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OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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4

仕事から帰るとリビングは真っ暗で、今日はナミさんも自室にいるようだった。
いや、もしかすると他の部屋にいるのかもしれないが、少なくともここにはいない。
暗闇の落ちた廊下に手探りで電気をつけ、キッチンで水を飲んだ。のどを通る水の音が耳の裏でいやに響く。
閉店した店内で潰れて一時間ほど寝たのち叩き起こされて帰ってきたので多少酔いが覚めていたが、アルコールが、鋼鉄のブーツを踏み鳴らすみたいに頭の血管を押しつぶす。
はあと息を吐くと、ぷんと酒臭さが広がった。肝臓腐ってねえかなとつぶやいて振り返ると、背後にぬっと人影が立っていたので悲鳴こそ上げなかったが俺は凍り付いたように立ち止まった。

「酒くせぇな」

人影は、その大きさのくせに足音もなく数歩こちらに歩いてくると、おれが水を飲んだコップをまた水で満たし、ぐいと飲みほした。
ゾロは濡れた口元を手の甲で拭い、大きく一つあくびする。動物じみたそのしぐさに、ようやくおれは緊張を解いて「なんだてめぇか」と口を開いた。

「こんな時間まで起きてんのかよ」
「明日ぁ夜勤なんだよ」
「お前、なんの仕事してんだっけ」
「……今は警備」

ふーん、と言いながら、この男と会話ができていることに心なしか安心している。昨日見た、切羽詰まって今にも人を斬りつけようかというような猟奇的な気配は、なりを潜めていた。

「お前、いつからここ住んでんだ」
「三年前かそこら」
「ふーん……なげぇな」
「普通だろ」

ゾロが、コップを洗うことなく乾燥棚にさかさまにして置く。
なあ昨日、と口を開くと、ゾロが眠たげな眼をこちらに向けた。

「んだ」
「いや……なんでもねェ」
「変な奴」

ぽつりとそれだけ言い残し、ゾロはまたひたひたとその図体に似合わない静かさで、リビングの出口から消えていった。捨て台詞のようなその言葉に小さな腹立たしさが立ち上ったが、なぜだかきちんと訊けなかった自分の情けなさが相まって、そのまま飲み込むしかなかった。



おれにとっての目覚めにはいささか早い朝の11時ごろ、ととと、と子供が楽しげに駆ける足音みたいな軽やかさで部屋の扉がノックされた。起き抜けの寝ぼけた顔で戸を開けたらナミさんが立っていて、ニッコリと笑う。あ、かわいい、と思う。ぱらぱらっと胸に小花が散る。

「おはよ。少し早かった?」
「や、うん、大丈夫。なにか?」

寝癖のついているであろう左側の髪をなでつけて、ずり落ちそうなスウェットを引き上げながら精一杯格好つけて微笑むと、さっと両手のひらを差し出された。

「お家賃、いただきに来ました」
「あ、はい」

そうか、もう引っ越してきて一ヶ月近くが経とうとしている。月末だった。
あわてて昨日着たスーツのポケットに入れっぱなしの財布を引っ張り出し、ちょうどの額を彼女の手のひらに乗せる。ナミさんは、几帳面に一枚ずつを銀行員のような手際の良さで確認すると、屈託なく光る目でおれを見上げた。

「お財布にたくさん入れてるのね」
「あ、たまたま。家賃もそろそろだと思って」

このシェアハウスは、家賃が引き落としではなく手渡しだ。初め説明を受けたときはめんどくせぇと口が曲がったが、こんなに可愛い管理人さんが毎月徴収に来てくれるのなら万々歳だし、つい色を付けて渡してしまいそうになる。
「はい、じゃあちょうど」と言って部屋を出ていこうとする彼女を引き留めようと、俺は慌てて言葉をつないだ。が、「いい天気みたいだね」というばかみたいなことしか出てこなかった。

「そう? ちょっと曇ってるわよ」
「あ、ほんと」
「でも、今くらいの時期が一番いいのかも。梅雨入り前で」

ナミさんが空気の匂いをかぐように、形の良い鼻を上へ向ける。つられて少し上を見ると時計が目に入り、今の時間を思い出す。ちょうど昼時だ。

「そろそろ昼だけど、よかったらメシ作ろうか」
「いいの? よかった、めんどくさいなと思ってたところ」

彼女に続いて部屋を出ながら「作るのが? 食べるのが?」と笑いながらきれいなうなじに尋ねる。
「作るのが。食べるのは好きよ」と彼女が答える。
ふたりで階段を降りていると、まるで新婚家庭のようだなあとうっとりするが、共用リビングの戸を開けたら男ばかりが三人揃っていて心底げんなりした。
ゾロのやつはリビングだと言うのにソファを占領し、寝こけている。
お、サンジだ、メシだ、と意識のある野郎どもがわらわらと寄ってくるのを押しのけて冷蔵庫の中を確認する。
おれがこうして昼飯を作るようになってから、冷蔵庫内のおれ専用スペースが増やされた。
というよりも、ナミさん含めここの住人たちはおれのスペースになにか食材を入れておけばメシにありつけると覚えたらしく、定期的に生野菜や肉魚類が補充されるようになった。
「秩序が戻って嬉しい限り」とナミさんが喜んだので、おれもそのスペースに奉納された食材を使い、その日いる奴らの分くらいは飯を作るようになった。
買ったばかりのような新鮮な白身魚が入っていたので、さっとムニエルにでもして、あとは副菜、と野菜室を覗き込む。そのかたわらでルフィがおれの手元を覗き込み、すかさず「肉がいい」という。

「今日は魚だ。肉がいいなら肉買ってこい」
「おれ今金ねえんだもんよぉ」
「お前大学生だろ、バイトとか仕送りとかねえのかよ」

つか何に使ってんだよ、と生態不明の男を振り返る。
張り付きそうなほど近くにいたのでいささかぎょっとするが、ルフィはいつも人との距離が近い。いつのまにか懐に入り込まれ、出ていってから「そういえば近かったな」と思わせるような自然なやり方で入り込んでくる。

