OP二次創作マルコ×アン(エース女体化)とサンジ×ナミ(いまはもっぱらこっち)を中心に、その他NLやオールキャラのお話置き場です
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わかばさんのこのギャグオチだいすきなんですもうキターコレコレってかんじ
プロットリレーの内容もともかく、1p目のルフィが捕まえた魚とか
2p目ナチュラルにゾロの頭になんか落ちてるところとかw
そんでナミさんの服がかわいい…oh…
3p目の上のふたコマシリアスなのに、オチではサンジまで呆れちゃってるし
わかばさんらしいサンナミちょうすき。かわいい。
今回のリレーでギャグに持ってってくれたのは初めてではないでしょーか。
こうやって味が出てくるのが楽しいですねー。
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プロットリレーの内容もともかく、1p目のルフィが捕まえた魚とか
2p目ナチュラルにゾロの頭になんか落ちてるところとかw
そんでナミさんの服がかわいい…oh…
3p目の上のふたコマシリアスなのに、オチではサンジまで呆れちゃってるし
わかばさんらしいサンナミちょうすき。かわいい。
今回のリレーでギャグに持ってってくれたのは初めてではないでしょーか。
こうやって味が出てくるのが楽しいですねー。
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大通りに面した一等地にその店はある。
白い外壁、青い屋根、焦げ茶色の看板に木製の立派な扉。
そしてその扉の中と外を繋いで、人がずらりと並んでいた。
その様子を目の当たりにして、4人で立ち尽くした。
「ナミさんどうやって予約取ったの?」
「……電話」
「本当に取れてるの?」
「たぶんって言ったでしょ」
怪訝な顔で3人に振り向かれて目を逸らす。
とりあえず入りましょうと人の列に沿って店の中へと入った。
レジカウンターにいる男性スタッフと目が合って、彼が最初に電話に出た人だろうと思い小さく会釈した。
「予約されてます?」
「えーっとさっき電話を」
「あぁ、4名さん。ようこそ」
さくっと了解されてあっという間に席に案内されていた。
店の角の窓際の、びっくりするほど良席だった。
壁一面の大きなガラス窓から、綺麗に整理された小庭の緑が見える。
「ナミさん予約してくれてたの?」
「や、さっき電話したのが初めてだけど、実は知り合いがいて」
「えーっそうなの? すごい特別扱いでびっくりしちゃった」
ね、と顔を見合わせ笑うビビとカヤさんに、愛想笑いを返す。
濃いえんじ色の絨毯、ドーム状になった丸いフロア、隙のないギャルソンたちが秩序だってテーブルの間を行き交う。
ただ、他の3人が楽しげに辺りを見渡しているのに対して私一人冷や汗をかいている。
だってこの店すごく高そう。
「ね、ね」
テーブルの真ん中に身を乗り出すようにすると、他の3人もそろって顔をこちらに向けた。
「ごめん、なんかめちゃくちゃお高そうなお店に来ちゃった」
「えー、まぁそうね、ハイソな感じ」
「いいじゃない、たまには。みんな忙しかったんだし」
「そうよ、せっかくなら一番高いコース頼んじゃいましょうよ」
デザートまでたっぷりのやつ、とビビが笑ったところで、ふと隣に影が差した。
「いらっしゃいませレディ達。ようこそバラティエへ」
*
4人で朝から岩盤浴に行った帰り際、他の3人に隠れてこそこそ電話した。
まだ忙しい時間帯だろうに、電話はたったの2コールで繋がった。
随分野太い声のスタッフが、居酒屋のような威勢の良さで店名を告げる。
「今からランチ4人予約できませんか」
「あいにく満席で、このあとも予約が」
「あぁやっぱり。んーと、じゃあサンジ君はいるかしら」
「サンジ? おたくうちのサンジの知り合いで?」
「ん、えぇまぁ。でもごめんなさい忙しいときに。やっぱりい……」
「あちょいと待ち」
おいクォラサンジィ!! と電話口から少し離れたところで怒声が響き、思わず携帯から耳を離した。
んだクソ野郎、と答える声が確かに知ったもので妙に緊張する。
「はいもしもしお電話代わりました──」
営業用にしては随分低い声に笑いそうになりながら、「仕事中にごめん、私だけど」と抑えた声で言う。
「……え、ナミさん!?」
「ん、本当ごめん、代わってもらわなくていいって言おうとしたんだけど」
「なに、なになになに!? おれの声が聞きたくなった!? 聞きたくなったの!?」
「ちがうから落ち着いて。サンジ君のお店に友達とランチ行きたくて予約の電話したんだけど、今日は無理そうね」
ディナーは数か月先まで予約で埋まっていると聞いた。はたしてランチは、と一縷の望みをかけたのだけど、どうやら難しそうだ。
しかしサンジ君は至極あっさりとした声で「いやいけるよ?」と言った。
「え、でも今満席ってさっき」
「うんでも何人?」
「4人……」
「ん、了解。あとどれくらいで着きそう?」
「近いから15分くらい」
「わかった、気を付けて来て。待ってる」
「ほ、本当に大丈夫なの」
「大丈夫大丈夫、クソうめぇの作るから期待してて」
ナミさんの声が聞けて良かった。そう言って電話は切れた。
なんとなく腑に落ちない思いで出入り口の方へ行くと、すでにみんなきちんと化粧を施して、さっきまでのあどけなさが嘘みたいにきちんと整った姿で私を待っていた。
「ナミさんどこ行ってたの」
「あ、ちょっと電話。ランチのお店予約しとこうと思って」
「あらありがとう。予約できた?」
「うん、たぶん」
たぶん、と歯切れの悪い私の言葉には特に誰も引っかかった様子はなく、みんな一様にしあわせそうなほくほくとした身体でサロンを後にしたのだ。
*
厨房にいるもんだと思ったのに。
黒いベストに黒いサロンを下げて、きっちりギャルソンの格好をしたサンジ君を呆気にとられて見上げた。
目の前のテーブルにさっとメニューボードがひとつずつ差し込まれる。
サンジ君が4人を見下ろして丁寧に一礼した。
「おすすめのランチコースがそちらのメニューに。本日のメインは甘鯛のポワレか仔羊のグリル、春野菜を使ったストロガノフからお選び頂けます」
彼が顔を上げた瞬間目が合った。
左口の端を少し上げて、ほんの少しそれだけの仕草で私に応えた。
彼がいつも煙草を挟む方の口だと、私だけが知っている。
「じゃあ私、甘鯛」
「あ、私も」
「私はストロガノフを」
とととんと注文を済ませた3人が私を見る。
クリーム色のざらついたメニュー用紙の上を視線が滑る。
ナミさんは? と訊かれるかと思ったのに、サンジ君は黙って私の言葉を待っていた。
「……仔羊のグリル」
「かしこまりました。メニューをお下げしても?」
メニューボードを彼に差し出すと、丁寧な指先がそれを受け取った。
彼が立ち去ると、ビビがきょろりと辺りを見渡してから「ナミさんのお友達は? 厨房にいるの?」と無邪気な顔で尋ねた。
「──ん、そうだったかな」
「料理人なの?」
「うん」
すごーい、とビビとカヤさんは物珍しげにはしゃいだ。
カトラリーのぶつかり合う上品な音があちこちから響いてくる。
別のギャルソンが、私たちのテーブルにもカトラリーを行儀よく並べた。
「男の人?」と唐突にロビンが訊く。
「そう」
「聞いてないわね」
ちらりとロビンを見渡すと、いつかの仕返しだと言わんばかりの目で見つめ返してくる。
「言ってないもの」と小さな声で反抗的に呟いた。
「え、なに、そういう人なの? ナミさんの?」
「別にぃ。ちがう」
「うそ、見てみたいな、フロアにはでてこないのかしら」
「出てこないわ。料理作ってんだもん」
ていうか違うって言ってるのにと反論してみても誰も聞いていない。
「なるほどそれでこんなスムーズに人気店に飛び込めたのね」
「え、ってことはも上手く行ってる人なの?」
それこそ聞いてないわ、とビビが身を乗り出しかけたとき、会話を遮らないタイミングで「お待たせしました」と前菜が運ばれてきた。
かわいらしいカクテルグラスに入ったデザートのような冷菜だ。
「カリフラワーのムースとトマトのジュレのカクテルです」
かわいい、とカヤさんが声をあげた。
もったりとしたムースの上に透明のゼリーがかかっている。
ビビが一口含んで、声をあげた。
「この透明なゼリー、トマトの味がする!」
「トマトの凝縮液なんじゃない。凝縮すると赤くなんないから」
「へー、ナミさん詳しい」
ふるふる揺れるジュレはのど越しよく体の中へ滑り落ちていった。
まだ火照りの残った身体に優しく溶けていくようで心地いい。
「それで、どんな人? どこまで上手く行ってるの?」
忘れてないわよと言わんばかりに、すかさずビビが会話を繋ぐ。
金色のスプーンを咥えて、「聞きたいなぁナミさんの話」とわざとらしくにやけている。
「ちがうってばだから。ここに来たのはたまたま近くだったからで」
「じゃ、付き合ってはないわけね」
「そうよ!」
「ナミこそ特定の誰かと付き合ったりしないものね」
「おいしいごはん食べさせてくれて高いもの買ってくれたらそれでいいんだもん」
すがすがしいのね、とロビンが呆れたように笑った。
薄い橙色のとろりとしたスープがサーブされて、覚えのある舌触りに驚いた。
家の狭い台所で彼は丁寧に下ごしらえをして、店で出すのと同じものを私に食べさせたのだ。
「パプリカ? 甘くておいしー」
「メインまでにお腹いっぱいになっちゃいそう」
「これも噂の彼が作ってるのかしら?」
