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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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【Reverse, rebirth】完結後の設定です。












氷のつぶてみたいな大きなピアスがよく似合っていた。それを揺らして、ベイはアンの顔のすぐそばでキスの音を立てる。
そしてぎゅっと腕を回して抱きしめられた。


「あぁよかった、本ッ当によかった!ごめんなアン、怖い思いさせちまったね」


こンの馬鹿どものせいで、とアンに腕を回したままベイは悪態づく。
氷漬けにしてしまいそうなほど冷たく薄い水色の目は、アンの背後にいるマルコとサッチを親の仇でも見るかのように睨んでいるのだろう。
後ろの気配が無言でたじろぐのを、アンはうなじのあたりに感じた。


「だ、だいじょうぶ。こっちこそ、ごめん」


おずおずとアンがベイの腕に触れる。
コーデュロイのジャケットが心地よく指先に馴染んだ。
ベイはアンからぱっと離れると、けがの調子はどうだい? 家は落ち着いた? 一度あんたの店に行きたいねえと矢継ぎ早に話し出す。
どれから答えたものかとアンがおろおろしながら言葉を探していると、助け舟のようにマルコが声をかけた。


「とりあえず座れよい、落ち着かねェ」
「はんっ、役立たずの男連中は黙ってな!」


触れたものにはひっかき噛みつかずにはいられない凶暴な猫のように、ベイは鼻の頭に皺を寄せてマルコの言葉を一蹴した。
あーあ嫌われた、とサッチが笑い声を立てると、それにすらベイはうるさいと牙を剥くのだった。


ベイが会いたがっているとアンに連絡が来たのは3日前、サボが車いすから松葉杖へと無事アイテムを変更した日のことだった。
アンが拘置所から逃げたその日、その場にいたはずのベイはもしかしたら黒ひげの手にかかっていたかもしれない。
十分その可能性があったからこそ、怖くて聞けなかった。アンの手を強く握って「あんたには強い力がある」とまっすぐな目で言ってくれた人が、もしかしたら自分のせいで被害に遭っているかもしれない。会いたいと口にすることすらできないまま、ときどき感じる重たい胸のしこりとなってずっとアンの胸に残っていた。そしてマルコやサッチを目にするたび、ほのかに痛む。

「お前を取調べした女のことを覚えてるかよい」店のカウンターに腰かけて、マルコは一番にそう口にした。なにか苦い記憶でもあるのか、若干眉根に皺を寄せて。
覚えてる、私も会いたい。すぐさま言ったアンのために、警察庁の来賓室がととのえられ、アンはマルコの車に乗ってそこへ招かれることとなった。
警察庁へ着いたら玄関口にサッチが立っており、車のドアを開けてくれる。
アンが助手席から、マルコが運転席から降りると、身体の大きな男が代わりに運転席へと乗り込み、マルコの車をどこかへ持って行ってしまった。
マルコはそれには目もくれず、行くよいとアンを促す。
巨大な建造物がぱっくりと口をあけて飲みこまれるみたいだ。そんなことを思いながら、空調のきいた建物の中へと足を踏み入れた。
案内された来賓室は12階で、入ってすぐの受付が並ぶ役所のような雰囲気とは打って変わって静かだった。
他の階のようにコンクリートタイルの床と違ってエレベーターから降りた瞬間紺色の絨毯が敷いてある。
突き当りの大きな茶色の扉をサッチがノックもせずに開けた。
その瞬間、ぱっと視界に飛び込んできたのがベイだった。
言葉通り、アンの方へと飛びついてきたのである。


ひとしきり再会の喜びを表して落ち着くと、ベイはマルコに言われたことなど忘れてしまったかのように「ささ、立ってんのもなんだし座ろうよ」とアンの手を引いてソファまで連れて行った。
ベージュのソファはふかふかで、立派な家具屋さんにおいてあるみたいなやつだとアンの尻は落ち着かない。
ベイはアンの横にぴったりと寄り添うように腰を下ろした。
マルコとサッチは居心地悪そうにして向かいへ腰かけた。


「そのうちなんか飲みモン持ってこさせるからさ、まぁゆっくりしてきなよ」
「お前んちかよ」


サッチがすかさず口を挟むが、ベイはもう耳を貸さないことにしたらしい。アンから視線を外さないので意味もなくそわそわした。


「それで、家は落ち着いたの?」
「うん、この間病院に行ったときにサボが松葉杖に変わって、なんとか自力で歩けるように……あ、サボってあたしの兄弟で。下の弟のルフィがもうすぐ卒業式だから授業もなくて、家にいるからうるさいんだけど」


