OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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平日真っ只中に実家帰省中いえあ
家に誰もいなくてさみしいずっと犬と二人っきり。
でもお互いわれ関せずなので、一人と一匹が一緒にいるだけの状態。
さんぽはわたしがいきますた。
実家に帰るけど!やらなきゃいけんことはあるからね!
一人家で頑張るんだ!と意気込んだものの、昨日ひとつ終わらせただけでとくになにもしていないけどいいんだ。春だもの。
春はだらだらするんだ。
夏にパキッとすればいいの。
ということで、暇を持て余しリバリバ5更新である。
つらい(ぉぃ
サボアンすぎてつらくなってきた。
なんか後にも引けない状態というか、引っ込みがつかないというか…
サボアンコールが背後から聞こえてくるのも一因ですね。
サボとアンちゃんは兄弟ですよ!!!!(声を大にして
でも間違いなくASLへの好き度は増した。
ああああサボォォエェェスゥゥルフィイイって思いながら過ごす時間が増えた。
可愛すぎる!可愛すぎるよ!!
3人で料理してたら可愛すぎるよ!
カレーの日はルフィは学校から早く帰ってきちゃうよ!(唐突)
カレーの具はその日買いものする人が決めていいというルール。
しかし牛肉の角切りだけは買ってはいけないと言い渡されている(S→AL)
シーフードも高いからダメよ。
冷凍シーフードミックスが安売りしてる時だけオーケー。
でも肉っけがないとALからは不評。
リバリバの場合、野菜の皮はみんなで剥いてアンちゃんが煮込む。
「ルフィ、サラダ作っといてー」
「サラダはいらねぇ!(どーん)」
「バカ言ってねぇでほら、はやくレタス持ってこい」
「サラダにも肉乗せてくれ!」
「そうすると必然的にカレーの肉がなくなります」
「それはいやだ!!」
かわいいいぃああああああああああ
マジ自家発電乙。
あと可愛い要素その2!大掃除!
みんなで色違いのバンダナ巻いて頑張ろうぜ!
3人並んで窓ガラス拭いて、高くて届かないところはサボが手を伸ばして拭いてくれたらあ”あ”あ”あ”
アンちゃんは途中で掃除から離脱して、お昼ご飯づくりへ移行。
いいにおいがしてくるとルフィの手がおろそかになるのでしっかりサボが首にひも繋いでいます。
うどんとかそばとかそういう簡単なやつ3人でちゅるちゅるっと食べて、午後の部に突入。
おにぎりとかでもいいよ。
午後は3人役割分担して、黙々と作業してても可愛い。
でもアンちゃんが昔のアルバムとか見つけて、ルフィを呼んで一緒に見てて、サボが後ろから覗きこんで結局3人で思い出話に浸りながらアルバム鑑賞とかしてても可愛いいいァアアア
マジ自家発電乙(2回目)
そういうわけでASLも可愛いけどマルコも忘れないで(どういうわけだ
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犯罪に手を貸すことに対する罪の意識は不思議となかった。
サボもルフィもそのことに対してなにも言わなかった。
しかしティーチは、肯定の返事をしに再び事務所に赴いたアンに何度もそのことを問うた。
「途中で腰が引けて、やっぱりやめにするなんてのぁなしだぜ、アン」
「わかってるよ…そんなことしない」
「あァ信じてるぜアン。そりゃあ立派な裏切りだ」
ニヤニヤと品のない笑みで念押しを繰り返すティーチから顔を背けて、アンはもう一度わかってると呟いた。
『裏切り』という言葉が飛び出してきたことで、悟った。
これは契約なのだ。
ティーチたち一味の手引きで髪飾りを取り返すアンと、アンの仕事によってニューゲートの地位を貶め恨みを晴らすティーチ。
ティーチはニューゲートに対する具体的な恨み言を口にしなかったので、かの地位からニューゲートを引きずり落とすことでティーチにどんな益があるのかアンには想像がつかない。
ただの憂さ晴らしのようにも見えた。
大人の喧嘩に巻き込まれたような馬鹿馬鹿しさを感じないでもなかったが、アンにも大事な対価が用意されているので、それについて特にアンは触れていない。
結局なぜティーチがニューゲートを嫌っているのかはわからないままだ。
「オレたちのことは黒ひげと呼べ。総称だ」
そう言われたので、サボたちとの話に出すときはその名を使っている。
おそらく個人名を出すと社会的にいろいろまずいのだろう。
ティーチにとってまずいことは、今のアンにとってもまずいことなので、基本的に筋が通っていることなら言われたことには従うしかない。
「オレたちと、アン、お前はいわば運命共同体だ。上手くやろうぜ」
──冗談じゃない。
一回目の仕事は、その次の日からアンと黒ひげの間で相談が交わされ始めた。
ほぼ一日おきの頻度でラフィットがアンを迎えに来る。
次の会合の予定は帰りに伝えられた。
基本的にアンの予定を黒ひげの側がうかがうことはなく、一方的だ。
それで困ることがないのが少し悔しい。
黒ひげの事務所では、アンとティーチは初めて互いをまみえたときと同じように向かい合って話を進めた。
「4つの髪飾りを順に盗っていくしか手立てはねぇわけだが、アン、お前はどれが本物だと思う?」
そう言われても、と心のうちで呟きながら、アンは手元の資料に目を通した。
ひとつはこの街の年老いた金持ちが運営する私立美術館。
ひとつは財閥創始者の妻が髪飾りを預けた銀行。
もうひとつは成金息子のコレクションルーム。
そして最後の一つは宝石商の店だ。
「…こいつらの中で『アタリ』の奴は、自分の持ってるのが本物だって知ってんの?」
「ゼハハハ!奴ぁ全員自分の持ってるのが本物だと思ってるさ!そもそも偽物の存在さえ意識してないバカどもだ」
「それじゃあどこから狙っても同じじゃんか」
アンは資料を見比べた。
ティーチはその姿を面白そうに見ている。
「いいさ。どこから行くかはテメェで決めな」
美術館、銀行、成金の家、宝石商の店。
一番目が利きそうなのはやはり宝石商か。
いやしかし、本物は偽物より高く売られたはずだからそれを商売にする宝石商が手を出すかと言われたら考えてしまう。
この宝石商は、髪飾りを売り物にせずずっと店の中に非売品として飾っているのだと言う。
おおかた店の核を上げる道具のようなつもりなのだろう。
じゃあと残りの3つを見比べてから、アンは言った。
「ここ、銀行にする」
「ほう」
ティーチはニヤリと笑った。
「またどうしてだ?」
「一番警備が固そうだから、本物が預けられてんのなら銀行じゃないかと思って」
ティーチはアンの推理を聞くと、大きな笑い声を上げて喜んだ。
「いいぜ、アン、オレァお前のそういう肝っ玉の座ったとこが好きだ。よし、じゃあ銀行から行くとしよう」
その日はそれだけ決めると、ラフィットが車を出してアンを送った。
「銀行内の仕組みや具体的な『やり方』はこっちに任せてもらうぜ。何、ヘマ踏ますようなこたぁさせやしねぇから安心しな」
ティーチは帰り際にそう言ってアンを見送った。
黒ひげの手引きがどれだけ煩雑であろうとヘマなんか踏むもんか。
あたしは捕まるわけにはいかない。
母の形見が流されたその源泉なんかに、サボとルフィを残して捕まるわけにはいかないのだ。
*
後ろ暗い計画が遂行していくその一方で、アンたちの店は誰の目に見ても明らかなほど、街に新しくできた飯屋として軌道に乗ろうとしていた。
店のメインとして位置付けたモーニングは大人気で、朝の時間店を開けてすぐが一番忙しい。
とくにたった一人で料理を仕上げなければならないアンはおおわらわである。
しかし同じくして慌ただしく働いた後、休むまもなく学校へ行かなければならないルフィも相当の気力・体力が必要だし、サボさえもホールと経理の2足のわらじだ。
つまりはアンがアンであり、サボがサボであり、そしてルフィがルフィたるがために店はなんとかまわっている。
この胆力に気付いた街の人々は口々にアンたちの店の噂を語り、評判は布に水が染み込んでいくようにじわじわと、しかし確実に広まっていた。
喜ばしいことである。
売り上げは伸び、店の明度は増し、アンたちも近所に溶け込みやすくなった。
しかし皮肉なことに、そのぶん危惧は増した。
アンが犯そうとしている罪は、アンの顔が割れてしまえばすぐに露見してしまうだろう。
それを黒ひげに伝えると、心配いらねぇさと大き目の紙袋を手渡された。
「家帰ってから中身あらためてみやがれ。問題ねぇとわかるだろう」
その言葉の通り、アンはその日の夜、サボとルフィと紙袋を囲みながらその中身を床にぶちまけた。
出てきたのはシルクのような生地の薄いコート、皮の手袋、ペロンとしたよくわからないゴムのような薄いシートと、短髪のかつらだった。
「すげぇ、変装セットだ!」
とルフィは妙に興奮したが、アンは思わず「なんだ」と声を出していた。
黒ひげが自信満々に大丈夫だと言うので何かと思えば、まるで安い映画のような変装をして臨めと言うのか。
「…こんなんでばれないかなあ」
不安をそのまま口にすると、いや、とサボがかつらに視線を落としたまま呟いた。
「ちょっとアン、うしろ向け」
言うや否やサボはアンの肩を掴んでぐりんと後ろを向かせた。
なんだ?と問う間もなくサボはアンの長い髪を手で束ねると、リビングのテーブルの上に放ってあった髪ゴムに手を伸ばし、それでアンの髪をくくった。
そしてアンの頭の上にすっぽりとかつらをかぶせる。
「おぉー!すげぇ!」
アンの正面でルフィが歓声を上げた。
「なに?なに?」
「うん、案外わかんねぇかもよ。ルフィ、鏡」
手鏡がさっとアンの顔の前にかざされた。
鏡の中に映るのは間違いなくアンだが、まるで同じ髪色の少年のようだ。
大きいがアーモンド形で少しつり気味のアンの目と高い鼻は男顔の要素も備えているのである。
顔が小さいぶん青年と言うより少年ではある。
「そんなに変わってる?」
「まあ今のアンを見ても知ってるやつはアンだってわかるけど、コレすれば完璧だろう」
そう言ってサボはアンには使い道の分からなかったゴム生地のような薄い膜を手に取った。
それなに?と振り向きながら問おうとしたアンの顔にそのシートがぺたりと貼り付けられた。
ひやりとした感触にアンは思わずうひゃっと声を上げた。
「なに!?」
「マスクだろ。アン、目のとこ穴開いてるから目開けても平気だぞ」
「すげぇぞアン!本物の怪盗みてぇだ!」
アンはおそるおそる目を開いた。
目の前の鏡の中、耳の下あたりまでと言う短い髪の自分の顔に、黒いマスクが口から上をぺたりと覆っていた。
「なんだこれ!」
真っ黒に染まった顔はまさしく映画で見る怪盗のような姿で、どこか真の抜けるその様相に思わず噴き出した。
「え、あたしこのカッコで行かなきゃなんないの?」
「カッコいいぞーアン!」
「うん、これでこのコート羽織ってればまず女には見えないな」
そう言って笑いながらサボが薄手のコートを差し出すので、アンも調子を合わせてそれを受け取り、羽織った。
軽くて動きやすい。
とっとっと、と後ずさってルフィが手に持つ小さな手鏡に映る全身を確かめた。
「全身真っ黒だ」
「らしくていいんじゃないか」
「アンッ、次オレも着てぇ!」
「ルフィにはちょっと小さいよ」
「ちぇっ、あーオレも怪盗やりてぇ!」
じゃあ3人でやるか、とサボが言ってルフィが笑うのでアンも笑った。
この一連の会話が嘘くさく思えるのはきっと限りなく嘘に近いからだ。
重たい事実から逃げるために笑うしかないのは、あたしたちが子供だからだと思い知る。
*
決行は実に簡単だった。
アンは「その日」の2週間前に銀行の地図を手渡され、計画の一連の流れを黒ひげによって説明された。
その説明を施したのはティーチでもラフィットでもない、オーガーと言う名の陰険な顔つきの男だった。
「黒ひげ」の頭脳要員らしい。
彼は初めてアンの前に現れたにもかかわらずろくな挨拶も交わさず、事務的な説明をいきなり始めた。
馴れ合うつもりのないアンにとってもそれはただの好都合である。
アンは2週間かけて、銀行内部の地図と計画を頭に叩き込んだ。
黒衣をまとったアンは午前1時の銀行の警備員を麻酔銃で2人倒し、頭に刷り込んだ地図を頼りに一つずつ黒のスプレーで防犯カメラの画面を塗りつぶしていく。
それが終われば、もうあとは問題の金庫の前へ行くのみである。
金庫の暗証番号と指紋サンプルはなんと既に黒ひげによって用意されていた。
アンはそれらを持って、金庫の扉を開き、中のものを取ってくるだけでいい。
つまるところアンはただの駒にすぎない。
黒ひげが整えたすべての手順に沿って、少し危険な仕事をこなしていくだけの被雇用者。
アンは淡々と作業を進めながら、この行為の目的に自分の思惟も含まれることを忘れそうになった。
暗証番号を正確に入力し、指紋サンプルを張り付けた皮手袋の指で液晶を押せば赤色のランプが緑色に変わる。
闇をも吸い込みそうな静寂の中、ガッチャンと大仰な音と共に金庫の扉が開く。
ここからが正念場だ、というオーガーの声を思い出した。
金庫の扉が開くと、自動的に警察の管理局に情報が行く。
管理局で睡魔と闘っている夜勤の警備員がそれに気付いたら、明らかに不審者の侵入が確認されてしまう。
そこから警察が動き、銀行へと向かうまでの間にアンは目的のものを盗って逃げなければならない。
『だが心配はいらない。逃げ道はここに示してある通りのルートを辿ればすぐに外へと出られる。外に出れば黒ひげがお前を拾い逃げる。警察が腰を浮かすまでの時間で全てが終わる』
5畳ほどの広さがある部屋のような金庫に足を踏み入れたアンは、その広さの中たったひとつ、ショーケースのようなものが部屋の真ん中に置かれているのを見つけた。
すばやく近づいて、小型の懐中電灯でそれを照らす。
ショーケースの中には真っ赤な花が咲いていた。
(ああ、)
これだ。いや、これかはまだわからない。
でもあたしはこれと同じ形のものをやっぱり知っている。
アンはショーケースを持ち上げ中のものを手に取ると、それを慎重に腰のウエストポーチの中にしまった。
ウエストポーチはこの髪飾りを入れるためだけのものなので、中はふかふかとクッションのようなわたでいっぱいだ。
アンは確かにウエストポーチを閉めたことを確認すると、一目散に金庫から飛び出した。
金庫が開いたことはすでに知られているので、丁寧に扉を閉める必要はない。
真っ暗闇の中で働いているのは頭の中に描いた地図だけで、それを頼りに出口を目指す。
今にもパッと灯りが付き、黄色い光がアンを指さすのではないかと思うと吐きそうなほど緊張し、それでいて胸が痛いほど昂揚した。
アンは銀行の社員給湯室の窓を開け、そこから身を滑りだす。
排水くさい裏手を走り抜けて道路に出ると、黒い車が一台停まっており中の人物がアンを手招く。
アンが飛び込むように車に乗ると、車はまるで待ち合わせた人物を乗せただけのような冷静さでスムーズに動き出し、素早くその場を去っていった。
*
翌日は店を臨時休業とした。
シャッターの外からは何度も何度も、客の不満げな声が聞こえたがごめんなさいと耳を塞ぐしかない。
