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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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ハンドルを切るたびに、左肩を無数の針で刺されたような痛みが走る。
北に向かって車を走らせていたアンは、いったん車を路側帯へ寄せた。
下手くそな運転のせいで、車輪は歩道に乗り上げ、不恰好な斜めの状態で停車したが、幸い通勤時間前の通りは閑散としている。

弾がかすった左肩からは、今でも絶えず血が流れ、アンの囚人服の袖を真っ赤に染め上げていた。
左手の指先が、ちりちりと痺れている。
あいにく車の中にはタオルのようなものもないので、止血をすることもできない。
肩から腕にかけて血が流れる感覚や、火が出ているような熱さのせいで頭ははっきりしていた。
この状態では、いずれ運転もままならなくなる。
それ以前に、黒ひげの誰かに見つかれば逃げることができないかもしれない。

瞬時にこれからの行先を考え直した。
家はだめだ、回り込まれているかもしれない。
これから行くつもりだった警視庁は遠い。そこまでアンの腕が持つかどうか、アン自身にもわからなかった。
ここから一番近い、手当のできる場所──

窓から外を見渡した。
雲の多い空、立ち並ぶ石造りの建物、シャッターの閉まった商店、植木鉢、電柱・・・
ハッと目の前が明るくなった。

お願い、まだ止まらないで。
痺れて感覚を失いかけた左腕を叱咤し、アンはアクセルを踏みこむと同時に大きくハンドルを切った。
北へ向かっていた車の頭を、南側に方向転換する。
ちらほらと通勤の車が姿を見せだし、乱暴な運転をするアンの車を驚いた顔や迷惑そうな顔で一瞥しては上手く避けて通り過ぎていく。
対向車とぶつからないことだけを念頭に、アンは南へと車を走らせた。
シートを流れる血が、太腿を濡らしていた。





「──うちは11時からしか診療はしない。しかも木曜は休みだ」
「でも開けてくれた」


下から覗き込むように顔を見上げると、ローは引き結んだ口元を少し動かしただけで、なにも言わなかった。
ローはアンの上半身に道を敷いていくように、真っ白な包帯を手際よく巻いていく。
すぐそばのサイドテーブルには血を吸ったガーゼが山を作っていた。
測ったかのようにちょうどよい長さで包帯が切れ、アンの肩のあたりに小さな金具でとめられた。


「ありがとう」


礼を聞き流すように背を向けたローは、机の上の小さな箱から、錠剤を取り出してアンに差し出した。


「飲んでおけ」
「なに?」
「増血剤だ」


ビタミン剤となんら外見の変わらないそれを受け取って、素直に飲み下した。
左肩を少し動かすと、痛みは走るが、断然動かしやすく痛みもひどくない。
先程飲んだ痛み止めもそろそろ効いてくるころだろう。
囚人服の上着にそでを通そうとしていると、器具を片づけていたローが呆れたように「お前」と言った。
暗殺犯だってもう少し景気のいい顔をしている、と思いながらローを見上げた。


「その服で行くつもりか?」
「だって、これしかない」


ローは言葉を紡ごうと口を開くそぶりを見せたものの、そのまま黙って踵を返し、奥へと引っ込んでいった。
その間に、アンは囚人服を頭から被った。
戻ってきたかと思うと、ローはおもむろに布きれを投げてよこした。


「着ていけ」


手に持って広げてみると、大きめのTシャツとハーフパンツ、まるでパジャマのような衣服だ。
ローの顔を見上げると、まずいものでも食べたように顔に皺を寄せてアンを見下ろしていた。


「そんな血まみれの服を着てうろうろしていれば、一般人に通報されてもおかしくねェ」
「そ、そっか。ありが」
「早く出ていけ」


憮然とした顔のまま、出口のドアを顎で指し示す。
言われなくとも腰を上げかけていたアンは、大きく頷いてもう一度「ありがとう」と言った。
ローは街の南側のはずれに位置する小さな診療所で、たった一人看護師もつけずに、医者をしている。
やってくるのは街の大きな病院まで辿りつくことのできない、町はずれに住む年寄りだとか、見るからに堅気ではない種類の人だとか、わりと特徴的な病人が多い。
なぜローがこんな場所で、と思わないでもなかったが、妙に威圧感を与える十数階建ての大病院の中で大勢の医者と働いているより、町はずれの小さな診療所でひとり無愛想に医者をしている方が、彼には似合っていた。
アンは車の中で行き先を考えたとき、電柱に書かれたとある別の病院の看板を目にして、ここを思い出した。
ローはアンたちの店に数回来たことがある、顔なじみだった。

