OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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ピアノの生ライブに行ってきました。
清/塚/信/也というピアニストの方の講演会で、曲目なしのトーク&ライブという形でお話と生演奏を聴いてきました。
登場されて、客席の間を抜けてステージまで行くとすぐさま弾き始めた曲がじょーさんのSummerで、しかもアレンジがあってちょうかっけぇのです。
お話もちょいちょいウケを狙ってきて面白い。
ショパン、リスト、ドビュッシー、ニューシネマパラダイスのメドレー、のだめカンタービレのエンディングでラスト。
あ、清塚さん自身のだめのドラマで千秋のピアノの差し替えで演奏してたご本人なんですよー。
あと竜馬伝の曲とか。
わたしどっちも見てないんですけどね。
ご本人は来年1月公開の「さ/よ/な/ら/ド/ビ/ュ/ッ/シ/ー」という映画に、主人公のピアノの先生と言う結構重要な役どころで出演されるんですよー。
講演内容はショパンとリストの逸話だったり、ご本人がテレビ出演した時のお話だったりが面白いのはもちろん、ピアノ曲が、もう、もう……!
力強い演奏とてもすきです。
アンコールではクラシックから始まってスーパーマリオで終わるというまさかのメドレーと、ご自身の曲を披露してもらい恍惚状態で帰ってきました。
おんがくはいいですねえ。
さてさてリバリバ18,19と更新しましたー。
18はもうちと前に更新してありましたね。
ちょーっとずつ最後に向かいつつあります。
おつきあいねがう(なぜ偉そう)
あとサンナミ、こないだ更新した前奏曲の続きができそうですね。
続きと言うか番外と言うかを明後日くらいに更新できたらよいです。
なんだかシリーズ化しそうですがこれもおつきあいねがう(だからなぜ
あとさっそく拍手コメントもありがとうございますぅぅ
ブログサーバー上に保存されてるだけだと心もとなくて、ちゃんと別ファイルに入れて私のパソにも保存してるんですよえへへ。
お返事はまた明日以降に。おまちくだされー。
清/塚/信/也というピアニストの方の講演会で、曲目なしのトーク&ライブという形でお話と生演奏を聴いてきました。
登場されて、客席の間を抜けてステージまで行くとすぐさま弾き始めた曲がじょーさんのSummerで、しかもアレンジがあってちょうかっけぇのです。
お話もちょいちょいウケを狙ってきて面白い。
ショパン、リスト、ドビュッシー、ニューシネマパラダイスのメドレー、のだめカンタービレのエンディングでラスト。
あ、清塚さん自身のだめのドラマで千秋のピアノの差し替えで演奏してたご本人なんですよー。
あと竜馬伝の曲とか。
わたしどっちも見てないんですけどね。
ご本人は来年1月公開の「さ/よ/な/ら/ド/ビ/ュ/ッ/シ/ー」という映画に、主人公のピアノの先生と言う結構重要な役どころで出演されるんですよー。
講演内容はショパンとリストの逸話だったり、ご本人がテレビ出演した時のお話だったりが面白いのはもちろん、ピアノ曲が、もう、もう……!
力強い演奏とてもすきです。
アンコールではクラシックから始まってスーパーマリオで終わるというまさかのメドレーと、ご自身の曲を披露してもらい恍惚状態で帰ってきました。
おんがくはいいですねえ。
さてさてリバリバ18,19と更新しましたー。
18はもうちと前に更新してありましたね。
ちょーっとずつ最後に向かいつつあります。
おつきあいねがう(なぜ偉そう)
あとサンナミ、こないだ更新した前奏曲の続きができそうですね。
続きと言うか番外と言うかを明後日くらいに更新できたらよいです。
なんだかシリーズ化しそうですがこれもおつきあいねがう(だからなぜ
あとさっそく拍手コメントもありがとうございますぅぅ
ブログサーバー上に保存されてるだけだと心もとなくて、ちゃんと別ファイルに入れて私のパソにも保存してるんですよえへへ。
お返事はまた明日以降に。おまちくだされー。
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庁舎の最上階には、そのエリアの主のほかに先客がいた。
「よっ」
広々としたソファにふんぞり返って、鷹揚に片手を上げたのはサッチである。
「おつかれさーん」と軽い口調でいたわりの言葉を投げかけるサッチの向かいでは、ニューゲートが楽しそうに口角を上げていた。
エレベーターを降りた瞬間からその姿は見えていたものの、部屋に入りいざその声を聞くとマルコの肩はやはり数センチ落ちた。
「テメェ何してんだよい。サボってんじゃねぇ」
「んだよォ、お前があっちやこっちに動きづめで全然捕まらねぇからオレから会いに来てやったってのに」
「だからってオヤジの部屋まで来るこたねぇだろうが。なんでまずオレに連絡せず一気にここまで来ちまうんだよい」
「だってマルコがいっちゃん長くいるのってせいぜいここだけだろ? それにここにいりゃオヤジにだって会えるし」
なっ? と同意を求められて、ニューゲートは目元に目いっぱい皺を寄せて笑いながら「違いねェ」と頷く。
サッチの言い分は確かにもっともで、ついでにニューゲートの機嫌がすこぶるよろしいそうなのでマルコはそれ以上強く言えない。
口を閉ざして目いっぱい顔をしかめ非難を表すしかない。
「まぁマルコ、ご苦労だったんだからとりあえず座りやがれ」
「そうそう、まぁ座んなさいよ」と後に続くサッチに辟易としながら、マルコは渋々サッチが座るソファの対岸に腰を下ろした。
すぐさま湯気の立つコーヒーが給仕される。
「おねーさんオレにもおかわり」と語尾を跳ねあげて笑顔でカップを差し出すサッチの調子の良さは、疲れた身にはげんなりすると同時にどこかすがすがしい。
そう感じてしまう自分にまたげんなりして、マルコは腰かけたと同時に口から洩れた深いため息をサッチのせいにしてごまかした。
「テメェの報告から聞こうか。それともこっちの話からいこうか」
やっぱり話があるのか、とマルコは顔を上げた。
サッチの言う「マルコに会いに来た」などおためごかしに過ぎない。
必ず何らかの本意があるはずだとは思っていたので、その言葉は特に意外ではなかった。
さらに、ニューゲートはフォッサにマルコを家に帰すよう言っておきながら、マルコがそれに背いて庁舎に戻ってくることまで読んでいる。
たとえマルコが何らかの気分でその命に従って帰宅したとしても、ニューゲートは「そうか」の一言で済ますだろう。
そういう、鼻につかないやり方で人の心の動きを掴むニューゲートの手腕にはやはり頭が下がる。
「こっちの要件のが手早いだろうから、こっちから」
マルコの言葉に、ニューゲートは静かに頷く。
「あっちの出した条件3つ、最初の会談でこっちが出した条件をのまねぇ限りはこっちも従わねぇってのを2時間かけて延々と。
冥王の方もうまい具合にこっちの弱点ついてくるからその応戦で大分と時間がもった。
ま、おおむね筋書き通りだよい。冥王の奴は絶対ェ面白がってるがな」
「あぁ、アイツの性格にゃあこっちだって免疫があらァ」
「結論は会談の開始前も開始後もなんにも変わっちゃいねェから、またメディアがやいやい言うだろうがもう放っておく」
「あァ、外は好きにさせておけ」
マルコの報告は以上だ。
そもそも報告と言っても何ら目新しいことはない。
すべてニューゲートが仕込んだ──フォッサの言葉を借りれば「出来レース」の──線路の上を順調に進みつつあるだけなのだから。
「それで?」
そっちの話は、と言うつもりでオヤジを、そして隣のサッチに視線を走らせる。
すると二人はたがいに目配せをするように、そろって視線を交わし合い少し目を丸くした。
「……なんだよい」
「いいや、相変わらず勘が良すぎて気味悪ィな」
サッチは両手を頭の後ろで組み、ばふんと音を立てて深くソファにもたれた。
「先に行っとくけど、オレァお前の『エース』の方には直接は関与してねぇんだかんな」
「じゃあ何の用だってんだよい」
「黒ひげの方だ」
そう口を挟んだニューゲートをハッと見上げると、彼は大きな背中を少し丸めて、膝に両手をついてマルコの方に少し顔を寄せた。
「まぁエースに一切かかわりがねぇってのも言いすぎか。エースと黒ひげに繋がりがあるのはもう確定だ」
「でもよオヤジ、そこまで分かりきってんならさっさとティーチの奴締め上げちまえばいいんじゃねぇか? アイツの方はまだオヤジが疑ってることに気付いてねぇから調子こいてんだろ?」
それができたらそうしている、とマルコは低く呟いた。
「できねェの?」
サッチはマルコを、そしてニューゲートをと順番に見上げた。
「もう充分だろ。物的証拠はねぇけど、どうせティーチの手の届く範囲なんざいくら広くたってオヤジにゃ負ける。あいつの手下から近付いて足元掬ってやりゃあ」
「できねぇっつってんだろい」
短く、しかしきっぱりとサッチの言葉を断ち切った。
サッチはすぐさま続く言葉を飲み込んだが、不満げにニューゲートを見上げる。
ニューゲートは苦笑のようなものをサッチに向けた。
「オレがダメだと言ったんだ」
「オヤジが?」
なんでまた、とサッチはぽかんと口を開けた。
マルコも初めはそうだった。
エースを追いかけるよりも、黒ひげに狙いをシフトして奴らがぼろを出す機会をうかがった方がいいのではないかと。
黒ひげを捕まえてしまえば、奴らを吊し上げてエースを引っ張り出すことができる。
黒ひげがそれほどエースを箱入りの如く大事にしているとは思えないので、彼らからエースの所在を喋らせることはそう難しくないだろう。
行政府をやめ、外面上「税理士」として看板を上げたティーチが裏でこそこそ何かをしているのは、警察側だって知っているのだ。
ただ奴らは証拠隠滅だけは非常に入念で、けして跡を残さない。
黒ひげに利用されてその悪事を否が応でも知ってしまった人間は、物理的にも書類の上でも存在を消されるからだ。
奴らは消えたところで問題一つないような人間をあえて選んで利用している。
だが今回は勝手が違った。
黒ひげは明らかにニューゲートを陥れようとしている。
あの髪飾りがニューゲートの監視下にあったのはマルコも知っていた。
ただ、マルコが知るその髪飾りは一つだけだ。
この世にたった、一つだけ。
二つも三つもあるなど聞いていない。
一つ目の盗難が通報された時、マルコは人生で初めて度肝を抜かれた。
まさかアレが盗まれたのかと。
しかし事実は違い、急いでその違和をニューゲートに問うと、彼は静かに何かを考えるそぶりをして、調べろとそう言った。
調べるも何も、髪飾りは一つしかないはずだろう! と憤慨したのはマルコの方である。
しかしマルコ自身ニューゲートにそうやって盾つくことの無駄さを知っているので、そのときはむっつりと黙って頷き、下の者に髪飾りの所在を調べさせた。
すると、髪飾りはこの街に四つもあると言う。
それぞれがこの街の成金たちによって保管されていた。
まるでそれがただの装飾品であるかのように。
たった一つしか存在しないと思っていた髪飾りが4つも、それもニューゲート以外の手にあると知ったときの驚きと、同時に湧き上がった怪しさは計り知れない。
意気込んでそれを報告したマルコに、ニューゲートはもう次の言葉を用意していた。
その四つの髪飾りも全て警察の、つまりはニューゲートの保護下に置く、それを各持ち主に通達しろと言うのである。
何故マルコが知る『一つ』以外に髪飾りがいくつもあるのか。
何故それをニューゲートが知らなかったのか。
そしてなぜ、彼は突如明らかになったその髪飾りたちを、自らの手のうちで守ると言うのか。
その髪飾りに真偽があるとするなら、間違いなく本物はマルコが知るたった一つだ。
しかしニューゲートは何一つ、口数の少ない彼の心のうちもマルコに話さない。
ここまで秘密にされると、いくら従順な彼の右腕を自負するマルコも怪訝に思わずにはいられない。
同時に、悔しいようなもどかしいような感じさえする。
警察組織は、ニューゲートの考えをマルコが共有し、まとめ上げて下部に指令を発することで機能してきた。
にもかかわらずこうしてニューゲートがマルコに口少なであればあるほど、マルコの方も動きが限られる。
だからこそこうして何度も「エース」を取り逃がしているのではないか──そう考えないではなかったが、だからといってそれがマルコからニューゲートに対する不信だとか不義だとかに直結することはありえない。
たとえなにがあっても──ニューゲートがマルコに何を話し何を隠そうと──マルコは彼を信じることに変わりはない。
ただ、自分が知らされていない何かがあるのが居心地悪いだけだ。
サッチは不機嫌に口を閉ざしたマルコと、身内にしか見せない少し困っているようにも見える顔のニューゲートを見比べて、大げさな素振りで肩をすくめた。
「オヤジ、あんまりマルコを振り回してやるなよ。ただでさえお忙しいご身分だ」
「わかってらァ。そもそもオレがお前ェらに隠し立てするほど後ろ暗いことなんざあるわけねぇだろう」
「そりゃマルコもわかってっだろうけどさぁ」
サッチがちらりとマルコの顔をうかがう。
これでは押し黙り続ける自分がまるで拗ねているようじゃないかと気付いて、マルコは渋々口を開いた。
「話さないだけ、だろい」
「分かってんじゃねェか」
ニューゲートはその巨体に似合わない嬉しそうな顔を見せて、声を上げて笑った。
「隠している」のではない。今はまだ「話さない」だけだ。
ニューゲートは時折そう言って笑った。
マルコはただそれを信じるしかない。
確かに彼がそう言うときはいつでも、時期さえ来ればマルコに全てを教えてくれた。
マルコは気分を入れ替えるため息を小さくついて、笑いの収まったニューゲートを見上げた。
「それで、サッチがなんで黒ひげと関係あるんだよい」
「おぉ、やっとオレの話んなった」
サッチが嬉々とした顔でソファの背から体を起こした。
マルコの方に身を乗り出して、どんな勢いある話なのかと思いきやテーブルのコーヒーに手を伸ばしてそれをすするのだから調子が狂う。
一度にカップのすべてを飲み干したサッチは、コーヒーくさい息を一つついてから本題を切り出した。
「オレが世話したことあるとびきりの悪ガキが3人、近頃立て続けに死んだ」
マルコの前に3本指を突き出したサッチの目は、もうふざけた色をしていない。
マルコの方も調子のいいサッチを相手にする脳から、仕事の脳へと頭の中を切り替える。
目線で先を促した。
「一匹目、実父ぶん殴って逃げ出して捕まった18そこそこのガキ。左官屋のオヤジに世話頼んで、近頃まじめに働いてると思ったら中央区の裏街で腹刺されて死んでた。4か月以上前だ。
二匹目、両親ナシで孤児院育ち、ヒネまくって悪い大人に捕まってヒンヒン言ってるところをオレがとっ捕まえた16のガキ。こいつはエースが2回目に忍び込んだ日の夜、あの屋敷の玄関で爆弾の箱抱えてやって来た。お前も知ってんだろ」
マルコは黙って頷いた。
堅い顔で静かに話を聞いていたが、突然つながったその悪がきとエースの関係に内心では目を剥いていた。
エースが財閥息子のコレクションルームに忍び込むにあたって仕込まれていた手筈の第一発目。
見知らぬ男が、あの日夜も更けた頃郵便配達を装ってふらりと邸宅の玄関に現れた。
いくら配達員を装っていたところで時間帯からして配達のある時間ではない。
不審に思った警備員たちが何名かその男に近づいたところ、突然男の持っていた小包が爆発した。
マルコがそれを知らされたのはそれから5分ほど後で、マルコが邸宅についた頃現場は軽くパニックに陥っており、爆弾を持ち込んだ男は息絶えていた。
その混乱の裏側で、エースはコレクションルームに忍び込んでいたわけである。
事件が収束して後処理だけになった頃、爆弾を持ち込んだ男がまだ20にも満たない子供であるということを知った。
それがサッチの「客」であるとは思わなかったが。
「3匹目、想像つくだろ」
サッチは立てた三本指の、薬指を小さく揺らした。
「19で土木建築会社勤務。下っ端でケナゲに働くガキだが、コイツは17のとき傷害致死で捕まってる。そんでこの間、美術館でまた捕まった」
マルコも覚えている。
取り押さえられて床に押し付けられた顔はまだ若かった。
エースのダミーだ。
「コイツは拘置所で自殺した」
サッチは立てた三本の指をぐっと握って、それから静かに腕を下ろした。
マルコも言うべき言葉がなく押し黙った。
エースのダミーとして使われたら最後、その駒は間違いなく黒ひげの手で始末される。
それを踏まえたうえで黒ひげから送り込まれる刺客に警戒していたが、ダミーは自ら舌を噛むという古典的な方法で、冷たい拘置所の中でひとり死んでいた。
自身の意思なのか、黒ひげにそう含まされていたのかはわからないが、どちらにしろそれを防げなかったのはこちらの手抜かりだったので、この件はマルコにしても痛い。
「一匹目はともかく、後ろの二匹は間違いなく黒ひげに雇われて、そんで殺された。用済みってわけだ。立て続けにオレの知ってるガキがお前んとこの事件にかかわってるってんで、もしやと思って一匹目の件も引っ張り出して調べてみたら、なんとこいつも黒ひげに手ェ貸してやがった」
「左官屋のガキなんだろい」
「一発目の盗難があったあの銀行、建て替え工事にこのガキも参加している」
あぁ、とマルコからは思わず嘆息に近い呻き声が漏れた。
一回目の盗難は、銀行のセキュリティーシステムが発動していたにもかかわらず、数分でやってくる警備が辿りつくより早くエースは盗みを成功させた。
そのためには中の構造を熟知していなければならない。
銀行内部の情報を手に入れるために、エースは、つまり黒ひげはそのガキを利用したのだろう。
サッチも疲れたようなため息をついた。
「これで最近不審死した3匹のガキ全員が、黒ひげとかかわりがあるっつーことよ。こうなりゃオレとしても安穏にゃいられねェってんで、オヤジのところに相談に来たわけよ。これ以上いたいけな悪ガキ共をホイホイ使い捨てされちゃたまんねェからな」
話は粗方わかった。
マルコがニューゲートを見上げると、彼もまたマルコを見下ろしていた。
「どうするつもりだよい、オヤジ」
「とりあえずサッチにはこのガキ共がどうやって黒ひげに付け入れられちまったのかを調べてもらう。原因がわかりゃ予防策もできるだろう」
「おう任せんさい」
サッチがふざけた調子を取り戻して、ドンと自分の胸を叩いた。
「ただ、黒ひげはあと一回確実にエースを使って髪飾りを狙う。その最後の一回でオレを底まで落とし込むつもりだろう。エースの被害者の金持ち共は全員黒ひげに少なくねェ金額掴まされてるだろうから、オレが法律的にも社会的にも負けを認めるまで追及を辞めねェ。オレを陥れる裁判の結果が出るまでにエースを捕まえて、黒ひげについて言質を取らせりゃこっちの勝ち。次の盗難でエースを取り逃がして、黒ひげに攻め入る要素を与えちまったらそのままオレァ裁判に負けて、あいつらの勝ちだ」
ニューゲートはゲームのルールを説明するように、淡々と自身の命運を分ける話をした。
しかしこれはゲームではない。
もしニューゲートが裁判に負けて、政権がひっくり返れば──のし上がってくるのは黒ひげだ。
負ければ最悪だがマルコにも、きっとニューゲートにも毛頭負けるつもりはない。
要するに、とサッチが口を挟んだ。
「エースを捕まえて、エースに黒ひげとのかかわりを吐かせりゃいいんだろ? 今までのガキ共みてぇにエースが始末される前に」
「そうだ」
「腕が鳴りますな、マルコさんよォ」
サッチが茶化すようにマルコを小突くので、マルコは鬱陶しげにその手を避けた。
そのときおもむろに、ニューゲートがマルコを呼んだ。
マルコがニューゲートの目を捉えると、そこにある金色の光がふっと慈悲ある色に滲んだように見えてマルコは息を呑んだ。
この目はオレに向けられたものではない、と咄嗟に気付く。
「エースを頼む」
「……あぁ、絶対ェ、」
捕まえる、と答えたマルコにニューゲートは同じ目の色のまま頷いた。
「エースを頼む」など、これから捕まえられる犯人に向けた言葉ではない。
それに気づきながら、いやしかしこの「頼む」は「頼むから捕まえてくれ」「エース捕縛は頼む」という意味に解釈もできる、とマルコは自分に言い聞かせた。
そうでもしなければ、ニューゲートがまるでエースを守ろうとしているように聞こえてしまう。
今までニューゲートの言葉の端々、行動の端々にそれを匂わすものがあったからなおさら、そう思わずにはいられなかった。
黒ひげを先に捕まえてエースを吊し上げようとしないのも、そう言う意図があるからだと考えればつじつまが合う。
ニューゲート自身に問い詰めたことはないが、ふと口をついて聞いてしまいそうだった。
オヤジは、エースの正体を知ってるんじゃねェのか──?