アンは寝室の3つのベッドを占領して大の字で寝こけている。
ルフィはそわそわと何度も寝室を振り返りながらも仕方なく学校へ行った。
そしてサボは、アンが起きた時のために朝食の準備をしている。
アンが帰ってきたのは朝の4時ごろだった。
計画の粗方を知っていたサボは、きっとアンの帰りは明け方になるだろうと踏んですでに店の外に「臨時休業」の張り紙を張っておいたものの、アンが帰ってくるまで寝ていることなどできなかった。
つまりサボの方が一睡もしていない。
ルフィはサボと一緒にアンを待ちながらソファでうとうとしていた。
アンが初めて黒ひげの事務所へ出向いたときのことを思い出す。
いつでも自分は待ってばかりだと思うと歯噛みした。
そして今も、アンの朝食に大量のサンドイッチを作りながらもちりちりと胸を焼く悔しさに息が詰まっている。
サンドイッチが増産され続けていくのは、サボがその行為で考えを紛らわそうとしているからだ。
逆さになった新聞をぼうっと眺めていたサボは、外に止まった車の気配にハッと顔を上げた。
サボの膝の上に足を投げ出して寝ていたルフィも寝ぼけ眼のままむくりと頭を上げた。
『帰ってきたか?』
『ああ』
ルフィが落ちるようにソファの下に転がってから体を起こす。
寝ぼけているのかもたつくルフィを残してサボはすぐさま階下へと続く階段へ向かった。
店につながる階段を下りると、店の入り口あたりにアンがいた。
出ていったときと同じ格好、普段着で、手には大きめのビジネスケースのようなものを持っていた。
どっと重たい安堵が体にのしかかって、思わず膝が折れそうになった。
『…ただいま』
アンがふにゃっとした顔で笑った。
怪我はない、見たところ不調はなさそうに見える。
しかしその笑顔を見て、悟れるものは多かった。
サボは大股でアンに歩み寄って、覆いかぶさるように抱き込んだ。
サボの安堵とアンの悲しみが混じり合いながら互いの心の中に流れ込んでくる。
『良かった、アン…おかえり』
『サ、ボ。あたし…』
『ごめんな』
気付いたら謝っていた。
顎の下あたりで、アンが小さく首を振る。
『母さんのじゃなかった』
ごめん、と吐息に吹き飛ばされそうな声でアンは呟いた。
ゴト、と音を立ててアンが手にしていたビジネスケースを床に落とした。
はずみで開いたケースの中から弾けるように詰まっていた紙幣が溢れ出て床に散らばる。
後ろから近付いてきたルフィが、サボの背中にゴツンと額をぶつけて寄りかかった。
シャワーを浴びたアンは、昇ってきた朝日から目を逸らすように寝室へ直行して今も死んだように眠っている。
今日一日分の店の食材が余ってしまったが、新鮮を売りにしている以上パンはともかく野菜を明日へ回すことはできないので全てアンの朝食に使い切ってやった。
サンドイッチ作りは気づいたらレタスがなくなっていたので終わりだ。
シャッターを閉めた店の中は暗く、外の光は小さな窓からしか入ってこない。
暗いのは光のせいだけじゃない、と思いながらサンドイッチを冷蔵庫へ一度しまう。
大きな業務用冷蔵庫の上の段はすべてサンドイッチで埋まってしまった。
これは今日の夕飯もサンドイッチかもしれないな、とひとり苦笑した。
サンドイッチ作りが終了してしまったので他の仕事を探し、とりあえず手あたりしだい店を掃除することにした。
気が紛れていいし、いつも掃除はルフィに任せていたのでたまには自分がやるのもいい。
すべての客席の椅子をテーブルの上にあげていく。
アンが起きてきたら何から聞こうか、とぼんやり考えた。
怪我はなさそうだったし体調も特におかしくはなさそうだったが、黙っているだけかもしれないからまずはその確認。
それから、アンが持ち帰ってきた大金の出所。
アンは言いたくないかもしれないし、聞かなくても想像はつく。
黒ひげに握らされた金をアンがどんな思いで持ち帰って来たか。
考えるだけで頭がぼっと燃えるように熱くなる。
めったにサボが感じることのない感情。
これは怒りだ。
床を掃きテーブルを拭き電球を替え、まるでぜんまい仕掛けのロボットのように無駄のない動きで店中を磨き上げていく。
頭の芯を燃やすような感情はエネルギーへと変換した。
堅く絞った雑巾で店の壁中を拭きまくっていたサボは、手を動かしながら自分は怒るとこういう方向にエネルギーが出力されるのか、と妙に冷静な気分で分析していた。
時計の針が昼の12時を回り、店の外から臨時休業を嘆く声がまた聞こえ始めたころ。
階段を一段ずつ降りてくるおぼつかない足音が聞こえた。
「…サボ?」
ルフィのTシャツのお古をパジャマ代わりにしているアンは、よれたシャツに逆に着られているように見える。
サボがおはようと言うと、アンはまだ半分夢の中、と言った表情でおはようと返した。
「…掃除してたの」
「うん、暇で。アン、ちゃんとズボンは履きなさい」
「いま、なんじ?」
「ちょっと昼回ったとこ。腹減ったろ」
「ああ…」
アンはお腹に手を当てる仕草をし、自分の腹に問いかけるように首を傾げたあと、はらへった、とぽつりと呟いた。
「冷蔵庫にサンドイッチ、入ってる」
「おお~」
ただの返事なのか歓声なのかよくわからない応答をして、アンはぺたぺたと平べったいスリッパを鳴らしながら冷蔵庫へ近づき、その扉を開けてギャッと声を上げた。
振り向いた顔にはすっかり目が覚めたと書いてある。
「なんでこんなサンドイッチあんの!?」
「野菜余ったから…作りすぎた?」
「うはぁ…こりゃあ今日の夕飯もサンドイッチだねえ」
サボと全く同じことを口にしながら、アンはガタゴトとサンドイッチのトレーを取り出してカウンターに置いた。
「サボは?昼飯食った?」
「そういえばまだだ」
掃除に夢中になっていて、すっかり忘れていた。
とりあえず中断しよう、と雑巾をバケツに放り投げてから、やっぱり掃除はもう十分かと思い直してバケツごと裏手に運んだ。
サボが手を洗って戻ってくると、アンは相変わらずのパジャマ姿のまま、しかしてきぱきと動いて2人分のコーヒーを淹れていた。
「お客さん用の、使っちゃった」
たまにはいいじゃん、と言うとそだねとアンはたっぷりコーヒーを注いでくれた。
ふたりカウンターに並んで、もくもくとサンドイッチを口に運んでいく。
さすがに作りすぎたようで、食べても食べてもトレーの上のサンドイッチは減らない。
このトレーはまだあと2枚冷蔵庫に入っているはずだ。
さらにいうと、すべて同じ具材で作った上にアンのように料理に対する技術がないので全て同じ味である。
アンがサボと同量食べて折り返し地点に到達したあたりからサボはもう早々と飽きてしまい、コーヒーばかり飲んでいた。
「終わんないねぇ…」
サンドイッチを口に含んでもそもそとした口調のまま、アンがぽつんと呟いた。
それはサンドイッチの話なのか、はたまた別のことなのか判断しかねてサボは返事をしなかった。
「金、どうした?」
「二階の…タンスの中突っ込んである。うち、金庫とかないし」
「そう、だよな…びっくりした?」
うんと素直にうなずくと、アンは顔をくしゃっとして笑いながらごめんと言った。
「黒ひげの奴らが、とりあえず前金だって」
「前金?なんの…」
「偽物だったけど、髪飾りの。アレを裏で売った金の…どんだけって言ってたっけ…3分の1?それをあたしにくれるって言って…その3分の1のうちのそのまた半分がアレ」
まさか金もらえると思わなかったから、びびったよ。
そう言ってごくんと口の中のものを飲み込むと、はーっと深く息をついた。
その金にまつわるアンと黒ひげのやり取りは、見なくとも目に浮かんだ。
本物の髪飾りだけを欲して黒ひげの言いなりになり犯罪を犯し、結局盗ったものは偽物で、落胆するアンに「報酬だ」と大金を手渡す黒ひげ。
アンにとって本物の髪飾り以外価値なんてないのに、黒ひげはアンが盗ってきた者が偽物であろうと本物であろうとそれが成功する限り利益しかない。
「そんなのいらない」と拒むアンに下卑た笑みと共に金のつまったケースを押し付けて、おおかたアンを満足させた気になっているのだろう。
「…車の中にそのまま置いてきてやろうかとか…道でぶちまけてやろうかとか…思った、けど」
これじゃ本物の泥棒だ。
アンはカウンターに肘をついて、小さく肩をすぼめて縮こまった。
浅しい金、汚い金。
でもこれがあれば、「もしも」のとき、アンになにかがあったとき、サボとルフィを生かしてくれるかもしれない。
罪悪感と現実的な本心が渦巻いてアンの胸を押しつぶすのが目に見えるようだった。
(アンは優しすぎる)
「アン」
サボは震えるアンの腕を握った。
細く、サボの指が作る輪の中にアンの腕はすっぽりと入ってしまう。
ぎゅっと強めに握るとアンはようやくその力に気付いたように顔を上げた。
「迷うならもうやめろ」
アンは殴られたような目でサボを見た。
その目から目を逸らさないよう、サボもぐっと心を押さえつける。
迷ったらいけないのはおれも同じだ。
「続けるなら覚悟を決めろ。汚いことにはとことん汚いものがつきまとう。金だってそうだ。それが嫌なら…もうやめたほうがいい」
「やめ…やめらんない、よ。もう」
「逃げればいい。3人で逃げるんだ」
そんな、とアンは絶句して、ほろほろと眼から水滴を転がした。
逃げるとは、この店も、この街も全部捨てて出ていくということ。
簡単じゃないのはわかっていた。
アンは泣き続けながらサボを見つめて、もう一度首を振った。
「逃げない」
サボは思わずアンの腕を握る力をぐっと強めてしまった。
アンはそれに顔をしかめて、サボの顔が険しくなったのには気付かない。
(泣きながら何言ってんだ)
アンはサボが握るのと反対の腕でごしごしと顔をこすると、ギュッと唇を固く結んで、揺れないまっすぐな瞳でサボをもう一度見た。
「ごめん、あたしやるから。…金も、上手に使おう」
「…わかった」
サボがアンの腕を緩く離すと、そこはうっすらと赤く色づいていた。
アンは無意識にそこをさすりながら、まだ泣き跡の残る顔で笑って見せる。
「弱弱しいこと言ってごめん。もう大丈夫!」
アンは椅子をくるんと回して、体操選手よろしくぱっと椅子から飛び降りた。
サンドイッチの残りにサランラップをかけ直してそれを冷蔵庫にしまう。
「洗濯機回してくれた?」
「あ…まだだ」
「じゃ、ルフィが帰ってくるまでにやっちゃおう」
先程までの弱弱しさはどこへやら、アンはきびきびと動いてさっさと階段を上っていってしまった。
残されたサボは、ぽかんとその背中を見送るしかできない。
(アンは強い)
強すぎて、たまに折れ所を間違える。
「逃げる」と言ってくれていたらどんなに楽か。
いや実際楽なのはサボの気持ち的な面だけで、現実は厳しさを増すだろう。
それでもアンが逃げると言ってくれたら。
サボはアンとルフィの手を引いてどこまででも逃げる自信があった。
本物の髪飾りを手に入れるまで、アンはこの苦しさを繰り返さなければならないのかと思うとどうにもやりきれなくて、ちがう逃げたいのはおれのほうだと気付いた。
→
サボもルフィもそのことに対してなにも言わなかった。
しかしティーチは、肯定の返事をしに再び事務所に赴いたアンに何度もそのことを問うた。
「途中で腰が引けて、やっぱりやめにするなんてのぁなしだぜ、アン」
「わかってるよ…そんなことしない」
「あァ信じてるぜアン。そりゃあ立派な裏切りだ」
ニヤニヤと品のない笑みで念押しを繰り返すティーチから顔を背けて、アンはもう一度わかってると呟いた。
『裏切り』という言葉が飛び出してきたことで、悟った。
これは契約なのだ。
ティーチたち一味の手引きで髪飾りを取り返すアンと、アンの仕事によってニューゲートの地位を貶め恨みを晴らすティーチ。
ティーチはニューゲートに対する具体的な恨み言を口にしなかったので、かの地位からニューゲートを引きずり落とすことでティーチにどんな益があるのかアンには想像がつかない。
ただの憂さ晴らしのようにも見えた。
大人の喧嘩に巻き込まれたような馬鹿馬鹿しさを感じないでもなかったが、アンにも大事な対価が用意されているので、それについて特にアンは触れていない。
結局なぜティーチがニューゲートを嫌っているのかはわからないままだ。
「オレたちのことは黒ひげと呼べ。総称だ」
そう言われたので、サボたちとの話に出すときはその名を使っている。
おそらく個人名を出すと社会的にいろいろまずいのだろう。
ティーチにとってまずいことは、今のアンにとってもまずいことなので、基本的に筋が通っていることなら言われたことには従うしかない。
「オレたちと、アン、お前はいわば運命共同体だ。上手くやろうぜ」
──冗談じゃない。
一回目の仕事は、その次の日からアンと黒ひげの間で相談が交わされ始めた。
ほぼ一日おきの頻度でラフィットがアンを迎えに来る。
次の会合の予定は帰りに伝えられた。
基本的にアンの予定を黒ひげの側がうかがうことはなく、一方的だ。
それで困ることがないのが少し悔しい。
黒ひげの事務所では、アンとティーチは初めて互いをまみえたときと同じように向かい合って話を進めた。
「4つの髪飾りを順に盗っていくしか手立てはねぇわけだが、アン、お前はどれが本物だと思う?」
そう言われても、と心のうちで呟きながら、アンは手元の資料に目を通した。
ひとつはこの街の年老いた金持ちが運営する私立美術館。
ひとつは財閥創始者の妻が髪飾りを預けた銀行。
もうひとつは成金息子のコレクションルーム。
そして最後の一つは宝石商の店だ。
「…こいつらの中で『アタリ』の奴は、自分の持ってるのが本物だって知ってんの?」
「ゼハハハ!奴ぁ全員自分の持ってるのが本物だと思ってるさ!そもそも偽物の存在さえ意識してないバカどもだ」
「それじゃあどこから狙っても同じじゃんか」
アンは資料を見比べた。
ティーチはその姿を面白そうに見ている。
「いいさ。どこから行くかはテメェで決めな」
美術館、銀行、成金の家、宝石商の店。
一番目が利きそうなのはやはり宝石商か。
いやしかし、本物は偽物より高く売られたはずだからそれを商売にする宝石商が手を出すかと言われたら考えてしまう。
この宝石商は、髪飾りを売り物にせずずっと店の中に非売品として飾っているのだと言う。
おおかた店の核を上げる道具のようなつもりなのだろう。
じゃあと残りの3つを見比べてから、アンは言った。
「ここ、銀行にする」
「ほう」
ティーチはニヤリと笑った。
「またどうしてだ?」
「一番警備が固そうだから、本物が預けられてんのなら銀行じゃないかと思って」
ティーチはアンの推理を聞くと、大きな笑い声を上げて喜んだ。
「いいぜ、アン、オレァお前のそういう肝っ玉の座ったとこが好きだ。よし、じゃあ銀行から行くとしよう」
その日はそれだけ決めると、ラフィットが車を出してアンを送った。
「銀行内の仕組みや具体的な『やり方』はこっちに任せてもらうぜ。何、ヘマ踏ますようなこたぁさせやしねぇから安心しな」
ティーチは帰り際にそう言ってアンを見送った。
黒ひげの手引きがどれだけ煩雑であろうとヘマなんか踏むもんか。
あたしは捕まるわけにはいかない。
母の形見が流されたその源泉なんかに、サボとルフィを残して捕まるわけにはいかないのだ。
*