自分でもたどたどしいとわかる言葉たちを、ベイはゆっくり頷きながら聞いてくれた。


「店はデリだけやり始めて、朝から昼までは働いてるんだけどルフィがそれなりに手伝ってくれるからなんとかなってて」
「そうかい」
「えと、それで昨日は3人で海に行ってて」


楽しかった? とベイが尋ねる。
下着まで海水で濡らしてしまって濡れ鼠のような格好で帰宅したことを思い出すと、口元がムズムズして笑ってしまった。
うん、と頷く。
するとベイがニヤッと笑ったまま顔を上げ、向かいに座る2人の男を流し見た。


「あんたらの話はちっとも出てこないねぇ」
「だっ、んなことねェよ! な! アンちゃんおれ週4で通ってるもんな!」
「あ、うん、サッチもよく来てくれるし、マルコも来てくれるし」


フーンとベイはつまらなさそうに鼻を鳴らす。
この3人はいったい仲がいいのか悪いのかさっぱりわからない。
ずっと黙ったままのマルコはそっぽを向いて、我関せずとばかりに煙草をふかしていた。
ところでさ、とベイが浅く座り直し、アンに向き直った。


「うちの課は毎年この時期に旅行をしててね」


唐突な話題に、アンはぱっちりベイと視線を交える。
はぁ、と気の抜けた声が漏れた。

「旅行って言っても大したもんじゃなくて、適当にぶらついてうちのコテージに泊まりに行くだけの慰安旅行なんだけど」


こてーじ? と首をかしげるアンに、ベイはほんのり笑いながら続けた。


「寒いときに寒い所はいやだって、課の連中が言いやがってさ。もういい歳のおっさんばっかりだから。ただ使わないまま荒れ放題になっちまっても困るから、毎年一回は行っておきたいんだ。それでね、アン、あんた行かない?」


あたし? と目を丸くするアンに、ベイは容易く頷いた。


「こっから車で3時間半の足も、食料なりなんなり必要なものはこっちで用意させておくからさ。ただあんたは行って、好きに使ってくれりゃあいいだけ。ガス電気水道が生きてるかだけ、確認しといてくれる?」


日程はいつでもいいから、好きな日を言ってよ、とベイはあくまでにこにこしている。
意味もなく向かいのサッチに視線を走らせると、先に話を聞いていたのかアンと目を合わせていつものように口端を上げた。


「やっと落ち着いてきたっつっても見舞いやらアンちゃん自身のけがの手当てやら、ばたばたしっぱなしだっただろ? いい息抜きになんじゃねェの」


そう言うサッチの隣に視線を滑らせようとした矢先、ベイが「ちなみに」と声をあげた。


「誰と行ってもらってもかまわないんだ。もともとうちの課の、さらに私が所属する部の7,8人が泊まってんだから、それくらいの人数は行けるんだけど」


弟たちと行くかい? そう言ってベイはおもむろにジャケットのポケットに手を突っ込んだ。そして引き抜く。指先に古びた鍵がぶら下がっていた。

サボやルフィと旅行か。3人で出かけたのは一番遠くて昨日の海岸だ。泊まりがけで行くことはほとんどない。小さなときにマキノやじいちゃんに連れて行ってもらったことはあるけど、3人だけで出かけたことはなかったはずだ。
相手の厚意を確認することがいつのまにか癖になっている。アンは差し出された手におそるおそる触れるように訊く。


「行ってもいいの?」
「もち……」


にっこり笑うベイの声が途切れたのは、向かいで大きくソファが軋んだ音に邪魔をされたからだ。
おもむろに立ち上がったマルコは一歩でベイの前まで迫り寄ると、ひょいと鍵をつまみ上げた。


「車はおれが出すよい」


鳥が巣を作りそうなほどぽかんと口をあけて、マルコを見上げる。
いきなりベイが、あぁ! と苛立った声を上げた。


「オヤジさんがやけにニヤニヤニヤニヤ嬉しそうにしてると思ったら! 本当だったって言うのかい!!」
「な、なにが」
「このマルコがあんたに入れ込んでるって」
「アン」