ロビンが目を伏せたままなんでもないことのように尋ねる。
「知らない」とそっけなく答えると鼻で笑われた。
「なんでそうまで隠したがるの。人のことは根掘り葉掘り聞くくせに」
「別に隠したがってるわけじゃないもん。まだそういう人じゃないだけで」
まだ、と言ってからハッと気付いて、「別に予定があるわけじゃないけど」とごにょごにょ訂正した。
「意地っ張りね」
ロビンが大人びた顔で笑うのが悔しくて、黙ってスープをすすった。
ビビとカヤさんはくすくす笑っている。
底の見えたスープ皿に天井の丸い灯りが映っていた。
サンジ君、ギャルソンの格好だった。
今日は作ってないのだろうか。
メインが運ばれてきて、自分が選んだのがなんだったか思い出せなかった私の代わりにカヤさんが「ナミさんは仔羊のグリルって」と小さな声で教えてくれた。
やわらかくてあたたかい肉を口に含む。
ソースの甘い味が濃い肉汁といっしょにじわりと沁みた。
「あーおいしい」
思わず低い声で呟く。
ふと他の3人の顔を見ると、一様に目を細くして黙って咀嚼していた。
言うつもりもなかったのに、つい口からこぼれ出た。
「おいしいでしょ」
「……うん、びっくり」
「久しぶりにこんなにおいしいもの食べたわってくらい」
「でしょ」
知ってるんだもの、と胸の内で呟く。少しだけ誇らしげに。
私の噂の彼の話からビビのこの間の旅行の話を聞いたり、カヤさんが学会で失敗した話のあとでロビンの年下の男の話題に急展開してみたり、忙しい私たちの会話の間、何度か背後を振り返りそうになった。
実際に数回振り返って、でもそのたびに広いフロアを行き来する黒いスーツのギャルソンたちの中にひときわ目立った金髪は見つけられなかった。
「いない?」
不意に訊かれて、また後ろを見ていたのだとそのとき気付いた。
否定のしようもなくて、苦い顔で「うん」と言う。
「忙しいのね、それに料理人なんでしょう? 手が空かなきゃ出てこられないでしょうね」
デセールの小さなパルフェをつつきながら言うロビンの口調が慰めるようで、落ち着かない気持ちになった。
別に会いに来たわけじゃないのだ。
「ナミさんから顔くらい出しに行ったら?」
「えっいいわよそんなの」
「どうして? 来てくれたら喜ぶわよ、きっと」
そりゃ喜ぶだろう。抱き着くような勢いで飛び跳ねるに決まっている。
でも邪魔をするわけにはいかない。
食後のコーヒーまで飲んで、気付いたら店に入って2時間近くたっていた。
コース料理はゆっくりしちゃうわねと言いながら近くの店員に会計を頼んだ。
しばらくして戻ってきた店員が私の背後に立ったので、お会計を受け取ろうと手を伸ばしたら代わりにギュッと指先を握られたので心底驚いて振り返った。
「お料理はお気に召していただけましたかな、レディ達」
「サッ……!」
「御代は結構です、君たちの顔をまた見せに来てくれたらそれで」
サンジ君はコック服のままだった。
やっぱり、最初はわざわざ着替えてきたのだ。
私の手を握ったまま、サンジ君は呆気にとられる私たちを見渡してにっこり笑う。
「帰り道お気をつけて」
すっと私の手を下ろして一礼すると、サンジ君はフロアの中で目立つコック服を隠すように店の隅を歩いてさっと厨房に続く扉の向こうに消えた。
「──なるほど」
最初に口を開いたのが意外にもカヤさんで、その一言を皮切りにロビンとビビも口を揃えて「なるほどね」と言ったのだった。
*
夕方から予定があるというビビのために早めに解散し、私も明るいうちに家へと帰った。
帰り道携帯がメールを受信し、相手がサンジ君だったので驚いてすぐさま時計に目を走らせる。
まだ16時で、これからディナーの始まる彼の店はまだまだ忙しいはずだ。
「夜会える?」という短い本文に、こちらも「外でなら」と短く返す。
家には上げないのだ。
付き合ってもない男を私は家に上げたりしない。
「じゃあおれんちに来てくれる? 迎えに行くよ」という返事に、「了解」とそっけなく返した。
家には上げないけど、あっちの家には上がってやってもいい。
何度かごはんを作ってもらった、ただそれだけだから。
23時近くになって、「ごめん遅くなった」と電話がかかってきた。
同時に部屋のベランダ側、道路に面した方から自転車のブレーキが止まる音がした。
テレビを消して、変な柄のヘアバンドを頭から外す。
「ほんっとに遅い。もうお風呂入ろうかと思ってた」
「ごめん、ほんっとにごめん! な、ちょっとだけだから会えね? おれメシ今からだからさ、なんか夜食作るし」
ナミさーん、出てきてー、と電話と窓の外と両方から聞こえる。
「ばか、声がでかい!」と一喝してから手櫛で髪を軽く整えて外に出た。
マンションのエントランスを出ると、サンジ君が咥え煙草で自転車にもたれていた。
「こんばんは」という馬鹿丁寧なあいさつに、「おつかれさま」と返すとほろほろと彼の頬が溶けるように緩んで笑った。
からからと自転車を引いて、私たちは夜道を歩く。
「今日、来てくれてほんっとありがとな。びっくりしたけどめちゃくちゃ嬉しかった。てか先に電話くれて良かったよ」
「や、こっちこそ……そうだお代! 全員分払ってくれなくてもよかったのに!」
「せっかくナミさんが可愛いお友達3人も連れて来てくれたんだもん、奢りてぇよ」
「それにしたって……予約も、無理したんでしょ」
ふわふわと夜闇に溶ける煙草の煙を目で追いながら、サンジ君は「ぜーんぜん」と言った。
「ナミさんのためならいつでも席空けるって前に言ったろ。有言実行」
「そんなことばっかりしてよく首にならないわね。いくら自分の家だからって」
「いやいやこんなことすんの初めてだぜ。さすがにしょっちゅうしてらんねぇよ」
ナミさんだけ、と顔を覗き込まれる。
わざとらしい、と顔を背けると「手厳しいなあ」と彼は朗らかに笑った。
「それにわざわざ出てこなくたってよかったのに」
「だってナミさんに会いてェじゃん。てか帰り際びっくりさせちまったな。言ってなかったの? おれのこと」
「言ってない。あんたこそ」
ビビたちに何か言うかと思ったのに。
私を口説くように軽い口から甘い言葉が音楽みたいに零れる様を想像していたから、昼間は少し拍子抜けした。
私に対してもあくまで客として接して、さっさと奥へと引っ込んだ。
「だってご挨拶するときは『ナミさんの彼氏ですどうも』って言いてェじゃん」
返事をしないでいたら、彼がぎゅっとブレーキを握って足を止めた。
「今度会ったら言ってもいい?」
ふと風向きが変わって煙草の煙が顔に当たった。
サンジ君は慌てて「わ、ごめん」とそばのガードレールで煙草をもみ消す。
夜風で煙たい香りがするする阻まれることなく流れていく。
私が歩き出すと、サンジ君も付き添うように歩き始めた。
夜中の0時まで開いているスーパーの前を通り過ぎたとき、サンジ君がふと「たこ焼き食いてェなぁ」と呟いた。
「買ってく?」
「んー、でもなんか作ろうかと思ってたし」
「仕事終わりだし面倒じゃないの? いいじゃない買ってけば」
「でもナミさんの夜食」
「私別にお腹すいてないし。あんたの買ったたこ焼きちょうだい」
「んじゃ寄ってくかぁ」と軽く方向転換して煌々と明るい店先に向かって歩いていく。
夜中に近い時間のサンジ君は大きな虎のようで、少し疲れた様子で肩を落として、けだるそうに煙草に手を伸ばす。
古びた自転車を駐輪場に停めて、すぐそばの灰皿に煙草を放り込んで、あくびをかみ殺したその顔をスーパーの灯りが白く照らすのを見上げたらとてつもなく不安になった。
いつのまにか巻き込まれて取り込まれてどこかに持って行かれそうな気持ちがした。
それはそれでしあわせなような気もして、それをすごくこわいと思った。
たこ焼きはなくて、焼きそばを買ってふたりで食べた。
「今晩メシ食いに来ていいか」と言われたとき、惰性で「勿論」と答えかけて思いとどまった。
息を止めるように言葉を吸い込んだ私に、彼が怪訝そうに振り返る。
結びかけの靴紐が、玄関に座り込んだ彼の肩越しに見えた。
「用事あんならいいぞ」
「──えぇ、そうね、今日はちょっと」
ゾロは少しだけ目をすがめ、返事もせずにまた俯いた。
何を考えただろう。
私と誰の予定を想像したのだろう。
今夜はナミたちと飲みに行く予定があるだけで、大した事情じゃないのに。
彼が想像した何かを私もまた想像し、彼の中で膨らんだいろんな思惑を夢見て私はわくわくする。
立ち上がった彼は、上り框からおりたせいで私より15センチほど背が低くなる。
私を見上げて「じゃあな」と言った。
今度いつ来るとか、今日はどうだったとか、そういう言葉は一切なく、別れのキスすらない。
「えぇ、じゃあ」
本当は「また」と言いたいのを堪えて、出ていく彼の背中を見送った。
16時ごろになるまでだらだらと掃除をしたり化粧を直したりして過ごし、たいして時計も見ずに適当に家を出て駅に着いたのは16時半を少し回った頃だった。
駅前にはすでにビビが待っていて、私を見つけて小さく手を振った。
「早いわね」
「ロビンさんも早いわよ。私はそこの本屋さんにいたんだけど、混んできたからでてきちゃった」
ふとビビの肩越し、50メートルほど向こうの柱の下でまるで人を待つようなさりげなさで佇む黒衣の男が見えた。
さりげないとは言って、その目は鋭い。私と目が合い彼は小さく会釈した。
「どうして離れて立ってるの?」
「なあに?」
「彼と。一緒に待てばいいのに」
「さあ。私が『じゃあ』って言ったからかしら」