「今週はいろいろ道具買っちまったからなあ、全部中古だけど」
「道具?」
「サンジくん知らないの、ルフィ、バスキングしてるのよ」

バスキング? 魚のパックを手に冷蔵庫の扉を閉めると、ルフィがあからさまにがっかりと眉を下げておれから二歩ほど離れた。

「バスキング。路上パフォーマーよ。この近くだとあそこの駅前でよくしてるわよね」

そう言ってナミさんはここから2駅先の駅名を口にした。駅前に大きな広場のある駅で、夜になるとストリートミュージシャンがわんさか出てくる界隈だ。
まじで、とルフィを見るといまだ恨めしそうにおれを見たまま「今日は肉がよかった……」と文句を垂れている。

「一度見に行くといいぜ、結構すごいんだぜこいつ」

ウソップがルフィに腕を回し、さり気なくおれから遠ざけてルフィをリビングへと引き戻していく。駄々をこねるルフィにまとわりつかれていると、おれの手元のスピードが落ちることを知っているのだ。

「猿よね」
「猿だな」
「おまえらしっけいだな!」

へえそりゃすげえ、と口先で答えてフライパンにバターを落とす。魚に塩とハーブをまぶし、軽く小麦粉をはたいた。

「ウソップ、パン焼いてくれ」
「お、今日ははえーな」
「おれの出がはえーんだよ。これ食ったらおれも出かける準備すっから、今日はかんたんなメシな」
「ふーん、用事?」
「いや仕事」

今日は同伴があった。美容院に寄って、土産のスイーツを買って行かなければならない。その前に風呂に入りたい。

「人気者ねえ」

ナミさんがふふっと笑って言った。背中を向けているので、その顔を確かめることができない。きっとパソコンに視線を落としたまま、ゆったりと肘をついて小説の一文でも読むように口にしたのだろう。ほんのすこしだけくちびるを動かす話し方で。

「ほいできた。おまえら持ってけ」
「おーほんとに早え」

ムニエルの付け合せはブロッコリーと舞茸のソテー、スープは昨日の残りのミネストローネにショートパスタを放り込んだ。おいしそう、とナミさんがパソコンを閉じる音が聞こえる。ほとんど同時に、彼女が「ゾロ」と呼ぶ声も。
今度こそ振り返った。ダイニングテーブルの向こう、ナミさんが手を伸ばし、ゾロの腹を薄い手のひらで叩いている。
「ごはん」という声にゾロがいびきを破裂させてむくりと起き上がる。二人から視線を引き剥がし、魚をよそった皿を5つ適当に並べた。

「ちょっとー、麦茶飲み干したやつ、ちゃんと次の作りなさいよ」

おれのすぐうしろから、ナミさんがかわいらしく怒る声が聞こえる。おれじゃない、を無言で示す野郎どものせいで彼女は腹を立てて大きな音で冷蔵庫を閉める。

「家賃上げるわよ」
「ごめんなさいおれです」

さっとウソップが手を上げたが、きっと奴ではないのだろう。ナミさんもわかっているかのように息をつくだけでそれ以上の追及はなかった。

「魚か」

席についたゾロが皿を覗き込み、寝起きの目をさらに細める。

「普通の焼き魚がよかった」
「文句言うなら食うな」
「そうだぞゾロ、お前もときどきは食材納めろよな」

へーへー、と気のない返事をするものの、ゾロは丁寧に両手を合わせ「いただきます」という。これをされるとおれは何も言えない。
食事は淡々と、おのおののスピードで済んでいく。特段これといった会話もないし、盛り上がる楽しい食事を繰り広げるわけでもない。
ただ全員が満足げに息をつき食べ終わるのを見ると、ぬるい水に足をつけたようなここちよさで満たされる。

「ごっそさん」

一番にゾロが食べ終わり、次にルフィ、ウソップ、と席を立っていく。おれはいつもわざとゆっくり最後まで食事をする。だいたいレディと同じスピードで。

「ごちそうさま。おいしかった」

二人きりの食卓でその言葉を聞き、薄い満足感が胸に広がる。さーっと広がり、伸びて消える。

「さーいっちょ午後もがんばりますか」

ナミさんが皿を片付けながら肩をぐるぐる回すので「肩でも揉もうか」と言いかけたがおっさんくさいなと思いやめた。
おれもこれから出かける準備をしなければならない。

「洗い物しとくわよ。仕事でしょ」
「いいの? じゃあお願いすっかな」

片手で拝む仕草をすると、ナミさんは「いいのよ」と軽く請け負ってくれた。
これがルフィやウソップだと間違いなく賃金が発生しているので、きっとおれの昼飯作りには対価が発生しているのだろう。

「今日はどこに行くの?」

部屋に戻りかけたおれの背中にナミさんが問いかける。足を止め、振り返った。少し考えてから口を開く。

「駅の方に買い物に行ってから、寿司、だったかな」
「へえ、そういうの全部向こう持ち?」

くしゅくしゅとスポンジを泡立てる頼りない音が届く。
肩甲骨の尖った背中に近付きながら、「どうかな」と言う。
背中に気配を感じたナミさんが振り返った。
泡にまみれた手で、すぐ後ろに立つおれを見上げる。
彼女を囲うようにシンクに腕を付き、覗き込んで唇に触れた。胸に骨ばった背中が当たり、足先から柔らかな刷毛で撫でられたようなむずがゆさが這い上がる。
ナミさんは何も言わなかった。
わりとすぐに舌を差し込み、薄目を開ける。
彼女の腹を片腕で抱き込んでも彼女の方から触れることはなかったので、きっとその手はまだ泡まみれだ。
強く吸うと小さな舌が答えるように動いたので、腹のあたりが熱くなる。わざと音を立てた。
がちゃんと音がして、はっと身を強張らせる。彼女から体を離し、振り返ったが誰もいなかった。誰かがそこの廊下を通り、玄関から出ていったのだろう。
じゃーと水の流れる音がして、ナミさんが何事もなかったかのように洗い物を再開した。その肩に額を乗せる。

