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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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アンが行ってから、サボはルフィと暗い店内で電気もつけずにアンを待った。
あえてそうしていたのではなく、アンを送り出してそのまま店のテーブル席に座ってしまったので電気をつけるのも忘れていただけだ。
だから8時を回った頃、ルフィが気付いて灯りをつけた。
サボが座ってから一度も腰を上げてない一方で、ルフィは落ち着かないのか立ったり座ったりを繰り返し、無意味に店の冷蔵庫を開けようとしてかぎがかかっていることにあぁと呻いていたりする。
動物園の熊のほうがまだ落ち着きがある。
サボは思わず声をかけた。
 
 
「ルフィ、お前がうろうろしたって仕方ないだろ。ちょっと落ち着け」
 
 
するとルフィは少し口を尖らせてサボを振り返った。
その手はまた冷蔵庫の取っ手を掴んでいる。
 
 
「サボも、さっきからカツカツうるせぇ」
 
 
なにを、と眉間に皺を寄せてから気付いた。
無意識のうちにサボの指は、正確には爪の先が同じリズムでテーブルを叩いていた。
サボはぎゅっと、爪を手のひらに食い込ませるように握りこんだ。
 
 
「…ごめん、とにかく座れよ。なんか飲もうか」
 
 
おれらがいらいらしたって仕方ないもんな、と苦笑いを混じらせて言うと、やっとルフィも少し顔を緩めた。
サボは一度二階に上がり、家庭用の冷蔵庫から牛乳とボトルコーヒーを取り出して店に降りた。
店では豆から引いてドリップしたコーヒーを淹れているというのに、自分たちが飲む分にはスーパーに売っている安いペットボトルのものを常備している。
アンもルフィもそれについては特にどうとも思っていないらしいしサボも気にしたことはない。
たまにアンがきちんと豆から淹れたコーヒーを休憩中などに飲ませてくれると、それはそれでやっぱり美味い。
 
ルフィは大人しくサボが座っていた隣に腰かけて、壁に貼ってあるどこかの国の色褪せた地図をぼうっと見ていた。
乾燥棚にぶらさがっていたグラスを二つ取り出してそこにコーヒーと牛乳を注ぐ。
ルフィにはコーヒー半分牛乳半分。自分用にはコーヒーに少し牛乳を垂らした。
 
 
「ほら」
「おぉ、ありがと」
 
 
たぷたぷと中身の入ったグラスを渡すと、ルフィはいつものように一気に半分以上飲み下した。
しかし珍しくけほ、と少しむせている。
冷たいそれに口をつけると、幾分頭が冷えた。
 
 
「アン、もうすぐ帰ってくるよな」
「たぶんな」
「おれ、外まで迎えに行ってみようか」
「落ち着けって言っただろ」
 
 
そうだけど、とやはりルフィはむくれた。
 
 
「ルフィお前風呂入ってこいよ」
「いやだ、おれが風呂入ってる間にアンが帰ってきたらどうすんだ」
「いいだろ別に」
「いやだ!ずるいだろそんなの」
 
 
なにがだよ、と言ってもルフィはとにかくいやだの一点ばりで、結局二人ともそこに座っているしかない。
ルフィは背中を丸めて顎をテーブルに置き、グラスを唇の間に挟んだまま器用に口を開いた。
 
 
「アンの父ちゃんと母ちゃんの話って、なんだろな」
「…さあ」
「じいちゃんの知ってる話かな」
「それならおれらも知ってることなんじゃないか」
「だよなー…」
 
 
謎の男が持ち出した『アンの両親の話』が腑に落ちないのはルフィも同じのようだった。
だれだろうと自分の親のすべてを知っているはずはない。
だが、それを見ず知らずの他人から持ち出されるのはとても不愉快だ。
まったくやりきれない、ああアン早く帰ってこいとサボは組んだ両手に顔を隠して俯いた。
 
 
そのままサボとルフィがぽつぽつと会話を交わし、それよりもずっと長い沈黙の時を過ごして11時をほんの少し回った頃、シャッターの向こう側に車が止まった気配がした。
うつらうつらと船を漕いでいたルフィが野生動物のようにぱっと耳を立てて顔を上げた。
ゆらゆらするルフィのつむじを長い間見つめていたサボも、その気配にぱちんと夢から覚めるように顔を上げた。
 