後ろ暗い計画が遂行していくその一方で、アンたちの店は誰の目に見ても明らかなほど、街に新しくできた飯屋として軌道に乗ろうとしていた。
店のメインとして位置付けたモーニングは大人気で、朝の時間店を開けてすぐが一番忙しい。
とくにたった一人で料理を仕上げなければならないアンはおおわらわである。
しかし同じくして慌ただしく働いた後、休むまもなく学校へ行かなければならないルフィも相当の気力・体力が必要だし、サボさえもホールと経理の2足のわらじだ。
つまりはアンがアンであり、サボがサボであり、そしてルフィがルフィたるがために店はなんとかまわっている。
この胆力に気付いた街の人々は口々にアンたちの店の噂を語り、評判は布に水が染み込んでいくようにじわじわと、しかし確実に広まっていた。
喜ばしいことである。
売り上げは伸び、店の明度は増し、アンたちも近所に溶け込みやすくなった。
しかし皮肉なことに、そのぶん危惧は増した。
アンが犯そうとしている罪は、アンの顔が割れてしまえばすぐに露見してしまうだろう。
それを黒ひげに伝えると、心配いらねぇさと大き目の紙袋を手渡された。
「家帰ってから中身あらためてみやがれ。問題ねぇとわかるだろう」
その言葉の通り、アンはその日の夜、サボとルフィと紙袋を囲みながらその中身を床にぶちまけた。
出てきたのはシルクのような生地の薄いコート、皮の手袋、ペロンとしたよくわからないゴムのような薄いシートと、短髪のかつらだった。
「すげぇ、変装セットだ!」
とルフィは妙に興奮したが、アンは思わず「なんだ」と声を出していた。
黒ひげが自信満々に大丈夫だと言うので何かと思えば、まるで安い映画のような変装をして臨めと言うのか。
「…こんなんでばれないかなあ」
不安をそのまま口にすると、いや、とサボがかつらに視線を落としたまま呟いた。
「ちょっとアン、うしろ向け」
言うや否やサボはアンの肩を掴んでぐりんと後ろを向かせた。
なんだ?と問う間もなくサボはアンの長い髪を手で束ねると、リビングのテーブルの上に放ってあった髪ゴムに手を伸ばし、それでアンの髪をくくった。
そしてアンの頭の上にすっぽりとかつらをかぶせる。
「おぉー!すげぇ!」
アンの正面でルフィが歓声を上げた。
「なに?なに?」
「うん、案外わかんねぇかもよ。ルフィ、鏡」
手鏡がさっとアンの顔の前にかざされた。
鏡の中に映るのは間違いなくアンだが、まるで同じ髪色の少年のようだ。
大きいがアーモンド形で少しつり気味のアンの目と高い鼻は男顔の要素も備えているのである。
顔が小さいぶん青年と言うより少年ではある。
「そんなに変わってる?」
「まあ今のアンを見ても知ってるやつはアンだってわかるけど、コレすれば完璧だろう」
そう言ってサボはアンには使い道の分からなかったゴム生地のような薄い膜を手に取った。
それなに?と振り向きながら問おうとしたアンの顔にそのシートがぺたりと貼り付けられた。
ひやりとした感触にアンは思わずうひゃっと声を上げた。
「なに!?」
「マスクだろ。アン、目のとこ穴開いてるから目開けても平気だぞ」
「すげぇぞアン!本物の怪盗みてぇだ!」
アンはおそるおそる目を開いた。
目の前の鏡の中、耳の下あたりまでと言う短い髪の自分の顔に、黒いマスクが口から上をぺたりと覆っていた。
「なんだこれ!」
真っ黒に染まった顔はまさしく映画で見る怪盗のような姿で、どこか真の抜けるその様相に思わず噴き出した。
「え、あたしこのカッコで行かなきゃなんないの?」
「カッコいいぞーアン!」
「うん、これでこのコート羽織ってればまず女には見えないな」
そう言って笑いながらサボが薄手のコートを差し出すので、アンも調子を合わせてそれを受け取り、羽織った。
軽くて動きやすい。
とっとっと、と後ずさってルフィが手に持つ小さな手鏡に映る全身を確かめた。
「全身真っ黒だ」
「らしくていいんじゃないか」
「アンッ、次オレも着てぇ!」
「ルフィにはちょっと小さいよ」
「ちぇっ、あーオレも怪盗やりてぇ!」
じゃあ3人でやるか、とサボが言ってルフィが笑うのでアンも笑った。
この一連の会話が嘘くさく思えるのはきっと限りなく嘘に近いからだ。
重たい事実から逃げるために笑うしかないのは、あたしたちが子供だからだと思い知る。
*
決行は実に簡単だった。
アンは「その日」の2週間前に銀行の地図を手渡され、計画の一連の流れを黒ひげによって説明された。
その説明を施したのはティーチでもラフィットでもない、オーガーと言う名の陰険な顔つきの男だった。
「黒ひげ」の頭脳要員らしい。
彼は初めてアンの前に現れたにもかかわらずろくな挨拶も交わさず、事務的な説明をいきなり始めた。
馴れ合うつもりのないアンにとってもそれはただの好都合である。
アンは2週間かけて、銀行内部の地図と計画を頭に叩き込んだ。
黒衣をまとったアンは午前1時の銀行の警備員を麻酔銃で2人倒し、頭に刷り込んだ地図を頼りに一つずつ黒のスプレーで防犯カメラの画面を塗りつぶしていく。
それが終われば、もうあとは問題の金庫の前へ行くのみである。
金庫の暗証番号と指紋サンプルはなんと既に黒ひげによって用意されていた。
アンはそれらを持って、金庫の扉を開き、中のものを取ってくるだけでいい。
つまるところアンはただの駒にすぎない。
黒ひげが整えたすべての手順に沿って、少し危険な仕事をこなしていくだけの被雇用者。
アンは淡々と作業を進めながら、この行為の目的に自分の思惟も含まれることを忘れそうになった。
暗証番号を正確に入力し、指紋サンプルを張り付けた皮手袋の指で液晶を押せば赤色のランプが緑色に変わる。
闇をも吸い込みそうな静寂の中、ガッチャンと大仰な音と共に金庫の扉が開く。
ここからが正念場だ、というオーガーの声を思い出した。
金庫の扉が開くと、自動的に警察の管理局に情報が行く。
管理局で睡魔と闘っている夜勤の警備員がそれに気付いたら、明らかに不審者の侵入が確認されてしまう。
そこから警察が動き、銀行へと向かうまでの間にアンは目的のものを盗って逃げなければならない。
『だが心配はいらない。逃げ道はここに示してある通りのルートを辿ればすぐに外へと出られる。外に出れば黒ひげがお前を拾い逃げる。警察が腰を浮かすまでの時間で全てが終わる』
5畳ほどの広さがある部屋のような金庫に足を踏み入れたアンは、その広さの中たったひとつ、ショーケースのようなものが部屋の真ん中に置かれているのを見つけた。
すばやく近づいて、小型の懐中電灯でそれを照らす。
ショーケースの中には真っ赤な花が咲いていた。
(ああ、)
これだ。いや、これかはまだわからない。
でもあたしはこれと同じ形のものをやっぱり知っている。
アンはショーケースを持ち上げ中のものを手に取ると、それを慎重に腰のウエストポーチの中にしまった。
ウエストポーチはこの髪飾りを入れるためだけのものなので、中はふかふかとクッションのようなわたでいっぱいだ。
アンは確かにウエストポーチを閉めたことを確認すると、一目散に金庫から飛び出した。
金庫が開いたことはすでに知られているので、丁寧に扉を閉める必要はない。
真っ暗闇の中で働いているのは頭の中に描いた地図だけで、それを頼りに出口を目指す。
今にもパッと灯りが付き、黄色い光がアンを指さすのではないかと思うと吐きそうなほど緊張し、それでいて胸が痛いほど昂揚した。
アンは銀行の社員給湯室の窓を開け、そこから身を滑りだす。
排水くさい裏手を走り抜けて道路に出ると、黒い車が一台停まっており中の人物がアンを手招く。
アンが飛び込むように車に乗ると、車はまるで待ち合わせた人物を乗せただけのような冷静さでスムーズに動き出し、素早くその場を去っていった。
*
翌日は店を臨時休業とした。
シャッターの外からは何度も何度も、客の不満げな声が聞こえたがごめんなさいと耳を塞ぐしかない。
アンは寝室の3つのベッドを占領して大の字で寝こけている。
ルフィはそわそわと何度も寝室を振り返りながらも仕方なく学校へ行った。
そしてサボは、アンが起きた時のために朝食の準備をしている。
アンが帰ってきたのは朝の4時ごろだった。
計画の粗方を知っていたサボは、きっとアンの帰りは明け方になるだろうと踏んですでに店の外に「臨時休業」の張り紙を張っておいたものの、アンが帰ってくるまで寝ていることなどできなかった。
つまりサボの方が一睡もしていない。
ルフィはサボと一緒にアンを待ちながらソファでうとうとしていた。
アンが初めて黒ひげの事務所へ出向いたときのことを思い出す。
いつでも自分は待ってばかりだと思うと歯噛みした。
そして今も、アンの朝食に大量のサンドイッチを作りながらもちりちりと胸を焼く悔しさに息が詰まっている。
サンドイッチが増産され続けていくのは、サボがその行為で考えを紛らわそうとしているからだ。
逆さになった新聞をぼうっと眺めていたサボは、外に止まった車の気配にハッと顔を上げた。
サボの膝の上に足を投げ出して寝ていたルフィも寝ぼけ眼のままむくりと頭を上げた。
『帰ってきたか?』
『ああ』
ルフィが落ちるようにソファの下に転がってから体を起こす。
寝ぼけているのかもたつくルフィを残してサボはすぐさま階下へと続く階段へ向かった。
店につながる階段を下りると、店の入り口あたりにアンがいた。
出ていったときと同じ格好、普段着で、手には大きめのビジネスケースのようなものを持っていた。
どっと重たい安堵が体にのしかかって、思わず膝が折れそうになった。
『…ただいま』
アンがふにゃっとした顔で笑った。
怪我はない、見たところ不調はなさそうに見える。
しかしその笑顔を見て、悟れるものは多かった。
サボは大股でアンに歩み寄って、覆いかぶさるように抱き込んだ。
サボの安堵とアンの悲しみが混じり合いながら互いの心の中に流れ込んでくる。
『良かった、アン…おかえり』
『サ、ボ。あたし…』
『ごめんな』
気付いたら謝っていた。
顎の下あたりで、アンが小さく首を振る。
『母さんのじゃなかった』
ごめん、と吐息に吹き飛ばされそうな声でアンは呟いた。
ゴト、と音を立ててアンが手にしていたビジネスケースを床に落とした。
はずみで開いたケースの中から弾けるように詰まっていた紙幣が溢れ出て床に散らばる。
後ろから近付いてきたルフィが、サボの背中にゴツンと額をぶつけて寄りかかった。
シャワーを浴びたアンは、昇ってきた朝日から目を逸らすように寝室へ直行して今も死んだように眠っている。
今日一日分の店の食材が余ってしまったが、新鮮を売りにしている以上パンはともかく野菜を明日へ回すことはできないので全てアンの朝食に使い切ってやった。
サンドイッチ作りは気づいたらレタスがなくなっていたので終わりだ。
シャッターを閉めた店の中は暗く、外の光は小さな窓からしか入ってこない。
暗いのは光のせいだけじゃない、と思いながらサンドイッチを冷蔵庫へ一度しまう。
大きな業務用冷蔵庫の上の段はすべてサンドイッチで埋まってしまった。
これは今日の夕飯もサンドイッチかもしれないな、とひとり苦笑した。
サンドイッチ作りが終了してしまったので他の仕事を探し、とりあえず手あたりしだい店を掃除することにした。
気が紛れていいし、いつも掃除はルフィに任せていたのでたまには自分がやるのもいい。
すべての客席の椅子をテーブルの上にあげていく。
アンが起きてきたら何から聞こうか、とぼんやり考えた。
怪我はなさそうだったし体調も特におかしくはなさそうだったが、黙っているだけかもしれないからまずはその確認。
それから、アンが持ち帰ってきた大金の出所。
アンは言いたくないかもしれないし、聞かなくても想像はつく。
黒ひげに握らされた金をアンがどんな思いで持ち帰って来たか。
考えるだけで頭がぼっと燃えるように熱くなる。
めったにサボが感じることのない感情。
これは怒りだ。
床を掃きテーブルを拭き電球を替え、まるでぜんまい仕掛けのロボットのように無駄のない動きで店中を磨き上げていく。
頭の芯を燃やすような感情はエネルギーへと変換した。
堅く絞った雑巾で店の壁中を拭きまくっていたサボは、手を動かしながら自分は怒るとこういう方向にエネルギーが出力されるのか、と妙に冷静な気分で分析していた。
時計の針が昼の12時を回り、店の外から臨時休業を嘆く声がまた聞こえ始めたころ。
階段を一段ずつ降りてくるおぼつかない足音が聞こえた。
「…サボ?」
ルフィのTシャツのお古をパジャマ代わりにしているアンは、よれたシャツに逆に着られているように見える。
サボがおはようと言うと、アンはまだ半分夢の中、と言った表情でおはようと返した。
「…掃除してたの」
「うん、暇で。アン、ちゃんとズボンは履きなさい」
「いま、なんじ?」
「ちょっと昼回ったとこ。腹減ったろ」
「ああ…」
アンはお腹に手を当てる仕草をし、自分の腹に問いかけるように首を傾げたあと、はらへった、とぽつりと呟いた。
「冷蔵庫にサンドイッチ、入ってる」
「おお~」
ただの返事なのか歓声なのかよくわからない応答をして、アンはぺたぺたと平べったいスリッパを鳴らしながら冷蔵庫へ近づき、その扉を開けてギャッと声を上げた。
振り向いた顔にはすっかり目が覚めたと書いてある。
「なんでこんなサンドイッチあんの!?」
「野菜余ったから…作りすぎた?」
「うはぁ…こりゃあ今日の夕飯もサンドイッチだねえ」
サボと全く同じことを口にしながら、アンはガタゴトとサンドイッチのトレーを取り出してカウンターに置いた。
「サボは?昼飯食った?」
「そういえばまだだ」
掃除に夢中になっていて、すっかり忘れていた。
とりあえず中断しよう、と雑巾をバケツに放り投げてから、やっぱり掃除はもう十分かと思い直してバケツごと裏手に運んだ。
サボが手を洗って戻ってくると、アンは相変わらずのパジャマ姿のまま、しかしてきぱきと動いて2人分のコーヒーを淹れていた。
「お客さん用の、使っちゃった」
たまにはいいじゃん、と言うとそだねとアンはたっぷりコーヒーを注いでくれた。
ふたりカウンターに並んで、もくもくとサンドイッチを口に運んでいく。
さすがに作りすぎたようで、食べても食べてもトレーの上のサンドイッチは減らない。
このトレーはまだあと2枚冷蔵庫に入っているはずだ。
さらにいうと、すべて同じ具材で作った上にアンのように料理に対する技術がないので全て同じ味である。
アンがサボと同量食べて折り返し地点に到達したあたりからサボはもう早々と飽きてしまい、コーヒーばかり飲んでいた。
「終わんないねぇ…」
サンドイッチを口に含んでもそもそとした口調のまま、アンがぽつんと呟いた。
それはサンドイッチの話なのか、はたまた別のことなのか判断しかねてサボは返事をしなかった。
「金、どうした?」
「二階の…タンスの中突っ込んである。うち、金庫とかないし」
「そう、だよな…びっくりした?」
うんと素直にうなずくと、アンは顔をくしゃっとして笑いながらごめんと言った。
「黒ひげの奴らが、とりあえず前金だって」
「前金?なんの…」
「偽物だったけど、髪飾りの。アレを裏で売った金の…どんだけって言ってたっけ…3分の1?それをあたしにくれるって言って…その3分の1のうちのそのまた半分がアレ」