ビビは私を見上げて、「どうしてそんなことを聞くの?」と言いたげな顔をした。
その無邪気さに、私は信じられない思いで微笑む。
いっときたりとも離れたくないとは思わないのかしら。
この50メートルの距離が死ぬほど欲しくなるときが、いつかやってくるとも知らずに。
「ロビンさんはどこかに出かけてらしたの?」
「いいえ、家にいたわ」
「そう、なんだか今日はお洒落だから」
そうかしら、と私は足元を見下ろした。
ベージュ色のパンプス、紺色のワンピース、レースのかぎあみショールと、パールのピアス。
どれもお気に入りではあるけど、特別お洒落をしたつもりはない。
ビビは含み笑いをして「デートだったのかと思った」と言った。
「デートねぇ」
「ふふ、ちがった?」
デートはしてない。セックスはしたわと言いかけて、ビビが私の肩越しに手を振った。
振り返ると、小走りでカヤがこちらへ向かっていた。
「す、すみません、お、お、おそく、なって」
「遅くないって、まだ時間前だから。カヤさん息切れすぎよ、大丈夫?」
「ご、ごめんな、さい、ちょっと走、ると、すぐ」
つるんと白い頬がほんのすこし血色良くなる。
はぁはぁと苦しそうに、しかし嬉しそうにカヤは顔を上げた。
「あとはナミさんだけね」
「えぇ、いつも通りってかんじね」
ナミは時間通りにしか来ない。
待つのが嫌いと言うより、そういう時間を節約するのが好きなのだ。
ぽつぽつと午前中なにをしていたかなど話していたらいつの間にか17時が近づき、駅の人ごみに紛れてナミが「お待たせー」と姿を現した。
今日はナミの知っている店に行く。
私たちはぞろぞろと横並びに連なって、人波を縫って歩いた。
薄暗い店内で、四人の爪と氷のつまったグラスだけがキラキラ光っていた。
丸い円卓を囲んで背の高いスツールに座り、光るグラスをぶつけて乾杯する。
がやがやと騒々しく、声を張り上げなければ仲間内の会話すらままならない。
そのぶんどんな話をしたってかまわないのだという気安さがあった。
ナミのおすすめと他数品を注文し、突き出しのマリネをつまむ。
「今度の休みはどっか行くの?」とナミが誰にともなく尋ねた。
「3連休になるんだっけ」
「学会の準備で全部潰れちゃうわ、私」
「カヤさん相変わらず忙しいのねー」
「でも社会人に比べたら気楽なのよ、きっと」
「ナミはどこか行くの?」
んーそうねぇと、ナミはまんざらでもない顔を作って箸を動かしている。
「まだ未定。でも仕事お休み取れたしどっか行きたい。ロビンは?」
「そうね、私も未定だけどどこか遠出したいわ」
「誰と?」
真顔のナミと視線がかち合い、すぐにナミはにやっと笑った。
「誰と遠出するんだって?」
「──イヤな子ね」
「え、なになになに?」
ビビが身を乗り出して私を見つめてくる。
「ロビンさんやっぱり彼氏いるの? 全然教えてくれないんだもの」
「どんな人? 年上?」
「待って待って、私も順番に聞きたいから」
ナミがビビとカヤを制するように彼女たちに手のひらを向け、私に向き直った。
「こないだ夜たまたま会ったとき、一緒にいた人とどうなったの? その前に会った人と違う人だったけど」
「どうって、どうもなってないわ。あの日一緒にいただけ」
「一緒に薄暗い怪しい店に入ってったじゃない!」
「怪しくなんかないわよ、普通の飲み屋さん」
「うそうそうそ、んじゃあその店の後どこに行ったのか言ってみなさいよ」
黙って肩をすくめると、ビビとカヤは顔を寄せ合って息を呑み、ナミは鼻にくしゃっと皺を寄せた。
「ほらね! どうせそれから会ってないんでしょ」
「そうねぇ」
「ちょ、ちょっと待って、ロビンさんの彼氏の話は?」
「彼氏なんかいないわ」
えーっ、とビビが音にならない声で叫んだ。
隣のカヤはなぜか熱いとも言える視線を私に送ってくる。
「だって私好きな人がいるもの」
濡れたグラスに指で線を書いていたナミの手がぴたっと止まった。
えーっ、とまたビビが今度は声に出して叫ぶ。
「すきなひと、好きな人!?」ナミの声は張り上げても張り上げても周りのざわめきと一緒に天井に吸い込まれていく。
「えぇ、半年くらい前からずっと」
「聞いてないけど」
「言ってないわ」
「ずるい!」
思わず笑うとナミはますます嫌そうに顔をしかめた。
それでそれで、とビビがますます身を乗り出す。
「どんな人?」
「年下ね」
「えーっ意外! いくつ?」
「あなたたちくらいかしら、もう少し上かも」
「知らないの?」
「そういえば」
ナミが空のグラスをゴンとテーブルに置き、すかさず店員におかわりを頼んだ。
「で、どこで知り合った馬の骨なのよ」
「ナミさん言い方」
「うちの大学の学生ね。もう卒業したけど」
「ど、どんな人?」
どんな人。
「鉄の球みたい」
「は?」
「無口で愛想もないし、感情の起伏もほとんどないみたい。身体もちょっと不気味なくらい硬くて丈夫」
「……それどうなの、一緒にいて楽しいの?」
「勿論」
無口だけど要らないことは何一つ言わないし、言うべきことをきちんと選んで口に出す。
愛想はないけど冷たいわけじゃない。
そしてときおり爆発するみたいに声をあげて笑う。
そういうところが好きなのだ。彼女たちには言わないけど。
はー、と感嘆のようなため息のような声をあげて、ビビはからからとグラスを揺らした。
「でも、まだお付き合いには至ってないのね。好きって言った?」
「いいえ」
「言わないの?」
「機会があれば」
「相手の人はロビンさんの気持ち知ってるのかしら」
「さあ」
柳に風、とナミが肩をすくめた。
「ロビンが本気出したら堕ちないわけないじゃん。怖いなぁもう」
「そんなことないわ、全然うまくいかないもの」
「そうなの?」とビビが声を潜めた。
ぜんぜんよ、と私は繰り返す。
好きだなんて言ったら彼はなんて言うだろう。なにも言わず、いつもみたいに黙って出ていってしまうんだろうか。
そんなことになるのなら何も言わず何もしない方がいい。
「うまくいかないって、例えば?」
ナミが枝豆を手で摘み取りながら尋ねた。
鮮やかな黄緑色を目で追いながら、「たとえば」と私は考える。
「名前を呼んでもらった覚えがないわ」
「え、それって一方的にあんただけが知ってる人ってわけじゃないんでしょ?」
「そうよ。それに誘ってもすぐに帰ってしまうし」
「すぐにって、ごはん食べ終わったらさっさと帰っちゃうみたいな?」
「とか、セックスが終わればすぐに服を着てしまうとか」
突然カヤの手から小エビのフリットに刺さっていたつまようじが跳ねとんだ。
慌ててそれを拾い上げる彼女に「大丈夫?」と声をかけてから顔を上げると、ナミは眉間に二本の指を当てて難しい顔をしていた。
「待って、待って」
「なに?」
「あんたたちどういう仲なの」
「付き合ってないわ」
「友達なの?」
「いうなれば」
「でもエッチはするの?」
「するわ」
出た、とナミは目を瞠った。
「あんた相変わらず面白いことしてるのね」
「なんにも面白くないわ。上手くいってないって言ったでしょう」
「と、年下なんでしょ? 遊び人なの?」
「ばかねビビ、転がしてるのはロビンの方に決まってんじゃない」
「そんなのじゃないわ」
私の反駁に耳もかさず、ナミは深くため息をついた。
「で、なにが上手くいってないんだっけ」
「セックスのあとすぐに服を」
「そうじゃなくて、なんでそこまでして付き合ってないのよ」
薄っぺらいローストビーフをフォークの先に引っかける。
カーテンのように揺れながら持ち上がった。
「付き合おうとも付き合ってとも、言ったり言われたりしていないからかしら」
ふむ、とナミは腕を組む。
ビビはずっとカラカラとマドラーを回して、カヤは終始うつむき加減だ。
しかしそのカヤが、ぽつりと口を開いた。
「うまく、いくといいわね」
「え?」
「その人と、ロビンさん。好きな人って言ったじゃない」
「──えぇ、そうね」
「迷わず好きだって言えるの、すごいと思うの」
すごいかしら、と尋ねると、カヤは思いのほか力強く頷いた。
そのとき携帯がぶるぶると震え、その振動がスツールに伝わって飲み物が小刻みに揺れた。
「私ね、ごめんなさい──あぁ」
「もしかして」
ナミが携帯の画面を覗き込もうと首を伸ばす。
着信はゾロだった。
昼間会ったばかりなのに珍しいと思いながら椅子から降り立った。
喧騒から遠ざかりながら、電話に出る。
「もしもし?」
「どこにいる」
「私? 外だけど」
ざわめきは電話の向こうにも伝わっているのだろう、ゾロは少し口をつぐんだ。
「どうしたの? なにか」
「酒飲んでるのか」
「えぇまぁ」
それきりまた沈黙が続く。
通話独特の電子音がサーっと鳴りつづけている。
店を出て扉を閉めると少し周囲の音が落ち着いて、ゾロの息遣いまで聞こえるようになった。
彼が出ていく背中を見送ったときの気持ちを思い出し、落ち着かせようと自分の鎖骨を撫でた。
「なにか忘れ物? 今外だから帰ったら」
「一人か」
「今? いいえ、人と一緒だけど」
「──場所、どこだ」
「駅のすぐ近くだけど」
店名を告げると、ゾロのいる方がにわかに騒々しくなった。大通りを歩いているのだと分かった。
「今から行くから待ってろ」
「え?」
「すぐ着く。いいな、動くなよ」
小動物ならその一声で殺せそうなほど凄味のある声を残し、唐突に電話は切れた。
つい通話口を見下ろしてしまう。
ゾロ。
私の想像が現実になって彼の胸を浸したのだと思うと、叫びたくなるほどうれしくなった。
私が誰と一緒だと思ったの、誰と一緒に何をしていると思ったの、それを想像してどう感じたの、全部聞きたい。
