしげた。
 
 
「なんでだ? おれ?」
「その書面には、財産のすべてをモンキー・D・ルフィにと書いてあるけど、実際彼女はサボ、あなたも含む二人に財産の譲渡を望んでいたわ。あなたには正式な戸籍がないから、法的な措置が取れない。だからとりあえずはモンキー・D・ルフィに対する文言として文書を作り、そのあとの融通はあなたたちで効かせればいいと、彼女は言っていたの」
「…なんだこれ」
 
 
力んだ拳が、両手で支えた書類をくしゃりと歪めた。
 
 
「どういう意味だよ!!」
「おい」
 
 
でけぇ声だすな、と大男があくまでけだるげにサボをたしなめる。
それでもサボの頭の中は、小難しい文書の文字とアンの顔とロビンの澄んだ声ばかりがぐるぐるとまわって、煮立った鍋の中のように無秩序に散らかっていた。
 
 
「な、なんでこんな、アンが今更財産云々なんて」
「おいおい、馬鹿かテメェは。自分の身内がやらかしてることしらねぇわけじゃねェんだろう」
 
 
大男は吸っていた葉巻を床に投げ捨て、目も落とさずに靴底ですりつぶした。
 
 
「こうなることを予測して、あの女はオレたちのところへ来たんだろうが。現にその通りになってんだろ」
「こうなること……」
 
 
サボの手から、皺の寄った書類がはらりと離れた。
粉屑になった葉巻の傍にひらりと寄り添うように落ちる。
 
 
アンはずっと前から、自分が捕まったときのことを考えていた。
アンがいなくなった後の二人のことを、考えていた。
自分は警察に身を明け渡す覚悟で、仕事に臨んでいたのだ。
いずれ3人の生活から抜け落ちるアンという存在を埋めるために、莫大な金の処理を施した。
あんなにも傍にいたのに、そのことにようやく今気が付いた。
 
アン、お前はずっとこんなことばかりを考えていたのか。
 
 
ロビンが足元に落ちた書類を拾い上げ、皺を伸ばしてルフィに差し出した。
 
 
「彼女の考えを汲むのなら、サインをしなさい」
「いやだ」
 
 
厳しいともいえるロビンの凛とした声を、それ以上にまっすぐな声が跳ねのけた。
 
 
「アンはバカじゃねぇのか!? アイツ、クソ、金って、おいサボ!!」
 
 
ルフィは言葉にならない何かをぶつけるように、サボの腕を掴んだ。
 
 
「アンを助けに行くぞ! 金がどうとかはどうでもいい、マキノに言って、じーちゃんに来てもらおう!!」
 
 
強い力が腕を締め付ける。
そのままぐらぐらと揺さぶられた。
揺さぶられるがまま、サボの頭は人形のように力なく揺れた。
真っ黒で、アンと同じ大きな瞳がサボを正面から射抜く。
 
 
「しっかりしろよ!! おれたち、どうせアンがいねェとダメじゃねェか、そうだろ!!」
 
 
ルフィの目は、これ以上ないというほど澄んで光っていた。
黄色い灯りの下でも、太陽のように眩しく光っていた。
アンと同じ目をしている。
こんなときに、どうでもいいことばかりがサボの頭を巡った。
 
 
「聞きしに勝るバカだなテメェは」
「なんだとテメェッ!」
 
 
口を開いた大男にルフィが食ってかかる。
男はコートのポケットに手を突っ込んで、ロビン、と言った。
 
 
「上手いこと説明しとけよ、オレァ先に車に戻る」
「わかったわ」
「10分だ。それで済ませろ」
 
 
背を向けた大男に、ルフィが牙を剥く獣のように唸る。
その視界をロビンが遮った。
 
 
「黒ひげはまだあなたたちに接触していない、そうよね」
「今日の話なら、そうだ。おれたちは今起きた」
 
 
ルフィの言葉にロビンがしっかりと頷いた。
 
 
「今すぐ出かける準備をしなさい。もうここに戻らないつもりで、大事なものだけ持って。荷物はできるだけ小さくして」
「……な、んで」
 
 
掠れたサボの声に、ロビンはにこりともしないまま言う。
 
 
「助けられるかどうかはあなたたち次第だけれど、このままだと黒ひげがあなたたちを匿うことになる。ゴール・D・アンがあたしたちに一番望んでいたのは金のことではないわ。黒ひげから、あなたたちを逃がすことよ」
 
 
ぽかんと口を開けたサボとルフィを見下ろす位置から、ロビンの視線がついと店の先まで動いた。
 
 
「サーの機嫌が変わる前に早く。10分よ」
 
 
ロビンが薄い背中を向ける。
サボとルフィは、弾かれたように住居へと駆け戻った。


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