身に付けかけていた囚人服をその場で脱ぎ捨て、ローに手渡された衣服を着る。
少し大きかったが、清潔な包帯がさらさらと擦れる感触は囚人服を着ているときよりずっといい。


「車で来たのか」


窓の外を見ていたローが、唐突に言う。
そうだけど、と言うと、ローは無言で背を向け、再び奥へと入っていった。
何事かとアンも窓の外をみやり、そして強く唇を引き結んだ。
診療所に少しぶつかったまま停められたアンの車から、少し離れた広い空間に、黒塗りのワゴン車が一台停車したところだった。


「跡つけられてたみてェだな」


戻ってきたローは、もっとうまくやれなかったのかとアンを詰るようにため息を吐いた。


「ご、ごめん、あんたにまで迷惑……なにそれ」


ローは肩に引っかけるように、黒く長い刀を持っていた。
隈に縁どられた目はアンを見ることもなく、出口へと向かう。


「迷惑なんてお前がここに来た時点で大迷惑だ。おれが相手してる間に、早く出ていけ」
「でも」
「どうせ近々この街を出ようと思っていたとこだ。追い出される方が後腐れなくていい」


アンが何かを言う前に、ローが扉を開けた。
淀みない足取りで、ローはワゴン車の方へと歩いていく。
慌ててあとを追いかけ、背中に向かって何度目かのありがとうを叫んだ。

目の端でローが長い刀を抜くのを見ながら、急いで車に乗り込み、適当にギアをいじる。
やけくそだ、とアクセルを踏み込むと、車はすごい勢いで後ろへ進んだ。
慌ててハンドルにしがみつき、再びギアを動かすと、車は前進に切り替わった。

ワゴン車から降りた二人のうち、一人の男がアンの車に銃を向けた。
すぐに銃声が響いたが、車に衝撃はない。
ちらりと後ろを振り返ると、ローが刀を振り下ろしたところだった。

坂を下り、再び北を目指す。
運転席の目の前にある様々なメーターはどれも訳が分からなかったが、デジタル時計だけが唯一確認できた。
時刻は朝の9時。

明けて数時間後の空は、まだ夜のような静かさを含んでいた。
いくつも浮かんだ雲はゆったりと流れていて、猛スピードで走り抜けるアンの車とはまったく似合わず、そのちぐはぐな加減が妙に目に焼き付いた。






ルフィからの連絡が鳴るはずの携帯を前に、動物園の熊以上にうろうろと、落ち着きを失っていた。
ときたまクロコダイルが鬱陶しそうにサボを一瞥するが、別段何を言うでもなくそこにいる。

イゾウはサボをクロコダイルの屋敷に送ると、代わりにルフィを乗せてバイクを走らせていった。
まるで散歩にでも出かけるような軽快さで、「んじゃ、行ってくらァ」と。
本来は、ロビンがルフィを連れて行き、イゾウは万一ロビンが追われた場合の足となる手はずだった。
しかしイゾウは、ロビンの説明を「しちめんどくせえ」と一蹴した。


「んなもん、おれがこのガキを乗せて行って、拾って帰ってくりゃいい話だろうが」


なにするか知んねェがよ、と付け加えたその顔は何の含みもなく、ただ本当にややこしい手順を面倒がっているように見えた。
ロビンは「あなたがそれでいいのなら」とあっさりと首肯してしまい、ルフィが反駁するはずもない。
サボすら、もはやすがるところがこの男しかないとわかっていたからか、反論する気にもならず、ただ「ありがとう」と呟いた。
イゾウは、今から行く場所にアンはいるのか、何か必要なものはあるのかと手短に尋ね、サボが簡単に答えると、浅く頷きルフィを連れて出て行った。


「うさんくせェ野郎だな」


クロコダイルが爬虫類の目つきでイゾウが消えたあたりを睨む。
あんたも似たようなもんだろう、と心の中で思った。


「あなたも似たようなものよ、サー」


サボがぎょっとしてロビンを見ると、白い陶器でできたような顔でロビンは平然としている。
クロコダイルはちらりと自分の秘書を一瞥したかと思えば、突然大きな声で笑い出した。