「ナミさんとでかけてぇな」
「仕事でしょ。あんたにお金払わないといけなくなるからいやよ」
「仕事じゃないのをしてぇのさ」
「じゃあ私の仕事になるのかしら」

きゅっと音を立てて水が止まる。こらえきれなかった数滴が、吐水口から申し訳無さげに落ちた。

「管理人としての」

振り返った彼女の目がまっすぐにおれを捉え、静かに細まった。ぴんと伸びた茶色いまつげがわずかに揺れて、不意におれから視線を外す。

「さ、私ももうひと頑張り」
「仕事?」
「うん。月末だから忙しいの」

管理人業のかたわら、彼女はなにか書き物をしているらしい。メガネを掛けてソファで足を伸ばし、パソコンを睨む姿をよく見かけた。そういうときに声をかけても生返事しか帰ってこないが、何故か彼女は自室ではなく共用リビングで仕事をしていた。
忙しいの、という言葉のうらに、「もう行って」という意味を暗に読み取ってしまい、嫌われるのはやだなと思ったおれは素直に引き下がった。母親に「外で遊んで来なさい」と追い出された子供のようにしぶしぶといった感じで。

風呂に入り支度をして、14時頃に家を出るときにリビングを覗いたが彼女の姿はなかった。珍しく誰もいないがらんと冷えたそこを眺めて、おれも家を出た。



「ほい、今月」

封筒に入った薄い紙ぺらを手渡され、ういーっと返事のような呻きのような声とともにそれを受け取る。中を確かめることなく封筒を瞼の上に置いて、仰向けになって目を閉じた。
店のあちこちで伸びるスタッフの黒い体が汚れみたいに点在している。首筋からにおう酒臭さが、思い出したみたいに吐き気を誘った。

「サンジさん、今日一位っすよ」

黒服の男がグラスを回収しながらおれよりも嬉しげに声をかけてくる。まじで、と答えつつすぐに「それより水」と言うと、黒服は苦笑して水を取りに行った。
受け取った水を飲み干すと一瞬引いた吐き気が波になって訪れ、一度トイレで崩れ落ちるように吐いた。
帰るなら今だ。口をすすぎ、垂れた水をぬぐって頭を持ち上げる。毎度吐いてるわけではないが、特に今日は中盤で好調だという報告を受けたもんで調子に乗りすぎた。
給与明細をケツのポケットに突っ込んで立ち上がる。一度二度たたらを踏んで、黒服に「送ってくれ」と告げてソファに投げ出してあったジャケットを掴んだ。

「サンジさん、ケーキどうします」
「ケーキ?」
「ほら、今日もらったやつ」

小さなホールケーキに可愛らしいフルーツがあしらわれた、祝う対象のあいまいなそれを思い出した。誕生日でもなんでもないときにおれたちはよく祝われる。突然、何かが記念になる。

「食っていいよ」
「おれ甘いもんだめっす」
「おれ明日休みなんだよ」
「じゃあ持って帰ってくださいよ」

冷蔵庫から出してきます、と黒服はおれの返事も聞かずに厨房に引っ込んだ。おれが持ち帰らなければ、明日ゴミ箱行きだろう。甘党の誰かが食うかもしれないが、捨てられるかもしれない。
ケーキの箱を膝に乗せて車に揺られていると、まるでこれからこのケーキを持って誰かに会いに行くような気分になった。いまだ酒臭い息がこみ上げるのに、だ。
家の玄関は当たり前だがすでに消灯されていた。慣れた手付きで静かに鍵を開けて体を中に滑り込ませる。しかしどうしても、ここの玄関扉は音を立てずに閉めるということができない。がっちゃん、とわかりやすく金属の噛み合う音を響かせる。

「おかえり」

口を開けた暗がりから声をした。驚くことはなかった。予想していた、というほどではないが、頭のほんの片隅でやっぱりと思う。

「ただいまナミさん」

寝てないの? と空気だけの声で尋ねる。夕方に少し寝た、と帰ってくる声はどこかまったりと平べったい。
おれが近付いても、暗がりに立つ彼女は動かなかった。体を寄せ、そっと屈んで唇をつける。
う、と彼女が小さくうめいた。

「お酒くさ」
「ごめん」
「お風呂入ってよ」

彼女の頬に、額に、唇を滑らせながら考える。するのか、彼女はおれとしたくて待ってたのか、と酔った頭でぼんやりと思う。

「ケーキ食わね」
「なに、急に」
「もらいもん。知ってる?」

箱に書かれた店の名前を口にすると、よく見えないはずの彼女の目がちらりと光った気がした。

「知ってる。有名じゃない」
「食おうよ」

彼女の腰を抱き、リビングの扉を開く。
明かりはつけないままソファに座らせて、「皿とか取ってくるね」とキッチンへ向かうおれの袖を彼女が掴んだ。

「いい。洗い物が増えるから」
「いいっつって、ホールケーキなんだよ。小さいけど」

箱を開けて中を見せる。窓の灯にぼんやりと浮かび上がった箱の中身にナミさんは目を凝らし、「ほんとだ」と言った。

「なんのお祝い? サンジくん誕生日?」
「いんや」
「私が食べてもいいやつ?」
「もちろん」

流石にフォークはいるだろう。そう思って再び立ち上がりかけたとき、ナミさんはおもむろにホールケーキに指を突っ込んだ。
え、と声を上げることもできなかった。
細い指が、生クリームにめり込んでいる。そのまま四本ほどの指がケーキをごっそりと掻き出した。
小さく薄い手のひらの先に乗ったケーキが、おれに差し出される。