今日一番強い声で、名前を呼ばれて背筋が伸びる。
マルコを見上げると、その身体はもう出口の方へ向かっていた。


「送るよい」
「え、あ、うん」


慌てて腰を上げようとしたが、ソファに思いのほか深く腰が沈んでいてもがくように立ち上がる。
ただすぐに思い直して、もう一度すとんと座ってベイと視線を合わせた。
言うべきことがすぐに出てこなくて、しばらく黙ったまま見つめ合う。


「う、うちの店、日曜以外は毎日やってるから!」


ベイが似合わないきょとん顔をしたかと思えば、吹き出して大きく頷いた。


「わかった、また邪魔するね」


垂れた目じりが綺麗な弧を描く。ベイの笑顔に見送られて、マルコの後を追った。
背後ではベイのわざとらしい「あーあクソッタレマルコ」という笑いを含んだ声と、サッチの朗らかな笑い声が聞こえていた。





マルコの背中を追いかけて、いやに怖い顔をした男の待つエレベーターにアンもいそいそと乗り込む。
扉が閉まると、マルコが壁に軽く背中を預けて大仰にため息をついた。


「あの」


なんとなく口にしにくい雰囲気なのは気のせいか。


「マルコが車を出してくれるって言うのは、その」
「おれとじゃ不満かよい」
「不満じゃなくて……っていうかマルコの方が不満げだけど」


思ったことをそのまま指摘すると、しかめ面はますますひどくなった。


「あの、つまり、ベイが言ってたそのコテージに、あたしとマルコが行くの? その、一緒に」


無言でマルコはちらとアンを見下ろした。
そんな圧迫的な目で見ないでよ、と思った瞬間エレベーターがチンと軽い音を立てた。
目線で促されて箱から降りると、あとから降りたマルコはさっさと玄関ホールに歩いていく。
後をついて建物を出ると、目の前にはマルコの車が停めてあった。
いったいどういう仕組みになってんだと思いながら、来たときのように助手席に乗り込んだ。
車はスムーズに広いロータリーから公道へと滑り出る。


「日曜は休みなんだろい」
「うん」
「来週は」
「日曜? 休みだけど」
「じゃあ前日の土曜の昼に迎えに来るよい」
「えっ」


思わず声をあげたアンを、眠たげな目がちらりと流し見る。


「なんか問題あるかよい」
「問題っていうか……」


サボとルフィはきっと行ってこいというだろう。
ふたりのごはんは作り置きをしておけばいいし、なんなら土曜もデリを早く切り上げて──
そんなことを考えている自分が既に、すっかり行く気になっているのだと気付きハッとした。
ちがう、サボとルフィのことを盾にして悩んでいるだけで、本当はもっと違うことを考えている。
思えばマルコとこんなふうにふたりきりで話すことすらすごく久しぶりだ。
いつも店のカウンターで、お客さんがひっきりなしに入ってくるときにマルコは静かに座ってコーヒーを飲んでいる。
テイクアウトだけとはいえ、惣菜を詰めて計ってお金のやり取りをするのが3時間も4時間も続けばそれなりに疲れてくる。
やっと一息ついたころ、ルフィを交えて話をしたり、サッチがやってきたり。
ゆっくりふたりで話をしたのは、数か月ぶりかもしれなかった。
それなのに、突然ふたりで出かけることになるなんて。
急にどんな顔をしていいのかわからなくなり、あぁ、うん、別に問題はないけど、と誤魔化すようなことを口にした。
そうしているうちに車はいつもの家の前に横付けされる。
寄ってくかと尋ねると今日はこれから仕事があるからとあっさり断られた。
それじゃ、とそそくさと車のドアに手をかけると、おもむろに「アン」と呼び止められた。


「え?」


手を止めて振り返る。
運転席からマルコの腕が伸びていた。
頭の後ろを包むように支えられ、そのまま引き寄せられる。
身体はドアのそばにあって、首が伸びた不恰好な格好のまま唇が触れた。
目を見開いたままだったから、すごく近くにぼやっとマルコの眉間が見える。

音も立てずに離れた唇は感触だけを残して、じゃあなと動いた。
あ、うん、とまぬけな言葉を発してアンは車を降りる。
扉を閉めるとマルコはもう前だけを向いていて、さっさと車を発進させた。
もぬけの殻になったスペースを見つめていると、急激に足の裏からむず痒いような恥ずかしさがこみあげてきて、あぁ! と叫びたくなった。