まさか金もらえると思わなかったから、びびったよ。
そう言ってごくんと口の中のものを飲み込むと、はーっと深く息をついた。
その金にまつわるアンと黒ひげのやり取りは、見なくとも目に浮かんだ。
本物の髪飾りだけを欲して黒ひげの言いなりになり犯罪を犯し、結局盗ったものは偽物で、落胆するアンに「報酬だ」と大金を手渡す黒ひげ。
アンにとって本物の髪飾り以外価値なんてないのに、黒ひげはアンが盗ってきた者が偽物であろうと本物であろうとそれが成功する限り利益しかない。
「そんなのいらない」と拒むアンに下卑た笑みと共に金のつまったケースを押し付けて、おおかたアンを満足させた気になっているのだろう。
「…車の中にそのまま置いてきてやろうかとか…道でぶちまけてやろうかとか…思った、けど」
これじゃ本物の泥棒だ。
アンはカウンターに肘をついて、小さく肩をすぼめて縮こまった。
浅しい金、汚い金。
でもこれがあれば、「もしも」のとき、アンになにかがあったとき、サボとルフィを生かしてくれるかもしれない。
罪悪感と現実的な本心が渦巻いてアンの胸を押しつぶすのが目に見えるようだった。
(アンは優しすぎる)
「アン」
サボは震えるアンの腕を握った。
細く、サボの指が作る輪の中にアンの腕はすっぽりと入ってしまう。
ぎゅっと強めに握るとアンはようやくその力に気付いたように顔を上げた。
「迷うならもうやめろ」
アンは殴られたような目でサボを見た。
その目から目を逸らさないよう、サボもぐっと心を押さえつける。
迷ったらいけないのはおれも同じだ。
「続けるなら覚悟を決めろ。汚いことにはとことん汚いものがつきまとう。金だってそうだ。それが嫌なら…もうやめたほうがいい」
「やめ…やめらんない、よ。もう」
「逃げればいい。3人で逃げるんだ」
そんな、とアンは絶句して、ほろほろと眼から水滴を転がした。
逃げるとは、この店も、この街も全部捨てて出ていくということ。
簡単じゃないのはわかっていた。
アンは泣き続けながらサボを見つめて、もう一度首を振った。
「逃げない」
サボは思わずアンの腕を握る力をぐっと強めてしまった。
アンはそれに顔をしかめて、サボの顔が険しくなったのには気付かない。
(泣きながら何言ってんだ)
アンはサボが握るのと反対の腕でごしごしと顔をこすると、ギュッと唇を固く結んで、揺れないまっすぐな瞳でサボをもう一度見た。
「ごめん、あたしやるから。…金も、上手に使おう」
「…わかった」
サボがアンの腕を緩く離すと、そこはうっすらと赤く色づいていた。
アンは無意識にそこをさすりながら、まだ泣き跡の残る顔で笑って見せる。
「弱弱しいこと言ってごめん。もう大丈夫!」
アンは椅子をくるんと回して、体操選手よろしくぱっと椅子から飛び降りた。
サンドイッチの残りにサランラップをかけ直してそれを冷蔵庫にしまう。
「洗濯機回してくれた?」
「あ…まだだ」
「じゃ、ルフィが帰ってくるまでにやっちゃおう」
先程までの弱弱しさはどこへやら、アンはきびきびと動いてさっさと階段を上っていってしまった。
残されたサボは、ぽかんとその背中を見送るしかできない。
(アンは強い)
強すぎて、たまに折れ所を間違える。
「逃げる」と言ってくれていたらどんなに楽か。
いや実際楽なのはサボの気持ち的な面だけで、現実は厳しさを増すだろう。
それでもアンが逃げると言ってくれたら。
サボはアンとルフィの手を引いてどこまででも逃げる自信があった。
本物の髪飾りを手に入れるまで、アンはこの苦しさを繰り返さなければならないのかと思うとどうにもやりきれなくて、ちがう逃げたいのはおれのほうだと気付いた。
→
リバリバ4更新しましたーん。
まさか自分が黒ひげやらましてラフィットやらを登場させる羽目になるとは思いもしませんでしたよい。
ラフィットって、絶対名前知られてなかったりするんだ。
そして私はやはりあやつがあまりすきではない。
ほんとにマルコ登場しなくってすんません、ほんと…
サボアンもいけるぜおいしいぜ!!っていう人だけ得なかんじのアレです。
わたしはそういう人だともちょっと前に気付いたので、ひたすらもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐごっくんウマーー!!としています。
あと今回の話はちょっと長かった。
ティーチのターンが図らずして長くなったクッソー。
安定しない連載でごめんなさいな。
1話ずつ更新していて、4話目でまだ話の導入部にいることに驚いているよ。
通常より1話の量を大目にはしているんだが、それでも6~8話くらいで終わるんじゃないかと踏んで書き始めたのに。
なんてこったとんでもねぇ。
結末は見えているのにそこまでの距離が未知数。
気長にお付き合いいただきたい。
でも多分このお話は、スピード感的に一気に読んだ方が面白いのかもしれません。
そう言う場面がやってきたらまとめてアップとかしようかね。
…と、更新報告したところで今日は特に何もないので雑記は終了です。
ファミマの新デザートのジェラートと、生チョコバナナロールケーキが気になるねという小ネタ爆弾を投下しておわりとしましょう。
まさか自分が黒ひげやらましてラフィットやらを登場させる羽目になるとは思いもしませんでしたよい。
ラフィットって、絶対名前知られてなかったりするんだ。
そして私はやはりあやつがあまりすきではない。
ほんとにマルコ登場しなくってすんません、ほんと…
サボアンもいけるぜおいしいぜ!!っていう人だけ得なかんじのアレです。
わたしはそういう人だともちょっと前に気付いたので、ひたすらもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐごっくんウマーー!!としています。
あと今回の話はちょっと長かった。
ティーチのターンが図らずして長くなったクッソー。
安定しない連載でごめんなさいな。
1話ずつ更新していて、4話目でまだ話の導入部にいることに驚いているよ。
通常より1話の量を大目にはしているんだが、それでも6~8話くらいで終わるんじゃないかと踏んで書き始めたのに。
なんてこったとんでもねぇ。
結末は見えているのにそこまでの距離が未知数。
気長にお付き合いいただきたい。
でも多分このお話は、スピード感的に一気に読んだ方が面白いのかもしれません。
そう言う場面がやってきたらまとめてアップとかしようかね。
…と、更新報告したところで今日は特に何もないので雑記は終了です。
ファミマの新デザートのジェラートと、生チョコバナナロールケーキが気になるねという小ネタ爆弾を投下しておわりとしましょう。
アンが行ってから、サボはルフィと暗い店内で電気もつけずにアンを待った。
あえてそうしていたのではなく、アンを送り出してそのまま店のテーブル席に座ってしまったので電気をつけるのも忘れていただけだ。
だから8時を回った頃、ルフィが気付いて灯りをつけた。
サボが座ってから一度も腰を上げてない一方で、ルフィは落ち着かないのか立ったり座ったりを繰り返し、無意味に店の冷蔵庫を開けようとしてかぎがかかっていることにあぁと呻いていたりする。
動物園の熊のほうがまだ落ち着きがある。
サボは思わず声をかけた。
「ルフィ、お前がうろうろしたって仕方ないだろ。ちょっと落ち着け」
するとルフィは少し口を尖らせてサボを振り返った。
その手はまた冷蔵庫の取っ手を掴んでいる。
「サボも、さっきからカツカツうるせぇ」
なにを、と眉間に皺を寄せてから気付いた。
無意識のうちにサボの指は、正確には爪の先が同じリズムでテーブルを叩いていた。
サボはぎゅっと、爪を手のひらに食い込ませるように握りこんだ。
「…ごめん、とにかく座れよ。なんか飲もうか」
おれらがいらいらしたって仕方ないもんな、と苦笑いを混じらせて言うと、やっとルフィも少し顔を緩めた。
サボは一度二階に上がり、家庭用の冷蔵庫から牛乳とボトルコーヒーを取り出して店に降りた。
店では豆から引いてドリップしたコーヒーを淹れているというのに、自分たちが飲む分にはスーパーに売っている安いペットボトルのものを常備している。
アンもルフィもそれについては特にどうとも思っていないらしいしサボも気にしたことはない。
たまにアンがきちんと豆から淹れたコーヒーを休憩中などに飲ませてくれると、それはそれでやっぱり美味い。
ルフィは大人しくサボが座っていた隣に腰かけて、壁に貼ってあるどこかの国の色褪せた地図をぼうっと見ていた。
乾燥棚にぶらさがっていたグラスを二つ取り出してそこにコーヒーと牛乳を注ぐ。
ルフィにはコーヒー半分牛乳半分。自分用にはコーヒーに少し牛乳を垂らした。
「ほら」
「おぉ、ありがと」
たぷたぷと中身の入ったグラスを渡すと、ルフィはいつものように一気に半分以上飲み下した。
しかし珍しくけほ、と少しむせている。
冷たいそれに口をつけると、幾分頭が冷えた。
「アン、もうすぐ帰ってくるよな」
「たぶんな」
「おれ、外まで迎えに行ってみようか」
「落ち着けって言っただろ」
そうだけど、とやはりルフィはむくれた。
「ルフィお前風呂入ってこいよ」
「いやだ、おれが風呂入ってる間にアンが帰ってきたらどうすんだ」
「いいだろ別に」
「いやだ!ずるいだろそんなの」
なにがだよ、と言ってもルフィはとにかくいやだの一点ばりで、結局二人ともそこに座っているしかない。
ルフィは背中を丸めて顎をテーブルに置き、グラスを唇の間に挟んだまま器用に口を開いた。
「アンの父ちゃんと母ちゃんの話って、なんだろな」
「…さあ」
「じいちゃんの知ってる話かな」
「それならおれらも知ってることなんじゃないか」
「だよなー…」
謎の男が持ち出した『アンの両親の話』が腑に落ちないのはルフィも同じのようだった。
だれだろうと自分の親のすべてを知っているはずはない。
だが、それを見ず知らずの他人から持ち出されるのはとても不愉快だ。
まったくやりきれない、ああアン早く帰ってこいとサボは組んだ両手に顔を隠して俯いた。
そのままサボとルフィがぽつぽつと会話を交わし、それよりもずっと長い沈黙の時を過ごして11時をほんの少し回った頃、シャッターの向こう側に車が止まった気配がした。
うつらうつらと船を漕いでいたルフィが野生動物のようにぱっと耳を立てて顔を上げた。
ゆらゆらするルフィのつむじを長い間見つめていたサボも、その気配にぱちんと夢から覚めるように顔を上げた。
「帰ってきた!」
ルフィが顔中綻ばせて入口へと駆けだす。
続いてサボもその場に立ち上がったとき、ルフィがドアを引くより一瞬早く外からドアが開いた。
「アン!」
「わっ」
現れたアンに、ルフィはためらうことなく飛びついた。
「びっくりした、ずっとここにいたの?」
「よかったアン!変なことされてねぇか!?」
「変なことってなに」
ぷっとアンが吹き出して、その顔を見てサボもやっと肩の力を抜いた。
「おかえりアン。良かった」
何が良かったのかサボ自身分からなかったが、アンは笑顔で頷いた。
少し顔色が白い気もするが、見たところ怪我も変わったふうもないので、サボはアンに貼りついたままのルフィを引き剥がした。
「とりあえずアンは風呂入んなよ。疲れただろ」
「じゃあ、そうする」
腹減らないか、痛いところはないかとまとわりつくルフィを笑いながら押しのけて、アンは階上へ上がっていった。
アンは烏の行水で、いつも10分と立たずに出てくる。
このときもそうだったので、続いてサボとルフィもさっさと風呂を済ました。
ホカホカと温まった体で3人縦に並び、アンはルフィの髪をタオルで拭き、サボはアンの髪をドライヤーで乾かした。
そうして一通りのことが済むと、さて、という雰囲気になる。
自然とアンの言葉を待つ空気になった。
ソファに座ったアンは沈黙を持て余すように手の中でミネラルウォーターのペットボトルをもてあそび、その隣でサボはアンが話し始めるのを待ち、地べたに胡坐をかいたルフィはそわそわと体を揺らしている。
あのな、とアンが口を開く。
迎えの車に乗ったその時のことから語り始めた。
*
アンが乗り込んだ黒い車の運転席にはラフィットが乗っていた。
丁寧な口調でアンにシートベルトを促してから車を発進した。
「あなたの弟たちは今頃さぞ気をもんでいることでしょうね」
ラフィットは相変わらずどこかからかうような風味を持たせてそう言った。
アンが返事をしないでいると視線をちらりと動かしたが、それからは何も話すことなく運転し続けた。
車はモルマンテ大通りを北へと上って行き、途中で交差する道を右へ曲がり次は左に曲がり、とくねくね進む。
まるでアンの目をくらませようとするかのようにわざと遠回りしているとしか思えない道筋を進んだが、どこまで行ってもアンには見知った街だからあまり意味はない。
ラフィットもなんとなくそれをわかっているようで、意味を持たないその行動はただ誰かの命令に従っているだけのような、若干辟易としているような顔が無表情の中に一瞬覗いた。
だから結局、30分以上走ってラフィットが車を止めた場所も、アンがよく知る本屋の裏手にある建物の前だった。
降りるよう目線で促され、そろそろと車を降りる。
アンを下ろすと車は発進し、アンは暗い路地に一人ぽつんと残された。
(…なんだってんだ)
どうすれば、とアンがその場に立ち尽くしていると、3分とせずにラフィットが、今度は歩いて戻ってきた。
「お待たせしてすみません、どうぞ」
ラフィットは目の前のコンクリートビルの重たそうな扉を開けた。
ラフィットの背中を追いながら、入ってすぐに現れた階段を上っていく。
暗いそこはキンと冷えていた。
階段を上りきったすぐ目の前に曇りガラスの扉が現れて、ラフィットは一声かけてそれを押し開け中に踏み入った。
アンも後に続くしかない。
中に入ったラフィットは、さっと横に身を滑らせてアンの前から退いた。
目の前の男の暗いスーツしか見えていなかったアンの視界が急に開けた。
電灯に照らされた室内は外よりずっと明るかったが、ちっとも暖かくない。
正面にはローテーブルと、それをはさんで向かい合う茶色い革張りのソファがあった。
それはアンに高校の校長室を思い出させた。
そしてソファの一つには、男が座っていた。
「ゼハハハハ、よく来てくれたゴール・D・アン」
会いたかったんだぜ、と男は抜けた歯並びを見せつけるように大きく口を開いて笑った。
お座りください、とラフィットが背後から囁く。
アンは仕方なく歩み寄った。
近くで見るとその男はとても大きかった。
肩幅はガープか、もしかするとそれ以上あるかもしれない。
座っているのでわからないが、男が立ったらアンは首が痛くなるほど見上げなければならないだろう。
男はぎょろりと大きな目でアンがソファに腰かけるまでをにやにやしながら追った。
嫌な目だ。
男はアンの顔からつま先までを舐めつくし味わうかのように眺め渡す。
アンはせいぜい弱気に見られないよう、顎を反らせるほど顔を上げて男を睨み返した。
どす、と音を立ててソファに腰かけた。
「何、話って」
つっけんどんにアンがそう言うと、男はまた奇妙な笑い声を上げた。
