OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
マルコの姿が見えなかったので、一度甲板から去りマルコの部屋を覗いた。
しかしそこにも目的の姿はなく、アンは首をひねりつつとてとてと廊下を歩く。
別段用事があるわけではなかった。
ただなんとなくマルコがいないというそのことがとてもアンを不安定な気分にさせる。
輪になって酒を飲む男たちの中できょろきょろと首を回して、一度マルコを探し始めるともう見つけるまでおしりが落ち着かない。
だからアンは立ち上がって、マルコを探した。
冬島と秋島のちょうど間の海域に差し掛かった一昨日あたりから、肌寒い日が続いている。
ランプの頼りない灯りが照らす廊下を歩いていると、むき出しのアンの肩を冷たい風がぺろりと舐めるように吹き去って行って、アンは無意識に肩をすくめた。
しかし酒のおかげか、顔だけはほかほかと温かい。
まぶたもじんわりと温かくて気を抜いたらすとんと寝落ちてしまいそうだったが、マルコを探す足は止まらなかった。
アンはぼんやりと霞のかかった頭のまま船の中をさまよった。
みんな甲板で宴をしているので、誰にも会わない。
マルコの気配は見つけられない。
気配を隠す必要などないのだから、きっと大勢の人にマルコも紛れていて見つけられないだけだ。
ということはやはりマルコもまだ甲板にいるのだ。
アンはもう一度外に出た。
「マルコ?さあ、部屋戻ってねぇか?アイツに新年も何も関係ねぇからなあ」
「部屋いなかった」
「マジ?じゃあわりぃ、わかんねぇわ」
サッチはぽんぽんとアンの頭の上に手を落とした。
いいのありがとうと返すと、にっこり笑って手にしたジョッキの酒を呷る。
アンはサッチが作る輪の中から外れて、また歩き出した。
「マルコ…は、悪いアン、俺は見てないな」
「そう…」
「何か用があるなら見かけたときに伝えておこうか」
「ううん、いい、ありがと」
ジョズが巨体をかがめてアンを見送る。
アンはまた、一つの輪の中から外れて歩き出した。
もうここは、船の船首に近い本当の端っこだ。
ふと視線を上げると、モビーの白い頭の上に人が一人座っているのが見えた。
黒い後頭部が覗いている。
「イゾー」
声を上げて手を振ると、振り返ったイゾウは意味もなく不敵な笑みを見せた。
アンは声を張り上げた。
「マルコ知らなーい?」
「マルコ?さぁ、知らねぇなあ」
特に叫んでいるわけでもなさそうなのに、なぜかイゾウの声はよく通る。
ひとりで呑むことが珍しくないイゾウは、よくこの船首の上で酒をたしなんでいたりする。
宴の最中にイゾウを探そうと思えば、ここか宴の輪の中にいて涼しい顔で酒を呷りながら隊員に無茶ぶりを仕掛けているかどちらかなので、簡単に見つけられる。
しかしマルコにはそうやって思い当たる場所がない。
だからアンはこうしてしらみつぶしに広い甲板をあてどなく歩き探すしかないのだ。
アンはイゾウに礼を告げて立ち去ろうとした。
しかしすぐに呼び止められる。
「オヤジに聞いてみろ」
なるほど、と手を打ったアンは、すぐさま白ひげの特等席へと向かった。
寒い風が吹きすさぶ甲板の上でも、酒とその場の雰囲気でいろいろ忘れてしまったクルーたちにとって寒さなど気にするほどでもないらしい。
服を脱ぎ散らかした隊員たちもごろごろいる。
さらにいうと、白ひげの足元にはたくさんのクルーが群がっているので、その熱気はすさまじい。
これならオヤジもあったかくていいだろうと思ったが、アンからすれば少しどころじゃなくむさくるしい。
アンは足元に転がる男たちを踏みつぶさないようよけてつま先で歩きながら、そして時には誤って踏んでしまいぐぇっと言う声を聞きながら、白ひげの元へと近づいて行った。
おォアン、と大きく低い声が迎えてくれる。
「オヤジ、マルコがいない」
「マルコォ?あぁ、見てねぇなァ」
「しごと?」
「いや、特に言いつけた覚えはねぇ」
どっかでひとり呑んでるんだろう、ともっともらしいことを言う。
そしてからかうようにグララと笑った。
「珍しいな、アン、おめぇの鼻でも見つけられねぇのか」
「酔ってるからね」
「アホンダラァ、酔っ払いは自分で酔ったなんざ言わねぇモンだ」
そうっすよ、隊長飲みましょうと白ひげの右足の後ろに隠れていた隊員が赤い顔をへらへら緩ませて声をかけた。
「マルコ見つけたらね」
「なんだアン、マルコに用でもあるのか」
「そういうわけでもないんだけど」
アンの返答に赤ら顔の隊員は首をかしげたが、白ひげはまたグララと笑うだけだった。
「この船の上でひとりで呑める場所なんてそう多くはねぇ。その辺にいるだろうよ」
白ひげのそのアドバイスを頼りに、アンはまた歩き出した。
ひとりで呑める場所。
モビーの上にはイゾウがいた。マルコの部屋にはいなかった。
食堂、会議室、風呂…呑もうと思えば呑める場所だが、殺風景な食堂や会議室でマルコが一人呑んでいるとは考えにくいし、能力者が水につかって酒を飲むなど自殺行為だ。
マルコはそんなにバカじゃない。
ふと、視界の少し上あたり、船の最前部にあるフォアマストの向こう側の夜空で星が流れた。
空気の澄んだ冬島の海域では、目を瞠るほど美しい星空も風物詩のひとつだ。
流れ星など別段珍しいものではないが、それでもアンの心は少しふわりと浮かんだ。
今日は天気もいい。
星は玩具箱からぶちまかされたおもちゃのように無秩序に、そして余すことなく夜空に散らばっている。
光は遠かったり近かったりして、しかしどれもかわらずまばゆい。
アンはつい立ち止まって上を見上げ、思わずあ、と呟いた。
マルコの居場所に思い当った。
メインマストの最上部、見張り台の上。
ぎっ、ぎっ、とロープを鳴らして上っていく。
もはや確信に近い気持ちがアンにじれったささえ感じさせた。
ロープ梯子の最後の段に手をかけて、ひょこりと顔を覗かせる。
見張り台の中では、付きだしたメインマストに背をもたれさせて気だるげにグラスをかたげるマルコがいた。
アンは悪戯に成功したかのような顔でにやりと笑った。
「──見つけた」
「見つかったよい」
登ってきているのがアンだと、きっと疑いもしなかったのだろう。
マルコは当然のようにアンを迎え入れた。
といっても座ったまま、アンがとんと軽く見張り台の中に乗り込んでくるのを眺めているだけだ。
アンはためらいなくすとんとマルコの隣に腰を下ろした。
「見張りの奴は?」
「オレが代わるっつって降りさせた」
マルコはそう言いながら、アンにグラスを差し出す。
これマルコのじゃんと言うと、オレはここから呑むからと瓶を掲げた。
「邪魔した?」
「いいや」
構わねぇ、とマルコは静かに言った。
しばらくの間、ふたりは黙ったまま酒を飲んだ。
マルコが持っていた酒にアンがひとくち口をつけると、ぴりっと舌がしびれるほど辛い酒だった。
アンが好んで飲む種類の味ではないけれど、目が覚めてちょうどいいやとかまわず一口流し込む。
途端にぼっと目のあたりが熱くなった。
「いい…宴だったかい」
「うん」
アンは迷わず頷いた。
マルコも満足そうに瓶に口をつける。
年が明けてアンの誕生日を迎えてからここ三日、毎晩宴が続いている。
どれだけ新年を祝っても祝っても、祝いきれないのだ。
新しい年を迎えて、今を生きていることを喜ぶ気持ちは誰も抑えきれない。
初っ端がアンの誕生日パーティーだったこともあいまって、今や下火ではあるとはいえ未だ誰も宴の火を消火できていない。
「昨年も…思ったけどさ」
「ん」
「誕生日とか…新年とか…祝ってさ、みんなでお酒飲んで」
マルコは黙って先を促した。
「こんな楽しいこといっぺんに来ちゃっていいのかなって、おもう…」
もったいない、と呟いたアンに、思わずマルコは笑った。
「小分けにして来いってか」
「…それもなんか微妙だな」
ぎゅ、と顔をしかめて真剣に考えだしたらしいアンは、そもそもなんであたしの誕生日はこの日なんだ、と言っても仕方ないことを呟いている。
マルコにとっては、誕生日なんて関係ないほっとけー!と叫んでいた一年前が少し懐かしい。
考えても仕方ないと悟ったのか、アンはかくんと首を後ろにそらせて頭をマストに預けた。
そうするとちょうど視界は星空でいっぱいになるのだ。
「すごいよ、星」
「ああ、すげぇ数だよい」
「きれいだとおもう?」
「こんなにいっぱいあるとな」
苦笑するようにマルコはそう言った。
「眩しいもんね」
「あぁ」