「サンジくん酔ってるのね」
「……もしかしてナミさんも酔ってる?」
「まさか。しらふよ」

どうぞ。
まるで遠くから獲物の品定めをする動物のように、ナミさんがおれを見据える。
喉を鳴らしそうになり、あわててこらえる。強く美しい獣のようなその顔に欲情していた。ただ、飲みすぎたせいか下半身は静かで、それも彼女にはばれているような気がした。
差し出されたスポンジと生クリームの塊に顔を近づける。ほのかに洋酒が香る。今にも落ちそうなひとかたまりが指の先にぶら下がっていて、おれはそれを指ごと口に含んだ。
舌を動かし指の間まで生クリームを舐め取ってから口を離す。ナミさんはじっとおれを見ている。

「──うまい」
「この店、シュークリームが有名なのよね、本当は」

ナミさんはおれがくい残した手の上のそれをみずからの口に運び、ぺろんとなめるように食べた。
知ってる? と言いながら、また彼女は容赦なくケーキに指を突っ込む。

「あまいものって、手で食べるともっとあまいのよ」

彼女は、今度はおれに食べさせてはくれなかった。自分の口に大きなかたまりを運び、ごくんと飲み込むみたいに食べてしまう。
口の端にクリームが付いていた。捕食中の動物を邪魔するような気持ちになり、手を伸ばすことができなかった。
やがてそのクリームも、小さな舌にぺろりと舐め取られてしまう。

「ごちそうさま」

不意にそう言って、ナミさんは立ち上がった。おれの足をまたぎ越し、汚れた手を洗うこともなくリビングを出ていこうとする。 
引き止める言葉もなく、「おやすみ」とつぶやいた。
ナミさんは立ち止まり、なぜかとてもくすぐったそうにこちらを振り返って「おやすみなさい」と笑って出ていった。

指の跡がはっきりと残る、えぐれたケーキが妙に扇情的だった。
そのせいか眠くもなく、手でケーキを頬張る彼女の姿を何度も思い返しているうちに窓の外は白んでいた。





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私の姉は、誰もが疲れたときに疲れた顔を見せないひとだった。
ああ疲れた、面倒くさい、と彼女が言うときは決まってまだいけるでしょうというくらいで、私がもう無理だと思う頃にふと姉を見ると、けろっとした顔でなにも考えてないふうに前を見ている。
こいつ強い、と気付いたのは随分大人になってからだったけど、その頃にはすでに私もまるで屁でもないような顔で面倒ごとで溢れた日々をやりくりできるようになっていた。
でも、扉の重たい店は嫌いだ。
そのよいしょの力を出すのが億劫なときだってある。

「お疲れさまです」

真正面から聞こえた声に顔を上げたとき、ふっとバターが香った。溶けて焦げた、あの甘ったれた香り。
カウンターの正面から私におしぼりとコースターを差し出して、男はわずかに微笑んだ。
長い前髪が鬱陶しい、でも整えた髭が清潔な印象を与える。唇だけでありがとうと言ってジンを頼んだ。
男がカウンターの奥に立ち去ってから、お疲れに見えたかなと自分の頬を押さえる。日曜日の22時すぎにこんな大きな鞄を持って一人で飲みに来た女なんて、たいてい疲れてるものか。
目の前にナッツの小皿とグラスが置かれて、わりと一気に飲んだ。

「おかわりください」

振り返った男は少しも驚かずに「はい」と低い声で答えた。その手は大きな銀色の袋を持ち上げていて、中身を一気に大きな機械にぶちまける。
ざららららとコーヒー豆が大きな透明のカップに注がれて、やがて大きな音で削られていった。

「うるさくしてすみません」

いつの間にか手元に新しいグラスが届いている。男の手は豆を挽く機械を押さえたままだ。この男がお酒を作るわけではないらしい。
いいえ、と小さく答えた。

大きなコンロから、青い炎がはみださんばかりに燃えている。そこに二つ、ビーカーを思わせるコーヒーポットが危なげに置かれてあっという間にぶくぶくと沸き立ち始めた。
ひょいとそれを取り上げて、男がくるくると腕を回すととたんにコーヒーの香りが流れてくる。
ああいい匂い、と思ったら、あっという間に出来上がったコーヒーは他の席に運ばれていってしまった。
そうだ私のじゃないんだった。
コーヒーの匂いを感じながらお酒を飲んでいると、何か悪いことをしているような気まずさがある。

男はコーヒーを使っていたカウンターの反対側、私に背を向けて、何かフライパンを動かし始めた。
黒いエプロンは店のオレンジ色の光を吸い込んでしまって男がいるキッチンだけやけに暗い。
手元のナッツを無意識に口に運ぶ。しょっぱくてびっくりした。ああでもお酒にあって美味しいな。ポリンといい音がした。
やがてまた流れてくる。バターの匂いだ。甘く焦げて、じれったいみたいな、いい音と一緒に何かが焼けている。水分が染み出しては蒸発するじゅわじゅわした音が耳を通り過ぎて私の喉に直接やってくる。思わず唾を飲み込んだ。
男がフライパンからさっと皿に移してあっという間にどこかのテーブルへ持っていったあれは、フレンチトーストだった。黄色い表面に綺麗な焼き色がついて、ふうわりと湯気のたった美しいそれを思わず目で追い、唇が薄く開く。
ああ、美味しそう。

「何か食べる?」

声をかけられて、男がいつの間にか目の前まで戻ってきていることに気付いた。いつまでもフレンチトーストの残り香を探してしまっていた。
首を振りかけて、思いとどまり、ちらりとあの香りの行く末に目をやってしまう。