 
「帰ってきた!」
 
 
ルフィが顔中綻ばせて入口へと駆けだす。
続いてサボもその場に立ち上がったとき、ルフィがドアを引くより一瞬早く外からドアが開いた。
 
 
「アン!」
「わっ」
 
 
現れたアンに、ルフィはためらうことなく飛びついた。
 
 
「びっくりした、ずっとここにいたの?」
「よかったアン!変なことされてねぇか!?」
「変なことってなに」
 
 
ぷっとアンが吹き出して、その顔を見てサボもやっと肩の力を抜いた。
 
 
「おかえりアン。良かった」
 
 
何が良かったのかサボ自身分からなかったが、アンは笑顔で頷いた。
少し顔色が白い気もするが、見たところ怪我も変わったふうもないので、サボはアンに貼りついたままのルフィを引き剥がした。
 
 
「とりあえずアンは風呂入んなよ。疲れただろ」
「じゃあ、そうする」
 
 
腹減らないか、痛いところはないかとまとわりつくルフィを笑いながら押しのけて、アンは階上へ上がっていった。
 
 
 
 
アンは烏の行水で、いつも10分と立たずに出てくる。
このときもそうだったので、続いてサボとルフィもさっさと風呂を済ました。
ホカホカと温まった体で3人縦に並び、アンはルフィの髪をタオルで拭き、サボはアンの髪をドライヤーで乾かした。
そうして一通りのことが済むと、さて、という雰囲気になる。
自然とアンの言葉を待つ空気になった。
ソファに座ったアンは沈黙を持て余すように手の中でミネラルウォーターのペットボトルをもてあそび、その隣でサボはアンが話し始めるのを待ち、地べたに胡坐をかいたルフィはそわそわと体を揺らしている。
あのな、とアンが口を開く。
迎えの車に乗ったその時のことから語り始めた。
 
 
 

 
 
アンが乗り込んだ黒い車の運転席にはラフィットが乗っていた。
丁寧な口調でアンにシートベルトを促してから車を発進した。
 
 
「あなたの弟たちは今頃さぞ気をもんでいることでしょうね」
 
 
ラフィットは相変わらずどこかからかうような風味を持たせてそう言った。
アンが返事をしないでいると視線をちらりと動かしたが、それからは何も話すことなく運転し続けた。
車はモルマンテ大通りを北へと上って行き、途中で交差する道を右へ曲がり次は左に曲がり、とくねくね進む。
まるでアンの目をくらませようとするかのようにわざと遠回りしているとしか思えない道筋を進んだが、どこまで行ってもアンには見知った街だからあまり意味はない。
ラフィットもなんとなくそれをわかっているようで、意味を持たないその行動はただ誰かの命令に従っているだけのような、若干辟易としているような顔が無表情の中に一瞬覗いた。
だから結局、30分以上走ってラフィットが車を止めた場所も、アンがよく知る本屋の裏手にある建物の前だった。
降りるよう目線で促され、そろそろと車を降りる。
アンを下ろすと車は発進し、アンは暗い路地に一人ぽつんと残された。
 
 
(…なんだってんだ)
 
 
どうすれば、とアンがその場に立ち尽くしていると、3分とせずにラフィットが、今度は歩いて戻ってきた。
 
 
「お待たせしてすみません、どうぞ」
 
 
ラフィットは目の前のコンクリートビルの重たそうな扉を開けた。
ラフィットの背中を追いながら、入ってすぐに現れた階段を上っていく。
暗いそこはキンと冷えていた。
階段を上りきったすぐ目の前に曇りガラスの扉が現れて、ラフィットは一声かけてそれを押し開け中に踏み入った。
アンも後に続くしかない。
中に入ったラフィットは、さっと横に身を滑らせてアンの前から退いた。
目の前の男の暗いスーツしか見えていなかったアンの視界が急に開けた。
 
電灯に照らされた室内は外よりずっと明るかったが、ちっとも暖かくない。
正面にはローテーブルと、それをはさんで向かい合う茶色い革張りのソファがあった。
それはアンに高校の校長室を思い出させた。
そしてソファの一つには、男が座っていた。
 