目を閉じて深呼吸し、再び目を開くと通りの向こうから走ってくる姿が見えて、言った通りの速さに笑いがこぼれた。
「ゾロ」
「帰るぞ」
軽く息を切らしながら、武骨な手が私のそれを掴む。
待って、と腕を引いた。不満げな顔が振り返る。
「どうして来てくれたの」
「お前が──」
「他の誰かといると思ったから?」
ゾロの切れていた息はすぐにも落ち着いていて、黒くて静かな目で私を見つめた。
「わかってんなら訊くな」
「じゃあどうして昼間そう言わなかったの」
「言われたかったのならテメェも態度で示せ」
「私の態度が良くなかったのかしら」
大きく口を開いて何か言いかけたゾロは、少し考えてから「ちがう」と言った。
「ちがうが、お前も悪ィ」
がしがしと頭を掻いて、またゾロは私の手を引いて歩き出した。
「帰るぞ」
「待って、帰るって言わなきゃ」
「何律儀なこと言ってんだ!」
「でもお金も払ってないし」
「アホか、ソイツに払わせとけ!」
「でもみんな私より下の女の子だし」
「は?」
ゾロが急に立ち止まったので、固い背中にぶつかりかける。
思わず彼の背に空いている方の手をついた。
「危ないわ」
「待て、お前誰と一緒に飲んでたっつった」
「友達よ。あなたと同じくらいの歳の女の子3人」
立ち尽くすゾロと私の沈黙を埋めるように、携帯が音を立てて震えた。
電話に出ると、さっきまで聞こえていた喧騒がわっと飛び出してきて、同時にくすくすと可愛らしい3人の笑い声が聞こえた。
その中からとびきりよく通る声で、ナミが「ガラスからまる見えなんだけど。帰るか連れてくるかどっちかよ」と言った。
「帰るわ」と迷わず答える。
「そうね、その方がよさそう」
「ごめんなさい、一旦戻って」
「いーわよ鞄持って出たんでしょ? 一杯しか飲んでないし私たちからのお祝いてことで」
じゃがんばって、と電話は無慈悲なほどあっさり切れた。
「帰っていいって」
するりと離れかけたゾロの手を慌てて掴み直す。
「ゾロ?」と覗き込むと、不機嫌と言うよりいっそ不健康そうに目を眇めた顔が振り返った。
「やっぱり全面的にお前が悪い。ややこしい言い方すんな!」
「そうね、ごめんなさい」
笑うつもりはなかったのだが我慢しきれずふっと笑うと、すかさず「笑うな」と叱られた。
ゾロは私の手を引いて、猛烈にガツガツと歩き出す。
少し心配になって口を開いた。
「ゾロ、ごめんなさい、怒らないで」
「怒ってねェ」
「すきよ、ゾロ」
「んなこた知ってる」
「セックスのあとすぐに服を着ないでいてくれたらもっとすき」
呆れた顔で振り返った彼は、「今んなこと言うな、襲うぞ」とさも馬鹿馬鹿しいとでもいうように呟いた。
息を止めるように言葉を吸い込んだ私に、彼が怪訝そうに振り返る。
結びかけの靴紐が、玄関に座り込んだ彼の肩越しに見えた。
「用事あんならいいぞ」
「──えぇ、そうね、今日はちょっと」
ゾロは少しだけ目をすがめ、返事もせずにまた俯いた。
何を考えただろう。
私と誰の予定を想像したのだろう。
今夜はナミたちと飲みに行く予定があるだけで、大した事情じゃないのに。
彼が想像した何かを私もまた想像し、彼の中で膨らんだいろんな思惑を夢見て私はわくわくする。
立ち上がった彼は、上り框からおりたせいで私より15センチほど背が低くなる。
私を見上げて「じゃあな」と言った。
今度いつ来るとか、今日はどうだったとか、そういう言葉は一切なく、別れのキスすらない。
「えぇ、じゃあ」
本当は「また」と言いたいのを堪えて、出ていく彼の背中を見送った。
16時ごろになるまでだらだらと掃除をしたり化粧を直したりして過ごし、たいして時計も見ずに適当に家を出て駅に着いたのは16時半を少し回った頃だった。
駅前にはすでにビビが待っていて、私を見つけて小さく手を振った。
「早いわね」
「ロビンさんも早いわよ。私はそこの本屋さんにいたんだけど、混んできたからでてきちゃった」
ふとビビの肩越し、50メートルほど向こうの柱の下でまるで人を待つようなさりげなさで佇む黒衣の男が見えた。
さりげないとは言って、その目は鋭い。私と目が合い彼は小さく会釈した。
「どうして離れて立ってるの?」
「なあに?」
「彼と。一緒に待てばいいのに」
「さあ。私が『じゃあ』って言ったからかしら」
ビビは私を見上げて、「どうしてそんなことを聞くの?」と言いたげな顔をした。
その無邪気さに、私は信じられない思いで微笑む。
いっときたりとも離れたくないとは思わないのかしら。
この50メートルの距離が死ぬほど欲しくなるときが、いつかやってくるとも知らずに。
「ロビンさんはどこかに出かけてらしたの?」
「いいえ、家にいたわ」
「そう、なんだか今日はお洒落だから」
そうかしら、と私は足元を見下ろした。
ベージュ色のパンプス、紺色のワンピース、レースのかぎあみショールと、パールのピアス。
どれもお気に入りではあるけど、特別お洒落をしたつもりはない。
ビビは含み笑いをして「デートだったのかと思った」と言った。
「デートねぇ」
「ふふ、ちがった?」
デートはしてない。セックスはしたわと言いかけて、ビビが私の肩越しに手を振った。
振り返ると、小走りでカヤがこちらへ向かっていた。
「す、すみません、お、お、おそく、なって」
「遅くないって、まだ時間前だから。カヤさん息切れすぎよ、大丈夫?」
「ご、ごめんな、さい、ちょっと走、ると、すぐ」
つるんと白い頬がほんのすこし血色良くなる。
はぁはぁと苦しそうに、しかし嬉しそうにカヤは顔を上げた。
「あとはナミさんだけね」
「えぇ、いつも通りってかんじね」
ナミは時間通りにしか来ない。
待つのが嫌いと言うより、そういう時間を節約するのが好きなのだ。
ぽつぽつと午前中なにをしていたかなど話していたらいつの間にか17時が近づき、駅の人ごみに紛れてナミが「お待たせー」と姿を現した。
今日はナミの知っている店に行く。
私たちはぞろぞろと横並びに連なって、人波を縫って歩いた。
薄暗い店内で、四人の爪と氷のつまったグラスだけがキラキラ光っていた。
丸い円卓を囲んで背の高いスツールに座り、光るグラスをぶつけて乾杯する。
がやがやと騒々しく、声を張り上げなければ仲間内の会話すらままならない。
そのぶんどんな話をしたってかまわないのだという気安さがあった。
ナミのおすすめと他数品を注文し、突き出しのマリネをつまむ。
「今度の休みはどっか行くの?」とナミが誰にともなく尋ねた。
「3連休になるんだっけ」
「学会の準備で全部潰れちゃうわ、私」
「カヤさん相変わらず忙しいのねー」
「でも社会人に比べたら気楽なのよ、きっと」
「ナミはどこか行くの?」
んーそうねぇと、ナミはまんざらでもない顔を作って箸を動かしている。
「まだ未定。でも仕事お休み取れたしどっか行きたい。ロビンは?」
「そうね、私も未定だけどどこか遠出したいわ」
「誰と?」
真顔のナミと視線がかち合い、すぐにナミはにやっと笑った。
「誰と遠出するんだって?」
「──イヤな子ね」
「え、なになになに?」
ビビが身を乗り出して私を見つめてくる。
「ロビンさんやっぱり彼氏いるの? 全然教えてくれないんだもの」
「どんな人? 年上?」
「待って待って、私も順番に聞きたいから」
ナミがビビとカヤを制するように彼女たちに手のひらを向け、私に向き直った。
「こないだ夜たまたま会ったとき、一緒にいた人とどうなったの? その前に会った人と違う人だったけど」
「どうって、どうもなってないわ。あの日一緒にいただけ」
「一緒に薄暗い怪しい店に入ってったじゃない!」
「怪しくなんかないわよ、普通の飲み屋さん」
「うそうそうそ、んじゃあその店の後どこに行ったのか言ってみなさいよ」
黙って肩をすくめると、ビビとカヤは顔を寄せ合って息を呑み、ナミは鼻にくしゃっと皺を寄せた。
「ほらね! どうせそれから会ってないんでしょ」
「そうねぇ」
「ちょ、ちょっと待って、ロビンさんの彼氏の話は?」
「彼氏なんかいないわ」
えーっ、とビビが音にならない声で叫んだ。
隣のカヤはなぜか熱いとも言える視線を私に送ってくる。
「だって私好きな人がいるもの」
濡れたグラスに指で線を書いていたナミの手がぴたっと止まった。
えーっ、とまたビビが今度は声に出して叫ぶ。
「すきなひと、好きな人!?」ナミの声は張り上げても張り上げても周りのざわめきと一緒に天井に吸い込まれていく。
「えぇ、半年くらい前からずっと」
「聞いてないけど」
「言ってないわ」
「ずるい!」
思わず笑うとナミはますます嫌そうに顔をしかめた。
それでそれで、とビビがますます身を乗り出す。
「どんな人?」
「年下ね」
「えーっ意外! いくつ?」
「あなたたちくらいかしら、もう少し上かも」
「知らないの?」
「そういえば」
ナミが空のグラスをゴンとテーブルに置き、すかさず店員におかわりを頼んだ。
「で、どこで知り合った馬の骨なのよ」
「ナミさん言い方」
「うちの大学の学生ね。もう卒業したけど」
「ど、どんな人?」
どんな人。
「鉄の球みたい」
「は?」
「無口で愛想もないし、感情の起伏もほとんどないみたい。身体もちょっと不気味なくらい硬くて丈夫」
「……それどうなの、一緒にいて楽しいの?」
「勿論」
無口だけど要らないことは何一つ言わないし、言うべきことをきちんと選んで口に出す。
愛想はないけど冷たいわけじゃない。
そしてときおり爆発するみたいに声をあげて笑う。
そういうところが好きなのだ。彼女たちには言わないけど。