「フレンチトースト、食べる?」

まるで友達かと言いたくなるような口調で、男は言った。

「お酒と合わないわ」
「じゃあコーヒー飲む?」

今挽いたところだから美味しいよ、と言って男はコーヒーポットをまた火にかけた。
ごちそうさま、といって客が一人帰っていく。私の背後で扉が開き、また閉まる。
ありがとうございました、と低くはっきりと男は言ってカウンターに置かれた金を片手でさっと掴んで仕舞った。コーヒーを淹れる仕草とは打って変わって随分乱暴な気がして、思わず男の顔を見た。
目があって、前髪の隠さない片方の目が私に向けてそっと細くなる。

「食べようかな、フレンチトースト」
「コーヒーは?」
「……コーヒーも」

当然だとでもいうように、男は頷いた。
半分ほど残ったジンをすすっていると、やがてまたあの香りがやってくる。
バターは濃くて重くてしつこい記憶がからみあう。妙なノスタルジーを感じさせるから、好きじゃなかった。でもこんなにも近くで、すぐそこでじゅうじゅうと音を立てるそれはてらいなくああいい匂い、と思わせる。近すぎて拒めない。

「おまたせしました」

とん、と軽く置かれた大きなお皿に、台形のフレンチトーストがお互いに支え合うようにして二つ。ふわっと香ったのは、いつのまにかバターではなく砂糖とミルクだった。じわりと口の中が湿る。
手元にナイフがなかった。フォークを手に取ったとき、そばにコーヒーが置かれた。
フォークの側面をトーストに沈ませる。むっちりとした感触が手に伝わる。ぷつんときれいに切れた。
口に含む。男が見ている。口の中でも優しい。でも鮮烈な甘さと香ばしさがパンから染み出して、思わず手元のお皿を見下ろした。おいしい。
すぐに次の一切れを口に含む。弾力があるのにどこでこんなにたくさんのミルクを抱えているんだろうというくらい、口の中いっぱいにミルクが香る。追いかけるみたいにバターがやってきて、砂糖の甘さをコーヒーと一緒に喉の奥に流し込む。

「うまい?」

顔を上げると、男が笑った。私は黙ってうなずいて、次の一切れを口に運ぶ。
お腹なんて空いていなかったのに、四つ切りほどの厚さのそれはあっというまになくなった。コーヒーも同じタイミングで。
唇にトーストのかけらがついている。指で拭ってなめると、名残惜しい甘さがすっと舌の上に乗ってすぐに消えた。
しばらく、呆けたようにからのお皿を眺めていた。長くお風呂に使っていたような心地よい疲労感があった。

「傘、持ってる?」

カウンターの内側でカップを拭いていた男が突然尋ねた。
問われたことの意味がわからず少し長く男の顔を見つめる。男は困ったように少し笑って、「雨降ってきたよ」と言った。慌てて振り返って窓を探したが、ここは地下なんだった。持っていない。

「ここ、23時までなんだ。すぐ電車か何か乗る?」
「ううん、歩いて」

んー、と少し男は考えて、「待ってて」と言って奥に引っ込んだ。時計に目をやって、明日もあるしそろそろ帰らなきゃと財布を取り出していたら男は大きな黒い傘を手に持ってやってきた。

「よかったら使って」
「いいの?」
「誰かの忘れ物だから、もらってくれていいよ」

私は少し体を起こして、男を眺めた。コンマ3秒くらい。なにというわけでもなかった。ありがとう、と言ってお会計を頼む。
男は店の出口まで見送りに来た。傘を受け取ろうとしたら「上まで」というので、地上に続く階段を一緒にのぼる。店を出るとき少し周りを見渡したら、いつの間にか私の他に客はなかった。
外は結構な雨が降っていた。こういうところがよくない、と私は自分に顔をしかめる。雨が降るとわかっていたのに、会社に傘もおいていたのに、今日はまっすぐ家に帰れば雨が降り出す前には帰れると思ってあえて傘を持たなかった。結局寄り道をして、あーあと思う羽目になる。
姉は時々言っていた。「あんたって、ときどき自分からハズレくじ引きにいくよね」
たしかに、と思うことがままある。

「気をつけてね」と言って、一段低いところに立った男はわざわざ私のために傘を開いてくれた。
ありがとうと言って受け取ろうとしたとき、私たちは同時に上を見て「あ」とつぶやいた。
骨が折れている。しかも一本じゃなく二本。さらには傘のてっぺんに穴が空いていた。
あっけにとられて黙った私に、男も黙ってそっと傘を閉じた。

「傘、これしかないんだ」

男は傘を持たない方の手で整えた髭を撫でた。

「おれの傘はあるんだけど」
「あんたも傘をささないと帰れない」
「そうだね」

とりあえず、といって男は階下を指差した。

「店で待っててよ」

男がきびすを返すので、私も子供のようにそのうしろをついていった。のぼったはずの階段を、また降りていく。店の入口のオレンジ色のランプがちかっと一度点滅する。
タクシーは呼ばせてもらえないらしい。
私はまたしてもハズレくじを引こうとしてるのだろうかと考えながら、男が開けた店にまた入っていった。


拍手[19回]


※ネタバレお気遣いしてません。


公開初日に観に行こうと思ってたのが、ずるずると遅くになって。
盆明けの仕事始め初日が金曜日だったので、えいやと観に行ってきた。

いや〜〜〜

よかったよ??