「あたしは…きれいだとおもうけど」
「お前がそう思うなら、そうなんだろうよい」
投げやりにも聞こえそうなほどぽんと放たれたその言葉が、嬉しくてアンは俯いた。
マルコの言葉は、アンのすべてを許してくれる。
また新しい一年が始まったのだとアンはマルコに寄り添いながら思った。
PR
ちらほらと白い埃のような軽い粒が曇天から降ってきた。
甲板に人気はない。
マルコは船べりに両肘を預けて細い煙草を吸った。
すうっとたよりない煙が空に昇って背景の灰色に混じる。
その景色がよりいっそう気温を寒く感じさせた。
背後で扉の開く音がする。
見なくてもわかる。
そいつは寒い寒いと腕をさすり手のひらをこすり合わせながらマルコに近づき、その隣に同じようにもたれかかった。
「お前も追い出されたクチか、マルコさんよ」
「そういうお前もだろい、サッチ」
「今日はしょうがねぇ」
「ああしょうがねぇ」
そう、クリスマスだから。
そう言って、マルコもサッチも微妙な顔つきでただぼんやりと海を眺めるしかない。
分厚い深緑のコートを羽織ったサッチは、襟元を片手で寄せ集めるようにして掴み外気を遮る。
そうすると幾分温かいような気がするのだ。
白ひげ海賊団にクリスマスと言う祝い事が持ち込まれたのはいつのころからだろう。
少なくとも、マルコとサッチがまだ今のアンの歳の時にはすでに定着した行事だった気がする。
もとは西の海に伝わる宗教的要素の強い祭りらしいが、詳しいことは誰も知らない。
ただ、クリスマスと名付けられたこの日は、すべてのクルーに無礼講が許される唯一の日だ。
いつもの宴の比ではない。
酒は飲み放題服は脱ぎ放題、海には飛び込む喧嘩も始まるで大喧騒の渦の中となるのだ。
無礼講と言うだけあって、隊長たちへの無体もこの日は許されるので、たった一晩だけこの船の上の秩序は崩壊する。
白ひげもナースが止めないのをいいことに飲み続けるため、次の日は部屋から出られなく(正確には出してもらえなく)なるのだが。
そんなしっちゃかめっちゃかな日であるため、このクリスマスとやらが西の海に伝わる聖人君子の誕生日だと知ったときにはマルコもサッチもそれは驚いた。
自分たちは見ず知らずの個人の誕生日をわけもわからず祝っていたのかと。
──すぐにそんな謂れなどどうでもよくなるのだが。
そして白ひげ海賊団のクリスマスはそれだけでは終わらない。
各隊の隊員たちから愛し敬う隊長たちにプレゼントが用意される。
それはめったに手に入らない銘酒だったり、欲しがっていた武器だったり、はたまた手の込んだお手製だったりと隊によって多種多様だ。
「オレァ去年アレだったな。土鍋」
「ドナベ?あぁ。あの妙な形の鍋かい」
「ワノ国の鍋らしくってさ、熱の伝わりすっげぇいいの!保温もできるし」
今年はなんだろナー、と水平線に視線を投げかけるサッチの声は、言うまでもなく弾んでいる。
隊員たちがそうであるように、隊長だってクルーが可愛くて仕方ないのだ。
そんな彼らからもらうプレゼントを楽しみにせずじっとしていろと言う方が土台無理な話だ。
「マルコは去年なんだったっけ」
「…羽ペン」
一年前のちょうど今日を思い出したのか、マルコは少し顔をしかめた。
サッチがけたけた笑い出す。
「そうそう、そうだったな、アレだろ『不死鳥の羽ペン』」
一番隊のクルーたちは、愛する隊長に彼自身の羽を用いて作った羽ペンをプレゼントした。
マルコが変化する時を見計らい、落ちた数少ない羽根の中から形のしっかりしたものを選りすぐったらしい。
その時のマルコの顔と言ったら。
「おっ、ここにもはじかれモンが二人」
背後から聞こえた声に振り返ると、ハルタとラクヨウがちょうど船室から出てきたところだった。
ふたりとも寒そうに、分厚いコートを着込んでいる。
ハルタはマフラーに耳あて、手袋の完全防寒だ。
小さな顔はすっぽり薄黄色のマフラーに埋もれていて、そこから大きな眼だけがきょろっと覗いている。
「食堂は使うなって言ったのに…」
ハルタが不満げに口を尖らせるが、今日は仕方ねぇよとサッチが宥めた。
食堂は今や12番隊と15番隊のプレゼント製作所と化しているらしく、当然隊長たちは立ち入り禁止だ。
どうやらその二隊のプレゼントは彼らのお手製であるらしい。
「サッチとマルコは何で外に出てんの?」
ハルタの問いに、あー、と二人同時に不明瞭な声を発する。
「オレんとこの奴らも自分たちの大部屋でなんかやってるらしくてよい、俺が近くをうろうろしてっとばったり出くわしてネタがばれると困るからどっか行ってろだとよい」
「オレらんとこも似たようなもんだぜー。部屋で大人しくしてろ大部屋には近づくなっつって」
ハハ、と乾いた苦笑いがみんなを包む。
いつの間にか甲板にはほかの隊長たちもちらほらと姿を見せだしていた。
みんな考えることは同じだ。
クリスマス前はオヤジの計らいで仕事が減る。
もちろんそのために前一週間は仕事の量は殺人的に増えるのだが、ともかくクリスマスとその前日に仕事のない隊長たちは暇を持て余して、なんとなく海でも見るかと言う気になるのだ。
「そーいやうちの仔猫ちゃんは?」
「缶詰めんなってるよい。明日ァオフだから今日のうちにやれるだけやっとけっつったら珍しく張り切ってたよい」
「そりゃまた珍しい」
いつの間にかサッチの隣で煙管を口に咥えたイゾウが、首の後ろの後れ毛を指先で撫でつける。
「二番隊も張り切ってんだろなあ、アンにとっちゃ初めてのクリスマスだろ」
「…あぁ、」
いまいち煮え切らない返答をしたマルコに、サッチがんん?と言葉を促す。
マルコは口の中で言葉を転がすように言い淀んで、首の後ろを荒く擦ってから口を開いた。
「…つーかアイツ、多分クリスマス知らねぇよい」
「は?」
特に大きくもないマルコの声に、それでも甲板にいた全員が振り返った。
「おいおいまじかよ、つーかお前そんとき教えてやれよ」
「でけぇ宴がある、っつったよい」
「伝わらねぇ!それじゃたいしていつもとかわんねぇ!」
「そうじゃなくてもっと他にいろいろあんだろ!プレゼントもらえるとか」
ぎゃあぎゃあと飛び出した非難に、マルコはふんと顔を背けた。
「当日んなりゃわかるだろい」
「…まっ、おれらもクリスマスっつって正直、よくわかってねぇしな」
「そういう祭りの日に乗っかってるだけだしな」
「つーかなんでクリスマスにプレゼントやったりもらったりすんのかも知らねぇな」
確かに、と全員が口をつぐんだ。
今や甲板に集まる隊長たちはアン以外全員だ。
「…そういやどっかで聞いたんだが」
本で読んだんだったか?と口を開いたのはジョズだ。
随分と昔読んだ西の海の古い本。
そこに記された西の海のとある冬島ではクリスマスの夜、全身真っ赤な装束を着てたっぷりとひげをはやしたサンタクロースという名の老人がこれまた真っ赤な乗り物に乗り空を駆け、夜な夜な寝ている子供の靴下の中にプレゼントを突っ込んでいくという事件が多発していたらしい。
「…んだそれ、怖ァッ!」
「なに、クリスマスってんな物騒な日の祭りだったのか!?」
「珍妙なことするジジイがいたもんだ」
さまざまな感想が飛び交うが、ともかくクリスマスプレゼントの謂れはそう言うものらしい。
「つーかその話だと、プレゼントもらうのは子供だけらしいな…」
「…そういや、」
「そうとなるとプレゼントもらえんのはアンだけってことか」
「ハルタもいけんじゃね」
「おれは大人だ!!」
「じゃあクリスマスはアンのための日だったのか」
「アンがプレゼントもらう日ってことか」
「いい日だな」
「ああいい日だ」
「──じゃあ、オレらどうする?」
寒空の下で頭を向き合わせた15人の男たちは、そろってにいと口角を上げた。
*
25日その日の朝、二番隊の部屋が並ぶ廊下に、ほあああーー!!と絶叫ならぬ歓声が響き渡った。
「隊長!?」
時刻はまだそう遅くない、おそらく7時ごろ。
乱れいって寝ていた隊員たちは自身の布団をはねのけて慌ててアンの部屋へと駆けつけた。
そして躊躇なくドアを開け、数人が中に飛び込んだ。
後ろからはぞくぞくと二番隊隊員が走ってくる。
中は相変わらず飾りっ気のない部屋。
毛布は床の上へ落ちている。
ベッドの上にアンがいた。
ぺたんとそこに座り込んで、両手に包んだ手の中のものを食い入るように見つめている。
隊員のひとりが、おそるおそるアンに歩み寄り口を開いた。
「…隊長?」
「さんたくろーす!」
「は?」
「サンタクロース来た!」