 
「ゼハハハハ、よく来てくれたゴール・D・アン」
 
 
会いたかったんだぜ、と男は抜けた歯並びを見せつけるように大きく口を開いて笑った。
お座りください、とラフィットが背後から囁く。
アンは仕方なく歩み寄った。
近くで見るとその男はとても大きかった。
肩幅はガープか、もしかするとそれ以上あるかもしれない。
座っているのでわからないが、男が立ったらアンは首が痛くなるほど見上げなければならないだろう。
男はぎょろりと大きな目でアンがソファに腰かけるまでをにやにやしながら追った。
嫌な目だ。
男はアンの顔からつま先までを舐めつくし味わうかのように眺め渡す。
アンはせいぜい弱気に見られないよう、顎を反らせるほど顔を上げて男を睨み返した。
どす、と音を立ててソファに腰かけた。
 
 
「何、話って」
 
 
つっけんどんにアンがそう言うと、男はまた奇妙な笑い声を上げた。
 
 
「まぁそうぴりぴりすんじゃねぇよアン。おいラフィット、客人に茶でもださねぇか」
「今作っています」
 
 
四角い部屋の隅にあるらしいキッチンからラフィットの声がすっと入ってきた。
 
 
「まぁまずは自己紹介と行こうじゃねぇか。お前さんはゴール・D・アン、たしかだな?」
 
 
アンは返事をすることもうなずくこともしなかった。
しかし男は特にアンの反応を気にすることなくニヤリとする。
 
 
「間違うはずねぇ、なんにせよお前ェはロジャーにそっくりだ」
 
 
アンの眉がピクリと動いた。
その反応を楽しむように、男はニヤニヤを濃くした。
 
 
「オレはティーチ。ここで税理士をしてる」
「税理士?」
 
 
確かにこの部屋は税理士の個人事務所のように見えないでもなかったが、この男はどこをどう見たってまっとうな職の人間には見えない。
太い指に豪奢な指輪をいくつもはめたこの男に客がつくのだろうか。
 
 
「お前ェを迎えにやったラフィットって男は俺の秘書だ。他にも人員はいくつかいるが…まぁおいおい紹介することにしよう」
 
 
ラフィットがトレンチにコーヒーをのせて持ってきた。
慣れたしぐさでアンの前に置く。
ティーチは出されたコーヒーを音を立ててすすった。
 
 
「どこから話すのがわかりやすいんだろうなぁ、オレァややこしい話がきらいでな。おいアン、お前ェは聞きたいことねぇか?話し出しを決めてくれ」
 
 
ティーチはソファの背もたれに背をつけたまま、ふんぞり返った姿勢でアンに尋ねた。
聞きたいことなど山ほどある。
 
 
「…あんた、父さんと母さんのなに」
 
 
ティーチは歯を剥きだしてにぃと笑った。
 
 
「よし、いいな、そこから話すか。アン、お前ェのオヤジは警察だった。知ってるだろなぁ?だがただのおまわりでも、私服警官でもねぇ。幹部も幹部、この街を牛耳るトップの一人だった」
 
 
そのことはアンも大人になるにつれて徐々に知っていった。
過去の政治家のように、ときたまテレビで見るような存在。
 
 
「お前ぇはこの街の気違いじみた政治の仕組みを知ってるか?」
 
 
アンはあいまいにうなずく。
この街の権力図を糾弾する声は、大人になればいやでも耳に付いた。
おそらくそのことだろう。
ティーチは満足げに話を続けた。
 
 
「オレァ昔行政府で職についててな。そうすりゃ名目上の権力と実質上の権力だ、行政府のオレと警察幹部の奴らは事実のすり合わせのために顔を合わせて話をする機会が何度か必要になる。そこでお前ェのオヤジとも出会ったってわけよ。まぁ別段よろしくやってたわけでもねぇし、特別犬猿の仲だったわけでもねぇ。お前ぇだってそういうやつはいるだろう?」
 
 
アンは黙って話を促した。
行政府と警察組織には火を見るより明らかな権力差があるので、仲良くやっているわけではないが、衝突を避けるために互いが互いを上手く立てているのだと聞いたことがある。
 
 
「そういう意味でオレらぁただの仕事上の付き合いしかしてねぇ。お前ェの母親…ルージュだったか?そのことだって何かの折に聞いたことがあるだけだ。どういう関係って、まぁそんだけだ」
 