「まぁそうぴりぴりすんじゃねぇよアン。おいラフィット、客人に茶でもださねぇか」
「今作っています」
四角い部屋の隅にあるらしいキッチンからラフィットの声がすっと入ってきた。
「まぁまずは自己紹介と行こうじゃねぇか。お前さんはゴール・D・アン、たしかだな?」
アンは返事をすることもうなずくこともしなかった。
しかし男は特にアンの反応を気にすることなくニヤリとする。
「間違うはずねぇ、なんにせよお前ェはロジャーにそっくりだ」
アンの眉がピクリと動いた。
その反応を楽しむように、男はニヤニヤを濃くした。
「オレはティーチ。ここで税理士をしてる」
「税理士?」
確かにこの部屋は税理士の個人事務所のように見えないでもなかったが、この男はどこをどう見たってまっとうな職の人間には見えない。
太い指に豪奢な指輪をいくつもはめたこの男に客がつくのだろうか。
「お前ェを迎えにやったラフィットって男は俺の秘書だ。他にも人員はいくつかいるが…まぁおいおい紹介することにしよう」
ラフィットがトレンチにコーヒーをのせて持ってきた。
慣れたしぐさでアンの前に置く。
ティーチは出されたコーヒーを音を立ててすすった。
「どこから話すのがわかりやすいんだろうなぁ、オレァややこしい話がきらいでな。おいアン、お前ェは聞きたいことねぇか?話し出しを決めてくれ」
ティーチはソファの背もたれに背をつけたまま、ふんぞり返った姿勢でアンに尋ねた。
聞きたいことなど山ほどある。
「…あんた、父さんと母さんのなに」
ティーチは歯を剥きだしてにぃと笑った。
「よし、いいな、そこから話すか。アン、お前ェのオヤジは警察だった。知ってるだろなぁ?だがただのおまわりでも、私服警官でもねぇ。幹部も幹部、この街を牛耳るトップの一人だった」
そのことはアンも大人になるにつれて徐々に知っていった。
過去の政治家のように、ときたまテレビで見るような存在。
「お前ぇはこの街の気違いじみた政治の仕組みを知ってるか?」
アンはあいまいにうなずく。
この街の権力図を糾弾する声は、大人になればいやでも耳に付いた。
おそらくそのことだろう。
ティーチは満足げに話を続けた。
「オレァ昔行政府で職についててな。そうすりゃ名目上の権力と実質上の権力だ、行政府のオレと警察幹部の奴らは事実のすり合わせのために顔を合わせて話をする機会が何度か必要になる。そこでお前ェのオヤジとも出会ったってわけよ。まぁ別段よろしくやってたわけでもねぇし、特別犬猿の仲だったわけでもねぇ。お前ぇだってそういうやつはいるだろう?」
アンは黙って話を促した。
行政府と警察組織には火を見るより明らかな権力差があるので、仲良くやっているわけではないが、衝突を避けるために互いが互いを上手く立てているのだと聞いたことがある。
「そういう意味でオレらぁただの仕事上の付き合いしかしてねぇ。お前ェの母親…ルージュだったか?そのことだって何かの折に聞いたことがあるだけだ。どういう関係って、まぁそんだけだ」
アンは男の大きな黒い目の中をじぃと見た。
嘘やごまかしの気配はないように見えた。
ティーチは話の流れを掴んだのか、饒舌に話を続けた。
「聞くがアン、お前ェ、エドワード・ニューゲートという男を知ってるか」
エドワード・ニューゲート。
それこそニュースか何かで耳にしたことがある。
この街の最高権力を握る警察組織のトップに立つ男。
アンは頷いた。
「…名前は」
「それでいい。オレァロジャーよりずっと、その男に関係があってな。
…オレァ、あの男が死ぬほどきらいなんだ」
ティーチの声は、その場の気温をすっと下げてしまえるほど冷えていて、憎しみに満ちているように聞こえた。
アンはごくりと唾を飲み込む。
しかしティーチはまぁそれは後で話すにして、と急に声音を変えた。
「時にアン、お前の二親が死んじまったのぁ、お前が10のときらしいな」
アンはこくんと頷いた。
「そんなガキの頃ともなると覚えてねぇかもしれねぇが…あえて聞こうじゃねぇか。アン、お前ェ、おふくろがいつもつけていた髪飾りを覚えてるか?」
「髪飾り?」
なんだそれ、と口をつきかけた言葉が記憶によってくんと後ろに引っ張り戻された。
ぼんやりと母の顔が浮かぶ。
それはアンの記憶に残る顔ではなく、唯一アンの手に渡された一枚の写真だ。
どこかわからない、この街じゃないどこかにあるエメラルドグリーンの海。
それを背景に、大きく笑う栗色の髪の女性。
ルージュだ。
まだ若く、どこか子供っぽささえ残る笑顔。
しかし彼女の腕には小さな赤ん坊が抱えられていた。
考えなくてもそれが自分であることは、その写真を初めて見たときから知っていた。
ルージュがまるではにかむように笑っているのは、写真を撮っている人物がおそらくロジャーだからだ。
だから家族写真なのに、写っているのは2人だけ。
ルージュの腕に抱かれたアンは、眠いのか機嫌が悪いのかむすりと顔をしかめていて全然可愛くない、と自分のことながら思っていた。
やけに若い母の顔だけが瞼に残っている。
そして、青い背景がひと際目立たせている一点があった。
ルージュの髪、左耳の少し上にあてられた大ぶりの花の髪飾り。
太陽の光を吸い込んで鮮やかに光っている。
その花は、南のほうの国で夏になると咲く花であるらしい。
そう、写真を手掛かりにすればいくらでも思いだせる。
ルージュは、母はときどきその髪飾りを身に着けていた。
ぽけっと口を開いたまま記憶をたどるアンから肯定を読み取ったのか、ティーチは満足げに口角を上げた。
「わかるだろう、赤い花の髪飾りだ。お前の母親はとりわけそれを大事にしていた。なにしろありゃ、国宝級の宝石で出来てたんだからな」
「国宝!?」
「値段にすりゃぁ…いや、オレには想像もつかねぇ。とにかく桁違いの額になるはずだ」
「…なんで」
なんでそんなものをただの主婦が。それもあたしの母親が。
アンの疑問が顔に出ていたのか、ティーチは偉そうに息をつきながら呆れた声を出した。
「おいおい、そりゃああの品は相当な逸品だが、お前の母親がそれを持ってることにゃあなんの不思議もねぇんだぜ。なにしろあのロジャーの女だ。金はもちろんのこと、あの髪飾りを作るだけの伝手だって持ち合わせていて当然よ。アン、お前ぇはちょいと自分の親のデカさをわかってねぇな」
そんなこと言われても、とアンは呆気にとられながら押し黙った。
アンにとってロジャーもルージュも他の子供にとって親がそうであるようにただ「家族」という少なくとも一番近しい人間で、たしかに家は少し大きかったが遊び盛りのアンにはちょうどよく、サボとルフィもいたのでかくれんぼで使う隠れ場所も限られて、手狭に感じるときさえあった。
よくよく考えてみれば、簡単に他人の子を育てる経済力はあったということなのだが。
しかしロジャーが社会的にどれほど大きな影響力を持っていて云々、などを語られたところで、アンには想像さえできないのだ。
アンとはたった10年しか一緒にいられなかった父親。
その10年で与えられた父の印象も、アンからしてみれば、正直結構どうでもいいかんじだ。
アンがサボとルフィとばかり遊んで父との時間を全く割かないことを子供じみた言葉で糾弾されて、鬱陶しいというかめんどくさいというか、とにかくそういう思いを抱いたことは覚えている。
そんな父がこの街のトップで、その妻は国宝級の髪飾りを食事の準備中髪が邪魔だから留めておこうとかそんなために使うような人間だなんて。
いやいやいや、ないだろ。
アンは思わずふっと笑ってしまった。
昼間ラフィットが訪れてから、初めて気を抜いた瞬間かもしれない。
「嘘だろ」
「あぁ?」
「たしかに覚えてるよ。母さんが花の髪飾りつけてたこと。でもあれがものすごい高い宝石で出来てるとか価値のあるもんだとか、ありえない」
そもそもアンの覚えている限り、それはその辺の雑貨屋に売っている代物に見えていたのだ。
ティーチはアンの言葉に目を白黒させたかと思ったら、しかしすぐに不敵に笑って鼻の穴を広げた。
「ゼハハハハ、そりゃあおもしれぇ。だがな、アン。事実は事実。これを見ろ」
気付いたらラフィットがすぐ近くまで来ていた。
ティーチと何を示し合わせたわけでもないのに、それとも前から打ち合わせてあったのか、アンの目の前にすっと積み重なった雑誌が現れた。
それらはすべてとあるページを開いて4冊重ねられていて、アンはいちばん上に積まれた雑誌に視線を落として目を瞠った。
この街随一の美術館に今世紀最大の宝が展示されているとかなんとかと謳ったそのページに、でかでかとルージュの髪飾りの写真が載っていたのだ。
「これ、」
「まぁ次の雑誌も見やがれ」
楽しそうにするティーチに構っている暇はない。
アンは見ていた雑誌を横にスライドさせて、次の雑誌に目を移した。
そのページにもルージュの髪飾りはいた。
しかし今度は美術館云々を語る記事ではなく、とある財閥の人物を特集したページらしかった。
財閥を一代で成したたぐいまれなる能力らしいおっさんと、その妻が寄り添い立っている写真が載っていた。
その妻の頭にくっついてでかでかと存在感を放っているのがルージュの髪飾りだ。
記事には、インタビューアーが髪飾りをつけたオバサンにその髪飾りについて言及しており、それに対して彼女は、この髪飾りはいつも銀行の貸金庫に保存してあるのだと応えていた。
文面からこの女の高飛車な雰囲気が匂ってくるようだった。
アンはティーチに促されずとも、次の雑誌を引っ張り出した。
そして思った通り、そこにもルージュの髪飾りがあった。
ナントカという伯爵の子孫であり御曹司だとかいう、なすのように長い顔に小さな目をくっつけた若い男の写真が載っていた。
どうやらその男のコレクションが特集されているらしい。
コレクションの品は何点か乗っていたが、その中にひと際赤が目立つ髪飾りも紛れていた。
そしてアンは最後の一冊を取り出した。
そこにも当然のように乗っていたルージュの髪飾り。
今度は、とある有名な宝石商の特集だった。
アンは黙りこくったまま、何度も何度もそれら4つの写真を見返した。
どれも同じものだ。
写真で見るとアンの記憶もようやく形を成してきた。
そうだ、これは母さんの、あたしは知ってる。
「国宝級の宝が、しかも全く同じモンが4つもあるなんておかしな話だろう?」
アンは答えなかったが、胸の中では違う、と言っていた。
母さんのを入れたら5つだ。
「おかしな話なんだ。この宝はたった1つしか作られていねぇはずだ。ロジャーが死ぬ間際の宝石細工職人を掴まえて作らせたらしいからな。言葉のとおりそいつぁこの髪飾り作り終わってからぽっくりよ」
「…じゃあ、」
「ああ、偽モンだ。レプリカ、イミテーション、なんでもいい。とにかく似せて作らせた紛いモンなんだ。3つはな」
4つのうち3つが偽物。
じゃあひとつは。
「…どれかが、母さんの髪飾り…」
「そう、4つのうちたった1つだけ、お前の母親のもんだ。ただの金持ちが趣味で持ってていいもんじゃねぇ」
アンは言葉を失った。
だがすぐに雪崩のような疑問が流れ込んできた。
母さんが事故で死んだとき、この髪飾りをつけていたのだろうか。
幼いアンには母が事故でどのように死んでどんな様子だったかなんて想像も及ばなかったし、考えたくもなかった。
しかしよくよく考えてみたら、少なくともアンに手渡された両親の遺品の中にその髪飾りがあってもおかしくなかった。
なのに今、それはアンの手元にない。
「なんでって顔してやがるな」
ティーチはすっかり気を抜いていて、ラフィットにコーヒーのお替りを持ってこさせていた。
アンは膝の上で、ギュッと拳を握りしめた。
あたしが小さくて、まだ何もわからない子供だったから、母さんの髪飾りがこんなふうに世間に紛れてしまったんだ。
「お前の親が死んだとき…警察が家に来ただろう」
アンは小さく頷いた。
覚えている。
とても嫌な記憶だ。
一様に黒い服を着た大人が、心細さで消し飛んでしまいそうなこころをなんとか掴んでいたアンたちのもとに突然なだれ込んできた。
皆が皆沈痛な面持ちで、アンたちに両親の不幸を告げ、これから起こることをなんとか簡単な言葉で説明しようとしていた。
アンにはその言葉の半分さえわからなかった。
今ならわかる、そのあと行われたのは家宅捜査だ。
アンはハッと顔を上げた。
「そうさ、わかるだろう。ロジャーが死んで、奴の家は隅から隅まで警察に調べつくされた。まぁそれは元公務員のオレから見たって全うなことだ。ロジャーの立場を考えたら仕方がねぇ。だがおそらくそのときだ。髪飾りは警察の手のうちに行っちまった。
…んでこりゃあ間違いねぇことだが、そのとき警察の指揮を執ってたのはエドワード・ニューゲートだった」
またティーチの口調に憎々しさが沸いた。
「あいつがお前の母親の髪飾りを余所に流した。レプリカを作らせて人の目をごまかして金儲けさ。あの野郎はそういう、抜け目のねぇところがあった」
頭の中がぐるぐるする。
新しく出てきた事実がアンを押しつぶす。
アンはなんとか口を開いた。
「でも、そんなこと」
「できるのさ、あの男は。自分の周りに置く奴らを全部手の内に入れ込んじまって、何をしたって咎められやしねぇ。しかもアイツの守備範囲は警察の中だけじゃあなく行政府にまで伸びている。行政府のほうから気に入ったヤツを引っこ抜いては手下に組み込んで、ぶくぶくぶくぶく太ってったってわけよ」
アンは机の上に広がったままの雑誌を見るともなしに見ながら、憎々しげに語るティーチの言葉をぼんやりと聞いていた。
ティーチの話すことはどれもつじつまが通っているように思えた。
ラフィットが、アンの手の付けられていないコーヒーを新しいものに替えた。
ティーチはコーヒーをすすって、大仰なため息をつく。
「なあアン。お前ェ悔しくねぇか。お前の母親の形見が見ず知らずの金持ちのコレクションになって、勝手に自慢されて。4つのうちどれも相当な値がついて世間にゃ知られているが、本当はそんなもんじゃねぇんだ。なにより髪飾りはアン、母親の死んだ今、お前のものだろう?」
アンは膝の上で握りしめたままの拳を一度ゆるゆる開いて、またぎゅっと握りしめた。
悔しい。
父と母が死んだとき、呆けてばかりいた自分が悔しい。
ルフィとサボと離れたくないと、自分のことばかり考えていた自分が情けない。
断片的な記憶がアンの中にひとつ、またひとつと湧き上がる。
その中の一つで、ルージュが嬉しそうにアンの髪にあの髪飾りをつけたことがあった。
『やっぱり、アンには赤が似合うわね』
あのときあたしはなんて言ったっけ。
そんなのつけてたらサボたちと遊べない、とかなんとか言った気がする。
ルージュは笑って、それもそうねと言ったのだろうか。
死んでしまった母さんは、世間に流れてしまった髪飾りをどう思っているだろう。
あたしが髪飾りを持っていないと知ったら、どう思うんだろう。
ティーチはアンの顔と、握られた小さなこぶしを見比べるようにして「よく聞け」と言った。
「髪飾り、取り返したかねぇか」
ずく、と胸の奥が騒いだ。
取り返す──母さんの髪飾り。
ティーチはアンの返事を待たずに言葉を重ねた。
「オレなら手伝ってやれる。どうだ、のらねぇか」
「…ど、どうやって」