「んじゃ、マルコに言っとかなきゃならねぇことは言ったしオレはもう帰るぜ」
「あァ、頼むぜサッチ。おいマルコ、テメェも今日はもう帰んな」
立ち上がったサッチを労わるようにその頭に手を置いてから、ニューゲートはマルコにも促すように視線を向けた。
「オレの肩代わりみてぇなことばっかりさせて悪かった。次の会談はしばらく間を置くよう冥王にも言っておく。少し休みやがれ」
「……肩代わりしてるつもりはねェよい」
オレはニューゲートの動かす右腕として機能しているだけだ。
しかし突っぱねたようなマルコの言葉をニューゲートは笑い飛ばした。
サッチにしたように、マルコの頭に大きな手を乗せる。
「お前が疲れちまったらオレの腕が怠くなるのと一緒だ。いいから帰んなハナッタレ」
軽く頭を小突かれて、マルコは渋々と頷いたのだった。
*
サッチとは庁舎の駐車場で別れた。
しかしニューゲートの部屋を出てから別れるまでの数分、サッチはせっかくだから飲みに行こうとうるさくマルコを誘った。
「オレもう一週間も外で飲んでねェんだよ」
サッチはヘロヘロと弱い声で泣き言をさらしていたかと思うと、アッと声を上げて時計に目を落とした。
「まだ16時前じゃん。アンちゃんの店ギリギリ開いてんじゃね?」
マルコは考えるふりをしながら黙ってエレベーターを降りた。
なぁなぁ、と追いかけてくるサッチはしつこい。
「お前ももうだいぶアンちゃんとこ行ってねェだろ? もし店閉まっててもよ、またアンちゃん引っ張り出してイゾウんとこ行こうぜ」
「……オレァ今日は帰るよい」
「えぇーー!! なんでよ」
いちいち声の大きいサッチは派手に非難の声を上げて、ぶーぶーと文句を垂れた。
「なによ、本気でそんなに疲れてんのかよ」
「いや」
「じゃあ数時間くらい付き合えよー」
「イゾウのとこになら、お前ひとりでもよく行ってんじゃねェか」
「だから今からアンちゃんも連れて行こうぜってんだよ」
「テメェひとりで行け」
「んだよ、せめてアンちゃんと二人で行けくらい言ってくれたっていいだろ……って」
あ、と呟いたサッチは、途端にニヤニヤしてマルコの顔を覗き込んだ。
庁舎の玄関ホールを通り抜けて駐車場へと向かうマルコはその足を止めずに、目一杯嫌な顔を作る。
覗き込んでくるサッチの顔が不愉快極まりない。
「お前今日は飲みに行きたくはねェけど、オレとアンちゃんがふたりで行くのも気にくわねぇんだろ」
マルコは無言で、じろりとサッチを睨んだ。
マルコの手で落とされた犯罪者のみならず、警察関係者さえすくみ上るようなその目つきを、サッチはぱちくりと瞬いて見つめ返した。
「え、なに、ほんとに?」
「テメェの車はあっちだろい。さっさと帰れ」
「えぇー、マジかよオッサン」
サッチの顔はニヤニヤしたりキョトンとしたり、今は犬のように好奇心をちらつかせていて非常に忙しい。
マルコは「じゃあな」とろくに挨拶をすることもなく、サッチに背を向けて数メートル先の自分の車へと歩いた。
サッチはしばらく背中でぶつぶつ言っていたが、マルコが運転席のドアに手をかけたとき、「じゃあさァ」とのんきな声がかかった。
「アンちゃんの御付きのナイトたち、攻略しなきゃな」
ハッと鼻で笑うような返事を返して、マルコは車に乗り込んだ。
サッチはまだその場に立ったまま、ごそごそ煙草を取り出している。
車を発進させたマルコがその前を横切ると、サッチは子供くさい仕草で唇を尖らせて、しかし目元には笑い皺を描いてマルコに軽く手を振った。
*
家に帰るのは数日ぶりだった。
庁舎に寝泊まりすることが普通になってしまい、慣れすぎたのかソファで仮眠を取っても翌日腰を痛めるということがなくなった。
それがあまり良くない徴候であるというのはわかっている。
部屋の中は当然人気も火の気もなく冷え切っていた。
マルコが廊下を歩くとセンサーが反応して、ふわふわと歩く先に灯りが灯る。
リビングでは、一人用にしては大きすぎるカウチと近く使用した覚えのないシンプルなガラステーブルだけがマルコを出迎えた。
肌寒かったのでとりあえず暖房をつける。
堅苦しいスーツとネクタイを脱いでカウチの背に掛けた。
腹が減ったな、となんとなく思ったが冷蔵庫にはすぐ食べられるようなものは何もなかった。
しばらく帰っていないのだから当たり前だ。
クソ、何か食ってから帰ればよかった。
もう今から家を出るのは億劫すぎる。
とはいえやはりサッチの誘いに乗る気にはならなかったので仕方ない。
マルコは八つ当たり気味に、もはや脱力と言っていい様子でカウチに腰かけた。
ギュッと革が張りつめる音が響く。
目を閉じた。
身体はやはり思った以上に疲れている。
もう意地や虚勢を張って平気でいられる歳ではないのかもしれない。
気持ちはそのつもりでも、こうして身体に直接感じられるとごまかしようもない。
──オヤジも老いた。
本人は体の不調なども微塵も訴えず、実際外から見ていれば何ら問題があるようには見えない。
だが、彼の身体が病に蝕まれているということに関してはメディアの報道に間違いはない。
気丈なのは結構だが、そばにいるマルコからすれば心配の種は尽きない。
今世間から降り注がれるニューゲートへの不信は、彼の頑丈な体に刺さったところで彼自身びくともしないが、内側からじわじわと脅かしてくる病魔には彼も医者の手に頼る以外にすべはない。
もし今オヤジが倒れたら。
起こりうる事象は目を瞑ってしまいたくなるほど残酷だ。
マルコは目を開けた。
もうやめよう。
思考はこのままだと恐ろしいほど深みにはまっていくだけで救いがない。
立ち上がり、空と言ってもいいくらい閑散とした冷蔵庫の中から水のペットボトルを取り出した。
一息にそれを飲み下す。
少し寝ようと思った。
起きたときに腹が減っていればその時食べに出ようと決めた。
よほど空腹であれば勝手に目も覚めるだろう。
飲みかけのペットボトルをまた冷蔵庫に戻し、マルコは寝室へと向かった。
延々と伸びた廊下の一番はてのドアを開ける。
風呂に入るのも面倒で、シャツを脱ぎ捨てそのままベッドに倒れ込んだ。
しかしざらりとした肌触りにぎょっとして、すぐに体を起こした。
肌に触れたベッドの生地が、思っていたいつものそれではなかったのだ。
シーツのなめらかな肌触りを想像していたマルコは怪訝な顔でベッドを見下ろす。
ちっと舌打ちが漏れた。
シーツが敷いていない。
前に帰ってきた際洗ってそのまま代わりを敷くのを忘れていた。
ああ面倒だ。
敷かなければと思うのに、身体は意思とは別にまたベッドへと沈んだ。
こんな時一人暮らしは手の回らないところが出てきて困る。
いっそオヤジのように家事手伝いの人間を雇ってしまおうかと適当な思いつきが浮かんだが、自分の知らない間に知らない人間が部屋の中をいろいろ弄りまわしていると思うとゾッとして、実行に移す気には早々ならなかった。
もしかするとオレは死ぬ時、こうやってシーツも敷いていないベッドの上でひとりなのかもしれないな、とふと思った。
それは比較的穏やかな死に方だろう。
殉職が特別ひどいとも素晴らしいとも思わない。
ただ何となく、そう言うアクロバティックな死に方は自分には似合わない気がした。
──だからといってこんな最期も全くいいもんじゃねェがな。
バカなことを考えていると思いながら、意識は少しずつ手の届かない眠りの方へと引きずられつつあるのを感じていた。
そして、意識が滲むように遠ざかっていくにつれて、脳裏に鮮やかに浮かぶ姿があった。
女だった。
マルコよりずっとずっと年若いまだ子供のような女だった。
ありふれた生活感をにじませる街娘。
少しだけ笑顔が下手な娘。
(──アン)
名前を思い浮かべると、少しだけ眠りから意識が呼び戻されるほどむず痒い気分になった。
久しく顔を見ないと落ち着かないような気になりだしたのはいつからだろう。
それが心地よかった。
久しぶりに──おそらく初めて、こんなにも穏やかな感情を知った。
その気持ちに付ける名前はきっとあるのだろうが、そんなもので自分の感情を名づけてくくってしまうのは酷くもったいないような気がしていた。
人にも知られたくはなかった。
仕事では自分以外のほとんどの人間を口先ひとつで動かしている自分が、自身の感情を子供のような女一人に翻弄されつつあるという事実がとんでもなく滑稽に思えたからだ。
ただ、特別欲しいとは思わなかった。
しいていうなら──しいていうなら、なんだと言うのだろう。
本当に、それは穏やかな始まりだったというのに。
欲以外の何物でもないやり方で、オレはアンを抱いた。
そこにアンの感情はあったのだろうか。
ずぶん、と身体が沈むような眠気を感じた。
次に目が覚めたのは、翌日の朝遅いころだった。
→
「アン、いま2卓に座ったお客さんにA」
「ん、じゃあこれ5卓と6卓に持ってって!」
左手でフライパンを揺すりながら忙しく右手を動かすアンは手元から目を離すことができず、サボに返した返事はフライパンに向かっての必死な叫び声のようになる。
しかしその声は雑然とした店内で響くことなくざわめきのなかに吸い込まれた。
街の慌ただしい昼、なんでもない一風景は今日も元気に明るく人の声で満ちている。
陽気な日が続いている近頃、その天気が関係しているのかは不明だがサボたちの店はひっきりなしに人の出入りが続いて客入りは天井知らずもいいとこ、という具合に上がり続けていた。
商売繁盛は願ってもないことだが、3人または2人で切り盛りするには少し厳しい。
店が広くないので、客入りがいいといっても入れる人数に限りがあるものの、回転率もよいので客足が途切れないのだ。
一歩外に出れば涼しい風が吹く秋の昼だというのに、アンもサボも額に汗を流して立ち働いていた。
「ごっそーさん」
常連の鳶職人の一行が席を立ち、わらわらと店を出ていく。
彼らの代表者がまとめてアンに代金を手渡した。
「ありがと、また来てね!」
「言われなくても明日も来るさ」
いい歳の男がアンの笑顔に頬を染めて、照れくさそうにしながらも手を振って店を後にした。
サボも遠くから「ありがとう」の声を飛ばす。
彼ら一行が店を去ると、それを区切りにぴたりと客足が止まった。
いつのまにか午後1時半を過ぎている。
このあとはもうゆっくりと遅い昼を楽しむ客が訪れる、比較的穏やかな時間帯となる。
サボがひゅうと息の音を鳴らしながらこめかみの汗をぬぐうと、水気を切った手でアンも同じ仕草をしていた。
サボがその姿を目に留めているとアンはサボの視線に気づき、お客さんの邪魔をしないよう少し声をはばかりながらサボを呼んだ。
「サボ、ちょっと休憩。なに飲む?」
「ああ、じゃあアイスティー」
サボはシャツの腕をまくって、襟元をパタパタと動かして中に空気を送った。
遅いランチを楽しむOLのグループが小さく黄色い声を上げる。
アンが男性客に必要以上に可愛がられるのと同じ理由で、サボに向けられる視線も熱いものであることが多い。
店を始めて半年以上、すっかりその状況に慣れたサボは、誰かを敵に回すということを知らなさそうな爽やかな笑顔でその歓声を受け流した。
カラカラ、と過ぎ去った夏を思い出させる涼しげな音がして、サボはカウンターに視線を向けた。
アンがグラスにいくつか氷を入れた音だ。
サボと同じように袖をまくって、アンはしなやかに手を動かしてサボのためにアイスティーを作っている。
その細い肩の線を、サボは少し遠い場所から見るように目を細めて眺めた。
実際その距離は5メートルにも満たず、少し足を動かせばたった数秒で埋められる距離だ。
では心の距離──そんなものがあるのだとすれば――が離れているのかと訊かれると、そういうわけではない、とサボは自答する。
どういう場面だったかはもう忘れたが、それくらい自然に今朝もアンはサボに気兼ねなく触れた。
もし心の距離が離れつつあるのだとすれば、少なくともアンがその距離を測り直そうとしているのであれば、アンからの接触は避けるはずだ。
こんなことをおれが考えているから、距離を感じるんだ。
あの日、決定的に変わってしまった何かは変わってしまったまま元には戻っていない。
あれはどこをどう解釈しようともおれが悪かった。
そう思い続ければ救われる気がした。
アンもそう思ってくれていれば、あの日のことを全部サボのせいにしてくれていれば、サボは自分のことを責めていればそれで気が済む。
そうしてほしかった。
あの日、アンが謝ることなどなにひとつなかった。
それでもアンは「サボは悪くない」とかたくなに言い続け、あまつ「ごめん」とさえ口にした。
サボは壊れたように「違うんだ」を繰り返すしかできず、結局事態は何一つ好転することなく収束した。
『あたしはどこにも行かないよ』
あの言葉がすべてを総括していた。
アンはもう決してマルコと二人で会おうとはしないだろう。
サッチに誘われてサンジのいる店へ行くこともないだろう。
サボのいない新しい世界を申し訳なさそうに、しかし嬉しさを隠しきれずに話すアンの顔を見ることはもうできない。
決定的に変わってしまった何かとは、アンの細い足首に掛けられた足枷だった。
3人の居場所につながる重たい足枷の錠をアンは自分の手で放り捨てた。
枷を外すことを諦めた。
その鎖は、美しくいえば「絆」と言うんだろう。
アンの枷を外してやろうと試行錯誤していたはずなのに、サボはあの日その枷に頑丈な鍵をかけてアンに「決して外すな」と言い聞かせた。
「アンには家族と過ごす以外の世界を知ってほしい」と言う考えがどれだけ上っ面だけのものだったかを思い知った。
サボは自分で思っていた以上に、アンを手放す気などさらさらなかった。
アンはそれに気付いたのだ。
それを誤解だというには傲慢が過ぎることもわかっていた。
覆らないその事実に、サボは歯噛みするしかない。
アンはもう二度と、自由にはなれない。
こんなことがしたかったわけじゃないのに。
「サボ、できた」
アンが手招く。
サボは小さく笑って、カウンターへと歩み寄った。
「ありがとう」と目線で伝えたつもりだった。
しかしアンは一瞬困ったように目を泳がせてから、ごまかしきれていない曖昧さで笑い返して目を逸らした。
アンのその素振りは、責められて泣かれるよりも痛い。
サボは黙って、カウンターに置かれたアイスティーに口をつけた。