隊員たちがその言葉に目を丸めると、アンは彼らの前にずいと手の中のものを見せつけるように突き出した。
緑色の、アンの手に収まってしまうような小さな箱。
赤いリボンがかかっていた。
「こりゃあ…?」
「さっき起きたら!ここに!」
そう言いアンは枕元を指差した。
隊員全員がアンの導くままそこへ視線を移し、また同時にアンへと戻す。
「すごい!イゾウの言ってたとおりだ!」
アンは小さな箱を胸に抱くように抱え直して、にかりと笑った。
こんなサプライズ聞いてないぞ、なんだイゾウ隊長の言ってたことって、とこそこそ言い合っていた隊員たちもその笑顔に思わずつられてにへりとだらしなく頬を緩めてしまう。
「なに入ってたんすか?」
ひとりの隊員がそう言うと、アンは思い出したようにぽんとベッドを打った。
「まだ開けてない」
かくっと拍子抜けした隊員たちにへへっと笑い、アンは箱のリボンに手をかけた。
昨日の晩、ふらりとアンの部屋にやってきたイゾウの言っていたことを思い出す。
サンタクロースと言うなんとも素敵な存在。
枕元にプレゼントを置いて行ってくれる、だから今日は早く寝ろと言ってイゾウはアンを寝かしつけた。
いつもは隊員が起こしに来るまで深く深く眠っているアンも、そのせいで朝早く起きてこのプレゼントを見つけたわけで──
アンは緑色の箱のふたをそっと持ち上げた。
「…なにこれ」
中にはぺらりと一枚の紙切れ。
欲しいものと言ったらおいしいもの、ごはん、肉、としか連想できずに自然と食べ物が入っているはずだと思い込んでいたアンは、箱の中に入っていた薄っぺらい一枚を覗き込んで目を細めた。
「…これだけ?」
いつのまにか隊員たちもアンと一緒に箱の中を覗き込んでいる。
よくよく考えてみれば、アンの手のひらに収まるサイズの箱の中にアンが望むような食べ物が入っているとは考えにくい。
アンは見るからにがっかりした顔で肩を落とした。
「…食えないじゃん」
何考えてるんだサンタクロースは、と呟いたアンをとりなすように周りの隊員が口を開いた。
「で、その紙切れなんなんすか?」
「ああ、紙…」
気乗りしない顔でアンが紙をとりだす。
四つ折りにされたそれを広げると、変わった字体で文字が並んでいた。
確かどこかで見たことがある。『フデ』というペンで書いた文字だ。
真っ黒の文字が光っている。
【空に一番近く】
「…そら?」
「どういうことっすか」
「…知んないよ」
「なんだ、空に一番近いって」
「場所の話?」
「空に一番近いっつったら…メインマストじゃね?」
「ああ、見張り台?」
アンはぽんと膝を打った。
「お前ら頭いいな!!」
褒められた隊員たちはそろいもそろって頬を赤らめて頭をかいた。
アンはその場にすっくと立ち上がる。
「ありがとう!行ってみる!わけわかんないけど!」
裸足の脚をベッドに下したアンは、サイドテーブルからひったくるようにいつものテンガロンハットを手に取りブーツに足を突っ込んだ。
隊員たちが慌てて道を開けると、今やアンの部屋に群がるようにして集まっていた隊員たちの間を擦り抜けるようにして一目散にメインマストへと駆けて行った。
「…なんだったんだ、あれ」
「さあ…でもあれ」
「…イゾウ隊長の字だよな…」
*
とりあえず上った。メインマストに上った。
ちらほらと舞い落ちてくる雪は昨日からだが、どれも埃のような小さなものなので船に積もりはしない。
冬島を通るたびに雪が積もるのを心待ちにしていたアンにとってそれは残念だが、今はそれどころではない。
「…で?」
上ったはいいものの、それからどうすればいいんだろう。
「空に、一番近い…」
アンはひっくりかえりそうなほど顔をのけぞらせて空を仰いだ。
一面灰色の空には、確かにこの場所が一番近そうだ。
アンは空を見上げたまま首をひねって考えた。
と、つい足元がおぼつかなくなって後ろによろけた。
「…っと、」
後ろに足を出して体を支えたその時、ぐしゃっと足元で嫌な音がして足の裏からなにか四角い感触がした。
慌てて視線を下ろし足を上げると、そこには先程枕もとで見つけたものと同じ色形の小さなプレゼント箱。
「うあああっ、踏ん、踏んじゃった…!」
思わずひとり叫んで慌てて足元のそれを拾い上げた。
無残にも、四角い角の一角がアンのかかとによって踏みつぶされている。
空に近いというから、上ばかり見ていて足元は気にしていなかったのだ。
(…誰のだろ、これ、どうしよ…)
不恰好につぶれてしまったプレゼントを手に、アンは右往左往した。
手の中でリボンは外れかかり、箱も浮いてしまっている。
アンは手の中のそれをしばらく見つめて、ついそっと開けてしまった。
アンのではないかもしれないが、もしかしたらそうかもしれないし、何より中身が気になった。
中にはまた、一枚の紙切れ。
確信した。これはあたしへのだ。
【海に一番近い】
「…次は海ぃ?」
先程とは異なる字体で書かれている言葉はまた謎めいている。
アンは今度こそ首をひねった。
またどこかへアンを導こうと言うのだろうか。
(…とりあえず、海か…)
海に一番近いなら、船べりや船の端ということかもしれない。
アンは帽子をかぶり直し、手の中の紙とりあえずポケットに突っ込んだ。
アンは見張り台の手すりに足をかけ、とんと蹴ってそこから一気に落下した。
*
海、海、と呟きながらアンは船を縁取るように歩き回った。
視線はずっと足元に固定したままだ。
きっとまた、あの緑色の箱が落ちているはずだ。
モビーは広い。
船を一周しようとともなると、歩けば数十分はかかってしまう。
それでもアンは丁寧に、足元に視線を据えて船べりに沿って歩き続けた。
しかしあの箱は、アンが船を2周しても見つからない。
(おっかしいな…海に一番近いって、もしかしてここじゃない?)
元来考えるのも考え直すのも得意ではないアンは、すでに行き詰まってしまった。
もしかして船の外側か?そのほうが確かに海には近い、とアンが船の外壁を覗き込もうと半身を外に出したその時、うしろから穏やかな声が危ないですよとアンを止めた。
航海士の一人だ。手にいくつかの資料を持っている。
「どうかされました?」
「いやあ、それがさ」
こういうわけでとアンは事情を説明した。
朝プレゼントを見つけたところからメインマストに上り今に至るところまで、説明が苦手なアンの話は行きつ戻りつしたが、航海士は丁寧に相槌を打ちながら最後まで聞いてくれた。
最後に航海士はふむと眼鏡のふちを持ち上げた。
「『空に一番近い』が上なら、『海に一番近い』が下、ということはないですか?」
「下?」
「船の一番上がメインマスト、船の一番下は」
「船底?」
「…に一番近い、」
「操縦室か!」
航海士はにっこりと笑った。
「行ってみる!ありがと!」
航海士に礼を言ったアンの脚は既に駆け出している。
背中ではテンガロンがぴょこぴょこ跳ねていた。
おかげで、航海士のメリークリスマスと言う言葉をアンは聞き損ねた。
*
だかだかブーツを鳴らして、何段もの階段を転げ落ちるように駆け下りた。
謎解きは苦手だが冒険は好きだ。
その気持ちが無性にアンをわくわくさせた。
操縦室の扉をバンと開くと、中にいたどこかの隊の若い下っ端隊員がびくりと肩をすくめた。
「あ、アン隊長!?」
「よっ!なあプレゼント知らない!?」
開口一番そう言ったアンに、隊員は目を白黒させた。
「プ、プレゼントですか?」
「そう、こんくらいの大きさで、緑色の箱で、赤いリボンがかかってる…」
「ああ、それなら朝からそこに」
そう言って隊員が指さした先にはひとつの古い舵輪。
そしてそこには赤いリボンで、お目当ての箱がぶらさがっていた。
「これ!」
アンは即座に駆け寄り、舵輪を動かさないようそっとプレゼントを取り外した。
操舵は船長をしていた昔も、勿論今もアンにとっては無縁なものだったのでそのしくみはよくわからない。
わからないなら弄らないのが一番だ。
アンは舵輪から少し離れて、しかしその場でプレゼントを紐解いた。
隊員が舵輪片手に遠目にアンを見ている。
もう驚きはしない、中にはやはり一枚の紙切れだ。
【白い頭の上】
またどこかに近い、と言われたらどうしようかと思っていたアンだが、今度の言葉にもすぐにはてなマークが浮かんだ。
「…白い頭?」
いの一番に思い浮かんだのは白ひげの顔だ。
白と言われれば条件反射で彼の人の顔を思い出す。
(たしかにオヤジは(髭が)白いし…、頭の上にも登ろうと思えば登れると思うけど…、いやでもあそこにプレゼントは…)