「違いねェ」


クハハ、と口をあけて笑う大男の姿を、サボは呆然と見上げる。




──それから数時間。イゾウとルフィが屋敷を出たのが午前3時だった。
そろそろ空も白みかけた頃だろう。
部屋にある大きな窓は、分厚いカーテンが閉じており外の様子は見えないが、端から白い光が漏れている。
もう最後に眠ったのはいつだったろうかとサボは重い頭を振る。
そしてそれが、アンが仕込んだ睡眠薬によって眠らされた時が最後だと思い当って、ずんと胃のあたりが苦しくなった。
クロコダイルがおもむろに、手元を操作して部屋の隅のテレビをつける。
途端にあらゆる音が箱から飛び出して、部屋の中にばらばらと降ってきた。
クロコダイルは椅子の手元を何度か操作してチャンネルをいくつか変えたが、めぼしいものはないのかすぐに電源を落とした。


「……なんだ?」
「ゴール・D・アンの脱獄は、まだばれてねェみてぇだな。それとも情報を伏せてるだけか」
「伏せているのでしょうね」


ロビンが口を挟む。


「気付かないなんて、拘置所に見張りがいる限りありえない」
「見張りがいればな」


クロコダイルは太い葉巻を口からは外し、静かに煙を吐き出す。
サボはロビンとクロコダイルを、交互に見つめた。


「どういう……」


そのとき、ロビンの胸元で電話が鳴った。
思わず立ち上がったサボには目もくれず、ロビンは落ち着いた手つきで携帯電話を取り出し、耳に当てた。


「イゾウか?」


サボの問いには誰も答えない。
ロビンは、えぇ、えぇ、わかった、と短く答え、すぐに電話を切った。
クロコダイルはそもそも興味なさ気に煙を量産している。


「黒ひげのアジトを、燃やしたそうよ」
「燃や……アンは!?」
「ゴール・D・アンがいるところとは別の建物ね。むしろ燃やした方が本地と言ってもいいかもしれない。あの人たちは、彼女のところに乗り込む前に、証拠隠滅を図ったようね」


ロビンの声はひたすら淡々としていたが、珍しく長く喋る顔はどこか生き生きとしたふうにも見えた。


「それで、アンとルフィは」
「モンキー・D・ルフィたちはなじみの酒屋によって、大量のアルコールを持っていった。それを黒ひげのアジトに撒いて、火をつけた」


恐ろしい人、とロビンは感情のこもらない声で呟いた。
サボは呆気にとられ、しばらく口をあけたままロビンを見上げていた。


「……滅茶苦茶だ」
「まったくね」


それでも、なんてルフィらしい。
弟の破天荒ぶりに口角を上げかけて、それでもすぐにアンのことを思い出す。
アンは、どうなった?


「ゴール・D・アンは逃げただろうって。彼らもよくわかっていないみたいだったけれど」
「情報の詰まった本拠地を燃やされたんだ、奴らも相当焦っただろう。逃げていてもおかしくねェな」


ぱらっと葉巻の灰が落ちる。
サボが立ち上がった。


「おれ、アンを探しに行く」


ロビンが慣れた口調で、サボをたしなめるように口を開いた。


「あなたはじっとしていなさいと」
「アンが逃げたならもう同じことだ。アンには足がない。おれが拾ってやる」
「あなたこそ足がないでしょう」


いや、と首を振る。


「おれたちの家まで乗せて行ってくれ。家にはおれのバイクがある」


ロビンはちらりと、上司の顔を覗き見た。
クロコダイルはどうでもいいと言いたげに、だるそうに手を振った。


「行きましょう」


ロビンが踵を返し、ドアへと歩き始める。
サボも勇み足で付いて行こうとしたが、思い正して、振り返った。


「ありがとう、いろいろ──」


クロコダイルは顔を向けず、返事もしなかった。
サボもすぐに背を向けて、ロビンの後を追った。
ちらりと柱時計を見ると、時刻は朝の6時を回っていた。








マルコが大通りの歩道へと飛び出すのと、サイレンを鳴らした車が大きなカーブを描いて大通りに侵入してくるのとは、ほとんど同時だった。
運転席のサッチがマルコに気付き、強引に路側帯に停車する。
マルコが素早く乗り込んだ。


サッチは車道をろくに確認もせず、すぐさま車を車線に移して走り出した。
助手席のマルコは上がった息を整えながら、ネクタイを乱暴に取り去った。
それで?と促しながら、サッチはサイレンをいったん切る。


「黒ひげのアジトだ、D地区にある」
「乗り込む気か? アンちゃんはそこにいんのか」


アンが脱獄した知らせは、マルコがサッチに電話をして二人が合流するまでの間に、サッチの耳にも入ったようだった。
マルコは答えず、シャツのボタンをいくつか外して額の汗をぬぐう。