いいなあー、いいなあー、とまとわりつくルフィを払いのけながら荷物を詰めるのはそこそこ手間がかかった。
こてーじってなんだ? 雪山にいくのか? 遭難するのか? うめぇもんが用意されてんだろ?
どこから得てきたのかわからない無茶苦茶な知識を口にして、サボにうるさいと背中を蹴られるまでルフィはアンの周りをうろちょろとしていた。


「寒い所なんだろ? 荷物少なくないか」


小ぶりなボストンバッグに収まってしまったアンの荷物を見て、サボが歯を磨きながら言う。


「うん、でも着替えはそんなにいらないって。そもそも一泊だし」
「アン! 歯磨きセット持ってけよ! あとシャンプーと、タオルと、石鹸と」


羨ましさの果てに世話を焼きたがるルフィがあれよこれよと洗面道具を持ってきたので「そういうのもいらないの!」と押し返す。
さっさと荷物を詰め込んで「風呂入る!」と叫びながら、アンは逃げるようにそれらを抱えて部屋を出た。
ただのお出かけを見送るみたいにふたりは平気で声をかけてくるけど、なんだかこっちはまっすぐふたりの顔を見られない。
ときおり胸にせり上がるいたたまれなさは恥ずかしさに似ていた。
そしてそれらはお風呂で頭を洗っているときだとか、鍋を煮込んでいるときだとか、チラシをひもで縛っているときだとか、アンが無防備な時に急襲を仕掛けるのだった。





マルコはきっかり11時に店の前に車を付けた。
あっおっさん来たぞ! と誰よりもうれしそうにルフィが声をあげたが、思ったより早くマルコが来たことにアンは慌てて顔を上げた。
今日は店を11時に閉めることにしていたから、作っておいた惣菜をいつもより少なめにしておいた。そのせいで早く売り切れてしまって、10時半には店を閉めることになってしまったのでお客さんはもういない。
ただまだ洗い物が溜まっているし、サボとルフィのご飯も2日分に分けていない。
慌てるアンを余所にルフィはマルコを招き入れ、早くしろよーとアンを急かす。


「ごめんマルコ、もうちょっと待って──」
「いいよアン、あとやっとくから」


ルフィの声で階段を降りてきたサボが、ゆっくりと杖を突きながら歩み寄ってくる。


「洗いモンだけだろ? 売り上げもおれがまとめとく」
「でもふたりのごはんの準備、やりかけで」


ほかほかと湯気を立てるおかずはまだフライパンの中だ。
あぁわけとくよ、とサボは簡単に頷いた。


「エプロンのまま行くなよ」
「……わかってるし」


なんとなく決まらないまま後ろ手でエプロンを外す。
階段のところに置いておいた荷物を手にとると、マルコが踵を返して車へと歩いて行った。


「……行ってくる」
「ん、行ってらっしゃい。気を付けてな」
「土産! 忘れんなよアン!」


あのむずがゆさが足元から登ってくる前に、アンは二人に背を向けてマルコの車へと早足で急いだ。

助手席へ乗り込むアンを、マルコはハンドルに手をかけたままじっと見つめてきた。
ボストンバックを胸に押し付けるように抱えて、マルコを見やる。


「な、なに」
「お前コートは」
「あ」


エプロンを外してそのままの格好で飛び出してきてしまった。
身体は温まっているし車内は空調が効いているので必要ないが、外に出たらコートなしでは辛い。
二階に上がったすぐそこにいつも来ているものが掛けてある。


「ごめ、ちょっと取って来……」
「あぁ、いい。行くよい」
「ちょっ」


バチンという重たい音ともにドアロックがかかる。
マルコはアンの手元からバッグを取ると、ぽんと後部座席へ放り投げた。


「シートベルト」


なにがいいんだかと思いながらも言われるがままベルトを引っ張り、金具を留める。
マルコはそれを確認し、ようやく車が動き始めた。






車はするすると北へと昇り、警察庁の前で右に折れた。
そこをずっとまっすぐ行ったところ、つまりは街の北東の角に橋が架かっている。
そこを越えればもうこの街の外だ。
そしてマルコの車はあっさりとそこを越えてしまった。
車内はほんのりと暖かく、そしてシートに染みついた煙草の香りがどことなく漂っている。
そういった香りをかき消すための芳香剤をなにひとつおいてないのが、マルコらしいと思った。
車が街を出て喧騒から離れると、微かに流れるラジオの音が耳に届く。