「盗むのさ」
アンがぎょっとして顔を上げると、ティーチはさも当たり前、とでもいうように笑いながら身を乗り出した。
「驚くこたぁねぇだろう。それ以外に何の方法がある?一軒一軒成金の家回って、それは私のなんで返してくださいとでも言うか?」
馬鹿馬鹿しい、とティーチは吐き捨てた。
「それがお前のである証拠は何一つとしてねぇんだ。玄関先で追っ払われるのが関の山だ。買戻しという手がないでもないが、お前にそんな金があるか?」
ティーチはアンの返答をわかりきっているようだった。
金なんて、宝石を買う金なんてあるわけない。
両親が残した遺産は20の娘が一人で背負うにはまだまだ莫大すぎるほど残っているが、それをすべて使って髪飾りを買い戻すなど──買い戻せたとしても、それからサボとルフィとどうやって暮らしていけばいいのか。
まだまだ始めたばかりのデリだけで生活していけるゆとりはない。
「アン、お前が腹ぁくくったなら、オレらはできる限りの手伝いをしようじゃねぇか。幸いオレの手下にゃいろんな面で役に立つ奴が多くてな。道具も手に入れられるし裏の顔も効くし、頭のいい奴もいる。そいつらの全動力をかけてお前をサポートできる。どうだ、なかなか頼りがいのある面子だと思わねぇか」
ぐらりと心が揺れて、しかしすぐに揺れた心を掴み直した。
じとりと下からティーチを睨みあげる。
「なんで…あんたはそんなことあたしに教えてくれるの」
精一杯不信と欺瞞を込めた顔つきでティーチを見返したつもりだったが、ティーチは心得顔でにやりとした。
「ゼハハハ、それを聞かれるのを待ってたぜ。
言っただろう、オレァエドワード・ニューゲートが嫌いだと。オレはずっと、何とかしてアイツのでかっぱなをへし折ってやろうと思っていた。偉そうに上から見下せるあの地位から引きずり落としてやりてぇんだ。ずっと、その方法を考えていた。そこでやっとお前ェの存在と髪飾りのことを知ったんだ。あのジジイはオレのことを扱いづらいがただのバカだと思ってやがるし、他の手下にするように甘い顔をする節もある。それを利用して髪飾りの情報を引き出した。これだと思ったんだ」
ティーチは沼から目だけを覗かせるワニのように底光りする目をギラギラと光らせた。
「4つの髪飾りを持っている奴らもまた、ニューゲートと手を結んでやがる。髪飾りを好き放題うっぱらってからも目を光らせ続けてんだ。だがそこでお前がまんまと宝石を盗んでみろ。エドワード・ニューゲートの信用は地に落ちる。そこでさらに、盗まれた宝石が世に流されて、それを目にしたお前がそれは自分の母親のものだと主張してみたとしよう。お前の主張が本物だと証明されたら、宝石の出所が問題になる。つまりはすべてニューゲートの責任問題に帰ってくるってわけだ」
どうだ出来た話だろう、とティーチは憑かれたように煌々と光る目で一気にしゃべった。
すべてがもっともらしく思えてくる。
「ニューゲートの話によるとな、お前ぇの本物の髪飾りには浅く、本当にわからねぇくらいに浅くお前の母親の名前が彫ってあるらしい。それを知っていねェとわからないくらい小さくな。だからお前が盗ってきたモンの中で本物を見分けることがオレたちならできる。そうしてお前は母親の形見を手に入れて大団円、オレァにっくきニューゲートを貶められて万々歳と、こういうわけだ。
どうだ、ちっとは信用できたか?」
アンはじっと、石のように固まって口を閉ざした。
少し考えたい。
ティーチはそれを汲み取ったのか、アンと同様に口を閉ざしてアンを待った。
──信用など、していない。
もっともらしいし筋が通った話ではあるが、ティーチという男のあの目にはアンの心に付け込もうとするような嫌な光が灯っている。
手下のラフィットでさえたまに同じ目の光を宿す。
サボもルフィも、ラフィットのことを当たり前だが好いてはいない。
しかし同時に、ティーチの話を簡単にはねつけられない思いも大きく膨らんでいた。
母さんの髪飾り。
あたしのせいで、簡単に金に換えられてしまった。
取り返したい。
父さんが母さんのために贈ったという髪飾りは、アンがちゃんと持っているのだと示してやりたかった。
ああ、と顔を覆ってしまいそうになる。
そんな弱弱しいところをこんなところで晒すわけにはいかないという理性が働いて体は動かないが、心はいろんな考えが渦巻いてぐちゃぐちゃしている。
気持ちは大きく一方に傾きかけていた。
「なに、今すぐ決めろとは言わねぇ。猶予期間をやろう。1週間だ。いい返事を聞かせてくれ」
アンの右側で、ラフィットが「車の準備をしてまいります」と言った。
*
サボとルフィの相槌は、話の途中からぷつりと途絶えた。
途中から質問や驚きの声などがさしはさまれることがなくなったので、アンの言葉もすらすらと口をついた。
サボはきつく唇を引き結んで、ルフィはぽかんと口を半開きにしてアンの話に聞き入った。
アンが話し終えると、しばらく呆然とした雰囲気の沈黙がぽとりと落ちた。
話の最後に、アンが決めた心のうちも伝えていた。
「本気か」
サボがぽつ、と低く呟いた。
アンが頷くと、そうかと言う。
「ならおれがする」
「はっ!?」
「ルージュさんの形見を取り返したいのはおれも同じだ。ならわざわざアンがすることない。おれが盗む」
「何言ってんの、そんなのダメに決まって」
「そんならサボよりおれの方がいいだろ!おれが一番身軽だ!」
アンの言葉を遮ってルフィまで声を高くした。
いいやおれがする、と堅い顔で繰り返すサボと、いいやおれだと一歩も引かないルフィ。
間に挟まれて、アンはますます頭がぐるぐるした。
「ちょ、ちょ、ストップ!待って!聞いて!」
慌ててソファを降り、ぐるると顔を突き合わせて今にも掴み合いに発展しそうな二人を裂くようにして間に入った。
アンに肩を押されて、サボがハッとしたように上げかけていた腰を下ろす。
ルフィはまだ納得のいかない顔でむすりとしている。
「ちがう、あたしがやりたいの。自分で」
自分の手で取り返したい。
そう言って、アンは二人の間にぺたんと座り込んだ。
ふたりの目を見られなかった。
ふたりにとってもルージュは母親なのに、やっぱり取り返すのは血の繋がった自分でありたいと思ってしまうことがとても浅ましく思えたのだ。
気まずさに目を逸らしてしまったアンに、ルフィがのんきな声で「それもそうか」と言ったので、アンは思わず怪訝な顔でルフィを見た。
さっきの喧嘩腰はどこへ行ったのか、ルフィはけろりとした顔で床に座り直して言った。
「アンの母ちゃんのだもんな。うん、アンがやるべきだ」
「ルフィ、でも」
「サボでもオレでもねぇ、アンが取り返した方が母ちゃんも喜ぶだろ」
反駁しようとしたサボは言葉を飲み込んだ。
ルフィは淡々とした声で、至極まともなことを言う。
サボのほうをちらりと見ると、何とも言えない顔つきでアンとルフィを見つめていた。
ルフィは場の雰囲気にそぐわないほど明るい笑顔を見せた。
「大丈夫だろ、アンなら。なんてたってアンだし、何かあればそのときおれたちが助けてやれる」
なっ!と同意を求められて、サボは渋い顔のまま微かにうなずいた。
アンが一人胸に抱えていた決意に、2人分の重みが増した。
→
あえてそうしていたのではなく、アンを送り出してそのまま店のテーブル席に座ってしまったので電気をつけるのも忘れていただけだ。
だから8時を回った頃、ルフィが気付いて灯りをつけた。
サボが座ってから一度も腰を上げてない一方で、ルフィは落ち着かないのか立ったり座ったりを繰り返し、無意味に店の冷蔵庫を開けようとしてかぎがかかっていることにあぁと呻いていたりする。
動物園の熊のほうがまだ落ち着きがある。
サボは思わず声をかけた。
「ルフィ、お前がうろうろしたって仕方ないだろ。ちょっと落ち着け」
するとルフィは少し口を尖らせてサボを振り返った。
その手はまた冷蔵庫の取っ手を掴んでいる。
「サボも、さっきからカツカツうるせぇ」
なにを、と眉間に皺を寄せてから気付いた。
無意識のうちにサボの指は、正確には爪の先が同じリズムでテーブルを叩いていた。
サボはぎゅっと、爪を手のひらに食い込ませるように握りこんだ。
「…ごめん、とにかく座れよ。なんか飲もうか」
おれらがいらいらしたって仕方ないもんな、と苦笑いを混じらせて言うと、やっとルフィも少し顔を緩めた。
サボは一度二階に上がり、家庭用の冷蔵庫から牛乳とボトルコーヒーを取り出して店に降りた。
店では豆から引いてドリップしたコーヒーを淹れているというのに、自分たちが飲む分にはスーパーに売っている安いペットボトルのものを常備している。
アンもルフィもそれについては特にどうとも思っていないらしいしサボも気にしたことはない。
たまにアンがきちんと豆から淹れたコーヒーを休憩中などに飲ませてくれると、それはそれでやっぱり美味い。
ルフィは大人しくサボが座っていた隣に腰かけて、壁に貼ってあるどこかの国の色褪せた地図をぼうっと見ていた。
乾燥棚にぶらさがっていたグラスを二つ取り出してそこにコーヒーと牛乳を注ぐ。
ルフィにはコーヒー半分牛乳半分。自分用にはコーヒーに少し牛乳を垂らした。
「ほら」
「おぉ、ありがと」
たぷたぷと中身の入ったグラスを渡すと、ルフィはいつものように一気に半分以上飲み下した。
しかし珍しくけほ、と少しむせている。
冷たいそれに口をつけると、幾分頭が冷えた。
「アン、もうすぐ帰ってくるよな」
「たぶんな」
「おれ、外まで迎えに行ってみようか」
「落ち着けって言っただろ」
そうだけど、とやはりルフィはむくれた。
「ルフィお前風呂入ってこいよ」
「いやだ、おれが風呂入ってる間にアンが帰ってきたらどうすんだ」
「いいだろ別に」
「いやだ!ずるいだろそんなの」
なにがだよ、と言ってもルフィはとにかくいやだの一点ばりで、結局二人ともそこに座っているしかない。
ルフィは背中を丸めて顎をテーブルに置き、グラスを唇の間に挟んだまま器用に口を開いた。
「アンの父ちゃんと母ちゃんの話って、なんだろな」
「…さあ」
「じいちゃんの知ってる話かな」
「それならおれらも知ってることなんじゃないか」
「だよなー…」
謎の男が持ち出した『アンの両親の話』が腑に落ちないのはルフィも同じのようだった。
だれだろうと自分の親のすべてを知っているはずはない。
だが、それを見ず知らずの他人から持ち出されるのはとても不愉快だ。
まったくやりきれない、ああアン早く帰ってこいとサボは組んだ両手に顔を隠して俯いた。
そのままサボとルフィがぽつぽつと会話を交わし、それよりもずっと長い沈黙の時を過ごして11時をほんの少し回った頃、シャッターの向こう側に車が止まった気配がした。
うつらうつらと船を漕いでいたルフィが野生動物のようにぱっと耳を立てて顔を上げた。
ゆらゆらするルフィのつむじを長い間見つめていたサボも、その気配にぱちんと夢から覚めるように顔を上げた。
「帰ってきた!」
ルフィが顔中綻ばせて入口へと駆けだす。
続いてサボもその場に立ち上がったとき、ルフィがドアを引くより一瞬早く外からドアが開いた。
「アン!」
「わっ」
現れたアンに、ルフィはためらうことなく飛びついた。
「びっくりした、ずっとここにいたの?」
「よかったアン!変なことされてねぇか!?」
「変なことってなに」
ぷっとアンが吹き出して、その顔を見てサボもやっと肩の力を抜いた。
「おかえりアン。良かった」
何が良かったのかサボ自身分からなかったが、アンは笑顔で頷いた。
少し顔色が白い気もするが、見たところ怪我も変わったふうもないので、サボはアンに貼りついたままのルフィを引き剥がした。
「とりあえずアンは風呂入んなよ。疲れただろ」
「じゃあ、そうする」
腹減らないか、痛いところはないかとまとわりつくルフィを笑いながら押しのけて、アンは階上へ上がっていった。
アンは烏の行水で、いつも10分と立たずに出てくる。
このときもそうだったので、続いてサボとルフィもさっさと風呂を済ました。
ホカホカと温まった体で3人縦に並び、アンはルフィの髪をタオルで拭き、サボはアンの髪をドライヤーで乾かした。
そうして一通りのことが済むと、さて、という雰囲気になる。
自然とアンの言葉を待つ空気になった。
ソファに座ったアンは沈黙を持て余すように手の中でミネラルウォーターのペットボトルをもてあそび、その隣でサボはアンが話し始めるのを待ち、地べたに胡坐をかいたルフィはそわそわと体を揺らしている。
あのな、とアンが口を開く。
迎えの車に乗ったその時のことから語り始めた。
*
アンが乗り込んだ黒い車の運転席にはラフィットが乗っていた。
丁寧な口調でアンにシートベルトを促してから車を発進した。
「あなたの弟たちは今頃さぞ気をもんでいることでしょうね」
ラフィットは相変わらずどこかからかうような風味を持たせてそう言った。
アンが返事をしないでいると視線をちらりと動かしたが、それからは何も話すことなく運転し続けた。
車はモルマンテ大通りを北へと上って行き、途中で交差する道を右へ曲がり次は左に曲がり、とくねくね進む。
まるでアンの目をくらませようとするかのようにわざと遠回りしているとしか思えない道筋を進んだが、どこまで行ってもアンには見知った街だからあまり意味はない。
ラフィットもなんとなくそれをわかっているようで、意味を持たないその行動はただ誰かの命令に従っているだけのような、若干辟易としているような顔が無表情の中に一瞬覗いた。
だから結局、30分以上走ってラフィットが車を止めた場所も、アンがよく知る本屋の裏手にある建物の前だった。
降りるよう目線で促され、そろそろと車を降りる。
アンを下ろすと車は発進し、アンは暗い路地に一人ぽつんと残された。
(…なんだってんだ)
どうすれば、とアンがその場に立ち尽くしていると、3分とせずにラフィットが、今度は歩いて戻ってきた。
「お待たせしてすみません、どうぞ」
ラフィットは目の前のコンクリートビルの重たそうな扉を開けた。
ラフィットの背中を追いながら、入ってすぐに現れた階段を上っていく。
暗いそこはキンと冷えていた。
階段を上りきったすぐ目の前に曇りガラスの扉が現れて、ラフィットは一声かけてそれを押し開け中に踏み入った。
アンも後に続くしかない。
中に入ったラフィットは、さっと横に身を滑らせてアンの前から退いた。
目の前の男の暗いスーツしか見えていなかったアンの視界が急に開けた。
電灯に照らされた室内は外よりずっと明るかったが、ちっとも暖かくない。
正面にはローテーブルと、それをはさんで向かい合う茶色い革張りのソファがあった。
それはアンに高校の校長室を思い出させた。
そしてソファの一つには、男が座っていた。
「ゼハハハハ、よく来てくれたゴール・D・アン」
会いたかったんだぜ、と男は抜けた歯並びを見せつけるように大きく口を開いて笑った。
お座りください、とラフィットが背後から囁く。
アンは仕方なく歩み寄った。
近くで見るとその男はとても大きかった。
肩幅はガープか、もしかするとそれ以上あるかもしれない。
座っているのでわからないが、男が立ったらアンは首が痛くなるほど見上げなければならないだろう。
男はぎょろりと大きな目でアンがソファに腰かけるまでをにやにやしながら追った。