はー、と感嘆のようなため息のような声をあげて、ビビはからからとグラスを揺らした。
「でも、まだお付き合いには至ってないのね。好きって言った?」
「いいえ」
「言わないの?」
「機会があれば」
「相手の人はロビンさんの気持ち知ってるのかしら」
「さあ」
柳に風、とナミが肩をすくめた。
「ロビンが本気出したら堕ちないわけないじゃん。怖いなぁもう」
「そんなことないわ、全然うまくいかないもの」
「そうなの?」とビビが声を潜めた。
ぜんぜんよ、と私は繰り返す。
好きだなんて言ったら彼はなんて言うだろう。なにも言わず、いつもみたいに黙って出ていってしまうんだろうか。
そんなことになるのなら何も言わず何もしない方がいい。
「うまくいかないって、例えば?」
ナミが枝豆を手で摘み取りながら尋ねた。
鮮やかな黄緑色を目で追いながら、「たとえば」と私は考える。
「名前を呼んでもらった覚えがないわ」
「え、それって一方的にあんただけが知ってる人ってわけじゃないんでしょ?」
「そうよ。それに誘ってもすぐに帰ってしまうし」
「すぐにって、ごはん食べ終わったらさっさと帰っちゃうみたいな?」
「とか、セックスが終わればすぐに服を着てしまうとか」
突然カヤの手から小エビのフリットに刺さっていたつまようじが跳ねとんだ。
慌ててそれを拾い上げる彼女に「大丈夫?」と声をかけてから顔を上げると、ナミは眉間に二本の指を当てて難しい顔をしていた。
「待って、待って」
「なに?」
「あんたたちどういう仲なの」
「付き合ってないわ」
「友達なの?」
「いうなれば」
「でもエッチはするの?」
「するわ」
出た、とナミは目を瞠った。
「あんた相変わらず面白いことしてるのね」
「なんにも面白くないわ。上手くいってないって言ったでしょう」
「と、年下なんでしょ? 遊び人なの?」
「ばかねビビ、転がしてるのはロビンの方に決まってんじゃない」
「そんなのじゃないわ」
私の反駁に耳もかさず、ナミは深くため息をついた。
「で、なにが上手くいってないんだっけ」
「セックスのあとすぐに服を」
「そうじゃなくて、なんでそこまでして付き合ってないのよ」
薄っぺらいローストビーフをフォークの先に引っかける。
カーテンのように揺れながら持ち上がった。
「付き合おうとも付き合ってとも、言ったり言われたりしていないからかしら」
ふむ、とナミは腕を組む。
ビビはずっとカラカラとマドラーを回して、カヤは終始うつむき加減だ。
しかしそのカヤが、ぽつりと口を開いた。
「うまく、いくといいわね」
「え?」
「その人と、ロビンさん。好きな人って言ったじゃない」
「──えぇ、そうね」
「迷わず好きだって言えるの、すごいと思うの」
すごいかしら、と尋ねると、カヤは思いのほか力強く頷いた。
そのとき携帯がぶるぶると震え、その振動がスツールに伝わって飲み物が小刻みに揺れた。
「私ね、ごめんなさい──あぁ」
「もしかして」
ナミが携帯の画面を覗き込もうと首を伸ばす。
着信はゾロだった。
昼間会ったばかりなのに珍しいと思いながら椅子から降り立った。
喧騒から遠ざかりながら、電話に出る。
「もしもし?」
「どこにいる」
「私? 外だけど」
ざわめきは電話の向こうにも伝わっているのだろう、ゾロは少し口をつぐんだ。
「どうしたの? なにか」
「酒飲んでるのか」
「えぇまぁ」
それきりまた沈黙が続く。
通話独特の電子音がサーっと鳴りつづけている。
店を出て扉を閉めると少し周囲の音が落ち着いて、ゾロの息遣いまで聞こえるようになった。
彼が出ていく背中を見送ったときの気持ちを思い出し、落ち着かせようと自分の鎖骨を撫でた。
「なにか忘れ物? 今外だから帰ったら」
「一人か」
「今? いいえ、人と一緒だけど」
「──場所、どこだ」
「駅のすぐ近くだけど」
店名を告げると、ゾロのいる方がにわかに騒々しくなった。大通りを歩いているのだと分かった。
「今から行くから待ってろ」
「え?」
「すぐ着く。いいな、動くなよ」
小動物ならその一声で殺せそうなほど凄味のある声を残し、唐突に電話は切れた。
つい通話口を見下ろしてしまう。
ゾロ。
私の想像が現実になって彼の胸を浸したのだと思うと、叫びたくなるほどうれしくなった。
私が誰と一緒だと思ったの、誰と一緒に何をしていると思ったの、それを想像してどう感じたの、全部聞きたい。
目を閉じて深呼吸し、再び目を開くと通りの向こうから走ってくる姿が見えて、言った通りの速さに笑いがこぼれた。
「ゾロ」
「帰るぞ」
軽く息を切らしながら、武骨な手が私のそれを掴む。
待って、と腕を引いた。不満げな顔が振り返る。
「どうして来てくれたの」
「お前が──」
「他の誰かといると思ったから?」
ゾロの切れていた息はすぐにも落ち着いていて、黒くて静かな目で私を見つめた。
「わかってんなら訊くな」
「じゃあどうして昼間そう言わなかったの」
「言われたかったのならテメェも態度で示せ」
「私の態度が良くなかったのかしら」
大きく口を開いて何か言いかけたゾロは、少し考えてから「ちがう」と言った。
「ちがうが、お前も悪ィ」
がしがしと頭を掻いて、またゾロは私の手を引いて歩き出した。
「帰るぞ」
「待って、帰るって言わなきゃ」
「何律儀なこと言ってんだ!」
「でもお金も払ってないし」
「アホか、ソイツに払わせとけ!」
「でもみんな私より下の女の子だし」
「は?」
ゾロが急に立ち止まったので、固い背中にぶつかりかける。
思わず彼の背に空いている方の手をついた。
「危ないわ」
「待て、お前誰と一緒に飲んでたっつった」
「友達よ。あなたと同じくらいの歳の女の子3人」
立ち尽くすゾロと私の沈黙を埋めるように、携帯が音を立てて震えた。
電話に出ると、さっきまで聞こえていた喧騒がわっと飛び出してきて、同時にくすくすと可愛らしい3人の笑い声が聞こえた。
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*6/4 通頒開始しました
~~完売しました!ありがとうございました!~~
【姫と王子の前奏曲】に始まるサンナミ長編シリーズの再録本をつくりました。
やー長かった。
タイトル:小さな歩幅のアルペジオ
A6(文庫)/ P268 / ¥600 / 全年齢
構成はこんなかんじです。
1.【姫と王子の前奏曲 前・後】
2.【協奏曲──コンチェルト──】
3.【間奏曲──アントラクト──】
4.【小夜曲──セレナーデ── 前・中・後】
5.【交響曲──シンフォニー──】
6.【遁走曲──フーガ──】(書きおろし)
7.【奏鳴曲──ソナタ──】(書きおろし)
表紙がこんなかんじ。
書き下ろしのサンプルはこんなかんじ。
*遁走曲
*奏鳴曲
再録部分はサンナミがくっつくまで、書き下ろしはくっついてからの船での生活(遁走曲)と、陸でのあれこれ(奏鳴曲)となります。
本当は【青のバラード】も入れたかったんですがやめましたなんとなく。
本編全部ナミさん視点で、青のバラードは唯一サンジ視点なので一味違って面白いかなあとも思ったんですが、どこに入れるかも悩むし邪魔かな(サンジごめん)と。
再録部分の加筆修正は多少してありますが、ほぼそのままなのでけっこう拙くて恥ずかしいす。
なら直せよと思ったもののええいままよとそのまま乗っけました。
書き下ろし書くのが本当たのしくて、わりとくっつくまでを妄想するのが好きなんですが、くっついてるとくっついてるなりにいろいろ考えることがあって楽しかったです。
再録本作ろう書き下ろし入れようと思いついたときは書き下ろしは年齢制限アリだなコリャと思ってまして、わりと後半までそのつもりでいたんですがいざ書こうと思ったら書けなかった。
書けなかった。
うーんやっぱり私はえろいの書けないや。書きたくないもん。
全年齢対象です。
そんでサイズが初めての文庫本サイズでとってもどきどき。
初めてのもなにも、刊行2さつめなんですが、初めての文庫本。
文庫本といってもカバーとかない簡単仕様なので市販の文庫本らしさはサイズくらいしか感じられないかもしれませんが、なんせ268ページあるので多少の厚みはあるので楽しみです。
表紙は、たしかロンドンのどっかの通りの石畳。
ウェストミンスター宮殿の前あたりだったような。
下の真ん中あたりに私のつま先が入ってて表紙として使おうと配置したときもまだ入っててまぁいいか(よくない)と思ってたんですが、加工の行程で消えました。よかった。
全7編中5編が本サイトで読めるものなのでお手に取ってもらえるかわかりませんが、再録したシリーズを読んでつづきどうなったかなーと気になったなら、読んでいただけると嬉しいです。
あ~~~~心配だなぁ~~~~
サイズとかトンボの位置とか間違ってたらどうしよう文字切れたらどうしよう連絡してくれるかな文字ぼやけたりノリの近くまできてて読みにくかったらどうしよう表紙のカラー剥がれたらどうしよう背表紙とか絶対ずれてるわもうやだやだあーーー誤字も見つけたし手修正するしかないなあーーーー
こわい・・・
は、ちなみに、少しご連絡をもらったのでここでもお伝えするんですが、
既刊の【おやすみザッハトルテ】は在庫まだあります。
そんないっきになくなるほど残部極少じゃないので大丈夫かと思いますが、新刊と一緒に発送してほしいという方は連絡いただけましたら取り置きします。
通頒準備ができるのは6月すぎになります。→*6/4 通頒開始しました
告知が早い。
以上、よろしくおねがいしまーーーーーーす!!!