「腹、減っただろい」


唐突にマルコが言う。


「そういえば、うん」


朝慌ただしく食べてからずっと働きづめで、そういえばお腹が空いていた。
意識した途端、べこっと胃がへこんだような感覚がして腹が音を立てる。


「その辺で食うかよい」


マルコはそう言ったが、ほとんど街の外に出たことのないアンにとって「その辺」は未知の世界過ぎた。
ときおり見慣れない色の電車が走る線路があったり、同じ色の家が続く道沿いを走ったり。
窓の外を眺めているだけで自分がどんどん非日常へと運ばれているような気がした。
突然マルコがウインカーを出し、車をどこかの狭いスペースに停めた。なに? と尋ねかけてからそこが飲食店の駐車場だと気付き、アンもマルコに倣ってシートベルトを外す。


「ここ過ぎるとしばらく何もねェからよい」


マルコが車を停めたそこは小さな町のレストランといった様子で、入り口に小さな黒板が立てかけられていて、今日のメニューが綺麗な字でつつましやかにしたためられていた。
アイボリーの壁に茶色いレンガが埋め込まれた可愛らしい作りの店とその前に立つマルコはあまりにちぐはぐだ。


「なに変な顔してんだよい」


キーをポケットに放り込んだマルコは、いつものように難しい顔でアンを促した。
ドアを開けるとベルが鳴り、ミートソースやホワイトソース、チーズといった洋食の香りが身体を包む。
外気の温度との違いに少し鳥肌が立った。
席まで案内してくれたのは使い古したエプロンをつけたおばさんで、アンたちを席に座らせてメニューを渡すと慌ただしく中へと引っ込んでいった。
店内にはちらほらと客の姿が見える。若い男女や女性のグループが多い所を見ると、近くに大学でもあるのだろうか。
そんなことより、とアンは視線を戻してメニューをさらうように見た。
グラタンとサラダのセットもおいしそうだけど、アサリのパスタも気になる。日替わりは安くて量が多いのが定石だけど、確か外のメニューに今日の日替わりはカレーオムライスと書いてあった。昨日カレー食べたんだよなあ。
ちらりと視線を上げると、マルコはメニューから顔を上げて煙草を取り出したところだった。


「……決めた? なに?」
「パスタ」
「アサリのやつ?」
「あぁ」


「くそう取られた……」と呟くアンに、マルコは今日初めてほんの少し口角を上げた。
その顔のまま、アンのメニューを覗き込む。


「どれとどれで迷ってんだよい」
「グラタン……か、こっちのカツレツのセットもおいしそう」
「んじゃ両方頼めよい」
「えっ」


「そんなのアリ!?」と目を丸くするアンに、マルコは無責任なほど簡単に「アリだよい」と言って笑う。


「どっちかセットで、もう片方単品で頼めばいいだろうがよい。食えなきゃ食ってやる」


たやすくそう言われるとその気になって、結局カツレツをセットにしてグラタンを単品で頼んだ。
マルコはパスタのセットを大盛りにして、注文の品が来るまではたいして話すこともなく火のついた煙草をゆっくりと吸っては窓の外を見ていた。
そういうマルコを目の前にしていると、改めて今ここにふたりでいることがとてつもなく不思議なことに思えてくる。
なんとなく尻の座りが悪いような居心地と、誰も知らない──つまりは知った人がいない場所に二人でやって来たことへの開放感。
そのふたつが同居して、繊細な柔らかい刷毛で心の表面を撫でられるようなこそばゆさを感じさせるのだ。

20分ほど待って届いた料理は結局グラタンもカツレツもアンはぺろりと平らげて、マルコのパスタまで一口ちょうだいと言ってのけた。
マルコはためらいなくアンにフォークを渡してくれたので、嬉々としてパスタを絡め取る。


「あっ」
「なんだよい」
「アサリももらっていい?」
「好きにしろい」


んじゃ遠慮なく、と大きなアサリの身を口に運んでから、自分がまるでサボやルフィに対するみたいにマルコにも接していたことに気付いて咀嚼が止まった。
マルコが目を留め、どうしたと尋ねる。
いや、べつに、ごめん、と急にしどろもどろになりながら、口の中のものをろくに噛まずにのみこんだ。
パスタの皿に視線を落としたままありがと、とフォークを返す。
突然行ったり来たりする自分の感情に目が回りそうだ。