のんびりとした声が聞こえたのはそのときだった。
「よぉ、オヒサシブリさん」
空いた両手をポケットに突っ込んだ長身は、寒そうに肩を縮めていた。
男はちらりとサボに目を留めたが、カウンターのアンににこりと笑いかけた。
──ものすごい美人だ。
「イ、イゾウ、どうしたの」
アンは目を丸くしてその男の名前を呼んだ。
イゾウ。聞いたことのある名前だ。
たしかサンジが働く店のオーナー。
話でしか聞いたことのない彼を見るのは、これが初めてだった。
「どうしたって、ここァメシ屋だろう? メシ食いに来たんだよ」
イゾウは人気のないカウンター席に腰を下ろして、長い足を組んだ。
「適当になんか作ってくれよ。ちぃと時間的に遅いけど、まだやってんだろ?」
うん、と呆気にとられながら頷いたアンは、ランチのセットの説明をし始めた。
イゾウは機嫌よくそれを聞き、じゃあと注文を伝える。
アンは未だに驚きの残った顔をしているが、それでも手際よくランチを作りにかかった。
なるほど、アンに聞いていた通りの凛とした男前だ。
「アン、オレもう裏回ってるよ」
「えっ、でもまだ二時前だよ」
「今日はもうこれ以上混みはしないよ。なにかあったら呼んで」
サボはイゾウに少し視線を走らせて、軽い会釈をする。
イゾウのほうもサボを目に留めて、カウンターに肘をついて顎を支えるポーズはそのままにすっと目を細めた。
どうやら笑ってくれたらしい。
逃げるように店の表を後にするサボは、少しでもアンとイゾウがふたりで話を楽しめるようにと自分が気を回していることに気付いて、まるで罪滅ぼしのようなその行為にげんなりした。
*
「びっくりしたよ」
アンが扉の向こうに消えたサボを追っていた視線を手元に戻しながらそう言った。
イゾウは「そうか」と返して、してやったりと言わんばかりに小さく笑っている。
「なかなかお前さんがうちの店に来ねェからオレのほうから来ちまった。たしかにオレは一度もお前さんのほうに行ったことねェのにお前にだけ来い来いいうのは筋違いだと思ってよ」
「そんなことないけどさ」
アンはごにょごにょと言葉尻を濁す。
もう、この人の店に行く機会はそう多くないかもしれない。
その思いがアンにはっきりと言葉を口にするのをはばからせた。
「……でも来てくれてありがとう」
イゾウは薄い唇を隠すように覆った手の向こうでニッと笑った。
そして、サボが消えた扉にちらっと視線を走らせる。
「今のが噂の弟ワンだな」
「そう。弟ってわけじゃないけど」
「じゃ、にーちゃんか」
「うーん、どっちかっていうと」
なんだそれ、とイゾウは朗らかに笑った。
深く突っ込んでこないのはなんらかの事情があることを悟っているからか、単に興味がないからか。
どちらにしろ、その辺の事情をあまり楽しくは話せないアンにとってイゾウの反応はありがたかった。
イゾウは重たいフライパンを事もなくふるうアンの手元をじっと見ている。
アンはいたたまれなくなって、遠慮がちに声をあげた。
「いつもサンジの手際に慣れてるんだろうから、あんまり見ないでよ」
「ああ、別に比べちゃいねェよ。それにアイツの料理は、味は旨いが華がねェ」
華、と呟いて、アンはサンジが作ってくれたスイーツプレートを思い出した。
色とりどりの甘いソースで飾られたあのプレートこそ、華があるというのではないか。
アンがそのことを口にすると、イゾウは「ありゃあアイツお得意の女限定ってやつだ」と渋い顔をした。
「オレやほかの野郎共にゃ適当にぱぱっと作り上げた雑多モンしかださねぇよ」
そのくせ味は旨いのだから可愛くねェ、と悪態づいたイゾウにアンは思わず吹き出した。
サンジのその様がありありと想像できたからだ。
「じゃあそれこそ、あたしも一緒みたいなもんだよ。綺麗な盛り付けとか、せいぜいお皿を汚さない程度にくらいしかできないもん」
「お前さんが作った、ってブランドがありゃそれだけで華になるからいいんだよ」
イゾウは臆面もなくアンを赤面させることを口にして、笑って見せた。
アンは照れ隠しに「ハイ完成!」と必要以上に大きな声でイゾウの前にランチを差し出した。
イゾウはからかっているのを隠そうともしない声で笑いながら、それを受け取った。
「ん、うめぇ」
一口目を口に放り込んで、イゾウは顔も上げずにそう言った。
サンジのおかげで随分と舌は肥えているだろうに、イゾウのその言葉はただのお世辞にも聞こえなくて、それはただイゾウの処世術のようなものだと自分に言い聞かせながらもアンは嬉しさに少し頬を緩めた。
他の客がちらほらと帰り始める。
アンは店を後にする彼らに声をかけて、イゾウに断ってからカウンターを出た。
サボが裏に回っているので、テーブル席の片づけもアンがしなければならない。
アンはトレンチに手際よく客が食べ終わった皿を積み上げてテーブルを拭きながら、ちらりとイゾウに視線を走らせた。
まさかイゾウがやってくるとは思いもしなかった。
もしかしたらもう以前のように気安く会ったりはしないかもしれないと思っていたので、ひょんなことでこうして出会ってしまったことに戸惑いつつ、やっぱりうれしい。
薄く見えるイゾウの背中が、店の外から吹き込んだ風を感じたのか少し竦んだように見えた。
動きづめで汗さえかいていたアンは、季節がもう既に秋の深みに入っていることを思い出す。
きっとこの季節が冬に入るころ、アンに最後の仕事がやってくる。
そうすればもう何も思い悩むことはないのだ、とアンはテーブルを拭く手に力がこもった。
カウンターの内側に戻ると、イゾウがもぐもぐと咀嚼しながらスプーンで皿を指し、それから自身の口を指し、空いている左手の親指と人差し指で丸を作って見せた。
「おいしい」と伝えてくれているらしい。
見た目に似合わないその子供っぽい仕草に、アンは自分のしみったれた考えを一瞬忘れて、思わず素の笑顔をこぼした。
「サッチやマルコのヤツら、最近こねぇだろ」
食後のコーヒーをすすりながら、イゾウは唐突にそう言った。
イゾウに向かい合いながら洗い物をしていたアンは、その言葉に手にしていたコップを一つつるりと取り落としかけて慌てて受け止めた。
動揺がすぐに動作に出てしまうのは自分の悪い癖だと分かっている。
アンは顔を上げて、そう言えばそうだねと言うように軽く頷いた。
「でもイゾウの店には行ってるでしょ」
「いンや、うちにも来てねェ」
「そうなの?」
「アン、お前さんテレビや新聞は見てねェか」
「そこそこ見てるけど……でも全部流し見みたいな感じで」
「サッチはともかく、マルコがその辺をうろついてねェ理由はテレビのニュースでも見てりゃわかるだろうよ」
「……ってことは仕事の?」
「サッチのほうは知らねぇがな」
フーンと相槌を打って、たしかにそう言えば近頃ゆっくりとニュースを見たり聞いたりしていなかったからな、と思いだした。
テレビは基本誰が見るでもなく風呂上りにつけっぱなしだったりで、まともに意識してニュースを取り込もうとでもしない限り耳には入ってこない。
新聞は、文字を読むのが苦手なアンはあまり自分から読もうとしないのでハナから眼中なしだ。
それにしても何があったというのだろう。
以前の美術館襲撃から、かれこれもう2週間以上経っている。
あれほど堂々と盗みを働いたので警察が何かに勘付いてはいないかとアンとしては気が気でなかったが、特にアンに知らされる情報はない。
もし何か危険が迫っているのだとしたら、黒ひげが何らかの形でアンに接触してくるはずだ。
そうでないとすると、マルコを含む警察内部で何が起こっているというんだろう。
メディアが流すまとまりのない情報より、イゾウが直に知る話のほうがずっと信じられる。
そう思って、アンはおずおずと口を開いた。
多少のやましさが邪魔をする。
「イゾウは、その、マルコから何か聞いてるの?」
「まさかまさか。何の関係もないオレなんかにマルコが仕事のことで口割るわけがねェ。ただでさえ自分のことなんて訊かれない限り喋りゃしねぇ男だ」
それもそうか、とアンはそれ以上尋ねなかった。
なんとなく、マルコはイゾウにならいろいろと話している気がしたのだ。
しかしやっぱりマルコと言う男はアンが受けた印象と同じものを他の人にも与えているらしい。
「オレもニュースが言ってること以上はしらねぇよ」
「そう……」
イゾウはカップを口に付ける瞬間ちらりとアンを見てから、グイと一気に中身を飲み干した。
「ごちそうさん。美味かったよ」
「あ、もう行っちゃうの?」
イゾウが腰を上げたので、アンは思わず身を乗り出してそう口にしていた。
まるで引き止めたみたいな、と言うより完全に引き止めるつもりのその言葉の意味に、アンは言ってから気付いてハッとした。
言った言葉は返ってこないので、せめて乗り出した身体だけでも元に戻す。
しゅるしゅると小さくなって「ごめん、なんでもない」と言うしかなかった。
イゾウはきょとんと切れ長の目を少し丸くしてアンを見下ろしている。
「もう少しいたほうがいいか?」
完全にからかい口調のその声に、アンはますます俯いてブンブン首を振った。
それもそれで失礼だな、と気づいたがイゾウは意に介したふうもなく声を上げて笑う。
「お前さんのほうがオレの店にまた来てくれりゃあいい。いつでも開けるって言ったろう」
イゾウは少し腰を曲げ、アンと同じくらいまで目線を下げてそう言った。
アンが頷くのを待っている。
アンはまっすぐに漆黒の目を見返すことができず、かといって口を閉ざし続けるわけにもいかず、俯いたままコクコクと素早く頷いた。
「……また」
「よし」
イゾウは代金をカウンターの上に置き、ひらりと手を振って店を出ていった。
アンが視線を上げたとき、歩道に出た途端風に吹かれて寒そうに首をすくめるイゾウの後ろ姿だけ見えた。
果たすことの難しい約束をしてしまったという罪悪感が、じわじわと胸に広がった。
*
その日の夜、風呂上りにアンはイゾウの言葉を思い出してテレビを注視した。
サボはルフィと入れ違いに風呂に入っている。
ルフィが風呂上りの濡れた髪のまま、ぺたぺたと素足を鳴らしてアンの隣にやってくるとソファに深く腰掛けた。
その口にはアイスの棒が咥えられている。
「アンタ夕方も食べてたでしょ。お腹壊すよ」
「んなもん壊れたことねぇ」
「もう寒いのに」
「だからウマいんだろー」
その気持ちはわかるので、アンはそれ以上強く言えない。
「あんまり食べ過ぎてるともう買ってこないからね」
「うへぇ」
釘を刺されてルフィは顔をしかめた。
アイスの棒を口から出して、その裏表を確認して「ハズレだ」とつまらなさそうに言う。
テレビは、アンが見たこともないドラマを終えて10分間ほどのニュース番組に切り替わった。
どこで小さな火事があっただとかあの国で珍しい生き物が見つかっただとか、アンとは無関係の話題ばかりが続く。
どんな話題にしろ物々しい顔で話すニュースキャスターを、アンはじっと眺めつづけた。
めずらしいな、とルフィがぽつりともらした。
「なんでニュースなんて見てんだ?」
「別に、最近見てなかったから」
「フーン」
ルフィはたいして興味もなさそうにソファの上にあげた膝に顎をついて、ぼーっとテレビに視線を送っている。
ルフィが見たい番組が今日はしていないらしいことを幸いに、アンは短いニュース番組を眺めつづける。
短い放送時間はどんどん終わりに近づいていき、これはもうイゾウが言っていたニュースは触れられないのではないかと諦めかけたそのとき、最後の最後でそれはやってきた。
『警察庁、行政府と衝突。各トップによって連日会談が開かれるも平行線』
画面の下部を流れたテロップを見て、アンはこれだと身を乗り出した。
感情のこもらないキャスターの声に、ざわついた映像が重なる。
たくさんの後頭部が、どこかの建物の前でひしめいている。
彼らは一様にマイクやカメラを手にしていて、報道陣だと分かった。
建物の自動扉が開いた。
マルコだ。
テレビ越しだというのに、アンは一瞬でざわついた胸を思わず服の上から押さえた。
詰め寄る報道陣に一瞥さえくれることなく、マルコはそれらを押しのける黒スーツが開ける道を長い足でさっさと歩いていく。
どうやらこの建物で、今日の夕方行政府との会談とやらが行われていたらしかった。
マルコはその帰りを待ち伏せられ、報道陣の声とカメラのフラッシュの餌食になっているのだ。
アンが見ているニュースのカメラはこのひしめき合いの中で、まともにマルコの顔を捉えているほうだろう。
アンが知る眠たげな目の間にはそれは深く皺が縦に刻まれて、顔色は前回アンが出会ったときより数段悪かった。
あのときのマルコが今ブラウン管の向こうにいるというのが、うまく飲み込めない。
道の脇に止められた黒塗りの車の後部座席にマルコが乗り込み、苛立たしげなエンジン音とともにそれが発車すると、映像はスタジオに戻ってきた。
その後キャスターが簡単にまとめた経緯と、画面の上や下に流れるテロップを目で追って、アンは事の次第をなんとなく理解した。
つまるところ、警察庁と行政府で覇権争いが勃発したのだ。
原因はキャスターもはっきりと言っていた。
「エース」による盗難被害だ。
これまで「エース」によって被害を受けた3人が、束になって訴訟を起こした。
銀行に髪飾りを預けていた財閥の夫人。
旧貴族の御曹司。
そして美術館の館長。
彼らが一斉に、守りを固めていたのに盗難を防ぎきれなかった警察側を訴えたのだ。
通常であれば、警察側が不届きな泥棒から市民の財を守るのは当然の義務であるとはいえ、警察側に明らかな過失がない限りその守りが失敗したからといって訴えられることなどない。
ただ、アンが全ての始まりを知ることになった日、黒ひげも言っていた。
あの髪飾りは本物にしろレプリカにしろ、すべてエドワード・ニューゲートの監視下にあり、その牽制を利かせることで今まで守られてきたのだと。
ティーチの言い分からすると、髪飾りの持ち主たちはそれを手に入れる際、実質的な髪飾りの価値分だけではなく、余剰の、それも少なくない金をエドワード・ニューゲートに渡していたのかもしれない。
その金と引き換えに、彼らはおおやけに、胸を張って髪飾りをひけらかしながら絶対的な安全を得ていた。
それがことごとく一人の泥棒によって破られた。