 
アンは男の大きな黒い目の中をじぃと見た。
嘘やごまかしの気配はないように見えた。
ティーチは話の流れを掴んだのか、饒舌に話を続けた。
 
 
「聞くがアン、お前ェ、エドワード・ニューゲートという男を知ってるか」
 
 
エドワード・ニューゲート。
それこそニュースか何かで耳にしたことがある。
この街の最高権力を握る警察組織のトップに立つ男。
アンは頷いた。
 
 
「…名前は」
「それでいい。オレァロジャーよりずっと、その男に関係があってな。
…オレァ、あの男が死ぬほどきらいなんだ」
 
 
ティーチの声は、その場の気温をすっと下げてしまえるほど冷えていて、憎しみに満ちているように聞こえた。
アンはごくりと唾を飲み込む。
しかしティーチはまぁそれは後で話すにして、と急に声音を変えた。
 
 
「時にアン、お前の二親が死んじまったのぁ、お前が10のときらしいな」
 
 
アンはこくんと頷いた。
 
 
「そんなガキの頃ともなると覚えてねぇかもしれねぇが…あえて聞こうじゃねぇか。アン、お前ェ、おふくろがいつもつけていた髪飾りを覚えてるか?」
「髪飾り?」
 
 
なんだそれ、と口をつきかけた言葉が記憶によってくんと後ろに引っ張り戻された。
ぼんやりと母の顔が浮かぶ。
それはアンの記憶に残る顔ではなく、唯一アンの手に渡された一枚の写真だ。
どこかわからない、この街じゃないどこかにあるエメラルドグリーンの海。
それを背景に、大きく笑う栗色の髪の女性。
ルージュだ。
まだ若く、どこか子供っぽささえ残る笑顔。
しかし彼女の腕には小さな赤ん坊が抱えられていた。
考えなくてもそれが自分であることは、その写真を初めて見たときから知っていた。
ルージュがまるではにかむように笑っているのは、写真を撮っている人物がおそらくロジャーだからだ。
だから家族写真なのに、写っているのは2人だけ。
ルージュの腕に抱かれたアンは、眠いのか機嫌が悪いのかむすりと顔をしかめていて全然可愛くない、と自分のことながら思っていた。
やけに若い母の顔だけが瞼に残っている。
そして、青い背景がひと際目立たせている一点があった。
ルージュの髪、左耳の少し上にあてられた大ぶりの花の髪飾り。
太陽の光を吸い込んで鮮やかに光っている。
その花は、南のほうの国で夏になると咲く花であるらしい。
そう、写真を手掛かりにすればいくらでも思いだせる。
ルージュは、母はときどきその髪飾りを身に着けていた。
 
ぽけっと口を開いたまま記憶をたどるアンから肯定を読み取ったのか、ティーチは満足げに口角を上げた。
 
 
「わかるだろう、赤い花の髪飾りだ。お前の母親はとりわけそれを大事にしていた。なにしろありゃ、国宝級の宝石で出来てたんだからな」
「国宝!?」
「値段にすりゃぁ…いや、オレには想像もつかねぇ。とにかく桁違いの額になるはずだ」
「…なんで」
 
 
なんでそんなものをただの主婦が。それもあたしの母親が。
アンの疑問が顔に出ていたのか、ティーチは偉そうに息をつきながら呆れた声を出した。
 
 
「おいおい、そりゃああの品は相当な逸品だが、お前の母親がそれを持ってることにゃあなんの不思議もねぇんだぜ。なにしろあのロジャーの女だ。金はもちろんのこと、あの髪飾りを作るだけの伝手だって持ち合わせていて当然よ。アン、お前ぇはちょいと自分の親のデカさをわかってねぇな」
 
 
そんなこと言われても、とアンは呆気にとられながら押し黙った。
アンにとってロジャーもルージュも他の子供にとって親がそうであるようにただ「家族」という少なくとも一番近しい人間で、たしかに家は少し大きかったが遊び盛りのアンにはちょうどよく、サボとルフィもいたのでかくれんぼで使う隠れ場所も限られて、手狭に感じるときさえあった。
よくよく考えてみれば、簡単に他人の子を育てる経済力はあったということなのだが。
しかしロジャーが社会的にどれほど大きな影響力を持っていて云々、などを語られたところで、アンには想像さえできないのだ。
アンとはたった10年しか一緒にいられなかった父親。
その10年で与えられた父の印象も、アンからしてみれば、正直結構どうでもいいかんじだ。
アンがサボとルフィとばかり遊んで父との時間を全く割かないことを子供じみた言葉で糾弾されて、鬱陶しいというかめんどくさいというか、とにかくそういう思いを抱いたことは覚えている。
そんな父がこの街のトップで、その妻は国宝級の髪飾りを食事の準備中髪が邪魔だから留めておこうとかそんなために使うような人間だなんて。
いやいやいや、ないだろ。
アンは思わずふっと笑ってしまった。
昼間ラフィットが訪れてから、初めて気を抜いた瞬間かもしれない。
 