マルコの言った通り、昼食を摂ったレストランを過ぎるとあとはひたすら住宅がぽつりぽつりと現れる程度で、広がる麦畑であったり長い工場の塀であったり、殺風景な景色が続いた。
窓を開けて煙草の煙を逃がすマルコに、なんとなしに尋ねる。


「今から行くところ、行ったことあるの?」
「あぁ……随分前に何度か。アイツと同じ課のときがあってねい」


なるほど仲の良いはずである。
アンがふっと笑いをこぼすと、マルコは不可解なものを見る目でアンをちらりと見たが、なにも言わなかった。

それからまた1時間。同じような景色が続いていたかと思えば、視界にちらりちらりと映るものがある。


「あ、雪!」
「結構登ったからねい」


言われてみれば、運転席の窓から入り込む外気はするどく冷たい。
元来体温が高いほうな上に、食事をしたばかりで身体が温まっていて気にならなかったが、アンの住む町よりずいぶん標高が高いところまで来たらしい。
窓に額をくっつけると一瞬身がすくむほど冷たく、でも軽くほてった顔には気持が良くてそのまま窓の外を見ていた。
ぼたん雪はあっというまに車道の両側を白く染めていく。


「あと一時間はかかるからよい」
「うん?」
「寝てろ」


マルコの方を振り返ると、備え付けの灰皿に吸殻を放り込んだマルコは窓を閉め、何か空調のボタンをいじっていた。


「眠くないよ」
「暇だろい」


言われてみれば、暇だ。
運転を代わることができるわけでもないし、ただ座って外の景色を眺めているのは退屈といってもいい。
満たされたおなかはあったかく、心地よい満足感でいっぱいだ。
ただ少しでも微睡んでしまえばあっという間に時間が過ぎてしまう。


「もったいないから寝ない」


そう言うとマルコは、意味を汲み取りかねるとでも言いたげな顔でアンを見たが、「そうかよい」とだけ言って前を向いた。

こめかみのあたりを窓に付けて、白さを増していく外の景色を見遣る。
聞き取れないほどのボリュームに絞られたラジオがか細く耳に届く。
カーヒーターの稼働音が低く唸るように足元のあたりに響いていた。
道はただまっすぐで、マルコは地図もナビも見ることなく車を走らせる。
やがて道は真っ白に染まり、きゅるきゅると柔らかい雪を踏みしめるタイヤの音が聞こえてきた。





「……アン。起きろい」
「……んはっ!」


咄嗟に体を起こすと変な声が出て、口のあたりに少し垂れていたよだれをすかさず拭った。
一瞬どこにいるのかわからなくなるが、変な角度に折れ曲がって痛む首とすっかり慣れたマルコの車の香りで、今いる現実を思い出す。


「……寝てた!!」
「着いたよい」


フロントガラスの向こうには、木造の大きな家がそびえたっていた。
三階建てはありそうな立派な別荘だ。
落ち着いた色の枕木が、マルコが車を停めた場所から玄関まで道を作っている。


「ここ? すごい、でかい」
「課の旅行で宿にするのにゃちょうどいいんだよい」


行くぞ、とマルコは車を降りる。
助手席のドアを開けると、足を下ろしたすぐそこは一面の雪景色だった。


「すっ、すごーー!! 雪!! すごい積もってる!!」
「転ぶなよい」


後部座席からアンのボストンバック、それにマルコのものらしいナイロンのバッグを担ぐと、マルコはためらいなく玄関へと雪を踏みしめて歩いていく。
アンは初めおそるおそる足を踏み出し、踏んでも蹴っても茶色い地面が出てこないことに感動し、すごい、とさむい、を交互に繰り返しながらマルコの後を追いかけた。

ベイから預かった鍵で大きな扉を開ける。
中は薄暗く、ほんのり埃のにおいがする。
外と同じく家の中の空気もキンキンに冷えていた。
マルコは入ってすぐのカウンターに荷物を置いた。