そしてティーチの言っていた通り、そのすべてがエドワード・ニューゲートの責任問題に帰ってきたのだ。
もちろん街のトップである警視総監が亡きロジャーの妻から奪った髪飾りの模造品を流出させて稼いでいた、などいうことはメディアも知らないので、原告側である金持ち被害者たちが直接警察に髪飾りの監視と保護を依頼していたのにそれを警察側がことごとく果たしきれなかったというのが通説であるらしかった。
実際にティーチが言っていたのは、本物の髪飾りを取り戻しそれを世間に流した後、アンが自分で見つけた態を装ってニューゲートを訴えることで彼の地位が失墜することになる、と言うものだった。
だが現実はそれよりももっと早く進んだ。
展開の速さはともかくその流れはティーチが望んだとおりだったが、エドワード・ニューゲートの責任問題に目を付けたのは黒ひげだけではなかった。
行政府が、これを機に警察の持つあらゆる執行権を取り返そうとしている。
今まである程度の緊張感を保ちながらもけして爆ぜることのなかったそのふたつの機関が、いま地位の逆転を賭けて激しく争っていた。
行政府の言い分は、「警視総監が市民に訴えられるとは言語道断。エドワード・ニューゲートの警察内部での指揮力失墜がうかがえる。即刻警察側は対エース捜査本部の指揮権を行政府に移行し、それに従って動くべきである」というもの。
一方それに対する警察側の言い分は、「かつて腐敗しきり現在も明確な統制力を現さない行政府に対エース捜査本部の指揮権を含むその他執行権を譲渡することはできない」というものだった。
これらの情報をざっと説明したキャスターが番組の終わりの挨拶を告げるのを聞きながら、アンは頭をフル回転させて情報をなんとかわかりやすく噛み砕こうとした。
うう、熱が出そうだ。
ふと気が付くと、隣でルフィもうんうん唸っている。
おおかたマルコが出ているのに気付いて興味を引かれたのだろうが、ルフィが完全に理解できる問題だとは到底思えない。
身内に何人か警察の人間がいる、もしくはいたというひいき目が働いているとしても、それはアンの中でニューゲートの存在により相殺される。
それを踏まえたうえでも、アンが聞いた限りでは、この警察側の対抗意見は至極もっともであるように思えた。
それでも一連の報道を見る限り、どうも世論的な力の動きは行政府側に集まっているようだ。
その理由も、メインキャスターの隣に座るもう一人のキャスターが間々に挟むコメントから知ることができた。
エドワード・ニューゲートが行政府との会談に一度も直接姿を現していないらしい。
出向くのはマルコと、その他直属の部下たち。
たしかにテレビで会談前や後の様子が映されるとき、現れるのはマルコとマルコを取り巻くその他ばかりで、警視総監本人の姿が映し出されることは一度もなかった。
どうやらエドワード・ニューゲートが報道陣の前に直接姿を現したのは、もう半年も前のことらしい。
姿形の見えない街のトップに市民は不安と不信を募らせている。
彼がメディアに現れない理由は、ずいぶんと長い間患っている病がついぞ良くないからというものだった。
アンが記憶するいつぞやテレビで見たその警視総監の顔はたしかに70前後の老人のもので、持病の一つや二つ持っていたっておかしくはない歳である。
そもそも今まで小康状態が続いていたとはいえ、そんな老人にこの街の最大権力が預けられていたのかということのほうに驚いた。
一方行政府のほうのトップはというと、アンも何度かテレビ越しに目にしたことがある男で、このときもマルコが出てきた建物から数分後に姿を現した。
肩のあたりまである白い髪と、特徴的な形の白いひげが伸びた、風貌だけを見ればごく普通の老人と言って通るような男だ。
スーツよりもラフなシャツが似合うような平凡さ。
丸い眼鏡をかけたその顔もどちらかと言うと穏やかで、この男がマルコと激しく言い争い──公式見解では「会談」──を繰り広げているというのはどうも想像しにくい。
しかしその男のまっすぐ伸びた背や穏やかながらも凛とした顔つきは聡明そうで、彼よりいくらか年若いマルコが舌戦で押され気味であるというのも納得できた。
──なんだか大変なことになっている。
アンが知る限りでは、この街の政治状況がここまで揺るぐ事件は初めてだ。
もしかすると、ロジャーの事故死以来の大事なのかもしれない。
そこまで考えて、アンは不意にハッと体を起こした。
そしてどたどたとソファから落ちるように降りて、古新聞の積んであるカウンター下まで這うように寄って行くとそこを覗き込んだ。
そこからばさばさと数日前の新聞を漁る。
ただでさえ目を引くニュースの少ない地方紙は薄っぺらい。
こんな大事が起こったなら一面記事になるはずだ。
「何やってんだアン」
ルフィがソファから首をかしげつつ尋ねる声が背中にかかったが、アンは返事をせずに一週間前の新聞を引っ張り出した。
その一面は、やっぱりこの政治変動を大きく取り上げている。
一週間前──日にちを確認して、アンの新聞を握る力が微かに強まった。
マルコがアンに会いに来た日の、翌日だった。
そのふたつの出来事がどうつながるのかはわからない。
だけど、この事件がメディアによって取りざたされる以前にマルコは間違いなく大きな事件になると分かっていたはずだ。
そうだとしたら、マルコは確実に時間の融通が利かなくなることを知って、その前にアンに会いに来たのだ。
会いに来てくれた。また来ると言っていた。
アンは思わず新聞紙を掻き抱きたくなった。
ガチャンと静かな音を立てて、アンの背後で扉が開く。
地べたに座り込んだままアンは後ろを振り返った。
サボが身体から暖かそうな湯気を上げながら、首を傾げてアンを見下ろしていた。
「何してんだ? アン」
至極不思議そうにサボは尋ねた。
「今ニュース見ててよォ」
ルフィはとっくの前に食べきっているアイスの棒を咥えて、頭を後ろに反り返らせてサボの顔を仰ぐ。
「あのオッサンが出てるよくわかんねぇニュースでさ。ケーサツがどうとかギョーセーフがどうとか」
「あぁ」
サボが合点したようにうなずいて、首にかけたタオルで髪を荒っぽく拭った。
「サボ、知ってたの?」
「だって一週間くらい前から言ってるニュースだろ。オレは新聞も読んでるし」
たしかにこの積み上げられた新聞たちは、もはやサボ専読と言っていい。
「すごいことになってるだろ」
「やっぱり結構すごいことなんだ」
「そりゃあそうだろ、もしかすると数十年ぶりの政権交代かもしれないんだから」
フーンと相槌を打つものの、アンはいまいちそれを身に染みて感じてはいない。
サボはそれをわかっているようで、それ以上深くは言わなかった。
「たださ、」と話を繋ぐ。
「黒ひげはなんか言ってくるんじゃないか」
「多分ね。あれから会ってないから……」
あれからと言うのは、ラフィットから美術館の髪飾りがまたもやはずれであったことを知らされたときだ。
そろそろ彼らから連絡があってもおかしくはない。
アンには決定済みの計画を実行に移すための手筈を説明するだけで、それに至るまでの下準備はすべて黒ひげ側が前もって行っている。
その下準備がなければアンが3度も盗みに成功することなど到底できなかったし、その彼らの手練手管にはアンも舌を巻く。
驚くほど、黒ひげの手が及ぶ場所は広いのだ。
きっと今も既に最後の仕事に向けて、彼らは動いているに違いない。
アンはきっと遠くないうちに彼らの召集を受け、そこでティーチの喜んだ顔を見ることになるだろうと思うと、考えるだけで胸が悪くなった。
アンはまだ床に座ったままだったが、ふと顔を上げるとサボも風呂上りで上気した頬のまま幾分まずいものを飲んだような顔をしているので、もしかすると似たようなことを考えていたのかもしれない。
少なくとも黒ひげに関わることを。
「最後だから」
「うん?」
「気合い入れてるんだろうね」
言外に「黒ひげが」と言う意味を込めたのを、サボは汲み取ってくれたらしい。
苦い顔のままサボはこくりと頷いた。
だからこそアンの方も、生半可な気持ちでは失敗する。
少なくとも今アンを悩ます一切を割り切らない限りは。
アンは伏せた目の奥に浮かぶひとりの男の姿を、心の中で黒く塗りつぶした。
*
外は涼しい秋の風が吹いているはずなのに、議事堂を出るとそこは異様な熱気がもわっと滞留していた。
その空気にマルコが顔をしかめるより早く、けたたましい音とともにいくつもの鋭い光が目の中に飛び込んできた。
わかってはいたものの、マルコの眉間には否応なく皺が刻まれる。
「今日の会談の内容をお聞かせください!」
「今後の対策本部の指揮権を行政府と分割するというのはどこまで本当ですか!?」
「エドワード・ニューゲート氏の体調は!?」
詰め寄る記者のマイクが何本も顔の前に差し込まれて、同時に一方的に押し付けるばかりの質問が降りかかる。
会談の内容などいまマルコに聞かずとも、許可済みのいくつかの局のカメラが中に入って全てを押さえたはずで、結果はその映像を見ればすべてわかる。
ようはマルコから何らかの言葉を拾うことが目的なのだ。
言質、と言うほどはっきりと意味のあることでなくていい。
マルコの口から発された公的な言葉を警察側からの発言として取り上げ、行政府側からも同様にして、会談外、つまりは一般人に最も近いメディアの上にもう一つの戦場を作りたいだけなのだ。
しかしマルコのほうにその腹に乗ってやる義理はない。
マルコは突き出されるマイクの間を縫って公用車へと進んだ。
命じられるまでもなく、黒服のSPたちが記者たちを押しのけてマルコのための道を作る。
ぎゅうぎゅうに押し詰められた記者たちから、もはや悲鳴のような叫びが上がった。
「何かコメントを!」
騒がしい鶏の集団のような彼らの波を抜けて、マルコは一切口を開くことなく、SPが開けた後部座席のドアの内側に身を滑らせた。
運転席に座る男がバックミラーでマルコの顔を一瞥してから、ゆっくりとアクセルを踏む。
「庁舎に戻られますか、警視長」
「……こん中でまで堅っ苦しい喋り方はやめろい」
明らかにそう言われるのをわかっていたように、運転手は声を上げずに軽く笑った。
「オヤジからはマルコを家に返せと仰せつかってる」
「バカ言え、いま終わったところで報告も何もしてねぇのに、なんで帰宅なんて選択肢が出てくるんだよい」
「さあ。だが報告も何もあったもんじゃねェだろう。こんな出来レース」
「……口を慎め、フォッサ」
マルコは渋い顔をさらしたが、フォッサは運転の片手間に葉巻をくわえていそいそと火をつけているので、その表情に気付いていない。
いや、気付いているが気にしていないのか。
その面の皮の厚さに呆れながら、マルコも自身の胸ポケットから愛用の品を取り出した。
マルコの隣には、ひとりSPが座っている。
マルコが運転席のこの男と軽口までやり合う仲であるのは周知で、SPも慣れたことだろうが、マルコが今先程終えてきた会談の本当の意味での真意をSPは知らない。
マルコの付き人であるSPが知らないことを一介の運転手が知っているというのもおかしな話だ。
付き人として物理的にマルコのそばで全面的なサポートをするSPは、おそらく誰よりもマルコの一日の行動や細かい仕草までおのずと頭に入っているだろうが、だからといって馴れ合った関係になってしまうとやりにくい面もある。
SPの彼らとマルコは仕事として割り切った関係を絶対に崩さない。
マルコが煙草をくわえると、SPはそれこそ慣れたしぐさでライターを取り出したが口は開かなかった。
フォッサの言葉は聞かなかったことにしてくれるらしい。
「出来レースだろうとなんだろうと、全部オヤジの指示だ。外に悟られるわけにゃいかねぇだろい」
「そのオヤジにマルコを返してこいって言われてんだがな」
軽口の延長でそう言いながらも、フォッサは尋ねる視線でバックミラー越しにマルコを捉えた。
声に出さずとも、「で、どうする」と問われているのはわかる。
マルコは窓の外へと視線をスライドさせた。
「庁舎に戻る」
「……了解」
その言葉とともに吐き出されたため息の浅さで、フォッサが訊かずともマルコの返事を知っていたのだとわかった。
フォッサは警視庁の方へとハンドルを切り、太い葉巻を備え付けの灰皿に押し付けた。
その顔はもうすでにお抱え運転手らしい静かで真面目なものである。
こんな強面じゃ意味はないがな、とマルコは口にせず慣れた景色が車窓の外を流れていくのを眺めた。
→
ハイハイ、唐突にサンナミ更新でごめんなさいね!
【姫と王子の前奏曲】前後編でこうしんです!
前奏曲は、ぜんそうきょくでもプレリュードでもどっちでもいいです。
すきに読んでください。
どっちでもゴロはいいですね。
なんで唐突にサンナミッたかというと、なんでかわかんないんですよね。
気付いたら書いてて、妄想も進んでて、このときの私の中のナミさんは強烈にサンジくんのことが嫌いで。
憑りつかれたようにダカダカ文字打ってたのであのちょっと覚えてないです。
あんたなんか嫌いよこっちくんな寄ってくんな触んないでよ! みたいな露骨さはないんだけど
ああうっとうしい、いやな男、きもちわるい、うるさいわね、みたいなマイナスの感情がどんどんナミさんの中にたまってって
いつのまにかサンジくんのことがとても嫌いになってたという悲しい仕様でした。
ナミさん視点でぐーいぐい進んでったのでくわしくは割愛しましたけど、
ナミさんに猛烈に嫌われてるのに気付いてるサンジくんは、ナミさんとの距離をはかりかねて非常に困ってたんでしょうなー。
そこに、そのサンジ→ナミさんに恋愛感情があるかないかはこの時点ではちょっと私もわかんないす。
あってもなくてもいいだろうなとは思います。
たとえナミさんに嫌われるサンジくんがナミさんを好きでもナミさんは絶対振り向くわけがないし、
ナミさんに嫌われるサンジくんがただナミさんに嫌われてることを辛いと思っているだけかもしれないし、
やっぱりよくわかんないすね。
ただこのときのナミさんがサンジくんを嫌い!て言う感情は、好きな子だからいじめたいとかそういうもどかしいアレではないです絶対。
むしろ子供じゃないから、サンジくんのこと嫌いでも露骨な態度には示さないし、仲間だって割り切れてるんでしょう。
ううんなんかともかく少なくとも私はいつものサンナミと違ってたのしかった!