 
「嘘だろ」
「あぁ?」
「たしかに覚えてるよ。母さんが花の髪飾りつけてたこと。でもあれがものすごい高い宝石で出来てるとか価値のあるもんだとか、ありえない」
 
 
そもそもアンの覚えている限り、それはその辺の雑貨屋に売っている代物に見えていたのだ。
ティーチはアンの言葉に目を白黒させたかと思ったら、しかしすぐに不敵に笑って鼻の穴を広げた。
 
 
「ゼハハハハ、そりゃあおもしれぇ。だがな、アン。事実は事実。これを見ろ」
 
 
気付いたらラフィットがすぐ近くまで来ていた。
ティーチと何を示し合わせたわけでもないのに、それとも前から打ち合わせてあったのか、アンの目の前にすっと積み重なった雑誌が現れた。
それらはすべてとあるページを開いて4冊重ねられていて、アンはいちばん上に積まれた雑誌に視線を落として目を瞠った。
この街随一の美術館に今世紀最大の宝が展示されているとかなんとかと謳ったそのページに、でかでかとルージュの髪飾りの写真が載っていたのだ。
 
 
「これ、」
「まぁ次の雑誌も見やがれ」
 
 
楽しそうにするティーチに構っている暇はない。
アンは見ていた雑誌を横にスライドさせて、次の雑誌に目を移した。
そのページにもルージュの髪飾りはいた。
しかし今度は美術館云々を語る記事ではなく、とある財閥の人物を特集したページらしかった。
財閥を一代で成したたぐいまれなる能力らしいおっさんと、その妻が寄り添い立っている写真が載っていた。
その妻の頭にくっついてでかでかと存在感を放っているのがルージュの髪飾りだ。
記事には、インタビューアーが髪飾りをつけたオバサンにその髪飾りについて言及しており、それに対して彼女は、この髪飾りはいつも銀行の貸金庫に保存してあるのだと応えていた。
文面からこの女の高飛車な雰囲気が匂ってくるようだった。
アンはティーチに促されずとも、次の雑誌を引っ張り出した。
そして思った通り、そこにもルージュの髪飾りがあった。
ナントカという伯爵の子孫であり御曹司だとかいう、なすのように長い顔に小さな目をくっつけた若い男の写真が載っていた。
どうやらその男のコレクションが特集されているらしい。
コレクションの品は何点か乗っていたが、その中にひと際赤が目立つ髪飾りも紛れていた。
そしてアンは最後の一冊を取り出した。
そこにも当然のように乗っていたルージュの髪飾り。
今度は、とある有名な宝石商の特集だった。
 
アンは黙りこくったまま、何度も何度もそれら4つの写真を見返した。
どれも同じものだ。
写真で見るとアンの記憶もようやく形を成してきた。
そうだ、これは母さんの、あたしは知ってる。
 
 
「国宝級の宝が、しかも全く同じモンが4つもあるなんておかしな話だろう?」
 
 
アンは答えなかったが、胸の中では違う、と言っていた。
母さんのを入れたら5つだ。
 
 
「おかしな話なんだ。この宝はたった1つしか作られていねぇはずだ。ロジャーが死ぬ間際の宝石細工職人を掴まえて作らせたらしいからな。言葉のとおりそいつぁこの髪飾り作り終わってからぽっくりよ」
「…じゃあ、」
「ああ、偽モンだ。レプリカ、イミテーション、なんでもいい。とにかく似せて作らせた紛いモンなんだ。3つはな」
 