「とりあえず全部の部屋の電気をつけて回るよい」
「全部?」
「ここを使う交換条件みたいなもんだい。つかねェ部屋があったら呼べ」


お前は一階、と言い渡すとマルコはさっさと廊下の向こうに歩いて行ってしまった。
きっとその向こうに階段があるのだろう。
アンはお邪魔しまーすと誰にともなく呟きながら、コテージ内へと足を踏み入れた。
入ってきた玄関扉が開けっ放しになっていたことを思い出し、重たいそれを引っ張って閉める。と、ブレーカーが落ちた時のように突然視界が真っ暗になった。
慌てて近くの壁を叩くように触り、電気のスイッチを探す。
手触りで目星を付けたボタンを押すと、今度は一気に視界が明るく開けた。
玄関だけでなく廊下の灯りのスイッチだったようだ。
そして明るく照らされた家の中の景色に息を呑む。
廊下だと思っていた入ってすぐのそこは、大きなエントランスホールになっていた。
真っ白なソファにベージュ色のカーペット。低いテーブルが据えてある。
背の高い椅子が4脚並んだカウンターには色とりどりの酒瓶が並び、壁には電気屋でしか見たことのない大きなテレビが貼りついていた。
テレビの横には引き出しや棚のついたウッド調のボードが置いてあり、その上には大きなステレオとスピーカーが鎮座していた。
深い朱色のカーテンはぴっちりと閉じていて、その向こうには雪景色が広がっているのだろう。


「……すんごい」


部屋の中を眺めまわしていると扉があったので、開けてみる。
中は真っ暗で、灯りのスイッチを探して押した。
また、リビングだ。
ただ今度の部屋はリビングとダイニング、そしてキッチンがひとつの大きな空間になっていた。
大きなシャンデリアがぶらさがり、煌々と光り輝いている。
リビングのつきあたりには暖炉があり、部屋の隅には薪が積まれていた。
ダイニングはいったい何人で食事をする気かといいたくなる大きなテーブルが据えられており、巨大な食器棚が壁沿いに屹立していた。
対面式のカウンターキッチンはからっと乾いて清潔だった。
キッチンの棚を見ると調味料や乾物、インスタント食品などがそろっている。
部屋が少し埃臭いのに対して、こういった食品は一切埃がかぶっていない。
もしかして、と隣にある大きな冷蔵庫を開けてみた。
当然電源が入っており、中にはぎっしりと食料が詰まっていた。
目を瞠って、中を物色する。
新鮮な野菜、肉、魚の切り身。いちごやりんご、ぶどうといったフルーツまで季節関係なくそろっている。
アンとマルコが来る前に、ベイが食料を用意してくれていたのだ。
至れり尽くせりのその状態に、アンはいたたまれないような申し訳ないような気分になりそわそわした。
今から帰ってベイのところに行って、ありがとう行ってきますと改めて告げたくなる。


「おい」
「おっ……!」


すっかり夢中になって冷蔵庫を覗いていたので、人の気配に気付かず変な声が出た。
マルコはほんのり呆れ顔で立っている。


「まだ二部屋しか点けてねェのかよい」
「マルコもう済んだの?」
「明かりつけるだけじゃねェか」


マルコはダイニングの壁まで歩くと、灯りとは別の小さなリモコンをいじる。
ピッという電子音と共に天井のエアコンが動き始めた。


「エアコンあるんだ……」
「当たり前だろい。こんな寒くちゃコートも脱げねェだろい」
「でも暖炉がある」
「ありゃ飾りみてェなもんで、なかなかあったまらねェんだよい」


それより、とマルコはアンを見る。


「部屋があったまるまでその恰好じゃ寒いだろい。来い」


アンの返事を待たずに踵を返したマルコは、先ほど消えた階段の方へと歩いて行った。
なんだなんだとついていくと大きな螺旋階段があり、そこをのぼるとホテルのように小さな扉がいくつも続く廊下が伸びていた。
マルコは二階に上がってすぐのドアを開けて中に入っていく。


「わっ、なにここ」
「ベイの衣装箪笥みてェなもんだ。あいつから、お前に好きなモンを好きなだけ持ってかせろって言われてんだよい」


マルコが明かりをつけると、アンの家のリビングほどの広さいっぱいのスペースを埋め尽くさんばかりの衣服がかかっていた。
そしてそれらは洋服だけでなく、靴、鞄、ショールや手袋などまでそろっている。