ただひとつ困ったのが、文字数多すぎて更新するとき記事エラーでまくり非常にあせりました。
ブログサイトの困るところですねえ。
最初は前後編にするつもりなくて一つだったんですよねー。
だからあんな微妙なところで前後に分かれてるんすよ。
【文字数多いから減らしんさい】と指令が出たものの、それにしたがって文章変えるのは気に食わん。
スペースとか改行とか減らしたらどうにかなるかなーといじくってみるものの、無駄な抵抗。
結局ふたつにわけました。
あの、なんかリバリバの分量に慣れてしまって最近一話がふつうに一万字越えしてて
コピペにすげぇ時間がかかる。
物書き同志さんにはわかるかも。
リバリバは、あの一番短い話で9千字くらいで、おお今回は長いな、という話は1万6千くらいいってたりするんですけど、
今回のサンナミは気づいたら2万字超えてたのでなんとなくイヤな予感してました。
あのほんとにどうでもいい裏話なんだけども、
私はだいたい読み切り的なお話は一万字くらいが読みやすいかなーと思ってるので、
基本的に麦わらの一味やサンナミの読み切りで最近(今年度くらい)のものはだいたい一万字ちょいなんで
リバリバ以前のマルアン連載とかだと一万はちょっと重たいかなーと思って、6~9千くらいを意識してましたのよ。
すごく古いお話とかはそういうの全く考えてなかったので好きなところでぶつ切りにしてたんですけどね。
そうやって昔は考えなかった文字数とかを今こだわるようになってるみたいに、
いつのまにか書くときのこだわりみたいなのが増えたなーって最近すごくよく思います。
あのほんと個人的なしかも私みたいなクズ物書きがこだわり語ってごめんなさい(絶賛ネガティブホロウ)
たとえば、書くとき私が一番気にするのが【今誰の視点からここを見てんのか】ってことでして。
サンナミのお話書いてるとしたら、ナミさん視点なのか、サンジ視点なのか、それ以外のキャラ視点なのか。
あともう一つの視点で、【神の視点】と勝手に名付けた視点がありまして。
ナミさんでもサンジでも他どのキャラでもない彼らを取り巻く世界を上から眺める神様みたいに、なんでも知ってるし誰のこころも読めるし今後何が起こるかも知っている絶対的な視点というのもあるとおもってますん。
今サンジくん視点で進んでるはずだったのに気付いたらいつの間にかナミさんの心の中普通に語ってたり、
ナミさん視点のつもりがナミさんが知るはずのないこと言ってたり、
そういうのがないようにしたいなーとふと思って、そしたらとたんに【視点】が気になり始めまして。
全く気にしてなかった頃のを読み返して視点メチャクチャだったりするともうばくしょうですよね。ナンダコリャー
ハイちょっとした裏話でした―。
それはさておき、私は今日フィルムZの前売り券買ってきました。
ついったを追いかけてくれている方はご存じでしょうが、
私は前売り特典のファイルに種類が欲しくてですね。
姉の分と二枚買うので特典は二つ貰えるんですが、本日10/27から特典第二弾が始まっちまうから
第一弾のクリアファイルはもうないかもしれない! くそうもっとはやく買えばよかった!
とほとんど諦め気味だったんですが、必死の執念で昨日映画館に電話で問い合わせてみれば
まだ第一弾の在庫残ってるから、明日(10/27)からでも第一弾と第二弾の特典選べますよ―とのことで。
買いに行かせていただきます、とひれ伏しました。
そんで今、私の手元に二種類のクリアファイルがあるわけですよ!!
可愛いサイズで、AタイプBタイプの二種類にそれぞれ三枚ずつ入ってました。
Aタイプの裏表がそれぞれ、【ルフィ・フランキー】【ウソップ・ゼット】【サンジ・ナミ】←注目
Bタイプが【ゾロ・アインとビンズ】【チョッパー・ブルック】【青キジ・ロビン】
デザインはおだっちの原画で、映画衣装の設定図と細かい説明書きでした。
ラフ描きやちょいちょいはさまれるおだっちのコメントに翻弄される!くぁあ
ちょっと使い時はわからんけども(おい)、かわいくてうれしい。ほんとうれしい。
前売り券と一緒に公開まで大事にとっておこう。
私が確認したほかの映画館は、ほとんどのところが特典第一弾は在庫終了していたので、
まだ買ってないけどファイル欲しい!という方は最寄りの映画館のHPなどで確認してもう今からでも買いに走った方がいいかもしれません。
あ、ペンもかわいいとはおもうのよ!
大阪でOP展もあるし、今回こそ絶対行くぞと意気込んでいる私の行動力は今ちょっとすごいですよ。
ただ元の私がちょっとアレなので、たかが知れてますけどね。
はい、あ、リバリバ18はツイッタで報告の通りすこし整理して明日の朝更新しますーん。
更新分はずっと前に書きあがってて、本当はもう少し続く予定でしたが
今回のサンナミで文字数エラーにより弾かれたため目が覚めました。
ちなみに20では絶対に終わりませんわよ。
コメントのお返事も明日しますね。
ほんとありがとうございますうれしくていつもニヨニヨして横腹いたくなります。
特にサンナミや麦わらのお話とかへの拍手やコメントだと、一応読んでくれてる人がいる……と安心します。
マルアンすきーさんだと基本NL主食のかたばっかりだろうから、他NLに抵抗少なくてついでに読んでくれてるのかなーと思ってほっとしてます。
うう、とにかくありがとうございますうう。
とりあえず今からリバリバの推敲します。
私の行動力は今ちょっとすごいですよ。
←前半はこちら
サンジ君と二人で最初の収穫物であるバナナを砂浜まで運び、岩の陰に置いておく。
そしてまた森の中へと戻った。
「ナミさんそこ、木の根が這ってるから気を付けて」
彼が指さした足元を注視しながら、青い背中を追っていく。
最初に見つけたバナナの木はそこらじゅうに立っているのに、何を探しているんだろう。
なにも言わずにどんどん足を進めていくサンジ君に少しイラついて、あたしは尖った声を出した。
「ねぇ、食料はとりあえずこのバナナだけじゃだめなの?」
「いや、うん、食いモンはそれでいいんだけどね。水が欲しいだろ。川か池か何かないかなと思って」
みず、とあたしは声に出した。
全然思いつきもしなかった。
サンジ君は確かに遠くを見るようなしぐさをしたり、足元を確かめたりして水源を探しているようだ。
サンジ君の頭の中には、既に今やらなければいけないことが順序立てて組み立てられているのだろうか。
そうでもなければ、こんなふうに次々と行動には移せない。
この男の頭の中は女と料理のことでいっぱいで、それ以外は入る余地もないと思っていた。
「いて」
せり出した木の枝に頬を引っ掻かれて小さく声を上げた彼の背中が、すこし見慣れないもののような気がした。
「ねぇ、こんなに奥まで行って大丈夫?」
「ああ、帰り道はわかるから大丈夫だよ」
「水って、要るかもしれないけどそのうちルフィたちがここを見つけてくれるでしょ、そんなに必死に探さなくてもいいんじゃ」
サンジ君は静かに振り返った。
その目を見て、あたしは続けるはずの言葉を飲み込む。
彼の深い青の目は、思わず身を引くほど強い真剣みを帯びていた。
なによ、なんでそんな目をしてるのよ。
「……ごめん、オレがちょっと喉乾いたから、水ないかなって」
「……そう」
「ごめんね、疲れた?」
「へいき。行こう」
そう言うと、サンジ君はまた前を向いて歩きだした。
あたしはもう意を唱えることなく黙って彼の後ろに付き従い、見よう見まねで淡水を探した。
30分ほど歩いたが、川も池も見つからない。
こんなに歩いているのに森を抜けたり対岸に出たりしないということは、そこそこ大きな島なのだろうか。
サンジ君は困ったように足取りを緩めて、何度かあたしを気遣う声をかけた。
そのたびにあたしは「へいき」と「大丈夫」を繰り返す。
しかしついにサンジ君は足を止めた。
「戻ろっか。あんまり遠くまで行くと帰りに日が落ちるかもしれねェ」
「……そうね」
「ま、そのうちアイツらもここを見つけるだろうからそんなに心配するこたねェんだけどさ」
思わず落ち込んだような低い声が出たあたしを、サンジ君はとりなすように身振り手振りをつけて慌てて慰めた。
ただでさえ気遣われているのに、これ以上気を使われるのはあたしのプライドが許さない。
そうね、と軽く答えた。
サンジ君は踵を返して、元来た道を引き返していく。
あたしもそのあとに続こうとして、しかしすぐ足を止めた。
きらりと、少し離れた地面が光った気がしたのだ。
まるで水面に光が反射したように。
足を止めたあたしを、サンジ君が振り返った。
「ナミさん?」
「待って、あそこ」
あたしは足元に気を配りながら光の方向に歩いていき、大きな葉っぱを捲っておおわれていた地面を覗き込んだ。
ちろちろと、細く水が流れている。
「サンジ君! これ、見て!」
後ろ手に手招いて呼ぶと、サンジ君はすぐにやって来た。
「……水だ」
そう言った彼の声には喜びと安堵が滲んでいる。
サンジ君は指先をその水流に付けて、濡れた指をぺろりと舐めた。
「淡水だ。どこかにこの水がたまった場所があるかもしれない」
すげぇよナミさん、とサンジ君は子どもを褒めるときのように、あたしと目線を合わせてそう言った。
子どもじゃないのに、あたしは少し誇らしい。
サンジ君は水の流れを追うように、草木で覆われたわき道へ分け入っていった。
彼が作った道なき道をあたしも歩いていく。
そう歩かないうちに、サンジ君は立ち止まった。
池と呼ぶにはいくぶん小さい、もはや大きな水たまりと言う方が近いような水面が目の前にあった。
「……湧水?」
「うん、でもここから湧いてるわけじゃねェな。多分別の場所から湧いて、ここには溜まっただけみてぇだ」
「飲めるの?」
「うーん」
サンジ君はその水たまりの前に膝をついて、手で水を掬った。
あたしもその手の中を後ろから覗き込んだが、細かい土や葉っぱが紛れていてあまり飲むのに適しているようには見えない。
「ちょっと……アレかな。濾したら飲めないでもないだろうけど」
「そう……」
せっかく見つけたのに、と肩が落ちた。飲めないのでは意味がない。
しかしサンジ君は落ち込んだあたしとは対照的に、「でもよかった」と明るく言いながら立ち上がった。
「飲めるほどきれいじゃねェけどさ、顔とか身体、海水で気持ち悪いだろ? 洗えるね」
あたしは意表を突かれて、きょとんとサンジ君を見つめ返した。
「でも……飲めないし」
「うん、まぁ、でもさっきさ、歩いてる途中でヤシみたいな木見つけたから。ヤシなら実の中にジュースが入ってるから。それ飲めるよ」
そんなもの、まるで気が付かなかった。
あたしは、サンジ君が水を探してるっていうから──
言葉を発しないあたしをサンジ君は笑い顔のまま不思議そうに見つめて、アッと声を上げた。
「大丈夫、この辺にいるし、絶対ェ覗かねぇし! 服まで脱がねェかもしれないけど、その、とにかく大丈夫だから」
だから安心してドウゾ、と頭まで下げられたのでついにあたしは何も言い返すことができなくて、促されるままとりあえず潮気の浮かんだ顔を洗うことにした。
サンジ君はそそくさとその場を離れていく。
喉が渇いてるなんてやっぱり嘘じゃない、ウソツキ、ウソツキ、とばしゃばしゃ水を跳ねさせながら心の中で繰り返した。
顔を洗って、腕や髪の海水をすすぐとずいぶんさっぱりしたけれどまた濡れてしまった。
もうすぐ日が落ちるからあんまり気温は上がらない。
濡らさない方がよかっただろうかと少し心配しながら、姿の見えないサンジ君を探した。
「サンジ君、どこ?」
「ここここ、ナミさん」
草木の間からサンジ君はひょっこり現れた。
片手に3つほどヤシの実を抱えていて、もう片方の手には藁のようなものを掴んでいた。
ひとりでそれらを収穫していたらしい。
「そっちの藁はなに?」
「ヤシの実についてる繊維の藁なんだけど、結構水吸うから。あんまり肌触りよくないからこすらない方がいいと思うけど、使わねェ?」
それらの藁が集まったスポンジのようなかたまりを、あたしは差し出されるがまま受け取った。
これもあたしのために取っておいてくれたのか。
サンジ君の想像力が及ぶ範囲の広さに眩暈がしそうだ。
ヤシの藁は彼の言うとおりざらざらしてチクチクしてまったく肌触りはよくなかったが、確かに水をよく吸ったので濡れた肌はまた乾いた。
サンジ君は至極ごきげんで満足そうで、「じゃあ帰ろうか」と言ってヤシの実を抱えなおした。
「サンジ君も身体洗わなくていいの?」
この流れから行けば当然そうするのだろうと思っていたのでそう口にしたのだが、サンジ君は思ってもみなかったのか単に忘れていたのか、一瞬キョトンとしてから「あ、そだね」と言った。
「じゃあごめん、ちょっと待ってて」
ここにいてね、とサンジ君はヤシの実をあたしの足元に下ろすとおもむろにシャツを脱いだ。
それをヤシの実の上に置いて、水のたまった場所へと歩いて行った。
彼が脱いでいったシャツに触れてみる。それはまだ冷たく湿っていた。
海水で濡れたのと、さらにこれは汗かもしれない。
サンジ君はすぐに戻ってきた。3分も経っていない。
「おまたせ」
身体もさっさと拭いたのだろうか、あまり濡れていなかった。
右側の髪を後ろに掻き上げて、サンジ君はシャツを拾い上げようと腰をかがめた。
「……あれ? どしたのナミさん」
オレのシャツ……とサンジ君は微妙な笑顔であたしを見た。
シャツはあたしが持っている。
「こんな濡れたシャツ着てたら風邪ひくわよ。ちょっと乾かした方がいいんじゃない」
「そう? そんなに濡れてた? 結構乾いたと……」
そう言ってあたしの手からシャツを手に取ったサンジ君は、一瞬ぎょっとしてすぐにあたしの手からそれをもぎ取るように奪った。
「なによ」
「……いや、思ったより濡れて……ってかあんまり、そのきれいじゃないから、ね」
この男はこんなことまで気にするのか。
あたしは呆気にとられて、ただ「そう」と呟いた。
サンジ君は自分の手に巻き付けるように、ぐるぐるとシャツを手元で丸めて未だにごにょごにょと言葉尻をごまかしている。
そんなふうに丸めたら皺がつくに違いない。
サンジ君は急に「ちょっと待ってて」と言ったかと思うと、シャツを持って水場へと戻っていった。
なにをするのかと思いきや、しゃがみ込んでバシャバシャとシャツを洗っている。
あたしはぽかんとその後ろ姿を見ていた。
「ごめんおまたせ、帰ろうか」
サンジ君はぎゅっとシャツを絞りながら戻ってきた。
「……そんなふうに洗っちゃったら、しばらく着られないじゃない」
「干して乾くまでだから」
サンジ君は気まずさをごまかすようにいつものしまりのない顔で笑って、元来た道を歩き出した。
あたしは白い裸の背中を目で追って、そのあとに続いた。
*
砂浜についたころ、海はオレンジに染まっていた。
西側の空が血のように赤い。
ふつうこんなに赤い夕陽が出ると次の日は晴れのはずだが、入ったばかりとはいえここはグランドラインなのでそういう常識は通じないだろう。
サンジ君があたしを呼んだ。
「ヤシの実のジュース飲んでおいたほうがいいよ。ナミさん少し海水飲んでたから」
「うん、どうやって飲むの?」
「おれが割るよ」
サンジ君はいつのまに拾って来たのか、手ごろなサイズの石を握っていた。
それでこの堅い表面が割れるものだろうか、と訝しがるあたしをよそにサンジ君はヤシの実を胡坐をかいた足の上でくるくると回す。
そして、ヘタの部分を上にしてそこに石をぶつけ始めた。
堅い表皮はびくともしないが、そのかわり石をぶつけたへたの部分がぐにゃりと深くへこみ始める。
あたしは彼の手元をじっと覗き込んだ。
どんどんへこみは大きくなっていき、ついにピシリと裂け目が入った。
「はい」
サンジ君はその身を丸ごとあたしに差し出す。
「それ傾けたらジュースが出てくるよ。ストローとかなくてごめんね」
「いいわよそんなの」
この状態でストローがなくちゃ飲めない、なんていう程甘えた奴ではない。
あたしは重たいヤシの実を受け取って、それを顔の上で傾けた。
どぷんと実の中で液体が揺れる手ごたえを感じる。
ぼたぼたっと顔の上にジュースが落ちてきて、慌ててそれを口で受け止めた。
甘い。
つめたくておいしい。
「だいじょうぶ? 飲める?」
「うん」
サンジ君はもう一つの実を同じように割って、自分もジュースを飲み始めた。
気付かなかったけど、あたしは案外喉が渇いていたらしい。
滴り落ちてくるその果汁はどれだけでも喉を通った。
「……日が沈んできたな」
ヤシの実から顔を上げた彼は、あたしの背後の海を眩しそうに眺めていた。