「オヤジは知ってんのか」
「さあ」


サッチは運転席から横目を走らせて、唇を尖らせた。


「反抗期?」
「だまれ」


マルコがサッチを睨んだそのとき、視界の端で対向車線を猛スピードの車が北に向かって駆け抜けていった。
そしてそのすぐ後、別の黒い車が同じくスピードを出してサッチの車とすれ違う。


「速度違反だ。ジョズー」


サッチが呑気に交通課の同僚の名を呼ぶ。
しかしマルコは助手席の窓を開け、身を乗り出すように後ろを振り返った。
異変に気付いたサッチが、速度を緩める。


「止めろ!」


アンだ、とマルコが低く呟く。
しかしサッチはブレーキを浅く踏んだまま、止まることはしなかった。


「追やぁいいんだろ」


サッチが大きくハンドルを切る。
車が中央分離帯代わりの小さなブロックに乗り上げた。


「はいはいすまんよー!」


誰にともなく断りを入れて、サッチは強引に対向車線に車を押し入れ、北に頭を向けて走り出した。
指先でボタンを弾き、腹のあたりに響くような大音量でサイレンが鳴る。
穏やかでないその音に慄いたように、前を走る車たちが端に寄った。
すると前方遠くに、小さくなっていく車の背中が見える。
サッチがスピードを上げた。


「追ってどうするつもりだ」
「一台目の前に割り込め。二台目はおそらく黒ひげだ」
「一台目がアンちゃんってわけね」


サッチが前傾姿勢で、アクセルを踏み込んだ。
前を走る二台の車も、サイレンに気付いてかスピードを上げる。
しかし猛スピードの二台の前には、まだのんびりと走る車が数台いるのだろう、思うように進められていない。
ものの数秒で、サッチが距離を詰めた。


「撃つか?」
「持ってきてたのかよい」


気持ち悪いほどの準備のよさにマルコが鼻に皺を寄せる。
いや、とサッチが呟いた。


「おれのじゃねェよ。テメェのだ」
「おれの?」


ほらよ、とおもむろにサッチが腰から引き抜き、差し出してきた拳銃は、確かにマルコの型番が刻まれていた。


「ネタバレすっと、オヤジが電話寄越したんだ。持ってってやれってな」


──オヤジ。
いつでもまるですぐそこで見ているように、口角を上げ白い歯を見せて、笑っている。
ここにはいない父と呼ぶ男の姿を思い描いて、目がくらむような感覚を一瞬覚えた。


「構えろ」


サッチの車が、二台の車が走る車線から右車線に移動した。
斜め後ろからマルコは窓の外に身を乗り出し、2台目の車に銃口を向ける。
同じように、後部座席から身を乗り出してマルコの車に銃を向ける男と目があった。
マルコの方が速かった。
2発の銃声が響く。
両方マルコのものだ。
一発目は後部座席の窓ガラスを、二発目は前車輪をあやまたず打ち抜いた。
空気が空に向かって勢いよく抜ける音ともに、2台目がバランスを崩して中央分離帯のブロックにぶつかった。
その車を追い抜きながら、マルコはもう一発をフロントガラスに打ち込む。
1台目の車は背後の喧騒に混乱したのか、スピードは出ているもののふらふらと運転がおぼつかない。
あっというまにサッチが抜き去り、まるで行き止まりを作るように車体で1台目の進路を塞いだ。
フロントガラス越しに、目を見開いたアンの顔が見える。
急ブレーキにタイヤと地面が悲鳴を上げ、火花が散り、アンの車はサッチの車に半ばぶつかりながらも急停止した。


「行け!」


サッチが叫ぶ。
助手席から飛び降りると、コンクリートの地面に照り返した日差しが眼球を焼いた。
霞む視界の中、運転席でアンが哀れなほど狼狽した顔をしているのが見える。
サッチがすぐさま車を発進させた。

マルコは、アンが座る運転席側のドアに手をかけた。







「どけっ!!」


急に前方を塞いだ車から飛び出してきたのは、マルコだった。
ブレーキを踏みしめた右足が、まだジンジンしている。
何が起きたのかまだわからないアンの前に、突然マルコは現れ、アンが座る側のドアを開け、こう叫んだのだ。