頭をひねってひねって答えの見つからないアンは、今度も助けを求めることにした。
「なあ、白い頭の上ってどこだと思う?」
「えっ!?白?」
突然話を振られた隊員は、驚いたのか舵輪から手を離してしまいガラガラ音を立てて舵輪が勝手に回った。
うわあと慌てて舵輪を掴み直す。
アンが苦笑すると、隊員は心底恥ずかしそうに俯いた。
「…オヤジ…ですかね」
「だよなあ、やっぱそう思うよなあ」
うんうんしょうがない、としたり顔で頷いたものの、しかしそれでは話が進まない。
「でもそうじゃないっぽくってさ、どっか場所の話なんだけど」
「場所…ですか…」
「そう、空に近い場所がメインマストで、海に近い場所がここ。で、次が白い頭の上ってわけなんだけど」
隊員はしっかりと舵輪を握りしめたまま、少し考えるように目線を上にあげた。
「…それじゃあ、この船のどこかに白い場所があるってことですよね」
「ん?おお、そう、そうなるな」
白い場所…と隊員とアンは同時に呟いた。
そしてほぼ同時に、二人の頭上で豆電球がピカリと光る。
「モビーの頭!」
一緒に叫んだ二人は、しばらく顔を見合わせて静止し、それから小さく笑った。
「仕事邪魔してごめん!助かったありがと!」
「いえ、俺は」
「ナミュールにあんたが一生懸命働いてたって言っとくから!じゃ!」
つむじ風のように来たときと同じくどたばた去って行ったアンの背中を見送って、隊員はやはり照れて俯いた。
初めてアンと話したこと、アンが自分の隊をわかっていたこと、ありがとうと言われたこと、もうどれが嬉しいのかわからない。
*
アンは今度も一目散に船首へとむかった。
広い甲板を突っ切るアンを、何人もの隊員が不思議そうに目で追っている。
ようやく船首に辿りついたアンは、よじのぼるようにして白く広いモビーの頭の上へと出た。
雪景色よりも白い、本当の白。
広いその上にはただ白が広がるだけでアンの目当てのものは何もなく――
と思ったところで、ふと一点にアンの目が留まった。
モビーの口に近い、本当に本当に船の先。
そこにひとつだけシミのように、緑色の箱が置いてあった。
目を輝かせて近づきそれを拾い上げたアンは、今度も迷わずプレゼントを紐解く。
船は波に合わせて大きく揺れ、プレゼントもろともアンも転げ落ちてしまいそうだが今はそんなことに構っていられない。
箱の中からまた、紙切れを取り出した。
【ごちそうの匂いと】
「ごちそう!」
黄色い声を上げたが、ごちそうという単語に反応してしまっただけで特に意味はない。
アンは箱を手に握ったまま、じっと紙切れを睨む勢いで見つめる。
ごちそう、の匂い、がする場所。
ひとつしかないじゃないか。
今度こそ一人でひらめいたアンは、「危ないっすよー!」と甲板から声をかけてくるクルーに「もう降りる!」と叫び返して、甲板に降りたその足でそのまま食堂へと駆けだした。
*
「はこぉ!」
目的の単語を叫びながら、まるで道場破りのように食堂の大きな扉を開けた。
中にはアンが想像していた以上の数の人がいる。
彼らは食堂の扉が開くと、びくりと身をすくめて一斉に扉の方に首を回したが、現れたのがアンだと分かると納得顔で力を抜いた。
アンがここに来ることをわかっていたという顔だ。
「はこっ、なあ、はこっ」
とりあえず近くにいた隊員に唐突にそう言ってみると、その隊員は苦笑いで黙ったまま厨房のほうを指さした。
(そうか、ごちそうのにおいは、厨房!)
アンはテーブルと人の間をくぐって食堂と厨房を仕切るカウンターへと身を乗り出した。
今夜は宴と言うだけあって、厨房の中は午前中の今も忙しげに多くのコックが働いている。
おおーいと呼びかけると、でっぷりとした貫禄のあるコック長が顔を覗かせた。
「お、アン来たな」
「プレゼント知らない!?」
「あれだろう、緑の…」
「それ!ちょうだい!」
「預かってるぜ」
コック長は、アンのあずかり知らぬ厨房の棚の下からアンが思い描く箱を取り出した。
ほいと渡されて、アンは嬉々として受け取るがそれと同時に首をひねった。
「…預かってるって、誰から?」
そういえばこの箱はいつもいつも、誰がどうしてアンのためにいろんな場所に置いたんだろう。
そんな疑問も同時にコック長に尋ねると、彼はいろいろ詰まっていそうな腹を撫でながらにやりと笑う。
「お前さんのサンタクロースたちからさ」
「…たち?」
「まあ開けちゃあどうだ」
コック長に促され、アンは思い出したようにリボンをほどいた。
コック長はカウンターに太い腕をついてそれを眺めている。
アンは箱の中の紙を取り出し、コック長にも見えるようカウンターにそれを広げた。
【大きな扉の】
「扉…?」
首をかしげるアンと一緒に、コック長も目を眇めて肉のついた顎をさする。
しかしアンは、今までこの謎解きを繰り返してきたときよりもすぐに、誰にヒントをもらうこともせずひらめいた。
この船の中で、食堂よりも大きな二枚扉。
「オヤジの部屋だ!」
コック長はほおと口を縦に伸ばし、感心した顔でアンを眺めた。
「成程、確かにあれが一番でけぇ扉だ」
「行ってくる!」
即座に踵を返し走り出そうとしたアンだが、それより早く背後から太い腕がにゅっと伸びてきてアンの首根っこをがっしり掴んだ。
捉えられた猫状態のアンは目をぱちくりさせてから、じれったそうに振り返る。
「なに?」
「まあ待て、いいモン持ってきてやるから」
そう言うとコック長はアンを離して喧騒の渦の中、厨房へと戻っていく。
大きな銀色の冷蔵庫の中を覗いていたかと思うと、そこから長方形の小さな箱を取り出した。
小さく見えるのは彼の分厚い片手のひらにちょこんと乗っているからで、実際近くで見てみるとアンの両手のひらにわたるほどの長さがある。
手を出せと言われて言われるままに差し出すと、アンの手のひらに、その紙箱はぽんと乗せられた。
ひんやりと冷気が手のひらに伝わる。
アンはくんっと鼻を一つ鳴らしてその中身に思い当り、すぐさま箱を開いた。
「ケーキ!ロールケーキ!」
茶色い生地に白い粉砂糖がかかったそれを、アンは覗き込みながら黄色い歓声を上げた。
コック長の大きな丸い顔も満足げに柔らかい笑みを浮かべる。
「ありがと!これ今日のおやつ!?ひとりいっこ?」
そう叫んでから、はたと動きを止めたアンはぺたりとお腹に手を当てた。
「…そう言えば今日朝ご飯も何も食べてない…」
「ハハッ、一生懸命宝探しでもしてたのか」
ちゃんととってある、とコック長はカウンターの脇から大きな皿をアンの目の前に引きずり出した。
こんもりとアン専用の食事が盛られている。
「んん、ん~、食べたい、けど、先にこっち済ましてくる!」
ぴっとコック長の目の前に謎解きのメッセージが記された紙切れを突き出した。
そして、残しといて!と言い置いて、今度こそアンは背中のテンガロンをひるがえして駆けていった。
手にはしっかりとケーキの箱を抱えている。
中身が振動で跳ねてしまわないよう、頭の上に掲げながら器用に走っていく後ろ姿を、アンのためにクリスマスケーキを締まりのない顔で作ったコックたちは満足げな顔で見送っていた。
*
「オッヤジッ!」
ノックもそこそこに、大きな扉に飛びつくようにして開けた。
まだベッドの上に腰かけたままの白ひげは、アンの登場に驚いたふうもなく細い目をさらに細めた。
「おはよっ、オヤジッ、オヤジッ」
ぴょんと大きなベッドの飛び乗ると、もらったケーキはサイドテーブルに置いてアンはよじ登るようにして大きな膝の上に乗りあがる。
興奮した様子のアンを、白ひげは始終楽しげに見下ろしていた。
「なんだアン、朝からちょこまかしてるらしいじゃねぇか」
「ちょこまかってか、オヤジッ、緑の箱、なんかよくわかんないけど誰かからあたしにって預かってない!?」
「ああん?さァな、どうだったかなァ…」
「ちょ、絶対知ってるじゃん!」
それちょーだい!と地団駄を踏む勢いでアンが叫ぶと、白ひげは身体を揺らしてあの特徴的な笑い声をあげた。
そしてひょいと手を伸ばし、ベッドサイドにおいてある大きな引き出しの中からアンのお目当てのそれを取り出した。
白ひげの指の先に乗ってしまうその箱はあまりに小さい。
白ひげは箱をつぶさないよう、そっとそれをアンの顔の前に差し出した。
コレー!と叫びながらも丁寧に、アンは箱を受け取った。
「随分熱心に宝探ししてるみてぇじゃねぇか」
「だってもうここまで来たら気になるし!」