あたしもつられてその視線の先を振り返る。
波は静かだった。
迎えの船は影さえ見えない。
ルフィたちは大丈夫だろうか。
間違いなくピンチなのはあたしたちの方だけど、航海術をもたないあいつらだって海の真ん中に放り出されて安全なわけがない。
奴らの底知れないポテンシャルを信じるしかなかった。
「大丈夫だよアイツらは。ルフィとクソマリモはともかく、ウソップの奴が多少航海の常識くれぇは知ってるだろうから」
たとえ船が大破したっておちおち死ぬようなタマじゃねェよ、とサンジ君は冗談めかして笑った。
あたしは何も口に出していないのに。
心をあけすけに読まれたような気がしたが、サンジ君だってメリーに残されたアイツらの安否を案じているのだから、あたしが不愉快になるのはお門違いだろう。
辺りはどんどん暗くなり、明るくからっとしていたジャングルからは時折奇怪な鳴き声が飛び出してきた。
あたしはぎゅっと自分自身を抱きしめるように腕を回して、両足も引き寄せる。
そうしないと、じわじわ忍び込んでくる恐怖心に埋め尽くされて叫びだしてしまいそうだった。
「やっぱり火が欲しいな」
不意にサンジ君が立ち上がり、ジャケットとシャツを干していた岩へと歩いていく。
その岩の上にいつの間にか湿ったマッチの箱を干していたらしい、彼はそれを手に取った。
「使えるの?」
「乾いてりゃ使えるよ。……うん、ダメなのもあるけどいくつかは」
サンジ君が一本マッチを選んでそれを擦る。
ポッと小さな種のような火が灯った。
彼はそれをヤシの藁に燃え移す。
小さな火種が彼の手の上に出来上がった。
あつあつ、と言いながらサンジ君はそれを枯れ枝の間に挟みこみ、顔を近づけて息を吹き込んだ。
黒い煙がぶすぶすと上がり始め、それが次第に太く濃くなっていく。
そして、サンジ君が煙にむせて顔を背けたとき、ぼっと大きな火が枯れ木全体に燃え移った。
ぱちぱちとヤシの藁が爆ぜる。
橙色の炎は、暗く沈んだ気持ちを少しだけ温かく溶かしてくれた気がした。
あたしは焚き木に手をかざして、思わず「あったかい」と呟いた。
「オレもう少し枯れ枝取ってくるから、ナミさんはここにいて」
サンジ君はあたしの返事も聞かずにさっさと森へと入っていく。
あたしは燃え上がる炎に照らされて映える自分の脚をじっと眺めていた。
行動が速くてまともなサンジ君なんて、もうすっかりあたしの知らない人だ。
「ねぇ」
戻ってきた彼に声をかけると、サンジ君は「ん?」と軽く答えながら枯れ枝とヤシの藁を自らの傍に積んでいる。
「妙にサバイバルに詳しいのね」
「あぁ、まぁ、経験者だからね」
「え?」
どういうことよと目を瞠ったあたしを、焚き木をはさんで向かいに座るサンジ君は「アレ」と呟きながら見返した。
「ナミさんは知らねェんだっけ。ガキの頃、オレ一度遭難したんだよ」
「遭難!? うそ」
「ホントホント。まぁただの岩場みてぇな島ともいえねェ狭い所だったから、こことは勝手が全然違うけど」
なによそれ、そんなの、今の状況よりずっとずっと過酷じゃないのよ。
「ど、どうして」
話の続きを知りたくて、なんでだろう、あたしは今大嫌いな男のことが知りたくてたまらない。
火の粉が爆ぜる向こう側で、サンジ君の顔もオレンジに照らされていた。
少し伏せた顔からは表情がよく見えない。
こんなにもじれったく、待ち遠しく、サンジ君の言葉を待ったのは初めてだ。
「面白い話じゃねェよ」
そう断って、サンジ君はぽつぽつと話し出した。
客船でコック見習いをしていたこと、あのおじいさんが海賊だったこと、そして絶海の孤島で85日間の遭難。
あたしは一言も言葉を発することを忘れて、ぜんまい仕掛けのように頷きだけで先を促してサンジ君の話に聞き入った。
ストーリーが面白かったわけじゃない。
彼の話すそれがあまりに現実からかけ離れているにもかかわらず、そのすべてが今のサンジ君につながっている、今の彼と過去を繋ぐその糸があたしの目の前にはっきりと見えたのだ。
サンジ君は食べ物を粗末にしない。
その意思は、考えてみれば並大抵のものではなかった。
レストランで働いていたのならば厨房の内実もよく知っているだろう。
客が出す食べ残しは、客ひとりが考えているよりずっと膨大な量だ。
その実情に慣れているたいていの料理人は、客には見えないレストランの裏口からそれらの大量の食べ残しを捨てている。
そしてそれに慣れているはずだ、そうでなければやっていけない。
にもかかわらずサンジ君は食べ残しを断じて許さなかった。
もちろん食べる側のあたしたちが彼の料理を食べ残すことなどほとんどないのだが、たまにあたしが生理痛で食欲がなかったり、ゾロが寝過ごして料理が余ったときなどは、たとえ余った料理が誰かの食べ差しであろうとも彼がそれを捨てることはなかった。
ルフィに与えるか、彼自身が食べる。
一度ウソップが嫌いなキノコを残した時、彼はたった一度だけウソップに雷を落とした。
サンジ君は「フザケンナ」と怒鳴ったかと思うと、ウソップが残したキノコの皿をさっと取り上げてキッチンへと戻っていった。
きっと捨てるのだろうとあたしは軽く考えていたのだが、サンジ君は10分もしないうちにまた皿を手に戻ってきた。
その皿には、別の料理が盛られていた。
ウソップは一度落ちた大きな雷にまだビクビクして、サンジ君をおそるおそる見上げていた。
『こっち食え』
『な、なん……え、別の?』
『いいから。これなら食えるだろう』
『お、おう……』
テリーヌのようなそれを、ウソップはぺろりと平らげた。
ルフィが『ずるいずるい』とうるさかった。
『食えたか』
『おう、美味かったけど……なんでわざわざ』
『今の、キノコ入ってたぞ』
ウソップは無言でガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
『……ウソだろ』
『ウソを吐くのはテメェだろ』
『キノコの味なんてまったくしなかった!』
『そう作ったんだから当たり前だ、ったく、せっかくの香りを台無しにさせやがって……つーか食えねェモンがあるなら先に言っとけクソッパナが』
そのときあたしは、へぇ料理人ってすごい、と単純に感嘆していた。
今まで特に意識していなかったそれらのことの根幹は全てひとつだったのだ。
そして、水を探しているときジャングルの中で見たサンジ君の目。
あたしが「すぐにルフィたちが見つけてくれるでしょう」と呑気なことを口にしたときの真剣な顔。
サンジ君は本当に起こりうる最悪の事態をその身に染みて知っているのだ。
美味しくてキレイな料理を作ってくれるだけの料理人ではない。
食べることは生きること。
生きるためには食べること。
サンジ君はあたしたちを生かすために料理をしている。
「とまぁそんな流れでバラティエ創ることになって、オレはあそこにいたと。……つまんねェだろ?」
急に照れくさくなったのか、サンジ君はあたふたとバナナを房からもぎ取って木の枝に突き刺し始めた。
「さすがにおなかすかねェ? バナナ焼いてみよっか」
「……うん」
なにかすごく大切な話を聞いた気がするのに、あたしはうまい言葉一つ言うことができず、ただ頷き返して目の前の炎を見つめた。
「バナナ焼くと美味いってレシピ見たことあって、一度やってみたかったんだよな。ほらバナナって日持ちしねぇだろ? 積み荷に入れるには不安だし、焼くっつってもケーキにするくらいしか調理したことなかったからさ。シンプルな焼きバナナってのも面白そうだ」
サンジ君はさっきまでの話の流れをごまかすように急に饒舌になった。
焼いたバナナはまだまだ青かったくせにとても甘くて、そして思った以上に熱くてあたしは舌を火傷した。
熱いから気を付けて、と言うサンジ君に「もう遅いわよ」と理不尽な怒りをぶつけると、サンジ君は鬱陶しいほどあたしを心配した。
ごめんね、大丈夫? 大丈夫?
大丈夫だってば、もう、放っておいて、必要以上にやさしくするのはやめて、
あたしはアンタが嫌いなんだから!
サンジ君に背を向けて、あたしは海のある方に体を反転させた。
火照っていた身体の前半分の熱が引いていく代わりに、じりじりと背中が熱くなってきた。
焚き木の向こうでサンジ君はどんな顔をしているんだろう。
いつもは気にならないことがそのときはなぜか頭の隅に引っ掛かって、あたしは何度も振り向きたくなるのを堪えた。
真っ黒の海と空が目の前に広がっている。
*
ビクッと身体が揺れて、ハッと目を開いた。
あたし、寝ていたの? とぼんやりする頭と身体を起こす。
いつのまにか横になっていたのだ。
辺りは変わらず真っ暗だが、背後からぼんやりと炎の灯りが届いていた。
左側の顔や肩からポロポロと砂が剥がれ落ちた。
それと同時に、右肩に掛かっていた重みがバサリと落ちる。
サンジ君のジャケットだった。
厚手のそれのおかげで右肩は冷えていない。
砂に直接触れていた左肩の方が冷たいくらいだ。
ふと、脚にも何かが触れているのに気付いて目線を下げた。
横に投げ出したあたしの脚の上にはサンジ君の青いシャツが掛けられていた。
乾いている。
夕方のあの日差しだけで乾くはずがないから、あたしが寝ている間に焚き木で炙って乾かしたのだろうか。
そうだ、サンジ君は?
振り返ると、子供の頭くらいの大きさの炎がちろちろと揺れていて、その向こうで膝を抱えて頭を垂れるサンジ君がいた。
眠っている。
知らないうちに、あたしはほっと息を吐いていた。
とりあえず火が消えないようにと、焚き木の中にヤシの藁を放り込んでみる。
燃え上がったときにすかさず枯れ木を追加すると、炎は少し大きくなった。
しばらくは大丈夫だろう。
あたしは膝立ちになって、サンジ君ににじり寄った。
立てた膝に額をつけて眠っているところを見ると、眠ろうと思って眠ったわけではないのだろう。
ぼんやりとした灯りが彼の金色の前髪を照らしていた。
「……サ、」
名前を呼ぼうとして、途中でやめてしまった。
起こさない方がいい気がした。
こうやってこの男の寝ている姿を見るのは初めてだった。
あたしの知らないサンジ君がここにもいる。
そっと、むき出しの肩に手を触れた。
冷えている。
いくら焚き木に当たっているとはいえ、上半身裸で寒くないはずがない。
それにサンジ君は濡れたままのスーツのズボンをずっと身に着けていた。
普通なら足元から体が冷えて、動くのも辛くなるだろう。
いや、きっと辛かったはずだ。
裸の背中に、あたしは黒いジャケットを掛けた。
背中に乗せるだけでは滑り落ちてしまうので、ほとんど頭から被せるようにした。
そしてシャツをどうするか悩んだが、使い道がなかったのでこれはあたしが借りておくことにした。
サンジ君の隣に腰を下ろして、自分の脚に青いシャツを掛ける。
そしてサンジ君の片側を温めるように、寄り添った。
砂よりも冷たい。
本当は知っていた。
サンジ君が他のバカな男たちと同類ではないと、気付いていた。
船の上で見せるようなデレデレヘラヘラしたサンジ君もサンジ君だけど、今日あたしに見せてくれたサンジ君もまた本物だ。
やっと今日気付いたわけではない。
本当はずっと知っていたのだ。
だけど「嫌い」「大嫌い」と突っぱね続けることであたしはサンジ君をそれ以上知ろうとしなかった。
一度貼りつけたレッテルをはがすのが億劫なだけだった。
あたしの怠惰で彼を傷つけた。
サンジ君はこの島に流れ着いてから、あたしの顔以外を必要以上に見ようとしなかった。
視界に入れることさえためらっていたように見えた。
あたしが嫌がるのを知っていたからだ。
サンジ君は一言たりとも、あたしに甘い言葉さえ言わなかった。
そういうやたらめったら心配りができるところも気に食わないのよ。
でも本当は、そんなに嫌いじゃない。
気配り上手なところも、言う程嫌いじゃない。
サンジ君はきっとあたしが知る男の誰よりもやさしいから。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら揺れる炎を見ていると、頭がぼうっとしてきた。
あたしはサンジ君の肩に頭を預けて目を閉じた。
このまま朝が来ても、ひとりで眠るより寒くないだろう。
そう思うと、すうっと引き潮のように意識は落ちて行った。
*
今度の目覚めは酷く強引だった。
あたしの頭を支えていたはずのサンジ君がなんの拍子にかよろめいたせいで頭が外れて、あたしはそのまま横倒しになるようにサンジ君の上に倒れた。
「うおっ」
「ひゃっ」
ふたりして声を上げて横に倒れた。
どさっとあたしはサンジ君のお腹の上に乗り上げて、なんだなんだとすぐに身体を起こす。
朝だ。
晴れた空の上で輝く光がまぶしい。
「やだ、びっくりした」
「え、なに、ナミさん、なん、」
サンジ君は意味もなくきょろきょろと辺りを見渡して上体を起こし、妙に目をおどおどさせた。
「あれ、オレいつ寝て……つーかナミさんもあそこで寝てなかったっけ」
「一回起きたの! ハイこれシャツ返す。ありがとう掛けてくれて。ジャケットも」
「あぁ……あ、てかナミさんもオレに掛けてくれたの。ありがと」
「別に! 裸で寒そうだったから返しただけよ。それよりサンジ君おなかすいた」
「ん、じゃあメシ……ってまたバナナしかねェけど」
「それでいいわ」
サンジ君は一つ伸びをしてから、青いバナナをもいであたしに手渡した。
あたしはサンジ君の隣にきちんと座り直して、受け取ったバナナの皮を剥く。
サンジ君は起き抜けで頭がはっきりしないのか、バナナの房を手にしたままぼうっと消えた焚き火の残骸を見ていた。
そして突然ハッと身じろいだかと思うと、すすす、とあたしから離れるように座る位置をずらした。
「なによ」
「……いや?」
「あたしが隣に座っちゃいけないの。失礼ね」
「いやいやそういうわけじゃ……っていうか、うん」
もごもごとはっきりしない言葉を漏らしながら、サンジ君は思い出したようにシャツを着た。
それからおずおずと、あたしにジャケットを差し出す。
「これ着てください……」
「え? 別に寒くないわよ」
「いや、そうじゃなくて……オレが困るから」
「どういうことよ」
サンジ君はジャケットをあたしに差し出したまま少し逡巡して、「目のやり場に」と呟いた。
「ハァ? バッカじゃないの」
心底呆れた声を出すと、サンジ君は強引にあたしにジャケットを押し付けて「言っとくけど!」と久しぶりにハリのある声を上げた。
「ナミさん自分で思ってる以上にその恰好悩殺的だから! それ見るなってもう拷問だから! だいたいナミさんだって多少は自分で自衛意識持ってくれないと」
「アンタが困るっていうの」
「そう!」
キッパリと断言して、サンジ君は吹っ切れたように自分ももしゃもしゃとバナナを食べ始めた。
クソ、調理してェと場違いなセリフを呟いている。
この男はなんてバカなんだろう。
なんてバカで、まったく、可笑しい。
思わずふふっと声を上げて笑った。
サンジ君が驚いて顔を上げる。
「ナミさん今笑った?」
「だってアンタがあんまりバカだから」
「……オレのこと嫌いじゃないの?」
「嫌いよ」
途端にサンジ君はひっぱたかれたかのような顔をした。
傷付いてひきつったこの顔を、あたしは随分と見慣れてしまった。
「アンタみたいな甘ったれた女たらしは嫌い」
サンジ君はしゅんと項垂れて、何か諦めたような顔をする。
「でも」
「でも」
続けたあたしの言葉は、不意にサンジ君が上げた声と重なった。
「なに?」
「いや、ごめん」
「なによ、いいから」
早く言って、と促すとサンジ君は困った顔で少し口ごもってから、頼りなく下がった眉のまま「でも」と繰り返した。
「それでもオレはナミさんを嫌いになれない」
「あたしも」
「え?」
「あたしも、アンタのこと大嫌いにはなれない」
サンジ君は不意を突かれた顔で、きょとんとあたしを見つめた。
これ以上追及されたらたまらない、とあたしは話を畳むようにバナナの皮をくるくるっと丸めて焚き火の跡にぽいと投げ込む。
さてと、と立ち上がってあたしも伸びをした。
颯爽と晴れたいい天気で、海も凪いでいる。
振り返ってサンジ君を見下ろすと、彼は「え? え?」とまだぶつぶつ言っていた。
「早くメリーに戻ってごはん作ってね、サンジ君!」
意識しなくても、あたしの顔は自然と笑っていた。
サンジ君は呆気にとられたようにあたしを見上げていたが、突然立ち上がったのであたしは思わず仰げ反る。
すっと彼が息を吸った。
「ナミさん好きだーー!!」
「うるっさい」
反射で言い返したあたしの言葉のすぐ後に、ずっと小さな別の声が続いた。
──サーンジー!!