「あ、」


アンの口から頼りない一音が零れる。
その瞬間、ふわっと体が浮き上がり、助手席側に体が飛んだ。
マルコが持ち上げ投げたのだと分かったときには、助手席のドアにしたたかに身体をぶつけていた。
脚も車内のそこらじゅう滅茶苦茶にぶつかり、アンは四肢を投げ出した不恰好なようすで尻だけが助手席のシートに着地する。
左肩に鮮烈な痛みが走り、顔をしかめたそのとき、車はもう走り出していた。
数メートル進んで、思い出したようにマルコが運転席側のドアを閉める。


「マル、コ」


マルコは汗をかいていた。
この男がこんなふうに汗を流しているところを、アンはほとんど見たことがない。
ただ一度、薄暗いマルコの部屋。あのときだけだ。

マルコはアンに目もくれず、手早くハンドルを切って大通りから横道に入った。
車の幅とほとんど同じくらいの細い路地を、マルコは迷うことなく大通りと同じスピードで駆け抜けてゆく。
時折ゴミ袋などをひき潰す鈍い音が足元から伝わる。


「どこに行くつもりだったんだよい」


マルコが問う。
アンは足を折りたたみながら、シートに座り直した。
湿った黒い壁が一瞬で目の前に迫って来ては、すぐさま遠ざかる。
頭の中が真っ白で、ただただすごいスピードで流れていく車窓の景色と、隣でハンドルを操るマルコの姿だけがくりぬかれたように、視界に映っていた。


「サボと、ルフィを」
「どこにいるかわかってんのかい」


わからない、と言いかけたアンは急ブレーキで舌を噛んだ。
驚いて前を見据えると、対面から猛スピードで車が直進してくる。
思わず叫んだ。


「マルコ!!」


無骨な手がギアをわしづかみ、マルコの車は前進していたときと同じスピードで後退する。
エンジンが焦げ付くような油臭さが鼻についた。
アンは思わずシートのヘッドレストにしがみつく。
身体をねじって背後を見るマルコが、小さく舌を打った。
唐突に、前方ですさまじい破裂音が響いた。
すぐさま振り向くと、フロントガラスに蜘蛛の巣のようなひびが入っている。
マルコがもう一度舌を打つ。


「掴まれ!」


マルコの声に、身体が無条件で従う。
アンは両腕で抱えるようにヘッドレフトにしがみついた。
車は急ブレーキをかけ、勢いよく前に向かって進んだかと思えばすぐに右折した。
身体が遠心力で外側に大きく振られる。
マルコの方へ飛ばされそうになるが、力の入る右腕だけでアンは必死にシートにしがみついた。
マルコの車が右に折れてすぐ、追っ手の車も同じ路地に侵入したのが見えた。


「追ってくる……!」
「そりゃそうだろい」
「ど、どこに向かってんの」
「サッチが上に連絡を入れる。そしたら街全体に厳戒態勢が敷かれる。それまで逃げるよい」


マルコは何度も、追っ手を振り払うように右折左折を繰り返した。
アンには今どこを走っているのかさっぱりわからない。


「逃げ……マルコは、なんで、逃げる必要ない!」
「アン」

マルコはバックミラーで背後を確認するそぶりをした。


「後ろ見ろ。いるかよい」


アンは振り返って背後を確認したが、追っ手の車は同じ路地にはいなかった。


「い、いない」
「一旦大通りに出るよい」


そう言って、マルコはすいすいと細い路地を進んであっという間に大通りへと車を出した。
さいわいひびの入ったフロントガラスはアンの面前で、マルコの視界は開けている。
南北に走る大通りを、マルコは南へと車を走らせた。
どこへ向かっているという様子もなかったが、マルコの運転には迷いがない。
先程大通りで発生した騒ぎのせいか、大通りには車が多かった。
マルコは何度か車線変更を繰り返しながら、南へと下っていく。

どこに行くの、と何度も聞きそうになった。
口を開くと泣き言が零れそうだった。
マルコが来てくれた。
今になってやっと実感した。一人じゃない実感。


「おい」


マルコが前を向いたまま、顎を指し示すように動かした。
その方向に顔を向けると、対向車線を走る小さな影がある。


「サボ!」


バイクにまたがるサボは、マルコが示したライトの点滅に気付き、道の端に停まった。
マルコはちょうど交差点に差し掛かったところで強引にUターンして、サボのすぐ横に車を付けた。
アンはドアを引っ掻くようにして開け、外に飛び出す。