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1.【姫と王子の前奏曲 前・後】
2.【協奏曲──コンチェルト──】
3.【間奏曲──アントラクト──】
4.【小夜曲──セレナーデ── 前・中・後】
5.【交響曲──シンフォニー──】
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7.【奏鳴曲──ソナタ──】(書きおろし)
表紙がこんなかんじ。
書き下ろしのサンプルはこんなかんじ。
*遁走曲
*奏鳴曲
再録部分はサンナミがくっつくまで、書き下ろしはくっついてからの船での生活(遁走曲)と、陸でのあれこれ(奏鳴曲)となります。
本当は【青のバラード】も入れたかったんですがやめましたなんとなく。
本編全部ナミさん視点で、青のバラードは唯一サンジ視点なので一味違って面白いかなあとも思ったんですが、どこに入れるかも悩むし邪魔かな(サンジごめん)と。
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大きなパールのイヤリングを付けてみたいと思っていた。
本当はピアスの方が格好がつくのだけれど、耳に穴を開けるなんてやっぱり怖くて私には到底出来そうもない。
そもそもアクセサリーをほとんど持っていないから、それを手に取ることが気恥ずかしくて自分に似合うのかすらもわからなかった。
ずっとずっと昔、家の誰かがおもちゃだけどシルバーのシンプルなネックレスをお土産に買ってきてくれたことがある。
ドキドキしながら首に付けると、一回り大人になれた気がしてすごくうれしかった。
でもすぐに、ネックレスが触れたところが猛烈に痒くなって外してみたら赤く鎖の跡が白い肌にくっきりと浮かんでいて、それを見たメリーがネックレスをどこかに持って行ってしまった。
それきりアクセサリーは付けていない。
だから、目の前に座った彼女の黒くまっすぐな髪の隙間からちらりと純白の光が見えたとき、あっと思わず声をあげそうになった。
チーズケーキを上品に口に運ぼうとしていた彼女は、伏せていた目を上げ、微かに微笑んで私を見た。
「なにかしら」
「あ、いえ、なにも、ごめんなさい」
誤魔化すように笑って胸の前で小さく手を振る。
隣に座ったナミさんとその向かいのビビさんがとめどなかった会話をふっと吸い込むように止めて、私たちを見た。
ロビンさんは不自然に間の空いた沈黙を埋めるように、「このチーズケーキすごくおいしいわ」と静かなのによく通る声で言った。
ナミさんがパッと大きく口を開けて「でっしょ!」と嬉しそうな声をあげる。
「こないだお土産でもらってねー、すごくおいしかったから他のケーキも食べてみたいと思ってたの」
「私のマロンケーキも洋酒が効いてておいしいけど……チーズケーキにすればよかったかなぁ。ナミさんのは?」
「ん、たくさんフルーツ乗ってるしタルト生地はアーモンドのかおりもいいし最高。あー来てよかった」
「カヤさんのは? シンプルないちごショートなんて、いつからってくらい私食べてないわ」
ビビさんが私のショートケーキに視線を向ける。
台形になったケーキの上にはバランスよくイチゴが乗っていた。
赤と白のコントラスト。ノートに引いた赤線の様に私らしい。
「私、ケーキと言えばこれなの。生クリームがすきで」
「ここの生クリームくどくなくておいしいのよねー。こないだ会社の人が買ってきてくれたケーキがさ、すんごく甘ったるくて油っこくてびっくりしたんだけど」
ナミさんがフォークの先を舐めながら離し始めた矢先、私のカバンからごく控えめな音楽が響いた。
特に気に留める程の音量ではなかったのに、向かいのロビンさんがいち早く気付いて「出たら?」と言ってくれた。
「あ、でも」
「なに電話? 気にせず出て」
「じゃ、じゃあごめんなさい」
鞄をつまむように持って、ナミさんの後ろを通って移動した。
肩をすぼめて店員に会釈をし、店の軒先に出てからやっと携帯を取り出す。
着信はまだ続いていた。
私に電話をかけてくるのは、家の者か彼くらいだ。
「もしもし」
「よぉー、今大丈夫だったか?」
「えぇ、外ではあるんだけど」
「かけ直すか?」
「大丈夫。なにか?」
「そうそうおめーが見たいっつってた美術館の特別展、チケット取れそうだから買おうかと思ったんだけどよ、日にち指定だからいつがいいか訊こうと思って」
「本当!? すごい、前売りはすぐに売り切れるって聞いてたのに」
「おれ様の人脈を使えばこんなもんよ。で、いつがいい?」
「えっと、特別展は来月いっぱいまでよね。明後日の月曜から来月の中ごろまで実習だから、それが終わってからならいつでも」
「おし、んじゃー22日の土曜でもいいか?」
「えぇ、ありがとう」
「おうおう、んじゃーな!」
歯切れよくあっさりと切れた携帯電話をカバンに滑り落とし、席へ向かった。
むずむずと胸が痒くなる。
「おかえりー」
ナミさんが少し椅子を引いて私を通らせてくれた。
椅子に座って一息つき、ふと顔を上げるとなぜか3人の視線が私に向いている。思わずびくっと頭が揺れた。
「な……なにかしら」
「んーん、今の電話、ウソップからでしょ」
「えっすごい、どうしてわかるの」
何故か三人が一様ににこにこしているのが気になった。
「わかるわよー。嬉しそうな顔しちゃって」
「あ、それはね、ずっと行きたかった美術展のチケットをウソップさんが取ってくれるっていう連絡があったから嬉しくて」
「へぇー、デートのお誘いだったわけ」
「デート? やだ、違うわよ」
思わず笑ってしまう。デートなんて響きが小恥ずかしくてくすくす笑い続けると、3人は一様にきょとんとしてみせた。
「ちがうの?」
「ちがうわよ、ただ美術展に行くだけだもの」
「えーっと」
ビビさんが顔に笑いを残したまま、少し困ったようにナミさんを見た。
「カヤさんとウソップさんは……付き合ってるのよね?」
尋ねられたナミさんがいとも簡単に「そうよ」と答え、当事者の私は驚いてごくんと喉を鳴らしてしまった。
一拍遅れて、慌てて「ちがうわよ!」と大きな声を出す。
「えっ」
「ちがうわよ、もうびっくりした。ウソップさんは友達よ」
「うそぉ。あんたたち付き合ってるんじゃなかったの」
「つ、付き合ってないわ。幼馴染だけどそんな関係じゃ」
ロビンさんがコーヒーカップに口を付けながら目元だけでくすりと笑った。
「ナミの早とちりだったわけね」
「うっそだぁ、絶対付き合ってるもん。めちゃくちゃ仲いいじゃないの」
「だってそれは……幼馴染だし……友達だし……家も近いし」
「じゃあそういうふうに見たことはないの?」
「ないない! だからそういうのじゃないんですって」
ぶ、と唐突にナミさんが吹き出す。
「まぁねー、たしかにウソップってそういうタイプじゃないのよねー。いいやつだし面白くてすきだけど、友達って感じすぎて」
「ナミは彼と大学が一緒だったのよね確か」
「そうそう、そもそもカヤさんより先にウソップと出会ってて、ウソップ通じてカヤさんと話すようになった感じ。ね」
大きな丸い瞳に見つめられて、どきどきしながら何度もうなずく。
うなずきながらも、出会いに関しては少しちがう、と思った。
ナミさんに初めて出会ったのは、蜃気楼が立ち上るような真夏の炎天下だった。
外に出るときは必ず帽子をかぶるように家の者からきつくきつく言い渡されていたにもかかわらず、私はうっかりと何も被らず真夏の日の下に出てしまい、あっというまに肌は真っ赤に焼けて打ち上げられた小エビの様になった。
その日は確かウソップさんと本屋で待ち合わせをしていて、家からたった1キロほどの道のりにもかかわらずその道中で小エビになってしまった私はふらふらと電柱の陰に隠れて立ち往生していた。
家に電話をして迎えに来てもらおうと思ったが、帽子を持って出なかったことはもちろんのこと、誰か家の者を付けなかったことや徒歩で行こうとしたことなどあれこれ叱られるのが目に見えていて、子どものようだけれどそれが嫌でためらった。
ウソップさんに迎えに来てもらおうと思ったが、きっと迎えに来てくれたその足で家に連れ戻される。それも嫌だった。
細長い日陰でうじうじと悩んでいた私の顔を、唐突に覗き込んだのがナミさんだった。
「あんた大丈夫? 気分悪いの?」
「あ……え、と」
「汗かいてないし、熱中症なりかけてんじゃない。どこかで休んだ方がいいわよ」
つばの大きな帽子をかぶったナミさんは、真面目な顔で私にそう言った。
「あ、はい……あの、でも」
「ひとり? 送ろうか?」
「や、すみません。あの、大丈夫です。ありがとうございます」
彼女にひとつ頭を下げたのがいけなかった。
ふっと目の前が一瞬緑色のようになり、視界がぶれる。
倒れかけた私をナミさんは慌てて受け止めて、「ちょっとぉ!」と驚いたような大声を上げた。
意識を失ったわけではなかったので焦って身体を持ち上げようとするのだけど力が入らず、すみませんとごめんなさいを繰り返して彼女の腕の中でもがいていた。
そしてそのまま、気付いた時には家のベッドに逆戻りしていた。
時刻は夕方で、様子を見に来たメリーに散々お小言を言われて、その最後にここまで送ってくれたのがウソップさんであると聞いた。
たしかに、ぼんやりと起きていた頭で彼の背中に揺られた記憶がある。
到着の遅い私を心配して迎えに来てくれたのだ。
メリーが私の部屋を出ていくと、見計らったように部屋の窓から飄々とウソップさんが顔を出した。
「よっす」
いつもと変わらない彼に安心して、今日のお礼を言って謝った。
いーってことよ、無理すんなと彼は優しい。
きっとメリーに嫌味の一つや二つ言われたはずなのに。
「私道で知らない女の子に声を掛けられて」
「あー、ナミな。おめーとナミが道でこんがらがってるところを見つけたときゃびっくりしたぜ」
「ナミ? 知ってるの?」
「おー、大学いっしょだ。たしかいくつか授業かぶってんだよな」
彼女はウソップさんに私を預けてそのまま立ち去ったという。
ヒーローのように突然現れて、凛々しい目で私を覗き込んだ気の強そうな女の子。
なんてかっこよかったのかしらと胸が熱くなった。
「またお礼が言いたい。会えるかしら」
「んじゃ今度ナミに会ったら言っとくわ。ひーなんかあれこれ訊かれそう」
ウソップさんが顔をしかめていった「あれこれ」を私は具体的に思いつけなかったけれど、数日後ウソップさんに呼び出されて出かけた喫茶店で、ナミさんは待っていた。
「えらい、ちゃんと今度は帽子かぶってるわね」と強気な顔で笑っていた。
彼女との出会いを思い出すと、眩しくもあり、果てしなく私とは違うと感じる。
フルーツタルトの最後のひと切れを惜しげもなく飲み込んで、ナミさんは含み笑いをした。
「でもさ、アイツがカヤさんのことどう思ってるかはわかんないわよね」
「あらナミ、聞いてないの?」