でもこれまでと毛色違って、純粋に楽しみたいと思っていたはずが観ながらいろいろ考えてた。
挿入歌がちょくちょく懐かしくって、ノスタルジー誘ってくる感じだったところとか。
ともかく、好きなところだけざかざか復習したい。
忘れないうちに、帰りの道中 on トレイン。

・絵が、絵が原作に近いタッチ!
ロビンちゃんの目が特に尾田感出ててすきだった〜〜
あの目見てると、かなり特徴的だからCP化したときに相手に言及してほしくなっちゃう。
だからロビンちゃんが画面に現れるたび近くにいるゾロの方ちらちら観たりして、本当に脳内が不純でした。

・でてくるでてくるエピソードオブ的これまでのサブキャラたち。
みんないとしいな〜と改めて思う。
1万89巻読んで、あ~このキャラいたいた、この人気付かなかったとか見るのも楽しい。
あでも、ミホーク出てきたときはちょっと笑っちゃった。
シッケアールの家族がゾロの応援に来たとしか思えなかった(実際いいサポートでした)

・MCの緑頭の女の子……そばかす……名前「アン」……ずきゅん(ちょう好み)

・ローさん麦わらの一味のことすごく信頼してくれてる…
一味も「手当手当~!」って普通に受け入れてたから、あそうなんだ~って。君たちがいいならいいんだよ。
あとやっぱりすごく黄色パーカーが似合うね。

・たしぎちゃん戦うとこ観たかったな〜
ヒナさんの能力が無敵にしか思えない。

・最悪の世代(ローさん除く)の船がかっこいい。
共闘してるのすごいよかった~共闘してるつもりなくてもお互いが相手を利用しようと思うと息が合っちゃうんだな~
なにげにボニーが出てきたのが嬉しかった。「あっ元気~!?」って言いたくなる。

・戦闘シーン、今までのどの映画よりも多い。
戦闘シーンだいすきだからうーん痺れると思いつつ観てたけど、SWとかGOLDの冒険風味とはちがって、どちらかというとZ風なのかなあという印象。

・ナミさんのクリマタクトからゼウスが出てきたから、みんなの装備の時系列的にはWCI後ワノ国前かな

・ハンコックめっちゃ美女じゃない? え、めっちゃ美女じゃない?
大画面で見ると本当美しくて、すごい素直に相変わらずルフィのことが好きでほんとかわいい……
衣装も豪華で似合っててすきだわあ。

・ウソップの種が破裂するの心待ちにしすぎて、最後ソワソワした。

・どうかするとシャンクス出てくるんじゃと思った

・スモーカーとサンジの戦い、もっとじっくり観たかったな~
でもスモーカーとサボも熱かった。

・ローが考えた秘策がわりとずさん()

・アンちゃん~~~~~~~~~~~~~~うっ……ええ”ず……(えづいて言葉にならない



GOLDを観たときは、観終わった瞬間「よし二回目いつ行こう」と思って、実際2回目はお友達と見に行ったけども
今回はどうだろう~2Dで二度目はよいです、なきもち。
でも4DX気になる。
なに4DXて?四次元?と持って調べたら、椅子が揺れたり熱風吹き出したり水が飛んできたり、あのユニバさんのターミネーターみたいなやつなんですね。
あそれはちょっと気になるかも、と思って悩み中。公開中しか体感できないしなあ。

今回のスタンピード観てたら、なんだかすごくSWを観たい気持ちになった。
だってあの頃はまだルフィ17歳だもんなあ……
そうだスタンピのサンジ見てて、とても21歳には見えないと改めて思ったことを思い出した。
目頭あたりの皺が描き込まれていて、老けては見えないけどすごくおとなっぽく見えた。かっこいいなあと。
サンジが一番19→21の顔面の変化が描き込まれてる気がする。あでもゾロもかなあ。

……二年前のサンジと同い年のはずだったんだけどなあおかしいなあ。

とっても無益な感想になってしまった。
もっと観てるときはいろいろ思ったはずだけど、どんどんこぼれてってしまう。
だからこそもう一回観ておきたい気もするなあやっぱり映画館で見るのと地上波は全然別物だし。

ジャンプもおってないし単行本もどうかすると2巻分まとめて買ったりするのんびり追っかけだけど、
相変わらずだいすきなのは変わりなかった。

4DX良い感じで観たほうが良いとのことでしたらぜひ教えてください。

拍手[4回]

しゃぼん玉が鼻先でぱちんと割れた。偶然にも、そのタイミングでナミさんがくしゅんと可愛らしいくしゃみをしたのでおっと肌寒くなってきたかなとむき出しの細い肩に腕を回したら、触れるか触れないかのうちにぎゅっと手の甲をつねられた。
仕方なく、あと少しのところで彼女に触れられたはずの手を引っ込めて、代わりにナミさんが持っていた買い物袋をその手から取り上げた。

「持つよ」
「いいわよ。あんたの方がもういっぱい持ってる」
「大丈夫、貸して」

やんわりと、しかし少し強引に奪い取る。ナミさんは小さく「ありがと」とつぶやいて袋を手放した。

「しゃぼん玉、どこから飛んできたのかね」
「しゃぼん玉?」

ほら、と顔を上げて顎で指し示すと、彼女もつられて顔を上げた。上空の、そんなに高くないところをふよふよとこころもとなく泳いでいる丸がある。しばらく立ち止まって、ふたりでぼんやりとそれを見上げていた。

「本当だ、何だろ」

突然、ごーんと低く鐘の音が響き渡った。思わずびくっと肩を揺らして音のした方を振り返る。

「…なるほど」

遠くに、教会が見えた。小さく鐘が揺れているのが見える。耳を澄ませば、人々の歓声や拍手、鳥の羽ばたきの音なんかが聞こえてきた。

「結婚式ね」
「見てく?」
「なんでよ」

ふっと鼻で笑って、ナミさんは歩き出した。あわてて俺もその後を追う。

「いいなーってなるじゃん。想像膨らむじゃん」
「海賊が見に来てたら幸先悪いでしょ」

それもそうか、と思い直す。
どっかでメシ食べてく? と顔を覗き込んだが、ナミさんはしっかりと首を振った。

「帰りましょ」

うん、と答えながら、いつもよりかたくなな気がするその小さな背中を見下ろしていた。




食堂のドアノブには、その日からしばらく花冠が掛けられていた。おれたちが見に行かなかった結婚式に、ウソップとチョッパーがたまたま通りがかっていたのだ。道端にフラワーシャワーの花々が落ちていて、それが珍しく茎のついた生花だったからと拾い集めてきたのだという。なんという乙女メンタル。
チョッパーがそれを使って花冠を作った。きれいだからとドアノブに掛けた。しかし、生花は枯れる。すでにしおしおと花は下を向き、花弁は茶色く染まろうとしている。
夕食後の皿洗い中に人の気配を感じて振り返ったら、その花冠を指先に引っ掛けたナミさんだった。