──ナミー!
空より濃い青の海のずっとずっと向こう、水平線の糸の上にぽつんと乗るようにちいさな粒が現れていた。
あたしとサンジ君は思わず顔を見合わせた。
「サンジ君!」
「ナミさん好きだ!」
「なんでよ! メリーが来たでしょう!」
よかった、帰れる、メリーに帰れる、とまんざら嘘でもない涙を浮かべるあたしの横で、サンジ君は「ナミさん!」と妙に意気込んだ声を上げた。
「なによ、メリー号がもう見えるのよ!」
「ナミさんオレ、ナミさんがオレのこと嫌いでもオレはあんたが好きだ! あんたがオレのこと大嫌いになっても、オレはずっと好きだ!」
な、とあたしはすぐに言葉を返せなかった。
なんで今それをここで言う必要があるのよ。
それもそんな一生懸命な顔をして。
「か、勝手にすれば!」
「勝手にします!」
至近距離で叫びあうあたしたちを笑うように、ウミネコがみゃーと鳴いた。
サンジ君と二人で最初の収穫物であるバナナを砂浜まで運び、岩の陰に置いておく。
そしてまた森の中へと戻った。
「ナミさんそこ、木の根が這ってるから気を付けて」
彼が指さした足元を注視しながら、青い背中を追っていく。
最初に見つけたバナナの木はそこらじゅうに立っているのに、何を探しているんだろう。
なにも言わずにどんどん足を進めていくサンジ君に少しイラついて、あたしは尖った声を出した。
「ねぇ、食料はとりあえずこのバナナだけじゃだめなの?」
「いや、うん、食いモンはそれでいいんだけどね。水が欲しいだろ。川か池か何かないかなと思って」
みず、とあたしは声に出した。
全然思いつきもしなかった。
サンジ君は確かに遠くを見るようなしぐさをしたり、足元を確かめたりして水源を探しているようだ。
サンジ君の頭の中には、既に今やらなければいけないことが順序立てて組み立てられているのだろうか。
そうでもなければ、こんなふうに次々と行動には移せない。
この男の頭の中は女と料理のことでいっぱいで、それ以外は入る余地もないと思っていた。
「いて」
せり出した木の枝に頬を引っ掻かれて小さく声を上げた彼の背中が、すこし見慣れないもののような気がした。
「ねぇ、こんなに奥まで行って大丈夫?」
「ああ、帰り道はわかるから大丈夫だよ」
「水って、要るかもしれないけどそのうちルフィたちがここを見つけてくれるでしょ、そんなに必死に探さなくてもいいんじゃ」
サンジ君は静かに振り返った。
その目を見て、あたしは続けるはずの言葉を飲み込む。
彼の深い青の目は、思わず身を引くほど強い真剣みを帯びていた。
なによ、なんでそんな目をしてるのよ。
「……ごめん、オレがちょっと喉乾いたから、水ないかなって」
「……そう」
「ごめんね、疲れた?」
「へいき。行こう」
そう言うと、サンジ君はまた前を向いて歩きだした。
あたしはもう意を唱えることなく黙って彼の後ろに付き従い、見よう見まねで淡水を探した。
30分ほど歩いたが、川も池も見つからない。
こんなに歩いているのに森を抜けたり対岸に出たりしないということは、そこそこ大きな島なのだろうか。
サンジ君は困ったように足取りを緩めて、何度かあたしを気遣う声をかけた。
そのたびにあたしは「へいき」と「大丈夫」を繰り返す。
しかしついにサンジ君は足を止めた。
「戻ろっか。あんまり遠くまで行くと帰りに日が落ちるかもしれねェ」
「……そうね」
「ま、そのうちアイツらもここを見つけるだろうからそんなに心配するこたねェんだけどさ」
思わず落ち込んだような低い声が出たあたしを、サンジ君はとりなすように身振り手振りをつけて慌てて慰めた。
ただでさえ気遣われているのに、これ以上気を使われるのはあたしのプライドが許さない。
そうね、と軽く答えた。
サンジ君は踵を返して、元来た道を引き返していく。
あたしもそのあとに続こうとして、しかしすぐ足を止めた。
きらりと、少し離れた地面が光った気がしたのだ。
まるで水面に光が反射したように。
足を止めたあたしを、サンジ君が振り返った。
「ナミさん?」
「待って、あそこ」
あたしは足元に気を配りながら光の方向に歩いていき、大きな葉っぱを捲っておおわれていた地面を覗き込んだ。
ちろちろと、細く水が流れている。
「サンジ君! これ、見て!」
後ろ手に手招いて呼ぶと、サンジ君はすぐにやって来た。
「……水だ」
そう言った彼の声には喜びと安堵が滲んでいる。
サンジ君は指先をその水流に付けて、濡れた指をぺろりと舐めた。
「淡水だ。どこかにこの水がたまった場所があるかもしれない」
すげぇよナミさん、とサンジ君は子どもを褒めるときのように、あたしと目線を合わせてそう言った。
子どもじゃないのに、あたしは少し誇らしい。
サンジ君は水の流れを追うように、草木で覆われたわき道へ分け入っていった。
彼が作った道なき道をあたしも歩いていく。
そう歩かないうちに、サンジ君は立ち止まった。
池と呼ぶにはいくぶん小さい、もはや大きな水たまりと言う方が近いような水面が目の前にあった。
「……湧水?」
「うん、でもここから湧いてるわけじゃねェな。多分別の場所から湧いて、ここには溜まっただけみてぇだ」
「飲めるの?」
「うーん」
サンジ君はその水たまりの前に膝をついて、手で水を掬った。
あたしもその手の中を後ろから覗き込んだが、細かい土や葉っぱが紛れていてあまり飲むのに適しているようには見えない。
「ちょっと……アレかな。濾したら飲めないでもないだろうけど」
「そう……」
せっかく見つけたのに、と肩が落ちた。飲めないのでは意味がない。
しかしサンジ君は落ち込んだあたしとは対照的に、「でもよかった」と明るく言いながら立ち上がった。
「飲めるほどきれいじゃねェけどさ、顔とか身体、海水で気持ち悪いだろ? 洗えるね」
あたしは意表を突かれて、きょとんとサンジ君を見つめ返した。
「でも……飲めないし」
「うん、まぁ、でもさっきさ、歩いてる途中でヤシみたいな木見つけたから。ヤシなら実の中にジュースが入ってるから。それ飲めるよ」
そんなもの、まるで気が付かなかった。
あたしは、サンジ君が水を探してるっていうから──
言葉を発しないあたしをサンジ君は笑い顔のまま不思議そうに見つめて、アッと声を上げた。
「大丈夫、この辺にいるし、絶対ェ覗かねぇし! 服まで脱がねェかもしれないけど、その、とにかく大丈夫だから」
だから安心してドウゾ、と頭まで下げられたのでついにあたしは何も言い返すことができなくて、促されるままとりあえず潮気の浮かんだ顔を洗うことにした。
サンジ君はそそくさとその場を離れていく。
喉が渇いてるなんてやっぱり嘘じゃない、ウソツキ、ウソツキ、とばしゃばしゃ水を跳ねさせながら心の中で繰り返した。
顔を洗って、腕や髪の海水をすすぐとずいぶんさっぱりしたけれどまた濡れてしまった。
もうすぐ日が落ちるからあんまり気温は上がらない。
濡らさない方がよかっただろうかと少し心配しながら、姿の見えないサンジ君を探した。
「サンジ君、どこ?」
「ここここ、ナミさん」
草木の間からサンジ君はひょっこり現れた。
片手に3つほどヤシの実を抱えていて、もう片方の手には藁のようなものを掴んでいた。
ひとりでそれらを収穫していたらしい。
「そっちの藁はなに?」
「ヤシの実についてる繊維の藁なんだけど、結構水吸うから。あんまり肌触りよくないからこすらない方がいいと思うけど、使わねェ?」
それらの藁が集まったスポンジのようなかたまりを、あたしは差し出されるがまま受け取った。
これもあたしのために取っておいてくれたのか。
サンジ君の想像力が及ぶ範囲の広さに眩暈がしそうだ。
ヤシの藁は彼の言うとおりざらざらしてチクチクしてまったく肌触りはよくなかったが、確かに水をよく吸ったので濡れた肌はまた乾いた。
サンジ君は至極ごきげんで満足そうで、「じゃあ帰ろうか」と言ってヤシの実を抱えなおした。
「サンジ君も身体洗わなくていいの?」
この流れから行けば当然そうするのだろうと思っていたのでそう口にしたのだが、サンジ君は思ってもみなかったのか単に忘れていたのか、一瞬キョトンとしてから「あ、そだね」と言った。
「じゃあごめん、ちょっと待ってて」
ここにいてね、とサンジ君はヤシの実をあたしの足元に下ろすとおもむろにシャツを脱いだ。
それをヤシの実の上に置いて、水のたまった場所へと歩いて行った。
彼が脱いでいったシャツに触れてみる。それはまだ冷たく湿っていた。
海水で濡れたのと、さらにこれは汗かもしれない。
サンジ君はすぐに戻ってきた。3分も経っていない。
「おまたせ」
身体もさっさと拭いたのだろうか、あまり濡れていなかった。
右側の髪を後ろに掻き上げて、サンジ君はシャツを拾い上げようと腰をかがめた。
「……あれ? どしたのナミさん」
オレのシャツ……とサンジ君は微妙な笑顔であたしを見た。
シャツはあたしが持っている。
「こんな濡れたシャツ着てたら風邪ひくわよ。ちょっと乾かした方がいいんじゃない」
「そう? そんなに濡れてた? 結構乾いたと……」
そう言ってあたしの手からシャツを手に取ったサンジ君は、一瞬ぎょっとしてすぐにあたしの手からそれをもぎ取るように奪った。
「なによ」
「……いや、思ったより濡れて……ってかあんまり、そのきれいじゃないから、ね」
この男はこんなことまで気にするのか。
あたしは呆気にとられて、ただ「そう」と呟いた。
サンジ君は自分の手に巻き付けるように、ぐるぐるとシャツを手元で丸めて未だにごにょごにょと言葉尻をごまかしている。
そんなふうに丸めたら皺がつくに違いない。
サンジ君は急に「ちょっと待ってて」と言ったかと思うと、シャツを持って水場へと戻っていった。
なにをするのかと思いきや、しゃがみ込んでバシャバシャとシャツを洗っている。
あたしはぽかんとその後ろ姿を見ていた。
「ごめんおまたせ、帰ろうか」
サンジ君はぎゅっとシャツを絞りながら戻ってきた。
「……そんなふうに洗っちゃったら、しばらく着られないじゃない」
「干して乾くまでだから」
サンジ君は気まずさをごまかすようにいつものしまりのない顔で笑って、元来た道を歩き出した。
あたしは白い裸の背中を目で追って、そのあとに続いた。
*
砂浜についたころ、海はオレンジに染まっていた。
西側の空が血のように赤い。
ふつうこんなに赤い夕陽が出ると次の日は晴れのはずだが、入ったばかりとはいえここはグランドラインなのでそういう常識は通じないだろう。
サンジ君があたしを呼んだ。
「ヤシの実のジュース飲んでおいたほうがいいよ。ナミさん少し海水飲んでたから」
「うん、どうやって飲むの?」
「おれが割るよ」
サンジ君はいつのまに拾って来たのか、手ごろなサイズの石を握っていた。
それでこの堅い表面が割れるものだろうか、と訝しがるあたしをよそにサンジ君はヤシの実を胡坐をかいた足の上でくるくると回す。
そして、ヘタの部分を上にしてそこに石をぶつけ始めた。
堅い表皮はびくともしないが、そのかわり石をぶつけたへたの部分がぐにゃりと深くへこみ始める。
あたしは彼の手元をじっと覗き込んだ。
どんどんへこみは大きくなっていき、ついにピシリと裂け目が入った。
「はい」
サンジ君はその身を丸ごとあたしに差し出す。
「それ傾けたらジュースが出てくるよ。ストローとかなくてごめんね」
「いいわよそんなの」
この状態でストローがなくちゃ飲めない、なんていう程甘えた奴ではない。
あたしは重たいヤシの実を受け取って、それを顔の上で傾けた。
どぷんと実の中で液体が揺れる手ごたえを感じる。
ぼたぼたっと顔の上にジュースが落ちてきて、慌ててそれを口で受け止めた。
甘い。
つめたくておいしい。
「だいじょうぶ? 飲める?」
「うん」
サンジ君はもう一つの実を同じように割って、自分もジュースを飲み始めた。
気付かなかったけど、あたしは案外喉が渇いていたらしい。
滴り落ちてくるその果汁はどれだけでも喉を通った。
「……日が沈んできたな」
ヤシの実から顔を上げた彼は、あたしの背後の海を眩しそうに眺めていた。
あたしもつられてその視線の先を振り返る。
波は静かだった。
迎えの船は影さえ見えない。
ルフィたちは大丈夫だろうか。
間違いなくピンチなのはあたしたちの方だけど、航海術をもたないあいつらだって海の真ん中に放り出されて安全なわけがない。
奴らの底知れないポテンシャルを信じるしかなかった。
「大丈夫だよアイツらは。ルフィとクソマリモはともかく、ウソップの奴が多少航海の常識くれぇは知ってるだろうから」
たとえ船が大破したっておちおち死ぬようなタマじゃねェよ、とサンジ君は冗談めかして笑った。
あたしは何も口に出していないのに。
心をあけすけに読まれたような気がしたが、サンジ君だってメリーに残されたアイツらの安否を案じているのだから、あたしが不愉快になるのはお門違いだろう。
辺りはどんどん暗くなり、明るくからっとしていたジャングルからは時折奇怪な鳴き声が飛び出してきた。
あたしはぎゅっと自分自身を抱きしめるように腕を回して、両足も引き寄せる。
そうしないと、じわじわ忍び込んでくる恐怖心に埋め尽くされて叫びだしてしまいそうだった。
「やっぱり火が欲しいな」
不意にサンジ君が立ち上がり、ジャケットとシャツを干していた岩へと歩いていく。
その岩の上にいつの間にか湿ったマッチの箱を干していたらしい、彼はそれを手に取った。
「使えるの?」
「乾いてりゃ使えるよ。……うん、ダメなのもあるけどいくつかは」
サンジ君が一本マッチを選んでそれを擦る。
ポッと小さな種のような火が灯った。
彼はそれをヤシの藁に燃え移す。
小さな火種が彼の手の上に出来上がった。
あつあつ、と言いながらサンジ君はそれを枯れ枝の間に挟みこみ、顔を近づけて息を吹き込んだ。
黒い煙がぶすぶすと上がり始め、それが次第に太く濃くなっていく。
そして、サンジ君が煙にむせて顔を背けたとき、ぼっと大きな火が枯れ木全体に燃え移った。
ぱちぱちとヤシの藁が爆ぜる。
橙色の炎は、暗く沈んだ気持ちを少しだけ温かく溶かしてくれた気がした。
あたしは焚き木に手をかざして、思わず「あったかい」と呟いた。
「オレもう少し枯れ枝取ってくるから、ナミさんはここにいて」
サンジ君はあたしの返事も聞かずにさっさと森へと入っていく。
あたしは燃え上がる炎に照らされて映える自分の脚をじっと眺めていた。
行動が速くてまともなサンジ君なんて、もうすっかりあたしの知らない人だ。
「ねぇ」
戻ってきた彼に声をかけると、サンジ君は「ん?」と軽く答えながら枯れ枝とヤシの藁を自らの傍に積んでいる。
「妙にサバイバルに詳しいのね」
「あぁ、まぁ、経験者だからね」
「え?」
どういうことよと目を瞠ったあたしを、焚き木をはさんで向かいに座るサンジ君は「アレ」と呟きながら見返した。