「聞いてない聞いてない! そもそもアイツとそんな話しないし、てっきり二人は付き合ってるもんだと思ってたから。最近カヤさんとどーお? って聞いても普通に元気だぜーとかどこどこに行ったとか返してくるし」
「それって、ウソップさんは付き合ってるつもりなんじゃないかしら」
神妙な顔で呟いたビビさんを、私含め他の3人はつと見つめてしまった。
「だって」と彼女は続ける。
「ふたりで出かけるんでしょ。彼から誘うんでしょ。しかもナミさんにそうやって訊かれて否定しないのもおかしいし」
「あ、ありえる」
目を丸くしてそう言ったナミさんの言葉をかき消すように、私はまたもや「ないない!」と声をあげた。
「そんな、だって、一度も、なにも、私」
「いやなの?」
突然手を伸ばされて頬をつねられたような程よい鋭さで、ロビンさんが尋ねた。
「ウソップとそんなふうになるのはいやなの?」
「い……」
いやだとかそんなこと、考えたことなかった。
「だって、お付き合いとかそんな……私まだ結婚のことなんて考えられないし……」
すっと息を呑むような音が聞こえて顔を上げたら、ナミさんとビビさんは同じタイミングで目をまたたかせていた。
え、と戸惑って思わずロビンさんを見る。
形の良い目がにっこりと笑う。
「あなたのそういうところを彼は大事にしたいのね」
そういうところ、と復唱してしまう。
隣ではナミさんとビビさんが顔を寄せ合って、眩しそうに目を細めていた。
「やだ、私もう浄化されて消えそう」
「まだ世界にはこんな綺麗な人がいたのね」
なんだか自分が中心の話になっていると落ち着かない。
俯いて話が反れるのを待ったのに、その甲斐なく彼女たちはどんどん切り込んできた。
「じゃあさ、ウソップに改めて付き合ってって言われたらどうする?」
「えっ考えられな」
「だめ、今考えるの」
厳しい言葉とは裏腹にナミさんは心底楽しそうだ。
今!? と卒倒しそうになりながら私は考える。
ウソップさんのことは間違いなく好きだし、でもそれが世にいう男女のお付き合いとなるとどうだろう、そもそもお付き合いしたら何をするんだろう。何をするのって今訊いてもいいのだろうか。ああでもそんなことを聞いたら本当の世間知らずのようで恥ずかしい。
「……ナミ、あんまり困らせちゃだめよ」
ぐるぐると考え続ける私にロビンさんが助け船を出してくれた。そのことにほっとするも束の間、今度はその彼女から切り込まれる。
「むしろ他の人でいいなって思ったりしないのかしら。ウソップじゃなくて」
「それも……あんまり考えたことがなくて」
「カヤさん高嶺の花すぎて他の男もなかなか手が出せないところもあるものね」
「ふふっでもさー、ウソップとキスしたりなんだりって考えるとさ」
「あ、鼻が」
3人口を揃えて「鼻が」と言った次の瞬間には、私以外の全員が臆面もなく吹き出していた。
「ね! 絶対顔にぶつかるわよねー!」
「やだ、具体的に想像したくないのに」
「笑ったら悪いとは思うのだけど」
ひーひーと笑い転げる3人を前に、私はカップを握る指先まで赤くなる。
けして気づまりではないけど、ただただどこか恥ずかしい。
「ご、ごめんねカヤさん」
目の端に滲んだらしい涙まで拭って、ビビさんが柔らかく笑う。
「ウソップさんのこと、ちょっと見方変えてみたらどう転んでも楽しいかもしれないわ」
「ん、そうね、ビビいいこと言うわ。楽しいのよきっと」
「えぇ私もそう思うわ。もちろん先のことを考えるのは大事だけど、今どうしたいんだろうって考えてみたら?」
「今……」
考え込んだ拍子に目線を下げたら、食べかけのショートケーキが目に飛び込んできた。
台形の大きさはほとんど変わっていない。食べるのが遅いのだ。
今どうしたいとか、具体的な望みなんてなにもないとわかっている。
ただずっとこうやっていられたらいいのにと漠然と思うだけで、いっぱいいっぱいだ。
「ま、ゆっくりね」
ロビンさんがそう言って肩をすくめたのを見ると、どこか気持ちが弛緩した。
私は何に付けても遅く、弱いから、ゆっくりねと言ってもらえると安心する。
「あ、やば。もうこんな時間」
腕時計をさっと見下ろしたナミさんは慌てて鞄を手元に寄せた。
「ごめん、私今から一個アポあって。もう休みなのに本当にやだ」
「あ、じゃあそろそろ出ましょうか」
「んーん、まだゆっくりしてていいから。ごめん先行くね」
自分の分の代金ぴったりをテーブルに置いて、ナミさんは高いヒールをカツンと鳴らしてぶれもしない足取りであっという間に去って行った。
リズミカルに揺れるウェーブしたオレンジ色の髪を見送って、どこまでもいいなぁと思う。
*
「これ」
美術館に入る手前で突然差し出された小さな紙袋を咄嗟に受け取った。
受け取ってから、彼を見上げて「これは」と尋ねる。
「んあー、こないだこういうの造ってる事務所と一緒に仕事して、いいのがあったから」
こういうの? と聞きながら紙袋をそっと傾ける。
ころんと白い球体がふたつ転がってきて、目を丸めた。
「おめーピアスは開けてねェだろ。アクセサリーもつける趣味じゃねェかもだけど、一応、一個くらいあったっていいかと思って」
「イ、イヤリング?」
「ん。あ、付け方わかるか?」
「た、たぶん」
一つをつまみ上げて耳元に持っていく。
小さな金具を指先でいじって耳たぶを挟もうとするのだが、やっぱり鏡を見ないと難しい。
苦戦する私に「なんかめんどくさそーだなー」と顔をしかめた彼が、「ほれ貸してみろ。おれ様のが器用だからな」と手を差し出した。
耳と頬に触れた感触を確かなものにする間もなく、彼はあっというまに両耳にイヤリングを付けてくれた。
「お、いーじゃん」
ひゅぅ、と口笛を吹く真似をして、ウソップさんは「んじゃいこーぜ」とさっさと歩き出した。
慌ててそのあとを追いながら、耳たぶにじわじわと感じる圧力が気になってなんども指先で耳に触れた。
私が思い描いていた大きなパールより二回り以上小さなそれは、確かに私の耳元で揺れていた。
宝石箱を買わなくちゃ、と思った。
家に帰ったら、これはそっとはずして宝石箱にしまっておこう。
スカスカの宝石箱はいつしかアクセサリーで一杯になる。
高いヒールの靴だっていつか履いて、ぶれることなくまっすぐに歩く。
それも全部、私の宝石箱に入れるのだ。
本当はピアスの方が格好がつくのだけれど、耳に穴を開けるなんてやっぱり怖くて私には到底出来そうもない。
そもそもアクセサリーをほとんど持っていないから、それを手に取ることが気恥ずかしくて自分に似合うのかすらもわからなかった。
ずっとずっと昔、家の誰かがおもちゃだけどシルバーのシンプルなネックレスをお土産に買ってきてくれたことがある。
ドキドキしながら首に付けると、一回り大人になれた気がしてすごくうれしかった。
でもすぐに、ネックレスが触れたところが猛烈に痒くなって外してみたら赤く鎖の跡が白い肌にくっきりと浮かんでいて、それを見たメリーがネックレスをどこかに持って行ってしまった。
それきりアクセサリーは付けていない。
だから、目の前に座った彼女の黒くまっすぐな髪の隙間からちらりと純白の光が見えたとき、あっと思わず声をあげそうになった。
チーズケーキを上品に口に運ぼうとしていた彼女は、伏せていた目を上げ、微かに微笑んで私を見た。
「なにかしら」
「あ、いえ、なにも、ごめんなさい」
誤魔化すように笑って胸の前で小さく手を振る。
隣に座ったナミさんとその向かいのビビさんがとめどなかった会話をふっと吸い込むように止めて、私たちを見た。
ロビンさんは不自然に間の空いた沈黙を埋めるように、「このチーズケーキすごくおいしいわ」と静かなのによく通る声で言った。
ナミさんがパッと大きく口を開けて「でっしょ!」と嬉しそうな声をあげる。
「こないだお土産でもらってねー、すごくおいしかったから他のケーキも食べてみたいと思ってたの」
「私のマロンケーキも洋酒が効いてておいしいけど……チーズケーキにすればよかったかなぁ。ナミさんのは?」
「ん、たくさんフルーツ乗ってるしタルト生地はアーモンドのかおりもいいし最高。あー来てよかった」
「カヤさんのは? シンプルないちごショートなんて、いつからってくらい私食べてないわ」
ビビさんが私のショートケーキに視線を向ける。
台形になったケーキの上にはバランスよくイチゴが乗っていた。
赤と白のコントラスト。ノートに引いた赤線の様に私らしい。
「私、ケーキと言えばこれなの。生クリームがすきで」
「ここの生クリームくどくなくておいしいのよねー。こないだ会社の人が買ってきてくれたケーキがさ、すんごく甘ったるくて油っこくてびっくりしたんだけど」
ナミさんがフォークの先を舐めながら離し始めた矢先、私のカバンからごく控えめな音楽が響いた。
特に気に留める程の音量ではなかったのに、向かいのロビンさんがいち早く気付いて「出たら?」と言ってくれた。
「あ、でも」
「なに電話? 気にせず出て」
「じゃ、じゃあごめんなさい」
鞄をつまむように持って、ナミさんの後ろを通って移動した。
肩をすぼめて店員に会釈をし、店の軒先に出てからやっと携帯を取り出す。
着信はまだ続いていた。
私に電話をかけてくるのは、家の者か彼くらいだ。
「もしもし」
「よぉー、今大丈夫だったか?」
「えぇ、外ではあるんだけど」
「かけ直すか?」
「大丈夫。なにか?」
「そうそうおめーが見たいっつってた美術館の特別展、チケット取れそうだから買おうかと思ったんだけどよ、日にち指定だからいつがいいか訊こうと思って」
「本当!? すごい、前売りはすぐに売り切れるって聞いてたのに」
「おれ様の人脈を使えばこんなもんよ。で、いつがいい?」
「えっと、特別展は来月いっぱいまでよね。明後日の月曜から来月の中ごろまで実習だから、それが終わってからならいつでも」
「おし、んじゃー22日の土曜でもいいか?」
「えぇ、ありがとう」
「おうおう、んじゃーな!」
歯切れよくあっさりと切れた携帯電話をカバンに滑り落とし、席へ向かった。
むずむずと胸が痒くなる。
「おかえりー」
ナミさんが少し椅子を引いて私を通らせてくれた。
椅子に座って一息つき、ふと顔を上げるとなぜか3人の視線が私に向いている。思わずびくっと頭が揺れた。
「な……なにかしら」
「んーん、今の電話、ウソップからでしょ」
「えっすごい、どうしてわかるの」
何故か三人が一様ににこにこしているのが気になった。
「わかるわよー。嬉しそうな顔しちゃって」
「あ、それはね、ずっと行きたかった美術展のチケットをウソップさんが取ってくれるっていう連絡があったから嬉しくて」
「へぇー、デートのお誘いだったわけ」
「デート? やだ、違うわよ」
思わず笑ってしまう。デートなんて響きが小恥ずかしくてくすくす笑い続けると、3人は一様にきょとんとしてみせた。
「ちがうの?」
「ちがうわよ、ただ美術展に行くだけだもの」
「えーっと」
ビビさんが顔に笑いを残したまま、少し困ったようにナミさんを見た。
「カヤさんとウソップさんは……付き合ってるのよね?」
尋ねられたナミさんがいとも簡単に「そうよ」と答え、当事者の私は驚いてごくんと喉を鳴らしてしまった。