「んあんナミさん」
「なにか温かいのある?」
「すぐ淹れるよ。それ、どうした?」
「枯れてきてたから」

捨てるのだろうかと思ったが、ナミさんはカウンターに花冠を置いて自身もその前に座った。
ナミさんが思いを巡らすようにじっと花冠を見つめるので、

「式、やっぱり見に行けばよかったな」
「そうね」

思いがけない返事に振り返ると、ナミさんはぷちっと思い切りよく花冠の花弁を一枚ちぎった。
手の指でその薄い花びらをこねている。

「……ウエディングドレス姿のナミさん、もう一度見てぇなあ」
「もうまっぴらなんですけど」

スリラーバーグの一件を思い出して舌を出す彼女に笑い返して、カップに注いだ紅茶を差し出す。おれだってまっぴらではあるが、ナミさんが美しかったのは事実だ。
ナミさんはまだ熱いはずのカップに口をつけて、ふとおれを見上げた。

「いいなって言ってたけど、したいの?」
「結婚?」
「うん」
「ナミさんとなら」
「そういうのいいから」

真顔で遮られて、うーんと頭を掻く。

「正直あんま興味ねえけど、海賊だし。でもバラティエで時々やってたからさ、式っつーか、披露宴。なんともなしにいいなーとは思ったよ」
「へえ。バラティエでできるんだ」
「海上だからなかなか大変だけどな、海好きにはたまらんだろうな」
「海賊向きね」

ふふっと笑った彼女が可愛くて、もっと近くで見ようとそれとなくカウンターを回った。

「私、ちゃんとそういうの見たことないな」
「じゃあ自分のが初めてになるな」

ナミさんがきょとんと目を丸くするので、あれなんかへんなこと言ったっけと口をつぐむ。
しかし彼女はなんでもなかったように紅茶に目を落とし、「そうかもね」と静かにつぶやいた。
隣に腰を下ろして、「どんなのにする?」とおずおず尋ねてみた。

「私の?」
「そう、ナミさんの」
「結婚式?」
「うん」

そうね、と彼女は少し考えるように前を向いて、ぽつりと「ココヤシ村かな、やっぱり」と言った。それがいいと思う、とおれは大きくうなずく。

「でも、村の人達に見られるのもなんかね、やだから」
「恥ずかしい?」
「そうかも」
「でもきっと見に来るよ」
「たぶんね」

ナミさんは歯を見せて笑った。故郷のことを思い出すとき、ナミさんはこの笑い方をする。

「ゲンさんと、ノジコと。あとはドクターくらいかな」
「ずいぶん少ないね」
「そうかしら」

ちっともそうは思わないとでもいうようにナミさんは首を傾げた。

「ドレスは? どうする?」
「あそっか。ココヤシ村じゃ買えないな。帰る前にどこかに寄らないと」

まるで食材の買い出しみたいな気軽さで言うのでつい笑ってしまう。

「ていうか、ウソップ作ってくれたりしないかな。お金が浮くわ」
「ああ、できちまいそうだな」
「浮いたお金で宝石買ってもいいわね」

これくらいの? と指で輪っかを作ると、ナミさんは「ううん、もっと。これくらい」と細い指で一回り大きな輪っかを作った。

「ダイヤモンド?」
「そうね、やっぱり」

ドレスよりずっと高く付きそうだ。

「靴は?」
「そうね、ドレスをゴージャスにしてシンプルなハイヒールでもいいし……ロビンと相談したい」

うんうんとうなずきながら、おれはいつ言おうかと小さな顔をちらちらと覗く。

「そうだ、ケーキ。ウエディングケーキはサンジくんが作ってくれるでしょ」
「もちろん」
「よね。料理のことは心配ないし」

あとは、と考えを巡らす彼女を前にして、ついに想像の中に自分が役割を持って登場してしまったので耐えきれずに言った。

「でもナミさん、ひとりではできないよ」

ナミさんは頬杖をついていた手から顎を少し浮かせて、ほんの一秒の間を開けて「わかってるわよ」と怒ったふりと笑ったふりを同居させながら言った。

「てか、する予定なんかないし。帰る予定もまだないし」
「でもいつでもできるよ」
「なんでよ」
「おれがいるから」

ナミさんはまた一拍の間を開けて、カウンターの上で両肘を組んでそこに頬を置いた。そしてにやりと笑っておれを見る。

「興味ないって言ったわ」
「それより先に、ナミさんとならって言った」
「ふうん。じゃあ、あんたのはどんな式にするの」
「そうだな、場所はイーストブルーの温暖でみかんが特産の小さい村かな。街からちょっと離れた丘に立ってる家で。ゲストはこの船の奴らと、家族が少し。花嫁さんは知り合いの鼻がなげえのが作ったドレスを着て、こんなでっかいダイヤモンドの指輪をはめてる。そんでウエディングケーキはもちろんおれが作る」

あはは、とナミさんは頬をつけたまま声を上げて笑った。
「それ、私の」と。

「そうだよ、おれたちの」
「ううん、私の」
「おれたちの」

私のだってば、と笑いながらナミさんが目を伏せた。そのすきにぎゅっと椅子を寄せて距離を詰める。肩が触れたがナミさんは気づかないふりをして目を伏せたままだ。
テーブルと距離の近い彼女の姿勢のまねをして、おれも背中を丸めて顔を寄せた。彼女の頬の温度が感じられるくらい近くで、触れた肩がじんと熱い。