「ナミさんは知らねェんだっけ。ガキの頃、オレ一度遭難したんだよ」
「遭難!? うそ」
「ホントホント。まぁただの岩場みてぇな島ともいえねェ狭い所だったから、こことは勝手が全然違うけど」
なによそれ、そんなの、今の状況よりずっとずっと過酷じゃないのよ。
「ど、どうして」
話の続きを知りたくて、なんでだろう、あたしは今大嫌いな男のことが知りたくてたまらない。
火の粉が爆ぜる向こう側で、サンジ君の顔もオレンジに照らされていた。
少し伏せた顔からは表情がよく見えない。
こんなにもじれったく、待ち遠しく、サンジ君の言葉を待ったのは初めてだ。
「面白い話じゃねェよ」
そう断って、サンジ君はぽつぽつと話し出した。
客船でコック見習いをしていたこと、あのおじいさんが海賊だったこと、そして絶海の孤島で85日間の遭難。
あたしは一言も言葉を発することを忘れて、ぜんまい仕掛けのように頷きだけで先を促してサンジ君の話に聞き入った。
ストーリーが面白かったわけじゃない。
彼の話すそれがあまりに現実からかけ離れているにもかかわらず、そのすべてが今のサンジ君につながっている、今の彼と過去を繋ぐその糸があたしの目の前にはっきりと見えたのだ。
サンジ君は食べ物を粗末にしない。
その意思は、考えてみれば並大抵のものではなかった。
レストランで働いていたのならば厨房の内実もよく知っているだろう。
客が出す食べ残しは、客ひとりが考えているよりずっと膨大な量だ。
その実情に慣れているたいていの料理人は、客には見えないレストランの裏口からそれらの大量の食べ残しを捨てている。
そしてそれに慣れているはずだ、そうでなければやっていけない。
にもかかわらずサンジ君は食べ残しを断じて許さなかった。
もちろん食べる側のあたしたちが彼の料理を食べ残すことなどほとんどないのだが、たまにあたしが生理痛で食欲がなかったり、ゾロが寝過ごして料理が余ったときなどは、たとえ余った料理が誰かの食べ差しであろうとも彼がそれを捨てることはなかった。
ルフィに与えるか、彼自身が食べる。
一度ウソップが嫌いなキノコを残した時、彼はたった一度だけウソップに雷を落とした。
サンジ君は「フザケンナ」と怒鳴ったかと思うと、ウソップが残したキノコの皿をさっと取り上げてキッチンへと戻っていった。
きっと捨てるのだろうとあたしは軽く考えていたのだが、サンジ君は10分もしないうちにまた皿を手に戻ってきた。
その皿には、別の料理が盛られていた。
ウソップは一度落ちた大きな雷にまだビクビクして、サンジ君をおそるおそる見上げていた。
『こっち食え』
『な、なん……え、別の?』
『いいから。これなら食えるだろう』
『お、おう……』
テリーヌのようなそれを、ウソップはぺろりと平らげた。
ルフィが『ずるいずるい』とうるさかった。
『食えたか』
『おう、美味かったけど……なんでわざわざ』
『今の、キノコ入ってたぞ』
ウソップは無言でガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
『……ウソだろ』
『ウソを吐くのはテメェだろ』
『キノコの味なんてまったくしなかった!』
『そう作ったんだから当たり前だ、ったく、せっかくの香りを台無しにさせやがって……つーか食えねェモンがあるなら先に言っとけクソッパナが』
そのときあたしは、へぇ料理人ってすごい、と単純に感嘆していた。
今まで特に意識していなかったそれらのことの根幹は全てひとつだったのだ。
そして、水を探しているときジャングルの中で見たサンジ君の目。
あたしが「すぐにルフィたちが見つけてくれるでしょう」と呑気なことを口にしたときの真剣な顔。
サンジ君は本当に起こりうる最悪の事態をその身に染みて知っているのだ。
美味しくてキレイな料理を作ってくれるだけの料理人ではない。
食べることは生きること。
生きるためには食べること。
サンジ君はあたしたちを生かすために料理をしている。
「とまぁそんな流れでバラティエ創ることになって、オレはあそこにいたと。……つまんねェだろ?」
急に照れくさくなったのか、サンジ君はあたふたとバナナを房からもぎ取って木の枝に突き刺し始めた。
「さすがにおなかすかねェ? バナナ焼いてみよっか」
「……うん」
なにかすごく大切な話を聞いた気がするのに、あたしはうまい言葉一つ言うことができず、ただ頷き返して目の前の炎を見つめた。
「バナナ焼くと美味いってレシピ見たことあって、一度やってみたかったんだよな。ほらバナナって日持ちしねぇだろ? 積み荷に入れるには不安だし、焼くっつってもケーキにするくらいしか調理したことなかったからさ。シンプルな焼きバナナってのも面白そうだ」
サンジ君はさっきまでの話の流れをごまかすように急に饒舌になった。
焼いたバナナはまだまだ青かったくせにとても甘くて、そして思った以上に熱くてあたしは舌を火傷した。
熱いから気を付けて、と言うサンジ君に「もう遅いわよ」と理不尽な怒りをぶつけると、サンジ君は鬱陶しいほどあたしを心配した。
ごめんね、大丈夫? 大丈夫?
大丈夫だってば、もう、放っておいて、必要以上にやさしくするのはやめて、
あたしはアンタが嫌いなんだから!
サンジ君に背を向けて、あたしは海のある方に体を反転させた。
火照っていた身体の前半分の熱が引いていく代わりに、じりじりと背中が熱くなってきた。
焚き木の向こうでサンジ君はどんな顔をしているんだろう。
いつもは気にならないことがそのときはなぜか頭の隅に引っ掛かって、あたしは何度も振り向きたくなるのを堪えた。
真っ黒の海と空が目の前に広がっている。
*
ビクッと身体が揺れて、ハッと目を開いた。
あたし、寝ていたの? とぼんやりする頭と身体を起こす。
いつのまにか横になっていたのだ。
辺りは変わらず真っ暗だが、背後からぼんやりと炎の灯りが届いていた。
左側の顔や肩からポロポロと砂が剥がれ落ちた。
それと同時に、右肩に掛かっていた重みがバサリと落ちる。
サンジ君のジャケットだった。
厚手のそれのおかげで右肩は冷えていない。
砂に直接触れていた左肩の方が冷たいくらいだ。
ふと、脚にも何かが触れているのに気付いて目線を下げた。
横に投げ出したあたしの脚の上にはサンジ君の青いシャツが掛けられていた。
乾いている。
夕方のあの日差しだけで乾くはずがないから、あたしが寝ている間に焚き木で炙って乾かしたのだろうか。
そうだ、サンジ君は?
振り返ると、子供の頭くらいの大きさの炎がちろちろと揺れていて、その向こうで膝を抱えて頭を垂れるサンジ君がいた。
眠っている。
知らないうちに、あたしはほっと息を吐いていた。
とりあえず火が消えないようにと、焚き木の中にヤシの藁を放り込んでみる。
燃え上がったときにすかさず枯れ木を追加すると、炎は少し大きくなった。
しばらくは大丈夫だろう。
あたしは膝立ちになって、サンジ君ににじり寄った。
立てた膝に額をつけて眠っているところを見ると、眠ろうと思って眠ったわけではないのだろう。
ぼんやりとした灯りが彼の金色の前髪を照らしていた。
「……サ、」
名前を呼ぼうとして、途中でやめてしまった。
起こさない方がいい気がした。
こうやってこの男の寝ている姿を見るのは初めてだった。
あたしの知らないサンジ君がここにもいる。
そっと、むき出しの肩に手を触れた。
冷えている。
いくら焚き木に当たっているとはいえ、上半身裸で寒くないはずがない。
それにサンジ君は濡れたままのスーツのズボンをずっと身に着けていた。
普通なら足元から体が冷えて、動くのも辛くなるだろう。
いや、きっと辛かったはずだ。
裸の背中に、あたしは黒いジャケットを掛けた。
背中に乗せるだけでは滑り落ちてしまうので、ほとんど頭から被せるようにした。
そしてシャツをどうするか悩んだが、使い道がなかったのでこれはあたしが借りておくことにした。
サンジ君の隣に腰を下ろして、自分の脚に青いシャツを掛ける。
そしてサンジ君の片側を温めるように、寄り添った。
砂よりも冷たい。
本当は知っていた。
サンジ君が他のバカな男たちと同類ではないと、気付いていた。
船の上で見せるようなデレデレヘラヘラしたサンジ君もサンジ君だけど、今日あたしに見せてくれたサンジ君もまた本物だ。
やっと今日気付いたわけではない。
本当はずっと知っていたのだ。
だけど「嫌い」「大嫌い」と突っぱね続けることであたしはサンジ君をそれ以上知ろうとしなかった。
一度貼りつけたレッテルをはがすのが億劫なだけだった。
あたしの怠惰で彼を傷つけた。
サンジ君はこの島に流れ着いてから、あたしの顔以外を必要以上に見ようとしなかった。
視界に入れることさえためらっていたように見えた。
あたしが嫌がるのを知っていたからだ。
サンジ君は一言たりとも、あたしに甘い言葉さえ言わなかった。
そういうやたらめったら心配りができるところも気に食わないのよ。
でも本当は、そんなに嫌いじゃない。
気配り上手なところも、言う程嫌いじゃない。
サンジ君はきっとあたしが知る男の誰よりもやさしいから。
ぱちぱちと爆ぜる音を聞きながら揺れる炎を見ていると、頭がぼうっとしてきた。
あたしはサンジ君の肩に頭を預けて目を閉じた。
このまま朝が来ても、ひとりで眠るより寒くないだろう。
そう思うと、すうっと引き潮のように意識は落ちて行った。
*
今度の目覚めは酷く強引だった。
あたしの頭を支えていたはずのサンジ君がなんの拍子にかよろめいたせいで頭が外れて、あたしはそのまま横倒しになるようにサンジ君の上に倒れた。
「うおっ」
「ひゃっ」
ふたりして声を上げて横に倒れた。
どさっとあたしはサンジ君のお腹の上に乗り上げて、なんだなんだとすぐに身体を起こす。
朝だ。
晴れた空の上で輝く光がまぶしい。
「やだ、びっくりした」
「え、なに、ナミさん、なん、」
サンジ君は意味もなくきょろきょろと辺りを見渡して上体を起こし、妙に目をおどおどさせた。
「あれ、オレいつ寝て……つーかナミさんもあそこで寝てなかったっけ」
「一回起きたの! ハイこれシャツ返す。ありがとう掛けてくれて。ジャケットも」
「あぁ……あ、てかナミさんもオレに掛けてくれたの。ありがと」
「別に! 裸で寒そうだったから返しただけよ。それよりサンジ君おなかすいた」
「ん、じゃあメシ……ってまたバナナしかねェけど」
「それでいいわ」
サンジ君は一つ伸びをしてから、青いバナナをもいであたしに手渡した。
あたしはサンジ君の隣にきちんと座り直して、受け取ったバナナの皮を剥く。
サンジ君は起き抜けで頭がはっきりしないのか、バナナの房を手にしたままぼうっと消えた焚き火の残骸を見ていた。
そして突然ハッと身じろいだかと思うと、すすす、とあたしから離れるように座る位置をずらした。
「なによ」
「……いや?」
「あたしが隣に座っちゃいけないの。失礼ね」
「いやいやそういうわけじゃ……っていうか、うん」
もごもごとはっきりしない言葉を漏らしながら、サンジ君は思い出したようにシャツを着た。
それからおずおずと、あたしにジャケットを差し出す。
「これ着てください……」
「え? 別に寒くないわよ」
「いや、そうじゃなくて……オレが困るから」
「どういうことよ」
サンジ君はジャケットをあたしに差し出したまま少し逡巡して、「目のやり場に」と呟いた。
「ハァ? バッカじゃないの」
心底呆れた声を出すと、サンジ君は強引にあたしにジャケットを押し付けて「言っとくけど!」と久しぶりにハリのある声を上げた。
「ナミさん自分で思ってる以上にその恰好悩殺的だから! それ見るなってもう拷問だから! だいたいナミさんだって多少は自分で自衛意識持ってくれないと」
「アンタが困るっていうの」
「そう!」
キッパリと断言して、サンジ君は吹っ切れたように自分ももしゃもしゃとバナナを食べ始めた。
クソ、調理してェと場違いなセリフを呟いている。
この男はなんてバカなんだろう。
なんてバカで、まったく、可笑しい。
思わずふふっと声を上げて笑った。
サンジ君が驚いて顔を上げる。
「ナミさん今笑った?」
「だってアンタがあんまりバカだから」
「……オレのこと嫌いじゃないの?」
「嫌いよ」
途端にサンジ君はひっぱたかれたかのような顔をした。
傷付いてひきつったこの顔を、あたしは随分と見慣れてしまった。
「アンタみたいな甘ったれた女たらしは嫌い」
サンジ君はしゅんと項垂れて、何か諦めたような顔をする。
「でも」
「でも」
続けたあたしの言葉は、不意にサンジ君が上げた声と重なった。
「なに?」
「いや、ごめん」
「なによ、いいから」
早く言って、と促すとサンジ君は困った顔で少し口ごもってから、頼りなく下がった眉のまま「でも」と繰り返した。
「それでもオレはナミさんを嫌いになれない」
「あたしも」
「え?」
「あたしも、アンタのこと大嫌いにはなれない」
サンジ君は不意を突かれた顔で、きょとんとあたしを見つめた。
これ以上追及されたらたまらない、とあたしは話を畳むようにバナナの皮をくるくるっと丸めて焚き火の跡にぽいと投げ込む。
さてと、と立ち上がってあたしも伸びをした。
颯爽と晴れたいい天気で、海も凪いでいる。
振り返ってサンジ君を見下ろすと、彼は「え? え?」とまだぶつぶつ言っていた。
「早くメリーに戻ってごはん作ってね、サンジ君!」
意識しなくても、あたしの顔は自然と笑っていた。
サンジ君は呆気にとられたようにあたしを見上げていたが、突然立ち上がったのであたしは思わず仰げ反る。
すっと彼が息を吸った。
「ナミさん好きだーー!!」
「うるっさい」
反射で言い返したあたしの言葉のすぐ後に、ずっと小さな別の声が続いた。
──サーンジー!!
──ナミー!
空より濃い青の海のずっとずっと向こう、水平線の糸の上にぽつんと乗るようにちいさな粒が現れていた。
あたしとサンジ君は思わず顔を見合わせた。
「サンジ君!」
「ナミさん好きだ!」
「なんでよ! メリーが来たでしょう!」
よかった、帰れる、メリーに帰れる、とまんざら嘘でもない涙を浮かべるあたしの横で、サンジ君は「ナミさん!」と妙に意気込んだ声を上げた。
「なによ、メリー号がもう見えるのよ!」
「ナミさんオレ、ナミさんがオレのこと嫌いでもオレはあんたが好きだ! あんたがオレのこと大嫌いになっても、オレはずっと好きだ!」
な、とあたしはすぐに言葉を返せなかった。
なんで今それをここで言う必要があるのよ。
それもそんな一生懸命な顔をして。
「か、勝手にすれば!」
「勝手にします!」
至近距離で叫びあうあたしたちを笑うように、ウミネコがみゃーと鳴いた。
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