「まずコートだな。選んでこいよい」
「えっ、そんな」


ウソじゃん、とこぼすアンにマルコは真顔でさっさと行けとせかす。
だからあのとき、コートを取りに行く必要はないと言ったのか。
それにしてもこんなの聞いてない。


「あぁ、それでいいじゃねェか」


おもむろにマルコが入り口近くにあった深緑のモッズコートをつかんだ。


「他に気に入るのがありゃそれも持ってけ。ついでに他も全部変えちまったらどうだよい」
「えぇ……」


困惑するアンにお構いなく、着替えたら降りて来いよいと言い渡してマルコは部屋を出て行ってしまった。
とりのこされて、アンは自分の格好を見下ろした。
着古した白いパーカーとジーンズ。それに擦り切れたスニーカー。
なじんでいるぶんどれもお気に入りだけど、今日にはふさわしくなかったのかもしれない。
朝仕事をしてサボとルフィのご飯も作ったし、少し匂いが移っていてくさかったかな。
くんくんと袖のにおいをかいで首をかしげるも、ぶるっと急に足元から冷えが這い登ってきてそれどころじゃないかと思い直した。
本当にいいのかな、と思いながら部屋全体がクローゼットとなったそこを少し歩き、服を探す。
なるべくあったかそうなもの、動きやすくて着心地のいいやつ。
洋服はラグジュアリーなドレスからフォーマルなワンピースやジャケット、そしてラフなパーカーやジーンズまであらゆるタイプがそろっていた。
その中からアンは今着ているものに似た紺色のパーカーを手に取る。
似ているのは形だけで、アンのものよりずっと厚手で裏起毛になっており、着てみたら驚くほど温かかった。
ジーンズは…いいや、着替えてもそう変わらないだろう。
脱いだ服とマルコに手渡されたコートを手にして部屋を出ようとしたとき、出口のすぐそばに一脚の椅子が置いてあるのが目についた。
椅子の上に、封筒が置いてある。
かがみこんで覗くと、小さな文字で「アンへ」と書いてあった。
宛名を見なくてもわかる、ベイだ。

『寒いところ、こんな場所まで来てくれてありがとうね。
言った通り、家の中も置いてあるものも好きに使ってくれて構わないし、気に入ったのなら好きなだけ持って帰っていいよ。
この部屋の服も靴も全部あんたのモンみたいなものだから、好きなのを選んで。
寝間着代わりになるようなものも全部用意してある
マルコにいい思いをさせるのは癪だけど、楽しんでくれたらうれしいよ。
帰ってきたら今度は私が会いに行くからね』


ベイはあたしがマルコとここに来ることになると初めからわかっていたんじゃないか、そう思うと気恥ずかしさに俯きそうになる。
次々と与えられる好意はアンの手に余るほどで、感謝の言葉はひとことでまとまりそうになかった。

アンは古びたスニーカーを脱ぎ、薄茶のムートンブーツをありがたくいただくことにした。
めちゃくちゃあったかい。






階下へ行くと、マルコは暖炉に薪を放り込んでいるところだった。


「温まらないんじゃなかったっけ」
「使ってみてェんじゃなかったのかい」


こちらを見ずにそう言って、マルコは火種にライターで火を点けた。
なんでわかったんだろう。
ぽっと小さな赤色は、暗い暖炉の中でちらちらと揺れて頼りない。
「本当に火、つくの?」と尋ねると、「さぁな」とそっけない。
部屋の中はエアコンの暖房機能で少しずつだが温かくなっていた。
火種に薪をくべるマルコの横顔に、アンは声をかける。


「ねぇ」
「あ?」
「今からなにすんの?」


部屋には大きな柱時計が立っており、時刻は16時少し前を示していた。
窓の外は相変わらず銀世界で、寝てしまったせいでわからないが周りにこのコテージ以外の何かがあるとは考えにくい。
閉ざされたこの家にふたりきり。
なにすんの、と尋ねたくせに変に意識してしまう。
誤魔化すようにきゅっと唇を引き結んだ。
無事薪に火が燃え移ったのか、ぱちぱちと爆ぜる音が小さく聞こえる。


「家の中でできることなら、何でもできるよい」
「……なんでも?」


マルコは立ち上がると、すぐそばにあるソファの背もたれに腰を下ろした。


「来たやつが暇しねェように、たいていのモンが揃ってる。本が読みたきゃ2階に小さい書庫があるし、確かゲーム機の置いた部屋もある。ゆっくりしたきゃそこそこ広い風呂と露天風呂がついてる。確かジムもあったな。テレビは見ての通りそこにあるし、映画も何本か揃えてあるっつってたねい」


マルコはちらっとアンを見て、妙に楽しげに片眉を上げた。


「何するよい」


呆気にとられて、「じゃ、じゃあ」とアンは息継ぎするように言葉を繋ぐ。


「いっこずつ、全部!」


そりゃあいい、とマルコは俯いて笑った。
笑ったマルコに驚いて目を逸らしてから、もっと見ておけばよかったと後悔した。




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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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