「叶うかね」
「さあ」
「も少し先かね」
「少なくとも」

ナミさんはいやにはっきりと「まだ帰らない」と言った。それもそうだとおれはうなずく。
ナミさんがちらりと視線をよこした。

「くっつかないで」
「誰も来ないよ」
「そういう問題じゃあないのよ」

じゃあ、何が問題なんだろう。二人の間の温度と湿度はじゅうぶんなほど高いというのに。
部屋にはふたりだけで、肩が触れていて、頬もあと数センチ、少し動かせば指も絡まる。そっと膝を開くと彼女のそれにぶつかった。いそぎんちゃくの先っぽに触ったときみたいに、細い脚はぎゅっと縮まる。

「なんの話してたんだっけ」

言わせたくてわざと尋ねると、意外に素直なナミさんは言いにくそうにしながらも「けっこん」とつぶやいた。
そうだったね、とおれはしらばっくれる。
もしもナミさんが、と切り出すと彼女の視線がこちらに向くのがわかった。

「おれにウエディングケーキを作ってほしいときが来たら」
「作ってくれる?」

どうだろうな、と思う。考えようとするも、やっぱり考えたくなくてわざともやもやした気持ちのまま答えをだすのをやめてしまう。
答えないおれを、怪訝な顔で彼女が覗き見たので代わりに言った。

「キスしてもいい?」
「ケーキの話はどこいったのよ」
「キスしてから考えよっかなって」

呆れた顔で、彼女はカウンターから体を起こした。せっかくくっついていた肩が離れて、ひんやりした空気が触れる。
髪を後ろに払った彼女は呆れ顔のまま「律儀ね」と言って立ち上がった。

「キスするのにはお伺い立てるのに、私の結婚式は乗っ取るつもりなの」

「うん」としか言いようがない。「ケーキの話だけど」と切り出すと彼女はおれを見下ろした。

「頼まれたら作るよ。でも、おれとの式じゃなけりゃ乗っ取ってぶち壊すよ」
「最低」

そう言って笑ったナミさんが少しうれしそうだったので、今ならもしかしてと思って腰へ伸ばした手はやっぱり目一杯つねりあげられた。


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年末だ!雪だ!寒い!寒い!

ごぶさたしてました。
今年、私の住んでた地域はこれでもかというくらい暑くて、夏なんか最高気温が三七度(サンナミ度)だと「あっ涼しい」と思うくらい暑くてへぇへぇしてましたが、みなさま元気にお過ごしでしょうか。

またもや年の瀬がやってきてしまって、私が俄然テンションが上がっております。
なんでだろう、年末年始お正月大好き。12月と1月大好き。
過ぎていく今年も平成も全然惜しくないし、ただただ次の年が楽しみ。
別に能天気ポジティブな思想でそう思うわけじゃなくて、ただ何かが生まれ変わって去年の嫌なこととかはなかったことにできる気がするから。
能天気ポジティブなだけだった。

さて。

今年はあんまり書けなかったなあ・・・と思いながら、書いたものを見返してみた。
そしたらプリマの3とか、サンジ誕もなにか書いてるし、現パロの続きとか、わりとサンナミ書いてた。全部上半期のことだけども、おう、書いてるじゃんとほっとした。
打って変わって下半期はちょっと生活環境かわったこともあって、全然書けなかったなあ。
他のもの書いてたっていうのもあるけど、サンナミ以外のCPも書けたら良かった。あ、プリマで書いたか。

個人的には、プリマ3のウソカヤがすごくすきだった。
あの子達、今後どうするんだろ・・・って私もわからないところがすきだった。

続き、作りたいと思います。
できれば本にしたくて、どこかで頒布するめども立ってないんですが、最悪通頒のみでもいいから、プリマたちの再録+続きを描き下ろしたいと思ってます。
量が・・・多くて・・・ちょっとたいへん。
続き書くにしても、4人分書きたいしな・・・
気の向くままに、少しずつでも編集していけたらいいなあ。

そういえば、既刊のサンナミ、ペルビビ本はBoothを始めたこともあって、サンナミ現パロを1種類残して完売しました。
ありがとうございます!
ペルビビ本が意外と早く完売したことがうれしかったです。
なんだみんなペルビビ好きじゃ~ん、て。


OPはひっそりこっそりと単行本を追ってます。
相変わらず愛しいです。
ナミさんがどんどんきれいになっていく。
嫁入り前なのかな?
どうか来年もいいサンナミを拝めますように。


私生活では9月に引っ越しをして、寮生活が始まったのだけど、まーーーーたのしいことたのしいこと。
や、仕事の時間は普通につらいねたいわからんと思ってるのだけど、不便を感じつつも寮生活が「女子校ってこんな感じかな?」みたいな雰囲気で楽しい。
周りの同僚たちがクラスメイトみたいな感じで仲良くしてくれるので、学生気分で楽しんでる。
狭い居室も少しずつ快適になってきた。

と、入寮しているものの、今年は入籍もしたので、夫ができました。
私は単身赴任中。
近くの家に週末だけ帰ってる状態です。
ちらっと事情を話した人生の先輩のおねえさまたちには、「それくらいがいいのかもね~」ってめっちゃ言われる。
まだ一緒に住んでいるとは言えない状況ですが、夫氏ともたのしくやっていける来年にしたいと思います。
家で、米津玄師のLemonのPVまねして踊るのが今年のブームでした。
夫が後ろのダンサー(手を上に上げて下げるの繰り返すだけ)。


と、いろいろありましたが、来年もどうぞよろしくお願いいたします。
たくさんの萌えをくださった創作主の方々も、こんな素人話を読んでくれたりさらには感想を送ってくれたりする読み手の方々も、本当にありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

本、出すぞーーー!!(決意表明)



2018.12.30 こまつな

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 麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。



我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。

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