 
4つのうち3つが偽物。
じゃあひとつは。
 
 
「…どれかが、母さんの髪飾り…」
「そう、4つのうちたった1つだけ、お前の母親のもんだ。ただの金持ちが趣味で持ってていいもんじゃねぇ」
 
 
アンは言葉を失った。
だがすぐに雪崩のような疑問が流れ込んできた。
母さんが事故で死んだとき、この髪飾りをつけていたのだろうか。
幼いアンには母が事故でどのように死んでどんな様子だったかなんて想像も及ばなかったし、考えたくもなかった。
しかしよくよく考えてみたら、少なくともアンに手渡された両親の遺品の中にその髪飾りがあってもおかしくなかった。
なのに今、それはアンの手元にない。
 
 
「なんでって顔してやがるな」
 
 
ティーチはすっかり気を抜いていて、ラフィットにコーヒーのお替りを持ってこさせていた。
アンは膝の上で、ギュッと拳を握りしめた。
あたしが小さくて、まだ何もわからない子供だったから、母さんの髪飾りがこんなふうに世間に紛れてしまったんだ。
 
 
「お前の親が死んだとき…警察が家に来ただろう」
 
 
アンは小さく頷いた。
覚えている。
とても嫌な記憶だ。
一様に黒い服を着た大人が、心細さで消し飛んでしまいそうなこころをなんとか掴んでいたアンたちのもとに突然なだれ込んできた。
皆が皆沈痛な面持ちで、アンたちに両親の不幸を告げ、これから起こることをなんとか簡単な言葉で説明しようとしていた。
アンにはその言葉の半分さえわからなかった。
今ならわかる、そのあと行われたのは家宅捜査だ。
アンはハッと顔を上げた。
 
 
「そうさ、わかるだろう。ロジャーが死んで、奴の家は隅から隅まで警察に調べつくされた。まぁそれは元公務員のオレから見たって全うなことだ。ロジャーの立場を考えたら仕方がねぇ。だがおそらくそのときだ。髪飾りは警察の手のうちに行っちまった。
…んでこりゃあ間違いねぇことだが、そのとき警察の指揮を執ってたのはエドワード・ニューゲートだった」
 
 
またティーチの口調に憎々しさが沸いた。
 
 
「あいつがお前の母親の髪飾りを余所に流した。レプリカを作らせて人の目をごまかして金儲けさ。あの野郎はそういう、抜け目のねぇところがあった」
 
 
頭の中がぐるぐるする。
新しく出てきた事実がアンを押しつぶす。
アンはなんとか口を開いた。
 
 
「でも、そんなこと」
「できるのさ、あの男は。自分の周りに置く奴らを全部手の内に入れ込んじまって、何をしたって咎められやしねぇ。しかもアイツの守備範囲は警察の中だけじゃあなく行政府にまで伸びている。行政府のほうから気に入ったヤツを引っこ抜いては手下に組み込んで、ぶくぶくぶくぶく太ってったってわけよ」
 
 
アンは机の上に広がったままの雑誌を見るともなしに見ながら、憎々しげに語るティーチの言葉をぼんやりと聞いていた。
ティーチの話すことはどれもつじつまが通っているように思えた。
ラフィットが、アンの手の付けられていないコーヒーを新しいものに替えた。
ティーチはコーヒーをすすって、大仰なため息をつく。
 
 
「なあアン。お前ェ悔しくねぇか。お前の母親の形見が見ず知らずの金持ちのコレクションになって、勝手に自慢されて。4つのうちどれも相当な値がついて世間にゃ知られているが、本当はそんなもんじゃねぇんだ。なにより髪飾りはアン、母親の死んだ今、お前のものだろう?」
 
 
アンは膝の上で握りしめたままの拳を一度ゆるゆる開いて、またぎゅっと握りしめた。
悔しい。
父と母が死んだとき、呆けてばかりいた自分が悔しい。
ルフィとサボと離れたくないと、自分のことばかり考えていた自分が情けない。
断片的な記憶がアンの中にひとつ、またひとつと湧き上がる。
その中の一つで、ルージュが嬉しそうにアンの髪にあの髪飾りをつけたことがあった。
 