嫌な目だ。
男はアンの顔からつま先までを舐めつくし味わうかのように眺め渡す。
アンはせいぜい弱気に見られないよう、顎を反らせるほど顔を上げて男を睨み返した。
どす、と音を立ててソファに腰かけた。
「何、話って」
つっけんどんにアンがそう言うと、男はまた奇妙な笑い声を上げた。
「まぁそうぴりぴりすんじゃねぇよアン。おいラフィット、客人に茶でもださねぇか」
「今作っています」
四角い部屋の隅にあるらしいキッチンからラフィットの声がすっと入ってきた。
「まぁまずは自己紹介と行こうじゃねぇか。お前さんはゴール・D・アン、たしかだな?」
アンは返事をすることもうなずくこともしなかった。
しかし男は特にアンの反応を気にすることなくニヤリとする。
「間違うはずねぇ、なんにせよお前ェはロジャーにそっくりだ」
アンの眉がピクリと動いた。
その反応を楽しむように、男はニヤニヤを濃くした。
「オレはティーチ。ここで税理士をしてる」
「税理士?」
確かにこの部屋は税理士の個人事務所のように見えないでもなかったが、この男はどこをどう見たってまっとうな職の人間には見えない。
太い指に豪奢な指輪をいくつもはめたこの男に客がつくのだろうか。
「お前ェを迎えにやったラフィットって男は俺の秘書だ。他にも人員はいくつかいるが…まぁおいおい紹介することにしよう」
ラフィットがトレンチにコーヒーをのせて持ってきた。
慣れたしぐさでアンの前に置く。
ティーチは出されたコーヒーを音を立ててすすった。
「どこから話すのがわかりやすいんだろうなぁ、オレァややこしい話がきらいでな。おいアン、お前ェは聞きたいことねぇか?話し出しを決めてくれ」
ティーチはソファの背もたれに背をつけたまま、ふんぞり返った姿勢でアンに尋ねた。
聞きたいことなど山ほどある。
「…あんた、父さんと母さんのなに」
ティーチは歯を剥きだしてにぃと笑った。
「よし、いいな、そこから話すか。アン、お前ェのオヤジは警察だった。知ってるだろなぁ?だがただのおまわりでも、私服警官でもねぇ。幹部も幹部、この街を牛耳るトップの一人だった」
そのことはアンも大人になるにつれて徐々に知っていった。
過去の政治家のように、ときたまテレビで見るような存在。
「お前ぇはこの街の気違いじみた政治の仕組みを知ってるか?」
アンはあいまいにうなずく。
この街の権力図を糾弾する声は、大人になればいやでも耳に付いた。
おそらくそのことだろう。
ティーチは満足げに話を続けた。
「オレァ昔行政府で職についててな。そうすりゃ名目上の権力と実質上の権力だ、行政府のオレと警察幹部の奴らは事実のすり合わせのために顔を合わせて話をする機会が何度か必要になる。そこでお前ェのオヤジとも出会ったってわけよ。まぁ別段よろしくやってたわけでもねぇし、特別犬猿の仲だったわけでもねぇ。お前ぇだってそういうやつはいるだろう?」
アンは黙って話を促した。
行政府と警察組織には火を見るより明らかな権力差があるので、仲良くやっているわけではないが、衝突を避けるために互いが互いを上手く立てているのだと聞いたことがある。
「そういう意味でオレらぁただの仕事上の付き合いしかしてねぇ。お前ェの母親…ルージュだったか?そのことだって何かの折に聞いたことがあるだけだ。どういう関係って、まぁそんだけだ」
アンは男の大きな黒い目の中をじぃと見た。
嘘やごまかしの気配はないように見えた。
ティーチは話の流れを掴んだのか、饒舌に話を続けた。
「聞くがアン、お前ェ、エドワード・ニューゲートという男を知ってるか」
エドワード・ニューゲート。
それこそニュースか何かで耳にしたことがある。
この街の最高権力を握る警察組織のトップに立つ男。
アンは頷いた。
「…名前は」
「それでいい。オレァロジャーよりずっと、その男に関係があってな。
…オレァ、あの男が死ぬほどきらいなんだ」
ティーチの声は、その場の気温をすっと下げてしまえるほど冷えていて、憎しみに満ちているように聞こえた。
アンはごくりと唾を飲み込む。
しかしティーチはまぁそれは後で話すにして、と急に声音を変えた。
「時にアン、お前の二親が死んじまったのぁ、お前が10のときらしいな」
アンはこくんと頷いた。
「そんなガキの頃ともなると覚えてねぇかもしれねぇが…あえて聞こうじゃねぇか。アン、お前ェ、おふくろがいつもつけていた髪飾りを覚えてるか?」
「髪飾り?」
なんだそれ、と口をつきかけた言葉が記憶によってくんと後ろに引っ張り戻された。
ぼんやりと母の顔が浮かぶ。
それはアンの記憶に残る顔ではなく、唯一アンの手に渡された一枚の写真だ。
どこかわからない、この街じゃないどこかにあるエメラルドグリーンの海。
それを背景に、大きく笑う栗色の髪の女性。
ルージュだ。
まだ若く、どこか子供っぽささえ残る笑顔。
しかし彼女の腕には小さな赤ん坊が抱えられていた。
考えなくてもそれが自分であることは、その写真を初めて見たときから知っていた。
ルージュがまるではにかむように笑っているのは、写真を撮っている人物がおそらくロジャーだからだ。
だから家族写真なのに、写っているのは2人だけ。
ルージュの腕に抱かれたアンは、眠いのか機嫌が悪いのかむすりと顔をしかめていて全然可愛くない、と自分のことながら思っていた。
やけに若い母の顔だけが瞼に残っている。
そして、青い背景がひと際目立たせている一点があった。
ルージュの髪、左耳の少し上にあてられた大ぶりの花の髪飾り。
太陽の光を吸い込んで鮮やかに光っている。
その花は、南のほうの国で夏になると咲く花であるらしい。
そう、写真を手掛かりにすればいくらでも思いだせる。
ルージュは、母はときどきその髪飾りを身に着けていた。
ぽけっと口を開いたまま記憶をたどるアンから肯定を読み取ったのか、ティーチは満足げに口角を上げた。
「わかるだろう、赤い花の髪飾りだ。お前の母親はとりわけそれを大事にしていた。なにしろありゃ、国宝級の宝石で出来てたんだからな」
「国宝!?」
「値段にすりゃぁ…いや、オレには想像もつかねぇ。とにかく桁違いの額になるはずだ」
「…なんで」
なんでそんなものをただの主婦が。それもあたしの母親が。
アンの疑問が顔に出ていたのか、ティーチは偉そうに息をつきながら呆れた声を出した。
「おいおい、そりゃああの品は相当な逸品だが、お前の母親がそれを持ってることにゃあなんの不思議もねぇんだぜ。なにしろあのロジャーの女だ。金はもちろんのこと、あの髪飾りを作るだけの伝手だって持ち合わせていて当然よ。アン、お前ぇはちょいと自分の親のデカさをわかってねぇな」
そんなこと言われても、とアンは呆気にとられながら押し黙った。
アンにとってロジャーもルージュも他の子供にとって親がそうであるようにただ「家族」という少なくとも一番近しい人間で、たしかに家は少し大きかったが遊び盛りのアンにはちょうどよく、サボとルフィもいたのでかくれんぼで使う隠れ場所も限られて、手狭に感じるときさえあった。
よくよく考えてみれば、簡単に他人の子を育てる経済力はあったということなのだが。
しかしロジャーが社会的にどれほど大きな影響力を持っていて云々、などを語られたところで、アンには想像さえできないのだ。
アンとはたった10年しか一緒にいられなかった父親。
その10年で与えられた父の印象も、アンからしてみれば、正直結構どうでもいいかんじだ。
アンがサボとルフィとばかり遊んで父との時間を全く割かないことを子供じみた言葉で糾弾されて、鬱陶しいというかめんどくさいというか、とにかくそういう思いを抱いたことは覚えている。
そんな父がこの街のトップで、その妻は国宝級の髪飾りを食事の準備中髪が邪魔だから留めておこうとかそんなために使うような人間だなんて。
いやいやいや、ないだろ。
アンは思わずふっと笑ってしまった。
昼間ラフィットが訪れてから、初めて気を抜いた瞬間かもしれない。
「嘘だろ」
「あぁ?」
「たしかに覚えてるよ。母さんが花の髪飾りつけてたこと。でもあれがものすごい高い宝石で出来てるとか価値のあるもんだとか、ありえない」
そもそもアンの覚えている限り、それはその辺の雑貨屋に売っている代物に見えていたのだ。
ティーチはアンの言葉に目を白黒させたかと思ったら、しかしすぐに不敵に笑って鼻の穴を広げた。
「ゼハハハハ、そりゃあおもしれぇ。だがな、アン。事実は事実。これを見ろ」
気付いたらラフィットがすぐ近くまで来ていた。
ティーチと何を示し合わせたわけでもないのに、それとも前から打ち合わせてあったのか、アンの目の前にすっと積み重なった雑誌が現れた。
それらはすべてとあるページを開いて4冊重ねられていて、アンはいちばん上に積まれた雑誌に視線を落として目を瞠った。
この街随一の美術館に今世紀最大の宝が展示されているとかなんとかと謳ったそのページに、でかでかとルージュの髪飾りの写真が載っていたのだ。
「これ、」
「まぁ次の雑誌も見やがれ」
楽しそうにするティーチに構っている暇はない。
アンは見ていた雑誌を横にスライドさせて、次の雑誌に目を移した。
そのページにもルージュの髪飾りはいた。
しかし今度は美術館云々を語る記事ではなく、とある財閥の人物を特集したページらしかった。
財閥を一代で成したたぐいまれなる能力らしいおっさんと、その妻が寄り添い立っている写真が載っていた。
その妻の頭にくっついてでかでかと存在感を放っているのがルージュの髪飾りだ。
記事には、インタビューアーが髪飾りをつけたオバサンにその髪飾りについて言及しており、それに対して彼女は、この髪飾りはいつも銀行の貸金庫に保存してあるのだと応えていた。
文面からこの女の高飛車な雰囲気が匂ってくるようだった。
アンはティーチに促されずとも、次の雑誌を引っ張り出した。
そして思った通り、そこにもルージュの髪飾りがあった。
ナントカという伯爵の子孫であり御曹司だとかいう、なすのように長い顔に小さな目をくっつけた若い男の写真が載っていた。
どうやらその男のコレクションが特集されているらしい。
コレクションの品は何点か乗っていたが、その中にひと際赤が目立つ髪飾りも紛れていた。
そしてアンは最後の一冊を取り出した。
そこにも当然のように乗っていたルージュの髪飾り。
今度は、とある有名な宝石商の特集だった。
アンは黙りこくったまま、何度も何度もそれら4つの写真を見返した。
どれも同じものだ。
写真で見るとアンの記憶もようやく形を成してきた。
そうだ、これは母さんの、あたしは知ってる。
「国宝級の宝が、しかも全く同じモンが4つもあるなんておかしな話だろう?」
アンは答えなかったが、胸の中では違う、と言っていた。
母さんのを入れたら5つだ。
「おかしな話なんだ。この宝はたった1つしか作られていねぇはずだ。ロジャーが死ぬ間際の宝石細工職人を掴まえて作らせたらしいからな。言葉のとおりそいつぁこの髪飾り作り終わってからぽっくりよ」
「…じゃあ、」
「ああ、偽モンだ。レプリカ、イミテーション、なんでもいい。とにかく似せて作らせた紛いモンなんだ。3つはな」
4つのうち3つが偽物。
じゃあひとつは。
「…どれかが、母さんの髪飾り…」
「そう、4つのうちたった1つだけ、お前の母親のもんだ。ただの金持ちが趣味で持ってていいもんじゃねぇ」
アンは言葉を失った。
だがすぐに雪崩のような疑問が流れ込んできた。
母さんが事故で死んだとき、この髪飾りをつけていたのだろうか。
幼いアンには母が事故でどのように死んでどんな様子だったかなんて想像も及ばなかったし、考えたくもなかった。
しかしよくよく考えてみたら、少なくともアンに手渡された両親の遺品の中にその髪飾りがあってもおかしくなかった。
なのに今、それはアンの手元にない。
「なんでって顔してやがるな」
ティーチはすっかり気を抜いていて、ラフィットにコーヒーのお替りを持ってこさせていた。
アンは膝の上で、ギュッと拳を握りしめた。
あたしが小さくて、まだ何もわからない子供だったから、母さんの髪飾りがこんなふうに世間に紛れてしまったんだ。
「お前の親が死んだとき…警察が家に来ただろう」
アンは小さく頷いた。
覚えている。
とても嫌な記憶だ。
一様に黒い服を着た大人が、心細さで消し飛んでしまいそうなこころをなんとか掴んでいたアンたちのもとに突然なだれ込んできた。
皆が皆沈痛な面持ちで、アンたちに両親の不幸を告げ、これから起こることをなんとか簡単な言葉で説明しようとしていた。
アンにはその言葉の半分さえわからなかった。
今ならわかる、そのあと行われたのは家宅捜査だ。
アンはハッと顔を上げた。
「そうさ、わかるだろう。ロジャーが死んで、奴の家は隅から隅まで警察に調べつくされた。まぁそれは元公務員のオレから見たって全うなことだ。ロジャーの立場を考えたら仕方がねぇ。だがおそらくそのときだ。髪飾りは警察の手のうちに行っちまった。
…んでこりゃあ間違いねぇことだが、そのとき警察の指揮を執ってたのはエドワード・ニューゲートだった」
またティーチの口調に憎々しさが沸いた。
「あいつがお前の母親の髪飾りを余所に流した。レプリカを作らせて人の目をごまかして金儲けさ。あの野郎はそういう、抜け目のねぇところがあった」
頭の中がぐるぐるする。
新しく出てきた事実がアンを押しつぶす。
アンはなんとか口を開いた。
「でも、そんなこと」
「できるのさ、あの男は。自分の周りに置く奴らを全部手の内に入れ込んじまって、何をしたって咎められやしねぇ。しかもアイツの守備範囲は警察の中だけじゃあなく行政府にまで伸びている。行政府のほうから気に入ったヤツを引っこ抜いては手下に組み込んで、ぶくぶくぶくぶく太ってったってわけよ」
アンは机の上に広がったままの雑誌を見るともなしに見ながら、憎々しげに語るティーチの言葉をぼんやりと聞いていた。
ティーチの話すことはどれもつじつまが通っているように思えた。
ラフィットが、アンの手の付けられていないコーヒーを新しいものに替えた。
ティーチはコーヒーをすすって、大仰なため息をつく。
「なあアン。お前ェ悔しくねぇか。お前の母親の形見が見ず知らずの金持ちのコレクションになって、勝手に自慢されて。4つのうちどれも相当な値がついて世間にゃ知られているが、本当はそんなもんじゃねぇんだ。なにより髪飾りはアン、母親の死んだ今、お前のものだろう?」
アンは膝の上で握りしめたままの拳を一度ゆるゆる開いて、またぎゅっと握りしめた。
悔しい。
父と母が死んだとき、呆けてばかりいた自分が悔しい。
ルフィとサボと離れたくないと、自分のことばかり考えていた自分が情けない。
断片的な記憶がアンの中にひとつ、またひとつと湧き上がる。
その中の一つで、ルージュが嬉しそうにアンの髪にあの髪飾りをつけたことがあった。
『やっぱり、アンには赤が似合うわね』
あのときあたしはなんて言ったっけ。
そんなのつけてたらサボたちと遊べない、とかなんとか言った気がする。
ルージュは笑って、それもそうねと言ったのだろうか。
死んでしまった母さんは、世間に流れてしまった髪飾りをどう思っているだろう。
あたしが髪飾りを持っていないと知ったら、どう思うんだろう。