そう、それにここまで辿って来たならゴールにはサンタクロースがいるかもしれない。
それがアンの目的だったのだ。
「オヤジがこれ預かってるってことは、サンタクロースがどんな奴か知ってんだよねえ!?」
「んん?あぁ、知ってる知ってる、オレァよく知ってるぜ」
グララと笑い声を上げる白ひげはアンと同じくらいどこか楽しそうで。
しかしそれに対して「やっぱり!」と期待を込めて白ひげを見上げるアンは、白ひげのからかうような声に気付かない。
「おめぇのサンタクロースたちぁな、どうやらお前が可愛くて仕方ねぇらしい。アンの初めてのクリスマスを成功させてやりてぇんだとよ」
「クリ…スマスってイゾウにもちらっと聞いたけど、よくわかんない。そんなにいい日なの?」
「あぁ、いい日だ。お前のためみてぇなもんだ」
なんたって子供のための日だからな、と白ひげが呟くとアンは見るからにふくれた。
「あたしだけ子ども扱いだから、サンタクロースはあたしんとこにだけコレ
持ってきたわけ!?」
なんだそれふざけんな!と先ほどとは打って変わって怒り出したアンに、白ひげはアホンダラァと頭を小突く。
「オレから見りゃあお前も他の野郎どももみんな、ガキにしか見えねぇよ」
そう言って、大きな掌がぐしゃぐしゃとアンの頭をかきまわす。
その衝撃を受けとめながら、アンはどことなくほっこりした気分でたしかに、と呟いた。
「そう、コック長にケーキもらったんだ!これ、オヤジも食べる?」
あ、ナースのねえちゃんに怒られるかな、と呟きながら自分は素手でつかみあげたロールケーキのかけらをぽいと口に放り込んでいる。
「うまーい!!」
「んなことよりアン。おめぇお目当てだったそれは開けなくていいのか?」
「あ」
忘れてた、とアンはぺろりと指の砂糖をなめてから、慌てて小さな箱のリボンをほどいていった。
そろそろゴールが近いにおいがする。
もしかしたらオヤジがゴールかな、とちらりと思った。
それはそれで嬉しいが、オヤジがそんな持って回ったことをするだろうかと考えるとうーんというところだ。
箱の中には紙切れが入っている。
そう思い込んでいたアンは特に何の疑いもなく、箱を持った方と逆の手に向かって箱を傾けた。
ひらりと落ちたのは、青い羽根。
「これ…」
ひときわ大きな笑い声が、船長室を満たした。
「どうやらサンタの奴も、正体あらわしやがったみてぇだなァ!」
見慣れた色合いのそれは、ふわりとアンの手のひらを撫でた。
*
ノックしないのはいつものこと。
アンはそうっと伺い見るようにマルコの部屋を覗いた。
目的の姿は見えない。
「マルコー…?」
思わず声がこわごわとしたふうに響いてしまった。
まだ驚きや、今の展開を頭が処理しきれていないのだ。
今までの謎解きのようなモビー内大冒険がまさかマルコの仕業だったなんて。
いや、コック長やオヤジのセリフからわかっている。
マルコだけじゃない、きっとジョズもサッチもみんなみんな、あのおっさんたちの仕業だ。
「…マルコー、いない?」
部屋の中に入って辺りを見渡し、後ろ手でドアを閉めたそのとき、突然頭に何かがすっぽりと覆いかぶさり同時に視界が真っ暗になった。
ぎゃ、とアンは小さく叫んだ。
「なっ、なに!?」
「メリークリスマスだよい」
頭にかぶさったのはどうやら帽子らしい。
慌てて外してみると、赤い生地に白いファーが縁どられた派手な帽子だ。
キッと振り返ると、マルコがにやりと笑って存外近くに立っていた。
「なにはっちゃけたことしてんの!気配隠すのはずるい!」
「いつまでたってもオレの気配を読めねぇお前が悪い」
痛いところを突かれて、う、とアンは押し黙った。
マルコはそれでもくつくつ笑っている。
「…なんなのさ、今日は…」
「楽しかっただろい」
「…うん」
素直に頷いてしまうのがアンのいいような困るようなところだ。
「…なにこの帽子」
「どっかの隊の野郎がふざけて持ってた奴を借りたんだよい。サンタクロースってのはどうやらこういうのをかぶってるらしい」
「…じゃあかぶんのはあたしじゃなくてマルコじゃん…」
「さっきまでオレがかぶってたけどお前に譲ってやるんだよい」
「…うそつけ」
そう言いながら、アンはきょろきょろあたりを見渡した。
「他の…サッチとか、ビスタとか隊長たちは?あのおっさんたちも噛んでんだろ」
「ああ、特にサッチとイゾウあたりが張り切ってたな。ここにはいねぇよい」
「ここもうゴールだよね?」
なんで、と言いたげなアンに、マルコはもう一度赤い帽子をかぶせながら言った。
「一番いいとこはオレに譲ってくれるってよい。これじゃ返しが高くつくがな」
マルコはしっかりとアンに帽子をかぶせると、プレゼントには満足したかよいと尋ねた。
「…まさか今までのアレがプレゼント?」
「みてぇなモンだ。宝探し、楽しかったんだろい」
「まぁ…」
「なんだ、不満かよい」
「だってあれはサッチとか、隊長たちがやってくれたんでしょ。あんな楽しいことマルコが思いつくわけない」
「…テメェ」
「マルコからはないの?」
一拍の間だけきょとんとアンを見下ろしたマルコは、欲張りなやつだと笑った。
「マルコ飛んで。あたし乗せて」
「サンタにでもなるつもりかい」
「! いいねそれ」
あたしサンタ!とアンは高らかに宣言する。
マルコはその隙にアンからキスをかっさらうと、呆気にとられるアンを抱き上げ部屋の窓から飛び出した。
I'm Santa, the present is kiss, and you.
【マルアン】
街はきらびやかな装飾が施され、もともと浮ついた気分の人にはさらなる幸せをもたらすし、つまらない思いを抱く人には鬱陶しいとしか思えない。
一方では、それに見向きもしない人もいる。
はて自分は今までその中のどこにいたのだろうと、マルコは片手に薄っぺらい手のひらを握りながら考えた。
「はあああ、でっかい、木!」
「…木ってお前」
ツリーだろいとたしなめても無意味なのはわかっている。
マルコは懸命にツリーのてっぺんから根元までを見渡すアンを端目に捉えながら、自分も目の前の大きなツリーを見上げた。
ふたりのアパートから駅五つ分ほど、白ひげ社よりもさらに下ったところにある中心街。
そこの広場には12月に入った頃からこの大きな大きなツリーが飾られていた。
本物のモミノキに電飾を絡めて星やら天使やらをぶらさげたクリスマスツリーの光は夜の闇に浮かび上がり、誰もが足を止める。
しかしマルコは夜の姿より昼間の、あの物寂しいようなツリーのほうが好きだった。
飾りは細い枝には少し重そうで垂れ下がっているのがよく見える。
そして誰も目を留めない。
緑というより暗い黒に近い円錐のモニュメントには、なんとなく親近感のようなものが沸くのかもしれない。
ともあれ今は夜。
マルコとアンはふたり、着飾ったツリーを見上げて息を呑んでいる。
「…電球、何個くらいあるとおもう?」
「…千個くらいじゃねぇかよい」
「一個くらい、うちのトイレの電気に欲しいね。切れそうだから」
「うちのトイレを豆電球で照らすのは勘弁だよい」
そういうとアンはその様子を想像したのかけらけら笑いだした。
そして笑い顔をそのままに、ツリーに視線を戻す。
「クリスマス、ってこんなに実感したのあたし初めて、かも」
アンはツリーを見上げたまま、つぶやくようにそう言った。
弟とふたり年越しに精一杯だった日々がその言葉に十分すぎるほどにじんでいた。
「…じゃあ今年は、ひとつ達成だよい」
「クリスマスを?」
「そう。ツリーを見た」
「来年は?」
「ケーキを食べる」
「そん次は?」
「サンタからプレゼントをせしめる」
「それから?」
「サッチやら呼んでパーティーでもするかい」
アンは嬉しそうに笑って、楽しみだと呟いた。
マフラーの隙間から漏れ出す息は白く、鼻先は赤い。
「マルコがじいさんになったらあたしが車椅子押してツリーまで連れてったげるよ」
「…そりゃどうも」
【サンナミ】
その日の宴は、日が変わる頃になっても盛り下がりはしなかった。
主役であるはずのチョッパーはルフィの麦わら帽子をかぶったまま欄干にもたれてうつらうつらしていたが、他の誰も酒に伸ばす手を止めようとはしない。
ようやくウソップとルフィがつぶれて、ブルックがバイオリンを抱えたまま眠って、フランキーとロビンはワインをいそいそと注ぎはじめ、そしてゾロとナミが酒の種類を変えて飲み直し始めたときにはもう時刻は二時に近かったと思う。