「サ、サボ!」
「アン!無事か、怪我は!」


バイクから降り、サボはアンの両腕を掴んで頭のてっぺんからつま先まで点検するように、アンを見回した。


「平気、サボは?」
「おれも平気だ。ルフィには会ったか?」


アンが首を振ると、サボが大丈夫だとでも言うように頷いた。


「ルフィはイゾウが一緒だ。多分、無事だ」
「イゾウ?」


アンの声に、マルコの声が重なる。
ドア越しにサボとマルコが視線を交わし、サボが頷いた。


「協力してくれたんだ。ルフィを運んでくれた」
「なんで……」


おい、とマルコの声が遮った。


「お前、どこへ行くつもりだったんだよい」
「ルフィを迎えに行くつもりだ」
「じきに街中に検問が張られる。そうすりゃ自由に動けなくなる。なんでか知らねェがイゾウが一緒なら心配ねェよい。テメェは警察庁へ行け。保護してもらえる」


口を開いたサボを、アンの言葉が遮る。


「行って、サボ。ルフィもあたしも、大丈夫だから」
「ア、アンはどうするんだ」
「マルコがいるから」


不思議なほど、自然に口が動いた。
サボが言葉に詰まり、少し傷ついた顔をする。
アンはサボの手を握り、大丈夫、と言った。


「早く帰るから」


サボの返事を聞かず、アンは車に乗り込んだ。
ドアを閉めると、窓の向こうでサボがヘルメットをかぶっているのが見える。
なにに対してかわからないまま、ふたりは視線を交わして小さく頷いた。
サボがエンジンをふかし、北へと走り出した。
北に頭を向けていたマルコの車はサボを追いかけて少し走り、次の交差点で南方向にUターンする。
車とバイク、二つの車体が反対方向に走り始めて数秒後、アンの背後から一切合財の建物が崩れ落ちたような爆発音が響いて、地面が揺れた。


振り返り、声にならない悲鳴を上げる。
喉と喉がはりついて、声が出なかった。

50mほど背後、ついさっき別れたばかりの小さな車体が、ちょうど地面にぶつかって、バウンドした。
そのすぐそばに、倒れる影がある。
ガシャガシャと複雑な音を立てて、バイクが横倒しのまま地面を滑走する。
黒くて細長い煙が、逃げるように上空へと伸びていく。


──サボ。


息を呑み、自分たちだけ時間が止まったかのように、アンとマルコは振り返って立ち上る煙を見つめた。
しかし、すぐさま前に向き直ったマルコは車を停めなかった。
ドアに手をかけていたアンは、愕然として運転席を振り返る。


「と、止めて!!」


車は走り続ける。
マルコは深く眉間に皺を寄せて、アンを見ようとしなかった。
言葉にならない。
焦りと、怒りと、膨大な不安がむくむくとかさを増して心を埋め尽くした。


「止めてってば!!」


アンはマルコの掴むハンドルに飛びついて、無理やり足をねじ込んでマルコの足ごとブレーキを踏んだ。
車体が大きくぐらつき、轟音を立てて歩道に乗り上げ停車する。
歩道を歩く数人が、悲鳴を上げて車を避けた。

ぐ、とマルコが呻き声を洩らしたかと思ったら、次の瞬間、シートに叩きつけられるように抑え込まれた。


「ティーチが!!」


ブレーキを踏んだまま、アンをシートに押さえつけたマルコが叫ぶ。
首筋から汗が流れていた。


「お前を探している、バイクに爆弾でもしこまれてたんだろうよい、罠だ、お前を、引っ張り出すための」
「はっ、離し……」


もがいても、不自由な左肩と女の力ではマルコはピクリともしなかった。
悔しさと、憤りで涙があふれる。

サボ、サボ。


「ここでお前が出ていきゃ相手の思うつぼだ、ましてや今お前が駆け寄ってあいつに何ができる」


お前は逃げなきゃならねェ。
鼻と鼻が触れあいそうな距離で、マルコが言った。

薄い唇を、血が出る程噛み締める。
もう逃げるのはいやだ。

マルコの腕の力が弱まった瞬間、その手を払いのけてドアに手をかけた。
マルコの怒号が背中にぶつかる。
転げ落ちるように車から降りた。
コンクリートを掴み、地面を蹴って煙の方へと走り出す。
人だかりができていた。
通りがかった一般人が、血相を変えて倒れる人影を覗き込んでいる。
救急車、警察を、と人々が切迫した声でどこかに叫ぶ。
アンは人を薙ぎ払いながら人ごみの中を泳いだ。