 
『やっぱり、アンには赤が似合うわね』
 
 
あのときあたしはなんて言ったっけ。
そんなのつけてたらサボたちと遊べない、とかなんとか言った気がする。
ルージュは笑って、それもそうねと言ったのだろうか。
 
死んでしまった母さんは、世間に流れてしまった髪飾りをどう思っているだろう。
あたしが髪飾りを持っていないと知ったら、どう思うんだろう。
 
 
ティーチはアンの顔と、握られた小さなこぶしを見比べるようにして「よく聞け」と言った。
 
 
「髪飾り、取り返したかねぇか」
 
 
ずく、と胸の奥が騒いだ。
取り返す──母さんの髪飾り。
ティーチはアンの返事を待たずに言葉を重ねた。
 
 
「オレなら手伝ってやれる。どうだ、のらねぇか」
「…ど、どうやって」
「盗むのさ」
 
 
アンがぎょっとして顔を上げると、ティーチはさも当たり前、とでもいうように笑いながら身を乗り出した。
 
 
「驚くこたぁねぇだろう。それ以外に何の方法がある?一軒一軒成金の家回って、それは私のなんで返してくださいとでも言うか?」
 
 
馬鹿馬鹿しい、とティーチは吐き捨てた。
 
 
「それがお前のである証拠は何一つとしてねぇんだ。玄関先で追っ払われるのが関の山だ。買戻しという手がないでもないが、お前にそんな金があるか?」
 
 
ティーチはアンの返答をわかりきっているようだった。
金なんて、宝石を買う金なんてあるわけない。
両親が残した遺産は20の娘が一人で背負うにはまだまだ莫大すぎるほど残っているが、それをすべて使って髪飾りを買い戻すなど──買い戻せたとしても、それからサボとルフィとどうやって暮らしていけばいいのか。
まだまだ始めたばかりのデリだけで生活していけるゆとりはない。
 
 
「アン、お前が腹ぁくくったなら、オレらはできる限りの手伝いをしようじゃねぇか。幸いオレの手下にゃいろんな面で役に立つ奴が多くてな。道具も手に入れられるし裏の顔も効くし、頭のいい奴もいる。そいつらの全動力をかけてお前をサポートできる。どうだ、なかなか頼りがいのある面子だと思わねぇか」
 
 
ぐらりと心が揺れて、しかしすぐに揺れた心を掴み直した。
じとりと下からティーチを睨みあげる。
 
 
「なんで…あんたはそんなことあたしに教えてくれるの」
 
 
精一杯不信と欺瞞を込めた顔つきでティーチを見返したつもりだったが、ティーチは心得顔でにやりとした。
 
 
「ゼハハハ、それを聞かれるのを待ってたぜ。
言っただろう、オレァエドワード・ニューゲートが嫌いだと。オレはずっと、何とかしてアイツのでかっぱなをへし折ってやろうと思っていた。偉そうに上から見下せるあの地位から引きずり落としてやりてぇんだ。ずっと、その方法を考えていた。そこでやっとお前ェの存在と髪飾りのことを知ったんだ。あのジジイはオレのことを扱いづらいがただのバカだと思ってやがるし、他の手下にするように甘い顔をする節もある。それを利用して髪飾りの情報を引き出した。これだと思ったんだ」
 
 
ティーチは沼から目だけを覗かせるワニのように底光りする目をギラギラと光らせた。
 
 
「4つの髪飾りを持っている奴らもまた、ニューゲートと手を結んでやがる。髪飾りを好き放題うっぱらってからも目を光らせ続けてんだ。だがそこでお前がまんまと宝石を盗んでみろ。エドワード・ニューゲートの信用は地に落ちる。そこでさらに、盗まれた宝石が世に流されて、それを目にしたお前がそれは自分の母親のものだと主張してみたとしよう。お前の主張が本物だと証明されたら、宝石の出所が問題になる。つまりはすべてニューゲートの責任問題に帰ってくるってわけだ」
 
 
どうだ出来た話だろう、とティーチは憑かれたように煌々と光る目で一気にしゃべった。
すべてがもっともらしく思えてくる。
 
 
「ニューゲートの話によるとな、お前ぇの本物の髪飾りには浅く、本当にわからねぇくらいに浅くお前の母親の名前が彫ってあるらしい。それを知っていねェとわからないくらい小さくな。だからお前が盗ってきたモンの中で本物を見分けることがオレたちならできる。そうしてお前は母親の形見を手に入れて大団円、オレァにっくきニューゲートを貶められて万々歳と、こういうわけだ。
どうだ、ちっとは信用できたか?」
 