一拍遅れて、慌てて「ちがうわよ!」と大きな声を出す。
「えっ」
「ちがうわよ、もうびっくりした。ウソップさんは友達よ」
「うそぉ。あんたたち付き合ってるんじゃなかったの」
「つ、付き合ってないわ。幼馴染だけどそんな関係じゃ」
ロビンさんがコーヒーカップに口を付けながら目元だけでくすりと笑った。
「ナミの早とちりだったわけね」
「うっそだぁ、絶対付き合ってるもん。めちゃくちゃ仲いいじゃないの」
「だってそれは……幼馴染だし……友達だし……家も近いし」
「じゃあそういうふうに見たことはないの?」
「ないない! だからそういうのじゃないんですって」
ぶ、と唐突にナミさんが吹き出す。
「まぁねー、たしかにウソップってそういうタイプじゃないのよねー。いいやつだし面白くてすきだけど、友達って感じすぎて」
「ナミは彼と大学が一緒だったのよね確か」
「そうそう、そもそもカヤさんより先にウソップと出会ってて、ウソップ通じてカヤさんと話すようになった感じ。ね」
大きな丸い瞳に見つめられて、どきどきしながら何度もうなずく。
うなずきながらも、出会いに関しては少しちがう、と思った。
ナミさんに初めて出会ったのは、蜃気楼が立ち上るような真夏の炎天下だった。
外に出るときは必ず帽子をかぶるように家の者からきつくきつく言い渡されていたにもかかわらず、私はうっかりと何も被らず真夏の日の下に出てしまい、あっというまに肌は真っ赤に焼けて打ち上げられた小エビの様になった。
その日は確かウソップさんと本屋で待ち合わせをしていて、家からたった1キロほどの道のりにもかかわらずその道中で小エビになってしまった私はふらふらと電柱の陰に隠れて立ち往生していた。
家に電話をして迎えに来てもらおうと思ったが、帽子を持って出なかったことはもちろんのこと、誰か家の者を付けなかったことや徒歩で行こうとしたことなどあれこれ叱られるのが目に見えていて、子どものようだけれどそれが嫌でためらった。
ウソップさんに迎えに来てもらおうと思ったが、きっと迎えに来てくれたその足で家に連れ戻される。それも嫌だった。
細長い日陰でうじうじと悩んでいた私の顔を、唐突に覗き込んだのがナミさんだった。
「あんた大丈夫? 気分悪いの?」
「あ……え、と」
「汗かいてないし、熱中症なりかけてんじゃない。どこかで休んだ方がいいわよ」
つばの大きな帽子をかぶったナミさんは、真面目な顔で私にそう言った。
「あ、はい……あの、でも」
「ひとり? 送ろうか?」
「や、すみません。あの、大丈夫です。ありがとうございます」
彼女にひとつ頭を下げたのがいけなかった。
ふっと目の前が一瞬緑色のようになり、視界がぶれる。
倒れかけた私をナミさんは慌てて受け止めて、「ちょっとぉ!」と驚いたような大声を上げた。
意識を失ったわけではなかったので焦って身体を持ち上げようとするのだけど力が入らず、すみませんとごめんなさいを繰り返して彼女の腕の中でもがいていた。
そしてそのまま、気付いた時には家のベッドに逆戻りしていた。
時刻は夕方で、様子を見に来たメリーに散々お小言を言われて、その最後にここまで送ってくれたのがウソップさんであると聞いた。
たしかに、ぼんやりと起きていた頭で彼の背中に揺られた記憶がある。
到着の遅い私を心配して迎えに来てくれたのだ。
メリーが私の部屋を出ていくと、見計らったように部屋の窓から飄々とウソップさんが顔を出した。
「よっす」
いつもと変わらない彼に安心して、今日のお礼を言って謝った。
いーってことよ、無理すんなと彼は優しい。
きっとメリーに嫌味の一つや二つ言われたはずなのに。
「私道で知らない女の子に声を掛けられて」
「あー、ナミな。おめーとナミが道でこんがらがってるところを見つけたときゃびっくりしたぜ」
「ナミ? 知ってるの?」
「おー、大学いっしょだ。たしかいくつか授業かぶってんだよな」
彼女はウソップさんに私を預けてそのまま立ち去ったという。
ヒーローのように突然現れて、凛々しい目で私を覗き込んだ気の強そうな女の子。
なんてかっこよかったのかしらと胸が熱くなった。
「またお礼が言いたい。会えるかしら」
「んじゃ今度ナミに会ったら言っとくわ。ひーなんかあれこれ訊かれそう」
ウソップさんが顔をしかめていった「あれこれ」を私は具体的に思いつけなかったけれど、数日後ウソップさんに呼び出されて出かけた喫茶店で、ナミさんは待っていた。
「えらい、ちゃんと今度は帽子かぶってるわね」と強気な顔で笑っていた。
彼女との出会いを思い出すと、眩しくもあり、果てしなく私とは違うと感じる。
フルーツタルトの最後のひと切れを惜しげもなく飲み込んで、ナミさんは含み笑いをした。
「でもさ、アイツがカヤさんのことどう思ってるかはわかんないわよね」
「あらナミ、聞いてないの?」
「聞いてない聞いてない! そもそもアイツとそんな話しないし、てっきり二人は付き合ってるもんだと思ってたから。最近カヤさんとどーお? って聞いても普通に元気だぜーとかどこどこに行ったとか返してくるし」
「それって、ウソップさんは付き合ってるつもりなんじゃないかしら」
神妙な顔で呟いたビビさんを、私含め他の3人はつと見つめてしまった。
「だって」と彼女は続ける。
「ふたりで出かけるんでしょ。彼から誘うんでしょ。しかもナミさんにそうやって訊かれて否定しないのもおかしいし」
「あ、ありえる」
目を丸くしてそう言ったナミさんの言葉をかき消すように、私はまたもや「ないない!」と声をあげた。
「そんな、だって、一度も、なにも、私」
「いやなの?」
突然手を伸ばされて頬をつねられたような程よい鋭さで、ロビンさんが尋ねた。
「ウソップとそんなふうになるのはいやなの?」
「い……」
いやだとかそんなこと、考えたことなかった。
「だって、お付き合いとかそんな……私まだ結婚のことなんて考えられないし……」
すっと息を呑むような音が聞こえて顔を上げたら、ナミさんとビビさんは同じタイミングで目をまたたかせていた。
え、と戸惑って思わずロビンさんを見る。
形の良い目がにっこりと笑う。
「あなたのそういうところを彼は大事にしたいのね」
そういうところ、と復唱してしまう。
隣ではナミさんとビビさんが顔を寄せ合って、眩しそうに目を細めていた。
「やだ、私もう浄化されて消えそう」
「まだ世界にはこんな綺麗な人がいたのね」
なんだか自分が中心の話になっていると落ち着かない。
俯いて話が反れるのを待ったのに、その甲斐なく彼女たちはどんどん切り込んできた。
「じゃあさ、ウソップに改めて付き合ってって言われたらどうする?」
「えっ考えられな」
「だめ、今考えるの」
厳しい言葉とは裏腹にナミさんは心底楽しそうだ。
今!? と卒倒しそうになりながら私は考える。
ウソップさんのことは間違いなく好きだし、でもそれが世にいう男女のお付き合いとなるとどうだろう、そもそもお付き合いしたら何をするんだろう。何をするのって今訊いてもいいのだろうか。ああでもそんなことを聞いたら本当の世間知らずのようで恥ずかしい。
「……ナミ、あんまり困らせちゃだめよ」
ぐるぐると考え続ける私にロビンさんが助け船を出してくれた。そのことにほっとするも束の間、今度はその彼女から切り込まれる。
「むしろ他の人でいいなって思ったりしないのかしら。ウソップじゃなくて」
「それも……あんまり考えたことがなくて」
「カヤさん高嶺の花すぎて他の男もなかなか手が出せないところもあるものね」
「ふふっでもさー、ウソップとキスしたりなんだりって考えるとさ」
「あ、鼻が」
3人口を揃えて「鼻が」と言った次の瞬間には、私以外の全員が臆面もなく吹き出していた。
「ね! 絶対顔にぶつかるわよねー!」
「やだ、具体的に想像したくないのに」
「笑ったら悪いとは思うのだけど」
ひーひーと笑い転げる3人を前に、私はカップを握る指先まで赤くなる。
けして気づまりではないけど、ただただどこか恥ずかしい。
「ご、ごめんねカヤさん」
目の端に滲んだらしい涙まで拭って、ビビさんが柔らかく笑う。
「ウソップさんのこと、ちょっと見方変えてみたらどう転んでも楽しいかもしれないわ」
「ん、そうね、ビビいいこと言うわ。楽しいのよきっと」
「えぇ私もそう思うわ。もちろん先のことを考えるのは大事だけど、今どうしたいんだろうって考えてみたら?」
「今……」
考え込んだ拍子に目線を下げたら、食べかけのショートケーキが目に飛び込んできた。
台形の大きさはほとんど変わっていない。食べるのが遅いのだ。
今どうしたいとか、具体的な望みなんてなにもないとわかっている。
ただずっとこうやっていられたらいいのにと漠然と思うだけで、いっぱいいっぱいだ。
「ま、ゆっくりね」
ロビンさんがそう言って肩をすくめたのを見ると、どこか気持ちが弛緩した。
私は何に付けても遅く、弱いから、ゆっくりねと言ってもらえると安心する。
「あ、やば。もうこんな時間」
腕時計をさっと見下ろしたナミさんは慌てて鞄を手元に寄せた。
「ごめん、私今から一個アポあって。もう休みなのに本当にやだ」
「あ、じゃあそろそろ出ましょうか」
「んーん、まだゆっくりしてていいから。ごめん先行くね」
自分の分の代金ぴったりをテーブルに置いて、ナミさんは高いヒールをカツンと鳴らしてぶれもしない足取りであっという間に去って行った。
リズミカルに揺れるウェーブしたオレンジ色の髪を見送って、どこまでもいいなぁと思う。
*
「これ」
美術館に入る手前で突然差し出された小さな紙袋を咄嗟に受け取った。
受け取ってから、彼を見上げて「これは」と尋ねる。
「んあー、こないだこういうの造ってる事務所と一緒に仕事して、いいのがあったから」
こういうの? と聞きながら紙袋をそっと傾ける。
ころんと白い球体がふたつ転がってきて、目を丸めた。
「おめーピアスは開けてねェだろ。アクセサリーもつける趣味じゃねェかもだけど、一応、一個くらいあったっていいかと思って」
「イ、イヤリング?」
「ん。あ、付け方わかるか?」
「た、たぶん」
一つをつまみ上げて耳元に持っていく。
小さな金具を指先でいじって耳たぶを挟もうとするのだが、やっぱり鏡を見ないと難しい。
苦戦する私に「なんかめんどくさそーだなー」と顔をしかめた彼が、「ほれ貸してみろ。おれ様のが器用だからな」と手を差し出した。
耳と頬に触れた感触を確かなものにする間もなく、彼はあっというまに両耳にイヤリングを付けてくれた。
「お、いーじゃん」
ひゅぅ、と口笛を吹く真似をして、ウソップさんは「んじゃいこーぜ」とさっさと歩き出した。
慌ててそのあとを追いながら、耳たぶにじわじわと感じる圧力が気になってなんども指先で耳に触れた。
私が思い描いていた大きなパールより二回り以上小さなそれは、確かに私の耳元で揺れていた。
宝石箱を買わなくちゃ、と思った。
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