たまたま冬島近くを航海中だが残念ながらホワイトクリスマスにはなりそうもないいい天気で、無数の星が上空に散っている。
波は穏やかで、ときおり船を揺するように動かすくらいだ。
「ちょっとゾロ、あんたその飲み方やめてってば。瓶に直接口付けないで」
「うるっせぇな、悔しかったらてめぇもやってみやがれ」
「そういうことじゃないでしょ…って、ねぇ、サンジくんは?」
「知るかよ、その辺で潰れてんじゃねぇか」
「いないわ」
どうでもいい、とゾロはナミの忠告も忘れてまた瓶を傾けて直接酒を呷った。
ナミは呆れたのか諦めたのか、怒ったように少し眉根を寄せただけでもう何も言わない。
「あたしにもちょうだい」
ナミが差し出したジョッキにゾロは黙って酒を注いだ。
「…いい日だったわね」
上向き気味に、真っ黒に混じり合った空と海の境を見つめてナミが呟いた。
ゾロは答えず、もう一度酒を呷る。
しかし珍しくホロ酔い程度に体があったまっていることが、気分上々のしるしだ。
「サンタが札束詰まった袋抱えて降りてこないかな…」
「てめぇは相変わらず雰囲気もへったくれもねぇな」
「やだ、あんたあたしにそんなこと求めてたの?」
「…いや、俺が悪かった」
そういう役割はコックがする、とゾロは瓶を口につけたままぼそりと付け足す。
ナミはそれを聞き流して、ゾロと同じようにジョッキを傾けた。
「…サンジくんキッチンかしら。何か作ってもらう?」
「握り飯が食いてえ」
「肴になんないでしょうがそんなの」
「うるせぇ、さっさとせびってこい」
ゾロはしっしと追い払う仕草をしてナミを立たせた。
「ったく、仕方ないヤツね」
「…そりゃあこっちのセリフだ」
なんのこと、と聞き返そうとしたナミに、ゾロはもう一度追い払う仕草をした。
*
キッチンの扉を開けると、カウンターの向こう側にサンジの横顔が見えた。
サンジのほうもすぐにナミに気づき、にへりと相好を崩す。
「どうしたのナミさん、おなかすいた?」
「んーん、っていうかおつまみでも作ってもらおうかなーって思ったんだけど、もうこんな時間だし。ゾロはおにぎりたべたいって」
ナミが椅子を引きながらそういうと、サンジはゾロの名を聞いた途端わざとらしく顔をしかめた。
「おにぎりってあいつ、まさかそれで酒飲むつもりか」
「そうみたい」
ふざけてやがる、とブツブツ悪態つきながらもサンジが米炊き用の釜を覗き込むのを、ナミはカウンターに頬杖ついてなんともなしに目で追った。
結局サンジは、要望のままにおにぎりを作る準備を始めた。
乾燥棚には宴に使った皿やグラスがキラキラ光る水滴をつけて行儀良く並んでいる。
コンロには大きな鍋がかかっていた。
明日の朝食用だろうか。
ナミを含む他のクルーたちがまだまだ騒いでいるときから、サンジは一人ここに戻って片付けと仕込みをしていたのかもしれない。
かもしれないじゃない、きっとそう。
「…サンジくんは、クリスマスも働き者ね」
「惚れた?」
「すぐにそういうこと言うから惜しいのよ」
イタイとこ突くなあ、とサンジは苦笑した。
「でもありがと」
「コックですから、当然。ていうかナミさん、それだけ?」
ナミはぱちりと瞬いた。
「それだけってなによ」
「や、だからさ、ありがとうだけじゃなくって、惚れたとかそういう」
「ぜんぜん」
ガクッと肩を落としたサンジは、なあなあとカウンターに乗り出してナミに顔を近付けた。
「え、ナミさんまさかオレが前言ったの冗談だとか思ってねぇよな?」
「好きだってやつ?」
「そう、好きだってやつ」
「いつも言ってることと変わんないじゃない」
「ちが、ちがうって言ったじゃん!なあ、オレ本当本気で…」
サンジの言葉は、ナミの眇めた目を見てう、と詰まった。
「そんな目で見るし…」
「日頃の行いのせいよ。自業自得!」
ばさりと切り捨てられたサンジは、かくりと頭を垂れてすごすごと厨房側に体を戻した。
「…本当に好きなのに…」
「そういう言葉は信用を伴ってから陸に足の付く女の子に言いなさい」
「そんなこと…」
はああ、と深く長いため息をつきながらサンジの手はきゅっきゅとご飯を丸める。
「オレのとこにもサンタさん来てくんねぇかなあ…来ねえよな…トナカイもう寝てるもんな…」
「袋に女の子詰めて持って来てくださいって?」
「ちがっ、ちょ、ナミさんほんと」
サンジは手の中のおにぎりをくるりとひとつ回すと皿にぽんと乗せ、慌てて手を洗った。
何をするのかとナミが黙って見ていると、慌てた勢いのままサンジは手を拭き冷たい手を伸ばしてナミの手首を掴んだ。
ナミはぎょっとして、頬杖から顎を外した。
「オレはあんたの本当の気持ちが欲しい。ごまかしたりじゃなくって」
「ちょ、サンジくん」
「冗談にしてぇのは、ナミさんのほうだろ?」
ぐ、と言葉に詰まったナミにサンジの目がにやりと笑った。
「な、もういいじゃん。追いかけっこはやめにしようぜ」
「別にあたしは」
「いいやしっかり逃げてる」
ナミは掴まれた手からゆっくり力を抜いた。
「仕方ないヤツ」という自分のセリフを思い出したからだ。
本当、悔しいけれど、ゾロの声を思い出す。
そのまま斜め下に目を逸らした。
「…あんたのそういうところが…」
「嫌い?」
「好きじゃない!」
「オレはナミさんのそゆとこ大好き」
ふん、とそっぽを向くナミの様子を特に気にしたふうもなく、ああとサンジは感嘆の息を漏らす。
「サンタさんありがとー…っつーかナミさんがオレのサンタか。ん?プレゼント?」
「知らないわよ」
「プレゼントでもサンタでもいいなー。ミニスカサンタだとなおよし」
「最ッ低」
ナースと一緒に風呂から上がり、脱衣所で手渡されたのはなめらかな手触りの長そでのシャツとズボン。
落ち着いたクリーム色に黄緑色の水玉が薄く散ったそのパジャマを、アンは目の前に広げてぼんやりと見遣った。
「気に入らない?」と言われて、黙って首を振り大人しく袖を通した。
ナースは動きやすそうなネグリジェの上にショールを羽織ると、アンの濡れた髪を指さしてきちんと拭くように指示する。
無遠慮に拭こうとしてこないところがアンを嫌な気持ちにさせないので、これまたやりづらい。
脱衣所を出ると、ぴゅうっと冷たい風が首筋を撫でた。
ナースは寒そうにショールを掻き抱く。
アンはそっと、服の上から自分の腕をさすった。
ぺたりと油の浮いた肌ではない。
サラッとした生地の感触が良く手に馴染む。
腕をさするアンが寒がっていると思ったのか、ナースは「暖かいものを食べましょうね」と声をかけた。
「ああそう、少し寄り道してもいいかしら。部屋からカルテを」
「…あたしひとりで行けるから」
「だめ。私も行くわ」
アンの提案をぴしゃりと跳ねのけたナースは、さあこっちよと闊達に歩を進める。
アンはむぅと口をつぐんで、彼女の後に続いた。
すっかりこの人のペースだと分かりながら、抵抗できないのだ。
風呂に入る前、借りる服を取りに寄った際に思ったことだが、ナースの部屋はものすごく遠かった。
階段をいくつも降り角は数回曲がり、同じ板張りの床が延々と続く長い廊下を歩いていく。
経験上道を覚えるのは苦手じゃないアンでも、こうも同じ景色の中では一度で覚えられそうもない道筋だった。
こうともなれば、ここから食堂へ行くのにも彼女の水先案内がなければ辿りつけないだろう。
そう言えば、こんなにも船内を歩き回るのは初めてだ。
船の奥深く、ナースたちの寝室にやっとのことで辿りつくと、彼女はすぐだからちょっと待っていてと部屋の扉を開けたままそこにアンを残して中に入っていった。
あいかわらず部屋の中からは柔らかな、まったりとした甘いにおいがかすかに香る。
埃や汗の男くささとは無縁な一角がこの船の上に存在するなんて、余所者は誰も想像さえしないだろう。
アンが少し屈んだナースの背中を見るともなしに見て佇んでいたその時、警戒心の一端が異質な気配にぴくりと反応した。
それとほぼ同時に、カランと耳慣れない木の音が聞こえる。
アンが素早く音のした方に顔を向けてしばらくすると、10メートルほど離れた角の向こうから人の姿が現れた。
薄桃色の布が幾重にも重なったような変わった服装。
カランというおかしな音はその人間の履くこれまた変わった靴のせいのようだ。
黒髪はどういう構造なのかさっぱりわからない様子で後ろにまとめられていて、額から垂れた一筋の髪が歩調に合わせて微かに揺れる。
目を伏せ気味に歩いているからか、やたらと長い睫毛が遠くからでも濃く見えた。
(…女?ナース?)