 
アンはじっと、石のように固まって口を閉ざした。
少し考えたい。
ティーチはそれを汲み取ったのか、アンと同様に口を閉ざしてアンを待った。
 
 
 
──信用など、していない。
もっともらしいし筋が通った話ではあるが、ティーチという男のあの目にはアンの心に付け込もうとするような嫌な光が灯っている。
手下のラフィットでさえたまに同じ目の光を宿す。
サボもルフィも、ラフィットのことを当たり前だが好いてはいない。
 
しかし同時に、ティーチの話を簡単にはねつけられない思いも大きく膨らんでいた。
母さんの髪飾り。
あたしのせいで、簡単に金に換えられてしまった。
取り返したい。
父さんが母さんのために贈ったという髪飾りは、アンがちゃんと持っているのだと示してやりたかった。
ああ、と顔を覆ってしまいそうになる。
そんな弱弱しいところをこんなところで晒すわけにはいかないという理性が働いて体は動かないが、心はいろんな考えが渦巻いてぐちゃぐちゃしている。
気持ちは大きく一方に傾きかけていた。
 
 
「なに、今すぐ決めろとは言わねぇ。猶予期間をやろう。1週間だ。いい返事を聞かせてくれ」
 
 
アンの右側で、ラフィットが「車の準備をしてまいります」と言った。
 
 
 
 

 
 
サボとルフィの相槌は、話の途中からぷつりと途絶えた。
途中から質問や驚きの声などがさしはさまれることがなくなったので、アンの言葉もすらすらと口をついた。
サボはきつく唇を引き結んで、ルフィはぽかんと口を半開きにしてアンの話に聞き入った。
アンが話し終えると、しばらく呆然とした雰囲気の沈黙がぽとりと落ちた。
話の最後に、アンが決めた心のうちも伝えていた。
 
 
「本気か」
 
 
サボがぽつ、と低く呟いた。
アンが頷くと、そうかと言う。
 
 
「ならおれがする」
「はっ!?」
「ルージュさんの形見を取り返したいのはおれも同じだ。ならわざわざアンがすることない。おれが盗む」
「何言ってんの、そんなのダメに決まって」
「そんならサボよりおれの方がいいだろ!おれが一番身軽だ!」
 
 
アンの言葉を遮ってルフィまで声を高くした。
いいやおれがする、と堅い顔で繰り返すサボと、いいやおれだと一歩も引かないルフィ。
間に挟まれて、アンはますます頭がぐるぐるした。
 
 
「ちょ、ちょ、ストップ!待って!聞いて!」
 
 
慌ててソファを降り、ぐるると顔を突き合わせて今にも掴み合いに発展しそうな二人を裂くようにして間に入った。
アンに肩を押されて、サボがハッとしたように上げかけていた腰を下ろす。
ルフィはまだ納得のいかない顔でむすりとしている。
 
 
「ちがう、あたしがやりたいの。自分で」
 
 
自分の手で取り返したい。
そう言って、アンは二人の間にぺたんと座り込んだ。
ふたりの目を見られなかった。
ふたりにとってもルージュは母親なのに、やっぱり取り返すのは血の繋がった自分でありたいと思ってしまうことがとても浅ましく思えたのだ。
気まずさに目を逸らしてしまったアンに、ルフィがのんきな声で「それもそうか」と言ったので、アンは思わず怪訝な顔でルフィを見た。
さっきの喧嘩腰はどこへ行ったのか、ルフィはけろりとした顔で床に座り直して言った。
 
 
「アンの母ちゃんのだもんな。うん、アンがやるべきだ」
「ルフィ、でも」
「サボでもオレでもねぇ、アンが取り返した方が母ちゃんも喜ぶだろ」
 
 
反駁しようとしたサボは言葉を飲み込んだ。
ルフィは淡々とした声で、至極まともなことを言う。
サボのほうをちらりと見ると、何とも言えない顔つきでアンとルフィを見つめていた。
ルフィは場の雰囲気にそぐわないほど明るい笑顔を見せた。
 
 
「大丈夫だろ、アンなら。なんてたってアンだし、何かあればそのときおれたちが助けてやれる」
 
 
なっ!と同意を求められて、サボは渋い顔のまま微かにうなずいた。
アンが一人胸に抱えていた決意に、2人分の重みが増した。



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さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



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