「サボ、サボッ!!」


人をかき分けていくと、足元に転がる身体が目に入った。
長身がまっすぐ足を伸ばして横たわっている。
頬に大きな擦り傷を付けてサボは目を閉じていた。


「サ……」


甲高い悲鳴が人ごみの中からあがる。
大きな手に薙ぎ払われた野次馬が、サボのわきに倒れる。
アンが振り向くより早く、強い力が首根をわしづかんだ。
生臭く、淀んだ息が後ろから肩のあたりを滑り降りていく。
同時に、頬にねじ込まれるように硬く冷たい感触があった。


「アン。お前だけは許さねェ」
「ティーチッ……!」


無理やり首を回して背後を睨むと、すぐ近くに脂ぎったティーチの目がアンを見つめていた。
地面から引きはがすようにアンを引っ張り上げ、その頬に銃口をめり込ませたままティーチは歩き出した。
物騒な男の登場に初めは呆気にとられていた野次馬が、誰かの叫びをきっかけに騒然として逃げ惑う。
ティーチはそれらには目もくれず、道の脇に止めてある車までアンを引きずろうとしているようだった。
足をばたつかせコンクリートを必死で蹴ると、アンの抵抗をあざ笑うかのように右足の靴が脱げた。


横たわるサボだけがただ静かに、目を閉じていた。
黒い液体が、サボの背中から染み出ている。


「アン!」


顔を上げると、さらに強く頬に銃口が押し込まれる。
口が上手く動かない、情けない顔のままマルコを見上げた。


「マルコか」


ティーチが笑ったのが、手の揺れから伝わった。
マルコは銃を構えていた。
遠目に見えたマルコの瞳はいつもの通り青かったが、ただひたすら後悔の色が滲んでいるのがアンにも見てとれた。
見たこともない、追い詰められた顔。


「テメェひとりでどうするつもりだ。あぁ?」


高らかな笑い声が、騒然とした空間の中大きく響いた。


「ひとりじゃなかろうが」


ティーチの背中から、低く、それでも足の裏から沁み込むような声がアンにも届いた。
久しく聴いていない、それでも確かに知っている声だった。
ティーチが振り向く。
笑ったときと同じように、ティーチの動揺はアンの手に取るように伝わる。
じいちゃん、と上手く動かない口がくぐもった声を出した。

唐突にガチャガチャとした金属音がどこからともなく響きはじめ、首が回らないアンの前にも防護服を着て銀色の盾を構えた警備隊が現れる。
ティーチとアンをぐるりと囲み、それらはきっちりと隙間なく並んだ。


「アンを離せ。お前はもう終わりじゃティーチ」
「ガープ……テメェどこからきやがった」
「ずっとお前を追っていた。お前の手下も、ほどなく捕まる」


アンにはティーチの巨体が邪魔で、その姿は見えなかった。
それでも確かにガープと言った。
それに間違いない、低くてしわがれた声。
アンの視界には、銀色の盾と、マルコの姿しか見えなかった。
マルコも、細い目を見開いてティーチのさらに向こうにいる人物を見ていた。
ガープとティーチの会話だけが、ティーチの肩越しに聞こえる。


「ロートルが。とっくに引退したんじゃなかったのかよ」
「言ったろうが。ずっとお前を追ってたんじゃ。お前のねぐらは全部しらみつぶしに漁らせてもらうぞ。もう捜査員が入ってるがな」


ふんっとティーチが鼻息を吐きだす。
急に首を掴みあげられて、振り子のように足が大きく振れた。
ガープの姿が目に映る。
じいちゃん、と口が動くが、声が出ない。
ガープの顔に深く刻まれた皺は険しく、アンごとティーチを睨み殺すようだった。


「おれは死なねェ。こいつがいる限り、お前はおれを撃てねェ!」


ざらざらした笑い声が耳を突き抜ける。
あぁ、安っぽいサスペンスみたいだと、アンは他人事のように感じる。


「ガープ。おれがこいつを殺して、お前がおれを捕まえるのと、おれがこいつを解放して、お前はおれを逃がすのと、どっちがいい?」
「お前に退路はない、ティーチ」
「バカ言え」


ティーチが鼻で笑う。
自信に満ちた声だった。
その声が表す通り、アンから見てもガープの顔は引き攣り、青ざめていた。


「どうするガープ。おれを逃がすか。そうしてェだろうなぁ」


アンの首根を掴む指が締まる。
足が地面から浮き、つま先がコンクリートをかする。


「だがそれはナシだ。逃げるのはやめた。おれはここでアンを殺す」


耳の上に銃口が突き付けられた。
火薬のにおいが鼻につく。
視界に映るガープの姿が急に遠ざかるように、見えなくなった。
泣いているのだと気付いて、急に周りが静かになった。
死ぬんだな、と思った。