それにしてもラフな格好をしている。
ラフというか…動きにくそうな格好だ、とアンはその場から動くこともせずに身体はナースの部屋に向けたままその人間をまじまじと観察した。
(あ、男だ)
懐手をしたその男の襟元が少し開いていて、そこから胸板がちらりとのぞいていた。
不意に、男は顔を上げた。
アンはそれにつと身じろぐ。
しかし男は目の前のアンになんの頓着も見せず、まるでそこにアンがいることに気付いていないかのようにするりと水のような動作でナースの部屋の隣に入っていった。
今までこの船のクルーはアンを目にすると何らかの反応を見せたので、この男の無関心さは逆に癪なような気分になる。
アンを見もしなかったのだ。
いつのまにかアンの目の前まで戻ってきていたナースは、首だけ回して横に睨むような視線を送っているアンをいぶかしげに見下ろした。
「どうかした?」
ハッとして視線をナースに戻すと、思わぬ近さに彼女がいる。
なんとなく気まずい思いで首を振った。
ナースは不思議そうに首を傾けたが、特に気に留めた様子もなくお待たせと言って部屋を出てきた。
そしてナースが部屋に鍵をかけているそのとき、隣の部屋からあの男がでてきた。
「あら隊長」
「おう」
ゆっくりとこちらを向いた男は、今度こそナースとアンを捉えて静かに笑みを浮かべた。
隊長、ということはこの男もあのへんな髪型男二人に引き続くオエライガタの一人ということだ。
「今日は早番か」
「ええ、もうお風呂いただきました」
「そうかい、俺ァ随分いいタイミングででくわしたみてぇだな」
男の無遠慮な俗な言葉にナースはちらりとも嫌な顔は見せず、逆に「高く取り損ねたわ」と笑ったくらいだった。
男は肩に木箱を一つ抱えていた。
「で、ノラ猫の丸洗いに成功ってことか」
男は確かにアンを目に捉えてそう言った。
突然視線が交わってアンが虚を突かれた顔をすると、ナースは失礼ですねと赤い唇を小さく尖らせた。
大人びた人なのにそんな仕草は可愛く見える。
ナースはアンの肩に軽く触れた。
「もうノラには見えませんでしょう?」
「ああもちろん」
そこまでの会話を聞いて、アンはやっと自分がノラ猫と評されていることに気付いた。
失礼ねと言ったナースさえアンが少なくとも風呂前まではノラであったことを否定しない。
ノラ猫扱いされたことを怒ればいいのか、もうノラではないことを喜べばいいのかアンが葛藤している間に二人の会話は進んでいく。
「で、どこ行くんだ」
「食堂に。彼女のお夜食を作ってもらいたくて」
「ああ、それならまだサッチがいるぜ」
「あらちょうどよかった」
「それに俺も今から厨房に用がある。お前さんが良けりゃあ預かるぜ」
そう言って男はアンを見据えた。
その視線を感じてアンも男をちろりと下からねめつけるように見上げる。
小鼻をひくつかせて警戒心丸出しのアンに反して、男はずっと涼しい顔をしていた。
「それじゃあ頼もうかしら。私パパさんのところに用がありますの」
「おう行ってこい行ってこい」
アンがぎょっとした顔を隠さずナースに視線を移しても、彼女はそれを意にも介さず二回ほどアンの肩を軽くたたいた。
「イゾウ隊長と行ってきなさいな」
アンは何と言っていいのかわからないがとりあえず口を開いた。
しかしそこから何かがこぼれる前に男に先手を取られる。
「付いてきな」
男はすでに歩き始めていた。
ナースはさあ行ってらっしゃいと言わんばかりの笑顔で見送ってくる。
もういい食堂へは行かないと言ってしまえば簡単だが、そう言ってしまうと今の今まで世話を焼いてくれた彼女の面目をつぶしてしまう気がしてそうとは言えず、アンはしぶしぶ男の後を追って歩き出した。
しかしはたと思い当ってすぐに足を止める。
「あのっ」
振り返ると、ナースはまだ笑顔でアンを見送っていた。
アンの呼びかけに、笑みを浮かべたまま首をかしげる。
「いろいろ…ありがとう」
ナースは首を傾げたままきょとんと眼を丸めてから、さらに目を細めてアンに手を振った。
優しくて綺麗な笑顔は眩しいほどで、アンはすぐに目を逸らしてしまった。
*
カラン、カロン、と軽い音が静かな廊下によく響く。
いくつか階を上ると騒がしい部屋の前を通ったり、数人のクルーとすれ違ったりもしたがその妙な足音だけはいつまでもくっきりとアンの耳に届いた。
男は何も話さず、荷を持ったのと反対の手を懐に仕舞ったままわりとゆっくりな足取りで歩いていく。
アンを振り返ることもしないが、アンがちゃんとついてきていることに関して自信にあふれた背中をしていた。
それに加えて、妙な雰囲気を持つ男だと思った。
雰囲気と言うか、においに近い。
独特の、あやしげなにおいがする。
実際に男からはアンが感じたことのない香りが漂っている、ような気がした。
この男についていくといつの間にか全く知らないところに連れて行かれてしまうような気分になる。
しかしだからと言って今更ついていくのをやめようという気にもならなかった。
「お前さん火ぃ持ってるか」
「は?」
不意に声をかけられたアンは、考えていたことが考えていたことだったので思わず剣呑な声を返してしまった。
男は軽く振り返り、流し目でアンを捉える。
懐の中からするりと細長い棒状のものを取り出していた。
ちょいちょい、と示すようにそれを動かす。
「火だよ、火」
「…何に使うんだよ」
思いっきり怪訝な顔つきでそう問い返すと、男は一瞬きょとんと眼を丸めた。
が、すぐににっと口角を上げた。
「た、ば、こ」
「…それが?」
「煙管しらねぇのか」
「キセル?」
「ここに火ぃ入れてこっから吸うんだよ。で、火は」
せっかちなのか早く喫したいだけなのか、男は立ち止まってアンの返答を待った。
思わずアンは答えに窮した。
火を持ってるかなんてアンには愚問だ。
お望みなら丸ごと焼いてやったって足りないくらいの火力を持っている。
それを知らないはずはなかろうに、男はアンに火を持っているかと聞いた。
もしかしたら知らないか、忘れているのかもしれないが、どちらにしろアンがこの男の一服に手を貸してやる義理はない。
アンはぶっきらぼうに口を開いた。
「そんなもん持ち歩いてるわけねぇだろ」
「そりゃそうか」
案外あっさりと納得した男は再びアンに背を向けて歩き出した。
男の問いを切り捨てるように答えたつもりだが、このパジャマ姿ではいまいち決まらないのが残念でならない。
アンは半ば煮え切らない思いのまま、また男の背を見ながら歩き出す。
「お前さんまだオヤジに挑んでんだっけ」
また不意に、しかも今度はかなりディープな方の話題を振られて、アンはまたすぐに言葉を返せなかった。
まるで世間話をするような軽さで男は言葉を続ける。
「わけぇなあ、あんだけ暴れりゃ電池も切れるわな」
「で、お前さんとしちゃああとどれくらいは襲撃したいわけ。百超えたらもう見上げた根性だと思うがな」
くっくと一人声を出して笑う男の後ろ姿を、アンは軽く呆気にとられて見つめた。
男はまた流し目で、ちらりとアンを振り返る。
その男の髪色のような、真っ黒の瞳がアンと同じだ。
「んなことしてる間に歳食っちまうと、もったいねぇけどなあ」
最初から最後まで、まるで独り言のような台詞だった。
しかし最後の言葉はするりとアンの心に入ってきて、そこでずんと重みを増してどきりとした。
その重さにアンが戸惑っているうちに、二人は大きな扉の前まで到着していた。
やっと食堂だ。
*
イゾウは肩に担いだ荷物を食堂に入ってすぐのところにどかりと下ろした。
暇なら格納庫からイモでも取ってこいとサッチに言われて反発したのは言うまでもないが、愛してやまない刻み煙草をカタに取られたら話は別だ。
思いつく限りの罵倒・悪態を吐きながら遠い遠い格納庫へとイゾウは赴いた。
結果として、そこで思わぬ拾い物をしたのでサッチの無体はよしとしておく。
イゾウが食堂に入ってすぐ荷物を下ろすと、カウンターの向こう側にいたサッチがめざとくそれを見つけて叫んだ。
「あっ、テメッ、そんなとこに置いたってしょうがねぇだろ!こっちまで持って来い!」
「食堂まで持って来いって言ったのはおめぇだろうが。残念ながらそこは食堂じゃねぇ。厨房だ」
「屁理屈こきやがってこの女男…!」
目の上の傷をひきつらせたサッチだったが、イゾウの背後でちらついた人影を目に留めて、お、と口をすぼめた。
思わぬ来客である。
「…イゾウさんそれはお土産?」
「少なくともテメェにではねぇな」
二人の言葉に、食堂に坐してそれまでの会話を気にも留めていなかった数人がつと顔を上げて入口を見遣った。
イゾウの後ろに付いてきたのは、記憶とはずいぶん見目の異なる娘。
油でてらてら光っていた髪は少し湿ってはいるがすとんと下に落ちていて、鳥の巣状態ではなくなっていた。
ぎらぎらした目は相変わらずだが、黒ずんだ肌が白く光っている今はそれもあまり目立たない。
こざっぱりとした女もののパジャマの裾を握りしめて、それでもまるでなにかと勝負しているように毅然と視線を上げていた。
イゾウが歩き出すと、娘も少し間を空けてついていく。
歩く二人から離れた席に座ったクルーたちは無意識にもアンから目を離せず、そして二人が一つの席の前で立ち止まった際に彼らの視線も止まった。