ティーチはアンの顔と、握られた小さなこぶしを見比べるようにして「よく聞け」と言った。
「髪飾り、取り返したかねぇか」
ずく、と胸の奥が騒いだ。
取り返す──母さんの髪飾り。
ティーチはアンの返事を待たずに言葉を重ねた。
「オレなら手伝ってやれる。どうだ、のらねぇか」
「…ど、どうやって」
「盗むのさ」
アンがぎょっとして顔を上げると、ティーチはさも当たり前、とでもいうように笑いながら身を乗り出した。
「驚くこたぁねぇだろう。それ以外に何の方法がある?一軒一軒成金の家回って、それは私のなんで返してくださいとでも言うか?」
馬鹿馬鹿しい、とティーチは吐き捨てた。
「それがお前のである証拠は何一つとしてねぇんだ。玄関先で追っ払われるのが関の山だ。買戻しという手がないでもないが、お前にそんな金があるか?」
ティーチはアンの返答をわかりきっているようだった。
金なんて、宝石を買う金なんてあるわけない。
両親が残した遺産は20の娘が一人で背負うにはまだまだ莫大すぎるほど残っているが、それをすべて使って髪飾りを買い戻すなど──買い戻せたとしても、それからサボとルフィとどうやって暮らしていけばいいのか。
まだまだ始めたばかりのデリだけで生活していけるゆとりはない。
「アン、お前が腹ぁくくったなら、オレらはできる限りの手伝いをしようじゃねぇか。幸いオレの手下にゃいろんな面で役に立つ奴が多くてな。道具も手に入れられるし裏の顔も効くし、頭のいい奴もいる。そいつらの全動力をかけてお前をサポートできる。どうだ、なかなか頼りがいのある面子だと思わねぇか」
ぐらりと心が揺れて、しかしすぐに揺れた心を掴み直した。
じとりと下からティーチを睨みあげる。
「なんで…あんたはそんなことあたしに教えてくれるの」
精一杯不信と欺瞞を込めた顔つきでティーチを見返したつもりだったが、ティーチは心得顔でにやりとした。
「ゼハハハ、それを聞かれるのを待ってたぜ。
言っただろう、オレァエドワード・ニューゲートが嫌いだと。オレはずっと、何とかしてアイツのでかっぱなをへし折ってやろうと思っていた。偉そうに上から見下せるあの地位から引きずり落としてやりてぇんだ。ずっと、その方法を考えていた。そこでやっとお前ェの存在と髪飾りのことを知ったんだ。あのジジイはオレのことを扱いづらいがただのバカだと思ってやがるし、他の手下にするように甘い顔をする節もある。それを利用して髪飾りの情報を引き出した。これだと思ったんだ」
ティーチは沼から目だけを覗かせるワニのように底光りする目をギラギラと光らせた。
「4つの髪飾りを持っている奴らもまた、ニューゲートと手を結んでやがる。髪飾りを好き放題うっぱらってからも目を光らせ続けてんだ。だがそこでお前がまんまと宝石を盗んでみろ。エドワード・ニューゲートの信用は地に落ちる。そこでさらに、盗まれた宝石が世に流されて、それを目にしたお前がそれは自分の母親のものだと主張してみたとしよう。お前の主張が本物だと証明されたら、宝石の出所が問題になる。つまりはすべてニューゲートの責任問題に帰ってくるってわけだ」
どうだ出来た話だろう、とティーチは憑かれたように煌々と光る目で一気にしゃべった。
すべてがもっともらしく思えてくる。
「ニューゲートの話によるとな、お前ぇの本物の髪飾りには浅く、本当にわからねぇくらいに浅くお前の母親の名前が彫ってあるらしい。それを知っていねェとわからないくらい小さくな。だからお前が盗ってきたモンの中で本物を見分けることがオレたちならできる。そうしてお前は母親の形見を手に入れて大団円、オレァにっくきニューゲートを貶められて万々歳と、こういうわけだ。
どうだ、ちっとは信用できたか?」
アンはじっと、石のように固まって口を閉ざした。
少し考えたい。
ティーチはそれを汲み取ったのか、アンと同様に口を閉ざしてアンを待った。
──信用など、していない。
もっともらしいし筋が通った話ではあるが、ティーチという男のあの目にはアンの心に付け込もうとするような嫌な光が灯っている。
手下のラフィットでさえたまに同じ目の光を宿す。
サボもルフィも、ラフィットのことを当たり前だが好いてはいない。
しかし同時に、ティーチの話を簡単にはねつけられない思いも大きく膨らんでいた。
母さんの髪飾り。
あたしのせいで、簡単に金に換えられてしまった。
取り返したい。
父さんが母さんのために贈ったという髪飾りは、アンがちゃんと持っているのだと示してやりたかった。
ああ、と顔を覆ってしまいそうになる。
そんな弱弱しいところをこんなところで晒すわけにはいかないという理性が働いて体は動かないが、心はいろんな考えが渦巻いてぐちゃぐちゃしている。
気持ちは大きく一方に傾きかけていた。
「なに、今すぐ決めろとは言わねぇ。猶予期間をやろう。1週間だ。いい返事を聞かせてくれ」
アンの右側で、ラフィットが「車の準備をしてまいります」と言った。
*
サボとルフィの相槌は、話の途中からぷつりと途絶えた。
途中から質問や驚きの声などがさしはさまれることがなくなったので、アンの言葉もすらすらと口をついた。
サボはきつく唇を引き結んで、ルフィはぽかんと口を半開きにしてアンの話に聞き入った。
アンが話し終えると、しばらく呆然とした雰囲気の沈黙がぽとりと落ちた。
話の最後に、アンが決めた心のうちも伝えていた。
「本気か」
サボがぽつ、と低く呟いた。
アンが頷くと、そうかと言う。
「ならおれがする」
「はっ!?」
「ルージュさんの形見を取り返したいのはおれも同じだ。ならわざわざアンがすることない。おれが盗む」
「何言ってんの、そんなのダメに決まって」
「そんならサボよりおれの方がいいだろ!おれが一番身軽だ!」
アンの言葉を遮ってルフィまで声を高くした。
いいやおれがする、と堅い顔で繰り返すサボと、いいやおれだと一歩も引かないルフィ。
間に挟まれて、アンはますます頭がぐるぐるした。
「ちょ、ちょ、ストップ!待って!聞いて!」
慌ててソファを降り、ぐるると顔を突き合わせて今にも掴み合いに発展しそうな二人を裂くようにして間に入った。
アンに肩を押されて、サボがハッとしたように上げかけていた腰を下ろす。
ルフィはまだ納得のいかない顔でむすりとしている。
「ちがう、あたしがやりたいの。自分で」
自分の手で取り返したい。
そう言って、アンは二人の間にぺたんと座り込んだ。
ふたりの目を見られなかった。
ふたりにとってもルージュは母親なのに、やっぱり取り返すのは血の繋がった自分でありたいと思ってしまうことがとても浅ましく思えたのだ。
気まずさに目を逸らしてしまったアンに、ルフィがのんきな声で「それもそうか」と言ったので、アンは思わず怪訝な顔でルフィを見た。
さっきの喧嘩腰はどこへ行ったのか、ルフィはけろりとした顔で床に座り直して言った。
「アンの母ちゃんのだもんな。うん、アンがやるべきだ」
「ルフィ、でも」
「サボでもオレでもねぇ、アンが取り返した方が母ちゃんも喜ぶだろ」
反駁しようとしたサボは言葉を飲み込んだ。
ルフィは淡々とした声で、至極まともなことを言う。
サボのほうをちらりと見ると、何とも言えない顔つきでアンとルフィを見つめていた。
ルフィは場の雰囲気にそぐわないほど明るい笑顔を見せた。
「大丈夫だろ、アンなら。なんてたってアンだし、何かあればそのときおれたちが助けてやれる」
なっ!と同意を求められて、サボは渋い顔のまま微かにうなずいた。
アンが一人胸に抱えていた決意に、2人分の重みが増した。
→
金環日食見た!?と午前中会う人会う人に聞かれました。
うんみたよーと言うとあっそうって感じで、あれっ?てなってすごかったねと言うとみんながみんなして「私は見てない」と言ってました。
あれ、出会い頭とのこの温度差はなに。
時間帯的に電車に乗ってる人が多かったみたいですね。
うちは日本の西の方なので、部分日食でしたがそんでもオォーってはなりますね。
専用グラスとか下敷き(これほんとはだめらしい)とかないので、雲に隠れたときに直視しちまいましたよ。
ちなみに日食の欠けていく様子のすげえ綺麗な写真が天文好きのハナノリンによってツイッター上に上げられているので、アカウントお持ちの方は見てみるといいかも。
お持ちでない方は、うん、ハナノリンに直談判だ!
なんか自分が見てないぶん、ニュースで見るより、これを本当に見た人がいるのねという意味で信憑性がある気がして感動もひとしおです。
それはさておき、一昨日から昨日に渡る直前のことですが【Reverse, rebirth 3】更新しますた。
あの、なんか、もう、マルアンだけを求めて来てくれている方には申し訳ない感じにサボアンです。
思いっきりマルアンカテゴリーにはいってますが、マルコのマの字もねぇよい。
いや、いずれ彼もじゃんじゃん現われるときが来るのだろうけれど、今は、ねえ。
不憫なくらいアレなかんじです。
しかしサボ!サボよ!とわたしはマルコそっちのけでサボ祭りなわけですよ。
長男なサボ。
なんてやさお。(よいいみで)
3兄妹のバランスのとり方は独特で面白いのですきですー。
アンちゃんがガンガン主導権握って回すときもあれば、サボがてきぱき事を進めたりもする。
ルフィが竜巻のようにぐぉぉおおと一気にかき混ぜて済ませちゃうこともある。
リバリバのアンちゃんは、海賊版や現パロのようにパキッとした感じは少ないかもしれない。
不安になったら不安な顔をするし、困ったらサボに頼る。
でもそういう不安をルフィにだけは見せないのはどのアンちゃんにも共通の意地である。
見栄っ張りというより姉とはそういうもんだと思ってるのでしょう。
だからそのぶん、アンちゃんからサボへの傾倒は若干重め。
サボもアンちゃんに頼ることだってあろうが、基本はサボもアンちゃんをよしよししたい。
でもアンちゃんがサボに頼っているときにサボの方もアンちゃんに頼りたいことがあったりした場合、
サボは自分のことの方を飲み込んでしまうのでたまに苦しい。
そういう自分の性分をわかってるので、アンちゃんが悪いとかそういうわけじゃないんです。
最終的にアンちゃんがサボのその我慢に気づいて一生懸命フォローしようとするので、大団円。
…なんかこれだとルフィがなんも考えてない呑気な子みたいですがそんなこともないのよ。
確かに考えてることはにーちゃんねーちゃんよりだいぶと少ないだろうが、ルフィもふたりを支えたいと思ってるのには変わりない。
なによりルフィはいるだけでサボたちの癒しです。
もう、ほんとにかわいいんだろなあ。
実をいうと、アンちゃんたちが住まう街、というかモルマンテ大通りには何となくモデルがありますん。
数か月前に旅立ってたあの地のとある場所。
あ、名前は全く違いますよ。
そこでいろんなものを見てから、いつかこういう景色を話の中に織り込みたいと思っていたので念願です。
大幅に頭の中で都合よく変換されてるんですがね。
その写真を載せてみようかとしたんですが、サイズが大きすぎてうまくいきません。
そして今の私には、サイズを変換する余力がありません(ザッツベリーメンドイ)
いつかまた、元気なときに、いつか。
あああと最後に、現在までにいただいたコメントにお返事してあります。
どうもありがとう(ふかぶか)
あたしゃとてもうれしくてうれしくて。
これをサボとファミマの相乗効果と名付けよう。
うんみたよーと言うとあっそうって感じで、あれっ?てなってすごかったねと言うとみんながみんなして「私は見てない」と言ってました。
あれ、出会い頭とのこの温度差はなに。
時間帯的に電車に乗ってる人が多かったみたいですね。
うちは日本の西の方なので、部分日食でしたがそんでもオォーってはなりますね。
専用グラスとか下敷き(これほんとはだめらしい)とかないので、雲に隠れたときに直視しちまいましたよ。
ちなみに日食の欠けていく様子のすげえ綺麗な写真が天文好きのハナノリンによってツイッター上に上げられているので、アカウントお持ちの方は見てみるといいかも。
お持ちでない方は、うん、ハナノリンに直談判だ!
なんか自分が見てないぶん、ニュースで見るより、これを本当に見た人がいるのねという意味で信憑性がある気がして感動もひとしおです。
それはさておき、一昨日から昨日に渡る直前のことですが【Reverse, rebirth 3】更新しますた。
あの、なんか、もう、マルアンだけを求めて来てくれている方には申し訳ない感じにサボアンです。
思いっきりマルアンカテゴリーにはいってますが、マルコのマの字もねぇよい。
いや、いずれ彼もじゃんじゃん現われるときが来るのだろうけれど、今は、ねえ。
不憫なくらいアレなかんじです。
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長男なサボ。
なんてやさお。(よいいみで)
3兄妹のバランスのとり方は独特で面白いのですきですー。
アンちゃんがガンガン主導権握って回すときもあれば、サボがてきぱき事を進めたりもする。
ルフィが竜巻のようにぐぉぉおおと一気にかき混ぜて済ませちゃうこともある。
リバリバのアンちゃんは、海賊版や現パロのようにパキッとした感じは少ないかもしれない。
不安になったら不安な顔をするし、困ったらサボに頼る。
でもそういう不安をルフィにだけは見せないのはどのアンちゃんにも共通の意地である。
見栄っ張りというより姉とはそういうもんだと思ってるのでしょう。
だからそのぶん、アンちゃんからサボへの傾倒は若干重め。
サボもアンちゃんに頼ることだってあろうが、基本はサボもアンちゃんをよしよししたい。
でもアンちゃんがサボに頼っているときにサボの方もアンちゃんに頼りたいことがあったりした場合、
サボは自分のことの方を飲み込んでしまうのでたまに苦しい。
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最終的にアンちゃんがサボのその我慢に気づいて一生懸命フォローしようとするので、大団円。
…なんかこれだとルフィがなんも考えてない呑気な子みたいですがそんなこともないのよ。
確かに考えてることはにーちゃんねーちゃんよりだいぶと少ないだろうが、ルフィもふたりを支えたいと思ってるのには変わりない。
なによりルフィはいるだけでサボたちの癒しです。
もう、ほんとにかわいいんだろなあ。
実をいうと、アンちゃんたちが住まう街、というかモルマンテ大通りには何となくモデルがありますん。
数か月前に旅立ってたあの地のとある場所。
あ、名前は全く違いますよ。
そこでいろんなものを見てから、いつかこういう景色を話の中に織り込みたいと思っていたので念願です。
大幅に頭の中で都合よく変換されてるんですがね。
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そして今の私には、サイズを変換する余力がありません(ザッツベリーメンドイ)
いつかまた、元気なときに、いつか。
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