最期の景色が、血相変えたじいちゃんの顔なんて最悪だ。




急に、ティーチの身体ががくんと前につんのめり、銃口が頭から外れた。
硬い感触が消えた瞬間、アンはほとんど反射で手足をばたつかせる。
銃声が響く。
ティーチが断末魔の叫びをあげ、ますます身体を傾かせた。
身をよじると、ティーチの手が首から離れ、アンは地面に落ちて転がった。
ほとんど同時に、隣に何かが落ちる。
人だった。あと、なぜかそのすぐそばにニンジンがひとつ転がっている。
白くて細い指が、一丁の拳銃を掴んでいる。その手に拳銃はとてつもなく不似合いだった。
そして、見知ったオレンジ色のバンダナ。
アンは口をわななかせながら叫ぶ。


「──マキノ!!」


ぐふっと生き物が潰れた音がすぐそばから聞こえた。
ガープがティーチの上に馬乗りになり、押さえつけている。
ガープに殴られたのだろう、ティーチは顔から、そして足からも血を流していた。
素早く別の警官が走り寄り、ティーチの両手両足に鉄枷をはめ、さらにはさるぐつわまで噛ませた。
そのすべてが一瞬の出来事だった。
ティーチは憤怒の形相でガープを、そしていつのまにかそばにいたマルコを睨んでいる。


マキノは抱きしめるように胸に抱えていた拳銃を、驚いた顔でおぞましいものを振り払うように地面に落とした。


「アン、アン」


マキノの顔は青ざめ、深緑の瞳は涙の膜を張っていた。
細い指がアンの手を掴む。
マキノの手は、血が通っていないように冷たい。
ぶるぶると音が聞こえる程震えている。
アン、アン、とひたすら名前を呼ぶ唇は不健康な紫色に染まっていた。

頭の中がぐちゃぐちゃで、未だ死の縁に立たされているかのように心臓がバクバクと音を立てている。
マキノが滑り落とした拳銃が目に入った。

途端に、記憶と感情がごちゃ混ぜになって洪水のようにあふれ出した。
頭が壊れてしまう程痛む。
ティーチの汚い笑い声と、サボやルフィの笑い声が重なって響く。

アンの手がしなるように動き、拳銃を掴んだ。
膝立ちになり、取り押さえられたティーチに銃口を向けた。

洪水のように溢れた記憶と感情が過ぎ去ると、残ったのはただただどす黒い怒りだった。



「アン!」


何人もの怒声が聞こえたが、ひと際高い声がアンの手を止めた。
その瞬間に腕を引かれ、振り向きざまに平手が容赦なくアンの頬を打った。
指の間を拳銃が滑り落ち、無機質な音をたてて地面にぶつかる。
息を切らし、マキノはアンを睨む。


「バカなことはやめなさい」


感情を押し殺し、震えを必死で我慢している声だった。
マキノはアンの膝の横に落ちた拳銃を薙ぎ払うように遠くへ滑らせる。
腕を引かれ、アンはマキノの身体に倒れ掛かった。


「もう大丈夫よ」


マキノの身体は細く、しかも震えていて、これ以上ない程頼りなく、間違いなく自分より弱いのに、アンは咄嗟にすがるように目の前の身体を抱きしめた。
どうしよう、どうしよう、と弱弱しい声が口から零れ落ちる。
全身が大きく震えていた。

助けて、と口を突きかけた言葉が、唇の上で足を止めた。
誰にたすけてと言えばいいのか、わからなかった。
今まで誰にも、願ったり祈ったりしたことがないのだ。
マキノの肩越しに視線を走らせた。
集まる人だかりの中に知った人は何人いるだろう。
あのひとも、あのひとも、あのひとも違う。

願いも祈りも行き先がなかった。

マキノの震える手が、おぼつかないままアンの背中を撫でる。
喉が引くついた。
膝が笑い、身体が揺れる。
サボが横たわっていた場所に、もうその姿はなかった。
ただ黒い染みのようなものが不吉に広がっている。

おねがい連れて行かないで。

額をマキノの肩にこすり付け、音にもならない声で叫ぶ。


──父さん母さん、サボを助けて。


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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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