「座ってな」
イゾウがテーブルを顎でしゃくってみせると、アンはうなずきのように見えないでもない、というほど微かに首を動かした。
その席の隣には巨体のジョズが、そして向かいにはマルコが座っている。
「サッチ」
「へいへい、とんだプレゼントぶちかましてくれるもんだぜ。おい嬢ちゃん、今作るからちょいと待ってんだぜー」
イゾウの一言で事態を飲み込んだサッチは、すぐさま調理に取り掛かろうととりあえず目の前にかけてあった鍋に手を伸ばした。
しかし座ってなと言われ頷いたかのように見えたアンは、まだそこに立ち尽くしている。
視線は食堂に入ってきたときとは変わって、少し下がり気味だ。
「お前が座ってても立っててもメシの出来も速さもかわんねぇよい」
マルコが手にしている書類から目を離さずにそう言っても、アンは身じろがない。
イゾウはアンに向かい合うようにして同じく立ち尽くし、アンの様子をうかがっている。
ジョズも目を細めてそれを見守る。
アンが何かを伝えたがっているのは明白だった。
アンは意を決したように視線を上げた。
「…あたしにメシはいらない。代わりに、仲間に…スペードの奴らに温かいメシをやってくれ」
ぴりっとした強い視線は、真向いで対峙するイゾウにも、遠くで佇むサッチにも、真横で見つめるマルコとジョズにもしかと届いた。
アンはそのまま90度に腰を折って頭を差し出した。
「…おねがいします」
しんと、息をするのも許されないような静寂が食堂を包んだ。
アンは頭を上げず、誰もが呆気にとられた顔で小さく折れた身体を見つめる。
ふっと、誰かが息を吐いた。
すると遠くからも、ふはっと吹き出す音が聞こえる。
すぐ近くの巨体からは、ふーん、とため息のような鼻息のような音がした。
それがただの呼吸の音ではなく笑ったのだと気付いたアンが憤慨交じりの顔を上げると、目の前の男はこぶしを唇に強く当てて頬をひくつかせていた。
そのこぶしは震えている。
明らかに笑うのをこらえている表情だった。
「なっ…!」
アンが愕然として声を上げると、彼らの笑いは決壊した。
「あっはっはっは!!…ふっ、はっ!」
一番に声を上げて笑い出したのはアンの目の前に立つイゾウ。
抱腹絶倒と言った様子で、笑いすぎて最後のほうは呼吸困難に陥っている。
マルコは書類を握りしめてくっくっくと喉を鳴らし、遠くではサッチがおたまを握りしめてにやにやしていた。
おまえら笑いすぎだとジョズがたしなめる。
発言を笑われるという屈辱に腹が立たないはずがないだろうが、アンは反発の声を上げるよりもまず驚き、そして戸惑ったような顔を見せた。
今の自分の言葉のどこに笑いの要素があったのか皆目見当がつかないと顔に書いてある。
「…な、んなんだよ…」
「や、ちょ…っと待て、あー苦しい」
腹を抱えてげほっとむせたイゾウは、親指で目じりを拭った。
おまえは爆笑しすぎだとサッチからヤジが飛ぶ。
「お前さんたちが似たもの同士すぎたんでな」
「は?」
本気でわからないといったようすのアンに、横からマルコが口をはさんだ。
「ついさっきお前さんの部下からも、おんなじ言葉を聞いたところだよい」
「え?」
マルコはかいつまんで説明した。
一応名目上という理由で牢に入れてあるスペード海賊団のクルーたちだが、特に白ひげのクルーが彼らに敵対心を持っているわけではない。
むしろ白ひげがアンを仲間に引き入れたがっている以上、彼らを無体に扱って野垂れ死にさせるつもりは毛頭ないのだ。
飯は三食、残り物ではあるが白ひげのクルーが食べているのと同じものを運んでいた。
初めはそれに口をつけなかった彼らだが、それに頭を悩ませたサッチが「お前らが餓死なんてしちまったらあのお嬢ちゃんが迎えに来たときどうすんだ」と一言説教をかますとがつがつ食べ始めた。
素直というか、単純な男ばかりであった。
ただ単純と言うわけではない。そこからはアンへの忠誠心がにじみ出ていた。
それから数か月が経ち今日に至ると、今度は逆にスペード海賊団クルーたちのアンの安否に対する心配が募ってきたらしい。
これまでも抱えきれないほどの心配をアンのために費やしてきただろうが、どうやらそれも限界に近い。
そして今日の夕食時、ついに彼らはサッチに伝えた。
「オレらの船長は、オレら全員分くらいのメシを一回で食う。オレたちのメシはもういらねぇからアンに食わせてやってくれ」
そう言って頭を下げたのだ。
その話を、先ほどの隊長会議で隊長たちはサッチから伝え聞いたばかりだった。
その一部始終を、マルコは漏らすことなくしかし簡潔にアンに伝えた。
アンはぽんと口を開けてそこに立ちくしている。
パジャマ姿もあいまって、虚を突かれたような顔つきには本来の年齢がにじみ出ている。
とてもあどけなく見えた。
「そういうわけで心配しねぇでも、奴らにもちゃんと飯はいってるぜ。むしろお嬢ちゃんがちゃんとごはん食ってねぇほうが障りあるみてぇだ」
そう言いながら、サッチはいまさっきぴかぴかに磨き終わったばかりの調理器具をとりだした。
もう夜だかんな、米にしようとひとりごちる声が聞こえる。
イゾウはテーブルに置いてあったマッチを手に取り煙管に火をつけた。
それは美味しそうに煙を吸い込む。
マルコは書類をバインダーにはさむと眼鏡を外した。
ジョズがアンのために体をずらして席を大きく空ける。
「ま、座んな」
*
アンは口の中で内側の下唇を噛みしめた。
切れて血が出そうなほど、それは強く強く。
そして一二もなく踵を返して走り出した。
背中に彼らの視線を感じて、何かしらの声がかかってもそれは自分の心臓の音にまぎれてすぐに聞こえなくなった。
開いたままだった扉を通り抜けると、ちょうど前を歩いていたクルーとぶつかりかける。
それをすぐさまかわしてアンは振り返ることもせず走り続けた。
胸が痛い。
ここにいてはダメだと本能が告げる。
この船はアンをダメにしてしまうと声が聞こえる。
それでもここにいたいと思ってしまった。
それはどうしようもない事実で、アンにそれを隠す隙も与えなかった。
もうごまかしようがなかった。
アンは船室と外を繋げる扉を開けて甲板に躍り出た。
まだ足は走り続けている。
絡まって転びそうになるがそれでも走った。
信じられないほど広い甲板を走り続けて、ようやく後端に辿りつく。
そこでやっと立ち止まった。
踊り狂った心臓が勢い余って喉を通り口から飛び出ようとして呼吸を妨げる。
アンは船べりに手をついて、海に向かってむせた。
にじんだ涙はきっとそのせいだ。
次の日の朝、アンは白ひげにスペード海賊団全員の乗船希望を伝えた。
『生きてみりゃわかる』
その言葉と、本能よりも強く感じた自分の思いを信じてみようと思った。
以前サイト度同時運営していた、日常・更新報告・あとがき用ブログにて思いつくままに垂れ流していた妄想たちをサルベージしました。
ほとんどがお話の形にはなっておらず、こまつなが湧き上がる妄想をそのまま口にしただけの形です。
たまにおはなしっぽいのもあります。
たまにあとがきが行き過ぎた妄想もあります。
日記の後ろにおもいつきでくっつけたものばかりなので、細かい背景がわかりにくいところもあるかもしれません。
映画やアニメの感想等もあるよ!
以上のことを踏まえたうえで、万事OKという方のみどうぞ↓
◆ヤンデレマルコ
◆バカップルの友人なりきり百の質問
◆893と幼女
◆イゾウ→エースのはなし
◆『恋は百万光年』『旗を掲げてひとつになって』あとがきからの妄想/
◆マルアン不倫
◆ホスト・兄妹パロ
◆エピソード・オブ・ナミ感想
◆2011クリスマス小話【マルアン・サンナミ】
カレンダー
| 10 | 2025/11 | 12 |
| S | M | T | W | T | F | S |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | ||||||
| 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 |
| 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 |
| 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 |
| 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 |
| 30 |
カテゴリー
フリーエリア
麦わら一味では基本オールキャラかつサンナミ贔屓。
白ひげ一家を愛して12416中心に。
さらにはエース女体化でポートガス・D・アンとマルコの攻防物語。
@kmtn_05 からのツイート
我が家は同人サイト様かつ検索避け済みサイト様のみリンクフリーとなっております。
一声いただければ喜んで遊びに行きます。
足りん
URL;http;//legend.en-grey.com/
管理人:こまつな
Twitter
災害マニュアル
プロフィール
HN:
こまつな
性別:
女性
ブログ内検索
カウンター
